98話 決戦
ラグナ達がアジトの情報を得てから七日後、古城の玉座の間においてゲルギウスはデップからある報告を受けていた。
「――なに、王都の方角から軍用機が多数ブルーエイス近郊に向かってるだと?」
「う、うん、艦隊も動いてるみたいで……部下達の報告だとまるで戦争でも始めるみたいだって」
それを聞いたゲルギウスは目を細め右手で顎を触り始める。
(……このアジトの位置がバレたか。ラグナ・グランウッドをブルーエイスにおびき寄せた時点でいづれこうなることはわかってはいたが……少し早いな。予定ではもう少し準備を整えた後にこのアジトに関する情報をこっちから騎士共に流す予定だったんだが……仕方ねえ)
ゲルギウスは顎から手を放すとデップに告げる。
「デップ、部下達に警戒レベルを上げるように伝えろ。おそらくそう遠くないうちに騎士共が攻撃を仕掛けてくるはずだ。迎え撃つ準備をしておけとな」
「わ、わかったよあんちゃん!」
「それとジェダをここへ呼べ」
「ジェダだね、待ってて!」
頷いたデップが走り去るとしばらくしてジェダが玉座の間に現れる。
「――お呼びでしょうかゲルギウス様」
「ああ、お前に伝えておきたいことがある。心して聞け。いいか、このアジトがどうやら騎士どもにバレたらしい。攻めてくるのは時間の問題だ。雑魚騎士どもは俺の飼ってる魔獣や他の部下達でも問題はねえだろう。だが例外がいる。それが誰かはわかるな?」
「ラグナ・グランウッドとブレイディア・ブラッドレディスですね」
「そうだ。おそらくこの二人は城までたどり着く可能性が敵の中で最も高い。たどり着いたとしても俺なら余裕で撃破できるだろうが念には念を入れて確実に倒せるように準備をしておきたいんでな。その準備が終わるまでの間にもし奴らが侵入してきた場合、俺がいいと言うまでお前にはこの城の中で時間稼ぎをしてもらいたい。デップにも森で足止めするよう言ってあるが、アイツの力量では止められたとしてもどちらか一方だけになるだろう。だからお前にもう片方を頼みたい。まあ時間稼ぎだけなら城の『魔王種』と他の部下だけでも十分だとは思うが、万一ということもあるからな」
「――かしこまりました。ご期待に沿えるよう身命を賭して臨ませていただきます」
「いい返事だ。よし――俺もお前の覚悟に報いるとしようじゃねえか。それに相手が相手だ、特別にお前には上級の『魔王種』を支給してやる。デップ救出の際にお前の『魔王種』は使い物にならなくなっちまったしな。ちょうどいいだろ」
「ありがとうございます。身に余る褒美、痛み入ります」
「ああ、せいぜい俺様に感謝して存分に励めよ」
「はッ」
「もう用は無い。お前も急ぎ準備に取り掛かれ」
頷いたジェダは玉座の間を後にする。残ったのは王座に座ったゲルギウスともう一人。玉座の間の壁際に立っていた影の薄い黒スーツを着た細見の男だった。男は七三わけにした黒髪を揺らし相手の機嫌を窺うように揉み手をしながら口を開く。
「あ、あのー……そろそろ僕の話を聞いていただけないっすかねえ……」
それに対してゲルギウスはギロリとスーツの男を睨み付ける。
「さっきも言ったが聞くことなんざねえし、俺から話すこともねえ。帰ってシャルリーシャにそう伝えろ」
「いえ、ですが……」
渋る男にゲルギウスは青い『月光』を纏い威圧しながら言う。
「作戦前で俺様は気が立ってるんだ。これ以上の問答はてめえの命にかかわるぜ、フェガリ」
「ひ、ひええええ……す、すんませんでした! し、失礼しまっすッ!」
殺気を受け腰を抜かしたスーツの男フェガリは這いつくばりながら玉座の間を出て行った。それを見て鼻をは鳴らしたゲルギウスは吐き捨てるように言う。
「……腰抜けの使いっパシリが……チッ……なんであんな奴が……ふん……まあいい」
ゲルギウスはこれから起こるであろうことに思いを馳せる。
