王都 それぞれの思惑
詳しい話は全員揃ってからな、と問う前にコウメイに言われたコズエは疑問を引っ込めて帰路についた。
「夕食は簡単に鹿肉のソテーだな」
「ジビエですね」
「コズエちゃんのリクエストはソーセージだったっけ?」
「はい。野性味が風味になってて美味しかったんですよね」
「こっちで食ってる肉は全部野生動物だから、毎食ジビエみてぇなものだけどな」
「確かにそうですね」
貸家への最短ルートを取りながら、コウメイは周囲を細かく確認している。玄関を入るときも辺りへ警戒の視線を向けていた。
「おかえりなさい。どうしたんですか難しい顔して」
ちょうど風呂上りのヒロが帰宅した二人の表情を見て驚いた。魔物討伐の時のような緊迫を感じ取ったのだ。
「アキは?」
「いま洗い場です」
「コズエちゃん、悪いけど先に風呂入らせてもらうな」
そう言ってコウメイは厳しい表情のまま洗い場へと直行してしまった。緊張の抜けていない背中を見送ったヒロは何があったのかを尋ねたが、コズエは分からないと首を振るしかなかった。
「ギルドでね、私たちへの指名依頼がきてたの」
「港町からか?」
「違うっぽい。詳しい話を聞く前にコウメイさんが断わったけど」
「断わって正解だろうな。この街に俺たちを名指しするほど知ってる人はいないと思うし、今の状況で俺たちを指名なんて不自然だろう」
「やっぱりそう思うよね?」
東門での捕縛劇から投獄生活の影響で、自分たちの評判は決して良くはなかった。ギルドに出入りしていても、事情を知っているらしい職員や冒険者達の反応は大きく分かれている。誤認逮捕に同情するものと、無罪を疑って見下すものの二つにだ。
「ギルドが推薦したとしても、私たちの評判を調べれば指名を出してくるなんて考えられないでしょ。しかもギルド職員がもったいないって言うくらいの報酬だったみたいだし」
「怪しすぎる」
コウメイが心配していた厄介事がじわりじわりと距離を詰めてきているようだと、ヒロは溜息をついたのだった。
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夕食は鹿肉のソテーとマッシュポテト、刻み野菜のスープとパンだ。デザートはピナの酸味がアクセントのシロップに寒天とカットフルーツを浮かべたフルーツポンチだった。
「ギルドからここに戻ってくる間に、尾行がついてたんだよ」
「え、後をつけられてたんですか?」
全く気づいていなかったコズエはコウメイの警戒っぷりをようやく納得した。
「外にいた不審な奴のことか」
シュウが貸家にやってきたとき、刺さるような視線を感じていた。振り返って視線の主を探してみれば、顔を隠した男は身を隠すように慌てて立ち去ったのだ。
「不自然な指名依頼もあったし、ラッセルさんの忠告も気になるし、しばらくは慎重に動きたい」
「慎重にと言っても、具体的に何をどうするんですか?」
「しばらくは狩り場について外で口にしない方がいい。外出する時は必ず複数ですること、常に武器は携帯し、見慣れない人物がいたら観察しておく。それくらいかな」
明日からの狩りの予定も決まり、シュウは十の鐘の前にコウメイたちの家を出た。
「どうすっかなー」
コウメイたちの警戒も決断も納得できるものだった。問題は自分だ。王都に居ることにこだわってきたシュウだが、今は考えも変わり街を出ても良いと思っていた。引っかかっていたマユの事には自分なりの区切りをつけている。王都には親しくなった人も多く離れがたい。だが。
「……ついて来てるな」
貸家の玄関を出てすぐに監視している複数の人間に気づいた。気づかない振りでそのまま宿に向かって歩き出すと、一人がシュウを尾行し始めた。獣人の聴覚は自分と歩調を合わせる足音を聞き逃す事はない。
「おやっさん、遅くなってごめん」
