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新しい人生のはじめ方~無特典で異世界転移させられました~  作者: HAL
第4部 それぞれの選択

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王都 偽りの新人冒険者



 睡眠不足の六人は、小まめに休憩を取りながら王都に向かって森を歩いていた。


「甘いもの食べると元気出るよな」

「このジャムクッキー美味いよ。このジャム何つかってんだ?」

「アレ・テタルで採取した果実なんですけど、名前は分からなくて」


 小鬼との投擲合戦の時のアレだ。


「シュウさんは森で採取できる果実とか知ってますか?」


 珍しい果実を採取して帰り、フルーツタルトを作ってみたいのだとサツキはシュウに頼み込んだ。


「果物っぽいのはいくつか知ってんだけど、俺は食ったことねーやつばかりだぜ」

「大丈夫です。魔物や動物が食べてるなら、毒にさえ気を付ければたいていの物は人間も食べられますから」

「見かけによらずワイルドだなー」


 シュウが把握しているのはもっと王都寄りの場所だ。しばらくは観察しながら歩き、食べられそうなものを見つけたら採取に動くしかない。


「そーいや『ムカゴ』だっけ? あれはどこにあるんだ? たっぷり採りてーよな」

「フライドポテトな奴ですね」

「あれは美味かった。ジャンクっぽくてたまらねー感じだ」


 水筒の蓋を閉めたアキラは苦笑いだ。あれは野営のために採取したのであって、フライドポテトが食べたいなら普通に芋で作ればいいのだ。チラリとコウメイを見ると、あまり乗り気ではなさそうに肩をすくめていた。最近のコウメイのブームは昆布出汁の研究だ。街に戻れば揚げ物よりは出汁を生かした煮込み系の料理が中心になるのは間違いなさそうだった。


「そろそろ休憩は終わりですよ」


 コズエが立ち上がって皆を急かした。


「美味しい物もいいけど、私は早く帰ってお風呂に入りたいんです」

「タライ風呂だけどな」

「お湯で汚れを流せるならタライでもバケツでも何でもいいの。私は石鹸泡立てて、身体を洗って、頭からお湯をかぶりたい」


 コズエの力説を笑いながらも、全員同じ気持ちだった。こちらの世界の風呂事情は風呂好きな日本人にはなかなかに辛いものがある。ましてや冒険者は汚れる仕事だ。野営の間は水拭きして清潔を心がけてはいたが、やはり我慢できないものは出来ないのだ。


「なあ、こっちの石鹸って高くねーか」


 ムカゴを探してあちこちに視線をめぐらせながら歩くシュウがぽそりと愚痴った。


「こんなちっせーのが、一瓶何百ダルもするだろ」


 こんな、と言ってシュウは指で輪を作って見せた。ちょうど先ほどの休憩時に食べたクッキーほどの大きさだ。


「シュウさんが買ってるのって高級品ですよ。貴族とか大金持ちの人が使ってるものじゃないんですか? 私たちは庶民用の安いもの使ってます」

「これくらいの大きさので、一瓶三百ダルくらいかな」


 シュウの真似をしてコズエが両手で作ったのはハンドボールくらいの大きさだった。


「それ泡立ちよくねーだろ?」

「でも汚れはちゃんと落ちますよ」


 石鹸は消耗品であり贅沢品だ。質を追求すればどこまでも金をかけられるが、コズエたちにとっては贅沢品ではなくて消耗品扱いの石鹸に、そこまでの予算はかけられない。


「もこもこの泡立ちが懐かしいぜ……なあ、コズエちゃんたちって色々手作りしてるよな。石鹸って作ったことねーの?」


 ラノベでよくある石鹸作って大儲けってやつ、あれできないのかと真剣に問うシュウに、コズエは難しい顔で応えた。


「日本でなら何度か手作り石鹸も作りましたけど、こちらだと苛性ソーダの代用品で石鹸を作るのって、凄く手間隙と労力がかかるんですよ。配合の比率とか分からないから試行錯誤になると思うし。一日や二日で出来上がらないですし、私が作ると多分二十ダルの石鹸よりも質は悪くなると思うんです」