(――少々予定は狂ったが問題ねえ。ラグナ・グランウッドの力も最初こそ確かに予想外だったが、デップを通して得た情報で奴の弱点は完全に把握している。準備さえ整えば十分勝てる。気がかりなのはブラッドレディスの動きだが、まあどれだけあの女が強かろうが『使徒の血』を持たねえ奴の力なんざたかが知れてる。警戒しすぎるのも危険だしな。それにデップもあの女への雪辱に燃えてる。奴にも上級の『魔王種』を持たせたし、あの時のような油断はねえ。接敵した場合、今度こそ『使徒の血』と『魔王種』の力を以てあの女を殺せるはずだ。あの二人を殺せさえすればもう邪魔者はいない。そしてラグナ・グランウッドの左腕を入手し俺の体に移植する。そうなれば『黒い月光』だけじゃねえ、終焉の神の力も俺の物に……クク。俺が世界の王になる日も近いな)
ゲルギウスはほくそ笑むと呟く。
「だが予定通りにならないのが世の常。実際予定が狂ったのも事実。……だからよ、万が一の時は頼むぜ――相棒」
その言葉に呼応するように島全体がわずかに揺れた。
ジェダが廊下を歩いていると白塗り顔の不気味な男――ゾルダンが待ち構えていた。そして首を傾げながら問いかける。
「――いよいよ、始まるのですか?」
「ああ――騎士共が仕掛けて来た時が合図だ。アイツらにも伝えておけ」
「了解しました。にしても……いやはや思い返せば本当に退屈でつらい日々でしたねぇ。……あ、いや、本当につらかったのは私たちではなく貴方ですか。なにせアレに毎日頭を下げていたんですから」
「…………」
不機嫌そうに眼を細めたジェダに対しておどけたようにゾルダンは頭を下げる。
「おっとこれは失敬。失言でしたね」
「……お前もこんなところで油を売っていないで支度をしておけ。事ここに至って失敗は許されない。絶対にな」
「そうですね。中間管理職のように貴方が頭を下げ続けたあの日々が無駄になって……おっと、またやってしまいました。申し訳ありません。私としたことが、二度も失言を」
「……お前の口が悪いのはいつものことだろう」
恭しく頭を下げるゾルダンを通り過ぎたジェダの背後から再び声がかかる。
「楽しみですね」
「――楽しむ余裕など俺には無い」
「……本当にそうですか?」
「…………」
ゾルダンの声に振り返ることなく無言で進むジェダだったが、先ほどの否定の言葉とは裏腹にその顔には酷薄な笑みが浮かんでいた。
それから三日後の朝――ラグナとブレイディアはブルーエイス騎士団支部に設置された投影機から映し出された本物と寸分違わないアルフレッドの立体映像を前にこれから行おうとする掃討作戦の最後の確認を行っていた。
「――では最後の確認を行う。本作戦の総指揮は私が行い、上陸部隊の指揮はブレイディアお前が行う。そして肝心かなめのゲルギウスの捕縛はラグナ、お前に任せることとする。異論は無いな?」
問いかけに対して二人はそれぞれ肯定の返事をし頷く。それを聞いたアルフレッドは申し訳なさそうに目を伏せた。
「……すまないな。本来なら私が直接現場に赴くべきなのだろうが……」
「仕方ないよ。王都の防衛機構が復旧したとはいえ『メイガス』にウイルスを仕掛けた犯人がまだわかってない以上安心はできない。内部の犯行って可能性もあるし団長が留守にしてる間にまたなんかやられるよりは王都にとどまって目を光らせてくれる方が私たちも安心して戦えるしね」
「ええ。ブレイディアさんの言う通りだと思います」
「……苦労をかける。だが王都から向かわせた部隊は選りすぐりの精鋭ばかりだ。きっとお前たちの助けになるだろう」
「セガールさんとかジャスリンちゃんとか他にも色々と強い騎士を送ってくれたんだもんね。きっとうまくいくよ」
「俺も全力を尽くします」
その言葉を聞いたアルフレッドは心配そうな視線をブレイディアとラグナに向けた。
「子供の救出で負傷し間もないお前たちには休んでいてもらいたいとは思うが、お前たち無しではこの作戦は成功しえないだろう。特にラグナ、退院したばかりだというのに重責を背負わせてしまってすまない。だがゲルギウスの力はフェイクと同等と見た方がいい。お前以外の人間が向かったところで返り討ちに遭うだけだろう。現状奴を打ち破れるのはお前だけだ」
「わかっています。大丈夫です。必ずやり遂げてみせます」
「雑魚はなるべく私たちが引き付けるから上陸したらラグナ君はこの城っぽい建物に真っ直ぐ向かって。たぶんここにゲルギウスはいると思うからさ」
「了解です」