白狼亭は十の鐘で閉まる。宿泊客はギリギリで帰ってきたシュウで最後なのだろう。ネイトは入り口にぶら下げているランプを外して内に入れ、扉を閉めて鍵をかけた。
「おいシュウ、おまえ何か不味い事になってねぇか?」
「表の奴の事か?」
元冒険者のネイトはシュウが不当に拘束されていた事を心配していた。獣人というだけで衆人に常に見られ、理不尽な扱いを受けたことや過剰な期待を押し付けられてきたのも見てきた。今度は何がシュウを害しようとしているのだろうかと、白狼亭を見張るようにして立つ存在に苛立ちを向けた。
「そんな顔すんなよ。あれはダチ狙いの奴だと思うし」
「あの五人か。抜け目ないのがいたから大丈夫だとは思うが、今回は相手が悪すぎるぞ」
「親父さん、なんか知ってんのか?」
扉も窓も締め切った食堂にランプ一つの灯りだけを点し、白狼亭の主人はシュウに座るようにと椅子を促した。向かい合ったネイトの表情は険しく、ランプの作る影がより深刻さを強調していた。
「お前たちが東門で捕まった後、憲兵所に騎士団長が出入りしていた」
「騎士団って貴族だよな?」
「そうだ。平民の娘の誘拐嫌疑に騎士団が介入したんだ。しかも下っ端じゃない、騎士団長だ」
憲兵は平民の中から腕っ節の良いものを集めた街の犯罪を取り締まる兵士だ。そして騎士団は下っ端の一騎士から全て貴族籍で占められており、個々の強さだけでなく家柄を重視して選ばれた「国王」を守る私設兵団だ。彼らが守るのは国王と王族、貴族、そして国家。莫大な金を持ち、情報を掌握し影響力を持ち、国王に忠誠を誓っている平民がいたとしても、騎士団は動かせない。その騎士団がコウメイたちの件で動いた。しかも騎士団長だ。
「第一から第五まであるどこの騎士団長だったのかは分からないが、最低でも伯爵位だろう。そんな上級貴族が動くなんざ、尋常の事態じゃねぇぞ。子飼いになるつもりがないなら、逃げたほうがいい」
「……ダチも似たよーなこと言ってたよ。最悪、夜逃げの覚悟はしろって」
「そこまで考えてるなら大丈夫そうだな」
「なあ、親父さん。長いこと世話になったが、俺もあいつらと一緒に街を出ることになりそうだ」
別れがたいというシュウに、主人は表情を崩した。
「シュウがいなくなると寂しくなるな。お前は獣人らしくない、人族臭くて面白い奴だからな」
「獣人族か……親父さんが知ってる獣人族ってのは、どこにいるんだ?」
「俺が見かけたのはサンステン王国の田舎だ。ウォルクって小せぇ村だよ」
サンステン王国のウォルク村。口の中で小さく復唱したシュウは、いつかその獣人の村に行ってみようと思った。
+++
貸家に集合し、その日は南西門から暴牛の平原を目指した。街壁寄りで架けられた橋を渡り暴牛の生息地に入る。シュウとアキラで群れから一頭だけをおびき寄せ、群れを刺激しないだけの距離をあけて一斉攻撃で屠る。
「傷のない皮の方が高く売れるんだ、頭と首狙いでやってくれよ」
「この辺りの牛って身体が大きいですよね」
「三頭目は厳しいか?」
「背負子で持ち帰るには二頭かな。無理すればいけますけど」
「機動力は残しておきたい、暴牛は二頭で終わりだ。物足りなければ小さい獲物を狩って行けばいい」
暴牛を相手にしている間にも、草原でモグラの影がチラホラ見えた。帰り道でチャンスがあればモグラとウサギ狩りだ。
「南西門から街に入るんですか?」
「いや、帰りは南門からにしよう」
「尾行の人、門の外には追っかけてこなかったんですよね?」
「役割分担なんだろうぜ。ご苦労な事だ」
草原で狩りをしている他の冒険者の姿は見当たらない。これだけ見通しの良い場所だと隠れて監視するのも難しく、コウメイたちに付いている気配はない。
「牛の肉の一部は俺らが食うとして、二頭分の皮と肉で千七百くらいか」