「そんなに難しいものなんだ?」

「一から作ろうと思うと、私には難しいですね。それでもこの世界に石鹸が存在しないならチャレンジしたかもしれないですけど、そこそこの物が手に入るのなら他の物を作りたいかな」


 そんな会話をBGMにムカゴや薬草を採取しながら森を歩き進んだ。


   +


 ゴブリンの証明部位と魔石に、魔猪や角ウサギの皮素材、大蜘蛛の証明部位と糸袋。コウメイたちの荷物は往路よりも増えていたが、背負子にはまだまだ余裕がある。


「もう二、三体、何か狩らないか?」


 二泊三日の遠征の成果にしては荷物が軽いことに物足りなさを感じていたコウメイは、何度目かの小休憩で皆の水筒に水を補充しながら言った。


「獲物を狩ったっていう重みが感じられないって言うか、せっかく背負子買ったのに、ほとんど荷物乗っけてないのがつまんねぇんだよ」


 新しく手に入れたギミックで半分も遊べていないというコウメイの不満を、他の男たちは理解した。機能美、性能美を堪能できないことほど悔しい事はないのだ。


「背負える重量の限界にチャレンジしますか?」

「大物狙いてーよな」


 ヒロが前のめりになり、シュウはこのあたりで狙える獲物の種類を思い浮かべる。


「だいぶ街寄りに戻ってるし、この辺りで大物は難しいんじゃねーかな。せいぜい魔猪だぜ。双尾狐なら俺の狩場が近いけど、どーする?」

「じゃ、魔猪で」


 睡眠不足で長距離を移動してきた疲れは何処へ行ったのか。コズエとサツキは諦めの溜息をつき男連中に釘を刺した。


「狩りもいいですけど、コウメイさんたちが担いでくださいね」

「私たちの背負子にこれ以上の荷物は積みませんよ」


 男たちは嬉々として魔猪探しを始めた。足跡を探し気配を探るが、新しい魔猪の痕跡を見つけられない。


「魔猪が好きなのはカレカリの実だっけ?」

「カ()カリの実だ。時期的にまだ早いぞ」


 カルカリの木に実がつくのは夏の終わり頃だ。今の時期に魔猪が好むのは若い木の芽や根の太い雑草類だ。


「サフサフ草を探してみるといいかもしれないな」


 洞窟掃除に出る前に見たギルドの買取相場で、回復薬用の薬草が初心者向けとは思えない高額になっていたのを覚えていたアキラは、素材不足は魔猪などに食い荒らされているのではないかとの推測を説明した。


「薬草を好むのは角ウサギだけじゃない。魔猪も雑食だ、養分の豊富な根菜は大好物だと思うぞ」

「そういえば芋畑を荒らしてたんでした」


 芋畑を死守しようと奮闘する農家と、隙を見て掘り返し芋を食い荒らす魔猪の壮絶な戦いがあったなぁと思い出したヒロだ。


「魔猪が見つからなくても、採取すればちょっとした収入になるぞ」

「久しぶりに薬草採取もいいね」

「新人さんたちから恨まれないかな?」

「この辺りは初心者エリアからだいぶ奥だから問題ねーよ」


 シュウのお墨付きに嬉々として薬草を探しはじめたコズエとサツキは、あっという間に両手いっぱいの各種薬草を集めては満面の笑みを浮かべている。

 途切れることなく採取できる薬草とは逆に、魔猪は見つからない。森の帰路はあと少し、そろそろ初心者たちのエリアに踏み込むという辺りまできた時、シュウが剣を掴んで南西の方角に警戒を向けた。


「悲鳴っぽいのが聞こえた、子供の」

「新人冒険者か」

「どうする?」

「確認だけでも必要だろう」


 助けを求められれば手を貸すつもりだ。

 足の速いシュウとアキラが先行し、コウメイらが後を追った。


   +++


 シュウの後をついて木々の間を抜け進むと、アキラの耳にも途切れ途切れの悲鳴が聞こえた。


「くそっ、間に合うのか?」


 シュウのスピードが急激に増した。

 獣人の跳躍を出し切って飛び込んだそこには、オークがいた。


「でけぇっ」


 オークの横っ面を蹴って着地したシュウは、振り抜いた剣で巨体の脚を払った。オークのバランスを崩そうとしたのだが、重心の低い魔物はわずかにたたらを踏んだだけに終わった。

