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95話 事後報告

 朝陽に顔を照らされたラグナが眼を覚ますとそこは病院のベッドだった。


(ここは……病院かな。でもどうして……)


 上半身を起こし周りを観察する。どうやら病院の個室にいるようだが、なぜここにいるのかと周りを見ながら考えていると不意にピエロとの戦いが記憶の底から呼び起こされた。


(……そうか。あの後、気絶しちゃったのか……ってことはここまで味方の誰かが運んで……ん?)


 パイプ椅子に座り自身のベッドに上半身を預けるようにして寝ているブレイディアに気づくと数秒後ラグナは破顔する。


(……ブレイディアさんが運んでくれたのかな。この様子だとずっと付きっ切りでそばにいてくれたんだろうな……)


 しかし傍にいてくれたことに感謝する一方で同時に申し訳ない気持ちでいっぱいになる。


(でも……ブレイディアさんだって負傷して疲れてるはずなのに……悪い事しちゃったな……)


 ブレイディアの体のあちこちにあるまだ治りきっていない切り傷や巻かれた包帯を見ながら眉根を寄せていると、視線に気づいたのかあるいは偶然か件の女騎士がもぞもぞと動き始める。そして目をこすりながら体を起こすとラグナに気づいた。


「う……ん……あ、れ……?」


「おはようございますブレイディアさん」


「う……ん……おはようラグナ……くん……って――あ、ああああ! め、目が覚めたんだね! よかったぁ! 心配したよぉ!」


 目が覚めるなりブレイディアは抱きついてきたが、すぐにハッとした顔になると抱擁を解いて申し訳なさそうに離れる。


「ご、ごめん。まだ病み上がりなのに抱き着いちゃって。傷が開いたりしてない?」


「いえ、もう傷は完全に治ってるみたいなので大丈夫です。それよりブレイディアさんの方こそ大丈夫ですか? まだ傷が治ってないのに俺なんかのそばにいて……」


「こんなのかすり傷みたいなものだから平気だよ。ラグナ君ほどじゃないにしろもうほとんど治りかけてるし。医者からも明日か明後日には包帯取っていいって言われてるからさ」


「そう……なんですか。……安心しました。俺のせいで無理させてるんじゃないかと思っていたので」


「気にしすぎだよ。君のせいなんかじゃない。君と一緒にいたくて私が勝手にそばにいただけなんだから。気にしないで」


「……はい。そばにいてくださってありがとうございました」


「ふふ、どういたしまして。それじゃ看護師さん呼ぶね」


 その後、ラグナは医師の診察を受け身体的な異常がないことを確かめられると、念のため明日もう一度精密検査を終えた後退院することになった。そして医師や看護師が退室すると再びブレイディアと二人きりになる。


「――どこにも異常が無くてよかったよ」


「はい。でも今日すぐに退院はやっぱり無理でしたね」


「まあ念のため明日もう一度検査してからってなるのは予想できたしね。体は健康みたいだし退屈だろうけど、今日と明日は我慢しよう。明後日には退院できるらしいし、後で暇をつぶせるものを何か持ってくるからさ」


「ありがとうございます。……ところで俺ってどれくらい寝てたんでしょうか。それと人質にされていた子供達や俺達と一緒に遊園地に潜入した騎士の安否とかを教えていただけないかと」


「そうだね。その辺の事後報告を先に済ませちゃおうか。まずどれから聞きたい?」


「人質と俺達と一緒に潜入した騎士たちの安否を教えてください」


「オッケー。結論から言うと全員無事だよ。子供達は全員怪我なんかも無く無傷。ラッセルって人もおんなじ。でもドンムルさんていうもう一人の行方不明の人は遊園地にはいなかったよ。かなり捜索したけど影も形もなかった。もしかしたら事件には関係なかったのかも。ああ、あと見つかった人質は全員念のために入院してるってさ。このラグナ君と同じ病院だよ。潜入した騎士たちも気を失ってただけで生きてる」


