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97話 ジャーナリスト

 翌日退院したラグナは迎えに来たブレイディア、クロームと共に車である場所に向かっていた。


「クロームさんにまで迎えに来ていただいて、本当にすみません」


「い、いいえ。わ、私からお願いしたんです。す、少しでもお役に立ちたいと思いまして」


「そうだったんですか。本当にありがとうございます」


「い、いえ、お気になさらず」


 運転席から目を離し今度は共に後部座席に座るブレイディアに頭を下げる。


「ブレイディアさんも色々とご心配おかけしてすみませんでした」


「いいよ、君が無事ならそれが一番だもん。にしても……すごい数の花束だよね。私もたくさんお礼言われちゃったよ。なんかこういうのもたまにはいいよね」


「そう、ですね……」


 後部座席に詰め込まれた花束を見て苦笑しつつ病院前で車に乗り込んだ時のことを思い出す。


 病院前に現れたエリーを含む子供達とその保護者達が感謝の言葉と共に大量の花束を贈ってきたのだ。どうやらラグナが退院することを子供達から電話かメールで聞いたらしく急遽やってきたらしい。


 その時の感謝の言葉は今でも覚えていた。


『ありがとう! 子供たちを助けてくれて!』


『この子たちが生きていられるのはアンタのおかげだ!』


『感謝してもしきれない! 本当にありがとう!』


 だが全員に見送られ車に乗り込んだラグナは嬉しさと複雑な気持ちで板挟みになってしまう。素直に喜べなかった理由はピエロの言葉にあった。


(……俺があの子たちを救いたかったのはあの子たちの為じゃなく自分の為……いや……違う……そんなことない……そんなこと……)


 ラグナは否定するように強く歯噛みするが、ピエロの言葉は頭から消えることはなかった。


「ラグナ君? どうかした?」


「……いえ、なんでもないです。それより……ずいぶんと……その……町から離れたところに住んでるんですね」


 徐々に住居や店などが少なくなり最終的には海しか見えない道路を走り始めたので驚いているとブレイディアが説明し始める。 


「なんか結構辺鄙なところに住んでるっぽいね。しっかしまさか一般人に先を越されるとは思いもしなかったよ。ラグナ君に聞いた時は冗談かと思ったけど、この人の経歴を洗ってみたら十分あり得るって納得しちゃった」


「でも一日でよくこれだけ情報が集められましたね」


「諜報部門に知り合いがいてさ、頼んで調べてもらったんだ」


 そしてブレイディアは手に持った調査書を見ながらこれから向かう目的地の家主の名を言う。


「――ラッセル・ハッシュ。年齢38歳。職業フリージャーナリスト。貴族や騎士の汚職からテレビに出てる有名人なんかのスキャンダルまでいろんなジャンルを扱ってるみたいだね。この人の今まで書いた記事を見たけどかなり正確に真実を書いてるものがある一方で、誇張した内容の記事も多数あるっぽい。でも誇張した内容の方も大元の情報自体は正しいね。つまりジャーナリストとしてはかなり優秀。だけど問題児でもあるみたい」


「問題児、ですか?」


「うん。どんな手段を使ってでも情報を手に入れるとかで、そのために軽い犯罪行為なんかも過去に何度か行って捕まってる。しかも記事の内容で破滅したって人の数も少なくないみたい。だからかなり人から恨まれてるっぽいよ。こんな僻地に住んでるのもそこらへんが関係してるのかもね。なんか友人の数もほとんどいないらしいし。今回この人の行方不明が発覚したのも仕事の件で会う約束をしていた出版社の人が連絡が取れなくなったって騎士に相談したのがきっかけ。もしその人が騎士に言わなければ行方不明になってたこと自体わからなかっただろうね」


「そしてその仕事の相談って言うのが『ラクロアの月』に関する内容なんですよね?」


「そう。今言った出版社の人から話を聞いて裏は取ってる。ただ正確な情報自体はその相談の時に話す予定だったみたい。けどピエロに拉致されたためそれは延期になった。エリーちゃんだっけ、その子の聞いた電話の内容はその出版社の人との会話っぽいね。で、直接会って相談する期日をあらためて決めるため電話で話し合ったみたい」