 攻撃を受けたことでオークの意識はシュウに向いた。


「一人はキツイぜ」


 倒れ膝を抱えて転がっている冒険者を庇う位置で、ひたすら攻撃を受け流すことに集中した。オークの武器は細身の剣、おそらく冒険者から奪い取ったものだろう。突くための武器で殴るように斬りつけても威力は半減している。


「シュウ、頭だ!」


 アキラの声と同時にオークの膝裏から鮮血が散る。

 背後から脚を切りつけられたオークの上腿が後ろに揺れる。隙を狙いシュウの剣が頭を狙って斬りつけるが、握り拳で払い落とされた。

 ヒュンっという細剣の音から身体を逸らすが、剣先が肩をかすった。


「ってーぞっ」


 オークの正面に回りこんだアキラの影で土を掴み、飛び出しざまに投げつけた。

 顔面に土を被って視界を遮られたオークは、両腕で目を擦る。

 アキラの脇差が細剣を持つ腕を切りつけた。

 オークの表皮はゴブリンほど固くはない。

 傷を庇おうとした反対側の肩をシュウが叩き切り、のけぞった喉にアキラが剣先を突き込んだ。

 大きな音をたてて倒れ落ちたオークは、ヒクヒクと痙攣して事切れた。


「怪我は?」

「ちょっとかすったくれーだ。それよりもあっち」


 シュウは腐葉土に埋もれるようにして横たわり膝を抱えている冒険者を示した。

 上等な上着に、質の良い皮鎧と籠手に膝当て、硬い革製のブーツというかなり防御力の高そうな冒険者装束の子どもは、泣きながら気絶していた。周囲に仲間らしい気配はない。


「女の子か。コズエちゃんより年下に見えるけど」

「成人年齢くらいだな」


 アキラは少女の抱える膝をそっと触った。腫れ膨らんでいるし、足先が不自然な向きにある。間違いなく膝が砕かれるか折れているかだろう。


「シュウ、その子の両肩を抑えていてくれ」


 アキラは少女の膝当ての革紐を切って外し、ブーツの紐も切ってパンパンに膨らんだ脚から抜いた。ナイフでズボンを裾から膝上まで切り開き、折れた骨を整復した。


「ああっ」


 痛みで少女の意識が戻った。


「っと、暴れるなよ。治療してるんだからな」


 痛みとパニックに少女は悲鳴を上げていた。


「落ち着け、大丈夫だって」

「いやぁーっ」


 脅え暴れる少女に「治療だ」と繰り返すが、パニック状態の少女には聞こえていない。

 かん高い悲鳴が森に響き、折れた足を動かそうとする。

 パチン。

 アキラの手が少女の頬を小さく叩いた。


「あっ」


 小さな痛みに意識が逸れた隙に、アキラは正面から少女と目を合わせ、ゆっくりと、穏やかな声で言い聞かせた。


「大丈夫だ。オークは倒したから、脅えなくていい」

「……」

「君は膝に怪我をしているね」

「……、は、い」

「今から治療をする、だから動かないで。いいね?」


 少女が視線を合わせたまま小さく頷くと、アキラは赤黒く腫れあがった脚を地面に置き、胸ポケットから錬金製の治療薬を取り出した。治療薬を振りかけると患部が淡い金色に光り、赤黒い腫れが消えていった。


