王都 計画は慎重に、秘密裏に。
「さて、どうやら最悪の事態になっちまったわけだが、どうする?」
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老人と黒服から解放された後、腰の抜けたギルド長をギルド職員に託し、この件を一任されているというラッセルと面談をした。特別応接室には専用の聴配管があるらしく、ギルド長室で全てのやり取りを聞いていたという彼は、胃のあたりを押さえながらコウメイたちを管理部長室に迎え入れた。
「あなたたちは……」
平然として現れた六人を見てしばし絶句したのち、力なく頭を振って依頼の詳細を説明しはじめた。依頼内容は新人冒険者コーデリアのガイドだった。コーデリアの望む冒険者活動を援助すること、彼女が望む事を全て叶えるように、との依頼だった。かなり無茶な内容だが、その分報酬も高い。
「この依頼はアキラさんとシュウさんに必ずコーデリア様に同行していただくという条件がありますが、他の方々へは特に指示はありません」
「何で俺とアキラなんだ?」
「彼女を実際に助けた二人だから、とか?」
「存じません」
ラッセルはコウメイたちの茶々入れを丸ごと無視して話を続けた。
「初日は三日後、四の鐘までにギルド会館へ来てください。報酬はコーデリア様がご満足されたと判断された後に、ルーファス様よりご連絡いただきお支払いとなります。コーデリア様に快適に森で過ごしていただくための必要経費は申告してください。報酬とは別にお支払いたします」
まるで接待ゴルフだなと誰かが呟いたが、ラッセルはそれもスルーした。
「立ち入るのは初心者の森まででお願いします。危険な魔物の出没する奥までは決して入らせないようにしてください」
「お嬢さんが行きたいと希望したらどうするんですか?」
望みを叶えよという依頼に反するのではと口にしたアキラを、ラッセルは冷たく見返した。
「その美貌でタラシこんで言わせないように仕向ければ良いのです」
「び、っ」
「うわ、ひでぇ」
「万が一にも、かすり傷一つ負わせないように、安全第一でお願いしますよ、皆さん!」
ギルド長の狂乱っぷりといい、ラッセルのキレ具合といい、あの老人と自分たちが接待するお嬢さんは、もしかして普通の貴族ではないのかもしれない。コウメイたちが思案する様子を見て、ラッセルは「資料室の第一書棚を調べなさい」と助言をした。
「教えてくれないんですか」
「今さら私の口からお伝えするよりも、ご自身で調べたほうが実感がわきますよ」
少しばかり嫌味の入った笑顔が向けられた。
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「いやいや、まさか本当に水戸黄門だとは思いませんでした」
「三年前に息子に王位を譲って隠居した元国王陛下とか、気楽に出歩くなんて反則ですよっ」
「お孫さんってことは、彼女、王女様なんですね」
ラッセルに教えられた書棚には、王侯貴族に関する資料が保管されていた。王族の系譜、貴族名鑑、それら最新版には似顔絵が添えられていた。現国王の名はオーブリー、その第五王女の名はコーデリア。健康状態を理由に退位した前国王の名はルーファス。
「もの凄く健康そうに見えましたよね」
「肌が艶々していたようですが」
「髪もふさふさでした」
「退位してストレスなくなったからじゃねぇの?」
どうやら元国王が平民を装い街中に出没するのは、王都では珍しい事ではないらしい。ダレスカン商会の隠居という平民身分で街を抜き打ちで視察しては、街の人々と交流し都市行政や憲兵らの不正を暴いているらしく、退位後の方が平民からの人気は高いようだ。
「ギルド長やラッセルさんが大騒ぎするのも当然でしたね」
「貴族相手にしちゃあ焦りすぎだろうと思ってたが、王族とはねぇ」
護衛の黒服は騎士団の精鋭だろう。元国王に対してのコウメイたちの態度に逆上していたのも納得だった。
「喧嘩を売るんじゃなかったなぁ」
「まさか王族とは……」
「私たち、依頼を無事に終えられるんでしょうか」
「難しいだろうなぁ」
