99話 上陸戦
孤島に建てられた古城の内部にて玉座に座ったゲルギウスは響く音や揺れに対して不快そうに眉根を寄せた。その場にいたデップも爆音に時折体をビクつかせている。現在島は騎士団の爆撃や艦砲射撃による攻撃にさらされている最中でありその揺れは城にまで伝わっていたのだ。
「――ったく。容赦なく人の島にバカスカ撃って来やがって。おいデップ、砲撃と爆撃が止み次第迎撃用の『魔獣』を向かわせろ。どうせこの後軍用のアンドロイドと騎士をこの島に投下するっていうお決まりの戦法を取るだろうからな。その際に砲撃は止むだろう。その時を狙って軍用機と艦隊を破壊しろ」
「え、いいの? それだとここに投下される騎士たちも死んじゃうんじゃ……ラグナ・グランウッドをここまでおびき寄せるんじゃなかったのあんちゃん」
「この程度で『黒い月光』の使い手は死なねえよ。奴は必ずここまでたどり着く。だが他の雑魚はいらねえ。これ以上ぶんぶん飛び回られるとうっとおしくてかなわねえからな。出来る限り狩っておけ。だが『魔王種』は使うな。アレはこの城の最終防衛ラインである『闘技場』に配置したままにしとけ」
「オッケーあんちゃん! じゃあ『ディアボロス』を向かわせるね!」
デップは頷くと玉座の間から走り去って行った。それを見届けたゲルギウスは玉座の傍らに新たに設置した緑色の液体で満たされた巨大な容器の中でうずくまる白い布を纏った色白の女性を見つめる。だがその額から生えた白い触角や角から普通の人間ではないことは一目瞭然であった。
「……まったくとんだ寝坊助だぜ。起きるまでにこれだけエネルギーがいるとはな。だがそれだけ強力な個体ってことでもある。期待してるぜ――『ブリザリス』」
ゲルギウスの言葉に反応したのか容器の中の女性に似た生物は微かに動き始める。
一方その頃作戦指令室ではアルフレッドが血相を変えたオペレーターから報告を受けていた。
「――報告します! 孤島から羽の生えた黒い人型の魔獣が多数飛び立ち艦隊や航空機に攻撃を仕掛けています!」
「被害状況は……?」
「艦隊の三分の一は撃沈。残った艦隊の砲台も損傷を受け現在も襲撃は続いているためこれ以上の砲撃は困難かと……爆撃機は約半数が撃墜されました……」
(早すぎる……それなりに多くの機体や艦隊を配置したつもりだが短期間にここまで甚大な被害を被るとは……ただの魔獣ではないな……『ラクロアの月』が開発したものか……)
アルフレッドは考察を終えると口を開いた。
「……人的被害の方はどうなっている」
「艦隊と爆撃機はAI搭載型の無人機なので今のところ被害はありません。しかしこのままでは待機している騎士の乗った航空機にも被害が及びかねません」
「……そうか。では無人機で魔獣の注意を引き付けつつ騎士やアンドロイドの降下を急がせろ。降下完了後は待機させていた艦隊と戦闘機を全て用いて魔獣の排除にあたれ」
「了解しました!」
オペレーターが舞台に指示を伝えるとアルフレッドは眉根を寄せた。
(こちらの残存戦力を魔獣の排除にまわすしか現状手は無い。……やはり制圧は上陸部隊に任せるしかないか。……ブレイディア、ラグナ、上陸部隊の皆、頼んだぞ)
アルフレッドは騎士たちの無事を祈りつつ現状の打破に集中した。
その頃航空機から銀色のカプセルのようなものが多数射出され次々と孤島に突き刺さる。そして森の中のある地点に投下されたカプセルとコンテナ二つのうちカプセルが蒸気を上げながら開き中からブレイディアが姿を見せる。そしてすぐさま腕に付けていたブレスレット型のデバイスに表示されたマーカーを確認した。
