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102話 氷魔

 城のとある一室で待機していたジェダだったが、耳に付けていたインカムから通信が入る。


「……どうしたゾルダン」


『いえちょっと問題が……実は地下の闘技場の魔獣たちが全滅してしまいまして』


「……全滅だと。……早すぎるな。まだ十数分程度しか経っていないぞ。……奴が『黒い月光』か『神月の光』を使ったのか? しかしそんな暇を与えないようにとスピードに特化した『魔王種』を大量に配置したはずだが……それに呼び出せたとしても今の奴の実力なら倒すまでにそれ相応の時間がかかるはずだ」


『しかし……通常の月光で難なく皆殺しにされてしまいましたよ?』


「……わかった。俺が行こう。今奴はどこにいる?」


『闘技場を脱出して上に向かって走ってますね。今ちょうど一階の西階段近くの廊下を走っています。たぶん外に出ようとしてるんだと思います』


「……空を飛び直接玉座の間に向かうつもりか……。お前の術で指定した場所へ飛ばすことは出来そうか?」


『うーん……ちょっと無理そうですねぇ。最初闘技場へ送った時みたいにゲートを出現させてみたんですけど……向こうも流石に警戒してるみたいでして。ことごとく避けられちゃってますね』


「……ならば仕方がないな。直接行くしか手はないだろう。お前は引き続き城のモニタールームから奴の監視を続けろ。それからランドホークたちに予定が早まるかもしれないと伝えてくれ」


『了解です。トラップで少しの間足止めしときますんでその間にお願いします。それと……向かうのはいいんですけど殺されないでくださいね?』


「笑えない冗談だな」


 電話を切ったジェダは廊下に出ると待機させておいた赤い体毛をした獅子のような獣人型の魔獣に目配せし、赤い光を纏うと同様に光を纏った魔獣と共に風のように走り始める。




 ラグナは襲う来る鉄球や落とし穴、爆弾などのトラップを回避しつつ先を進んでいた。廊下を走っているとやがて二つの道が見えて来た。一つは前方、そこには外に出るためのへ通路へ繋がる道が見えている。もう一つは右へ曲がるための道。そしてその曲がり角から強烈なプレッシャーを感じ思わず立ち止まってしまう。


(……この感じ……相当強い敵があそこにいる)


 ラグナは警戒しながら口を開く。


「……誰だ」


 問うと、曲がり角から顔に刺青をした男と獣人型の魔獣が現れる。姿を現した男から感じ取れるただならぬ気配を受けラグナは臨戦態勢に入った。


「……お前が幹部のゲルギウスか……?」


「……いいや。残念だが違う。俺の名はジェダ。ゲルギウス様直属の部下で部隊長を務めている。悪いがお前を足止めするようゲルギウス様から命じられているのでな。相手をしてもらうぞ」


(……確かに闘技場で聞いた声とは違う……でも……部隊長……副官のデップより遥かに危険な気配がするのに……どうなってるんだ……)


 ラグナは注意深く相手を観察していたが、ジェダと名乗った男はそばにいた獣人と共に赤い光を纏うと少年の方へ悠然と歩き始める。


(……考えていても仕方がない。俺がやるべきことをやろう)


 右手に持っていた『月錬機』を大槍に変形させたジェダを見て考えることをやめたラグナは目の前の相手に集中すると、地面を蹴り飛びかかる。壁を蹴りフェイントを交えながら斬りかかる少年を見据えながら大槍で斬撃を受け止めた刺青の男は距離を取る。そして体に炎を纏った獅子を交えながら三人の激しい攻防は始まった。


 しかし攻撃しながらもラグナは目の前の男と獣人に違和感を覚える。


(……なんだ……この違和感……こいつ……本気でやってないのか……)


 大槍や獣人の放つ炎を避けながら蹴りを放ち相手を吹き飛ばしたラグナは後ろへ跳んでジェダの様子を赤い瞳で睨みながら訝し気に伺う。




 一方ジェダは先ほどのラグナの斬撃を受けて未だに痺れる手や僅かな攻防を経て確信する。 


(……なるほどな。この力……やはり……しかしマズイな……これでは……)


