94話 幕引き
ラグナがピエロの性質変化を突破する少し前、ブレイディアは騎士たち共に人質だった者たちを遊園地近くまで来ていた車に移していた。その後すべての子供達と大人一人を移送用の車に移し終わるとブルーエイスまで向かわせた。直後『月光』を纏うと本部の騎士たちと共に未だに戻ってこないラグナのことを考え始める。
(ラグナ君が戻ってこない……ってことはおそらくあのピエロはまだ生きている。しかもさっき聞こえた爆発音から察するに敵はまだ戦闘可能な状態だったと考えられる。最初の音だけだったらラグナ君が敵にトドメを刺したって線も考えられたけどその爆発から後も絶えず大きな音が響いていたことから考えてまだ敵との交戦は続いている可能性が高い)
別れる際、ラグナの顔から未だに緊張が解けていないことにブレイディアは気づいていた。
(……ラグナ君はあの時敵が生きているかわからないと言っていたけどたぶんピエロが生きている可能性が高いとあの時点でわかってたんだろうな。そのうえで私たちを遠ざけたってことは私たちに危害が及ぶかもしれないと考えていたから。そのことから考えておそらく敵は……)
ブレイディアの脳裏にフェイクやデップが纏っていた圧縮された光がよぎる。それから十数秒ほど考えた後、指示を待っていた騎士たちに告げる。
「――聞いて。敵はまだ生きている。それも『神月の光』を使える可能性が高い。だから警戒しつつこれから距離を詰め敵の様子を見る。私が先行するから続いて」
『了解』と騎士が発した瞬間にブレイディアは『月光』を纏い駆け出した。他の騎士たちも同様に走り始める。
(……なんらかの理由でラグナ君は敵が『神月の光』の使い手だと知ったか、もしくはその可能性が高いと思ったんだろうな。だから私たちを遠ざけた、とそう考えれば色々と辻褄が合う。実際『神月の光』の使い手の対処は同じ力を持つラグナ君がやった方が確実だ。敵の力量がわからない以上私たちが行っても足手まといになる可能性が高い。きっと私や他の騎士に気を遣って言い出せなかったんだろうな。……出来ればあの子の意を汲んであげたい……けど、あれから時間が経ちすぎている……つまり苦戦しているってこと。いや、もしかしたら……)
血まみれで倒れる少年の姿を思わず幻視してしまい、嫌な想像を振り払うべく走りながらも首を振っていると突然――。
「――うごッ!?」
見えない壁のようなものに顔面をぶつけてしまいひっくり返ってしまう。
「――い、っつー……なにこれ……」
額をさすりながら起き上がり周囲を確認すると他の騎士たちも同様に進めないようだった。注意深く観察して見るとまるで周囲をぐるりと取り囲むように透明なドーム状の障壁が構築されていることに気づく。
(……これは……なるほど、あのピエロの術か……邪魔が入らないようにってことね。この分だとたぶん上からも入れないんだろうな)
透明な壁を手の甲で叩き強度を確認すると『月錬機』を剣に変形させ唱える。
「――〈イル・ウィンド〉」
その瞬間、剣に風を巻き付き小さな竜巻が出来上がると、ブレイディアは地面がえぐれるほど踏み込んだ。
「――うおりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!!!」
全力で叩き付けるよう壁に向かって剣を振るうも――。
「うぐッ……!」
――あっさりと竜巻を弾き返され反動で逆にブレイディアが後方に吹き飛ぶ。なんとか空中で態勢を立て直し着地すると苦々しい表情で無傷の壁を睨み付けた。
「――か、硬すぎでしょ……何で出来てんのこれ……」
未だ健在の透明な障壁を前にブレイディアは自身の考えが正しかったと悟る。
(この強度は普通じゃない。おそらくこれは『神月の光』を用いた術によって作られた物……破壊は不可能かもしれない。でも……)
ブレイディアは騎士たちを見据えると口を開いた。
「これからあの一点を集中攻撃をしてこの壁を破壊する。私の合図で自身の持っている一番威力の高い術を撃ってほしい。いい?」
騎士たちは頷くとブレイディアの指差した場所に鋭い視線を向け意識を集中させ始めた。
(……無意味かもしれない。けど出来ることはしないと。待っててね、ラグナ君)
未だ戦っているであろう少年を想ったブレイディアは合図を出した。
一方、その頃ピエロは忙しく動き回っていた。目の前には恐ろしい速度で成長を遂げ始めた少年が凄まじい速度でレーザーや斬撃を何発も放ってきておりまさに防戦一方だった。しかもそれに合わせて剣技や格闘術を織り交ぜた接近戦までこなし始めていたのである。頼みの障壁も性質変化を使いこなし始めた少年の前では意味を成さずあっさりと破壊される始末。ゆえに回避が主体になっていたのだが道化はそのピンチをものともせずむしろ楽しみ始めていた。それを表すように攻撃を寸でのところで回避しつつ地面に落ちた腕を拾い、切断された腕に握られた携帯に向かって嬉しそうに話し始める。
