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9話 偽神

 ディルムンドの拍手がスピーカーから聞こえて来た。


「クク、なるほど。見事なチームワークだ。いいコンビみたいだね君たちは。二人がかりとはいえあの騎士団長に勝つとはたいしたものだ」


「アンタのチープな操作能力じゃ団長の能力を完全に引き出せなかっただけ。本当ならこんな簡単にいくはずない」


「フ、確かにな。『ルナシステム』によって半永久的に対象を無数に支配できるようにはなったが大半が簡単な命令しか出来ない全自動の機械人形。手足のように自由に操れるのは今もせいぜい一体程度だよ。だが――その一体に限っては潜在能力の全てを開放できるようになったんだ。こんな風にね――」


 ディルムンドがそう言った瞬間、天井のガラスを突き破り巨大な赤黒い何かがラグナ達のいる場所に落下してきたが、その後すぐに上空へ舞い上る。その巨大な物体がなんなのかわかったのは血のような赤い鱗が太陽の光に照らされてからだった。ラグナは思わず叫ぶ。


「……ドラゴンッ……!」


 白い王冠のような角が生えた頭部。口からはみ出した牙。縦線の入った狂暴そうな金色の瞳。全ての攻撃を防ぎそうな荒々しい赤黒い鱗。あらゆるものを切り裂く黒い爪。四十メートル近い巨体は他のドラゴンと比較しても一回り以上大きい。威厳と貫禄に満ちたその竜は素人目でも普通の竜種とは違うということがわかった。だがラグナが驚愕したのはその姿だけでなく動きだったのだ。


(速い……速すぎる……『月光』で強化された眼でも捕らえられなかった……あんな巨体であのスピードが出せるって言うのか……)


 ラグナがその速度に度肝を抜かれたのも束の間、すぐに別のことに驚愕する。


「あ、あれ……な……いない……ブレイディアさんッ!? ……そんな……どこに……消え……」


 隣にいたブレイディアが忽然と消えたため前後左右を確認するもやはりいない。すると再びディルムンドの声が響く。


「ドラゴンの尻尾をよく見なさい。探しているものはそこにあるよ」


「……ブレイディアさんッ!? あんなところに……くッ!」


 目を凝らすと、上空でブレイディアがドラゴンの尻尾にからめとられている姿を見つけることが出来た。うめき声を微かにあげているため意識はあるらしいが、それでも相当なダメージを負ったらしい。ディルムンドはそんな彼女を笑う。


「ハハハ。啖呵を切った直後にこれは笑えるなブレイディア。しかし流石だ。『月光』が消失した時を狙ったのだが、強化されていない状態にもかかわらず尻尾による攻撃をとっさに剣を盾にすることで防ぎ致命傷を避けるとは。相変わらずいい反応をしている」


 勝者の余裕を見せるようにブレイディアを褒めたたえると、上空にいるドラゴンの尻尾の中から折れた緑色の大剣が地面に落下した。ラグナが先ほどの尻尾による一撃がどれほど強力だったかを痛感していると、ドラゴンがディルムンドのいる場所に舞い降りる。そして絶対服従を示すように巨大な首を下におろすと主人を頭の上に乗せ再び遥か上空へと飛翔した。それと同時期に天井の分厚いガラスを再び割って十数体のドラゴンが現れる。


「さてラグナ君、さっきの話の続きになるんだが聞いてくれ。実はブレイディアたちのアジトの場所や動向は最初から知っていたんだ。だが本気でやるまでもないと思い今まで適当に対処していた。そして計画は佳境になり、この国でやることもほとんどなくなった。そのためそろそろブレイディアの始末に本腰を入れようかと思っていたんだが、そんな時に君が現れた。最初君がブレイディアの味方と知った時は対処に苦慮した。だが今となっては君の出現は嬉しい誤算だと思うようになったよ」


「……何が言いたいんですか」


「正直に言って君たちを殺そうと思えばいつでもやれた。だがわざわざこの『ルナシステム』のある本部に誘い込んだ。その理由を知りたいだろう? そう――それは君だよラグナ君。君の使う『黒い月光』に私は魅了された。君が私の仲間にならないというのは先ほどの問答でよくわかっている、だが――それでも私は君が欲しい。君の力がね。なんとしてでも手に入れるつもりだ。しかし――その前に君という駒の性能をもっと確認したい。ゲイズやアルフレッドと戦った時は『銀月の月光』の力を見せてもらった、ならば今度はメインディッシュと行こうじゃないか」


 操られたドラゴンたちは空中で一斉にラグナに向かって咆哮を浴びせる。


「さあ『黒い月光』を使いなさい。そうでなければこの状況を打破することは出来ないよ。これだけ言ってもまだ使わないと言うなら――」


 ディルムンドが指を鳴らすとドラゴンの尻尾がブレイディアの肉体を締め付けた。


「ぐ、あああぁぁぁッ!」


「ブレイディアさんッ……! くッ!」


 ブレイディアの悲鳴を聞いたことでラグナの心臓の音は高鳴り、左手が熱く疼き始める。もうすぐ使えるというところまで来た、激情の赴くままに発動できるところまで。


(よし……今なら発動できるッ……! ディルムンド様ッ……! 人質を取ったり、罪の無い人々を苦しめ続けている貴方を、俺は絶対に許さないッ!!! ここで全て終わらせるッ!!!)


