100話 変身対変形
デップはヴォルカニカに先行させながらブレイディアの乗ったバイクを追いかけていた。
(く、くそ、速ええ……なんなんだあのバイク……確かにヴォルカニカは火力に特化した個体だからスピードは他の『魔王種』と比べて遅いかもしれねえが……それでもそんじょそこらの乗り物に追いつけねえはずはねえ……明らかにあのヘンテコなバイクがおかしいんだチクショウ!!!)
息を切らせながら緑色の光を纏い加速するバイクを憎々し気に見つめたデップは足に力を込め敵を追いかけた。
ブレイディアは森の木々を器用に避け、時になぎ倒しながらバイクを走らせていた。背後から迫る火球を何度となく避けながら走行していると背後からデップの怒声が響く。
「てめえ逃げてんじゃねえ! 戦いやがれ臆病者め!」
ヴォルカニカと共に背後から追って来ているらしいデップの言葉を無視したブレイディアはマーカーの表示されたデバイスを確認する。
(……味方からだいぶ離れたし、これで巻き込む心配はないか。そろそろいいかな)
そう決めると走りながらパネルを操作する。すると、突如バイクの後方の装甲が開きギッシリと詰め込まれた超小型ミサイルが一斉に放たれる。
「――んなッ……!?」
デップは自身に向けて突如放たれたミサイルに驚き動きを止めてしまうも、ヴォルカニカが間に割って入り筒状の右腕から炎を噴射することでミサイルを迎撃する。しかし炎に焼かれたミサイルは盛大に爆発しその爆風に巻き込まれ魔獣とその主人は吹き飛び木に叩き付けられる。
「ぐぅ……ち、ちくしょう……や、やってくれるじゃねえ――かッ……!?」
無言で方向転換し突撃してきたブレイディアに驚き立ち上がろうとするもバイクの方が早くその体ははね飛ばされそうになる。しかしとっさに放たれたヴォルカニカの砲火を避けるために進路変更したバイクはデップを撥ねることなく別の木を破壊し通り過ぎたのだった。
(……やっぱりデップよりあの魔獣の方が厄介だね。あの炎……直撃したら結構ヤバイかも。機体はともかく私の体が消し炭になる可能性が高い……先にあっちを何とかしないと……)
すぐさまブレイディアはヴォルカニカに狙いを絞るとバイクの向きを強引に変えもう一度タッチパネルを操作した。すると今度は前方の剣に似た装甲の先端から巨大な光線が放たれたのだ。異形の魔獣はそれを炎で防ごうとしたのか右手の筒を突き出そうとするも、なぜか途中でやめ地面を蹴りエネルギー波を回避した。その様子を見た女騎士はほくそ笑む。
(……ふーん、なるほどね。連続で撃てるわけじゃないんだ。おそらくあの筒状の右腕から炎を撃った後、再度撃つまでにある程度冷却期間が必要みたいだね。それがどの程度なのか……そこまで長くはないみたいだけど……十数秒から数十秒ほどってところかな。それがあの魔獣を攻略するカギになりそう)
ブレイディアが考察していると背後から再び怒声が聞こえて来た。
「てめえオイラを無視してんじゃねえぞ! 〈オル・エクスプロージョン〉!」
「悪いけどアンタは――後回し!」
いつの間にか木の上にのぼっていたデップから放たれた複数の火球を見たブレイディアは即座にパネルを再度操作する。直後、今度はバイクの左右に付いていた装甲が分離し六つの刃のように変形すると緑色の光を纏い飛行し始める。そして火球を貫き爆発させるとそのままデップを切り裂き吹き飛ばす。
「ぐはッ……!?」
「悪いけど大人しくしててよね。先にあっちを片付ける予定なんだからさ」
刃をバイクの周囲に漂わせながらヴォルカニカに向けて速度を上げたブレイディアに対して魔獣は右腕を突き出し今度こそ仕留めると言わんばかりにタイミングよく巨大な火球を放った。血まみれになっていたデップは超回復を使いながらその光景を見て馬鹿笑いを始める。
「ぎゃ、ぎゃはは! そんなにバカみてえに加速したらもう避けらんねぇなあブラッドレディス!
