王都 第137回・洞窟掃除 前
「ラノベ展開なら、やっぱりダンジョンとかを期待しますよね? この世界ってレベルもスキルもダンジョンも無いのに、獣人とかエルフとかが存在してて、中途半端に物足りなくなりません?」
魔法があって魔物がいて、自分たちは冒険者として生きている。これがラノベ展開といわずして何と言うか。世界に少しばかり夢を見ていたいコズエの熱の入った主張に、思いがけない答えが返った。
「ダンジョンならあるぜ」
「あるのかっ?!」
「ゲームのダンジョンとはちょっと違う雰囲気だけど、東に森を抜けたところの山の麓に、でっけー洞窟があって、ちょっとしたダンジョンっぽくなってるぜ。魔物も出るし……行きてーのか?」
ダンジョンと聞いてキラキラと目を輝かせるコウメイとコズエは、近いうちにダンジョン攻略(?)するぞと盛り上がっている。そんな二人を横目で見つつ、アキラは処置なしとでもいうように首を振った。
+++
ダンジョンと言ったが、あれはほとんど洞窟だぞと、シュウは級友とパーティーリーダーに忠告した。
「宝箱なんてないし、階層もない。鉱脈を探して掘った横穴で、中で三本くらい分かれ道はあるけど、迷路ってほど複雑でもねーよ?」
「いいんです、ダンジョンっぽいってだけで楽しいじゃないですか」
「たまには違う環境で魔物討伐してみてぇよな」
それなら丁度いい依頼があるとシュウに教えられ、ギルドの掲示板で見つけたのは「第百三十七回洞窟掃除」という依頼だった。
「なんだその数字は」
「ずっと昔に洞窟から魔物が溢れたことがあったらしーぜ、それで定期的に討伐することが義務付けられてんだってさ」
依頼書によれば、洞窟掃除は三ヵ月ごとに発注されており、受注したパーティーだけが洞窟で討伐できるとあった。洞窟に住み着いている魔物の討伐報酬や素材や魔石を独占できるのだ。
「こんなおいしい依頼が手付かずで残ってるなんて、何か裏があるんじゃないですか?」
ギルド職員はコズエの疑問に苦笑いしながら答えた。
「狩場争いをせずに済むというメリットもあれば、デメリットもあるんです。まずは洞窟内の魔物情報を提供できないのが一つ目。二つ目は洞窟内の魔物の完全排除と出没した魔物情報の詳細なレポートを提出していただくこと。特に二つ目の条件が冒険者の方々には不評のようでして、なかなか引き請けていただけないんですよ」
「ああ、冒険者って基本脳筋集団だからなぁ」
「そうなんですよ。魔物の種類と数と個体の特徴、洞窟内のどこに住み着いていたのか、そういった記録を報告してもらわないといけないのですけど、凄く嫌がられまして」
記録にも定められた形式があり、異なる形式で提出された場合は不備として突き返され、書き直しを命じられるということだ。
「うわ、めんどくせー」
「絵まで描かなきゃいけないんですか?」
職員に見せられた専用記録用紙には、発見日時と場所、状況に個体数、身体的特徴と討伐時の状況説明を書く欄があり、魔物の絵図を描き込むスペースもしっかり確保されていた。
「朝顔の観察日記のめっちゃ詳細バージョンって感じですね」
「これは面倒だな」
「敬遠したくなります、これは」
「何故この依頼だけここまで詳細なレポートの提出義務があるんですか?」
依頼仕事には報告義務が伴うが、たいていは口頭で済むし、貰った証明を提出して終わりというのが普通だ。これほど詳細な報告を課すものは滅多にない。
「依頼主が高額な依頼料を支払う条件としているんです。この洞窟が魔物研究の観測地点になっているとかで」
職員もそれ以上詳しいことは知らないようだった。
「その依頼主はどこなんだ?」
「王立魔物研究所と魔法使いギルドの共同発注です」