 血まみれの受験生たちや操られた騎士たちの姿を思い出し、怒りにまかせて負の感情と共に黒い月光の力を解放しようとしたラグナだったが、それを制止する声があった。


「ラグナ君、駄目、挑発に、乗らないで……! 冷静に、なって……! 私のことなら大丈夫だからッ……!」


「ブレイディアさん……でも……ッ!」


「怒りや憎しみに身を任せたって、勝てないよ……! 私は、本当に、大丈夫ッ……! こんなの、ちょっとキツめの、マッサージみたいな、ものだからッ……!」


 叫ばないように歯を食いしばりながら笑顔を浮かべるブレイディアを見たラグナの心は一旦は落ち着いた。彼女の言う通り冷静な判断力を失う事は危険だと思い直したからだ。だがディルムンドはその様子を不快そうに見ていた。


「まったく、本当に可愛げのない女だ。だが君が冷静になろうが確実にブレイディアは死に近づいている。わかっているだろうラグナ君」


「き……聞く耳なんて持たな、くて平気、だよ。ディルムンドは、君を怒らせて黒い月光の出力の、限界が見たいだけ……そし、て、ぐ……限界を超えた君が、そのひずみで自滅するのを狙って、るん、だ……」


 息も絶え絶えのブレイディアの言葉を聞いたラグナは目をつむりなんとか心を平静に保とうとする。


(……ブレイディアさんの言う通りだ。また黒い月光の力を暴走でもさせたら元も子もない。先生に貰った腕輪があると言ってもリスクは少ないに越したことは無い。そうだ、冷静になるんだ。銀の月光を呼び出して制御した時のことを思い出せ)


 目をつむり大きく息を吸ってから吐き、左手を天に突きだす。


(心は穏やかに――焦らず――強く念じ――天にある月たちの気配を感じ取りながら――ゆっくりと呼ぶ)


「――来い」


 直後、目を見開いたラグナが小さく呟いた時――黒い稲妻が落下し訓練場の天井と床を消し飛ばした。そして巨大な黒いオーラがラグナを大きく包み込む。だがその黒い光は昨夜ドラゴンを打ち破った時ほど荒々しくはなく、かといって弱弱しいというほどのものではなかった。それはまさに力の制御に成功した姿。優しく安定した黒い光の繭のようにも見えた。


「――ブレイディアさん、ありがとうございました。待っていてください――今、助けます」


「……チッ……ブレイディアめ、余計なことを――まあいい――それでは再開と行こうか」


 ディルムンドが手を挙げると竜たちが一斉にラグナ目がけて突進してきた。そしてその体を押しつぶすように覆いかぶさる。合計すれば数十トン近い体重に加え落下による勢いで『黒い月光』によって半壊していた訓練場の床はさらに破壊された。しかしドラゴンの群体によって作られた数十トンを容易に超える重しは黒い闇を纏った剣の一振りによって一撃で消し飛ばされる。少年はのしかかられる寸前に『月錬機』を箱状に戻し黒い月光を吸わせ漆黒の剣を作り出していたのだ。結果、その斬撃によって破裂するようにドラゴンたちの肉片が外側に吹き飛ぶ。見上げると、上空にはいつの間にか『黒い月』が輝いていた。


 吹き飛んだ肉片の中心にいたラグナは炎のように揺れる漆黒の剣を携え、一目散に目的地に向かて駆け抜ける。しかし向かう先はディルムンドのいる上空ではなかった。黒い彗星が向かった先――それは全ての元凶となった機械『ルナシステム』のある場所。


(アレさえ壊せばみんなは解放される、全てが終わるッ!)


 破壊対象の一メートル前まで迫ったラグナはそう思いながら黒い剣を振り上げ全力で振り下ろした。黒いエネルギーの刃は『ルナシステム』本体の黒い球体を真っ二つに切り裂きそれによって全てが終わる――はずだった。


「……な、なんだ……これはッ……!」


 振り下ろした直後、黒い剣の攻撃を遮るように光の壁のようなものが展開されラグナの体は後方に弾かれる。なんとか両足で着地出来たが、何が起きたのかわからず困惑してしまう。そんな時再びディルムンドの声が天から聞こえて来た。


「驚いたよ、ラグナ君。ブレイディアを人質に取られているにもかかわらず、迷わずに本丸を叩きに行くとはね。だが無駄だよ。君が先ほどぶつかった障壁はいわば『ルナシステム』の防衛機構。たとえミサイルを百発同時に撃ち込まれても余裕で耐えきる電磁バリアだ。まあその分エネルギーを大量に消費するため連続で使用できるのはせいぜい一時間程度だがね。だがその間は例え君の『黒い月光』をもってしても本体のシステムには傷一つつけられないだろう。さて、どうする?」