 いったん距離を取り睨み合う二人と一匹の魔獣だったが、眼を細めるジェダのインカムにゲルギウスから通信が入り、それに対して小声で応答する。


『――ジェダ、俺だ。ラグナ・グランウッドは今どこにいる』


「……現在一階の廊下で私と交戦しています」


『そうか、ご苦労だったな。もういい。ゾルダンの術で俺の部屋へ送れ。準備は整った』


「……了解しました。……ゾルダン、合図だ」


 いったんゲルギウスの通信を切ったジェダはゾルダンへと通信を切り変える。


『わかりました。……しかしこのままやってもまた避けられる気がしますが……』


「問題ない。俺が奴の動きを止める」


 ジェダは魔獣と共にゆっくりとした足取りでラグナのもとに歩いて行った。



 

 ラグナは雰囲気を変え向かってくるジェダと魔獣の挙動に全神経を集中する。


(……さっき誰かと奴は通信していた。そしてその直後奴の雰囲気が変わった。……もしかしてゲルギウスか。なんの指示を受けたのかは知らないけど、この空気……何か仕掛けてくる)


 ラグナも腰を落とし剣を構え直すと、直後に飛びかかってきた魔獣の攻撃を剣でいなしそれと同時に突進してきたジェダの大槍を剣で受け止めそのまま力任せに弾き飛ばそうとするも異変が起きる。


「ッ……!」


 突如ジェダの瞳が瑠璃色に輝き始めたのだ。そしてその瞬間、刺青の男の力が爆発的に増し優勢だったラグナが押され始める。


(こいつッ……! やっぱり力を隠して……しかもこの眼……『使徒の血』ッ……!)


 やがて二人の力は拮抗するようになったその時、刺青の男は呟く。


「――今だ、やれ」


「――!?」


 ラグナがわずかに動揺したその刹那を狙うように、少年の床に紫色の渦が出現しその足を呑み込む。なんとか脱出しようともがくもジェダに押さえ込まれ呑まれる速度は上がり、あっという間に体の半分が呑み込まれてしまう。その場から消失していく気持ち悪さを感じながら刺青の男を悔し気に睨む。その後、すでに押さえる必要がないと判断したのか槍を引き、冷たい青い瞳で見下ろす男を最後まで睨み付けながら少年はその場から消え失せた。


    

 ラグナは上から落下する感覚にさらされながら数秒後直地する。そこは大理石で出来た床の上に赤い絨毯が敷かれた場所だった。高い天井に設置されたシャンデリアや窓以外にはほぼ何も無い広い空間の中で視線を彷徨わせるもやがてある一点に吸い寄せられる。そこはその広い部屋の中で唯一段差がある場所。階段の上に用意された豪華な椅子――まさに玉座と呼んでも差し支えないその場所で足を組んで座る灰色の髪の男に赤い瞳が向けられる。


 男は全身に圧縮された青い光をすでに纏っており、その両目を瑠璃色に輝かせながらニヤリと笑う。


「――待たせたなラグナ・グランウッド。とはいえ大人しく待ってられなかったみたいだが」


「……お前がゲルギウスか」


「そうだ。俺様がこの城の主にして『ラクロアの月』の幹部ゲルギウス様だぜ。ふッ、俺のような高貴な存在に拝謁できる喜びにむせび泣きせいぜい感謝するんだな」


「…………」


 ラグナは目の前のゲルギウスを観察しながら納得できず眉をひそめた。


(……こいつが……ゲルギウス……でも……おかしいな……さっきの奴の方が……)


 違和感を抱くもすぐにそれを捨て目の前の敵に集中するよう睨み付ける。


(……いや……俺が感じ取れてないだけかもしれない。今は目の前の敵を倒し捕らえることだけを考えろ。でもその前に……)


 ラグナは聞きたかったことを聞くべく目の前の男に話しかける。


「――戦う前に一つ聞きたい。ピエロとお前はどういう関係なんだ」


「……ピエロ? なんだそりゃ」


「ブルーエイスで子供を誘拐していた男のことだ。肥満体型で不気味なピエロマスクを被り道化衣装を着ていた。その特徴からピエロと呼んでいる」


「ふーん、そうかい。だがあいにくそんな奴記憶に無いね。そもそも俺の部下には肥満体系の奴なんざいない。なんでてめえがそいつと俺が関係してると思ったのかはわからねえが、マジで知らねえよ」


