王都 第137回・洞窟掃除 後
夜明け前に蝙蝠たちが洞窟に戻ってきた。
ゴブリンたちが洞窟を出て行ったのは、日が随分高くなってからだった。
「まずは大蜘蛛だ。赤い前脚は毒がある、絶対に刺されるなよ。アキとサツキちゃんは洞窟入り口から矢で攻撃。コズエちゃんは落ちてきた蜘蛛にとどめを刺してくれ」
「分かりました」
「ヒロとシュウは蜘蛛の巣を払い落としてくれ。くれぐれも糸に絡まらないように。終わったら蜘蛛退治だ」
「りょーかい」
それぞれの武器を手に定位置についた。シュウを先頭にコウメイとヒロが洞窟の奥へと進んでいく。外の光が届かない影まできて足を止めると、アキラに向かって「射れ」と合図を送る。
天井向けて矢が放たれた。
矢の刺さった大蜘蛛の反撃をコズエが槍で払う。
脚を切り落とされた大蜘蛛が巣から落ちたところに、コウメイがとどめを刺してゆく。
「蜘蛛の動きが悪いな」
「朝飯の蝙蝠をたらふく食った後だ、消化中だったんじゃねーの?」
「まだいますよ、全部で六匹ですね」
探査用ランプを天井に向けたヒロは、蜘蛛の巣を支える太い糸を切りながら目立つ毒爪の数を数えた。
「崩れた巣が絡まってんな」
「自分の出した糸にからまる蜘蛛ってあり得ねぇな」
「アキ、固まってるあそこを撃て」
ランプに照らされた天井に向けてアキラが三連続で矢を射た。
巣をどうにかしようとしていた大蜘蛛二匹が絡まるようにして落ちた。
シュウとコウメイがそれぞれを斬りつけ、動けなくなったところに剣を刺して絶命を確認する。
坑道には黒い巨大な蜘蛛がいくつも転がっていた。
「これで全部か?」
「影になってるので目視は難しいです」
「気配は感じねーよ」
「念のためだ、アキ頼む」
コウメイに促されアキラは魔法で作った炎を蜘蛛の巣のある天井に向けて投げた。照らされた坑道の天井は蜘蛛の糸がぶら下がっているだけで、大蜘蛛の姿はなかった。
「大蜘蛛の討伐部位は赤い毒の前脚だったよな?」
「とりあえず外へ運び出そうぜ」
「蜘蛛って触りたくない感じですよね」
「糸袋いるんだろ?」
「いりますっ」
洞窟から出て森の側で解体を済ませ、必要な部位を取り除いた後はコズエの掘った穴に埋めて終わりだ。
採取部位を持ってセーフゾーンに戻った六人は、洞窟入り口を監視しながらの休憩に入った。サツキが持ってきたジャムクッキーでエネルギー補給しながら、洞窟奥の探索方法を検討しはじめる。
「ゴブリンを倒すのはそれほど難しくないが、場所が悪い」
「洞窟内で戦闘になったら乱戦だろ、同士討ちを気にしてたらゴブリンに隙を突かれるぜ」
「外に出ているゴブリンが帰ってきたときに、洞窟に入る前にやっつけちゃうのはどうですか?」
「数を減らしてから洞窟の方をやるのはいいな」
「一度に戻ってきたら、流石に厳しいぞ」
朝方の観察では、洞窟を出たゴブリンは二十体。
「じゃあ先に洞窟の中に残っているのを討伐しますか?」
「問題は全部で何体いるのかわからねぇ事だよな」
「偵察してこようか?」
「洞窟広場の安全確保が先だ」
「大蜘蛛は排除できたんだ、広間は蝙蝠さえ気をつければ探索は難しくないと思うぞ」
ゴブリンが戻ってくるまで待機というのも時間がもったいない、とりあえず洞窟内広場までは探索をしておくことになった。
「ヒロは洞窟入り口で待機。ゴブリンの警戒を頼む」
「ゴブリンが戻ってきたらこの笛を吹けばいいんですね?」
ヒロはコウメイから預かった合図用の笛をポケットに入れた。
「五人で洞窟内に入るが、広場を探索している間はアキとシュウで採掘道の前で奥の魔物を警戒してくれ。コズエちゃんとサツキちゃんは広場の探索だ」
休憩を終え、再び六人は洞窟へと入っていった。
+++
「わぁ、ドキドキしますね」
破れた蜘蛛の巣の残る天井を見あげたコズエは興奮を抑えきれずに声をあげた。
「本物のダンジョンもこんな感じなのかなぁ」
「ダンジョンというよりも、おばけ屋敷って感じがします」
ゆらゆらと揺れている蜘蛛の糸を避けながらサツキは足が止まっているコズエの背を押した。
