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93話 使徒の血

 トイレ諸共ピエロが吹き飛んだことを確認するとラグナはジェットコースター乗り場に降り立った。片膝をついて息を整えていると走るブレイディアの姿が視界に映る。走るその姿を横目で見ながら確認すると、所々傷を負ってはいるものの致命傷と言えるほどの傷はなかったためひとまず安心した。


「ラグナ君ッ!」


「……ブレイ……ディアさん……無事でよかったです」


「君の方こそ大丈夫ッ!? すごい辛そうに見えるけど……」


「……ここに来るまでに超回復を使ってしまって……最後のステージに至ってはコレまで使う羽目になってしまいました……」


 ラグナが『神月の光』を見せながら力無く笑うと、ブレイディアは心配そうに言う。


「いろいろあったみたいだね……」


「ええ……でもおかげで人質は全員保護……出来ました。……それに色々あったのはブレイディアさんの方も同じですよね?」


「まあ……ね。正直一時はどうなることかと思ったけど、特殊部隊出身の人がいたから暗号通信がうまく伝わってくれたみたい。んで敵の数とか子供の居場所を調べた後、停電させるからその隙に侵入してくれって伝えたんだ。その後、調査と停電させるために戦闘のどさくさに紛れさせて可変型の『月錬機』の刃を二つほど飛ばしたんだ、敵のロボットに吹き飛ばされたフリをしてね。でカメラ機能がついたその刃で敵の数や子供の居場所を探りつつ、監視カメラを警戒しながら電源設備を探してその場所に刃を飛ばしたの。ずいぶん時間かかったけどその後はピエロに怪しまれないようになんとか電源施設を壊して停電を起こさせたんだ。けど『月錬機』の機能が強化されてなかったら飛ぶ刃が目的地に全然届かなかったし、子供の数や敵の数を調べながら監視カメラに見つからないように電源施設を壊すなんて芸当到底出来なかったと思う。ハロルドに感謝だね」


「そう……ですね……俺の方も放出型の斬撃の威力が上がったおかげで随分と助けられました……でもそれを使いこなしてこんな難関を突破したブレイディアさんもすごいと思います」


「えへへ~、そうかなぁ」


 嬉しそうに照れるブレイディアを見てラグナは再び肯定するように頷く。


「ええ。かっこよかったです。……ところで敵の数っていうのは……」


「ああ、どうもあのイカレピエロ一人だけだったみたい。てっきり組織ぐるみでやってるのかと思ってたけど……違ったよ」


「そうだったんですか。……でもこれで人質の安全は確保できましたね。本当によかった……」


 片膝をついていたラグナは立ち上がると深呼吸を繰り替えしそれを見ていたブレイディアは申し訳なさそうに言う。


「……なんとかするの遅くなっちゃってごめんね……ホントはもっと早く実行できてれば良かったんだけど……」


「いえ、そんなことないですよ……ブレイディアさんのおかげでピエロに反撃することが出来たんですから」


「……そっか、ってことはやっぱりあの轟音の正体はラグナ君の攻撃だったんだ。やらなくちゃいけないことがあるって通信で聞いた後にあの音が聞こえて来たからもしかしてって思ったけど……それで……あのピエロもう死んでる?」


「……まだわかりません……これから確認しに行こうと思ってます」


「……私が行こうか? 辛いんなら『神月の光』も解除した方がいいよ」


「いえ、俺なら大丈夫です。申し訳ないんですがブレイディアさんにはこの人たちのことをお願いしたいんですが……」


「でも……」


「攻撃したのは俺なので、最後まで責任を持ちたいんです。ですからどうか」


「……わかった。でも何かあったら無理せずすぐに連絡するんだよ? いい?」


「わかりました」


 笑顔で頷いたラグナを見たブレイディアも同じように頷くと緊張から解放された反動でいつの間にか気絶していたらしい人質二人を両肩に担いだ。


「それじゃあ私はこの二人を連れて移送車まで行ってくるから。見た感じ怪我とかして無さそうだけど『月光』を使って走るとこの二人に負担がかかりそうだしこのまま慎重に運ぶことになると思う。だからもし敵の生死を確認出来たら出来れば自力で車まで戻ってきてくれないかな? 人質の子供達全員を運び込むとなるとそれなりに時間がかかっちゃうと思うからさ。そこで待ってもらうのもなんか悪いし」