「足は動かせるか?」

「あ、やって……いたっ」


 内出血と腫れだけにしか効いていない。骨折まで治すには一本では足りなかったようだ。


「ちょっと、何やってんですかっ!」

「女の子の悲鳴が聞こえましたよ」


 土と涙で汚れた少女を押さえつける男二人。

 少女の悲鳴を頼りにこの場に追いついた四人が少々誤解しても仕方なかった。たとえすぐ側に絶命したオークが転がっていたとしても。


「コウメイ、治療薬よこせ」

「アキも持ってただろ」

「一本じゃ足りなかった」


 差し出された手に自分の治療薬を渡したコウメイは、転がっているオークを見てニヤリと笑った。


「大物だな。解体手伝えよ」

「サツキ、コズエちゃん、代わってくれ」


 男の冒険者よりも同性の二人が治療をするほうが少女の気持ちは楽になるだろうと、アキラは二人に場所を譲ろうとした。


「ん?」


 立ち上がろうとしたアキラの上着の裾が少女に引っ張られた。


「治療はあなたがして」

「……薬を振りかけるだけですよ」


 強く掴まれた服は離してもらえそうにない。アキラは腰を落として治療薬を患部に振りかけた。


「足は動きますか?」


 ゆっくりと両手で膝を持ち上げた少女は、恐る恐るに足を動かした。少女の膝関節は痛みもなく正常に動いているようだ。

 少女の横に膝を突いたサツキが、ぬれた布で顔の汚れを拭いてやりながら尋ねた。


「他にケガをしているところはない?」

「ええ、大丈夫」


 涙と土の汚れを落としてやると、白く肌理の整った肌が現れた。輝くばかりの金髪、濃い緑の瞳は大きく、長い睫毛が美しく大きな目の周りを縁取っている。小さなピンク色の唇からはおっとりとした声が発せられる。美少女だった。同性から見ても間違いない美少女。

 美少女の全身は土草で汚れているが、特に痛みを感じる部分などはないようだ。渡された布で手の汚れを落とした少女は、紐の切れたブーツを見て唇を尖らせた。


「ブーツが台無しだわ」


 少女の呟きにピクリとアキラの眉が跳ねた。


「ズボンもこんな酷い姿に……この刺繍はエルズワースの手の品なのよ」


 残念だわ、と溜息をついて悲しげに目を伏せる少女の態度にイラっときた。膝をついて介抱をしていたサツキやコズエも、理解できずにぽかんと口をあけている。窮地を救われ大怪我の治療を受けた直後の言葉がこれか、と不快感をあらわにしたアキラに気づいた少女は、アキラたちの反応が予想外だとでも言うように首を傾げた。


「あの、何かおっしゃったらどうかしら?」

「……これ以上治療の必要はないようですので、我々はこれで失礼いたします」


 淡々と告げて立ち上がったアキラはサツキとコズエを促して少女の側を離れた。恩を押し付けるつもりはないが、一言の礼すら無い相手に寛容にはなれない。


「ま、待ちなさい。わたくしを街へつれて帰らないのですか」

「オークに殺されるところを助け、高価な治療薬を使い負傷を治療しました。自助自立の冒険者に対し余計なお節介をした事は申し訳なく、お詫びいたします」


 アキラの嫌みったらしい謝罪にますます困惑を深めた少女は、裂かれたズボンの裾をまとめ紐の切れたブーツに脚を入れて立ち上がった。


「わたくしは何か間違ったことをしたのでしょうか?」


 少女の問いを無視したアキラはオークの解体をするコウメイに近寄った。


「面倒なことになりそうだ。さっさと街に逃げ込もう」

「あの子はどうするんだ」


 聞き耳を立てていたシュウからこちらの会話を説明されていたのだろう、ヒロも複雑そうに横目で少女を見ている。オークと少女の間に割って入り傷を負いながら守り戦ったシュウは、パニックが収まり冷静になっても少女から礼の一言も聞けなかったことでこれ以上関与する気は失せていたし、それはアキラも同じだった。


「最低限の義務は果たした。これ以上のお節介は一人前の冒険者に対して失礼に当たるだろう?」


 直訳すると、このまま捨ててしまえ、だ。


「うわぁ、容赦ねぇな」


 仏頂面のアキラの返事にコウメイも笑いながら同意した。オークの出没範囲まで一人で狩りに出るほどの冒険者に対し、求められた以上の助力は侮辱になる。普通の冒険者が相手であれば、だが。


