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96話 心の歪みと新たな情報

 翌日検査を終え自分はもう大丈夫であると伝えたラグナは渋るブレイディアを説得し騎士団支部に向かわせると病院服から黒いジャージに着替え窓の外を眺めはじめる。


(早く俺も仕事に戻りたいな。あのピエロの生死やゲルギウスの行方も気になるし……)


 そうぼんやり考えていると不意に扉がノックされた。看護師かと思ったラグナはすぐに返事をすると、扉が開く。しかしそこに立っていたのは看護師では無くピンクのパジャマを着た十四歳ほどの少女だった。見覚えのある顔だったため記憶を探って行くと、廃遊園地の最後のステージに囚われていた磔の少女の顔と合致する。


「君は……確かジェットコースターの……」


「は、はい。そうです。あの時のお礼を言いたくて……同じ病院に入院してるって看護師さんに貴方の病室を聞いたんです。でもずっと眠ったままとも聞いて……けど昨日目が覚めたって今日教えていただいたんです。……それで……あの……今って大丈夫でしょうか?」


 おずおずと躊躇いがちに尋ねてきた少女にラグナは笑顔で答える。


「大丈夫だよ。ちょうど暇だったんだ。よかったら中へどうぞ」


「そ、それじゃあお言葉に甘えて……失礼します」


 病室に入って来た少女を出迎えたラグナはブレイディアが持ってきたティーポッドに茶葉を入れ始める。


「今、お茶を淹れるからそこの椅子にでも腰掛けてて」


「お、おかまいなく! お礼を言いに来ただけですし、その、目が覚めたばかりって看護師さんからも聞いてるので安静にしてた方が……」


「大丈夫。もう体の方はなんともないんだ。本当はすぐにでも退院できると思うんだけど、念のため今日まで入院することになったってだけだから。それにお茶が飲みたいと思ってたところなんだ。だから付き合ってくれるかな?」


「そ、それでしたら私が淹れましょうか……?」


「お客様にそんなことはさせられないよ。それにずっと寝てたせいで体が鈍ってるんだ。本当は運動したいんだけど、お医者さんから止められてて。こういうちょっとの動作でも体を動かしていたいんだ」


「そ、そうなんですか……?」


「うん。だからやらせてほしい」


「……わかりました。そういうことなら……お願いします」


 恐縮しながらも言われた通りベッドの横にあったパイプ椅子に腰かけた少女を見たラグナは手早くお茶を二人分淹れると同時にクッキーなどのお茶菓子も用意する。その後ベッドに備え付けられたテーブルにそれらを並べ終わるとベッドに腰掛け一緒に簡素なお茶会を始める。お茶菓子が気になるのかそちらをチラチラと見つつ用意されたお茶に口を付けた少女は驚いたように口を開く。


「……おいしい……」


「よかった。お茶菓子も食べてみて。ブレイディアさん――って言ってもわからないか。俺の上司みたいな人が用意してくれたものなんだ。この町で有名なお店のお菓子みたいだから美味しいと思うよ」


「し、知ってます! このお店とっても美味しいって評判でいっつも行列が出来ててなかなか買えないんです!」


「へえ、そうなんだ。じゃあ遠慮せずどうぜ召し上がれ。あ、でも君ってまだ入院中なんだよね。確認せずにお茶とか勧めちゃったけどお医者さんからそういうの止められてたりは――」


「大丈夫です! 止められてません!」


「そ、そう。じゃ、じゃあどうぞ」


 甘いものが好物なのか食い気味に反応した少女に若干驚きつつ菓子を再度勧めると、少女はパアッと花が咲いたような笑顔を浮かべ喜ぶ。


「ありがとうございます。いただきます」


 高級そうな缶ケースに入ったクッキーを一つ掴み頬張った少女は至福の表情でゆっくりと咀嚼し飲み込むと呆けた顔のまま感想を述べる。


「お、おいひい」


「喜んでもらえたみたいで嬉しいよ。俺の事は気にせずどんどん食べな」


「はい、いただき――じゃなかった! す、すみません、わ、私、お、お礼を言いに来たのに……っというか自己紹介すらしてませんでした……ごめんなさい……」


「いや、気にしないで。俺の方こそ自己紹介してなかったし」


「い、いえ貴方の名は存じ上げています。騎士のラグナ・グランウッドさんですよね?」


「え、うん、そうだけど……もしかして看護師さんから聞いたの?」


「いえ、それも違くて……えっと……ラグナさんは色々と有名なので……その……遊園地で見た時もどこかで見たことあるなーって思って……名前を看護師さんに聞いてタブレット端末で調べたら……その……」