「了解です」


 ラグナの返答を聞いたブレイディアは人質二人を担ぎその場を後にした。それを見届けたラグナは彼方を見据え睨んだ後、背中から銀色の翼を生やし飛び立つ。数十秒とかからず目的地に到着すると、ため息をつき瓦礫の山に向かって言い放つ。


「……いつまで隠れているつもりだ」


 その言葉を皮切りに瓦礫の山が崩れ始め中から血まみれのピエロが現れる。服はズタズタで血まみれだったものの顔のマスクだけは無事でありその様相はさらに不気味なものに変貌していた。道化はラグナを見据えながらぜえぜえとわざとらしく苦しい様子を見せる。


「いやぁ、まさかバレてるなんて……死んだふりして逃げようと思ったのに……くぅ……ボクの完璧な作戦が台無しだよぉ~……も、もお戦えないっていうのに……こ、こんな……こんな傷じゃあ……ホントに死んじゃうよぉ……た、助けておくれよぉ……うえええええん……」


 ピエロは顔を覆い隠しながらうめきうつむいていたが、不意に顔を上げ、そして――。


「――とか言うと思った?」


 その両目を瑠璃色に輝かせながら笑った。


 するとピエロの肉体の傷が瞬く間に治り直後馬鹿笑いを始める。


「アハハハハハハハ! 残念でしたぁ! まだまだ元気だよぉ~ん! アハハハハハハハ!」


「…………」


「アハハ――あは……はは……あれれ? いまいち反応鈍いなぁ……ボクが超回復使えることに驚かないの?」


 驚くことも無く冷たい目を向けるラグナに対してピエロは首を傾げる。それに対して少年は素っ気なく簡潔に答える。


「俺が超回復や『神月の光』を使ってもお前は驚いていなかった。そのうえお前は『ラクロアの月』とも無関係ではないと言った。この力は『ラクロアの月』の幹部から教えられたもの。お前が『ラクロアの月』の関係者なら超回復や『神月の光』について知っていても別におかしくはないし、それらのことを考慮に入れれば関係者であるお前が俺と同じような能力を持っている可能性も十分に考えられる」


「へえ……なるほどなるほど……」


 説明を聞き納得したようにうんうんと頷くピエロを見ながらラグナもまた考えをまとめる。


(――そう……フェイクやその部隊と戦った時はフェイクしか超回復や『神月の光』を使わなかった。だから幹部クラスの人間しかそれらの情報は知らないし力も使えないものと思い込んでいたけど……)


 遺跡でブレイディアが戦ったデップという幹部補佐の男が脳裏に浮かぶ。


(……どうも幹部の率いる部隊によって違うみたいだ。ゲルギウスの部下であるデップもそれらの情報を知っていたし、フェイクほどではないにしろ力も使えた。そして目の前のこいつも……)


 ラグナはピエロに向かって剣を向けながら詰問するように言う。


「……お前の知り得る全ての情報を話してもらう」


「お、強気だねぇ。『抵抗するならぶっころーす!!!』――っていう気迫を感じるよ。ま、君の考えていることはなんとなくわかる。あれでしょ? 『神月の光』を纏おうとしたら君はボクを容赦なく切り捨てるつもりなんでしょ? 君がわざわざその状態でここまで来たのはボクが君と同じ能力を持っている可能性を考えていたから。でも超回復はともかく『神月の光』を纏うにはいくつかの工程と時間を要する。だからそれを解除せず維持した状態でやってきた。仮にボクがそれらの工程を行おうとしてもその状態なら吹き荒れる粒子の暴風の中でも強引に押し切れるからね。君一人でここに来たのが何よりの証拠だ。ブレイディアさんや他の騎士をあえて遠ざけたのも、もしもの時に備えてのこと。違うかい?」