「そうですか……よかった」


 ラグナは心底安心したように胸に手を当ててホッと一息つく。


「流石に潜入した騎士の方々はもう駄目だったのではないかと思ったので本当に嬉しいです」


「そうだね。捜索して見つけた際どういうわけか気絶で済んでいたんだ。あのイカレピエロのことだから絶対殺してると思ったよ。だから私も正直意外だった」


「そうですね。気まぐれなのか、何か理由があるのか……敵の意図はわかりませんけど、とにかく無事ならよかったです」


「まあ確かにね。じゃあ次の話題。君がどれくらい寝てたかなんだけど、五日間寝たきりだった」


「そうだったんですか……五日も……」


「うん……。ごめんね。君がそこまで消耗する前にもっと早く助けに行けたら良かったんだけど……なんか敵のピエロが透明な材質で出来た結界みたいなもので君たちが戦ってた場所を囲ってたみたいでさ。中に入っていけなかったんだ。でも突然壊れて、それでようやく中に入れたんだけどね」


「透明な結界……ああ、たぶん奴が性質変化させた術ですね。俺との戦いでも使ってきてたので覚えています」


「性質変化……ってことはやっぱり敵も『神月の光』の使い手だったんだね。けど『黒い月光』を使ってなかったとはいえ君があれだけボロボロになるってことは相当手強かったの?」


「ええ……かなりの使い手でした」


「そっか。ちなみに戦いの結末はどうなったのかな? ラグナ君が倒れてた場所には六つの穴が開いてた。察するにあのピエロはあの穴のどこかから逃げたんだよね?」


「そうです。それで……あんな危険な奴を逃がすくらいならと思って六つの穴の内部を術で爆破したんですが……直後に俺も体力の限界で気絶してしまって。正直倒せたかどうか確認出来てないんです」


「なるほどね。そういうことだったんだ。調査しようと思って中に騎士を向かわせたんだけど全部崩落してて先に進めなかったんだよねあそこ。だから調査とかも出来てないんだ。……けどさ……あれだけの規模の崩落を起こしたってことは相当強力な爆破だったわけでしょ? あのピエロが何者かわからなかったのは残念だけど……あの中にいたら絶対助からないと思うんだよね……よしんばあの透明な結界みたいな性質変化の術を使って爆破を生き延びたとしても、崩れた岩とかで身動き取れずにいづれ酸欠で死んじゃうと思う」


「俺もそう思うんですが……」


 ラグナは歯切れの悪い言い方をするとうつむく。それを見たブレイディアは不思議そうに首を傾げた。


「……何かあるの?」


「……どうも敵はまだ本気じゃなかったような気がするんです。あのピエロ自身もそう言ってましたし、もしかしたら何か隠し玉のようなものがあった可能性も考えられます。もしそうだったら……」


「生き延びている可能性も否定できない、か」


「……そうですね。それとあのピエロは色々と気になることを言ってました」


「気になること?」


 目を瞬かせるブレイディアに対してラグナはピエロとの会話で得た情報を簡潔に説明した。


「――脚本ねぇ。つまりあのピエロの背後には『ラクロアの月』に関係する何者かがいるってことか。けどそれはゲルギウスではない別の人間。で、その何者かの指示を受けてピエロは動いている。けど奴自身は『ラクロアの月』の構成員ではないと言っている、と。……ピエロの正体も気になるけど、その背後で糸を引いてる黒幕っぽい奴はいったい何者なんだろうね。話を聞く限りかなり情報を得られる立場にいるっぽいけど」


「別の幹部でしょうか……」


「可能性は高いね。でもゲルギウスと協力し合ってるって感じじゃなさそうだし……どうやら幹部連中は一枚岩ってわけではなさそう。それぞれの思惑があって動いてる感じがする」