「そしてその相談する期日っていうのが今日……」


「ラグナ君の退院の日と重なるなんてすごい偶然だよね。で、ラッセルさんには内緒で出版社の人の代わりに私たちが行くことになったわけだけど……この人の性格を考えると素直に情報を渡してくれるとは思えないね。それになんで廃遊園地にいたのか問いただす必要がありそうだし。騎士が聴取する前に勝手に退院したっぽいからねあの人。一悶着あるかもしれないからその辺は覚悟しておいてね」


「……はい」


 揉め事になる可能性も想定していたラグナだったが、エリーと交わした約束を思い出し気が滅入る。


(……出来れば諍いになるようなことは起きないでほしいな。エリーちゃんとの約束を守りたいし、なにより……ラッセルさんみたいな人とは争いたくない)


 ラグナはエリーがラッセルを追いかけてまで伝えたかったことを聞き驚嘆した昨日のことを思い出す。


 揺れ動く少年の心情と重なるように車は揺れながらラッセルの自宅に向けて走り続けた。



 それから数十分ほど走り続け海辺にあった小さなコテージを発見する。どうやらそこがラッセルの家らしく車はそこに向かい到着すると停車した。するとブレイディアはラグナの方を向いた。


「さて――これからラッセルさんに情報を提供してもうためにお宅を訪問するわけだけど……正直あんまり悠長に交渉とかはしてられないんだよね。私たち騎士は何かが起こる前になんとしても先手を打って『ラクロアの月』のアジトを強襲して幹部であるゲルギウスを捕縛しなければいけない。私としても民間人相手に権力を振りかざすような真似は極力避けたいんだけど状況が状況だしもし向こうが隠し立てしたり抵抗するなら多少強引な手段を使うかもしれない。だからもしそういうのが見たくないなら車に残っててもいいよラグナ君」


「いえ、ここまで同行したいと言ったのは俺です。自分の言葉には最後まで責任を持ちたいんです。ですから一緒に行かせてください」


「……わかった。クロームさんはどうしますか?」


「わ、私は車を見ておきますので……ど、どうかお二人で」


「わかりました。では車の方、お願いします。それと、もしかしたら相手が逃走する可能性もありますので、追跡する準備の方もよろしくお願いします」


「わ、わかりました」


 クロームを残し小型のノートパソコンを持って車を出た二人はコテージに近づいて行ったが、入口近くに隠すように設置されたセンサーと監視カメラに気づき足を止める。


(……ずいぶん警戒してるんだな。人から恨まれてるって聞いたけど……これじゃまるで襲撃されることを予期してるみたいだ)


 ラグナが眉をひそめているとブレイディアが一歩前に踏み出し呟く。


「ラグナ君、一応警戒はしておいてね」


「……はい」


 二人はセンサーやカメラがある場所横切ると扉の前に立った。ラグナはインターホンを押そうとするも、その前に扉が開き中から見覚えのある男性が顔を出す。黒い靴と黒いズボンを履き、白いワイシャツの上からベージュのジャケットを着たその人物――ラッセル・ハッシュは二人を見まわしたあと、ニヒルな笑みを浮かべた。


「――これはこれは。ずいぶんと珍しいお客さんだ」


 ラッセルの言葉を聞き真っ先に反応したのはブレイディアだった。騎士手帳を見せながら自己紹介を始める。


「――初めまして。私は――」


「知ってるよ。ブレイディア・ブラッドレディスだろ? それと――ラグナ・グランウッド」


「……ご存じだったんですか」


「そりゃ二人とも有名人だからな。それに職業柄特にそういう情報には敏感でね」


「……そうですか。では自己紹介は省きます。一応確認させていただきますが、貴方はラッセル・ハッシュさんでよろしいでしょうか?」


「よろしいですよ。俺がラッセル・ハッシュだ。どうぞよろしく」


「よろしくお願いします。それで、少しお話を伺ってもよろしいでしょうか? 貴方が握っているある情報についてのお話なんですが」


「ある情報、ね。とりあえず立ち話もなんだし、中に入れよ。話ならそこでしよう」


 ラッセルが扉の中に引っ込むと、ラグナはブレイディアにどうするかと問うように視線を送る。その答えは中に入るということを肯定する頷き。ゆえに二人は慎重に家の中に入る。家の内部はそれなりに散らかっていたが見るに堪えないというほどではなかった。ズボラな独身男性の家という感じの家内を進み案内されるままにリビングに向かうとテーブルに備え付けられていた椅子に座る。