(……正直黒い月光を一時間維持するのは無理だ。もってせいぜい十数分程度。それに攻撃してみてわかったけどあのバリアを破るのは確かに不可能だ。となると『ルナシステム』を直接破壊して終わらせるのは絶望的……俺が取れる手段は必然的にたった一つだけ)


 ラグナは天空を舞う竜の頭蓋の上で悠然とこちらを見下ろすディルムンドを睨む。するとこちらのやろうとしていることがわかっているかのように偽神は嘲笑う。


「私を殺す以外に道はないと気づいたようだね」


「……ディルムンド様、俺はみんなを助けたい。たとえ――あなたを殺すことになろうともッ……!」


「フフ、いい眼だ。覚悟の光が宿っている。昨日までの何かに怯えていた少年の眼では無いな。どうやらゲイズとの戦いで一皮剥けたらしい。いいだろう、ここまで上がって来なさい。だが無駄なあがきだ。私は神となった、もはや私を見下ろせる存在などこの世にはいない」


 ディルムンドがそう言うと、再び割れた天井からドラゴンが15体ほど現れる。いったい何体の竜を飼いならしているのかと疑問に思ったが、すぐに考えるのをやめた。思考はシンプルに、目標を倒すことだけに集中する。足に力を込めて床が砕けるほどの勢いでラグナは跳び上がった。その途端、上空から次々に向かってくる竜たちを切り落とし、その死体を足場にして跳んで行く。


 竜の首を、翼を、胴体を、足を――目の前に現れるあらゆる部位を即座に切断、血しぶきの中をただ駆け上る。そして全ての竜を切り伏せた末、頂点で空を舞う巨竜に遭いまみえることが出来た。とうとう数十センチの距離まで迫った時。金色の瞳と目が合った瞬間、赤黒い竜は口を大きく開けて血のように赤い炎を咆哮と共に吐き出す。その直撃を受けたラグナは炎に呑まれると押し返されるように真っ逆さまに地面に転落していった。吐き出されたブレスはその後も続き地面を焼き黒い光を押しつぶしながら壁際に追いやる。燃え盛る炎の床を見下ろしながらディルムンドは髪を掻き上げてため息をついた。


「おいおい。まさかこれで終わりかいラグナ君。だとしたらがっかりだよ。この程度でやられるのなら私の右腕になる資格は――」


 ディルムンドが言い終わる前に煉獄の中で黒い闇のような光が立ち上がる。紅蓮の中で闇はさらに輝きを増していき、炎を覆いつくすほどのピークに達したその瞬間、黒い光によって床の炎が打ち消され地面が爆ぜた。それからおそらく一秒かかっていないだろう。今なお吐き続けている赤い炎のブレスを打ち消しながら黒い閃光が地面から放たれる。


 その後いつの間にか赤黒い竜の眼と鼻の先まで接近していたラグナは、跳び上がった勢いのまま目にも止まらぬ速度で黒い剣を横薙ぎに振り抜く。その一撃は赤黒い竜の鱗を容易に切り裂き頭部を真っ二つにした。しかし――本当に狙っていた相手は斬られる瞬間に意図してなのか偶然なのか、後ろに倒れるように転び斬撃を回避したのだ。


 斬撃の後、浮遊していた足場を失ったため竜の死骸と共に落下していく中、ラグナは重力に逆らうようにドラゴンの体を走りブレイディアの元までたどり着いた。巻き付いていた尻尾を切り落としその小さな体を抱きかかえると屍を蹴り地面に降り立つ。腕の中にいる女騎士の様子を窺うと、意識があるようだった。


「すみませんブレイディアさん。助け出すのに時間がかかりました。その……体の方は平気ですか?」


「な、なんとかね……肋骨が何本か折れてそうだけど。で、でも本当にありがとう。あのままだと確実に潰されてたよ」


「遅くなって本当にすみません。立てますか?」


「うん……平気だよ。それより……まだ決着はついてないみたいだね」


 地面に下ろしたブレイディアの見つめる先にはラグナが斬り殺した巨竜や他の竜の残骸があった。その中から何やら蠢くモノがあり、注視していると死体の中からディルムンドが現れた。空中で脱出出来ずに落下したようだが、いつの間にか空中で『紫月の月光』を纏っていたことに加え、どうやらドラゴンの肉がクッションとなり助かったようだ。頼みの綱のドラゴンがやられ、怒り心頭かと思いきやその表情は狂気に満ちた笑顔だった。


「ハハハ、アハハハハ! 素晴らしい、素晴らしいよラグナ君! 先ほど私が直接操っていたのはドラゴンの中でも最強と呼ばれるレッドタイラントという魔獣だったんだ! それをたったの一撃で屠るとは! やはり是非とも欲しい! 君が欲しいよラグナ君!」


「……何があろうと俺はあなたの物にはなりません」


「いいや、なってもらうさ。力づくでもね!!!」


 ディルムンドが叫ぶと天井を覆いつくすほどの竜の大群が現れる。しかしドラゴンの力の程を先ほどの戦いで理解していたラグナは冷静だった。


「無駄です。いくらドラゴンを呼ぼうと今の俺なら全て倒せます。それにドラゴンが上からここへ降りてくる間にあなたの首を飛ばすことくらい出来る。だからお願いします、降伏してください。できれば、憧れていたあなたを殺したくない」