日本で普通に暮らしていたコウメイたちには、貴族階級や王族といった身分への畏敬、特権階級と平民の格差に対する実感がイマイチ理解できない。だが国のトップに喧嘩を売ったその意味は理解していた。おそらくはコウメイたちの無礼を、万が一に王女や元国王が許しても、回りの者たちは決して許さないだろう。
「でも水戸黄門は弱きを助けて悪を挫きますよね」
「それをあのご隠居に期待するのはやめといた方がいいと思うぜ」
好々爺とした老人のあの隙のない目つきは、寛容さとはほど遠いものだった。
「商家の隠居だといいながら権力で孫娘のワガママを押し付けるくらいだ、部下や護衛が勝手にこちらを始末したとしても何も言わないし感じないだろうな」
「王女様の相手をしている間は安全だが、終わった後はどうなるかわかった事ではないな」
食後のデザートを作る余裕がなかったからと、サツキが作り置きのクッキーを出しながら溜息をついた。
「どうしてこうなっちゃったんでしょうね」
「どうしてもこうしても、お前らが喧嘩ふっかけるのが好き過ぎるからだよ」
シュウは出されたクッキーを摘みながら呆れのから笑いでそう言い切った。
「アレ・テタルから思ってたけどよ、コウメイは売られた喧嘩を倍以上にして返してるだろ。それでこじれねーわけないって」
「仕方ねぇよ、腹立ってたからな」
理不尽な逮捕に投獄、そして暴力による取調べだ。それに対する誠意ある謝罪もないのだ、怒りの矛先を加害者に向けなくてどうする。
「確かに俺もムカついたけどな。次からはできるだけ喧嘩売る相手は選んでくれよなー」
「わかった」
コウメイが倍返ししたくなる気持ちは十分すぎるほど分かっていたシュウは、それ以上責める事はなかった。
「それでこれからどーするつもりなんだ?」
「夜逃げ、かな」
「冗談が本当になっちゃいましたね」
コズエたちは地図を広げて次はどこに行こうかと話し始めた。
「悪いな、巻き込んじまって。シュウはどうする?」
「まあ、今は特に王都に残る理由もないし、コウメイたちについてくよ」
目的のなかったシュウにも、旅をする目的が出来たところだ。
「行き先が決まってねーんなら、隣の国に行ってみねーか? サンステン国のウォルク村ってとこに行ってみてーんだ」
「ウォルク村ですか?」
ヒロが大陸地図を取り出して広げると、それぞれの席からのぞき込んでウォルク村を探す。
「ん……この地図には載ってないみたいですね。小さな村なんでしょうか」
「白狼亭の親父さんが冒険者時代にその村で獣人に会ったことがあるらしいんだ」
「獣人の村ですかっ」
「まだはっきり決まったわけじゃねーけどな。本物の獣人がどんな感じなのか、見てみたいだろ」
シュウは本物の獣人族がどういう暮らしをしていて、どういう風に生きているのか、何故隠れ住むのかに興味があった。
「他国の田舎の村の情報なんてなかなか手に入らないですよね。まずはサンステン国の大きな街で情報収集ですね」
「陸路だと北の街道から東へ行くしかないんですね」
「山越えと平原の二つのルートがあるな」
「海路って手段もありますよ。エンダンから旅船に乗れるらしいし、東回りの航路なら王都に近いところで降りれば十二日で到着ですよ」
「陸路よりも断然早いのか」
できるだけ早く王都から遠ざかることを重視するなら船だろう。コズエは薄い板紙に皆から出た意見をメモっていった。
「船旅ってなんか響きがいいですよね」
「こっちの世界の船旅ってどんなもんだろうな」
「船代はいくらくらいでしょうね」
「定期航路なら船の出航日は調べられるよな」
「荷造りどうしましょうか」
通常の引越しと違い、あまり多くの荷物は運び出せないだろう。
「どこでも購入できる物は置いていく、入手が難しいものだけ選んで、背負子で運べる量に厳選するしかないな」
「コズエちゃん、パーティー資産だけど、少しずつ現金化しておいてくれるか?」
いつも街を移るときは支払約束証書を発行してもらうのだが、今回はそれをするわけにはゆかない。大金を持っての旅は危険だが、約束証書は無効にされる可能性があるし、逃亡先を知られてしまうリスクがある。
「口座を凍結されたら俺たちは街で買い物もできなくなるし、逃亡資金だって調達が難しくなる。面倒だけど、一度に全額引き出したら怪しまれるからな」
「もしかして、この前コウメイさんとアキラさんがお金を引き出してたのって、こういう心配をしてたからなんですか?」
