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一章 プロローグ 黒き月の悪魔と白銀の英雄

 惑星ムーンレイの夜空の闇に浮かぶ六つの満月が怪しく輝いていた。通常の月とは別に存在するそれらは地上から見ても大きく、まるで近くにあるように見える。高い山にでも登れば届くのではないかと錯覚するほどだ。幼少期に実際にやってみたこともあったが当然の如く届かない。若気の至りだが、今でも時々空に向かって手を伸ばすことがある。六十を超え、髪と同じ茶色い顎ヒゲが立派に育つほど年を経たにもかかわらず、届かないと常識でわかっていてもあの美しい月たちを手に入れたいという欲求は収まらない。


「ガウェイ将軍、全軍準備整いました」


 簡素な鎧を着た年若い騎士が六つの月――『セカンドムーン』に手を伸ばしていたガウェイのそばに駆け寄り早口で伝令を告げた。


「……わかった。では行こう」

 

 手を下ろしたガウェイは着ていた赤い鎧と同じ色の兜を被ると馬に乗り、後方で待機していた十万を超える騎士たちの前に躍り出る。


「諸君! 今宵我々は悪魔を討つ! これは我々にしかできぬこと! 奴の凶行を止められるのはあの月に選ばれし我らのみ!」

 

 ガウェイは声を張り上げ戦士たちを鼓舞するように叫んだ。と同時に腰に下げた剣を天に向かって突きあげる。その気迫に呼応するように騎士たちも剣を同様に掲げ咆哮した。

 

 気合は十分、準備は万端、にもかかわらずガウェイの心は酷く揺れていた。おそらく他の騎士たちも同じなのだろう。だからこそ叫び声をあげて誤魔化すしかなかったのだ。皆が抱くその感情を認めてしまえばもうこの場に立つことは誰一人としてできないとわかっていたのだ。


「ほ、報告します! 前方に、や、奴が、奴が現れました!」

 

 斥候に出していた騎士が半べそで戻って来た途端、場に緊張が張りつめる。必死に忘れようとしていた感情が蘇ってくる。それは恐怖という最も耐え難いものだ。いくつもの戦いを経験し将軍という地位についたガウェイは並大抵のことでは動じない貫禄を身に着けていたが今回ばかりは勝手が違った。

 

 小高い丘の上に陣を築いていたガウェイたちの前方にある広い荒野、そこにポツリと一つの人影が現れたのだ。まだ距離こそ遠いがそれの正体はわかっていた、黒い鎧で全身を覆い隠したその人物こそが今回倒すべき敵なのだから。黒い兜の隙間から見える赤く発光する瞳がこちらを見た瞬間、体が無意識にこわばってしまうのがわかった。


「……クロウツ……」


 ガウェイが名前を呼んだ途端、それに反応するかの如くクロウツは気だるそうに左手を天に向けて上げた。その瞬間、巨大な黒い雷が天から落下する。


 雷はクロウツに向かって落ち、その周囲は爆発でもあったかのように吹き飛んだ。同時に土煙が盛大に巻き上がり、落雷のあった周辺を覆い隠す。


 やがて煙の中から現れたクロウツは黒く禍々しい光をその身に纏っていた。しかしそれだけではない、異変は空にも起こっていたのだ。


 世界を取り囲むようにして浮かぶ六つの満月に新たな月が混じっていた。先ほどまで影も形もなかったそれは最初からそこにあったかのよう月たちのに中央に堂々と浮かぶ。それは――黒い満月。


「……黒い……月……」


 ガウェイがらしくもなく上擦った声を出し、騎士たちも小さく悲鳴をあげる。夜の闇でさえ生ぬるいドス黒さを持ったその月は悪魔を倒すべく集まった勇者たちをあざ笑うように姿を現した。それはたった一人で幾多の国を侵略するという無謀を成功させた力の根源。


「呪われた黒い月だ……」


「なんで……さっきまでなにもなかったのに……」


「これが……他国を滅ぼした悪魔の力……」

 

 騎士たちが怯え、独り言を口走るのも無理はない。冷や汗が頬をつたいヒゲに落ち、騒いでいた騎士たちもやがて黙りこくり体を震えで揺らし始める。このままではマズイ、そう思ったガウェイは大きく口を開いた。


「しっかりしろ! 我らが負ければもう後がないのだ! そうなればお前たちの愛する者は奴に殺される! 今戦わずしていつ戦うと言うのだ! 援軍ももうすぐ来る、気持ちを奮い立たせて戦うのだ!」


 ガウェイの言葉を聞き、震えを押し殺した騎士たちは歯を食いしばり憎しみの眼差しをクロウツに向けた。            


「全軍突撃! 奴を討ち取り、友を、家族を、この国を守れぇぇぇ!」

 