 直後、並んで座った二人に対してテーブルを挟むようにして対面に座ったラッセルは口を開く。


「散らかってて悪いな。おっと、一応お客人だし茶でも出すかい?」


「いえ、お気遣いなく。それよりもさっそくなんですがお話を伺ってもよろしいでしょうか?」

 

 ブレイディアの問いかけにラッセルは頷く。


「ああ、別に構わない。で、何が聞きたい」


「本題に入る前にまず貴方が廃遊園地に囚われていた理由についてお聞きしてもよろしいですか?」


「あー、あれね。単純にガキどもが連れ去られてるって町の連中が騒いでたんでちょっと調べてみたら廃遊園地に捕まってるってことを突き止めたんだよ。それで噂になってるピエロやら監禁されてるガキどもを写真やら動画で撮ろうと思って中に入ったらあのイカレピエロに捕まったってわけよ」


「……貴方のことですから騎士がピエロに返り討ちにされたことは当然知っていましたよね?」


「もちろんだ。ピエロが強くてヤバい奴ってことは知っていたさ」


「……ならなぜそんな危険を冒してまで撮影を行おうとしたんですか?」


「決まってんだろ、金になるからだよ。騎士団支部の支部長が自身の失態を隠すために本部にピエロのことを黙ってたことは掴んでたからな」


「……写真や動画を元に支部長を脅そうとしていたと」


「まあそんなとこだな」


「……よく素直に話せますね。私は騎士ですよ」


「脅迫ったって未遂だろ? それに今回の件はアンタら騎士団の失態だ。せっかく無事解決したのに、俺をつついてまたほじくり返す気かい? 完全に藪蛇だと思うがね」


「…………」


「まあ身内の恥をさらしたくはないわなぁ。ただでさえディルムンドの反乱で騎士団の信用は落ちてるわけだし、そっちもこれ以上醜態はさらせないだろ? ここはお互い大人の対応をしようぜ。こっちもとっ捕まって情けない姿を見せちまってるしよ。出来ればこのお話は終わりにしたいんだが。どうだ?」


「……いいでしょう。この件に関してはこれ以上追求はしません」


「賢明な判断だ」


「――しかしこれから話すことに関しては別です。徹底的にやらせていただきます」


「ようやく本題に入るわけか。まあ察しはつくがな。どうせ『ラクロアの月』のアジトに関する情報を渡せってんだろ?」


「話が早くて助かります。速やかに知り得る情報全てを渡してください。これは国家の安全に関わる重大な案件です。ハッキリ言って貴方の手に余る。ですが貴方もその情報を手に入れるのに苦労なさったのでしょう。ですのでただで寄越せとは言いません。協力していただけるのならそれ相応の謝礼を用意させていただきます」


「何が謝礼だよ。騎士団が出す金なんざどうせ俺ら善良な一般市民が払ってる税金だろうが。ったく」


「支部長から脅し取ろうとしたお金も元をたどれば税金ですよ」


「だがあのいけ好かない支部長のポケットに入った時点でそれは奴の金になる。奴から金を取るってことに意味があったんだよ」


「よほど支部長がお嫌いの様ですね」


「まあな。今回の誘拐騒動の隠蔽だけじゃねえ。アイツは相当な悪人だ。叩けばホコリがわんさか出るくらいにな。だが今回の件で奴も終わりだろうよ、クク……。で、話を戻すがアンタの提案ってやつを断ったらどうなるんだ?」


「……調べさせていただいたところ違法行為スレスレの取材行為を何度もなさっているとか。逮捕されてからも懲りていなかったみたいですね。貴方が本当に善良な一般市民なら不可能なんですが、これならば多少強引にはなりますがギりギリ別件で引っ張ることが出来そうです。そうなればまだわかっていない余罪も大量に出てきそうですね。叩けばホコリが出るのは支部長だけではなさそうです」


 ノートパソコンに映った数々の証拠と思しき写真や文章をブレイディアが見せつけるとラッセルの眉間にしわが寄る。


「…………」


「……しかしこちらも差し迫った危機に対応するのに必死。出来ればそんな無駄なことはしたくありません。どうでしょう、今度はこちらから提案したいのですが、ここはお互いの利益を考えて大人の対応をしませんか?」