「どう考えても厄介事にしか思えねぇよな」

「浮世離れしているというか、世間ズレしていないというか……面倒そうですよね」

「勝手についてくる分には放置でいいだろ。流石に後味悪いのは嫌だからな」

「……たまたま街に戻るルートが同じなくらいは問題はない」


 オークの解体を手伝い、肉の塊をスライム布に包み込んで背負子に積み込んだ。少女の目があるので魔法は使わず破棄する部位はその場に放置し、コウメイたちは森の外に向けて歩き出した。


   +


「大丈夫かなぁ」

「あの子、本当に冒険者なんでしょうか」


 コズエやサツキが心配そうにちらちらと後ろを振り返る。オークの死体が握ったままの細剣を取り戻すことを諦めた少女は、身を守るものも何も持たずに少し距離をあけてコウメイたちの後をついてきていた。


「装備だけ見れば羽振りのいい熟練冒険者だが、本人は新人だろうな」

「金持ちのお嬢さんが道楽で冒険者はじめたってところか?」

「まさか貴族じゃないですよね?」


 少女の服は汚れることを考慮していない上質な布地に、エルズワースとか言う刺繍の入った繊細な縫製だった。防具もコウメイたちが身につけている物よりもずっと防御力が高そうなだけでなく、一目で全てを同じ意匠でそろえたオーダー品だと分かる豪華なものだ。それらを身につけている少女も、ゆるく編んだ柔らかな金髪と翡翠の瞳の色彩に、傷一つない細指と手入れされた爪、土汚れを神経質に払い落とすそのしぐさ、とても平民の新人冒険者には見えなかった。


「ギルドに登録しているかどうかも怪しいんじゃねーの? お貴族様は冒険者登録できねーんだろ」

「冒険者ごっこのお貴族さまがたった一人で森に入るか?」

「護衛とか、いたんじゃねーの?」

「まさか護衛を撒いてオークの出る辺りまでふらふらしてたんでしょうか」


 後をついてくる少女に聞こえないよう小声で話していた一同は、傍迷惑なという思いをこめた息を吐いていた。


「あの子が冒険者なのかどうか、確認しなくていいんですか?」

「確かめた後の方が面倒になる気がするんだよなぁ。知らなきゃ何があっても『知りません』で通せるだろ」


 コウメイは最悪の事態を想定しているのだと皆に念を押した。


「俺たちはオークに襲われていた新人冒険者を助けて治療した。それ以上は冒険者の自尊心を傷つけることになりますので遠慮しました、って事でいいと思うぜ」


 別にコウメイたちは少女を見捨てるつもりはない。少女の歩みに合わせて道を選び速度を落としていたし、休憩も普段からは考えられない頻度で取り、少女の体力に気を配っていた。もっともそういった配慮が少女に伝わっているとは思っていない。自力で脱出したと思うならば思え、こちらは無関係だ、という認識をハッキリさせたいだけだった。


「あの子、水筒も携帯保存食も持ってないんですよ」


 休憩のたびに疲弊している少女を気にかけたコズエとサツキが水分を持って様子を見に行っているが、彼女は名乗りもしなければコズエたちに名を尋ねることも、貴重な水を分けてもらったことに感謝する様子もなかった。


「きっと凄く偉いお家の子なんじゃないかな」


 お世話されて当然って感じなんですよ、とコズエが指摘したのにサツキも頷いて同意した。


「そろそろ森が終わるぜ」

「なんとか無事に戻ってこれたな」


 そろそろ太陽が傾いて空が茜色に染まり始めていた。門限には余裕があるが、ギルドへの報告には遅くなりそうだ。


「素材を卸すのは明日でいいよな?」

「肉類は早めに売ったほうがいいんじゃないですか?」


 アキラの冷却魔法で鮮度は保たれているが、生肉はあまり後回しにしたくないとヒロが言えば、コウメイがうんざりしたように首を振った。


「この時間だと査定窓口は大行列だぜ?」


 洞窟掃除のクライマックスと予想外の貫徹監視で睡眠不足、さらに厄介な新人冒険者を拾っての心労で心身ともに疲労困憊している。これであの行列に並んで査定を待つのかと思うと心が折れる。