なるほど、研究者の下請けなのか。要求水準が高すぎるのも納得だった。
「洞窟掃除をN629が請けてくださるという事で手続きしてかまいませんか?」
ギルド職員の問いに、コズエは皆を振り返って意見を求めると、アキラが首を振り職員に尋ねた。
「毎回レポートが提出されてるなら、それを読ませて欲しい。そのうえで引き請けるかどうかを決めたい」
「それでしたら資料室に写しが保管されています。直近の五年分くらいしかありませんが」
閲覧手続きを取ったアキラを中心に資料室で過去のレポートを読むことになった。事前調査とはいえ面倒くさい作業にシュウは気が乗らないようで、ぱらぱらと捲るだけで目は文字を追っていない。コズエとコウメイはダンジョン探査の準備だと積極的にレポートの束を読み込んでいた。
「へー、もともとは採掘のために掘られた横穴なんだ」
「結局鉱山としては見込みがないと早々に封鎖されたようだな」
過去のレポートから洞窟の地図はかなり詳細なものが残されていた。入り口は人が手をあげても届かないほどの天井高で、入り口から五十マールほど中に入ると、槍や長剣を振り回せる広い空間になっている。その先は二つの穴が掘りすすめられており、右手の穴はおよそ百マールほどで行き止まりだ。左手の穴は二百マールほど先で道が分かれており、それぞれ三百マールほど掘り進んだところで行き止まりだ。
「ええと、五十マールってだいたい五メートルくらいでしたっけ?」
「十マールが約一メートルだな」
「思ったより狭いんですね」
天然の迷路を期待していたらしいコズエは少しばかり残念そうだ。
「アキラさん、過去のレポートなんですけど、魔物の種類がバラバラで規則性が全くないみたいです」
ヒロが読んでいた数冊のレポートを見比べながら気づいたことを言った。
「百三十回目の時はゴブリンと大蜘蛛がいて、百三十一回目は銀狼と吸血蝙蝠に大蛇、百三十二回目は双頭蜥蜴とゴブリン。毎回討伐した魔物が違うんですけど、これはどういうことなんでしょう?」
「バラバラだな」
「オークがいた時もあれば、魔猪に占拠されていたときもあったみたいです」
「魔物情報を提供できないって言ってたのはこれのことか」
アキラもいくつかのレポートに目を通し、おそらくだがという推測を口にした。
「魔物が生まれるには二通りある。ひとつは繁殖だ。繁殖は動物並みの繁殖力で増えるが限りはある。もうひとつは魔素の発生する場所から湧く」
「湧く?」
「魔素が固まって溢れた場所から、本当に湧き出るんだ」
ゴブリンのスタンピードでは、地中に固まった魔素からまるでゲームビジュアルのようにゴブリンが生まれていた。
「洞窟内の魔物は湧き出るタイプじゃなく、森の魔物が住み着いた方だと思う。だから毎回討伐する魔物が違うんだろう」
魔素溜りにも段階があり、単一魔物の湧くものが最下位なら、複数魔物が湧き出るものは最上級の危険な魔素溜りだ。世界を滅ぼすレベルの魔素溜りが王都のご近所で発生していたら、とっくに騎士団から冒険者ギルドで掃討戦になっているはずなのだ。
「魔物が洞窟を家代わりに使ってるパターンか」
「多分な」
魔素は自然に溜まるものもあるが、多くは増えすぎた魔物たちが放出する魔素が溜まって発生する。ゴブリンの巣が巨大化すると魔素溜まりが生じ、上位種が湧き、そのまま放置すればスタンピードにまで発展する。以前洞窟から魔物が湧いたというのも、おそらくこのパターンだったのだろう。王都の目と鼻の先でスタンピードなど起きては困るため、洞窟掃除が定期的に実施されているのだ。
「だったら今回の魔物の種類も多くても二、三種類だろうな」
「問題はどんな魔物が住んでいるか、ですよね」
「手間取る魔物じゃないといいなぁ」