「……あー……なるほど。なんとなくわかったよ……」


 少女の言わんとしていることを察したラグナは顔を引きつらせながら王族や七大貴族によって自身が英雄に仕立て上げられたことを思い出した。


(そういえば……英雄扱いされてるんだった……ネットで名前を検索すれば色々出て来るもんなぁ……なんか嫌だなぁ……最初は俺もどんなことが書かれてるんだろうと思って検索したり一度どこかの雑誌を見たけど……美化されデカデカと載った自分の顔とあまりにも誇張した内容、嘘くさすぎる英雄譚に眩暈がして見るのを断念したんだよな……それがトラウマでそれ以来自分が出ているものは見れなくなった……俺が見たのがたまたま酷かっただけなのかもしれないけど……あれなら凶悪犯として指名手配された方がマシだよ……この子はどんな情報を見たんだろう……聞いてみ――いや……やっぱりやめとこう……)


 一度ため息をついた後、咳ばらいをしたラグナは少女と向き合う。


「――知っているみたいだけどあらためて自己紹介させてほしいんだ。俺はラグナ・グランウッド。よろしくね」」


「わ、私はエリー・キャンドルと言います。この度は助けていただき本当にありがとうございました」


 立ち上がり頭を深々と何度も下げたエリーに対してラグナは苦笑する。


「俺一人でやったわけじゃないんだ。だからそんなに頭を下げなくても」


「いいえ。そういうわけにはいきません。命を助けていただいたんですから。それに私はたくさんお礼を言わなくちゃいけないんです」


「たくさん、か――もしかしてそこにいる子供たちの分までってことかな?」


「え……」


 ラグナが向けた視線の先をエリーが追うと、開きかけのドアの隙間から覗く複数の瞳と目が合う。十秒ほど見つめ合ってようやく観念したのか六人ほどの子供たちがドアを開けて入って来た。


「ちょ、なんで来ちゃったの!? みんなで来ると迷惑になるから代表して私が来るってちゃんと言ったのに……」


 エリーのその言葉を受けて子供たちは不満げに口を尖らせ文句を言い始める。


「だって私たちだってちゃんとお礼言いたかったんだもん!」


「そうだよ! 姉ちゃんが一番年上だからって理由で強引に自分の意見を通しただけだろ! 俺だって有名人に会いたかった!」


「それにエリーおねえちゃんだけクッキー食べてズルい!」


「う……それは……」  


 クッキーの話題を出されバツの悪そうな顔になったエリーは子供達から視線を逸らすも、それがかえって火に油をそそぐ結果となりバッシングは強まる。姉弟喧嘩のようなその光景を微笑ましいと思いつつもこのままでは収拾しないとも思ったラグナは助け舟を出すことにした。


「みんな落ち着いて。クッキーならまだたくさんあるから。ほら、みんなで食べな」


 クッキーの缶を差し出した途端、子供たちの視線はエリーからそちらに移り目を輝かせながらラグナの周りに一斉に集まる。幸せそうな顔でクッキーを食べ始めた子供達とは対照的にエリーは顔を赤らめて謝罪を始めた。


「ご、ごめんなさい。実は私この子たちと同じ病室にいるんですけど、どうしてもラグナさんに会いたいって聞かなくて……騒ぎになるからダメって言ったのに……」


「そうか、それで君がこの子たちの代わりにお礼を言いに来てくれたんだね」


「はい……でも結局こうなっちゃいました……本当にごめんなさい。ご迷惑をかけてしまって……」


「迷惑なんてそんなことないよ。一人じゃつまらないしこうしてにぎやかな方が俺としても嬉しい」


 ラグナはクッキーを頬張る子供達を優しい眼で見ながらあることを思い出していた。


(……懐かしいな。孤児院にいた時はたまに食べられるお菓子にみんなで夢中になってたっけ……)


 目の前の子供達とかつての自分たちの姿が重なり自然と口元が緩む。そんな時、子供の一人がラグナに向かってクッキーの缶を差し出した。


「お兄ちゃんも一緒に食べよう。みんなで食べるとおいしいよ」


 それを聞いて眼を丸くしたラグナだったが、すぐに笑顔で頷くとクッキーの缶に手を伸ばす。そして伸ばしながらも子供がかけたその言葉と同じような言葉をかつて孤児院の子供にかけられたことを思い出す。既視感を覚えながら、幼少期の自分と今の自分を重ねゆっくりと左手を伸ばすも――。


『――おめでとう、今度は助けられたね』

 

 ――去り際のピエロの言葉が不意に蘇る。直後子供たちを消してしまった過去と現在の記憶が混ざり合い目の前の子供たちが消えたような錯覚に陥る。そして手を伸ばしたまま動きを止めたラグナを不思議に思った子供が首を傾げた。