「ふふ、ずいぶん余裕だねラグナ君。だが君の言っていることはまと外れだよ。なぜなら私がこれからやることは無駄ではないからだ。悪いがここからは本気を出させてもらおう――『ルナシステム』よ、私にさらなる力を! ――『カル・バーサク』!」


 ディルムンドが叫ぶとバリアで守られていた『ルナシステム』が紫色に光りだし、天空の『紫月』から巨大な紫色の光が偽神の肉体に降り注いだ。


 直後強大な『月光』を纏ったディルムンドが『月光術』を唱えると、その体を覆っていた紫色の光が天空にいたドラゴンたちに吸い込まれていった。するとすぐに異変が起こる。生き残っていた竜たちの鱗が紫色に光始めたのだ。その変化に合わせるように呼吸は荒々しくなり、所かまわず咆哮をあげ始めた。目も心なしか血走っているように見える。


「な、何をしたんですか……!」


「言っただろう? 本気を出すとね。今の『月光術』は操っている対象のリミッターを外して本来ならば出来ない動きをさせることが出来るんだ。まあ、代償としてこの術を受けたモノは数十分ほどで肉体が崩壊してしまうがね。世界救済のために用意していたドラゴンの大半をこれで失ってしまうことになるが、まあ安い対価だ。なにせ――代わりに史上最強の戦士を手に入れることが出来るのだから」


「くッ……!」


 背筋が寒くなるほど不気味な笑顔を見たラグナはディルムンドに向かって駆け出そうとした。そのまま一蹴りで距離を詰め、剣による突きを繰り出そうする。先ほどまでならばそのまま近づき胴体を串刺しにして終わりだったろう。だがその一撃は紫色に変色した鱗に止められる。どうやら凄まじい速度で落下してきたドラゴンがディルムンドの盾になったようだ。そしてそれを皮切りに次々とドラゴンたちが雨あられと次々降ってくる。


 ラグナは剣を振り竜たちを切ろうとしたが、全て俊敏にかわされ、かろうじて当たっても鱗は先ほどの比ではないほど硬く表面を切り裂くので精一杯だった。先ほどとは打って変わり防戦一方。それでも少年は懸命に戦った。怪物たちとの闘争は訓練場の壁や床を盛大に崩し周囲には瓦礫が散乱するほど広がりやがて結果が出る――。


「――ここまでだ。ラグナ君」


「う、ぐ……」


 百体近いドラゴンにのしかかられるようにしてラグナはうつぶせで倒れていた。持っていた漆黒の剣はすでにその手を離れている。そしてそれを数メートル先で見下ろすディルムンドの眼は新しい玩具を与えられた子供のように輝いていた。ブレイディアはその状況を見て歯を食いしばると体に『月光』呼び出した。そしてランスローからもらったスタングレネードを竜目がけて勢いよく投げようとした瞬間――。


「ラグナ君! これで今、助け――」


「邪魔だブレイディア」


「なッ!? がはッ!!!」


 ディルムンドが言った途端、空から高速で落下した一匹の竜の尻尾がブレイディアの胴体に直撃しその小さな体は遥か遠くに弾き飛ばされた。当然スタングレネードは不発に終わる。ラグナは壁に激突し倒れたその姿を見て青ざめたが、身に纏った緑の光の影響か女騎士はなんとか生きているようだ。しかしすぐに動けない所を見るとかなりの衝撃だったのだろう。


「ブレイディアさんッ……! ぐ、ぐぅぅぅぅぅぅッ!」


 弾き飛ばされたブレイディアを見たラグナは全身に力を入れドラゴンを払いのけようとするも、ビクともしない。そんな様子を見たディルムンドは笑顔を浮かべ諭すように言う。


「無駄だよ。いくら君と言えどリミッターを外したドラゴンが百体以上いるんだ。敵うはずがない。しかも今いるドラゴンたちは薬物の投与によって改良された実験体。君が今まで殺してきた個体よりも遥かに強い。なにせリミッターを外さずとも小国であれば三日以内に滅ぼせる力を持っているからね。さて――これで決着はついたわけだ。後は君を『月光術』で操るだけだが……その前にさっきからチョロチョロうるさい子ネズミを先にかたずけようか。私の術はなかなか神経を使う、死にかけとはいえ邪魔に入られる可能性もあるからね」


「なッ!? ぶ、ブレイディアさん逃げてくださいッ!!!」


 しかしブレイディアはうめき声をあげながら立ち上がろうとするものの、よろけて倒れ込んでしまう。どうやら立つこともままならないらしい。ディルムンドはそれを横目に腰に付けていた『月錬機』を手に取ると太刀へと変形させながら優雅に歩いて行く。距離が離れているとはいえこのままではすぐにたどり着いてしまうだろう。ラグナは歯を食いしばりながらその様子を憎々し気に睨む。