(……味方の騎士とか軍用アンドロイドもだいぶ海に落とされたっぽいなこれ……しかも予定していたポイントとはかなりズレてるし着陸した場所もみんなバラバラ……あの魔獣のせいか……投下されるとき航空機襲われてたしね、仕方ない……)
ブレイディアは耳に付けた無線で連絡を入れる。
「――こちらα1。各隊に通達する。着陸に成功した者は付近にいる者と速やかに合流し隊列を組みなおせ。合流するまでは出来うる限り戦闘行為は避けろ。各隊合流後は予定通り敵勢力の殲滅にあたる」
ブレイディアの問いかけに対して無線から次々に『了解』という声が聞こえてくる。
(とにかく着陸に成功した騎士たちで何とかするしかない……でもたぶん数的にはこっちが不利だなこれは……出だしから結構しんどい戦いになりそう……けどまあ不満ばかり言っても仕方ないか。こっちにはシールド機能や可変機能が付いた新型の『月錬機』が騎士たちに支給されてるし、装備的にはこちらの方が上のはず。それに――)
ブレイディアは投下されたコンテナに近づいて行くと取り付けられたパネルに手をかざし中を開いた。するとそこにはコンテナの床に取り付けた真紅のバイクモドキの姿があった。
(――秘密兵器もあるしね。これで出来るだけ雑魚を狩ってラグナ君が安心して先に進めるようにしないと。とりあえず近くにいる味方と合流――)
『こ、こちらβ3、敵勢力と交戦中! 至急救援を求む!』
無線が耳に入ると同時にはめ込まれるようにして床に取り付けられていたロックを解除するとバイクにエンジンをかける。
「さっそく始まってるみたいだね――さあ一暴れしようか、相棒」
マーカーの位置を確認したのち、アクセルを全開にしバイクと共に勢いよくコンテナから飛び出したブレイディアはその場から一瞬で走り去った。
最初の降下部隊が着陸してから一時間以上が経過していた。現在戦場はもはや乱戦状態になっており各場所から凄まじい戦闘音が鳴り響いている。そしてとある場所にいた一人の若い騎士は戦闘中に味方からはぐれてしまい敵と魔獣に囲まれるという窮地に陥っていた。戦艦や航空機を襲った鬼のような形相の魔獣が空中で羽ばたく中で敵のリーダーと思しき派手な髪色をした男が馬鹿笑いをしながら騎士に問う。
「どうだ!? ええ、どうだこの状況はよぉ! もう絶望的だよなぁ! 生きたいか? 生きたいよなぁ!? 死にてえはずはねえよな! だが駄目だぁ!!! てめえはここで終いなんだよヒャッハー!!!!!!」
(周りは敵だらけ……シールドのエネルギーも底をついた……くそ……ここまでなのか……)
『月光』を纏った男達と空飛ぶ魔獣が『月光』を纏っていた騎士に向かって攻撃を一斉に仕掛けようとしたその瞬間だった――。
「――え……」
リーダーの男が首から血を吹きだし突然倒れたのだ。そしてそれを皮切りに周りにいた敵たちも次々に血を吹きだし絶命していく。敵が独りでに全滅した後、騎士は目を瞬かせ呆然とたたずむしか出来なかった。
「な……何が起きたんだいったい……」
我に返った騎士は一番近くにいたリーダーの男の首が鋭利な刃物で切断されていることに気づきようやく敵が何者かの攻撃を受けて死亡した事実を理解した。
「……斬られた……のか……でもいつの間に……味方の姿なんて見えなかったのに……」
だが微かに残った粒子を眼の端に捉え思わず呟く。
「……銀色の粒子……」
騎士の周りにはほんのわずかながら銀色の光の残滓が漂っていた。