「そろそろ静かにな。この先は暗いし、天井には蝙蝠がびっしりぶら下がってる、起こさないようにするんだ」
「はい」
探索用ランプに火を点し、洞窟内の大きな空洞を手前から順番に照らした。足元には色々な物が転がっている。天井を見ればぶら下がった蝙蝠がうずうずと身動きをしているが、ほとんどは寝ているようで襲ってくることもなさそうだ。
「これ、蝙蝠の糞が積もったのかな?」
「触るなよ、疫病の恐れがあるからな」
「この骨は魔猪っぽくないですか?」
「昨日ゴブリンが運び込んでいたのも魔猪でしたよ」
ランプで照らしてみれば、まだ乾燥しきっていない骨がいくつかあった。側には砕かれた木片や割れた石が転がっている。
「コウメイ、この採掘穴の奥へ何かを引きずった跡がある」
アキラが警戒しているのは右の穴だ。
「そっちはどうだシュウ」
「こっちは足跡くらいしかねーな」
「ゴブリンの気配は?」
アキラは気配なしと言い、シュウは奥の方でこちらを警戒しているような気配があると。
「俺らの物音に警戒してるけど、襲ってくる感じじゃねーな。いけると思うけど、どうする?」
シュウはこのまま討伐するべきだとの考えのようだ。
「採掘穴はそんなに大きくないだろ。二人並んで歩くとキツイくらいだ、そこで戦闘になったらまともに武器を振り回せない」
コウメイの長剣はもちろんアキラの脇差でも無理がある。短剣なら振り回せそうだが、そうなると間合いが問題になってくる。槍は有効だが女の子を先頭に立たせるのは心情的に避けたい。
広場には特に発見するものはなかった。洞窟の奥へ進むか、それとも、と決めかねていた五人の耳に、笛の音が聞こえた。
「ヒロくんっ!」
「戻るぞ」
五人は即座に駆け出した。
+
洞窟の外ではヒロがゴブリン四体を相手に立ち回りを演じていた。体術と剣を組み合わせた接近戦が得意だといっても、さすがに多勢に無勢すぎた。
ゴブリンの棍棒を受け流し、勢いに任せ脚を払う。転んだゴブリンに剣を刺す間もなく背後からの攻撃をかわして離れ、手斧を振り下ろすゴブリンの腕を切りつけるが、硬い皮膚をかすっただけだった。
完全に囲まれていた。どれか一体を捕獲して盾にしようとしたが、他のゴブリンからの続けざまの攻撃をかわすだけで精一杯だ。一人で戦っていればいずれゴブリンの攻撃を防ぎきれなくなる。笛の音は届いているのだろうか。コズエが、コウメイたちが戻ってくるまであとどのくらい耐えなければならないだろう。
重心を変え、剣でゴブリンの脚を払い斬った。二体のゴブリンが痛みにヒロから遠ざかろうと後退した。それを追うように突っ込んだヒロは、ゴブリンに体当たりをして囲みを突破した。
「ウギィィィ」
倒れたゴブリンから離れ、背後を取られないように位置を取る。
「無事だな!」
「シュウさんっ」
洞窟を背にしたヒロの横に剣を構えたシュウが立った。
トス、トスっ、と矢がゴブリンに刺さる。
「サツキさん」
「とどめさしてください」
腹に矢を受けたゴブリンが棍棒を振り回し迫っていた。
矢傷の腹を庇う動きに合わせ、ヒロの剣が隙を突いて斬りつけた。
シュウも素早く背後を取り、打つようにしてゴブリンの頭を斬る。
シュウとサツキの加勢であっという間に形勢が逆転し、コズエやコウメイらがついた頃には四体のゴブリンは全て絶命していた。
「こんなに早くもどってくるとは思わなかったな」
「このゴブリンたち、獲物を持っていないんですよ」
「忘れ物でもして戻ってきたんでしょうかね」
「どっちにしろ、洞窟の探査は後回しだな。安全を考えたら戻ってくるゴブリンどもを全部始末してからの方がいい」
素早く討伐部位と魔石を回収し、森の中にゴブリンの死体を埋めて隠した。
セーフゾーンにもどり、魔猪肉と芋の煮込みとクッキーバー、アキラの採取してきた野草のサラダで食事を終わらせたコウメイたちは、ここから洞窟入り口を見張って戻ってきたゴブリンたちを屠っていくことにした。
昼過ぎから順番に戻ってきたゴブリングループに、アキラとサツキの矢で先制攻撃をし、慌てる隙にコウメイとシュウでとどめを刺す。コズエはあらかじめ森の中に穴を掘っておき、耳と魔石を回収した後の死体をヒロが運んで捨てるという流れ作業が何度か続き、朝方に洞窟を出て行った全てのゴブリンの討伐を完了した。