「凄く疲れてますし、明日でいいですよね?」

「賛成。今日はお風呂はいってゆっくり寝たいです」

「飯作る余力残ってねぇよ」

「飯か。じゃあ今晩は俺の定宿で食わねぇか? 最近親父さんの飯食ってねーし、肉類だったら親父さんが買取ってくれるかもしれねーぜ」


 シュウの提案に、今日ばかりは料理をしたくないコウメイが真っ先に賛成し、肉の鮮度を気にしていたヒロが次いで同意した。貸家で食事をすれば後片付けの手間があるが、外食ならその面倒もないとコズエとサツキも賛成し、アキラも白狼亭で出される食事に不満はない。 

 コウメイたちが森を出た場所は、初心者向けのエリアから少し南に位置していた。遠くに街壁が見えているが、距離はかなりあった。

 振り返って少女の様子をうかがうと、無事に森を出た安堵にか草地にへたり込んでいた。森を抜け出るだけで体力を使い果たしたようだ。ここから街門まで歩くのはさすがに無理だろう。


「どうする?」

「森を抜けたとはいえこの辺りには銀狼もいるし、夜はいろいろ徘徊してるからな」


 銀狼と聞いて少女がびくりと身体を震わした。置いて行かれてはたまらないと立ち上がろうとするが、すぐに膝から力が抜け崩れ落ちてしまった。


「わ、わたくしは……わたくしは」


 言葉を選びあぐねた少女は声を詰まらせていた。普段の彼女なら一言命じて終わりだが、それでは彼らは動かない。自分の発言が冒険者達を不快にさせ助力を得られなかったことを理解していたが、何と言えば彼らから援助を引き出せるのか、少女には分からなかった。


「街まで歩けますか?」


 サツキに尋ねられた少女は首を横に振った。


「仲間の冒険者と緊急時の対策は話し合っていませんか?」

「そんなものは……」


 少女の小さな返事を聞き、サツキは兄たちに助けを求めた。いくら腹が立つ相手でも、このまま捨てておくのは後味が悪すぎる。アキラもコウメイも仕方がないと諦めきった表情で皆の背負子の荷物を整理しはじめた。


「街まで背負子に乗ってもらうけど、大丈夫かな?」

「落ちないようにロープでくくる事になるけど、問題ないよね?」


 ロープでくくりつけられると聞いて少女はカッと顔を赤らめ、すぐに青ざめて唇を噛みしめて不貞腐れたように頷いた。

 背負子を空にしたシュウがしゃがんで少女が座るのを待っている。コズエに促された少女は、アキラを見あげて言った。


「……あの、あなたに背負っていただきたいのですが」


 渋々少女を背負う役目を納得したシュウも、感情を表に出さないようにしていたアキラも、流石に切れた。


「俺たちに要求できるほど偉いのかあんたは?」


 抑えきれない怒りのこもったアキラの声に少女は脅え顔色を変えた。


「俺たちの中で最も力があり街まであんたを運べるのが彼だ。オークに撲殺されそうだったのを最初に駆けつけ守ったのも、だ。彼に運ばれるのが嫌なら歩け。目的地は見えているんだ、迷うことはないだろう」

「ち、違いますっ。わたくしは獣人を避けているのではなくて、あなたに……っ」


 少女は助けを求めてコズエとサツキを振り返った。

 多分アキラに一目惚れしたのだろうと思うが、少女の高慢な態度に腹を立てている兄は気づいていない。サツキは申し訳なさそうに少女に背負子に座るようにと促した。


「痛くないようにするから、少しだけ我慢してね」


 コズエが少女の腰の位置でロープを巻きつけて縛り、両肩から脇にかけて腕を通すよう輪を作って身体を固定した。少女の身体を固定し終えるとシュウがゆっくりと立ち上がった。


