92話 反撃
その後、体中に切り傷などの軽傷を負いながらもラグナは次々と指定される場所でゲームをクリアしていきついに最後のステージと思しき場所にたどり着く。そこはジェットコースターの乗り場と思しき建物だった。ジェットコースターの位置やコースが記されていた看板を見ていると不意に通信が入る。
『いやぁ、すんばらしいねぇ! 君もブレイディアさんもここまでノーミスで全ステージクリアなんてさ! 本当にすごいよ! 大したものだねぇ!』
「……そろそろ目的を教えてくれ。なんの為にこんなことをしているんだ」
『いやいやだからさっきも言ったけど君達と遊ぶためだって』
「……本当に俺達とこんなくだらないゲームをするためにわざわざ子供たちをさらったって言うのか」
『くだらないってひどいなぁ。一生懸命考えたゲームなのに。傷ついちゃうよボク』
「…………」
その言葉を聞き怒りを覚えながらもラグナは違和感を抱く。
(……俺達とゲームをするためにさらった……子供達がさらわれ始めたのは二週間前から。このピエロの言葉を信じるなら、ある程度前からこいつは俺達がここ、というかブルーエイスに訪れるであろうことを予め知っていたことになる)
ラグナは状況を静かに整理し始めた。
(……デップを通してゲルギウスという幹部からもたらされた情報によって俺とブレイディアさんはブルーエイスを訪れることになった。今回の誘拐騒動もそれを見越して計画されたんだとしたら……それはつまり……ゲルギウスが俺達にアジトに関する情報を流すことを事前に知っていたということ。……このピエロはゲルギウスの思惑に一枚嚙んでいるのか……?)
ラグナはとある結論に達した。
「……お前は『ラクロアの月』の構成員――そしてゲルギウスの部下なのか……?」
『ああ、いや彼の部下では無いよ。それは断言できる。でも……『ラクロアの月』の仲間かと聞かれると……うーん……どうかな。答えにくいなぁ……仲間っていうわけじゃないんだけど……無関係とも言い切れない。まあいわゆる複雑な関係ってやつかな』
「……無関係とは言わないんだな。なら子供たちをさらったのもやっぱり『ラクロアの月』――ゲルギウスの命令か……? 奴が俺達をブルーエイスにおびき寄せたことと何か関係があるのか?」
『だから違うよ。これはボク個人の意思によるものさ。言ったろ、ゲルギウスの部下では無いし、今回の事は君達と遊びたかっただけだって』
「……あくまでそう言い張るんだな。ならなぜお前は俺達がここに来ることを知っていたんだ。ゲルギウスがブルーエイス付近に自身のアジトがあると言ったから俺達はここまで来たんだぞ。そして今回の誘拐騒動に出くわした。偶然とは思えないし、お前が奴と無関係とも思えない」
『彼の計画を事前に知っていたことは認めるよ。それを利用したこともね。だけどそれは彼から聞いたわけでは無くとある情報筋から入手したものなんだ』
「とある……情報筋……?」
『そうだよん。けどそれが誰からのものなのかは言えない。残念だけどね』
「…………」
『アハハ。まだ疑ってるっぽいね。信じてもらいたいところだけど、証明する方法は無いからなぁ。まあいいや、君の好きなように解釈しておくれよ。さて質問は終わりかな? それじゃあ最後のゲームを始めよう。中へどうぞ』
真意を問いただすことを諦めたラグナは言われた通りジェットコースター乗り場の入口へと向かい中へ入って行った。中には一台の長いジェットコースターが止まっており、その先頭と最後尾に建てられた十字の柱に目が向く。そこには上中下段の左右に二つずつ、合計六つの丸鋸が取り付けられた柱があった。そしてその柱には――。
「……本当に悪趣味な奴だな」
『アハハ、褒め言葉として受け取っておくよ』
――先頭には緑色の手術服を着せられた茶色いボブカットの少女がおり、縛り上げられ猿轡を噛まされ柱に括りつけられていた。最後尾にも少女と同様の服を着せられた一人の男性が同じように拘束されている。二人とも意識があるようでラグナを見つけると何かを訴えるように唸り始めるが、猿轡のせいで何を言っているかわからない。
