上陸、ナナクシャール島
深夜というほどでもないが、夜番と飲み屋の酔客以外はそろそろ眠りにつく頃。島に降り立った六人は、宿屋を探そうと明かりの集まる方へと移動しようとしていた。
「そこの新入り、何処へ行く」
港近くにある建物から出てきた男に呼び止められ、コウメイは灯りの方を指さして尋ねた。
「どこって、町はあちらですよね?」
「宿を取りたいので、町に行くところです」
船着場から石造りの岸壁にあがると、盛り土をした場所に平屋の建物が一軒、その向こうには家々の集まりのような明かりが見えている。
「新入りはまず入島手続きを済ませねぇと町には入れねぇ決まりだ」
コズエたちに近づいてきたのはスキンヘッドの筋肉だった。ヒロと同じくらいの背丈だが、身体つきは二回り以上も大きい。
「その入島手続きというのは何処でするんですか?」
「そこのギルド出張所でだが、今日はもう時間外だ。明日の三の鐘まで待つんだな」
「待つって、ここで?」
すぐそこに町の灯りが見えていて、少し歩けば屋根とベッドで眠れるのに、丸一日の船旅で身体に揺れが残っている状態での野宿は辛い。
「手続きってのは今すぐやってもらえないんですか?」
「ウチは残業はしねぇ主義なんだよ」
スキンヘッドは小ぢんまりとした平屋の扉の鍵を開け、ランプに火を移してサツキに渡した。
「出張所のロビーを使え。野宿よりはマシだろうぜ」
「入島手続きってそんなに重要なものなのか?」
「どこの町でも最初に門をくぐる時は手続きが必要だろうが。島は門がねぇから港で手続きすんだよ」
コズエたちの疑問に一つ一つ答えを返していたスキンヘッドは次第に面倒くさくなったようだ。
「この島はちっと特殊なんだ。禁止事項も多いがそれは島での生存に必要な知識だ。それらの説明が終わるまでてめぇらはまだ島に正式に入れねぇ、今晩はそこでおとなしくしてろ」
首根っこをつかまれ、文字通り放り投げられるようにして入れられた平屋のギルド出張所建物は、既に灯りが消され無人だった。
「建物から向こうへ、南へは入るなよ。命の保障はねぇぞ」
これから町の夜回りだというスキンヘッドは、何度も念押しして立ち去った。
「俺たちは相当弱々しく見えるんだな」
「あのムキムキに比べたらそりゃ貧弱だろうぜ」
「なんだか面倒くさそうな所ですね」
「地図にも載せない秘密の島だっていうし、こんなものじゃねーの?」
正式な入島手続きを済ませるまでは、港と出張所以外への立ち入りは禁止。手続きは三の鐘と七の鐘の日に二回、その際に島での注意事項、禁止事項の説明があり、誓約書にサインをしないと島での活動は許されない、だそうだ。
「まあ今晩はゆっくりしようぜ。台所があるなら借りてぇんだが」
「勝手にドア開けるのはまずいんじゃないですか?」
「一応ギルドだし、機密には鍵かかってると思うけど?」
「家捜しなんてしたら心証悪くなるだけですよ」
「屋根のあるところで寝られるだけでもありがたいと思わないと」
虹魔石を百個集めるまでは島に留まらなくてはいけないのだ、些細な事で敵を作るのは良くない。台所を借りる事を諦めたコウメイは、玄関先で火を起こし野営飯を作ることにした。
「サーモンと芋の蒸し焼きにするぜ」
手早く芋の皮をむき、均等な厚さに切りそろえて油をひいた丸鍋の底に敷く。サハギン肉を少し大きめに切り分け、芋の上に並べて乾燥野菜を手で崩しながら入れる。味付けはシンプルに塩コショウだけだ。油が跳ねはじめたら水を入れて蓋をする。
「静かな島ですね」
火が爆ぜる音と、丸鍋の蓋が蒸気でカタカタと震える音だけがやけに大きく聞こえた。
「外灯が設置されてるなんて、都会っぽいなぁ」
「王都にも外灯なんてほとんどなかったですよね」
船着場に一つ、平屋建物の後ろに二つ、そして土が踏み固められた道沿いに等間隔の灯りが並んでいる。
「……あれは、多分魔道具だと思う」