(くッ……受けたダメージが大きすぎるんだ……あの様子じゃすぐに動くのは無理だ。でも、先生の腕輪があるとはいえ出来ればこんな状態で『黒い月光術』は使いたくない。あの術は不確定要素が大きすぎる、アレは本当に最後の手段。もう……こうなったら黒い月光を最大出力で使うしかない。また昔みたいに意識を失って暴走するかもしれないけどそんなこと気にしてる場合じゃない。左手に意識を集中させろ)


 遠ざかっていくディルムンドの背中を見ながらラグナは意識を昂らせていった。『月光』は精神状態に大きく左右されるというランスローから教わった言葉を思い出していたのだ。だからこそ怒りのボルテージを上げるため最悪の未来を思い浮かべる。


(想像しろ……俺がここで何もしなかったらどうなる。ブレイディアさんはここで死ぬ。王侯貴族やアルフレッド様たち騎士は永遠に操り人形。ジュリアやリリもきっとまた洗脳される。先生も捕まればいったいどんな酷い目にあわされるかわかったものじゃない。そして抗う力を持たないこの国の善良な人々も……)


 血の海に染まったレギン国を想像したラグナの左手の『黒い月痕』は黒い輝きを放ち始める。


(……そんなことはさせないッ!!! そのためには、遮るものは全て壊すッ!!! 邪魔する者は全て殺すッ!!! たとえ理性が溶けてケダモノに成り下がろうと――ディルムンド様、俺は貴方を殺すッ!!!)


 少年の憤怒に応えるように左手の黒い痣が一層強く光り輝くと、その瞬間ドラゴンたちの周囲に巨大な闇の柱が出現した。



 死にぞこないの小さな騎士目がけて太刀を振り上げたディルムンドだが異変に気付きその手を止めると、後ろを振り向いた。その時――黒い闇の柱が巨大な炎のように形を変えたときである。少年の体を覆うように山のように積み重なっていたドラゴンたちが消し飛んだ。バラバラの肉片が壁や天井、床に突き刺さるのを見ながら心の中で独り言ちる。


(……なんだ……アレは…………)


 そして膨れ上がった黒い闇を纏った少年にディルムンドは無意識のうちに生き残っていたドラゴンたちを差し向ける。しかし狂暴化し強化された最強の竜の軍団は少年の手で紙屑のようにあっさりと引きちぎられる。


(……アレが…………本当に、人間……なのか……?)


 さらに残して置いた最後の切り札である、最初に出て来た個体よりもさらに大きいレッドタイラント五体をも天井から呼び出し、うち四体を迎撃に向かわせ残りの一体で上空へと避難するするが――。


(……アレが……本当に……人の……為せる……業……なのか……)


 ――命を圧縮されることで強化されミサイルにさえ容易に耐えられるようになった四体のレッドタイラントが少年の軽く振った手でひき肉になった瞬間悟る――。


(……死……ぬ……? ……こ、殺さ……れる……)


 肉片になったドラゴンと未来の自分がイメージで重なった時――。  

  

「ガァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!!!!!!!」


 ――少年の咆哮が大気を揺らした。


「ひッ…………」


 その叫びによって呆けていた状態から正気に戻ったディルムンドは、地上で涎を垂らしながら犬歯をむき出しにしてこちらを睨む怪物に残ったドラゴン全てを差し向けながらさらに飛翔する。しかしそれは単に足場を提供しているにすぎず、先ほどと同じように全てが殴殺されながら天に続く骸の階段を形作った。


「く、来るなッ! 来るな来るな来るな来るなぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!!」


 ディルムンドは叫びながらドラゴンを差し向け続けるも全て殺され、上空へ逃げ続けた。


(バカなッ……! バカなッ……! こんな、こんなことが起り得るのかッ……!? あの力、想定を遥かに超えているッ……! フルパワーの『ルナシステム』を用いて強化したドラゴンたちが、あんな……紙屑でもむしるように……くそ、くそ、くそッ!!! あり得ない、あってはいけないッ!!! こんなことッ……!!!! 私は神だぞッ!!! なぜ神が怯えて逃げ惑わねばならないんだッ!!!!!!)


 ついには訓練場の天井を遥かに超え雲さえ追い越し、竜は天まで舞い上がる。誰もいない天空で恐怖を紛らわせるようにディルムンドは叫んだ。


「私は神だッ!!! 神になったんだッ!!! 私はこの世界の頂点に立っ――あ……あ、あ……あ……」


 そしてそこでディルムンドは自身よりも上、天に浮かぶモノに気が付いた。


「……く……黒い……月……」


 黒い三日月を見上げた時、自身が言った言葉が走馬灯のように脳内を駆け巡った。


『私は神となった。もはや私を見下ろせる存在などこの世にはいない』


 神のような力を持ち人々を見下ろせる位置にまで来た男はここにきて自らを遥か高見から見下ろせる存在に出会ってしまった。


「……私を……見下ろす……もの……」


 さらに真上に気を取られたことで下から駆け上がってきた、自らを見下す黒き月の使者に気づくのが遅れた。同じ目線まで来たラグナが拳を振り上げる瞬間、ディルムンドは小さく呟きながら死を覚悟した。


