王都 回避不能な指名依頼
シェラストラル冒険者ギルドのギルド長と顔を合わせるのは初めてだった。
コウメイたちの知っている冒険者ギルドの長という人物は、たいていは元冒険者で、今でも現役と言えるほど隙のない鍛えられた人物ばかりだった。しかし王都のギルド長は冒険者ではなく元商人のような風体の、神経質そうな中年男だった。
「待っていたよ」
ギルドのロビーで作ったわざとらしい笑顔に迎えられた。ロビーにいた冒険者たちの視線はギルド長の態度とそれを向けられたコウメイらに集まっていた。
「実は先日の騒動の件で、君たちに直接謝罪したいというお方がおいでになっている」
「謝罪?」
「直接、ですか」
「誰でしょう?」
自分たちを捕らえるようにと指示を出した人物か、拷問を加えた役人か、助けたのに礼も言わずに騒動の原因になった新人冒険者か。
「王都で最も大きな商家のご隠居さまだ。余計な事は言わず、決して失礼のないように頼むぞ」
ギルド長のこの気配りと根回しの様子から「ご隠居様」には相当な権力と金があるのだろう。コウメイを先頭に、シュウ、アキラと続き女の子二人を挟んでヒロという並びでギルド長の後に続いく。三階の特別大きな扉の前には、黒いそろいの服を来た男が二人立っていた。ギルド長とコウメイらを見ると扉を守るように踏み出した。
「ここで武器を預かる」
「隠し武器も、解体用の刃も全てだ」
穂鞘を外した槍を手にした二人の尊大な態度に、積み重なったイライラが爆発した。
「丸腰になれって? 冗談じゃねぇ」
「おい、早く武器を預けるんだ」
焦りを浮かべたギルド長がコウメイの剣に手を伸ばした。
「断わる」
ギルド長の手を叩き落とし、コウメイは踵を返した。
「ど、どこへ行くんだ」
「帰るんだよ。強引に連れてきといて武装解除、つまり命の保証はないってことだろ。そんなところにのこのこ入ろうとする馬鹿がどこにいる」
「待ちなさい、困るよ君、この方たちの言うとおりにしなさい」
「俺たちは困らねぇよ」
「そんなっ」
悲壮感も窮まったギルド長がわめく声が室内にも届いていたのだろう。中から「そのままで良い」という声が聞こえ、黒服の二人が渋々に扉を開いた。
「お、お待たせして申し訳ございません。N629の冒険者六名をお連れしましたっ」
特別応接室だという豪華な部屋に通された。足が埋まるほどの絨毯、芸術的な意匠と金をふんだんに使った煌びやかな色彩の調度品。「成金趣味」と呟いたコズエの声は幸いにもギルド長には届かなかったようだ。
部屋の真ん中には磨かれ艶のある革張りのソファがあり、白髪の恰幅の良い老人が座していた。護衛と思われる男が四人、老人を守るように立ち、いつでも武器を振るえるようにと柄に手をかけている。
室内側の両脇にも黒服の男がおり、室内奥に進もうとする六人を扉の近くで止め、そこから先には進むなと見張るように立ち塞がった。
「よくきた。そなたたちが孫娘の命を救うてくれた冒険者か」
コウメイたちからソファの老人までは五メートルは離れているだろうか。穏やかな笑みと親しげな声、好々爺然とした印象を全面に押し出した老人だ。だが声には命令慣れしたものがあるし、瞳には射抜くような鋭さがあった。
「オークに嬲り殺される寸前であったと孫から聞いておる。礼を言うぞ」
後ろから肩を叩かれたコウメイは半歩下がり、アキラが代わって前に出た。
「謝罪ではないのですね?」
「なんと?」
「我々はギルド長から謝罪をしたいという人がいる、と呼び出されたのですが」
「お、おいっ、無礼だぞ」
声を裏返らせて慌てるギルド長がアキラの袖を引いた。
「よいよい、確かにそう言うて呼び出したのはわしじゃ。孫娘が迷惑をかけたことを詫びよう」
「……謝罪を受け入れます。それでは用件は済みましたので失礼します」
その迷惑はどこまでの範囲をさしているのか明確ではなかったが、アキラは受け入れて話を終わらせる事を選んだ。
「まだ話は終わっておらん。先日からそなた達に仕事を依頼しておるのじゃが請けてもらえぬか」
さっさと部屋を出ようとしたのだが、黒服に遮られてその場を動けなかった。
「理由を説明してお断りしたはずですが」
「負傷した傷が癒えきっていないと聞いておるが、ここ数日は狩りにも出てなかなかの獲物をしとめておるようじゃが」
「大魔鹿に暴牛、ゴブリンと銀狼もしとめております」
控えていた黒服が老人に耳打ちした。ここ数日のコウメイたちの成果は全て筒抜けだった。
「それだけ動けておるのだ、傷は既に癒えておるのではないか? なに、痛むというなら治療薬を提供しようぞ。孫娘に使ってもろうた分を返すだけじゃ、遠慮せず受け取るがいい」