銀色の光を纏ったラグナは変形させた『月錬機』を片手に凄まじい速度で木々や地面を足場にしながら森の中を縦横無尽に駆け抜けていた。そして駆け抜ける片手間に戦場を横切っては斬撃を飛ばすか敵をすれ違いざまに直接斬り、速度を落とさないように注意しながら先を急ぐ。
(――予定していた降下ポイントからかなりズレてしまった。急がないと……本当は『神月の光』を使って性質変化で空を飛んで一気に向かいたいところだけど……空を飛べば目立つうえ『神月の光』は一度使うと解除した後五分も何も出来なくなるから無理だ。城に着いた瞬間、即座に『黒い月光』を纏えるようにしておかないと)
だが走っている最中絶え間なく聞こえてくる戦場の音や叫び声、耳に付けた無線から聞こえる味方の切羽詰まった声は少年の心を酷く曇らせた。
(……このヒドイ戦いを早く終わらせるために最初から『黒い月光』を使おうかとも考えたけど……フェイクと同等以上の力を有しているはずのゲルギウスとの戦いはきっと接戦になるはず。しかも相手は『魔王種』なんてものまで従えてるんだ。もしかしたらフェイクの時以上に厳しい戦いになるかもしれない。出来るだけ体力は温存しておきたい。最初から『黒い月光』を使えば体力面で不安が残るかもしれない……わずかな差かもしれないけどそのわずかな差が勝敗を分けるかもしれないんだ。だから出来れば城付近まではこの状態で行きたい。……ごめんなさい……騎士の皆さん、ブレイディアさん、もう少し待っていてください)
心の中で謝罪したラグナはさらに足に力を入れ走り始める。
しばらく走っていたラグナだったが不意に眼の端に見知った姿を見つけ驚きのあまり止まってしまう。その派手かつ悪趣味な様相は見間違えがなかった。廃遊園地にて戦ったピエロが少年に向かって楽し気に手を振っていたのだ。
(……アイツ……やっぱり生きていたのか……)
ラグナが悔しさをにじませるように顔を歪めているとピエロはスキップしながら城の方へ向かい始める。それを見て眼を見開いた少年は叫びながら駆け出す。
「――待てッ!!!」
怒声にも似た制止の言葉を受けてもピエロは止まらずふざけているとしか思えない走り方で森の奥に消えて行った。それを追うようにラグナも走り始める。
(……でもどういうことだ……なぜ奴がここにいる……アイツはゲルギウスの部下では無いと言っていたのに……しかも城の方角に向かっている……あの言葉は嘘だったのか……? ……とにかく急いで向かわないと……)
だが走っている途中で側面から寒気を感じ思わずそちらの方を向くと巨大な火球が木々を薙ぎ倒しながらラグナの方に向かって来ていることに気づく。とっさにその場から跳び退き回避することには成功するも火球が通り過ぎ跡を見てあと一瞬遅ければ自身もそうなっていたであろう痕跡――つまるところ燃え尽きた木々や焼けこげた地面を見て顔をしかめる。そんな少年の耳に下卑た笑い声が聞こえて来た。
「ギャハハハハハ!!! よく避けたな!!! 大したもんだぜ!!!」
火球が通り過ぎた地面を歩きながら姿を現した人物の名をラグナは冷たい声で呟く。
「……デップ」
「ほお、オイラの名を覚えてくれたのかよ。光栄だねぇ、英雄さんに名を知ってもらえるなんてよぉ」
赤い光を纏いながらメイスを片手に現れたデップを注意深く観察したラグナは疑問から眉をひそめた。
(……通常の『月光』……さっきのが通常の『月光術』によるものなら術を撃った後に光は消えるはず……それなのに消えてないってことは……『月光術』じゃないのか……? ……術を撃った後再び纏うにしたっていくらなんでも早すぎる……これは……――ッ!?)