「…………」


 ラグナはゲルギウスを鋭い視線で睨み付け真意を探ろうとした。


(……嘘をついているようには見えない。……本当に無関係なのか……? ……でもさっきピエロは確かにこの島にいた……どういうことなんだ……考えていても仕方ないか。とにかく今は……)


 ラグナは銀色の光を消すと同時に『黒い月光』を呼び出す。その瞬間、天井を破壊し膨大な黒い光の柱が天より降り立ち少年に纏わりついた。しかし周囲を圧倒するエネルギーを放つ黒い光纏った少年を見てもゲルギウスは余裕の態度を崩さない。それどころか嬉しそうに口を開く。


「ほぉ……それが『黒い月光』か……美しいな。まさに王者の力。この俺にこそ相応しい。……なあラグナ・グランウッド。やりあう前にお前に素晴らしい提案がある」


「……提案……?」


「そうだ。お前の腕――その左腕を俺に寄越せ。そうすれば命だけは助けてやる」


「……左腕を……寄越せだと……」


「ああ。左腕を切断するだけだ。安心しろ。切断した後はちゃんと止血してやる。なんなら義手でも用意してやろうか?」


「……切断した後、俺の左腕をどうするつもりだ」


「移植するのさ。俺に体にな。そうすりゃその力は俺の物になる」


(……移植……そんなことで『黒い月光』が使えるようになるのか……? 確かに『月詠』の腕にある『月痕』はセカンドムーンと自身を繋ぐ回路みたいなものだけど……他人の腕を移植して他の『月詠』の『月光』を使うなんて聞いたことも無い……そもそもそんなことしたら拒絶反応が起きるはず……『ラクロアの月』にはそれを可能にする技術があるっていうのか……いづれにしろ……)


 ラグナは鋭い視線をゲルギウスに向けながら冷たく言い放つ。


「――お前の提案に乗る気は無い。お前を捕らえこの戦いを終わらせる」


 ラグナは黒い大剣へと変形させた『月錬機』をゲルギウスに向けた。


(……そう、こんな危険な力を『ラクロアの月』なんかには渡せない。移植の件も含めてこいつには聞きたいことが山ほどある。そのためには――ッ!?)


 『神月の光』を纏おうとしたラグナは異変に気付く。突如部屋の窓が凍り付いたのだ。そして自身の吐いた白い息や凍り付くような寒さから部屋全体の気温が急激に下がったことにも気づく。そんな時、玉座に座ったゲルギウスは呆れたようにため息をつくと立ち上がった。


「――人の好意を無駄にするとな。つくづく愚かだぜラグナ・グランウッド。腕を差し出す以外にてめえが生き延びる術はなかったってのによぉ」


(……こいつの術か……? ……いやそんな感じじゃない……これは……)


 玉座の後ろを注意深く見つめていると、背もたれの後ろから青い光を纏った青白い肌をした女性が浮遊するようにして現れる。白い眼をし青白い肌をした女性――に見えるその生き物は体に巻き付けた白い布をたなびかせながら青い髪を揺らし優雅に空中を舞う。すると雪の粉に似た白く光る粉が空中に散布され部屋全体が凍り始める。いつの間にかラグナの足も凍り付いており、ゲルギウスはその様子を満足げに見ながら言う。


「どうだ、こいつの氷は。なかなか効くだろう?」


「……『魔王種』か」


「正解だ。こいつの名はブリザリス。俺の手駒にして『上級魔王種』の一体だ。お前をとっ捕まえるために特別に用意したんだぜ」


(……足が動かない……『黒い月光』を纏っていても凍りつくなんて……く……)


 ラグナは持っていた剣で氷を強引に割ろうとしたが、刃が弾かれてしまいその強度に驚き目を剥く。


「無駄だぜ。こいつの氷はそんじょそこらの物とは比較にならねえ。一度氷に閉じ込められちまえば仮に『黒い月光』だろうと力づくでは出られないだろうよ」


(……力づくが無理なら――)


「――『神月の光』を使おう、とか考えてたんだろ?」


「ッ!」


 ラグナが解答を出そうとした瞬間、それを先読みするようにゲルギウスが答え鼻で笑う。


「お前の考えてることなんざわかる。性質変化の力で脱出しようとすることくらい織り込み済みだ。だがそれは無理だぜ。お前が『神月の光』を纏うより先にブリザリスがお前を氷漬けにしちまうさ。お前の弱点はすでに掴んでる。そう――『神月の光』を纏うスピードの遅さ、それがお前の弱点の一つ」