「…………」


「ふふ、図星かな。でも君は勘違いをしているよ」


「……勘違い……だと」


「そう。君は『神月の光』を知っていてうまく使っているつもりなんだろうけど――」


「――動くな。お前が何をしようとしているのかは知らないが、これ以上何かするつもりなら」


 何かをしようとしている気配を察知したラグナは右手から巨大な光弾を放ちその形を無数の小さな玉へと瞬時に変えるとピエロを取り囲むように展開させる。


「――言っておくがただの脅しじゃない。生かした状態で情報を聞き出すつもりでいたが、同じ『神月の光』の使い手と分かった以上油断は出来ない。これが最後の警告だ。両手を頭の後ろにまわして腹ばいになれ。もしこの警告に従わないなら俺はお前をこの場で……」


 ラグナは言いながら目の前のピエロから感じる底知れない狂気に内心気圧されていた。


(……『神月の光』が使えるからってだけじゃない……なんの罪も無い子供たちをあんなイカレたゲームに平気で巻き込むような異常な精神性……確実に良心が欠如している。ここで取り逃がすわけにはいかない。もし取り逃がせばきっとまた同じようなことをしでかすはず。そんなことになるくらいなら……)


 殺意を込めた目を向けるラグナに対してピエロは笑う。


「おー……本気で殺す気だね。怖い怖い」


「……本当に怖いと思うなら捕まって罪を償ってくれ。どんな異常者であろうと進んで人を殺したいとは思わない」


 その気遣いに対してピエロは眼を潤ませた後、涙をぬぐうように手で眼をこする。


「……そっか……君は優しいんだね。子供を誘拐した挙句危険な目に遭わせたボクみたいなどうしようもない奴の事も気にかけてくれるんだ……とても嬉しいよ。……なんというか心が洗われた気分だ。そうだね……ボクみたいな奴でも頑張れば罪を償えるよね。君の優しい気持ち……伝わった。だから答えるよ。聞いてくれるかい? 答えは――」


 ピエロは神妙に頷くとゆっくりと口を開きそして――。


「NOォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!!!!!!!!! 答えはNOォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!!!!!!! 絶対に絶対にNOォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!!!!! アヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャアヒャヒャヒャウヒャヒャヒャヒャヒャヒャアヒャヒャヒャヒャヒャアヒャヒャヒャギャハハハハブヒャヒャヒャアヒャヒャヒャヒャヒャ!!!!!!!」


 ――狂ったように笑いながら唾をまき散らし叫ぶピエロを見てラグナは静かに言う。


「――ああ、たぶんそう言うと思ったよ」


 わずかに残っていた躊躇いを捨て去ったラグナが右手をピエロに向けると光弾が一斉に対象に激突し閃光と共に盛大に爆発した。強烈な爆音と爆風が起こり先ほどよりもさらに現場は破壊される。数秒ほどの出来事だった今度こそ終わったと少年は確信していた。


(さっきよりも近距離で威力も上がっていた。超回復を使う間も与えなかったはず。これで今度こそ――)


「――さっきの話の続きだけどさ。君は『神月の光』を知りうまく使ってるつもりなんだろうけど、ぶっちゃけそうでもないんだよね」


「ッ!?」


 粉塵によって隠された場所から声が響き思わずラグナの体がビクンと震える。


「まさ……か……」


 驚くラグナをよそに殺したはずの人物の声が響き続ける。


「いいかい? 『神月の光』に至るまでは確かにいくつかの工程を必要とする。まず通常よりも多くの『月光』を纏うこと。そしてその『月光』を空気中に漂う眼に見えない『月光』の残滓に反応させること。最後にその反応させた残滓をコントロールし身に纏った『月光』を圧縮し融合させる。君はさっきこれらの作業を正確に行い『神月の光』を作り出した。でもね――」


 やがて粉塵が消えピエロが現れると同時にその道化は相手を馬鹿にするように舌を出してラグナに言い放つ――。


「――君、時間かかりすぎ」


 ――そしてその肉体には当然のように圧縮された黄色い光が纏わりついていた。


(……ありえない……いつの間に……そんな暇は与えなかったはず……)