(……こいつのやり口には少しだけ慣れてきた……だからこういう光景を見ても多少は動じなくなったけど……子供じゃない人が人質にされているのは初めてだ。それに……確かあの人はクロームさんが話していた人に似ている……名前はラッセル・ハッシュさん……だったかな……)
ラグナはクロームに見せられた子供達と共にさらわれたのではと推測されていた二人の男性の画像データを思い出していた。パーマのかかったボサボサの黒髪と無精ひげなどの特徴が一致していたうえ、記憶の中の失踪した男性の顔と現在拘束されている男性の顔が似ていたためもしやと思っているとピエロが再び喋り始める。
『――子供じゃない人が人質になっててビックリしたでしょ? その人どうやって突き止めたのかこの遊園地に子供がいることを知っちゃったみたいでさ。中に勝手に入り込んでて、子供を監禁していた檻の前で何かしようとしてたから捕まえたんだ。そんでついでだからこうして利用させてもらっちゃいました。事情の説明お終い。そんじゃあゲームの説明に入ろうか。とりあえず君はジェットコースターに乗ってほしいな』
ラグナは言われた通りジェットコースターに乗り込むとすぐにピエロの説明が始まる。
『今回のゲームはきっととっても楽しいよ。そのジェットコースターに乗って色々なエリアを巡る冒険の旅。波乱万丈奇想天外のアトラクションが君を待っている。あと、そんなに高い場所とかには行かないから高所恐怖症の人でも安心して乗れる優しめのアトラクションだよ』
「前置きはもういい。何をすればいいんだ」
『テンション低いなぁ、もぉぉぉ。……しょうがない、じゃあ簡潔に説明しようか。簡単に言えば各エリア内で襲って来る敵から柱に繋がれた人質を守るゲームさ。ああ、それとジェットコースターにもライフポイント的なゲージがあってね。それがゼロになってもゲームオーバーになるから。ゲージの場所はジェットコースターの中央内側にあるからこまめに確認してね。ちなみにジェットコースターのライフが減るたびに――』
ラグナが内側に表示された赤いゲージを確認していると突如柱に取り付けられていた電動式の丸鋸が回り始める。そして柱に縛られた二人に向かって近づき始めた。それを見た二人の人質はわめき始めるも丸鋸は二人に触れる寸前で止まる。
『――こんなふうに人質に近づいて行くから。それでゼロになると……わかるよね?』
「……ッ!」
『あ、ちなみにゲームが終わる前に二人を救出しようとしたらジェットコースターの施設全体が爆発するようになってるから気を付けてね』
「…………」
悪趣味極まりないゲームを前にラグナは必死に冷静になろうとした。だがそれでも怒りは表情からにじみ出ていたのか、ピエロは笑う。
『ククク、君は素直でわかりやすいなぁ。ボクが憎いかい?』
「……早くゲームを始めろ」
『フフ、それじゃお言葉に甘えて。ゲームスタート』
ピエロの言葉をきっかけに回転していた丸鋸の位置が戻り、ジェットコースターが動き始める。近くにあった椅子に捕まったラグナは銀色の『月光』を纏うと『月錬機』を展開し人質に向けて静かだかはっきりとした声で告げた。
「必ず助けます。待っていてください」
ラグナはそう言うと少女は少しだけ安堵したようだったが、男性の方は訝し気に眉根を寄せた。直後スピードが上がり始めたためしがみついているとやがて合成樹脂のようなもので出来た木々が立ち並ぶ森のようなエリアに入る。新たなエリアに入るとスピードは落ち、メッキが剥がれた木々や同じような材質で作られた劣化した動物の像が立ち並ぶ中をゆっくりと進んでいった。
スピードを緩めたことには何か理由があるはずと思い辺りを警戒していると、その考えは正しかったとすぐに証明される。猟銃を持った密猟者のような風貌のロボットが木の裏から突如複数現れ、銃口を向けて来たのだ。あらかじめ攻撃を予想していたラグナはすぐさま反応すると、柄のトリガーを引きロボットたちの銃に狙いを定めて斬撃を飛ばし続けざまに破壊するも一体からの銃撃を許してしまう。銃弾は少女目がけて放たれるも被弾する前に剣によって両断され、それと同時に放たれた斬撃で銃を破壊し無力化に成功する。一連の攻防を終え静寂が訪れるが別の意味で不愉快な雑音が耳を突く。