もはや回避は不可能と言えるほどの速度を出していたバイクが炎の塊に激突する寸前――周囲を漂っていた剣が合体し緑色の光を纏った巨大な盾のように変形するとバイクの前方に展開し炎にぶつかる。それを見たデップは口をあんぐりと開け愕然とする。
「な、なにぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃッ!!??」
そして驚愕するデップを置き去りにして状況は進む。炎が爆発すると同時に盾も弾き飛ばされるが分散した炎の間を縫うようにバイクはさらに速度を上げ駆け抜ける。それを見てヴォルカニカは避けようとするも時すでに遅くバイクの先端がその火山岩のような皮膚に突き刺さる。そのまま体を突き刺し連れ去ると木々に敵の体をぶつけさせながらブレイディアはパネルを操作し呟く。
「これで――終わりだよ」
操作を終えるとバイクの先端にエネルギーが溜まり始めやがて巨大な光線が放たれる。バイクの先端に突き刺さっていたヴォルカニカは当然エネルギー波の直撃を受け周囲にあった木々諸共消し飛んだ。それを見たデップ悲痛な叫び声をあげる。
「ヴォ、ヴォルカニカァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!!!!」
デップは急いでヴォルカニカのもとに向かいブレイディアもバイクに乗ってそれを追う。やがて件の魔獣は見つかる、だがその腹には大穴が開いており大の字に倒れてほぼ屍と言っても過言ではない状態だった。
「ヴォルカニカ! おい動きやがれヴォルカニカ! 嘘だろぉぉぉ!」
だが呼びかけも虚しくヴォルカニカが動くことはなかった。悲嘆に暮れるデップを見ながらもブレイディアは冷たい声でその背中に声をかける。
「頼みの綱の『魔王種』は倒されたよ。どうする? 投降する?」
「ふ……ふざけんな!!! オイラにはまだこいつが―――あるッ……!!!」
デップが吠えると周囲に嵐のような粒子が吹き荒れ始める。それを見たブレイディアが画面を操作すると、バイクから車体を固定するように赤い杭のようなものが地面に突き刺さった。さらにヴォルカニカの胴体に穴を開けた光線が先端からデップに放射されその肉体を弾きとばし岩に激突させる。その際に持っていたメイスは彼方へと飛んで行った。
「う……が……」
固定していた杭を外し、胸の部分が焼けこげ血を吐くデップのそばにバイクに乗りながら近づいたブレイディアは言う。
「――やらせるわけないでしょ。もしアンタが『神月の光』を使おうとしたら容赦なく撃つから。でも殺しはしないから安心して。アンタには聞きたいことがある」
「……聞きたい……ことだと……」
「そうだよ。いろいろあるけど、まずは『使徒の血』ってやつの情報を吐いてもらおうか」
「……誰が……喋るかよ……」
「……そう。でもどのみちこのままだとアンタは捕まって術で頭の中を読まれる。そうなったらたぶんアンタ死ぬよ。私たちに捕まったカーティス兄弟みたいにね」
「…………」
「知ってた? カーティス兄弟は体内に異物を埋め込まれてたの。本人も知らないうちにね。そしてそれをやったのはおそらくゲルギウス。術や薬か何かで干渉を受けた際に発動する仕掛けみたいだね。どうも宿主の心臓を破壊するようだよ。捕まった際に情報が漏れるのを阻止するための措置なんだろうけど……たぶんアンタの体内にも埋め込まれてると思うよ」
「…………」
「どう? もし私たちに協力するならその体内に埋め込まれたソレが取れるように尽力してもいい。もちろんソレが取れるまでは話をしなくてもいいよ。情報提供者になってくれるならその後の身の安全も保障する。……まあアンタの体内に同じものが埋め込まれてるって保障はないけどね。けど私たちに捕まればアンタは国家転覆を企てた罪で確実に処刑される。情報を提供してくれるならそうならないように上に掛け合うことも出来るんだよ。悪くない取引だと思うけど」