 予想外の出来事に動揺を隠せないラグナに気づいたピエロは嬉しそうに口元を歪めた。


「おやおや、さっきと違って驚いてくれたみたいだね。もしかして一瞬で『神月の光』を纏ったことがそんなに意外だったのかな? でもね、慣れてくるとこれくらいはわけなくこなせるんだよ? 三つの工程を通常の『月光』を纏うように素早くこなす。それが出来て初めて『神月の光』の使い手を名乗れるわけさ。つまりボクがとんでもなくすごい使い手とかではなく、単純に君が未熟なだけってこと。おわかり?」


 ピエロの挑発じみた言葉を受けるも、ラグナは取り乱すことなく心を落ち着け答える。


「……確かに、そうみたいだな。俺は『神月の光』に関しての知識や経験が少ない未熟者だ。お前の方が俺よりも格上の使い手なんだろう。だが、そんなことは関係ない。お前がどれだけ俺よりも強かろうが力の使い方が上手かろうが俺のやることに変わりはない」


「ほほう、言うじゃない」


 マスク越しに口角を吊り上げるピエロにあらためて剣を向け腰を落としたラグナは臨戦態勢に入る。


(――そうだ。自分よりも格上の相手と戦うことは今までだってあった。一瞬で『神月の光』を纏った時はさすがに驚いたけど、ただ条件が同じになっただけ。それだけのこと)


 心の中で状況を整理するとピエロよりも先にラグナは仕掛けた。トリガーを引き巨大な斬撃を真正面から複数飛ばす。機械の機能により起こる斬撃に性質変化の作用を加え威力を増大させた合わせ技は直撃すればたとえ『神月の光』を纏っていたとしても大ダメージは必至。そう思い、相手の出方を窺うも敵は構えることも無く棒立ちで攻撃を待っていた。


(避けないか……それなら――)


 ラグナは地面を強く蹴ると一瞬でピエロの背後にまわり込み斬撃の着弾に合わせて踏み込むと、その背中目掛けて渾身の突きを放つ。だが――。


「ぐ……」


 ピエロに突き刺さる前に空中で剣は透明な何かにぶつかり止まる。正面から放たれた斬撃も同様に見えない何かに衝突すると霧散し消えた。それでも透明な壁を強引に貫こうとあがく背後のラグナに首を向けた道化の眼は楽しそうに笑っていた。それを直視した少年は言いようの無い悪寒に襲われると攻撃を断念しすかさず距離を取る。直後目の前の敵を注視し、あることに気づく。


(あれは……透明な……壁……)


 ピエロを挟むように前方と後方に展開されたアクリル板のような正方形の物質に目を凝らすことでようやく気付いたラグナだったが、疑問が残った。


(……いつだ……いつアレが出現したんだ……まったく気づかなかった……それになんて強度だ……同じ性質変化で作られたはずなのに傷一つ付けられないなんて……)


 思わぬ事態にラグナが驚く中、ピエロはため息をつく。


「いや……君が幹部の一人を倒したって聞いてたからどんなもんなのかと思ってたけど……こ・れ・は・ひ・ど・い。最初はボクが普通の敵だと思ってたから本気でやってないんだと思ってたけど『神月の光』の使い手と知った後でこれとはね。……あれかな? 幹部に勝ったっていうのはさ、もしかして性質変化の技術で勝ったんじゃなくて『黒い月光』の力でゴリ押しして勝っただけなのかな……?」


「…………」


「……やっぱりね。まったく……君の腕前がどんなものなのかとちょっと期待してたのに。仕方ない、ボクがお手本を見せてあげよう。これから君を攻撃するよ? よーく見ててね。まずは右わき腹から」


(……攻撃予告……なんのつもりだ……まさか警戒させておいてだまし討ちでも――)