「あ、通話途切れちゃってめんごめんご。今、さっき腕を吹っ飛ばされちゃいましてね。もう、ホントめっちゃ痛いです。ええ、そうですそうです。ラグナ・グランウッド君と戦って、ですよ。……いやいや、違いますよ『黒い月光』じゃなくて普通の『月光』で彼は戦ってるんですよ。いえね、最初の頃は大したことなかったんですけど戦いながら成長を遂げちゃった感じですね。いやはや成長期の男の子っていうのは恐ろしいですねぇ。……え、電話してて大丈夫なのかって? 実を言うとあんまり大丈夫じゃ――うわあああああああああああああああッ!?」
飛んで来たレーザーが突如曲がりピエロマスクをかすめたため大げさな声をピエロは上げる。なんとか回避できたものの次々に軌道を変えながら飛んでくる光線を忙しくかわしながらヒイヒイと悲鳴をあげる。
「いや、大変ですよホント。でも楽し……ええぇぇぇー……もう終わりぃ? マジですかぁ……そんなぁ……はぁ……わかりましたよぉ……」
通話が切れたのかピエロはしょんぼりした様子で迫るレーザーをかわしつつ口を開く。
「ごめんねラグナ君……そろそろお終いみたいだ。戻って来いって言われちゃった……君とこうしてじゃれ合って楽しんでたのに……でもお互い十分楽しめたよね? というわけで――これでお開きにしない? 夢のように楽しい時間だったけど、夢はいつか覚め――ってあぶなッ!!??」
その返答に対する答えはラグナの答えは地面をえぐり破壊する無数のレーザー射撃だった。だが網の目を縫うように華麗にかわしたピエロはため息をつき上目遣いで少年を見る。
「……逃げちゃ駄目?」
「お前を逃がすわけにはいかない。さっきも言ったが逃がすくらいなら……」
「ちょ、その眼怖いよ!? 君って普段は虫も殺せないような顔してるくせに、一度決めると全力で殺しにかかってくるよね!? ただでさえ瞳が真っ赤なのに白目のところ血走ってるじゃん、殺意マシマシじゃん! そんな目で見ちゃ――いや!」
その瞬間、透明な柱が一瞬で地面から出現しラグナの顎に向けて伸びるも――。
「……あれれ?」
――柱は少年の顎には当たらず空を切る。
「……外しちゃった? んならもういっちょ!」
再び柱が五本同時に出現しラグナの頭や胴体手足に伸びるもやはり当たらない。その様子を見てピエロの眼が感動で潤み始める。
(……しゅごい……最小限の動きでかわしてるじゃん……)
先ほどの動きを注視していたピエロはラグナの緻密な動きに気づき感涙する。
(術の気配を……感じ取って避けたんだね……まだ完全ではないにしろ『使徒の血』の力を無意識に使いこなし始めてる……これならもうなんの心配もなさそうだ。彼はきっとそう遠くないうちに『黒い月』を満月に変える)
嬉しそうに口元を歪めたピエロは少し真面目な口ぶりでラグナに話し始める。
「――さっきボクはある人、まあさっきの電話の人なんだけどね。その人の脚本通りに動いてるって言ったよね? 君達がブルーエイスを訪れることや君の力を確かめるよう命じたのはその人でもあるんだ。それでね、ボクはその人から二つの役を任されてるんだ。一つはこの格好から見てわかるように道化の役。舞台を面白おかしくするためにこうして滑稽に振る舞うのが仕事。だから君とマジで戦うことは残念ながら出来ない。お願いだから今日はここまでにしてほしいな。でも……もう少し脚本が進めば違う役をやることになると思う。その時はこの道化の仮面を脱ぎ捨て君と全力で戦おう。だからさ、その時まで待ってよ」
「お前たちの都合に合わせるつもりはない。その脚本がどんなものかは知らないが、確実にロクな結末は迎えないはず。これ以上続けさせはしない」
「舞台の幕をここで引くと? いやいやそれはちょっと、いやかなり――困るんだよ」
今までのふざけた口調とは打って変わって恐ろしく冷たい口調で答えたピエロの周りに透明では無く巨大な黒い柱がその身を隠すように乱立し始めた。
何かをするつもりであると察したラグナは黒い柱に向かって突っ込んでいくと柱を切り裂くべく剣を振るうも弾かれる。それならば、とレーザーを飛ばすもやはり黒い柱には傷一つ付けられない。
(……さらに硬度を上げたのか。やっぱり……まるで本気じゃなかったんだな)
ラグナが苦々しく思っていると柱の向こう側から声が響いた。
「――悪いね。今日はこれでお暇させてもらうよん。君やブレイディアさんと遊べて本当に楽しかった。そんじゃバイビー♪」
「逃がすか……――ッ!?」
言いかけて突如柱の向こう側から何かが飛び上がりラグナの上から落下してきた。それを間一髪かわし転がると落下してきた三メートルほどの人の形を模した人形を凝視する。その体色から察するに黒い柱と同じ材質のようだった。戦士を模倣して作られたようなその人形は体と同じ材質と思われる剣を少年に向け腰を落とす。黒い戦士が臨戦態勢を取ると同時に狙いすましたようにピエロの声が聞こえて来た。
「悪いけどその子と遊んでてよ。さっきまでと違ってそれなりに硬いからそこそこ楽しめると思うよん。そんじゃ今度こそバイバイ。それと――おめでとう、今度は助けられたね」
それを最後にピエロの声は聞こえなくなった。そして黒い戦士もまた活動を始めラグナに斬りかかって来た。当然応戦するもその驚異的な硬度によってまるで攻撃が通らない。
(くッ……傷一つ付けられないッ……! このままじゃ逃げられる……こんな奴に構ってる暇なんて無いのにッ……!)