「……こ……これが……神さえ超える……悪魔の……ちから……」


 だが突然少年の体から血が噴き出し、黒い月光は急速にしぼんでいった。それによって振り上げたラグナの拳はディルムンドの頬をかすめただけで空を切り、その体は下界に落下していった。その様子を見ながら血のにじんだ頬を押さえ突然の出来事によって回らない頭を動かし考える。


(助かった……のか……だが、いったい何が起きた……いや、そうか……あの噴き出した血……アレはおそらく強大過ぎる黒い月光の力に肉体が耐え切れなかったのだ……ゲイズやアルフレッドとの戦いですでに彼の体はそうとう傷ついていた。加えてドラゴンとの連戦。『月光』は、纏えば『月詠』に絶大な力を与えるが肉体にかかる負担もまた凄まじい。負傷した状態で使い続ければ使用者の傷を悪化させることもある。通常の『月光』でさえそうなのだ、ならば負傷した状態で黒い月光の力を使い続ければどうなるかなど…………言うまでもない……だが……もし……)


 ディルムンドは顔を手で覆いながらあり得たかもしれない未来を思い描く。


(……もし……彼がゲイズやアルフレッドと戦い負傷していなければ……今頃私は……)


 最悪の未来を想像した後、震える手を顔からはがして悔し気に言う。


「……さしづめ、試合に勝って勝負に負けた、というところか……本当にたいしたものだよ、君は……」


 そういうとディルムンドはドラゴンドラゴンと共に下界に降りて行った。



 訓練場の床にめり込むように倒れていたラグナは意識を取り戻す。肉体には弱弱しくも黒い月光がまだ残っていた。


(……ん……ここは……俺は確か……って……い、痛ッ!!??)


 体が引き裂かれるような激痛に顔を歪めたラグナは血に濡れた手足を動かし立ち上がろうとしたが、思うように動かない。


(な、何が起きたんだ……俺は……黒い月光の力を最大限に引き出そうとして…………そうか、昔みたいにまた暴走してしまったんだ……)


 断片的かつおぼろげに覚えている記憶をつなぎ合わせたラグナは答えにたどり着く。そして天から降りて来たドラゴンを見て同時に理解する。


(……くそ……それでも、勝てなかったのか……)


 ラグナから二十メートルほど離れた場所に降り立ったドラゴンの上に乗っていたディルムンドは倒れたラグナを見ながらため息をつく。


「やれやれ……もうさっきの出血が止まってるじゃないか。しかもあれだけの高さから落下したにもかかわらずたいした怪我も無い。まったく、呆れた男だな君は。脱帽だよ。だが、それでも――今回の戦い、私の勝ちだラグナ君」


「くッ……」


「……しかし冷や汗をかいたのは久しぶりだった。それに用意していたドラゴンもこの一体を除いて全滅。まったく笑えないよ。だが良しとしよう。神すら殺し得る悪魔を手に入れることが出来るのだから」


 ディルムンドが指を鳴らすと壊れた天窓から小さく全体的に細長い竜のような生物が大量に降ってきた、そしてラグナの体の上に覆いかぶさる。


「こ、これはッ……!?」


「ワイバーンだよ。ドラゴンに比べれば大した戦力にはならないが、弱った君を押さえつけるにはちょうどいいだろう。ブレイディアはやはり後回しだ、君を先に手に入れる。君を放置することがどれほど危険か先ほど嫌というほど理解させられたからね」


ドラゴンから飛び降りたディルムンドはこちらに向かって歩き始める。いよいよ追い詰められたラグナはこの事態を打破するためにひたすら思考を巡らせた。


(……く、駄目だ、体がまるで動かない……! 黒い月光もかなり弱くなってる……! ブレイディアさんを助けることは出来たみたいだけど……マズイ……どうすればいい……このままじゃ、ディルムンド様に操られて終わる……だけど力づくで脱出は無理だ……他の方法…………もう、これしかない……最後の手段……)


 考えていると左手の『月痕』と手首の月文字が光り、熱を帯びるのを感じた。それはかつて感じた忌まわしい衝動。ラグナを苦しめ続けた最もおぞましい『月光術』の兆候だった。


(『黒月の月光術』……これを使えば……だけどこれは全てを消してしまう力。下手をすればここにいるブレイディアさんやアルフレッド様、建物内のジュリアたちまで巻き添えに…………いや、怯えるな。俺は過去と向き合うと決めたんだ。ここで臆したら決意が無駄になる。今打てる手はこれしかない。やるしかないんだ。それに黒い月光の力が弱ってるってことは術の力もかなり抑えられるはず。大丈夫、しかも俺には先生がくれた腕輪だってある。これがあれば術の効力を抑え――)


 言っていて気づいた――左手にはめていた腕輪がいつの間にかなくなっている。


(――腕輪が無いッ!? そんな、さっきまでは確かに……あ……あった……)


 腕輪自体はすぐに見つかった。わりと近くに落ちていた黒い剣より若干手前の位置で崩れた建物の一部に埋もれていたのだ。


(さっきの暴走した時の戦いで腕から取れたのか……!? く……届かない……!)