上空から撮影したと思われる遠くに薄っすらと見える城のような建物が写った写真を見ながらラグナは頷く。その後、全ての確認事項を終えたアルフレッドは二人に言う。
「――ではこれで終わりにしよう。作戦開始は明後日の明朝――午前三時。日が上り切る前に決行する。明日は全体で行う最後の作戦会議をする。それぞれ即行動できるように準備を整えておいてくれ。以上だ」
通信が終わり立体映像が消えるとラグナとブレイディアは向かい合った。
「かなり大規模な作戦になるけど、ラグナ君はこういう大部隊に混じって任務を行うの初めてだよね? 緊張してない?」
「正直言うと少し……ですがそれ以上に味方がたくさんいて心強いです」
「そっか、まあそうだよね。ラグナ君は単独任務か少数での仕事が多かったし、背中は基本的に自分で守らなくちゃいけなかったもんね」
「ええ。でも仕方ないと思います。『黒い月光』は周囲に被害を出し過ぎるうえ味方にも損害を与えかねませんから」
少し寂しそうに笑ったラグナを見たブレイディアは心配そうに問いかける。
「……今更なんだけど体はホントに大丈夫? ピエロとはずいぶん激しく戦ったみたいだし……五日も意識が戻らなかったでしょ? 外傷は無さそうだけど、体に違和感とか……そういうのない?」
「本当に大丈夫です。体に違和感もありません。むしろ……」
「? 何かあるの?」
「あ、いえ、なんでもないです。とにかく無理してるとかそういうのではないので」
「それならいいんだけど……」
「俺の事よりブレイディアさんの方は大丈夫ですか? まだ包帯が完全に取れてないみたいですし……」
「平気だよ。ラグナ君ほどじゃないにしろ私も回復は早い方だからさ。……それともう一つお願いしておきたいんだけど……余程のことが無い限りこの作戦で例の術は使わないでほしい」
「……〈ゼル・シャウパ〉のことですね。わかってます、確かに味方が大勢いる場所であの術は危険すぎますもんね」
「もちろんそれもあるけど……アレは君の体に負担が大きすぎる。前に一度試した時も、使った後昏睡状態になって……それで目が覚めてからもまともに動けるようになったのはそれから一週間後だったし。今のところ問題ないとはいえ病み上がりになんだし、そんな状態であんな術撃ったら君の体がどうなるかわかんないしさ」
「そう……ですね」
ラグナは術を撃った後立ち上がることが出来ないほど疲労困憊になったことを思い出す。
「……わかりました。あの術を使わないように出来るだけ気を付けます。……ただ相手が相手なので絶対に使わないという約束は……」
「そうだね、現状相手の能力さえわかってないもんね。だからそこら辺は君の裁量に任せるよ。団長は何も言ってなかったけどたぶん私と同じ考えだと思うからさ」
「お気遣いありがとうございます。使わないようにしつつゲルギウスを捕縛できるように努力します」
「うん。じゃあこの辺で解散しようか。明後日までにお互い色々準備があるだろうしね」
「わかりました」
二人は笑顔で別れると準備に取り掛かった。
数時間後、ブレイディアは人里離れた海岸でハロルドからもらい受けたバイクモドキの機能を確認していた。
(……色々あって機能の確認をする暇がなかったけど……なるほどね……世界一危険とか言ってたけど納得……こりゃバイクって言うより兵器だよ……出力抑えてこれとか……)
破壊された海に浮かぶ複数の巨大な岩や穴の開いた砂浜を見ながらブレイディアは顔を引きつらせた。
(……けど……これなら『神月の光』や『魔王種』とか言うのにも対抗できるかもしれない。えっと……一通り試したけど……最後にこの……『トランスフォーメーション』ってやつを試してみよう。マニュアルは……まあいいか。周り海だし。攻撃機能ではないみたいだしね)
またがった状態でタッチパネルを操作すると突如ブザーが鳴り響きブレイディアの腰に革製のベルトが巻き付きバイクが直立し始める。と同時に周囲に丸く透明な光の障壁が出来始めた。
「え、なにこれ!? なにこれッ!? ちょ、ちょっと待っ――」
マニュアルを見ておくべきだったと早速後悔し始めるブレイディアをよそにバイクは変形していきある形になる。そして狭いコクピットのような場所になった座席に座りながら呆けていると、目の前にあったタッチパネルが点灯しある人物が映し出される。