焦ったラグナは叫びながらガムシャラに斬撃を見舞うもどこを斬っても弾かれ、やがて黒い戦士の重い斬撃を受け大きく吹き飛び転がる。なんとか剣で防ぎ切り傷こそ負わなかったものの、その衝撃によってうつぶせで倒れてしまう。少年の肉体に激しい痛みが走るも頭の中では別の感情が激しく渦巻いていた。
(……アイツが逃げれば……また子供たちが……なんの罪も無い人たちが狙われるかもしれない……そんなこと……そんなことは……あってはいけない)
孤児院での惨劇が激しく心を揺さぶりラグナはゆっくりと立ち上がった。そして向かってくる黒い戦士を見据えながら腰を落とし両手で持った剣を大きく後方へ引いた。
(……アレを倒すには今の性質変化では駄目だ。さらに一歩踏み込んだ力が要る。もっと鋭く、もっと速く、もっと重い一撃を加えられる……そんな性質変化を……)
すると剣に銀色の光が巻き付いて行き覆い隠すとラグナの思考を無意識に反映するようにやがてその形状を大きく変える。それを知ってか知らずかその変化した武器の間合いに合わせタイミングを測った少年は、走りくる黒い巨体の斬撃をかわすと同時に勢いよくそれを振るう。
一閃――刹那の瞬間に通り過ぎた黒い肉体は数秒後、斜めに切り裂かれ上半身が地に落ちた。直後下半身も倒れ体全体が砂のように変化すると霧散する。同様に乱立していた柱も先ほどの一撃で切断されたらしく黒い戦士同様に崩壊した。それを確認したラグナは手に握られていたその特徴的な、銀色のエネルギーで覆われた武器を見て呟く。
「……大鎌……」
刃だけで二メートル、握りの部分は三メートルを超える大鎌状のエネルギー。それが黒い戦士や柱を切断した武器の正体だった。
そして大鎌を見ながらフェイクとの戦い、最後の局面で起きた出来事を思い出す。
(……あの時もそうだった。なぜかこの形に……それに新しく覚えた例の術の時も……)
実験の際に絶大な破壊をもたらした第二の黒月の月光術を思い出す眉根を寄せるが、すぐに雑念を振り払うようにして首を振る。
(いや……気にはなるけどそんなことは後回しだ。今はッ……!)