『きゃあ~♪ すご~い♪ ラグナきゅんかっくい~』
ピエロの耳障りな歓声を聞き流しながらもラグナは荒い呼吸を整えながら苦々しい表情を浮かべた。
(……これは……想像以上にやりにくい……俺が解放した子供の数は今のところ26人。さらわれた子供のおよそ半数。ここが最後のステージってことはおそらく残りはブレイディアさんが解放しているんだろうけど……そう思わせてこのステージに大量に仕込んでいる可能性だってありうる。そう、たとえばあの猟銃を持ったロボットの胴体に括りつけられている可能性だって……今までのゲーム内容からして十分あるだろうな)
マネキンの館から続く悪辣なゲームを思い出し表情は硬くなり額から汗が流れ落ちる。
(……あの赤い眼の力を使うか? そうすれば子供の存在の有無は判別できるし、感覚だけじゃなくスピードやパワーも跳ね上がる。どんな状況だって切り抜けられるだろう。……ただここに来るまでにすでにかなりの回数を使った。あの状態はかなりの体力を消耗する。おかげであの程度の攻防でここまで息が荒くなる始末……もう体力は限界に近い……果たしてこのゲームを終えるまでに体力がもつか……)
悩んでいたラグナだったがふとジェットコースターのコースが記されていた看板を思い出す。
(……でも……うまくいけば……もしかしたら……)
ラグナが苦悩しているとピエロが楽し気に話しかけて来た。
『でも英雄騎士の称号を持つ君の能力を考えると今みたいなのはちょっと退屈過ぎるよねぇ。もうすこ~し難易度を上げようか』
そう言うと前方から再び先ほどと似た風貌のロボットが現れる。だが先ほどのロボットとは決定的に違ったのは手に持った様々な武器の数々。
「ッ……!」
ラグナが息を呑んだ瞬間――それは始まった。ロボットの手にあったガトリングが火を吹くと同時にアサルトライフルやグレネードランチャー、果てにはバズーカと言ったものまでが一斉に放たれる。それを見た人質二人は絶望で顔を歪め諦めたかのように目をつむる。同様に目を静かに閉じた少年だったが、二人とは違いすぐに目を開ける。開かれたその瞳は真紅に染まり決意の光を宿していた。
直後、放たれた銃火気による波状攻撃によって被弾し爆散したはずのジェットコースターだったが――。
『――うんうん、そうこなくっちゃ♪』
――爆風による煙を潜り抜け健在なその姿を見せる。そして性質変化によって形成された銀色のエネルギーの盾に守られたその姿が現れると同時に周囲に銀色の粒子の嵐が吹き荒れ始める。その暴風を受け周囲に散っていたロボットたちは木々ごと吹き飛ばされ彼方に消え去る。超回復で傷を癒した直後『神月の光』を用いて体力や気力を削りなんとか人質を守り切ったラグナだったが、案したのも束の間、エリアを抜けると同時に突然急激にスピードを上げた車両によって振り落とされそうになる。だが武器を持っていないほうの手で振り落とされないようになんとか側面の突起に掴まった。
「う、ぐ……」
『ちょっと気を抜いたでしょ? 駄目だよ最後まで集中しないと。ほら、前を見てごらん』
見るとコースが渦を巻くように捻じれているエリアが迫っていた。このままでは振り落とされると思った矢先、追い打ちをかけるように最悪な事態が訪れる。なんと蜘蛛やサソリといった形の人間ほどの大きさの昆虫がコースにぶら下がり待ち受けていたのだ。未だに銀色の暴風が吹き荒れていたものの、先ほどのロボットとは違いしっかりとコースにしがみついていたため吹き飛ばせるのではないかという淡い期待も露と消える。
そしてそのエリア突入と同時にロボットたちが車両に飛び移り攻撃を始めたことで丸鋸が回転しながら人質に迫り始めそれに気づいた二人は声にならない叫びをあげる。それを見たラグナは態勢を立て直そうと手に力を入れ外から中へ戻ろうとするもそれを阻むようにロボットたちは外壁を攻撃し、ついに掴んでいた部位が破壊され手が離れる。空中で自身の肉体と車両が引き離されていく光景を見ながら少年は奥の手を使う決断を下した。
(……このままじゃ……もう、やるしかないッ……!)