「きゃっ」

「悪りーけど、あんま動かないでくれるか。バランス崩して転んだらあんたの首の骨が折れるかもしれねーから」

「わ、わかったわ」


 空は茜色に染まり、そろそろランプが必要になってくる。

 コウメイたちは遅れを取り戻すべく足早に東門を目指した。

 歩行の定期的な揺れに誘われてか、少女はすぐに眠りに落ちた。


「縛り付けておいて正解だったな」

「今のうちに急ごう」


 疲労に鞭打ち駆け足になったコウメイたちは、日が暮れ落ちる前に東門にたどり着いた。

 背負った少女について門番に問い詰められるのは避けたいと、列の手前で足を止め、少女を降ろそうとしゃがんだ時だった。


「捕らえろ!!」


 門の内から走り出した兵士たちが、コウメイたちを取り囲んで剣を突きつけた。


   +++


 少女はゆっくりと目覚めた。

 絹紗のドレープの天蓋がぼんやりと目に入った。柔らかな枕と肌触りが良く軽い寝具、身体を締め付けていた防具は取り払われ、ゆったりとした就寝着が着せられている。


「お目覚めでございますか、姫さま」


 いつの間に寝室に戻ってきたのだろうかと半分寝た状態で考えらながら身体を起こした。

 信頼の厚い侍女が少女の背に枕をあてがい、額の汗をやさしく拭った。


「お茶をお煎れいたしますね。少ししましたら典医をおよびします。お食事はその後になりますがよろしいでしょうか?」

「……わたくし、どうしたのかしら」

「おいたわしいですわ、姫さま。荒くれ者どもにあのように囚われて、お気を確かにお持ちくださいましね」

「荒くれ……?」


 少女は差し出された香茶のカップを受け取り、その香りを楽しみながらゆっくりと覚醒していった。


「ああ、そうでしたわ。わたくし東の森に入ったのでしたわね」


 予てからの望みだった冒険者の証を、誕生日の祝いとして祖父にねだったのだ。せっかく手に入れた憧れの身分を手に、護衛たちと共に森に入ったのだ。

 多数の護衛により周囲を守り固め森に入ったが、それは少女が望んだものではなかった。彼女が欲しかったのはほんの少しの自由とスリルだ。護衛を撒くために嘘をつき、祖母の形見の幻影の魔武具を使って一人森の奥へと進んだ彼女は、方角を見失い、迷い歩いているうちにオークに遭遇して、そして。


「マリー、わたくしをオークから救った冒険者たちはどうなりましたか?」

「まあ、姫さま、オークに襲われたなどと恐ろしいことを」

「本当よ。わたくしが一人で森を歩いていたら、オークに遭ってしまったの。わたくし膝を砕かれてしまって、痛みで気を失ったのよ」

「まあまあ、お膝でございますか? 姫さまのお体にはそのような痕はございませんでしたよ」

「とても美しい殿方がわたくしを助け治療薬で傷を癒したの。まるで『帰還を望む流れ人と森の聖女』の出会いのようでしたのよ!」


 ほんのりと頬を染めて語る主人を微笑ましく見ながら、マリーは膝下が裂けたズボンと紐の切られたブーツに思い至った。典医に伝えておくべき事柄が一つ増えた。


「獣人の方と二人で並ぶさまは、まるで流れ人と獣人王のようで!」


 興奮して語った後、うっとりとしていた表情が曇った。


「でも、わたくしその方を不快にさせてしまったようなの」


 愛らしい主人の笑みが悲しそうに萎れた。


「どうしてそうなってしまったのか分からなくて。ねぇマリー、わたくしどうすれば良かったのかしら?」

「姫さまがお悩みになる必要はございませんわ。お疲れなのですからまずは典医の診断をうけてからゆっくりとお休みくださいませ。姫さまが目覚めましたらルーファス様にお知らせすることになっております」

「……おじい様に叱られてしまうかしら」

「護衛を撒いてしまったのは良くはございませんでしたわね」


 マリーは落ち込む少女の手からカップを受け取り、宥めるように上着を肩にかけた。


「ねえ『帰還』を取ってちょうだい」

「目覚めたばかりですのに、もう読書でございますか」

「もう一度出会いの場面を読み返したいの」


 やれやれと軽く肩をすくめたマリーは、主の為に『帰還を望む流れ人と森の聖女』の上巻を本棚から選び出して渡した。


「典医を呼んでまいりますので、静かにして待ちくださいまし」


 少女が祖父との面会にてお叱りを受け、騎士団長直々の聞き取りに応じたのは目覚めてから三日後のことだった。


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