手に持った鎌状のエネルギーを解除し剣に戻すと駆け出し柱の向こう側へと進むと――。
(こんな見晴らしのいい荒野にある遊園地からどうやって逃げるのかと思ったけど……この穴から逃げたのか……)
――数十メートル進んだ地点で地面にある程度間をあけて六つの穴が横並びに開いていたのだ。どれも人一人入れる程度の大きさの穴で、ラグナはそれを注視するとしゃがみ込み耳を澄ませる。
(……この穴は奴が逃走経路としてあらかじめ用意しておいたもののはず……どれか一つを通って逃げたんだろうけど……反響する足音が六つの穴全てから聞こえてくる。おそらく六つのうち五つは奴の術で作ったダミーの人形が走っているんだろう。これから追いかけたとして当たる確率は六分の一……確実とはいえないし罠の可能性もある。直接行くのは愚策……それに……正直俺も限界が近い)
揺らぎ始めた『神月の光』を見ながらラグナは結論を下す。
(それなら……)
ラグナは立ち上がり目を細めると冷たい眼で地中に通じる穴を見つめた。
天井はそこまで高くはなかったが入口とは違いそれなりの広さを持った地下道の中をピエロは走っていた。中はあらかじめ用意していた光源で照らされており片手間に走行出来る余裕があった。ゆえに先ほどしていたように自分の腕を持ったまま通話を始める。
「あ、もすもす。なんとか逃げられそうでござるよ。ええ。ん、腕? 出血はしてないですよ。焼き切られてるんで。って言っても痛いことに変わりはないのですけどね。しかも『神月の光』の負担のせいで体が悲鳴をあげてまっすよ。痛い痛い死んじゃう死んじゃうアヒャヒャヒャヒャヒャ! にしても彼、実にいい子ですねぇ。わざわざ会いに来て正解だった。伸びしろ抜群でしたねぇ。たぶん戦えば戦うほど強くなっていくと思いますよん。ガチンコ対決が楽しみだなぁ――ん?」
走っていたピエロだったが、不意に立ち止まり後ろを振り返る。
「ちょっと通話切りますね。……なんだ。これは……足音……?」
足音、それも複数の足音が同時に聞こえてきたため通話を切り首を傾げて音のする方を見ていると――。
「……まさか、騎士……? ああ、そうか。ラグナ君が、騎士たちの足止めに作った壁を壊して中に招き入れたのかな? でもちょっと浅はかすぎるよ少年。いくら騎士を寄越そうとボクの敵じゃ――」
――銀色の光で出来た人型の何かが大量に押し寄せてきた。
「――ってなんだアレッ!!??」
ピエロはとっさに黒い障壁を張って道を塞いだ。
「ふぅ。これでひと安心。安心安全のスーパーバリアによる封☆印☆。さあこの隙にさっさと逃げて――ん?」
今度はピエロのいる地点の横の壁を削るような小さな音が聞こえてきたため不思議に思っていると、やがて壁に穴が開きある動物を模した銀色の光がひょっこりと顔を見せる。その動物の名は――。
「も、モグラッ!?」
そしてその一匹を皮切りに上下左右からも無数の穴が開き同様のモグラが現れた。
「ちょ、いすぎでしょ!? こんなんいちいち塞いでられないんだけんど!?」
直後、最初の一匹がピエロに飛びかかってきたため障壁を張ると壁にぶつかった瞬間モグラの体が光り輝き爆発する。爆破自体は障壁のおかげで無傷で済んだものの、地下道の天井の一部が落下し道に落下する。
「うわ爆発すんのこれ!? びっくりしたッ! ま、マズイよんここでやりあったら地下道崩れちゃう!? こうなったら――全力逃走!!!」
ピエロは一目散に逃げだすもモグラの開けた穴から同等の大きさをした大量の昆虫が現れその背中を追いかけ始める。モグラと同等の大きさの蜘蛛や蟻に追われながらもそれを横目に道化は叫んだ。
「ラグナきゅーん!? しつこいよ君ッ! ここは『く、俺の力不足で逃がしたぜ!』って悔しがりながら再戦を誓うところでしょ!? どんだけボクのこと殺したいんだよ君はッ! 純朴な青少年だと思ってたのにぃ……戦闘中全力で殺しにかかるのはまだわかるけど、終わった後も地の果てまでも追いかけて殺そうとするやべー奴だったとは驚きだよ!? ってうわッ!?」
不意に前方の側壁や天井、果ては地面を破ってモグラが大量に現れ始め、ついに前方後方と逃げ場を失う。ピエロは仕方なく自身を包むような球体状の障壁を張るがその後も虫たちは際限なく現れ閉鎖空間はついにすし詰め状態になる。
(……これはマズイ。一体の爆発の威力はそれほどでもないけどこれだけ集まるとおそらく相当な威力になるはず。この障壁だけで防げるか……。しかもここは地下道、仮に爆発を生き延びたとしても爆発によって天井が崩れれば当然生き埋めになるし、最悪身動き出来ずに酸欠で死亡なんてことも十分に考えられる。いやー、しっかしこんな戦術思いついて躊躇いなく実行するあたり中々に畜生だね彼は。その歪み、惚れ惚れしちゃうよ)
ピエロは最後にため息をつくと力無く笑う。
「……ちょっと調子に乗ってレクチャーしすぎちゃったかなぁ……」
その言葉を最後に次々とモグラや昆虫たちは発光を始め盛大に爆発した。
地震かと思うほどに大地が揺れた後、ラグナは『神月の光』を解き両手と両ひざを地面につけた。その顔からは玉の汗が大量ににじみ息も荒い。
(……終わった……はず……最初に先行させた人型の人形……アレを足音のする場所に差し向けアレが爆発しなかった地点に俺の全ての力を注ぎ込んだ性質変化の術を送り込んだ……きっと……うまくいったはずだ……や、やばい……流石に……力を使いすぎた……意識……が……)
ラグナはそのまま倒れると意識を失った。




