海は広いな、大きいな。
本日より第5部の投稿をはじめました。
更新は月・水・金の予定です。
二の鐘と共に帆船に乗り込んだ六人は、遠ざかる港町を見ながら感慨にふけっていた。およそ一ヵ月半ほどの王都生活は、想定外の終わり方になってしまった、と。
「結局ムーン・ベアとやり合うチャンスはなかったな」
残念だとヒロがこぼせば、サツキも心残りがあるとしみじみと頷いて。
「蜂蜜も採取できませんでしたしね。魔王蜂の巣も採取してみたかったな」
魔王蜂はその名のとおり昆虫系の魔物だ。赤ん坊ほどの大きさの蜂で、強力な毒針で獲物を一瞬で麻痺させ喰う肉食の魔物のくせに、花粉を集めて巣に蜜を貯めこむ習性がある。
「どんな味なのかしら」
魔王蜂の蜜が高値で取引されているのを知ったサツキは、一度でいいから味わってみたいと狩りの時に率先して探していた。その蜜に強力な麻痺効果があるとしても、味見くらいはしてみたい。
「ひと舐めで二日間麻痺したいのか?」
「よく眠れそうですよね」
「麻痺と睡眠って、同じだっけ?」
「違う、よな?」
睡眠は刺激を受けると目が覚めるが、麻痺はその効果が切れるまでは何をされても目覚めない。殺されても、だ。
「甘味への追究心は理解するが、無茶はするなよ」
アキラは冒険心の出てきた妹に釘を刺した。
「王都ではあんまり稼げなかった気がするが、どうなんだコズエちゃん?」
「アキラさんの計画通りゴブリン中心に稼げてたんですけど、洞窟後にケチがついてからはプラマイ・ゼロですね」
マイナスにならなかっただけましだと言ったコズエは、それよりも気になっている事をコウメイに確認した。
「賃貸契約の解除、忘れてきちゃいましたけど大丈夫でしょうか?」
「夜逃げってのはそういうものだろ」
「パーティー口座に残ってる金でギルドが適当に処理するんじゃないか」
絶対に手放せないものだけを荷造りし、それ以外の生活に使っていた家財の大半は貸家にそのまま残してきた。足取りを追われないようにパーティーの解散届けもネイトに出してもらう予定だ。
「口座にほとんどお金残してこなかったんですけど、大丈夫かな」
小分けにして引き出していたし、最近では報酬を現金で受け取っていた。家賃分も残っているかどうかあやしい。
「ご隠居からの報酬が入れば家賃の精算と不用物の後始末をしても金はたっぷり余るはずだぜ」
「そういえば立て替えた必要経費の精算もしてこなかったな」
主にアキラが神経をすり減らしていたコーデリアの接待業務については、一ダルも受け取らずに逃げてきていた。仕方なかったこととはいえ、もったいない。
「報酬は十万ダルでしたっけ?」
「俺らが逃げたんだ、契約不履行だとか言ってあの爺は払わないような気がするな」
「ありえるな」
コーデリアはともかく護衛の貴族からは、下々の民は王族に奉仕して当然、という態度があからさまだった。ルーファスは払いたくない金を払わなくて良くなったと喜んでいるかもしれない。
「結局、ただ働きに終わりましたね」
「割に合わねーよな」
アキラほどではなかったが、コーデリアに執着され気苦労の多かったシュウとしてはただ働きは納得できない。三十万ダルを貯めなくてはならなくなった今は余計にそう思う。
「お客人、そろそろ釣り場だぜ」
帆と舵を操りながら船長がコウメイたちに声をかけた。港からナナクシャール島まで真っ直ぐに向かえば昼過ぎには着くのだが、今回は組合からの指名依頼も片付けなくてはならない。
「漁業組合からの注文はサハギンを三種類、一種類につき最低三匹だ。多ければ多いほどいいが、まあ無理はするな」
陸から離れた海は波も荒くうねりもある。外洋に出るには小さな船だが、船体は丸くどっしりとしており、中央部分には漁獲を保存する専用の魔道具も積みこまれていた。船長は帆を降ろし船を止めた。
「えーと、撒き餌をして、寄ってきたところを銛で突くんでしたよね」
「撒き餌っていうのか、これ」
漁業組合に「撒き餌」として持たされたのは、先日討伐したサハギンたちの手足だった。海の魔物サハギンは、同属の血の匂いをかぎつけると、仲間が襲われていると勘違いし海面に浮き上がってくるのだ。
「船底を破られる前に手早く頼むぜ」
仲間の危機に駆けつけたサハギンは、船を沈め敵対する存在を海中に引きずり込もうとする。サハギン釣りのコツは船底を攻撃される前にとどめを刺すことだ。
「新鮮な手足だよな」
「魔道具の冷凍装置で保存していたんだそうですよ」
スライム布に包んで持ってきていたサハギンの手足を、釣り場だという海域で海に投げ入れた。漁業組合から借りたサハギンの槍を手に海中の様子をうかがう。
「波が乱れてきた」
「来るぞ!」
流石のシュウも海中の音は聞き分けられないようだ。船の揺れが激しくなってようやくサハギンの襲来に気づいた。
「コウメイとサツキは船底周囲の海水の硬化を」
「はいよ」
「わかりました」
水魔法を使える二人が船の周囲の海水に干渉し、船底を破られないように海水の盾で覆った。
ゴン、ゴン、と槍を叩きつける音が聞こえてくるが、船底には傷ひとつ入っていない。
「シュウとヒロは槍を命中させる事だけに集中。確実に引っ掛けろよ」