 警戒するラグナだったが――。


「――がはッ!?」


 ――突然右わき腹に衝撃を受け吹き飛び地面を転がる。急いで態勢を立て直すも何が起きたか起きたか理解できず先ほど自身がいた場所に目を凝らすと透明な棒状の突起物が地面から生えていたのだ。いつの間に出現したかのかと目を瞬かせていると再びピエロが呟く。


「次は右頬を攻撃するよ? 三、二、一――」


「――ぶ、がぁッ……!?」


 またしても何の予兆も無く空中に現れたアクリル製の棒のようなものによって頬を殴られ吹き飛ぶ。今度は吹き飛ぶも転がらずになんとか踏みとどまることが出来たが頭は混乱したままだった。今でこそ地面から生えているように見える透明の突起物だが、まるで瞬時に現れたようにラグナには感じられた。


(何が……起きた……攻撃の予兆すら感じ取れなかった……あの透明な壁が現れた時と同じ……)


 自身に起きたことが信じられない様子のラグナにピエロは言う。


「何も驚くことは無いよ。今のが性質変化を駆使した正しい攻撃だ。今さっきボクが『神月の光』を纏った時と一緒だよ。静かに、素早く行うんだ。さあ、どんどんいくよぉ~。体で覚えていこうじゃないか、フヒヒ」


 ピエロの不気味な笑いが聞こえた瞬間、ラグナの体は瞬時に現れた複数の突起物による打撃により宙を舞い、空中ではさらに激しい連撃に見舞われる。やられながらも少年は打開策を講じようとするも――。


(……は、速すぎて反応出来ない……そのうえ透明な色をしているから出現しても目で捉えるのは困難……こ、このままじゃ……)


 嵐のような打撃にさらされ肉体を地面に叩き付けられた時にはすでにラグナの体はボロボロだった。


「ぐ……が……」


「少しはわかってくれたかな? 君も知っているとは思うけどこの『神月の光』は従来の『月光術』と違い詠唱することなく発動できるうえ、発動までの予備動作も必要無い。ちょっと訓練すれば瞬時に術の効果をこうして発現させられる」


「ぐぅッ……!」


 一瞬の隙をついたラグナはなんとか流れを変えるため翼を生やし空に逃れようとするも――。


「いや、授業中に空飛んじゃだめっしょ」


「な……」


 ――十メートルほど飛び上がったところで五メートルほどの銀色の正方形の金属と思しき物体が背中の上に瞬時に出現したのだ。


「く……ぐアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!!」


 その重さに耐えきれず押しつぶされるように地面に落下、激突する。金属製の物体にのしかかられたまま苦しそうにうめくラグナを見下ろしながらピエロは講義を続けた。


「本来『黄月の月光術』は月光を消費して岩や植物なんかを生み出す。ボクも通常の『月光』を使った『月光術』では岩を作ったりするのが関の山。でも性質変化を駆使すればこの通り」


 ピエロの手のひらの上で生じた小さな石が水晶や金属、ガラス、果ては宝石にまで形を変え始める。


「もちろん本物ではないけどね。あくまで『月光』が作り出した偽物。術の効果が消えれば霧散する。でも限りなく本物に近づけることも出来るし、本物以上に強度を上げることも可能だよ。要は想像力の問題さ。想像力と扱える『月光』の量が術の効力を左右する。まさに神のような奇跡の力だろう? 『月詠』は本来こういうことが出来るんだ。まあここにリミッターがかけられてるせいで大半の『月詠』はこの領域にまで至れないけどね」


 ピエロが頭をトントンと指で叩いているとラグナの脳裏にラフェール鉱山での出来事が甦る。それはフェイクが繰り返し呟いていた言葉だった。


「……『血』……」


「そう、『血』を体内に持つ者だけがそのリミッターを外すことが出来る。月の神『ラクロア』の使徒たる『血』、すなわち『使徒の血』を持つ者だけがね」


「使徒の……血……」


「君の中の『使徒の血』は確かに目覚めてるみたいだけど、まだ体が慣れてないのか扱いに関してはドヘタだよね。これじゃ『黒い月光』の力も使いこなせてないのも当然と言えるか。どっかの誰かさんに同じようなこと言われなかった?」