「思惑がバラバラとなると敵の動きが読みづらくなりますね……何か共通点でもあればそれを元に先読みして先手を打てるのに……」


「……あるよ共通点。たった一つだけ」


「え、本当ですかッ……!? でもいったいどんな……」


 その言葉を受けてブレイディアはラグナをじっと見つめて言う。


「――君だよ、ラグナ君」


「え……」


 呆気に取られるラグナにブレイディアは続けて言う。


「――フェイクと戦った時を思い出して。アイツはまるで君を導くように戦っていなかった?」


「……それは……」


 ラグナはフェイクとの戦いを思い出し表情を硬くした。確かに死闘と呼べるほどの戦いであったが、ブレイディアの言う通り仮面の男の言動や行動には少年自身も違和感を覚えることがあったのだ。その違和感に対して今まで無意識に気づかないふりをしていたが、指摘され徐々に自覚し始める。


「フェイクだけじゃない。君の話ではピエロも同じようなことをしてたらしいし。なんというか……まるで奴らはラグナ君の力を成長させるため戦いを仕掛けてきてるような気がするんだ」


「でも……なんのためにそんなことを……」


「そこまではまだわからないけどね。けどゲルギウスも私たち騎士をっていうより君をおびき寄せるためにわざわざこのブルーエイスに来るようあのメッセージ残した気がするんだ。メッセージの文面からもそれは感じられた。……たぶん思惑はそれぞれあると思うんだけど『ラクロアの月』の幹部クラスの連中はラグナ君に何らかの期待をしているんじゃないかな」


「……俺への期待……それが奴らの共通点ってことですか?」


 ブレイディアは頷く。それを見たラグナはフェイクとピエロの言葉を思い出し重ね合わせると、とある共通点が脳裏をよぎる。


「……黒い満月……」


「黒い満月……?」


「……フェイクとピエロがしきりに言ってたんです。俺は『黒い月光』の力を使いこなせていないと。どうも『黒い月』が満月になっていないことと何か関係しているらしいんですが……」


「『黒い月』か……確かハロルドの話によると『黒い月光』は六つの『月光』が同じタイミングかつ同じ量で呼び出されると空中で衝突し生じるものなんだよね? それでその際に出来た残滓みたいなものが『黒い月』の正体とかなんとか。……そういえば私と初めて会った時は形が三日月だったけど、フェイクとの戦いで半月に変化してたっけ」


「ええ。たぶんですけど扱える『月光』の量が増えたから呼び出した『黒い月光』の量も増えて、その結果残滓である『黒い月』も形を変えたんだと思います」


「そしてそれを可能にしたのがあの赤い瞳の状態か。あれも正体不明の力だよね。扱える『月光』の量が爆発的に増えるし、身体能力の向上に始まって超回復やら果ては『神月の光』なんてものまで可能にする異常な力の源。フェイクはアレを『血の力』って言ってたけど、ホントなんなんだろうねアレ」


「そのことなんですが……ピエロはその力の源を『使徒の血』と呼んでいました」


「『使徒の血』?」


「そこまで詳しくは言ってなかったんですが……月の神ラクロアの使徒である証みたいなことを言っていました」


「ラクロアの使徒ねぇ……うーん……それだけだと抽象的すぎてわかんないな。どういうものなのかもっと正確にわかればいいんだけど……」


「そうですね……やっぱりここは奴ら『ラクロアの月』――特に幹部クラスの人間を捕らえる以外その情報を得る方法はないと思います」


「だね。とっ捕まえて尋問する以外無さそう。……にしてもまた『ラクロア』の名がここでも出て来るんだね。もしかしたらラクロア教を強く信仰しているハルケルン聖国の上層部なら一般では知られていないような情報を何か持ってるのかも知れないけど……団長に頼んだとしても望み薄だろうなぁ」