「え、ハロルドッ!?」
『やあブレイディア。どうやら変形機能を試したようだネ。それは変形すると自動で私の研究所に繋がるように設定されているんダ。マニュアルを読んだだけではこの複雑な機能を使いこなせないだろうと踏んで設定させてもらっタ。自動で繋がるのは最初に変形した時だけだがネ』
「そうなんだ。っていうかこの変形ってなに……いきなり滅茶苦茶変形し始めて驚いたんだけど……」
『なんだマニュアルを読まなかったのかイ? ならその画期的かつロマンの詰め込まれた機能の説明をしようじゃないカ』
意気揚々と説明を始めるハロルドに面食らいながらもブレイディアは説明を大人しく聞きそして呆れるのだった。
その夜ラグナは一人騎士団支部の訓練場で空を見上げていた。
(……最後の打ち合わせを終えればすぐ戦いが始まる。そうなれば俺はゲルギウスという幹部を相手どらなければいけなくなる。実力はおそらくフェイクと互角、もしくはそれ以上。……でも不思議だ。相手の実力も能力もわかっていないのに……あまり恐怖を感じない。それどころか自分でも驚くくらい落ち着いているのがわかる。それに……)
ラグナは目をつぶることなく即その瞳を真紅に変えると銀色の『月光』を纏った。
(……前よりも自然に、しかも体力を使わずにこの状態になれるようになった。これなら『神月の光』も前より長く使えるようになるかもしれない。……認めたくはないけどたぶんあのピエロと戦った結果、この『使徒の血』っていうものの力を無意識に使えるようになってきてるからだろう。けど……本当にこの『使徒の血』っていったい何なんだろう……便利な力ではあるけど……どうしてこんなものが俺の体に流れてるんだろうか……それに……なんだろう……以前には感じなかったこの……妙な感覚は……)
だがラグナがいくら考えても答えは出ず、出たのは最後のため息のみ。
(……考えても答えなんか出ないか。でもきっとこれから行く場所には答えがあるはずだ)
目を細め彼方を睨み据える。
少年のその眼はまだ見ぬ敵の姿を映し出そうと赤く輝いていた。
意識を集中させていると何者かがラグナの方に向かってくる気配がしたためそちらの方を振り向くと見知った人物を見つける。
「――クロームさん」
「こ、こんばんは」
「こんばんは。でもこんな時間にどうしてここに?」
「じゅ、巡回中に訓練場で何かが光ったのを見つけたのでそれで……」
「そうだったんですか……すみません、それは俺の『月光』です。誤解を与えるような真似をして本当にすみませんでした」
「い、いえ……そ、それよりラグナさんこそどうしてこんな時間にここに……」
「なんだか眠れなくて。少し風にあたろうと思ってここに来たんです」
「そ、そうだったんですね……あ、あのご報告がありまして……じ、実はこの度島への上陸作戦に参加させていただくことになりました」
「え、そうなんですか?」
「は、はい。こ、後方の部隊にはなりますが……わ、私の術は免疫力や再生力を高めるものでして……そ、その……」
「あ、もしかしてそれで上から命令を受けて作戦に組み込まれたんですか?」
「い、いえ、自分から志願しました。じ、実は命を賭けて子供を救出するブレイディアさんや貴方を見て、か、感銘を受けまして……じ、自分も騎士としてもっと頑張ろう、とそう思ったのです。あ、足手まといにならぬよう精一杯やらせていただきますので、ど、どうかよろしくお願いします」
「そんな、こちらこそよろしくお願いします」
ラグナが手を差し出すとクロームは恐縮しながらそれを握り返す。
「作戦がうまくいくよう一緒に頑張りましょう」
「は、はい」
照れながら頷くクロームを見たラグナもまた頷き返す。
その後、二人は別れラグナは部屋に戻ったのだった。
それから一日経ち最後の作戦会議を終え全ての騎士たちは航空機などに乗り込みそれぞれの配置につく。
そしてついに時間となりアルフレッドは騎士団本部の作戦室にてオペレータたちに告げる。
「――全部隊に通達しろ。これより作戦を開始する」
こうして全部隊に通達が下り大規模な掃討作戦が始まった。