 ギリギリ届きそうで届かない距離にあった腕輪に何度も手を伸ばす。しかしどうやっても届かない。そうこうしているうちにディルムンドがこちらに歩いてきた。


「最後まで戦おうとする姿勢は立派だが、いい加減諦めた方がいい。君が仮にその黒い剣を手にしたところで先ほどと同じで何も変わらないよ」


(黒い剣? ……そうか、ディルムンド様の位置からでは瓦礫で腕輪が見えないのか。でもこれ以上近づかれたら俺が何を手に取ろうとしているのか確実にバレる。そうなれば腕輪を取られて完全に終わりだ。その前になんとか、頼む! 届いてくれッ!)


 神に祈るように手を伸ばし続けるがやはり届かない。その間にも時間は過ぎ、とうとうディルムンドがすぐ近くにやってきた。そして恐れていた事態が起こる。


「……ん? その瓦礫の下にあるのは――」


 ディルムンドの言葉を聞いたラグナに緊張が走る。ここまでか、と悔しさに唇を思わず噛んでしまう。だが、その時だった。機械的な声が訓練場に響き渡る。音声の発信源はそびえ立つ巨大な黒い球体にして全ての元凶。


『マスター権限によりルナシステムの初期化を開始します』


 その音声を聞いた瞬間、余裕に満ちていたディルムンドの顔は驚愕に彩られる。


(……なんだ……初期化? どういうことだ? ……一体何が……)


 何が起こっているのかわからないラグナとは対照的に、何かを察した様子のディルムンドは踵を返すと『ルナシステム』に向かって怒鳴り始める。


「貴様! どういうつもりだ! なぜ、今初期化などする必要があるッ! そんなことをすれば私の支配下にある者たちが全て解放されてしまうだろう! 私の計画を台無しにするつもりか! この体制を作るためにどれほど苦労したかわかっているだろうッ! 答えろ! 何の意味があってこんなことを――まさか……き、貴様! こ、この期に及んで私を裏切るつもりか!? 貴様が持ちかけた計画だろうに! おい! 聞いているのか! 見えているのだろう! 私の質問に答え――」


『ルナシステムの初期化完了まで残り五分』


「ふ――ふざけるなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!」


 ディルムンドの獣染みた叫びを聞きながらラグナはあることに気が付く。


(……少しだけど、ワイバーンの力が弱まってる気がする。もしかして初期化ってやつの影響なんだろうか。もしかしたら、今なら……)


 全力で、願うように手を伸ばす――すると腕輪に中指がなんとか届いた。その直後、激昂しながらも冷静さを若干取り戻したディルムンドの声を聞く。


「……いいだろう。直接話を聞きに行こうじゃないか。だがその前に――やらねばならないことがあるな。システムが初期化されるのならばもう操り人形は作れない。ならば、操れない強大な力は私にとって障害にしかなりえない」


 振り返りラグナを見下ろすディルムンドの眼には明確な殺意が宿っていた。駒にできないのならばこの場で殺す、そういうことだろう。


(マズイ……俺が殺されればおそらく次はブレイディアさんやアルフレッド様が狙われる。もう躊躇なんてしてる時間は無い。やるんだ。自分を、腕輪を、先生を信じるんだ。必ず成功する、必ずッ!)


 己を鼓舞したラグナは腕輪を左手にはめる。そして、かつて全てを消し去ったその忌まわしい術を唱えるべく口を開いた。


「今度こそ、頼む――〈ゼル・エンド〉」


 唱えた瞬間、体に纏わりついていた黒い光が膨張し――やがて訓練場を漆黒の闇が覆いつくす。その間にラグナの意識は徐々に遠のいていったのだった。




「……ん……アレ……俺は…………そうだ、ブレイディアさんたちはッ――」


 意識を取り戻したラグナは周囲の状況を確認しようとした。うまくいったのかはわからないが、生き残っていた最後のドラゴンとのしかかっていたワイバーンは全て跡形も無く消滅している。しかし立ち上がろうとしても足に力が入らない。『黒い月光』を失った影響か、無理をし続けた代償かはわからないが首を除いて体全体に力が入らなかった。仕方なく首だけ動かしてみると、まず視界に映ったのは『月光』を纏い紫色の剣を持ったまま呆然と立ち尽くすディルムンドの姿。虚ろな目で何かをブツブツ呟いている。


「……消えた……最後のドラゴンも……ワイバーンまで消えた……『ルナシステム』も初期化……なぜだ……なぜ……あと……あと少しだった……もう少しで世界を……」


(……至近距離にいたディルムンド様が無事……そうか……たぶん……俺が無意識にこの人を――いや人間そのものをあの術で消すことに抵抗があったせいだろう。おそらくそれが影響したんだ。でも、だとしたら、俺の意識が少しでも作用したんだとしたら術はきっとうまくいったはず。それなら――)