「…………」
「それにさ。ゲルギウスはアンタたち部下のことを捨て駒程度にしか思ってないんじゃないの? 実際カーティス兄弟は切り捨てられた。アンタもそう遠くないうちに切り捨てられるよきっと。あんなロクでもない奴に従ってたってアンタの未来は――」
「――あんちゃんの悪口を言うのはやめろッ!!!」
今まで沈黙を守っていたデップだったがブレイディアの言葉が逆鱗に触れたのか怒声を上げた。そしてすぐに冷静になったのかゆっくりと立ち上がりながら言葉を紡ぎ始める。
「……てめえにいったい何がわかるってんだよブラッドレディス。わかってんだよ……オイラが捨て駒だってことくらい。体にあんちゃんの『魔王種』の一部が埋め込まれてるってことくらい。……頭の中に声が響いたあの時から自分の体を調べて……全部わかってんだよ」
「……わからないな。それならどうして従うの?」
「……オイラは子供の頃から愚図だった。人が出来ることもまともにできねえ。そんなオイラに嫌気がさしたのか親や兄弟、友達にも見捨てられた。そんなオイラを拾ってくれたのがあんちゃんだったんだよ」
「…………」
「利用されてるだろうってことも薄々気づいてたさ。でも嬉しかったんだ。初めて誰かに必要とされた気がして、本当に嬉しかったんだ。そんな喜びを与えてくれたうえに幹部補佐なんて地位まであんちゃんはオイラに与えてくれた。あんちゃんは……オイラにとって全てだ。だから……あんちゃんは……あんちゃんのことはオイラが守る。たとえこの命を賭けてもな」
デップの眼に宿った強い光を見てブレイディアは確信する。
(……こいつは折れない。きっと死んでも情報を吐かないだろうな)
ブレイディアが確信すると同時にデップは笑った。
「……お前は強いぜブラッドレディス。『神月の光』や『魔王種』っていう最高の道具を持っておきながらこのザマ。ホントに笑えるぜ。お前はオイラとは違ってそのヘンテコなマシンを使いこなしてるしよ。きっとお前の方がオイラよりも戦士としての器は上なんだろうよ。……けどな、たとえそうだったとしても譲れねえんだよ!!! 見せてやるぜ!!! 『上級魔王種』が他の『魔王種』とは違うってところをなあ!!!」
超回復を行った直後、デップが右腕を向けた先には倒れ伏したヴォルカニカの姿があった。
「さあ来いヴォルカニカ、てめえの真の姿をみせてやれ!!!」
デップの叫びに呼応するようにヴォルカニカは浮遊するようにして起き上がるとデップの方へ向かってきた。それを見たブレイディアは再び魔獣に向けて光線を放つも――。
「んなッ!?」
ヴォルカニカの体は光線が当たる直前でバラバラに分解されそれをかわすと、デップの体に纏わりついた。そして付着すると同時にその右腕に集中的に集まり始める。それを見たブレイディアはため息をつくと覚悟を決める。
(……貴重な情報源だけど……仕方ない)
そう決断すると同時に先ほど撃ったときよりも巨大なエネルギー波をバイクの先端からデップに向けて放つ。全てを消滅させかねない出力で放たれた光線だったが、その前に突如異形と化した右腕から放たれた炎の渦が周囲に発生し光線を阻む。それを見たブレイディアは思わず歯噛みした。
「く……」
「――この姿には出来るだけなりたくなかった。肉体に対する負担が尋常じゃないからな。だがオイラの考えが甘かったみてえだ。てめえを殺すにはこの姿になる他なかったってのによぉ。だから覚悟を決めたぜ。命を捨てる覚悟をなァ! オイラの覚悟、とくとその目に焼き付けやがれ!!!」
叫びに反応するように炎の渦は消え中から赤い光を纏い異形の生命体と同化したデップが姿を現す。右肩には丸く膨れ上がった火山岩の塊が出来、その塊から伸びる大砲のような形をした右腕もまた火山岩で構成されていた。さらに両足も同様に火山岩で覆われており、覆われた箇所はいづれもマグマのようなエネルギーが内部に流れていることがその隙間から伺い知ることが出来た。