「魔猪一頭に角ウサギが三羽」
「なんか、ゴブリンのあがりを強奪したみたいですね」
「いや、まんま強奪だろ」
狩りに出ていたゴブリンたちが持ち帰った獲物は、コウメイたちがありがたく頂くことにした。角ウサギの角は折れていて素材にはならなさそうだが、皮と肉は丁寧に解体しておく。魔猪肉は自分たちが狩った物もあるが、血抜きをしてアキラの魔法で冷却しておけばしばらくは問題ないだろう。
「蝙蝠が出て行くぞ」
見張り役のアキラが洞窟から飛立っていく蝙蝠の群れを指し示した。空も赤く染まりかけており、木々の陰が濃く暗くなっていた。
「戻ってくるゴブリンの心配はないし、蝙蝠に気を使う必要もない。晩飯の後に洞窟探索でいいか?」
「採掘穴もか?」
「安全が確認できれば、だけどな」
おそらく仲間が戻ってこないことで洞窟奥に潜んでいるゴブリンは警戒をしているだろう。
「まずは広場と、アキが見張ってた方の採掘穴かな」
「ああ、あの引きずったような跡か」
「他の魔物はいないと思いたいが、細心の注意は必要だな」
日が完全に暮れてしまう前にとコウメイが鍋を火にかけた。魔猪の背脂を熱でたっぷりと溶かし、ムカゴを入れて炒め揚げ状態にした。ホクホクになったところで皿代わりの葉に移し、塩コショウをして一品目が完成だ。見た目は湯気のたつ黒茶色の石だ。これが本当に食べられるのかと、シュウの手が伸び一粒をぽいと口の中に放り込んだ。
「うほっ、フライドポテトみてーだ」
「摘み食いするなよ」
「一つくらいいいじゃねーかよ」
油の残った鍋に香根を刻んで入れ香り付けをしたところに、水と乾燥野菜をいれ、ゴブリンから奪い取った角ウサギ肉を薄くスライスし、沸騰するスープに落とした。味付けはシンプルに塩だけだが、魔猪の脂と香根の風味が強くいい香りが漂っている。
「「「「「「いただきまーす」」」」」」
全員の手が最初にムカゴに伸びた。
「皮がパリッとしてて、お芋はふかふかで美味しいっ」
「本当にフライドポテトみたいだ」
「帰りにもこの『ムカゴ』ってやつ、いっぱい取って帰りましょう」
食事を楽しみながらも洞窟入り口の監視は続けていた。ゴブリンが出て来ることも、新しい魔物が洞窟の様子をうかがいにくることもなかった。
+++
夜の洞窟は生き物の気配が消えていた。
出入り口の大蜘蛛は討伐済みだし、天井にびっしりとぶら下がっていた蝙蝠は活動時間のため森に出ている。洞窟に戻ってくるはずだったゴブリンたちは全て屠った。この洞窟に残っている大型の生物は人間が六人と、採掘穴の奥に潜んでいるゴブリンだけだろう。
入り口から広場まではほぼ危険はない。広場にも武器になるようなものや危険な虫などもいない。
二つの採掘道への入り口でシュウが気配をうかがう。やはり右の短い採掘道は何も感じず、左の長く分かれ道のある方にはかなり奥の方で生き物の気配があるらしい。
当初の計画通り、右の短い採掘道から探索することにした。
「隊列はシュウが先頭、ヒロ、俺、殿がアキ。コズエちゃんとサツキちゃんは広場側で警戒待機」
「私も洞窟に入りたいです」
コウメイの采配にコズエが声をあげた。せっかくのダンジョン気分を味わえるチャンスなのに、待機は辛い。
「狭くて細長い場所は槍は向かないぜ?」
「でも敵と遭遇した時は槍の方が間合いが取れて有利ですよ」
「その一戦目だけで終われば問題ねぇけど、敵の数が多いと身動き取れなくなるんだよな」
「なら俺が残るから、代わりにコズエちゃんは殿でどうだ?」
「アキラさん、ありがとうっ」
「おい、アキ」
「こっちの採掘道は短いしおそらく戦闘はないだろうからな。ダンジョン気分を楽しむくらいならいいんじゃないか。ただし、左の採掘道に入るときはコウメイの指示に従うこと」
「わかりました!」
何かがあった時の連絡用に笛を受け取ったアキラがサツキと共に広場に残り、四人はゆっくりと採掘道へ入っていった。