その瞬間――ラグナの肉体を中心に吹き荒れていた銀色の粒子の風が身に纏っていた『月光』を圧迫するように狭まっていきやがて押しつぶすように密着すると爆風と共に圧縮された光の衣が出来上がる。線のように体を覆う銀色の光が出来上がると同時にその背中から一対の翼が形成され大空を舞った。そして進んでいた車両に追いつくと同時にその翼から放たれた小さな無数の光弾が車両内部、コース上にいた昆虫ロボットの群れを駆逐し尽くす。
直後、車両の内部に降り立ったラグナは手近なものに掴まりながら人質に丸鋸が食い込んでいないことや内部に記されていたゲージを見てゼロになっていないことを確認すると安堵する。
(……危なかった……けど……これでもう切り札を使ってしまったことになる……『神月の光』はさっきと違って性質変化の能力が格段に向上するけど……デメリットも大きい……でも……この状態にしか出来ないこともある……)
『――キャハハハハハハ、すごいすごい! さあ次のエリアはもうすぐだよ~! 果たして乗り切れるかなぁ~?』
ピエロの陽気な声を聞きながらラグナは決意を固める。
「――乗り切ってみせるさ。……そして必ず騎士や人質の子供たちにしたことの償いはしてもらうぞ」
『へぇ、それはそれは。何をするのか楽しみにしているよぉ~』
ピエロの言葉を受けたラグナは迫りくる宇宙ステーションのようなエリアを前に胸の内に秘めた計画を成功させるため行動を開始した。
それから二、三十分ほどの間エリアごとに凄まじい攻防が繰り広げられるも、なんとか全て乗り切ったラグナは最後のエリアにして最難関のステージ――遺跡エリアにて最後の死闘に身を投じている最中であった。ゆっくりと進む車両を追ってくる三メートルほどのゴーレムたちを全て撃破し、真横にいる最後の一体に向けて十メートル近い大きさの光弾を放つもその攻撃は対象からズレて彼方へと飛んで行った。
それを見送ったラグナは肩で息をしながら大量の汗を流し膝をつく。
『おやおや。流石に疲れ果ててしまったのかな? あんな巨大な弾を外すなんて。このままじゃマズいんじゃない?』
ピエロの言葉に呼応するようにゴーレムがコースターの頭上に飛びかかって来る。人質二人はそれを知らせるように座り込むラグナに向かって唸るも少年は立ち上がらない。そしてゴーレムが搭乗者もろとも車両を押しつぶす寸前――。
『あれれ~、せっかくここまで来たのにゲームオーバーかなぁ?』
ピエロのその挑発を受けたラグナは歯を食いしばりながら座ったまま剣を振り上げる。すると剣に纏わりついた銀色の光が刃状に変形し伸びるとゴーレムを貫きそのまま切り裂く。直後両断されたゴーレムが落下するのを息も絶え絶えに見届けていると耳元で派手なファンファーレが鳴り響く。
『――パンパカパーン! おめでとう! ついに、ついにやり遂げたんだね! これにて全てのゲームは終了だよ! 君も、ブレイディアさんも全ゲーム一人も犠牲にすることなく乗り切った! 君達の情熱とヒーロー精神的なアレにボクぁ感動した! うう……感動しすぎて涙がちょちょぎれちゃうよぉぉぉ~』
オイオイとわざとらしい泣きまねをするピエロにうんざりしながらもラグナは警戒を怠らず車両がゲーム開始時点に到着するのを待った。やがて車両がもともとあった場所に戻ってくるとピエロから再び通信が入る。
『さすがだね。想像通り君たちは優秀だった。約束通り子供達+大人一人は解放するよ』
言うや否や丸鋸の動きは止まり磔にされていた人質の拘束が外れる。それを見たラグナは重たい体を引きずるようにして急ぎ二人を柱からはずし担ぐと車両から出て地面に横たえる。