過去の討伐記録を集計してみるとだいたいのパターンは掴めた。夏場に多いのは大蜘蛛と吸血蝙蝠と大蛇。ゴブリンやオークは季節を問わないが、どちらかと言うと冬場にいることが多いようだ。
「大蜘蛛がいたときは吸血蝙蝠はいないし、ゴブリンとオークは同時に討伐された記録はないな」
「先に洞窟に入って居住権を主張してるみたいで面白いですね」
「蜘蛛が先に入り口に巣を張ったら、後からきた蝙蝠は引っかかって食われるんだろうぜ」
「入り口で蜘蛛の糸を避けられる魔獣や魔物が同居ってパターンが多いな」
「吸血蝙蝠よりも大蜘蛛がいいです。大蜘蛛の糸袋はスライム布の加工に使えるし、売っても高値がつくんですよ」
「確かに蝙蝠の毒袋よりは管理しやすいよな」
地図を見ていたアキラは距離を測り難しい顔をしていた。
「シュウは森を抜けて洞窟まで行ったことはあるか?」
「ないな。双尾狐はそれほど奥まで追いかける必要もなかったから、俺はこの辺りまでだ」
シュウが指を置いた位置は初心者の森から十ミル(十キロ)も入っていない。
「洞窟の位置は森を抜けきった先だろう? 暴馬の出没ポイントを超えて山沿いだから、このあたりだ」
「結構遠いんですね」
「洞窟までは徒歩だとどう計算しても半日以上はかかるぞ。洞窟掃除だって一日で終わるとは限らないし、どこかで野営は確実だな」
過去のレポートによれば洞窟掃除は最短で二日、最長で七日を要している。準備する物資は七日分を最低限として用意した方が良さそうだった。
「結構な荷物になりそうだが、肉は現地調達、飲み水は俺とサツキちゃんでカバーできる。魔物は洞窟に閉じ込めたと考えて対処すれば何とかなるんじゃねえか?」
「討伐方法は潜伏している魔物を確認してから考えるが、過去の例からもそれほど難しくはなさそうだし、いいんじゃないか」
「じゃあ依頼の請負登録してきますね」
コズエは「ダンジョン、ダンジョン」と鼻歌を歌いながら資料室を出て行った。閲覧資料を棚に戻しコズエの後を追ったコウメイたちは、受付カウンターでレポート用の提出用紙の束を渡されているところで合流した。
「貴重な植物紙です。絶対に紛失しないで下さいね。使用しなかった紙は必ず返却してください」
「えーと、これアキラさんにお願いしていいですか?」
他の冒険者を脳筋と揶揄ったが、N629もだいたい脳筋の集まりだ。ヒロやサツキは書類仕事も苦ではないが、自分たちよりも適性のある者がいるのだ、任せたほうが良いに決まっている。
「洞窟掃除から戻ったらすぐに知らせてくださいね。魔物の討伐報酬や素材はすぐに査定して支払います。報告書は一週間以内に提出してください。報告書の提出後に依頼報酬は支払われますが、内容が基準に達していない場合は書き直しが要求されますのでご注意くださいね」
「採点されるのかよ」
「試験みたいですね」
報告書を書くだけでも面倒なのに、内容までチェックして依頼主の基準に達しなければ書き直しがくるとか、これは脳筋でなくても敬遠したくなる仕事だとコウメイたちは苦笑いするしかなかった。
+++
早朝に街を出て森に入り、目的地に向けて真っ直ぐに進んでいく。過去の記録から洞窟へのルートは確立されており、目印を辿りながら六人は順調に進んでいた。森を奥に入るにしたがって魔獣や魔物の気配が増えたが、基本は戦闘回避だ。どうしても避けられない場合にだけ戦い、討伐証明部位だけを切り取って死骸は放置していった。
「コウメイ、そこの木に巻きついている蔓についている実を全部取ってくれ」
「ツルツルと、これか。実ってのはこの茶色いやつ?」
戦闘は回避していたが、植物採取のために六人の足は頻繁に止まっていた。アキラに指示されたものを採取したコウメイは、物の正体を知って嬉しそうに言った。