「え、どうしてですか? 『ラクロアの月』っていう世界を脅かすテロリストが関係しているのなら他国間でも情報を共有した方が双方の利益につながると思うんですけど……」


「まあ正論だね。けどあそこってラクロアに関して厳格な掟みたいなものがあるらしくてさ。仮に何か知ってたとしても絶対に口外しないと思うよ。あそこは多神教が認められている宗教色の薄いレギン王国やガルシィア帝国と違ってラクロア教っていう一神教が生活に根付いているからそういうことには敏感っぽいね。上層部も信仰心の強い連中ばっかりだろうし信者でもない人間にはそういう情報は渡さないんじゃないかな。『神ラクロアを深く敬い信仰する者のみが秘匿されし神の神秘を受ける資格を得る』――みたいなことを言ってるらしいし。実際前に『ラクロアの月』に関連して何か情報を持ってるんじゃないかと思ったレギン王国の上層部連中が何回かハルケルン聖国に古代から伝わるラクロアの情報の開示を求めたらしいけど……」


「駄目だったんですね……」


「まあね。そういう古代の情報は高位の神官以外知ることが許されない、とかなんとか。とにかくあそこは結構排他的なところがあるから情報を得るのは無理だと思うよ」


「そうですか……それじゃあ諦めるしかなさそうですね。残念です」


「ホントにね……これから奴らと戦うこっちとしては『使徒の血』とかいうものの情報がもっと欲しいところだよ……情報さえあれば味方の損害とかも多少は減らせるだろうし……」


「そうですね。今わかってるのは『神月の光』を含む各種能力が使用できることとそれに関するデメリット。あと……使用者によって目の色に違いが出る事でしょうか」


「あー、それは私も気になってた。ラグナ君とフェイクは赤い瞳だったのにデップは青みがかった色だったよね。瑠璃色、みたいな感じ」


「ピエロもデップと同じような色でした。何か意味があるんでしょうか?」


「たぶんね。けど今の段階では推測するくらいしかできないから……。ま、兎にも角にも情報を知ってそうな敵――ゲルギウスを捕らえる以外方法は無さそう。……でも中々ゲルギウスのアジトが見つからないんだよねこれが」


「あ、もしかして俺が寝てる間にアジトの捜索を始めたんですか?」


「うん、一応ね。けど今言った通り収穫はゼロ。――っていうか来いって言ったくせに隠れてるとかどういうことなの!? さっさと姿見せろやコンチキショウめ!」


「ぶ、ブレイディアさん一応ここ病院なので……」


 立ち上がって地団太を踏むブレイディアをラグナはなだめるが、あることを思い出す。


「そういえばカーティス兄弟はどうなりましたか? 奴らならゲルギウスの部隊の隊長ですしアジトの情報を知ってるんじゃないですかね」


 ラグナの疑問を聞いたブレイディアは盛大にため息をついた。


「……三日前に団長から連絡があったんだけどね。意識を取り戻したカーティス兄弟の尋問中、突然彼らが苦しみ出して……」


「え、それじゃあもしかして……」


「……うん。情報を話す前に血を吐いてその場で死んだそうだよ」


「そんな……」


 ラグナが落胆しているとブレイディアは付け加える。


「なんでも死因は体内に植え付けられていた小さな肉片みたいなものなんだって。それが心臓を突き破ったとか」


「……その肉片の正体は何かわかったんですか?」


「ううん。調べる前に塵になって消えたらしいよ。証拠は残さないってことらしいね。たぶんその肉片も『月光術』とか薬品で情報を引き出そうとすると、それがトリガーとなって彼らの体内で暴れ出すようにあらかじめ仕込まれたものだと思うよ。犯人はおそらく……」


「……ゲルギウスですね」


 頷くブレイディアを見た後ラグナはやるせない気持ちになった。


(……自分の部下も役に立たなくなれば即切り捨てる……『ラクロアの月』らしいな。……いづれにしろこれでまた一から情報を集めなくちゃいけなくなったんだな……)


 唇を噛み悔しさを露わにしながらも何も出来ない自分自身をラグナは歯がゆく思った。


 こうして報告会は終わりを迎えたのである。 

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