『約束は守ったよ。それじゃあボクはお暇させてもらおうかな』
「……このまま逃げられると思っているのか」
『思っているとも。なにせ子供達の身の安全はまだ完全に保証されたわけじゃないからね。君とブレイディアさんが助け出した子供たちは未だに各ステージにいる。そしてボクがちょっとボタンを押せば隠れて待機させているロボットたちが動き出し子供たちを襲うことになってる。だから君たちはそのまま動かないで待機しててもらうよ』
「…………」
『安心しなって。今から一時間くらいしたら渡したデバイスに指示を送るからさ。そしたらもう動いていいよ。ロボットたちの武装解除をするボタンを押すからさ。子供たちの保護はその後すればいい。あ、でもぉ、もしかしたらボタン押し間違えて子供たちを皆殺しにしちゃうかもしれないけどそしたら許してねぇ、アハ』
「ッ……!」
『そんじゃあボクは逃げさせてもらうよ、アハハハハハハハ。君達と遊べて楽しかったよ。また会お――』
ピエロが言った瞬間、遊園地全体の電気が消え辺り一面が暗闇に包まれる。
(……なんだ……こいつがまた何か……)
ピエロが何かしたのではないかというラグナの予想は意外にも早々にハズレる。
『――おんやぁ? どうしたんだろ。停電かな? まあ電源設備含めて施設全体がもともと老朽化してたからねぇ。でもすぐに予備電源が作動するはずだから大丈夫。ほら――』
ピエロがそう言うと施設に明かりが灯る。時間にして二、三分ほどの停電の後、施設は先ほどと同じほどの照明によって照らし出されたが――。
『……ん? え……うっそーん……』
ピエロが意外そうな声を上げたことでラグナは眉根を寄せた。
(なんだ……いったい何が起き……)
驚くラグナの耳に電子音が鳴り響く。場所は上着のポケットからだった。そこには軍用のインカムが入れられていたため驚きつつも取り出し耳に付ける。すると聞きなれた声が聞こえて来た。
『――ラグナ君、聞こえる?』
「ブレイディアさん……?」
『うん、無事みたいでよかった。たった今子供たち全員保護したから安心して』
「え、保護……出来たんですかッ……!?」
『うん。なんとかギリギリだったけどね。外部にいた騎士と連絡を取ってさっきの停電に合わせてここに入ってもらったんだ。それで私たちが今いる場所以外の全アトラクションに向かってもらった。幸いなことにデバイスには私たちの位置情報が常に表示されてたからね』
「じゃあさっきの停電はブレイディアさんが……でも、どうやって外部と連絡を……?」
『ここに来る前に保険をかけておくって私が言ったの覚えてる? その保険が役に立ったんだよ。不測の事態が起きた場合、普通の通信に見せかけてちょっとした暗号を送るかもしれないってメールで事前に伝えておいたんだ』
ラグナは突入する前にブレイディアが本部の騎士にメールで連絡していたことを思い出す。
(……そうか……あの時のメール……暗号か……どうやって知らせたのかはわからないけど……特殊部隊ではそういうものが使われてるって聞いたことがある。子供たちを保護するために選んだ本部の騎士の中に特殊部隊出身者がいるってことは知ってたけど……あの時に……先の事まですでに考えていたんだな。ブレイディアさん……本当にすごい人だ)
ゲームが始まる前に言っていた『私がなんとかする』という言葉を実現したブレイディアに対してラグナは尊敬の念を抱く。
(……なんとかするって言葉……ブレイディアさんは有言実行した。それなら今度は俺の番だ)
ラグナはブレイディアに通信を入れる。
「――ブレイディアさん、一度合流しませんか? 申し訳ないんですが、出来れば来ていただけると助かります。どうしてもやらなくちゃいけないことがあって」