 その瞬間、またもフェイクの言葉が蘇った。


 それは自身が『黒い月光』を使いこなせていないことや『黒い月』に関する言葉。それを見透かしているかのようにピエロは続ける。


「君、未だに『黒い月』を満月に出来てないでしょう?」


「…………」


「それじゃ困るんだよね。君には是が非でも『黒い月』を満月に変えて貰いたいんだよ。かつてクロウツがそうしたようにね。あのおとぎ話ではクロウツは世界を一度滅ぼしかけたらしいけど、あれどうも本当らしいよ。つまり『黒い月光』にはそれだけの力があるってことさ。でも今の君じゃせいぜい一国を滅ぼすのが精いっぱいでしょ? まるで力を使いこなせてない証拠だよ。じゃあどうすればいいか。答えは簡単。その体に流れる『使徒の血』を完全にコントロールし神の使徒たる力を引き出せばいい。そうすればボクの望みもおのずと叶う」


「……望み……? 俺が力を引き出すこととお前の望みにいったいなんの関係があるって言うんだ……」


「今詳細は言えないけど、あえて言うなら将来的にきっとボクにとって必要なことになるからかな。それにこれは君の為でもあるんだよ。これから君が戦っていく相手はおそらくほぼ『使徒の血』を所有しているだろう。しかも君よりもちゃんとその力を引き出せている。それに『魔王種』も使ってくるだろう。そうなってくると今の『黒い月光』での力押し戦術も段々通用しなくなってくるんじゃないかなぁ。あとぶっちゃけ『黒い月光』って使える場所限られるでしょ? 人が密集した場所、たとえば町中とかに誘い込まれたら君は『黒い月光』が使えない。その力は周りに与える被害が大きすぎる。んで、そうなると君は必然的に普通の『月光』を纏って戦わざるを得ない。そんな時、どうするの? ゴリ押し戦術使えないよ? へったくそな性質変化を使って負けて今みたいに地面を這いつくばうつもり?」


「ッ……!」


 悔しさと怒りで歯噛みするも事実のため言い返せず睨むことしかできない自分をラグナは恨んだ。そんな様子を見たピエロは這いつくばう負け犬を憐れむように言う。


「君のことがすごく心配だよボク。そんなんじゃ他人はおろか自分のことさえ守れないよ。……あのね、ボクは今ある人の脚本通りに動いてるんだ」


(……ある人の脚本……もしかしてこいつに情報を与えてる『ラクロアの月』の構成員のことか……?)


「そしてその脚本によるとボクと君が命を賭けて戦うのはこの劇の終盤になるはず……だったんだけど……このままじゃ君はボクとマジで戦う前に殺されちゃう。それは困るよ。君と雌雄を決するのはボクでありたいと願っているんだ。だって……」


 ラグナが聞きながら考察しているとそれを吹き飛ばすようなことをピエロは言い始める。


「だって君とボクは親近感を覚ええちゃうくらい似ているから」


「な――ふ、ふざけるなッ……! お前のような歪んだ異常者と一緒にするなッ……!」


「歪んだ異常者、ねぇ。グサッとくるなぁ。……ってか君はボクを異常者呼ばわりするけど、歪んでいない人間なんてこの世にいないといないと思うけどなぁ。大なり小なり人間は歪んで育つんだよ? みんな自覚してないだけさ。だってボクらの住むこの世界そのものが歪んでいるんだもん。欲望、憎悪、嫉妬、挙げればキリがないけど色んな負の感情が渦巻いている。そしてそんな世界に住んでる以上人間だって当然歪むさ。特にそれは幼少期に影響を及ぼし、心の傷として残る。それでそんな傷がその人の人格形成に影響を及ぼすんだ」


「……俺もお前と同じように歪んでいる、そう言いたいのか」


「まあね。聞いたよ君の過去。孤児院でのことをね」


「ッ……!」


 ラグナは思わず目を見開いた。


(……なんでこいつが孤児院でのことを……一部の人以外誰も知らないはずなのに……)