黒服が素早く歩み出て小さな巾着袋を差し出した。いくばくかの硬貨が入っているだろうソレをアキラは押し返した。
「遠慮なぞせんでも良いのだが、では報酬で報いる事にしようかの。そなた達には孫娘の護衛をしてもらいたい」
「お断りいたします」
「報酬が不満か? 十万ダルでは不満か?」
「それだけの報酬なら高名な冒険者が喜んで引き受けてくれますよ」
「五十万ダルでどうじゃ?」
「騎士団をお雇いになったらいかがですか?」
そう言ってアキラは黒服たちを煽るように視線を流した。幾人かがピクリと反応したが、老人の最も近くに立つ黒服が止めに入った。
「わしは孫には弱いんじゃよ。孫がどうしてもそなたたちが良いと我がままを言うのでな」
「我々には護衛の経験はありません」
「では孫娘に冒険者の基本を教えてやってくれんか」
「新人教育はギルド職員の仕事です」
「お前たちを今からギルドの教育教官に任命する。ギルドに籍を置く限りギルドの命令に従う義務があるぞ」
淡々と断わりを入れるアキラの態度に焦ったギルド長が割り込んで宣言した。
「横暴だぞ」
「それはズル過ぎます」
後ろで成りゆきを見ていたヒロやシュウも、ギルド長のなりふり構わない発言には怒りを通り越して呆れていた。
「依頼の選択権は冒険者にあるはずですが」
「この街のギルドでは、星付きの冒険者は指名依頼を断わってはならないという規則があるっ」
「星?」
そもそもその星というのが何を意味するのかがコウメイたちには分からなかった。
「星と言うのは一定の成果をあげたパーティーや冒険者につけられる等級だ。無星から星五つまでの階級付けをして、星の付いた冒険者は優遇を受けられるが義務も生じるんだ」
星とは数年前から王都の冒険者ギルドで取り入れられている冒険者の評価制度で、多くの冒険者達に規律を守らせるため、ランク付けして競わせているのだという。依頼や魔物の討伐の成果が多く、違反行為や迷惑行為をしない冒険者達を半年に一度査定する。星の付いた者達には報酬や物品購入などに特典をつけると共に、優秀な冒険者として褒め称えるのだという。それらの便宜を図る代わりに、ギルドは星付きの冒険者に対し義務を課している。期限が近づいても誰も引き受けない依頼を半強制的に請けさせるのだ。
「初耳ですね」
「聞いた事ねぇな」
「お前たち、最初にギルドで説明されているはずだぞ」
あいにくコウメイたちに説明を受けた記憶はなかった。
「そういえば、何となく?」
王都で冒険者資格を得たシュウは新人講習で聞いているはずだが、自分には関係ないと忘れてしまっていた。
どうやら王都では冒険者だけでなく市民も知るランク制度らしい。星の付いた冒険者は市民から尊敬され頼られる。それにより悪事に傾く者は減り、さらに星を増やそうと仕事熱心になる。星五つの冒険者ともなれば、建国祝祭の国王主催の祝宴に招待される。実力と名誉と富の象徴である五つ星を目指し冒険者たちは日々切磋琢磨しているのだそうだ。
「それはどこのギルドにもあるのか?」
「いや、我が王都ギルド独自の評価制度だ」
ローカルルールだが王都で考えられ一定の成果が出ている制度は、近隣の大都市のギルドでも徐々に取り入れられ始めているらしい。
「俺らには星なんて付いてねぇぜ」
「いや、お前たちは二つ星だ。洞窟掃除の依頼の高評価と、市民の命を救った功績により二つ星と決まった」
「勝手に決めないでください」
「星を拒否すれば今後ギルドではお前たちに討伐報酬は支払わんし、素材の買い取りも受け付けん。預かり口座の資産も凍結させてもらうぞ」
「汚ったねぇ」
ギルド長の血走った目がコウメイとアキラを睨みつけていた。
「やれやれ、随分と嫌われたものよのう。孫が不憫じゃ」
カカカと笑う老人は、面白がるようにコウメイとアキラを交互にみて尋ねた。
「孫をそれほどに嫌う理由を聞いても良いかの」
わざわざ尋ねなければ分からないのかと、眉がつり上がった。
「命を助け、冒険者にとっては貴重な治療薬を使って癒した相手は、一言の礼を言うでもなく治療のために破れた服を心配し、我々に要求ばかり突きつけました。森から抜け出たはいいが街まで帰る力がなく、背負い連れ帰ったところで問答無用の逮捕。投獄され嫌疑の詳細も教えられず理不尽な取調べと暴力を受け、釈放後に傷を癒すために治療薬を十五本も購入しなければならなかった。嫌疑は晴れたと釈放されるときにも、謝罪もなければ名誉回復の働きかけもなかった。われわれが投獄されている間に、騎士団員が憲兵所に出入りしていたと知り合いから聞きました。なるほど彼女は貴族だったか、係われば何度でも同じように理不尽な扱いをされるのだろう。今後一切係わり合いになりたくない、そう考えるのは当然のことではありませんか?」