背後から殺気と熱のようなものを感じたラグナはとっさに体をひねりながら振り向くと、そこには自身の後ろから筒状の右腕を突きつける赤い光を纏った異形の生命体の姿があった。そしてその異形ながらも人型をした生命体の右腕から放たれた巨大な火球をギリギリのところで避けると態勢を立て直し二体の敵から距離を取る。
(……そうか、さっきのはあの『魔獣』の攻撃……)
再び攻撃を避けたことに対する称賛なのかデップは手を叩き始める。
「やるじゃねえか! へッ、またかわすとはな! 恐れ入ったぜ! だがそう何度もかわせるかな? 今までのは準備運動、こいつの真の力はこんなもんじゃねえ! この『上級魔王種』ヴォルカニカの力はなあ!」
ラグナは『上級魔王種』という言葉に反応すると、異形の生命体を注意深く観察した。デコボコとした火山岩のような皮膚には穴が開いておりその内側からは煮えたぎるマグマのようなものが見える。頭部にある灰色の単眼と眼があった瞬間少年は悟った。
(……こいつは危険だ。おそらくデップ以上に……こいつとまともに戦って消耗するのは避けたい……けどこいつを野放しにすれば味方の被害は確実に大きなものになる)
ラグナが考えているとそれを遮るようにヴォルカニカが撃った炎が城への道を塞ぎ燃え始める。
「――あんちゃんを倒せばこの戦いが終わると踏んで先を急いでたんだろうが、そうはいかねえぜ! 悪いがてめえにはあんちゃんの準備が整うまでの間オイラと遊んでもらう! 拒否権はねえぜ!」
(……仕方ない。ここは戦うしか――)
ラグナがそう決意した瞬間だった――。
「さあラグナ・グランウッド! ショウタイムと行こ――ぶはッ!?」
――炎の壁を突き破りその焔以上に赤い機体が姿を現すと、一目散にデップをはね飛ばしその勢いのままヴォルカニカも弾き飛ばした。そしてラグナのそばにそれはやって来ると止まる。
「――ラグナ君無事ッ!?」
その真紅のバイクモドキにまたがったままブレイディアは心配そうな顔で問いかけてきた。
「ブレイディアさんッ……!? どうしてここにッ……!?」
「一目散に城に向かってた君のマーカーが突然止まったから気になって来てみたんだ。案の定邪魔が入ってたみたいだね」
「……ありがとうございます、助かりました。けど……あの、いいんですか指揮の方は……」
「一時的にセガールさんとジャスリンちゃんに任せてきたから平気だよ。作戦の要である君を先に進ませることが今は何よりも重要だからね。だから早く先に行って。ここは私が引き受ける」
「でも……」
ラグナは起き上がるデップとヴォルカニカを見た後、ブレイディアを心配そうに見つめる。それに気づいた女騎士は安心させるように笑った。
「君の言いたいことはわかるけど大丈夫。デップが『神月の光』を使えることも、あの魔獣が『魔王種』ってやつだってこともわかってる。わかったうえで勝つつもり。なにせこっちには秘密兵器があるからね。私を――ううん。私とハロルドが作ったこの機体を信じて」
「…………」
ブレイディアの眼に宿った決意の光を見てラグナはようやく頷いた。
「……わかりました。ここはお任せします。……どうか気を付けて」
「君もね。ゲルギウスのこと、頼んだよ」
「――はいッ!」
ラグナは木の上に跳び移ると城に向かって再び走り始める。
残されたブレイディアに対してデップは殺気を込めて睨み付ける。
「……てめえ、よくもやってくれたなブラッドレディス!」
「ごめんね。まだこれの操作に慣れてなくてさ。次は轢き殺しちゃうかもしれないけど許してね」
「……上等だよ。あんちゃんからはラグナ・グランウッドかてめえのどちらかを止めればいいって言われてるしな。ラグナ・グランウッドの足止めは他の『魔王種』やジェダがやってくれるだろうし、それにどっちかと言えばオイラもてめえの方をぶっ殺したかったんだ。ここで遺跡での雪辱を果たさせてもらうぜ!」
「なるほどね、いいよ。受けて立つ」
「いくぜヴォルカニカァァァァァァ!!! うおおおおおおおおおおおおおお!!!」
雄叫びをあげながらヴォルカニカと共に突撃してくるデップを見据え、アクセルを全開にしたブレイディアは敵二人に対して突進していった。