「もう少し欲しいですね。やっぱり草原モグラを狩りましょう。見られてないのなら、私の土魔法で追い込みしますね」
地中の大きな生物の気配を探り、コズエが指示した大穴の前でシュウとヒロが構えたのを確かめてから、モグラの巣穴を魔法で崩して埋め追い立てる。突然の陥落に慌てたモグラが飛び出してきたところをさくっと一刺しだ。これで五匹ほどをしとめ、暴牛と共に皮と肉を背負って六人は王都に戻った。
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コズエとヒロが査定列に並んでいる間に、アキラは精算カウンターで個人口座から全額引き出しの手続きを行っていた。
「あの、本当に全額ですか?」
顔なじみのアーシャが不安そうにアキラの顔色をうかがっている。アキラの個人資産はおよそ七万ダル。冒険者の個人資産としてはかなり多い方であり、それを全額引き上げるという事は、シェラストラルのギルドから離れるのではないかと想像したのだ。
「支払約束証書にされますか?」
「いや、現金でたのむ」
現金と聞いてアーシャは胸を撫で下ろした。街を離れる冒険者は、財産の移動には安全性を優先して支払証書を使う。大金の引き出しは気になるが、街を離れるわけではなさそうで良かったと、毎回アキラの顔に見とれているアーシャは安心したのだった。
アーシャが勤務シフトを終え交代した後に、今度はコウメイが個人資産を全額引き出した。
「できるだけ高額硬貨で頼む」
「あ、はい」
経験の浅いギルド職員は珍しい注文に戸惑った。
「少しお待ちください」
冒険者が報酬や蓄えを引き出す場合に小額硬貨を求められる事ばかりで、高額硬貨はあまり扱ったことがなかった。ギルドの金庫を確認して、高額硬貨の在庫を確認し、支払分を確保して窓口に戻った。
「小金貨五枚、確認ください」
こんな大金を持ち歩いて危険ではないかと職員に心配されたが、コウメイは笑って「これでも腕に自信はあるんだ」と腰の剣をこれ見よがしに掲げて見せた。
「皆さん、資金にお困りでしたら、お力添えできますよ」
ロビーでコウメイたちと合流したコズエに、先日のギルド職員が近づいてきた。手には板紙を持ち、張り付いた笑みを浮かべている。
「こちらの依頼を請けていただければ、報酬は上乗せできるとお約束しますよ」
「ごめんなさい、まだ仲間の体調が本調子ではないんですよ」
「そんなに高額な報酬ならきっと難しいお仕事なんですよね? 私たち冒険者になってまだ一年もたっていない新人なんです、そんな高額なお仕事はもっと経験豊富な方の方がふさわしいと思いますよ」
コズエとサツキからやんわりと断わりを入れ、これから買い物がありますので失礼しますね、と六人はギルド会館を出た。
「やっぱりいるな、尾行」
「南門にはいませんでしたよね」
「ギルドを拠点に見張るつもりなんだろうぜ」
貸家に戻り、汚れを落としてからの夕食。
一晩煮込んだ鹿肉のエール煮は満足のゆく出来上がりだった。
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それからもコズエたちは細かく狩り場を変え、ギルドへ行くのは精算時だけにし、極力近づかないようにしていた。顔を出せば待ち構えていたギルド職員につかまり、同じような押し問答を繰り返している。
「何回断わりゃいいんだよ」
「ギルドとしてはどうしてもお断りできない依頼主なんです。なんとか、なんとか、お願いしますっ」
「その気はねぇって依頼主に伝えてくれ、断わるのも職員の仕事だろ。どうしても押し付けたいなら、強制依頼に切り替えたらどうだ?」
日に日に悲壮感の増してきたギルド職員は、コウメイの嫌味に奥歯を噛みしめた。