淡々と語られるアキラの説明を聞いていた老人の表情がわずかに険しく歪んだ。
「なるほどの。孫にはわしからきつく叱っておこう。そなた達を不当に扱った各所にも監察を強化いたそう」
これで万事解決だとでも言うように老人は頷いた。
「孫娘の事は任せた、期待しておるぞ」
わかっていた事だが、こちらに拒否権は最初からなかったようだ。アキラは短く息をついて老人を見据えた。
「三つだけ、条件をつけてもよろしいでしょうか?」
「まだ何か要求があるというのか。よい、言うてみよ」
まだも何も、アキラたちの要求は何一つとして受け入れられていない。それをこの老人は承知しているのだろうか。
「一つは期日を決めていただく。無期限にお孫さんのお守りはできません」
「孫が満足するまで付き合うてくれればいい。それほど長くはないじゃろう」
アキラとしては明確な期日を約束させたかったが、老人にその気はないようだった。
「二つ目、依頼主をハッキリさせていただきたい。我々はご老人が誰なのか知りません。どこの誰とも知れない依頼主の仕事など引き請けられません」
「わしを知らぬと申すか」
「そんなに有名な方なんですか?」
ギルド長は泡を吹いて真っ青だし、護衛の男たちは殺気を飛ばし、扉の側で足止めをしていた黒服はアキラに切先を突きつけた。
「先ほどからの数々の無礼、もう我慢ならぬっ、叩き斬るぞ!」
「無礼なのはどっちだ。強引に呼び出して武装解除を迫るくせにこっちに剣先を突きつけるわ、座ったままおざなりな謝罪だ。名乗りもしねぇ隠居爺がどれほど偉いのか分かれって? 知らねぇよ」
「きさまっ」
コウメイに煽られ老人の守りを固めていた黒服の二人が動いたが、剣を抜ききる前に黒服のリーダー格に止められた。
「ギルド長によれば我々のようなしがない冒険者とは縁のない大商家の方と聞きました。我々は一ヶ月ほど前に王都に来たばかりです。顔を見ただけでその素性まで承知しておけと言うのは無理難題ですね」
「確かにの、どこに行ってもわしを知っておる者ばかりじゃから、名のるのは随分と久しぶりじゃ。わしはダレスカン商会の隠居でルーファス。そなたたちが救った孫娘はコーデリアじゃ。これで良かろう」
「では三つ目です。商会の孫娘ということは平民、一人の冒険者としてお孫さんを扱わせていただきます」
「特別扱いはせぬ、と?」
「貴族のように扱って欲しいというのなら、それができる者に仕事をさせればよいのでは?」
アキラの顎に突きつけられた剣先がプルプルと怒りに震えていた。
「ふん、わしの名を知ってなおそのような物言いができるとはな。愉快な者どもだ」
老人は話は終わったとソファから立ち上がった。
「ワガママな孫娘じゃが気が済むまで付き合うてくれ」
そう言ってアキラたちが背にするのとは反対側の扉から出て行った。
黒服の護衛に守られた老人が部屋から姿を消すと、コウメイたちに剣を突きつけていた黒服たちもすぐさま部屋から出て行った。立ち去りざまに「無礼者め」と怒気を飛ばされたが、その程度で脅えるようなら老人相手に喧嘩は売っていないコウメイたちだ。
「結局、こっちの要求は一つしか聞き入れられなかったな」
「隠居爺さんの名前だけか。どうせあの名前も偽名じゃねぇの?」
老人と黒服を見送ったコウメイとアキラはやれやれと肩をすくめた。コズエたちは全身の力を抜いてほっと息を吐いていた。ギルド長は腰が抜けたのかへなへなと床へ崩れ落ちている。
「相変わらずコウメイさんとアキラさんの交渉って、一触即発状態になるんですね」
「ハラハラしました」
「おもしれー舞台見てるみたいだったな」
「お、お、お、お」
腰を抜かしたままのギルド長が顔を真っ赤にして叫んだ。
「お前たち、無礼が過ぎるぞっ。あの方をどなたと心得ておるんだっ」
時代劇のクライマックスでそういう台詞を聞いた事があるなぁと、誰ともなく笑みがこぼれた。
「商家の隠居爺、だろ」
「まさか貴族じゃないよな?」
「貴族は冒険者証の発行を受けられないはずですし」
「まさか王都の冒険者ギルドは貴族と癒着関係にあるんですか?」
「……もういいっ」
なんでお前たちのような冒険者を選ぶんだとギルド長がブツブツ言っていたが、それはこちらの言い分だ。
「この件はラッセルに一任してある、聞きたいことはそっちで聞け」
管理部門の職員にこの厄介な冒険者たちを押し付けたギルド長は、何とか立ち上がってふらふらと特別応接室を出て行った。