 ラグナが動揺する中、ピエロは嬉しそうに語り始める。


「君の過去を聞いてもしかしたらって思ったけど、今日のゲームで確信したよ。君は確実に歪んでいる」


「……俺のどこが歪んでいるって言うんだ」


「戦う理由ってところかな。君の過去を知る前は単純に正義感が強いからなのかなぁって思ってたけど、実際は違った。君は正義感から力を振るっているわけじゃない。過去の贖罪のために戦っているんだ」


「過去の……贖罪……だと……」


「そう。君は過去に自分の家族を、子供たちを目の前で失った。だから過去のやり直しをしようとしているんだ」


「…………」


 ラグナの脳裏に血まみれで倒れる子供達の映像がフラッシュバックする。何も出来ず倒れている自分の記憶もまた呼び覚まされピエロはそれを見越したかのように畳みかける。


「――何も出来なかった。それほどの力を持っていたのに。救うことが出来なかった。それほどの力を持っていたのに。守れなかった。それほどの力を持っていたのに」


「……黙れ……」  


「大人になるとね、無意識に過去をなぞるようになるのさ。たとえば親から虐待を受けた子供が自分の子を虐待するようになったり逆に暴力を極端に嫌うようになったりもするし、お金が無く貧しかった子供が大人になってお金に執着するようになったり、親から愛情を受けられなかった子供が大人になって幸せな家庭を築くことを夢見るようになったりするようにね。全員が全員そうなるわけではないけど誰しも大なり小なり過去に縛られる」


 そしてピエロは遠い眼をしながら思い出すように言い放つ。


「君もまた同じ。さっきのゲームでそれがわかった。君は幼少期に目の前で子供たちを失ったせいで力無いもの、特に子供が傷つくことを病的なまでに恐れている。だから君は自分が傷つき不利になろうとも弱者を救おうとする。自己犠牲なんて実に美しい話だけど、君の場合は違う。理想とか、正義感とか使命感からではなくかつて出来なかったことをやろうとしているだけ。そうすることで君は心に開いた穴を埋めようとしている。ただのきったないエゴだよ、そしてそれが君の心に根差した歪み」  


「黙れッ……!」


 ラグナは左腕だけ突き出しピエロに光弾を放つもまたもや透明な壁に阻まれ霧散する。

 

「怒らない怒らない。別に君を責めているわけじゃないんだ。ただ君の歪みを自覚してほしかっただけ。じゃなきゃボクが君と似ているっていう説明ができないだろう?」


「そんな説明聞く気は無いッ! お前が俺の過去の何を知っているかは知らないが俺は過去を乗り越えたんだッ! もう過去に囚われたりはしていないし歪んでもいないッ!」


「過去っていうのはね、区切りをつけることは出来ても乗り越えることなど出来ないんだよ。人間という生き物は過去の業からは永遠に逃れられない。過去の奴隷さ。君という人間は過去の経験があるから存在できる。ゆえに君が君である限り過去の罪は永遠に消えることは無いんだ。事実、君は過去をほじくり返され激昂しているよ? 乗り越えたんなら何を言われようと怒ったりはしないんじゃないの? 怒りを覚えたってことはさ、君の中に過去の業が生きている証だよ。断言しよう――君は過去に囚われている」


「ッ……!」


 この廃遊園地に来てから何度か過去の光景がフラッシュバックしたことを口論の最中思い出していたラグナは反論しながらも自身の中に過去の罪が残り火のように燻っていることを薄々感じていた。ゆえに図星を突かれ思わず悔しそうに黙ってしまう。


「そんな顔をしないでよ。誰だって自分の為に生きてるんだ。ボクだってそうさ。人間はみんなそう。みんなエゴイスト。なかーま。で、話の続きなんだけどさ、ボクの過去が君と似ている件について――」