「――さあいくぜ、ブラッドレディス」
デップが筒状の右腕を向けた瞬間、ブレイディアは寒気を感じすぐにバイクを走らせようとした。だが発進より早く凄まじい熱気を辺りを覆いつくしそして巨大な炎の渦が放たれた。間一髪それを逃れるも炎の一部がバイクにかすりその瞬間ぶつかった部分がドロドロに溶けだす。それを見てアクセルを全開にし一目散に敵から距離を取るも女騎士の顔には焦りの色が浮かんでいた。
(……火力がさらに上がってる……かすってだけでこれって……この機体はマグマに放り込んでも問題ないように設計されてるって書いてあったんだけどなぁ……これはちょっと……いや……かなりマズいかも……遠くに逃げて態勢を立て直したいところだけどそうするときっとアイツは追ってくる……そうなれば味方に被害が及びかねない……ここでなんとかするしか……)
辺りを逃げ回るブレイディアに炎の渦を放射し続けるデップだったがいっこうに直撃はせずその機体の一部を溶かすにとどまっていた。ゆえに舌打ちをし砲撃をいったん止める。
「……なるほどな。この状態の負担が大きいとオイラが言っていたから限界が来るまで逃げ回ろうって魂胆か。ふん、確かにてめえの方がまだ速度は上みてえだから今のままならそれも可能かもしれねえな。だが……こいつは避けられるかな」
デップがニヤリと笑うと両足付近が燃え上がり勢いよく爆ぜるとその体は空中に飛び上がり始めた。そして炎を足から噴射し空中で筒状の右腕を下に向けた瞬間、辺りの空気を吸い込みながら右肩の丸い火山岩が膨れ上がり始める。
「あれは……くッ……!」
それを見たブレイディアは本能的に危険を察しその場から出来るだけ離れようとバイクを走らせるも――。
「――消し炭になりやがれブラッドレディス!!!!!」
遥か上空から放たれた滝のような炎は地面にぶつかると周囲にあった全てを呑み込んだ。一瞬の出来事ではあったが辺り一面火の海となり生きとし生けるもの全てを焼き尽くした。当然逃げていたブレイディアもそれに巻き込まれ姿を消す。半径十キロは焼き尽くしたであろうその焔の地獄の後、デップは地上に降り立ち膝をついて荒い息を吐きながら顔から汗を流す。
「……やった……やったぜあんちゃん……ブラッドレディスを……倒した……うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」
歓喜のあまり雄叫びをあげるデップだったがその喜びに水を差すような声が響く。
「――どうも……覚悟が足りてなかったのは私も同じみたい」
「ッ……!?」
ドスドスと音を響かせながら歩いてくる巨体が燃え盛る炎の中から現れる。それを見たデップは口を開け信じられないものでも見るように眼を見開く。緑色のバリアを纏いながら炎よりも赤いその巨人は呆然とするデップを置き去りにして喋り続ける。
「この形態はエネルギーを滅茶苦茶使うからあまり使いたくはなかった。アンタを倒した後、ラグナ君と一緒にゲルギウスと戦うために取っておきたかったんだ。けどその考え自体が甘かったみたい。アンタのことを舐めてたんだと思う。謝罪するよデップ、アンタは強い。その覚悟に応えるために……今度はこちらも全力で挑ませてもらうよ」
目の前に現れたその巨人は五メートル近い巨体を誇っておりその体は赤と銀色の金属で出来ていた。全体的には細身だが胸の部分は重厚になっておりそこにコクピットがあることは容易に想像できた。角の付いた頭部にある緑色の双眸を輝かせ突然現れたそれを見てデップ叫ぶ。
「な、なんだそりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!??」
真紅の人型ロボットを前にデップの叫びが木霊した。