「…………」


「図星だろ? 俺はデップと視覚や感覚を俺の意思で共有できるんだよ。そしてデップが遺跡から逃げる時にお前が『神月の光』を纏うところを奴を通して見た。もちろん性質変化を使ったのも見たぜ」


「…………」


「まあデップが途中で気絶しちまったから最後までは見れなかったが、それでも十分だったぜ。その時にお前が『神月の光』を使いこなせてねえことに気づいたわけよ。性質変化も『黒い月光』の力に任せた拙いものだったじゃねえかぁ。だからあの時俺の部下の操る魔獣に逃げられたんじゃねえのか? このマヌケが」


「…………」


「それに、奇跡が起きて万が一纏えたとしてもてめえの下手糞な性質変化じゃブリザリスの氷はどうせ突破できやしねえよ。大人しく凍り付いちまいな。その方が無駄な努力ってやつをせずに済むぜ。しっかしこうもうまく事が進むと笑いがこみ上げてくるな。お前に『神月の光』を使わせないように部下の術でうまい具合にここまで誘導できてよかったぜ。呆気なく罠にハマってくれてありがとよ。無駄な戦いをせずに済んだ。まあ仮に戦ったとしてもお前みたいな半人前以下の野郎に遅れは取らなかっただろうけどな。ったくシャルリーシャの奴はどうしてこんな野郎を……まあ終わったことだ、どうでもいいか。クク、アハハハハハ。おっともう体の半分以上が凍っちまってるじゃねえか。あの時大人しく腕を差し出してればよかったなぁ、絶体絶命だなぁ、プ、ハハハハ!」


 すでに体の半分近くが氷漬けにされており体の自由が利かないラグナをバカにしたゲルギウスの笑い声がその場に響いた。




 城からある程度離れた空の上、遠目には何も無い場所に浮かんでいるようにしか見えないほど透明な素材で出来た塔の最上階でピエロはうつ伏せで寝ころんでいた。己の術の性質変化によって作り出したその塔の上で足をバタつかせながら楽しそうにしていた道化の耳にはイヤホンが付けられており何かを聞いているようだった。


『――あの時大人しく腕を差し出してればよかったなぁ、絶体絶命だなぁ、プ、ハハハハ!』


 玉座の間を盗聴していたピエロだったがその声を聞いてニヤリと不気味な笑みを浮かべた。


「――絶体絶命、ねぇ。アハハ――そんなことないよねぇ、ラグナきゅ~ん」


 覆うようにして遠くにある城に両手をかざしたピエロは己が育てた少年の『答え』を待った。



 ラグナは凍り付いていく体になどまるで注意を向けずゲルギウスの笑い声を聞いていた。なぜだかはわからなかったが、その笑い声が記憶の中にあるものと重なったことが原因である。記憶の中にあるもの――それは遊園地で戦ったピエロの笑い声。そして笑い声と共にその言葉までもが蘇ってくる。


『君の事がすごく心配だよボク。そんなんじゃ他人はおろか自分のことさえ守れないよ』


『そのへったくそな性質変化を使って負けて今みたいに地面を這いつくばうつもり?』


『幹部に勝ったっていうのはさ、もしかして性質変化の技術で勝ったんじゃなくて黒い月光の力でゴリ押しして勝っただけなのかな?』


 神経を逆なでする言葉が次々と浮かんでは消え、少年の唯一動く左手の平に血がにじみ始める。やがて氷が頭を全て吞み込む寸前最後の言葉が脳裏をよぎる。


『――君、時間かかりすぎ』


 その言葉を最後にラグナの両目は見開かれ真紅の瞳がさらに赤く輝いた瞬間、氷が吹き飛ぶ。その光景を見て笑っていたゲルギウスの表情が今度は凍り付く。


「……な……に……ば、馬鹿な……」


 ゲルギウスは眼を見開き現実逃避するように呟いた。


 氷から脱出した少年が纏っていたものはすでにただの黒い光ではなく、極限まで圧縮された黒い光の衣――すなわち『神月の光』へと変わっていた。 



 

 透明の塔の上でピエロは満足げに頷きながら言う。


「――いい子だ」


 その後、笑い声を押し殺すと再び玉座の間の盗聴に専念する。


 玉座の間にて戦いが始まろうとしていた。      

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