コズエは討伐で得た報酬を全額現金で受け取るようにと指示された頃に、コウメイとアキラが個人資産を全額引き出していたのを思い出した。
アキラは肩をすくめ、コウメイは先走りすぎたかと思ってたけどな、と肯定した。
「最悪の時は口座を差し押さえられるかもと考えてたんだ。実際、ギルド長は口座を盾に依頼を引き請けさせようとしたし、あそこで決裂してたら俺とアキの現金だけが逃走資金になってたかもな」
現在パーティー口座には十一万ダルほど入っている。田舎の町で贅沢をしなければパーティーが半年生活できるほどの額を捨ててしまうのはあまりにももったいない。
「じゃあ俺たち個人のお金も手元に持っておいたほうがいいですね」
個人としてギルドに預けているのはいくらだったかなと呟いたヒロに、アキラが現金化の注意点を念押しした。
「引き出す時はできるだけ高額硬貨にしてくれ。街で買い物に使うには不便だが、隠し持つには高額硬貨の方がかさばらないからな」
街での買い物で使用されている硬貨は、そのほとんどが小銀貨と銅貨と銅片だ。大きな店などでは銀貨も使われているが、庶民的な食材店や市場の露店などでは小銀貨ですら嫌がられる。王都では小金貨や金貨といった高額硬貨を受け付ける商家も多いが、小さな町や村では銅貨への交換すら難しい場合もある。
「もしかしてコウメイさんとアキラさんは大金を持ち歩いてるんですか?」
「ああ」
「お財布落としたら大変じゃないですか」
高額硬貨を落としたら損失は大きすぎる。なんとか安全に持ち運ぶには……。
「こういうのどうですか! 上着の襟の返しとか、合わせの裏地とかに隠しポケット作って、高額硬貨を縫い付けるんですっ」
何かのマンガでそーいうのやってたんですよね、とコズエの瞳が興奮に輝いていた。
「おお、なんか冒険者っぽいな」
「着の身着のまま逃げ出さなきゃならない事態でも慌てなくて済むってことか」
「全員分の作業となるとコズエちゃんの負担が大きくなるけど大丈夫か?」
「任せてください。こーいう小細工とか面白そうじゃないですか」
最近は皆の服を繕うくらいにしか裁縫の腕をふるう機会がなかったコズエは、新しく創意工夫ができるのが楽しみでならない。
「なあ、俺の服にもその小細工やってくれんの?」
羨ましそうにやり取りを見ていたシュウが、自分の服を摘みながら尋ねた。コウメイたちの衣服はほぼコズエ作のオリジナルだが、シュウは街の古着屋で調達したものだ。ズボンだけはコズエが改造していたが。
「もちろんですよ。でもシュウさんのシャツだと隠しポケットとか作りにくいんですよね。小物に仕込むってのはどうですか?」
「小物って、ベルトとかか?」
「シュウさんだと剣帯とかベストの袷のとこかな。ついでに錬金薬専用のポケットつけてもいいですか?」
コズエたち五人の上着には錬金薬の容器専用のポケットがつけられている。魔物との戦いで傷を負ったときに素早く取り出せるように配慮したコズエ特製のものだ。
「いいのか?」
「うん、すぐできるから大丈夫だよ。シュウさんもお金引き出してきたら早めに言ってね」
「あー、俺はそんなに貯金ねーから、隠しポケットとかは後回しでいいぞ」
コウメイはスタンピードで稼いだ分が丸々残っているし、アキラにはアレ・テタルでの賠償金もあってちょっとした財産持ちになっていた。コズエの作業はこのふたりに時間が取られるのは間違いない。
「すぐに街を出るわけじゃないが、いつでも動けるように準備はできるだけ早く済ませよう」
「ギルドとか監視の奴らには気づかれないように、慎重にな」
「はいっ」
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その日は下見を兼ねて初心者の森に入った。
新人の邪魔をしないように気を配りながら、薬草の分布や魔動物の生息エリアをチェックしてゆく。
「この辺りは新人さんもいないし、ちょっと狩りしませんか?」
魔猪が出没するかしないかの境界線がちょうど初心者エリアの境界線にもなっているようだった。ここから奥に進めば魔猪や銀狼といった危険度の高い魔動物が出没し、さらに進めばゴブリンやオーク、大蜘蛛、女王蜂といった魔物が現れる。
「角ウサギ、現れました」