冒険者には指名依頼を断わる権利があるが、強制依頼にはない。それは強制依頼がスタンピードや厄災レベルの事案に対して発注されるものだからだ。私利を捨て対処しなければならないケースにおいて、ギルドと領主や国家の名において強制依頼が出され、事の重大さからもそれを拒絶した者は犯罪者として無期の犯罪奴隷に落とされる。
「……できる事ならそうしたいですよ」
N629を指名する依頼内容がスタンピードと同等に扱えないことは職員自身もわかっている。上司から圧力をかけられ、N629にはすげなく断わられ続ける。下っ端である彼の胃はキリキリと痛み続けている。
「あの職員、追い詰められてますね」
「ギルドの上の方が暴挙に出なきゃいいんだけどな……本気で逃げ出す計画練らなきゃ不味いかもなぁ」
白狼亭主人からの情報をシュウから伝え聞いていたコウメイは、ギルドが貴族に取り込まれる前にどうやって逃げるか、具体的な手段を検討しようと思った。
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その朝、五人はいつものようにシュウが貸家に現れるのを待っていた。
ノッカーが鳴らされたのは六の鐘の直後だった。まだ朝食の後片付けが終わっていない。アキラが玄関を開けに向かった。
「今日はやけに早いな」
鍵に手をかけた時、シュウではないと気づいた。
「……」
カン、カン。
ノッカーが再び鳴らされる。
扉の前にいるのは一人。
だがその後ろには複数の剣呑な気配を纏ったに何人かが控えている。
カン、カン、カン。
三度のノッカーも、単調でけしてこちらを急かすような様子ではない。
「どちらさまですか」
「おはようございます。ラッセルです」
ギルドの管理部責任者がわざわざ訪ねてきた。アキラたちにとって良くない事としか思えなかった。
「開けていただけませんかアキラさん」
「先にご用件をお伺いします」
「……ギルド長が本日はどうしても皆様においでいただきたいとのことです」
玄関の様子がおかしいと心配そうにしているコズエとサツキに奥に隠れているようにと合図を送ってから、アキラはゆっくりと鍵を開けた。
「皆さんおそろいで……ご苦労さまです」
玄関に立つのはラッセル一人だが、玄関前の狭い路地庭には元冒険者で荒事に慣れているギルド職員が六名、帯刀してアキラを警戒していた。
「まさかラッセルさんがいらっしゃるとは思いませんでした」
「私が望んで伝令役を引き受けました……ギルド長を止めることができず申し訳ない」
「あなたが謝る必要はありません。いつギルドへ伺えば?」
「四の鐘までにギルドの特別応接室です」
ではその時間までに皆で向かいますとアキラが言うと、ラッセルは申し訳なさそうに目を伏せた。
「ギルド長から同行するようにと命じられております。時間までここで待たせていただいてよろしいでしょうか」
決して逃げられるなという厳命が下っているのだろうが、玄関先に鐘二つ分の約四時間近く待機されては外聞が悪い。
「……中に入ってください。ただし、ロビーから奥へは入らないで下さい」
渋々にそう言って扉を大きく開けたアキラに、ラッセルは礼を言って同行のギルド職員らを呼び寄せた。貸家のロビーは狭く、七人が入ると立っているだけで窮屈だった。
「今日の狩りは中止だ」
皆が聞き耳を立てていた食堂に戻ったアキラは、ラッセルの訪問理由を説明した。
「監視つきの迎えかよ」
「特別応接室で話があるそうだ」
「痺れを切らしたお貴族様が乗り込んできたんだろうな」
どうするんですかと心配そうにヒロがコウメイに詰め寄った。
「まだ逃走準備ができてねぇからなぁ。時間稼ぎのためにも今日はギルド長の話を聞くしかねぇよ」
いつもならそろそろシュウがやってくるのだが、今日は別のギルド職員が白狼亭に迎えにいっているという事だった。コウメイたちはいつもより念入りに準備をして、予定時刻より前にラッセルたちと共にギルド会館へ向かった。