「ああ、これムカゴか」
「ムカゴってなんだ?」
「山芋の肉芽だよ。ほくほくして美味しいんだぜ」
美味いと聞くとつい採取に協力してしまうシュウだ。コズエやヒロもアキラの指示に従い様々な野草や木の実を採取している。
洞窟に向かうにあたって、コズエたちはこれまで貸し出しを受けていた背負子をパーティー備品として新たに購入した。リュックよりも荷物をたくさん持てるし、安定するので背負って歩きやすいのだ。しかし洞窟へと向かうコウメイたちの荷物はそれほど多くはない。テントが二つに鍋が一つ、討伐部位や素材を包む用のスライム布が数枚だけだ。洞窟に着く頃には背負子には魔猪肉と毛皮、採取した野草やムカゴを入れた袋などが増えていたが、たいした重量ではない。
「たしかこのあたりに野営に適した場所があると書いてあったんだが」
洞窟の入り口を見張れて安全を確保できる場所、歴代の掃除担当パーティーが野営地にしていた場所があるはずなのだがと手分けして探した。
「おーい、こっちにそれっぽい場所がありますよ」
洞窟入り口の南側にある岩場は山肌を背にしており警戒を向ける方角は二面だけで済む。岩の間に火を焚いた後が残っており、テントを張るだけの場所もあるようだ。
「背後を警戒しないで済むのはいいが、洞窟に近くないか?」
「出入りする魔物を攻撃するには少し場所が悪い。入り口を見張るなら反対側のあの木の辺りが丁度いいんだが」
「とりあえず荷物おろして昼飯にしようぜ。腹ごしらえしてから洞窟の様子を見ることにしよう」
焚き火跡の場所で火をおこし、持ってきたクッキーバーと魔猪肉の串焼きで簡単に食事を済ませると、アキラとシュウが斥候として洞窟内に入ることになった。
「探査用ランプは持ったな? 攻撃するなよ。何が住み込んでるのかを確かめるだけにしろ」
「分かっている。とりあえず洞窟内の広場までを調べてくる」
「絶対に坑道奥へ進むんじゃねぇぞ。危険だと分かったらすぐに戻ってこいよ」
「しつけーなコウメイは。おまえそんな心配性のモンペみたいな奴だったっけ?」
「確かに、っぽいな」
クスリと笑って同意したアキラに、コウメイは不満そうに唇を尖らせた。
コズエとサツキは野営予定地で待機、コウメイとヒロは洞窟入り口脇で洞窟外の魔物を警戒して構えた。
アキラとシュウは心配そうに見送るコウメイに合図して洞窟内に踏み込んだ。
洞窟の入り口の天井高は二メートルほどある。手前は明るいが天井付近は薄暗く、何かが潜んでいるような気配がある。屈みぎみに洞窟内へ足を踏み込んだ二人は、半分ほど進んだところで同時に足を止めた。
先行しているアキラが「いるぞ」と指を天井にむけると、シュウも「気づいている」と頷いた。
ゆっくりと天井を見あげた二人は、洞窟入り口からのわずかな光に反射する糸を確認した。目を凝らせば糸がはっきりと見えてくる。
蜘蛛の糸だ。
巨大な蜘蛛の巣が坑道天井に張り巡らされている。
「……いるぞ」
特徴的な前脚の赤が見えた。大蜘蛛が天井に近い巣の端に潜んでいる。アキラたちに気づいているようだが、襲ってくる気配はない。ざっと大蜘蛛の数を数えた。見回して分かる範囲で三匹だろうか。巣の数は五つほどあるように思える。
二人は身を屈めたまま先に進んだ。
洞窟内の広場近くまでくると、ほとんど光はない。
夜目が利くシュウが代わって先に進んだ。
坑道から広場を覗き込む。
地面に近い位置に動くものはいないが、ひどく臭う。
天井高は坑道よりも高く、三、四メートルはあるだろうか。見上げたシュウは、こんもりと固まってぶら下がっている蝙蝠を見つけた。
「アキラ、ランプを点けてくれ」
すぐに火のついた探査用のランプを渡されたシュウは、灯りが遠くへ届くように調節し天井に向けた。