 ガウェイは剣を持った右腕を月に掲げ、赤い光がその身に瞬時に宿る。それに続くようにそれぞれの騎士が赤、青、緑、黄、紫、銀色の光をその肉体に纏った。


「行くぞぉぉぉぉぉぉッ!!!!!」

 

 ガウェイの号令が大気を震わせ、馬に乗った騎士たちが砂塵を巻き上げ突進を開始する、向かう先は全ての元凶。クロウツもそれに合わせて背負っていた黒い大剣を引き抜き、抜刀から数分と経たずに両者は激突した。


 一時間後、万を超える軍勢とたった一人の戦争は幕を閉じる。




「……化け……物……め……」

 

 血に染まった体で倒れ伏したガウェイは部下達の骸の中で悠然と立っているクロウツを睨み付けた。だが憎しみを向けられた当の本人は興味などないと言わんばかりにそれを無視すると血まみれの大剣を背負い直し丘の方に歩き出す。

 

 相手にすらされなかったガウェイは目に涙をにじませて先ほどの戦いを思い返す。虫でも殺すように呆気なく部下を殺され、将軍ともてはやされる自分自身ですら赤子の手を捻るようにやられた戦と言う名の虐殺。悔しさと情けなさに突き動かされるようにズタズタの体に鞭を打って立ち上がる、全てはクロウツに一撃を入れる、ただそれだけのために。


「ク……ロウ……ツゥゥゥ……!」


 赤い光を纏ったガウェイは背を向ける黒い鎧の悪魔に突進すると剣を振り下ろす。

 

 金属がぶつかるカン高い音と共にガウェイは表情を曇らせた。その刃は振り向いたクロウツの左手の手甲に受け止められる、結果として無惨に殺された部下や散って行った他国の戦友たちのために全てを振り絞った攻撃は呆気なく防がれてしまった。だがまったくの無駄ではない、その一撃により手の鎧に亀裂が走り一部が砕け散ったのだ。


 思いがけぬ幸運を神に感謝しながらガウェイはつばぜり合いのまま剣を押し込めようとしたが、クロウツが左手を薙ぎ払うように振ると後方に吹き飛ばされ地面を転がる。もはや立ち上がるような気力はなかった。黒い悪魔が自身のもとに歩みよりその左手で首を掴み持ち上げ始める。絞め殺す気らしい。どうやら怒らせるくらいのことはできたようだ。


 多少の気は晴れたが、クロウツを討つことは出来なかった。遠のく意識の中で残してきた家族や友人たちに詫びながら死を覚悟したその時。銀色の光弾がクロウツの胴体に炸裂し、その体を弾き飛ばした。着弾の際の衝撃でガウェイは落下し地面に倒れるも、光弾を撃ったらしい銀色の鎧を全身に着込んだ人物が後方から馬に乗って駆け寄ってきた。


「……ヴァル……ファレス……そうか……援軍が……」


 先行してやってきたらしい顔を覆い隠すような銀色の兜と鎧を身に着けた騎士ヴァルファレスは馬から降りるとガウェイの体を抱き起そうとしたが、それを拒否するように老騎士は手を振り払う。


「ワシはもう……助からん……それより……奴を……奴を倒してくれ……頼む……」


 ガウェイの懇願にヴァルファレスは重々しく頷くと腰に下げていた銀色の剣を引き抜き、その体に銀色の光を纏った。後方に飛ばされたクロウツも左手を上にあげてさらに強力な黒い光をその身に帯びた。その瞬間ひび割れていた手甲は完全に砕け散り、黒い獅子の痣が刻まれた手の甲を完全に露出させる。その後白銀の騎士の方を向くと背負っていた大剣をあらためて構え直した。


 黒い騎士と銀色の騎士が間合いを詰めていく中、ガウェイは血まみれの手を空に伸ばした。そして世界を取り囲むようにして浮かぶ赤、青、緑、黄、紫、銀の六つの月の中央に君臨する黒い月を握りつぶすようにして拳をつくる。


「やはり……届かないか……」


 ガウェイは苦笑すると、ヴァルファレスに目を向ける。


「だが……お前なら……届く……はずだ……英雄の……お前なら……」


 銀色の光と黒い光が激しく激突する光景を最後にガウェイはその生涯を終えた。


 以後この戦いは後世まで語り継がれることになる。しかしクロウツ亡きあと黒い月が現れることは無くなりいつしか世界を脅かした悪魔と黒い月、黒い月光の存在は疑問視されるようになっていった。千年後、やがて歴史から完全に抹消されると、その名は英雄ヴァルファレスの活躍を脚色させるために作られた架空のものであると人々から見なされるようになる。


 世代を超えて愛されるおとぎ話――『銀月のヴァルファレス』における設定として、である。時が流れ文明や科学技術が発達していくなか、人々は六つの月の力だけを信じ災厄の力は物語の中に封じられていった。


 千年後、とある少年が現れるまでは。

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