『わかった。一度合流しよう。こっちに騎士が来たらすぐにそっち行くね』
ブレイディアから通信が切れるとすぐにピエロから通信が入る。
『あのー、通信丸聞こえなんだけど。悪いけど君たちが合流するのを待つわけにもいかないんで早々に離脱させてもらうよん。ブレイディアさんの行動は正直予想外だったけど、ボクの優位には変わらないしね。なにせ君達ボクの居場所知らないだろうし。早々にトンズラ――』
「――南東にある男子トイレ」
『――へ?』
「お前の居場所だ」
『…………』
「逃げられるものなら逃げてみればいい。言ったはずだ、償いはしてもらうと」
ラグナの冷たい声が響く。
ピエロは男子トイレを改造して作ったモニタールームの中で口をあんぐりと開けて驚いていた。複数台設置されたモニターには子供を救出する騎士の姿が映し出されていたが、問題はそこではなかった。
「やっばいやっばい居場所がバレちゃってるYOー!? 急いで逃げなくッちゃッ……!」
トイレに偽装していた部屋のドアを蹴破り外に飛び出すも不意に頭上がやけに明るいことに気づき見上げる。すると――。
「……オーマイガッ……」
約二十メートルほどの間隔を開けて頭上に鎮座していた巨大な銀色の玉に気づき間の抜けた声を上げたピエロは諦めたようにため息をつく。
「……聞いてもいいかなラグナ君。どうしてボクの居場所がわかったの?」
『――最後のジェットコースターのコース。あれはこの遊園地全体を周るように設計されていた。だから各エリアを巡るたびに聴覚を強化してお前の位置を探った』
「結構戦いやジェットコースターの騒音がうるさかったのによく気づいたね」
『そこまで遠い場所で無ければ多少うるさくとも聞き取ることは出来る。なによりあのジェットコースターは建物に近い低い位置を進んでいた。だからより鮮明に聞き取ることが出来た。ただそれだけだ』
「なるほどなるほど。でもそんな余裕があったとは驚きだ。息も絶え絶えって感じだったのに。さっきだって最後のコースで敵に攻撃をはずし――」
そこでふとピエロは気づいた。
「……ああ、そうか。最後のアレはハズシたわけじゃなく――」
頭上をの光弾とゴーレムに当てそびれた光弾を比較し答え合わせをする。
「――もともと当てるつもりなんてなかったのね。ここに設置するためにわざと逸らして撃ったわけだ。いやぁ、騙されたよ。主演女優賞をブレイディアさんに主演男優賞を君に送ろう」
『……もともとその光弾はお前が子供達を解放する約束を守らなかった時の保険だった。だがブレイディアさんのおかげでもうお前と交渉する必要は無い。……どうする。投降するならそのまま動くな。だがもし逃げようとするのなら……』
ちょうどジェットコースター乗り場の真上にあたる上空。銀色の一対の羽を生やし自身を監視するように見つめる少年を見ながらピエロは悩み――。
「投降か……うーん……」
そして――。
「やーだよッ☆」
逃げ出したピエロに対してインカムを通して少年は呟く。
『……なら容赦はしない。罪も無い騎士の方々や子供達にしたこと、その身で償え』
ラグナが手を下ろすと、銀色の光弾は分散し小さな光球に変わり、男子トイレに向かって豪雨のように降り注ぐ。
「ちょ、あぶな、うぎゃああああああああああああああああああああああああああああああッ!!??」
道化の絶叫が響き渡るもそれをかき消すほどの轟音が響く。
ため込まれた少年の怒りを表すように雨あられと降り注ぐ光弾によってピエロ諸共男子トイレ付近はまるごと消し飛んだ。やがて残ったのは瓦礫の山と土煙。
こうして悪趣味なゲームは終わりを迎えた。