「蝙蝠だな、普通の」
「あのサイズなら大蜘蛛の糸の隙間を抜けて出入りできるか」
「地面を照らしてくれ」
流石にランプの明かりでは奥にある二本の坑道入り口までは照らせなかったが、広場の半分ほどはなんとか様子を確認することが出来た。
「もっと奥まで見えたらなー」
「見るだけで良いなら、何とかするぞ」
「魔法か? 頼む」
「目を光に慣れさせておけ」
そういうとアキラは右の手の平に魔力を溜めはじめた。
「カウントが終わったら数秒だけ明るくなる。見えるものは全部記憶しておけよ」
「りょーかい」
二人はランプの明かりを見つめて目を慣らした。
アキラが魔力の塊を広場に投げ入れる。
「三、二、一っ!」
広場の中央で大きな炎が上がった。
一メートルほどに立ち上る炎に照らされ、広場の全体像が視界に写る。
地面にある堆積物。
骨のようなもの。
木片が散らばり、石が転がる。
掘削した石壁。
採掘道への入り口が二つ。
影が、動いたか。
「戻るぞ!」
「アキラ?」
「奥の横鉱道に何かいた。ここでは不利だ」
探索用ランプも消し、二人は身を屈めた状態で走った。
足音が追ってくる。
アキラは脇差を抜き、大蜘蛛の巣を支える太い糸を数本、走り抜けざまに斬った。
「何やってんだっ」
「先に行け」
巣がぶら下がり、大蜘蛛が素早く動く。
アキラの背後にドサリと大きなものが落ちた。
「グギュッ」
背後の、何かを捕食しようとする大蜘蛛と、抗おうとする何かの争う音を聞きながら、アキラとシュウは洞窟から脱出した。
+++
洞窟から脱出した二人は、コウメイとヒロに入り口から離れるように言い、コズエとサツキをつれて一旦森の中に入った。
森の中で安全を確保してから洞窟内で確認した事柄を説明したアキラの頭を、コウメイの両手ががっしり掴んで締めつけるように力を入れた。
「俺は、様子を確かめるだけにしろって、言ったよな?」
「い、痛いっ」
「攻撃するな、つったよな?」
「痛いだろ、コウメイ!」
アキラは助けを求めてコズエやヒロを見るが二人とも短く息をついただけだった。サツキにいたっては兄を責めるように見ている。
「何なんだよ、大蜘蛛の巣を落とすって! 下手したら食われてたんだぞ」
「奥から出て来る何かを妨害するためだから、タイミングはちゃんと計算してた」
「蜘蛛ってのは跳ぶんだぞ。今回は運が良かっただけだ、そんな計算なんか当てにすんなっ」
キリキリと締めあげたあと、ぺしっと後頭部を叩いてコウメイはアキラから離れた。
「大蜘蛛は確実。普通の蝙蝠と、あとは謎の魔物だな」
「足音の感じは二足歩行の魔物だ。それほど体重は重くない感じだった」
不機嫌さを隠そうともしないコウメイにアキラは説明の続きを始めた。
「ゴブリンの可能性が高いと思う」
「シュウはどう思う?」
「俺は見てねーよ。けどこのあたりに木片とか、あと動物の骨っぽいものが積み上げられてたのは見た。ゴミ捨て場っぽかったな」
二足歩行で狩りをし道具を使う魔物。オークかゴブリンだろう。大蜘蛛の巣に引っかからない体躯ならゴブリンと考えるのが自然だ。
洞窟地図を見ながらの説明にコウメイは少しの間考え込み、洞窟の側まで戻ろうと言った。
「ゴブリンだとしたら、狩りに出ている個体が戻ってくるはずだ。他に魔物の出入りがないか夜まで観察しよう」
「戻るって、昼飯食った場所か? あそこは何かあった時に退路がなくなるぞ」
不安視するアキラにコズエとサツキが大丈夫だと断言した。
「あそこって実はセーフゾーンみたいなんですよ」
「お兄ちゃんが洞窟に入っている間に、魔術陣の彫られた石を発見したの」