アキラは外灯の背後に広がる森に警戒の視線を向けていた。
「魔道具?」
「森から聞こえてきて当然の音が、不自然なほどに何も聞こえてこない」
そう言われてみれば、風に揺らされる木々の音、動物達の気配、それらが何一つ聞こえてこない。波が揺れ、桟橋に打ちつけられているのにその音すら聞こえない。聞こえるのは鍋の音と火のはぜる音、そして自分たちの声だけだ。
「気味悪りぃな」
「洞窟の時の結界みたいなヤツなのかな」
「あの外灯が結界の魔道具だとしたら、この規模で設置されてるこの島は相当ヤバそうだ。特殊な魔物がいるのかもな」
だからスキンヘッドはしつこいくらいに移動するなと念押ししていたのだろう。
虹魔石というものがどんな魔物から得られるのか分からないが、そう簡単に集められる物ではなさそうだ。コウメイたちは一晩おとなしくすごす事に決め、食事を終えるとロビーに戻ってマントで寝袋を作った。
「おやすみなさい」
「おやすみ」
ちょうどランプの油が切れ、暗闇が戻ってきた。
+++
ギルドロビーで雑魚寝していた六人は、窓から差し込む朝日で目が覚めた。鐘の音は聞こえないが、もうすぐ二の鐘が鳴る頃だろうか。
船長を見送りに来たシュウは、巾着袋を投げ渡された。中には小銀貨が七十枚ほど入っていた。
「依頼料だ」
「いいのか?」
サハギン調達の依頼はシェラストラルのギルド経由で出された依頼だ。報酬もギルドで受け取るべきで、依頼主から直接支払いというのはギルドとの関係からマズイのではないかとシュウは心配になった。
「心配するな。俺が依頼完了の証明を出しても、お前らは報酬を受け取りに行けねぇんだろ?」
「ありがたい、助かるよ」
「倉庫の在庫がなくなったら呼びに来るから、そん時はサハギン漁を頼むぜ」
「島にいる間なら手伝えると思うから声かけてくれよ」
大量のサハギンを積んだ帆船は、港町エンダンに向けて出港した。
「起きろよ。アキのフードプロセッサーがいるんだ」
相変わらず寝汚いアキラを叩き起こしたコウメイは、昨夜のうちに捌いて冷却していたサハギン肉を取り出し、アキラに魔法フードプロセッサーで細かくさせた。水で戻した乾燥野菜のみじん切りと共に練って丸め、ブブスル海草でとった出汁の中に入れて弱火で煮込む。
「肉団子みたいですね」
「サハギン肉の団子スープだ、味見してくれるか?」
ほんの少しだけスープをよそった椀を差し出されたサツキは、ふわりと香る潮に頬がゆるんだ。
「ブブスル草とサハギンのいいお出汁がでてます」
「俺は物足りねぇんだけどな」
薄味だがこれ以上塩を足すとせっかくの風味が台無しになる。
「少しだけ魚醤を足してみるか」
小さじ一杯の魚醤をスープに足し馴染ませてから再び味見をした二人は、これでよしと頷きあった。あとは主食の炭水化物だが、煮芋をつぶして味付けしたマッシュポテトもどきで済ませる事にした。本格的な食事は台所つきの住処を見つけてからだ。
「もう食べられますか?」
サツキが呼ぶよりも前にコズエたちは自分の木製椀とスプーンを持って待ち構えていた。荷物を片付け、雑魚寝していたロビーを簡単に掃除している間に漂ってきた香りに我慢できなくなっていたらしい。
「「「「「「いただきまーす」」」」」」
ぐるりと鍋を囲んで座った六人は、サハギン団子スープに舌鼓を打った。
「すり身団子みたいなプリプリかと思ったけど、ミートボールに近い食感ですね」
「でも味は魚だよな」
「和風のスープは久しぶりだ」
「美味そやなぁ」
「美味しいんですよ」
「ほんならワシもお相伴にあずからんとな」
「え?」
鍋を中心に輪になって座っている六人の間に、何故か七人目が自然に紛れ込んでいた。アキラとシュウの間に平然と腰を降ろしている七人目の男は、糸目で常に笑っているような顔立ち、無造作に伸ばしっぱなしの黒髪はサラサラと艶があり、耳につけたアクセサリーが髪間からキラリと光るのが見えた。中肉中背で色が白いので若く見えるが三十代前後といったところか。