両手を広げて壁に手がつくかつかないかの幅の穴を一列になって進む。天井は思ったより高く、一番背の高いコウメイがギリギリ屈まなくてもよいくらいだ。先頭のシュウは前方を照らし、ヒロとコズエのランプは足元を照らしている。採掘時代の石が転がったままの床に足を引っ掛けそうだった。
「引きずった跡は奥まで続いてるぜ。生き物の気配はねーな」
壁や天井を照らすと、採掘の跡が複雑な影を作って不気味に映る。
「ここは何を採掘しようとしてたんでしょうか」
「さあな。鉱脈探しなら調査のためにしてももっと深くまで掘りそうなものだが、入り口からの距離を考えても本気で掘ってなかったっぽいな」
「確かに、試しに掘ってみてすぐに諦めたって感じですね」
そんな話をしているとすぐに採掘道は行き詰まった。
「どうもゴブリンたちの食料保存庫だったみてーだ」
シュウが身体を寄せて場所を譲ると、少し広くなった突き当たりに、動物の死骸がいくつも置かれているのが見えた。
「魔猪が多いですね」
「保存食にしては、雑だ」
「血抜きもしてないみたいだし、これ忘れて腐らせたりするんじゃ?」
「栗鼠じゃないんだから……いや、ゴブリンだし」
四人はそのまま広場へと引き返した。
「残るはここか」
左の採掘道は右の物よりも若干大きく掘られている。人が二人並んで歩けるほどの幅だが、剣を抜くと身動きが取れなくなりそうだ。
「先頭はシュウ、頼む」
「任せとけ」
「俺、ヒロ、サツキちゃんにコズエちゃん、最後がアキかな」
「私たちもいいんですか?」
「この先は分岐もあるし、その辺りまでは全員で移動した方がいいだろうな」
そこから先は確実に戦闘になるだろう。この狭い空間でどれだけ戦えるか不安だ。
採掘道の入り口から約三十メートルほどは何事もなく進み、分岐へとたどり着いた。事前に見ていた洞窟地図によれば、右はのぼりの直線、左は蛇行した採掘道だったはずだ。
「左だな」
シュウの合図に、ここから先はコウメイが先頭を進む。曲がり角の手前で剣を抜き構えた。
「ギグァ!」
「ウギガァ」
ライトの光でコウメイらが来ることがわかっていたのだろう。待ち構えていたゴブリンは三体。一斉にコウメイに襲い掛かった。
洞窟用に短めの剣を使っているコウメイだが、それでも振り回すには狭かった。
「二体任せるっ」
最初に襲いかかってくるゴブリンの勢いを利用し、ヒロを真似て脚を払って後ろの仲間へと投げやった。
振り上げた棍棒が岩壁に激突した。
すり抜けざまに斬りつけ、蹴り放す。
最奥にいたゴブリンと向かい合ったコウメイは、真正面から切りかかった。
いつもの長剣ではないため打撃力は期待できないが、切れ味は今使っている剣の方が上だ。かすっただけでもゴブリンの硬い皮膚に線が入ってゆく。小刻みに力を削り、焦りで大振りになったところで剣先を定めて突き込んだ。
ゴブリンの腹を貫通した剣は岩壁で止まった。
素早く剣を抜き、明かりを手に前方を警戒する。
「こっちも終わりました。怪我人もいません」
「部位採取は後だ、行くぞ」
これだけの騒ぎが聞こえていないはずはない。奥にまだゴブリンがいるなら次の曲がり角で待ち構えているはずだ。
コウメイはじりじりと慎重に進む。カーブの手前で岩壁に身を寄せ、そっと先をうかがき込んだ。暗闇に向けランプを掲げる。
「何もねぇな」
ふっと身体から力が抜けた。警戒は解かないものの、軽い足取りで曲がり角の先へと進んだ。
突き当たりは少し広くなっていたが、砕いた岩や割れた石のほかには何もなかった。ゴブリンが隠れるようなものは何もない。
「さっきの三体だけだったみたいですね」
「ここ、天井高だけはあるのね」
「ゴブリンの巣にしては何もないんだな」
順番に小部屋のような空間に入って様子を確認した後は、分岐まで引き返すことにした。もう片方の採掘道も確認しておく必要があるだろう。分岐まではシュウが先頭、ヒロ、コズエ、アキラ、サツキと続いて今度はコウメイが殿だ。
小部屋を出て引き返そうとするアキラが、サツキからランプを受け取ろうと振り返った。
「コウメイ後ろだ!」
そう叫び妹を押しのけた。
駆け寄ったアキラの指し示すものを見て、コウメイは引きつった笑いを零した。