 廃人のようにうわ言を繰り返すディルムンドの後ろでさらに何かが動き立ち上がった。それを見つけた瞬間ラグナは歓喜に震え叫ぶ。


「ブレイディアさん……!」


 折れた緑色の大剣を右手で杖にように使い、左手で腹を押さえたブレイディアは、ラグナの叫び声を聞くと笑顔を浮かべた。


「ラグナ君のおかげで……邪魔くさいワイバーンは一掃されたよ。団長も無事」


 ブレイディアの言葉を聞いて術が成功したことを確信しホッと胸を撫で下ろした。建物自体も無事なようで、消滅してしまったと思われるドラゴンの肉片やワイバーン、散乱していたガラスと瓦礫を除いて全て存在している。さらに左手首に違和感を覚えそこを見ると、つけていた白い腕輪にヒビが入り粉々に砕け散った。それはラグナにある予測を立てさせる。おそらくランスローの発明が『黒い月光』を吸収し、惨事を未然に防いでくれたのだろうと。


「……ありがとうございました先生――でも、うまくいって本当によかった」


「うん。でも完全に終わったわけじゃない――アイツが残ってるからね」


 ブレイディアの視線の先には壊れかけたディルムンドがいた。


「ブレイディアさん、俺も一緒に……ぐッ……」


 最後の戦いに加勢しようとしたが、やはり体が思う通りに動かない。そんな様子を見たブレイディアは表情を崩した後、首を横に振った。


「ラグナ君は休んでて。今回の戦いで一番活躍したんだから。後は私にまかせてほしい」


「でもブレイディアさんだって重症のはずじゃ……」


「……私にも騎士としての意地があるんだ。それに身内の失態は身内で解決しないとね」


「……わかりました」


 ラグナが頷くと、ブレイディアはディルムンドの元に近づいて行った。そしてその体に勢いよく蹴りを叩き込む。その結果呆けていた体は前のめりに倒れ込む。それによってようやく正気になったのか、立ち上がると蹴りを入れた元凶を睨み付けた。


「ぶ、ブレイディアァァァァッ……!」


「少しは目が覚めた? まだ戦いは終わってないでしょう。アンタが始めたこのくだらない戦いの勝敗をつけようよ。一対一でね」


「くだらない……だとぉぉぉッ!」


 激昂したディルムンドは八つ当たりでもするかのようにブレイディアに斬りかかって行った。しかし冷めた顔をした女騎士は『月光』を纏うと折れた大剣でそれをなんなく受け止める。その表情が気に入らなかったのか神になりそこなった男は叫んだ。


「なんだその眼はァッ! 何がいけないッ! 私は世界を救済しようとしただけだッ!」


「借り物の力で歪んだ正義を押しつけることを救済とは呼ばないよ。アンタのやろうとしたことはただの悪事。それだけ」


「違う、違う、違うッ! 私は世界を変えようとしたんだ! 生まれと育ちだけで無能なバカ共が支配者となり、私のような優れた者が被支配者となるこの矛盾した世界を! そして私が全ての愚民の上に君臨し世界を導こうと言っているのだ!」


「本音が出たね。民衆の為とか言っておいて結局は自分が上に立ちたいだけ。そんな自分のためにしか動けない底の浅い男が、救世主になんてなれるはずがないんだよッ!」


 叫ぶと同時にブレイディアはディルムンドの太刀を大剣で巻き上げるように上空へと弾き飛ばす。と同時にそのまま死刑宣告に等しい言葉を口にした。


「『イル・ウィンド』」


 折れた大剣に風の渦が生じた瞬間、ディルムンドは恐怖に顔を歪めた。だがブレイディアは容赦なく小さな竜巻を敵の腹目がけてぶつける。


「ごぶァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!?」


 嘔吐と悲鳴が混ざったような叫び声の末にディルムンドは真上の、数百メートル近い天井付近まで飛ばされる。だがこれで終わりではなかった。落下してくるタイミングを見計らない、ブレイディアは大剣を後ろに引いて待つ。そしてついにその時が来た。


「ま、待てぇぇぇッ! や、やめ――」


「ぶっ飛んで反省しなさい。こんの――腐れ外道がァァァッ!!!!!」


「げぶごはァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!??」


 風を纏った大剣のフルスイングは頭から落下してきたディルムンドの顔面にヒットし、その肉体を吹き飛ばす。色々な意味で堕ちた騎士の体は、地面を何度も転がり訓練場の壁さえ突き破った後ようやく動きを止めたのだった。ブレイディアはかつて三騎士と呼ばれ最強の騎士の称号を持っていたその男の醜態を見てため息をつく。


「『ルナシステム』に頼り過ぎてたみたいだね。腕が鈍り過ぎだよ。ちょっと前までならこんな死にかけの私に白兵戦で負けるはずなかったろうに。ま、自業自得だね」


 そう吐き捨てたブレイディアは、ラグナの横にやってくると同時にバッタリと仰向けに倒れる。しかし目が開いているところを見ると気絶したわけではないようだ。


「つ、疲れたねー……さすがに……」


「は……はい。でも、なんとか――勝てました」


「そうだね。なんとか――勝ったね」


 倒れながらも目を合わせて笑い合った後、凄まじい眠気に襲われながらも二人は呟く。


「お……疲れー……」


「お疲れ……さまでした……これで……みんなは……」


 勝利の余韻に浸りながらラグナ達は眠りについた。


 この戦いによってレギン国を支配してた悪意の糸は切れた、かのように思われた。

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