 ブレイディアはそう言うと眼を細め眼前の相手と睨み合った。数秒ほど気まずい沈黙が流れるもラッセルがため息をついてそれを破る。


「あーあー……わかったよ、わかりましたよ。渡せばいいんだろ渡せば」


「賢明な判断ですね」


「……オタク、やられたらやり返すタイプだろ」


「さあ、なんのことでしょうか」


「チッ……可愛い顔してやることがえげつないうえ躊躇いが微塵も感じられねえ。俺が断ったらマジでブタ箱にぶち込む気なのはそのドブみてえな眼を見りゃわかるぜ。流石は悪名高いブラッドレディス。数多くの犯罪者やら悪徳貴族を地獄の底に沈めてきただけはある」


 言いながら立ち上がったラッセルは棚の中ををゴソゴソと漁ると何かを手に戻ってきた。そして手に握っていたUSBメモリをブレイディアに差し出す。


「この中に『ラクロアの月』のアジトらしき孤島のデータが入ってる」


「……確認させていただきます」


 ブレイディアはUSBメモリを掴むもラッセルも未だに掴んでいたため眉をひそめた。


「……まだ何かあるのですか」


「一つ聞かせろ。なぜ俺が『ラクロアの月』の情報を持ってるってわかったんだ?」


「言えません。情報提供者に危害が及ぶかもしれませんので」


「……そうかい」


 納得してはいないようだがごねても変わらないと思ったのかラッセルは手を放す。USBメモリを受け取ったブレイディアはさっそくそれを持ってきたパソコンに挿しラグナと共にデータを確認した。すると海上に浮かぶ孤島の写真を見つける。ドローンか何かで撮影したのか様々なアングルで撮影されたその島は外界を遮断するように鬱葱と生い茂った木々や草花で覆われていた。そして何枚か写真を見ていくうちに見知った人物が写り込んだものを見つける。


「……ラグナ君。これ」


「あ、これって……確かデップとかいう……」


「うん。どうやらここで間違いないみたいだね」


 いつ撮影されたのかはわからないが怪しげな男達と共にボートを使って島に上陸するデップの姿が写った写真を見た後、ブレイディアはラッセルの方に視線を移す。


「……ちなみにこの情報はどうやって手に入れたんですか?」


「地元の漁師に知り合いがいてね。そいつから見慣れない島を見つけたっていう話を聞いたのさ」


「見慣れない島……ですか?」


「ああ。なんでもこんな島は今までその漁師がいた海域には無かったらしいぜ。だが突然現れた。おかしいだろ? しかもその漁師が気になって翌日もう一度行ってみたらその島は影も形も無くなってたらしい。これだけならそいつの見間違いってことにも出来るが、なんと他の漁師たちも何人か同じような体験してるんだよ。それを聞いた時、ジャーナリストの勘ってやつかな、これはなんかあるなと思った。んで地道に調べていったらその幻の島を見つけたわけよ。そして撮影していくうちに前に手に入れた情報にあった『ラクロアの月』のメンバーらしき奴――つってもアンタらが追ってるような大物じゃなく小間使いみたいな奴なんだけどな。そいつを偶然見つけたってわけさ」


「……そうですか。しかし貴方の話から察するにこの島は絶えず移動を繰り返しているように感じられるのですが……」


「アンタの言う通りだ。だから居場所が常に分かるようにドローン使って高性能のGPSを島に仕込んでおいた。ほれ、これで位置がわかるはずだぜ」


 ラッセルは分厚い板状のデバイスをブレイディアに手渡す。


「……ここまで用意周到に準備していながら今まで上陸はしなかったのですか? 見たところこれは島の外周を撮影しただけのようですし。貴方の性格ならすぐにでも上陸すると思ったのですが」


「相手は『ラクロアの月』だぜ? 考えなしに突っ込めば死ぬのは目に見えてるしな。もっと準備を整えてから上陸しようと思ったんだよ。で、準備を整えるのにも金がいるわけだ」


「……なるほど。編集者に連絡して直接会うようにしたのはお金を用立ててもらうためですか」


「なにせ大スクープだからな。出版社だってそれくらいわかるだろうし交渉がうまくいけば準備金くらいは出してくれるんじゃねえかと思ったんだが……その前にアンタらが来て俺の計画はおじゃんになったわけよ。どうせ会社の方にも圧力かけて記事に出来ないようにしたんだろ? どうりで編集者に連絡しても返事が来ないはずだぜ。支部長からも金は取れなくなったし、こりゃ諦めるしかねえな」