「……どちら様ですか?」
「魔法使いギルド・ナナクシャール出張所のアレックスや、よろしゅう?」
謎の関西弁でニコニコと笑むその顔が妙に胡散臭かった。
「ギルド職員さんですか?」
「俺たちの入島手続きする人?」
「せやで。まあ三の鐘まで時間あるし、ワシ朝飯まだやねん」
朝食を食べ終わるまでギルドの営業は開始しない。露骨な催促である。
「あいにく器がないんですが」
「そっちの別嬪さん食い終わっとんやん、その椀借りてええ?」
アキラが返事をする前に素早く椀を奪い取った関西弁は「水球洗浄」と短く唱えた。
「あ、魔法」
「ちゃうで、これは魔術や」
目の前に現れた水の塊に椀を投げ入れ、くるくると指先を動かしてかき混ぜると、まるで洗濯機か食器洗浄機のように椀が洗われた。洗い終わった椀をコウメイに向けて差し出し、水球はぽいっと海に向けて投げ捨てた。
「ワシ腹ペコやねん、たっぷり頼むわ」
「いや、俺らの朝飯だし、そんなに量はねぇよ」
「その団子、サハギン肉やろ? 五つくらい欲しいねんけど」
「おい」
「おおこの芋も美味いやんか、噛み応えあらへんけどええ味付けや」
「こらっ、俺の皿から勝手に食うな」
「これから長い付き合いになるんやで、少しは仲良うしたいやん?」
「話聞けよ」
コウメイと関西弁の押し問答を見ていたサツキが、差し出された椀にサハギン団子スープを注ぎ入れた。
「おおきに」
スープを注いだ途端に関西弁はしゃべるのを止めて食事に夢中になった。スープを飲んで細い目を輝かせ、団子を食って微笑んだ口角はしまりなく緩んだ。ずずずと音を立ててスープを飲み干すと、サツキに向かって空の椀を突出しお代わりをねだる。
「金華亭の営業は昼からやねん、早番の日は辛ろうてかなわんのやけど、今朝は運が良かったわ」
「ヒロさん、お代わりしますか? シュウさんもお団子もっと食べますよね?」
サツキがこのままだと糸目に食べ尽くされそうだと暗に匂わすと、空の椀がいくつも突き出された。何とか希望者に二杯目を提供できたが、流石に三杯目は無理だった。
「この島住んどったら魚のスープはしょっちゅう喰うんやけど、これははじめての味や。美味かったで、ええ料理人やな」
他人の話を聞かない怪しげな男だが、サハギン団子スープを褒められてコウメイはわずかに警戒を緩めた。
よっこらしょ、とかけ声つきで立ち上がった関西弁は満足げな様子だ。
「ほな、ええもん食わせてもろたし、ちょっとサービスせなあかんな。そこの片付け終わったら顔出してくれへんか、時間前やけど入島手続きやったるわ」
そう言ってギルドの建物へ向うアレックスの足取りは、スキップしているかのように軽く弾んでいた。平屋の扉が閉まったのを確認したコウメイは、自分が無意識のうちに緊張していた事に気づいた。
「コウメイが緊張するなんて珍しーじゃねぇか」
「あいつ、気配全くなかったんだぞ?」
アキラやシュウのような物音や気配に敏感な二人が、アレックスが声を出すまで全く気づかなかったのだ。
「……完全に気配を殺していたな」
「ヘラヘラしてましたけど、隙が全くありませんでした」
「ありゃ凄腕だぜ。暗殺とか忍者とか、そういう方面でもの凄い熟練だ」
「しかも魔術が使えましたよ」
水を出して椀を簡単に洗ってしまった。魔力を水に変換して便利に使っているコウメイやサツキだが、アレックスがやったような水球を宙に浮かべその中に異物を入れて操作するなんて器用な事はできない。
「この島にいるギルド職員は、只者じゃねぇってことだ」
魔石結界といい、自分たちを簡単に殺害できる技量といい、とんでもない所にきてしまったのかもしれない。そう呟いたコウメイをサツキとコズエは不安そうに見つめた。
※アレックスの話し言葉については、今後もざっくりとしたエセ関西弁でお送りいたします。