トラント草の群生から少し離れた場所で待ちかまえていると、三羽の角ウサギが好物を食べにやってきた。
「どうせなら練習を兼ねて、サブの武器でやってみたらどうだ?」
「それいいですね。慣らしをしたかったんです」
普段メインで使っている武器の習熟度は高いが、予備の武器はこれまで使う機会がほとんどなかった。特にコズエとサツキの槍と弓は接近戦では不利な武器で、身を守るために短剣を持っていたがほとんど使ったことはなかった。
「大丈夫でしょうか」
今まで遠距離からの戦闘しか経験のないサツキは、鞘から抜いた短剣を不安そうに見ている。
「ゴブリンと戦えって言うんじゃないんだ、大丈夫」
アキラはコズエとサツキの後ろに立ち力づけるように声をかけた。
「コウメイとシュウが回り込んで追い込む、二人は角の攻撃にだけ注意しておけばいい。毛皮の買取価格は考えなくていい。まずは短剣で戦うことだけを考えるんだ」
「はい」
「頑張ります」
気配を殺して対角に移動した二人が、アキラの合図で角ウサギを追い立てた。
トラント草を咥えたまま跳躍した角ウサギが、コズエとサツキの潜んでいる茂みに飛び込んでくる。
「やあっ」
コズエは槍とは異なる間合いにも怯まずに、向かってくる角ウサギに短剣を突き出した。三十キロ近い体重を受けきれず身をかわしたが、短剣を受けた角ウサギは地面に転がりヒクヒクと震えて絶命した。
「やったぁ」
「コズエちゃんは突きに関しては上手いな。サツキは失敗の原因は分かるか?」
「……振り回しすぎたのが良くなかったのかなって」
「短剣は切る武器じゃなくて、突き刺すための武器だということだよ」
サツキは跳躍する角ウサギに向かって斬りつけるように短剣を振るっていた。短剣に慣れていればそれでもある程度の傷を負わせる事はできるが、致命傷は与えられない。近い間合いの相手との戦いの場合、コズエやサツキのような経験の少ない者は、一撃で敵に致命傷を与えなければ自分が深い傷を負うことになる。短剣の間合いならは切るよりも突き刺す方が確実だ。
「突き刺す、ですね」
「場所を変えてもう一度やってみようか」
コズエとサツキは何度か角ウサギを狩り、短剣の扱いを身につけていった。
「今日はこの辺りでいいんじゃないか?」
「角ウサギもいっぱい屠れましたしね」
「解体が上手くなったじゃねぇかシュウ」
「そりゃこれだけ何度もやらされりゃ上達するだろ」
角ウサギ七羽のうち、五羽分の肉をギルドに卸し、一羽は自分たちの食材に、残る一羽は白狼亭にお土産にすることになった。
「今日は久しぶりに親父さんの飯か」
「白狼亭は飯屋を本業にしてもいいと思うぜ」
「シンプルだけど美味しいですよね」
夜逃げに際しての注意事項など、白狼亭の主人に色々と相談をするため今日の夕食は久々の外食だ。
「奥の方のテーブル押さえとく」
「貸家に荷物を置いたらみんなで行きますね」
新人冒険者たちの薬草採取現場を遠目に見ながら森を出て東門に向かう。
「監視の人、やっぱりいましたね」
「森の中までご苦労な事だよな」
下見の間も、コズエたちが短剣の扱いを練習している間も、こちらの様子を監視している存在がいた。
「気づかないフリして油断させとこうぜ」
「私たちは言われないと気づかないので平気なんですけど」
「アキラさんとシュウさんはキツイんじゃないですか?」
人族よりも聴力や気配を察する力に優れた二人には、監視の存在は癇に障るのではないかとコズエは心配そうだ。
「大丈夫。殺気があるわけじゃねーからな」
警戒は必要だがこの程度なら問題ないとシュウは手を振った。
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その日の収入はおよそ五百ダルとささやかな金額だった。報酬を受け取る際にコズエはパーティー口座から一万二千ダルを引き出した。
「コズエさんたちにしては厳しい成果でしたね。何かあったんですか?」
「特に何かってわけじゃないけど、こういう日もあるんじゃないかな」
「そうですね、大きな獲物に出会えなかったら、皆さん角ウサギで何とかしのぐんですよね」
査定票の金額を見たアーシャは、コズエがまとまった金額を引き出した事を足りない分の補填だと思ったようだった。