「おうっ」
「コズエちゃんは引き上げだ」
「がんばりますっ」
アキラの指示で順調にサハギンを討伐していった。今回は死体の回収船がいないので、サハギンの回収まで自分たちでやらなくてはならない。シュウとヒロが槍で可能な限り頭部を狙って突き刺し、アキラとコズエが結びつけたロープごと引き寄せ、コウメイが船の上に引き上げるという役割分担だ。
「シャケ、シャケ、ブリ」
「シャケ、タイ、シャケ、カツオ、シャケ」
「サーモン多いな」
最初の撒き餌に反応して集まったサハギンは十匹ほどだったが、釣り上げたのは八匹。残りには逃げられたようだ。
「あんたらサハギン釣り上手いな」
船長はコウメイたちの手際のよさに感心しつつも、サハギンを次々と活き締めにしては船の中央に据えられた大きな保管箱に入れてゆく。
「ノルマにはまだ足りねぇな。俺たちで消費する分も欲しいし」
「おびき寄せる種類を狙うのって出来ないのかな?」
「マグロかサバかカツオだな……試してみるか」
何かを思いついたアキラが、船長が活き締めにしたサハギンカツオから手と足を切り落とし、それを海へと投げ捨てた。コウメイたちは海中を警戒しサハギン槍をいつでも打ち込めるように構える。船底が叩かれ、サハギンの手が船縁にかかる。突き漁の再開だ。
「カツオ、サバ、サバ、マグロ、カツオ」
「今度はサーモンがいねぇな」
「カツオが三匹揃いました」
引き上げたサハギンの種類を確認してアキラは満足げに笑んだ。
「カツオはスズキ目サバ科だ、今引き上げたサハギンはどれも同じサバ科の魚だ」
「つまり?」
「サハギンが仲間だと認識しているのは同じ科の魚だという可能性が高い」
アキラが撒き餌にしたカツオサハギンの手足に集まってきたのはカツオにサバにマグロだけだ。サケ科のシャケは一匹もいないし、タイ科のタイもブリ科のブリもいない。
「マグロがサバと同じ仲間なんですか?」
「カツオはカツオだと思ってました」
「詳しいな」
「……さ○なクン」
ともあれこれでシャケとカツオの二種類が三匹ずつ確保できた。
「次はサバ狙いで撒き餌してみるか」
「私ブリが食べたいです。塩焼きで」
「タイめしが食べたいけど、米がないからなぁ」
「俺はサーモンの蒸し焼きが食べられれば何でもいいかな」
それぞれ食べたい魚が違い撒き餌の選択に揉めたが、やり取りを聞いていた船長から「もうサハギンなら何でもいい」と言質をとったことにより、各自がおびき寄せたい科のサハギン手足を海に投げ入れた。結果、コウメイたちの船に向かって大量のサハギンが押し寄せた。
「大漁ですねっ」
「船が沈みそうだがな」
保管箱に収納しきれず、箱の外にもこんもりと山積みされたサハギンのおかげで重量オーバーぎみの帆船には、外洋の荒い波が船内に飛び込んできていた。
「このままじゃ確実に沈むぞ。積荷を軽くしろ」
帆を広げ船のスピードを上げた船長は、コウメイたちにサハギンの手足を後方へ投げ捨てろと指示を出した。槍も人数分を残して全て海に投げ捨てさせる。コズエとサツキには船に溜まる海水の掻き出しを言いつけた。
「調子に乗りすぎたな」
「釣りって楽しいですね、止められなくて」
果たしてこれを釣りと言えるのだろうかとヒロは苦笑いだ。そういえば自分たちは普通の釣りをしたことがないな、と。
アキラは薄暗くなってきた空を眺め、ヒロに声をかけた。
「風魔法で帆を押してくれるか。このままだと暗闇の中を進む事になりそうだ」
予定では日暮れ前までに島に着く予定だったのだが、サハギン釣りに時間をとりすぎていた。エンダンの港も見えなければ、目的地の島の姿もない、三六〇度すべてが海だ。船長は夜の航行も慣れているだろうが、アキラたちは陸地の見えない夜の海というだけで不安に襲われる。
「魔法ならアキラさんの方がいいんじゃないですか?」
「俺だと強さの微調整が難しい。過積載状態で下手に煽って転覆したら困る」
「俺の風魔法って、威力はあんまりないですよ」
「自然の風に少し足す感覚で丁度いい」
試しに、干したシーツに風を送っている強さで帆に向けて魔力を放った。
「おお、いい風だな。こりゃ遅れた分を取り戻せそうだ」
帆の受ける風の感覚に船長は満足げに空を見あげた。
ヒロの風魔法でスピードを増した過積載の船は、夜もまだ浅い頃にナナクシャール島の港に着いたのだった。
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「シャケとタイとブリは一匹ずつもらうぜ。後は好きにしてくれよ」
コウメイらは必要なサハギンを選んだ。
「もっと持っていってもいいんだぜ?」
「腐る前に食いきれねぇから、三匹で十分だよ」
「しゃあねぇな、島のギルドにいくつか卸すか」
そうでもしないといまだ過積載で危険な喫水である船は、帰りの航海で転覆しかねない。船長は島にある魔法使いギルドの出張所を通して十匹ほどのサハギンを売却することに決めた。残りはエンダンが引き取る。建国祭に集まった地方領主たちが先を争って買い求めるだろう。
船上で一泊し明日の早朝にはエンダンに向け出発するという船長と別れ、六人は薄暗い中を灯りの集まる方へ歩き出したのだった。