 椅子に体を投げ出すように座ったラッセルは天井を見上げながら嘆息した。それを見たブレイディアは立ち上がると頭を下げラグナも無言でそれに続く。


「ご協力ありがとうございました。謝礼に関してはまた後日……」


「いらねえよそんなもん。それより用件が済んだんならとっとと出てってくれ。こっちはまた別のスクープを探さなきゃいけなくなったんだからよ」


「わかりました。ではこれで失礼させていただきます」


 ブレイディアはもう一度頭を下げてから立ち去ろうとしたが、ラグナがラッセルに向かった口を開く。


「あ、あのラッセルさん。エリーちゃんから伝言を預かってきました。貴方にとても感謝していて、ありがとう、と」


「……エリー? ……ああ、あのガキか。別に礼を言われるようなことはしちゃいないがな。俺はアイツらをネタにしようとして廃遊園地に入っただけだし」


「え、でも……」


 ラグナが言いかけた瞬間、それを遮るようにラッセルは口角を上げ笑う。


「それより今度アンタのことを取材させてくれよ」


「取材……ですか?」


「『黒い月光』のことだよ。それにあの廃遊園地見せた特殊な力。明らかに普通の『月詠』から逸脱したものだった。ぜひアレについて教えてもらいたいんだが」


 ラッセルが立ち上がりラグナに近づこうとするもそれを遮るようにブレイディアが間に入る。


「申し訳ありませんがそういう取材は受け付けていませんので」


「ふーん……ならアンタのことを教えてくれよブラッドレディス。ほら、アンタが関わってるっていう例の『虐殺事件』のことについてとか」


(……虐殺……?)


 ラグナが疑問に思ったその瞬間だった。その言葉を聞いたブレイディアの眼が暗く濁り周囲に緊張が走るも、すぐにそれは解ける。解いたのは他ならぬ女騎士自身だった。


「……申し訳ありませんがお答えしかねます。では、我々はこれで。行くよ、ラグナ君」


「は、はい。失礼します」


 頭を下げた後、ブレイディアに続いてラグナは部屋を出ようとしたがその背中に声がかかる。


「あ、そうそう。廃遊園地で助けてくれてありがとな。感謝してるぜ」


 その言葉に会釈で返したラグナはラッセルの家を後にする。だが疑問は頭の片隅に残ったままであった。


(虐殺って……なんのことだろう?)


 しかし雰囲気的に聞きづらかったためその疑問を心のうちにしまうとブレイディアの背中を追った。 



 その後、一人残ったラッセルは不敵な笑みを浮かべながら椅子に座り呟く。


「もっとも、アンタにとって俺は死んだ方が良かったのかもしれないけどな。英雄坊や。……ま、せいぜい俺の為に働いてくれよ騎士諸君」


 そうしてテーブルに置かれたパソコンを操作し始めたのだった。



 車に戻ったラグナとブレイディアは事の顛末をクロームに報告した。


「ぶ、無事に終わってなによりです。し、しかしこのままラッセルさんを放置していいのでしょうか……ま、まだ何か情報を隠している可能性もあるのでは……」


「ええ、その可能性はあると思いますが、これ以上時間をかけてはいられません。ただでさえピエロのせいでタイムスケジュールに遅れが出てしまっていますので。しかしラッセル・ハッシュについては本部の騎士に一応マークさせておきます」


 ブレイディアの言葉を聞いたラグナは不思議そうに首を傾げた。


「え、マークって……でもラッセルさんはさっき今回の件を諦めるって……」


「言葉ではそう言ってたね。でも、どうかな。あの手のタイプは口ではそう言っても早々に諦めるとは思えないんだよね。話してみてわかったけど絶対しつこいよあの男」


「そ、そうですか……」


「とりあえずあの男のことは今は置いておいて『ラクロアの月』を優先しよう。にしても移動する島とはね。見つからないわけだよ」


「どういう理屈で動いてるんでしょうか……島自体が船みたいになってる、とかでしょうか」


「どうだろうね。とにかくまずはアジトの場所がわかったってことを本部にいる団長に伝えなきゃ」


「そうですね。ずいぶんと気を揉んでらしたようですし」


「うん、早く安心させたげないとね。そうと決まればクロームさんお願いします」


「わ、わかりました。い、一度騎士団支部に戻りましょう」

 

 そうして情報を得た三人はブルーエイス騎士団支部に帰還した。    

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