「お兄ちゃん、どうかしたの?」


「……いや、なんでもないよ」


 届かない過去に伸ばしていた手を諦めたように下げたラグナは子供たちに笑いかける。


「あんまりお腹が空いてないんだ。だからやっぱりやめておくよ。俺はいいからみんなで食べな」


 ラグナの言葉を聞いた子供たちは眼をパチクリさせた後、すぐに頷き再びクッキーを嬉しそうにムシャムシャと食べ始めるがそれをエリーが止める。


「みんな、クッキーを食べるのもいいけど大切なことを忘れてない?」


 それを聞いた子供たちはハッとすると一斉にラグナの方を向いた。


「助けてくれて、ありがとう!」


 子供たちのお礼の言葉を聞いたラグナは一瞬だけ悲し気な顔になるとぼそりと呟く。


「……俺の方こそ、助けさせてくれてありがとう……」


「え……」


 小さな独り言が耳に入ったのかエリーは困惑した表情を受かべるも、ラグナはすぐに表情をあらため全員に微笑みかける。


「みんな無事でよかったよ。早く検査が終わって退院できるといいね」


 その言葉に嬉しそうに頷く子供達とは対照的にエリーは困惑した表情のままラグナを見続けた。



 その後お菓子を食べ終わった子供たちを病室に帰すと、ラグナの提案によって入院している他の子供達にもお菓子を配ることになった。エリーにもそれを手伝ってもらったため作業は比較的早く終わり二人はそれぞれの病室に帰るため並んで廊下を歩き始める。


「手伝ってくれてありがとうエリーちゃん。おかげで他の子たちにも早めにお菓子を配れたよ」


「いえ、そんな……私は何も……それよりもよかったんですか? 子供たちは喜んでましたけど、あれってラグナさんのお見舞い品なんじゃ……」


「あー、うん、まあね。でも流石にあんなに食べきれないからさ」


 そう言いながら抱えていた大き目の段ボールの空箱を見つめ苦笑する。


(……ブレイディアさんが俺の為にって気を失ってる間大量に買ってきてくれたんだよなこれ。気持ちは本当に嬉しいけど、俺一人じゃ絶対食べきれないだろうしブレイディアさんも事情を話せばわかってくれるはず)


 ラグナは心の中でブレイディアに感謝するとエリーの方を向く。 


「それに俺は明日にはもうここを退院する予定だから。みんなは後何日かいるみたいだし、こういう楽しみがあった方がいいよ」


「なんというか……お礼を言いに来たはずなのにこんなに気を遣っていただいてすみません……」


「いいよいいよ。あ、ちょっと待ってて」


 自分の病室の前まで来たラグナは申し訳なさそうなエリーを残し中に入ると自身の手荷物の中から缶ケース入った七つの紙袋を手に再び廊下に戻って来た。


「これはエリーちゃんと病室の子供たちの分だよ。取り置きしておいたんだ。後でみんなで食べな」


「あ、ありがとうございます! 大切に味わっていただきます!」


 申し訳なさそうな顔から満面の笑顔に変わったエリーを見て頷いたラグナは安心する。


(――子供たちがあのピエロのせいで精神的にダメージを負ってるんじゃないかと思って病室を見て回ってみたけど問題なさそうだ。まあ……素人目にはわからないだけで心の奥は確実に傷ついてるんだろうけど……それでもご飯やお菓子が食べられないほどってわけではなさそうでよかった。エリーちゃんも見た感じ大丈夫そうだし。これなら人質だった人は全員もう心配な――あ……そういえば……)


 ラグナはふと気になったことをエリーに尋ねてみることにした。


「ところでエリーちゃんと一緒に捕まってた男の人ってこの病院にまだ入院してるのかな?」


「えっと、ラッセルさんのことですよね?」


「うん、そう。ラッセル・ハッシュさん。無事だっていうのは聞いてるんだけど、精神的に参ったりしてないかなーって思って」


「大丈夫……だと思いますよ。目が覚めた後、自分から検査入院自体を断ったみたいなので」


「え、そうなの?」


「はい。そのことでお医者さんとずいぶん揉めたみたいなんですけど結局無理矢理退院したみたいです。なんでも急いでやらなければいけないことがある、とかで……」


 その後、なぜか言いづらそうにしていたエリーだったが、意を決するように話し始める。


「……あの……ラグナさん……実は私……ラッセルさんに伝えたいことがあって……病室に行ったら偶然ラッセルさんが無理矢理退院するところに居合わせたんです……それで病院から出て行くラッセルさんを追いかけたんですが……その時、ラッセルさんに電話がかかってきて……ラッセルさんは病院の人気の無い裏庭に移動したので私もそこに行ったらその……内容が聞こえてしまって……私には話の中身まではわからなかったんですが……雰囲気がすごく重くて……なんだかラッセルさんが危ないことに関わってるんじゃないかって思ったら……怖くなってすぐにその場から逃げてしまったんです……」


「そうだったんだ。それで……その内容は他の誰かに話した?」


「いえ……盗み聞きしたうえ告げ口するなんて……ラッセルさんに悪い気がして……でもラグナさんと話して、このままでいいのかなって思ったんです。それで……」


「……わかった。俺でよければ聞くよ。どんなことを話してたのかな?」


「大スクープって言ってました。『奴ら』のねぐらを見つけたって」


「『奴ら』?」


「えっと……確か……そう――『ラクロアの月』って言ってました」


「え……」  


 思いもよらぬ人物からの情報を受け少年は固まる。


 それが次の戦いの始まりであった。

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