 話している最中に突然ピエロのポケットから着信音が聞こえてきた。


「あ、ごめんね。ちょっと電話に出させて。へいへい、もっしー」


 ピエロは話をいったん中断すると電話を始めた。無防備なその姿を見たラグナは敵に対する怒りと自身の不甲斐なさという行き場の無い感情に押しつぶされそうになる。


(……敵を前にしてあの余裕……いや、敵とさえ思われていないのかもしれない。完全に舐められてる……情けない……好き勝手言われて反論も出来ず身動きさえ取れない……無様……滑稽……)


 思考がぐちゃぐちゃになりながらもその怒りはラグナにある決意をさせる。


(……現時点ではどうあっても俺じゃこいつには勝てない。でも……)


 限界を超えた敵と自身への怒りが少年と眼と心に強い灯をともす。


(……このままじゃ終わらない。必ず一泡吹かせてやる)


 ラグナはそう決意すると現状を打破するべく思考を巡らせ始めた。


(……どうすればここから脱出できる。どうすれば奴にダメージを与えられる。『黒い月光』は駄目だ。アレを使うには一度この状態を解除しなければならない。そして一度解除すれば五分ほど『月光』や超回復が使えなくなる。完全に無防備になるなんて確実に自殺行為。それに……『黒い月光』を今この状況で使うというのは奴の言い分を認めることにもなる。『黒い月光』が無ければ何も出来ないという奴の言い分を)


 拳を握りしめたラグナは別の打開策を模索し始める。


(……何か別の方法……やっぱり性質変化を駆使してなんとかするしかない……でも俺の拙い性質変化では奴には届かない……他に……誰か手本になるような……)


 その瞬間――雷に打たれたように思いつく。それはかつて敵対した最強の敵。黒衣を纏った仮面の男の姿だった。


(……フェイク……奴の性質変化の技術は凄まじかった。俺がへたくそだったのかもしれないけど、それでもアイツは通常の『月光』で『黒い月光』と互角以上に戦っていた。……思い出せ。俺はこの身で味わったじゃないか。アイツの技術を、力を、強さを)


 ラグナはゆっくりと左手をピエロに向ける。性質変化によって出来た壁に阻まれ安心しているのかこちらの様子に気づくことなく通話に集中しているようだった。それならば好都合と意識を集中させかつてフェイクが自分に向けて放ったある技を思い出そうとする。


(確か……力を……圧縮……凝縮……そして一点に向け集中させ―――)


 巨大な球体が徐々に小さくなり左手に凝縮されると――。


(――放つッ……!)


 レーザーのような銀色の光線が手のひらから撃たれ透明な壁に衝突した。その瞬間、ピエロは自身に向け撃たれた攻撃にようやく気付き素っ頓狂な声をあげる。


「へ?」


 そしてピエロの携帯が宙を舞った。


 だが飛んだのは携帯だけではない。


「――い、痛ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!??」


 携帯を掴んでいた右腕が、肩から千切れ地面に落下したのだ。


 ピエロの絶叫が木霊する中で、ラグナは小さな穴の開いた透明な壁からレーザーが通った道を見る。焼けただれた穴を見てレーザーが壁を貫通し道化の腕を焼き切ったその事実を再確認すると確信した。


(軌道がズレたけど……これなら……いける)


 直後、背中に意識を集中させ同様のレーザーを放ち重りを破壊すると、立ち上がる。痛みでのたうち回るピエロだったが、やがて声を震わせながら少年と同じように立ち上がり残った腕で顔を押さえた。


「いたいよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ、悲しいよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ、でもでもぉ……」


 ピエロは手をどけると――。


「なんだぁ……やればできるじゃない」


 嬉しそうに言い放つ。


 それを受けたラグナは敵を睨みながら言い返す。


「――認めるよ。お前の方が俺よりも性質変化の腕は上だ。けど……」


 先ほど左手の平に作り出した圧縮した球体を三つほど瞬時に空中に作り出したラグナは静かに言う。


「すぐに追いついてやる」


「それは重畳。少しはマシな戦いになりそうだ。ボクの昔話はまた今度にしよう」


 ピエロが動くと同時に球体からレーザーが放たれラグナも動き始める。


 再び戦いが始まろうとしていた。     

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