「ははっ、まさかこんなところに魔素溜りができてんのかよ」
突き当たりの岩壁と床との際がわずかに発光し、そこから手が湧き出していた。
「お、お兄ちゃん、これは何なの?」
「離れていろっ」
「アキラさん? コウメイさんっ」
「入ってくるなよ、狭いんだからな」
剣を構えたコウメイは、思う存分やれとアキラを煽った。
「ぶっ倒れたあとの事は心配すんな」
「この程度で昏倒するか」
アキラの手に生まれた炎球が、黄から白、白から青へと色を変えてゆく。
「完全に出て来る前に終わらせる」
「分かった」
アキラは火球にありったけの魔力を注ぎ込み、湧き出す手に向け投げつけた。
岩と魔素と熱がはじけ、湧き出していた腕ごと抉れたそこに、コウメイは剣を突き刺した。剣から手を離して場所を譲ると、アキラも脇差を突き刺す。
アキラの魔法が効いたのか、二本の剣がとどめをさせたのかは分からないが、魔素の光とゴブリンの腕は消えてなくなった。
「何が起きたんですか?」
「お兄ちゃん大丈夫なの?」
駆け戻ってきた皆に、脇差に手を置いたままのアキラが簡単に説明をした。以前二人が経験したゴブリンのスタンピードの発生源のこと、この場所にゴブリンが湧く魔素溜りが出来ていたこと、スタンピードの時と同じ方法でゴブリンが湧き出ようとしていた発生源を破壊した、と。
「俺たちはしばらくここで様子を見ておきたい。残った採掘道の確認を頼んでいいか?」
「分かりました。ここにはどれくらい居るつもりですか?」
「とりあえず一晩。朝になってもゴブリンが湧いてこないなら大丈夫だと思う」
二人で見張りは大変なので交代をと言うヒロに、対処方法は知っているからと宥め、残る採掘道に向かい何事もなければセーフゾーンに戻れと言い聞かせて送り出した。
「安全なところに居てくれた方が俺たちもやりやすいから」
そう言って最後まで残ろうとした妹を宥めて送り出したアキラは、足音が遠ざかるのを確認してようやく床に崩れ落ちるように座り込んだ。
「お疲れさん」
「……久々に昏倒寸前まで力を使ったな」
「ピアス外しゃもっと楽だったんじゃねぇの?」
「この程度の魔素溜まりに、大きすぎる魔力は逆に危ない」
岩壁に背中を預けたアキラの横に腰をおろしたコウメイは、二本の剣を見て溜息をついた。
「これからどうする? 俺はスタンピードの後始末の仕方は知らねぇんだよな」
「コウメイが知らないのに俺が知ってるわけないだろう」
あの時のアキラは昏倒したまま一晩目覚めなかったし、コウメイはアキラを運んだり報酬を受け取りに出かけたりと忙しく、マイルズたちがこの後に何をどうやっていたのか見てもいない。そもそも今回の二人の対処方法も、マイルズたちがやっていたことを真似しただけだ。この魔素溜りの封じ方も正しいのかどうか判断がつかないのだ。結果的に魔素が散りゴブリンの排出が止められただけだった。
「マイルズのおっさん達が一晩寝かせてたのなら、ここも同じようにやってみるしかねぇよ。一晩様子を見て新しいのが湧いてこないなら、洞窟掃除の完了でいいんじゃないか? 報告書に全部書いて、後は依頼主の判断に任せちまおうぜ」
「……もう、いろいろ考えるのは面倒になってきたな」
二人は後始末を依頼主たちに投げる事に決めた。引き請けたのは洞窟掃除であって、魔素溜りの破壊ではない。
身体を起こしているのも辛いアキラは、ずるずると上半身を床に落とした。辛うじて目を開けてはいるが、意識を保つのはかなり苦しそうだった。
「寝てろよ。ぶっ倒れた後は心配すんなって言っただろ」
「一人で、監視は」
「来るなって言ってもあいつらは様子見に来るだろうから、大丈夫だって」
「……少しだけ、だ」
ポンポンと、アキラの背中を撫でてやると、ゆっくりとまぶたが閉じた。
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翌朝まで監視を続けた結果、コウメイたちは魔素溜まりは消滅したとの判断をくだした。
全ての採掘道から魔物の存在を殲滅し終えた六人は、昼前に洞窟を後にしたのだった。