二人はテントを張る場所を決めようと小石をどけたりしているうちに、端の方に加工された四角い石を発見した。杭のように打ち込まれた石には、アレ・テタルで散々目にした魔術陣が彫り込まれていたのだ。他にもないかと探してみれば四つの魔術陣を発見した。
「石と石を結ぶとちょうど四角くなるんですよ。焚き火の跡があった辺りがここで、魔術陣の石がこのあたりで」
「へぇ、ほとんど正方形なんだ」
「ここで待機していたときに角ウサギが現れたんですけど、この線のところで弾かれたんですよね」
「見えない壁にぶつかってるみたいな感じでした」
「洞窟掃除の依頼主って魔法使いギルドって言ってたから、セーフゾーン作ってくれてる可能性高いと思いませんか?」
それが間違いなければ野営地の安全は確保される。だが、とコウメイとアキラは不満げに唸った。
「……今までのレポートにそんなこと書かれてなかったぞ」
「依頼主が欲しがってるのは魔物情報だからな……」
「ギルドも安全な野営地があるなんて一言も教えてくれなかったよな」
「戻ったらクレーム入れようぜ」
森の中も安全ではない。六人はコズエたちの発見した魔術陣を確認するため野営予定地へと戻ることにした。
洞窟の入り口付近には特に変化があるような気配はない。遠巻きにして通過し、焚き火跡の場所まで戻ってきた。コズエとサツキに教えられた石を見たアキラは、安堵したように微笑んだ。
「コズエちゃん、大当たりだ。この石を基点に囲まれた範囲に魔物の侵入を防ぐ魔術がほどこされている。視界の阻害効果もあるようだから、魔物からこの中にいる俺たちは見えないようだ」
「結界かよ」
「セーフゾーンって言うよりもそっちの方っぽいですね」
アキラが読み取った術式によれば、魔石を有する生き物の侵入を防ぐ仕組みになっているらしく、安全な野営地なのは間違いなさそうだった。
「じゃ、ここから洞窟の入り口を監視するか。サツキちゃんは飯の準備手伝ってくれ、アキとシュウはテント張り、コズエちゃんとヒロは洞窟入り口の監視な」
それぞれに仕事を割り振ったコウメイは、鍋を火にかけ夕食の準備に取り掛かった。
ここに来るまでに屠った魔猪肉の串焼きに、乾燥野菜と芋をブブスル海草の粉末でとった出汁で煮込んだスープ、パンの代わりにサツキが作ってきた携帯保存食のクッキーバーが夕食のメニューだ。
テントは二つ張った。人が横になれる程度の大きさだが、仮眠用としては十分な広さだろう。
「ゴブリンが帰ってきましたっ」
ヒロの声に全員が作業の手を止めて洞窟の方に意識を向けた。セーフゾーンとはいえ目の前に魔物の姿が見えていて緊張しないでいるほうが難しい。コウメイやアキラはとっさに柄に手が伸びていた。
「魔猪を引きずってるな」
「ゴブリンにしては身体が小さい気がしませんか?」
「距離があるから小さく見えるだけじゃないか?」
「五体だな」
「洞窟の奥を巣にしているとしたら、全部でどれくらいいるんだろうな」
最初のゴブリンのグループの後からも、三~六体のいくつかのグループがそれぞれの獲物を引きずって洞窟に戻ってきた。
「お、蝙蝠が洞窟を出て行くぞ」
蝙蝠は夜行性だ。日が暮れる頃になると洞窟を飛び出して森へと食事に出かける。
「……ちょっと見てくる」
「待て、アキっ」
「見るだけだ」
洞窟の入り口へと向かうアキラを追いかけたコウメイは、追いついてその身体を地面に伏せさせた。
「ここからでも見えるだろ」
「見にくい」
文句を言いながらも伏せたままアキラは洞窟の天井を見あげた。
蝙蝠の群れが大蜘蛛の巣をすり抜けて飛び出してきたが、全ての蝙蝠が無事に洞窟から出てこられるわけではない。大蜘蛛の糸に引っかかった蝙蝠が赤い脚に刺され、糸で絡め捕らえられてゆく。あちこちに引っかかる蝙蝠を捕獲する大蜘蛛は忙しそうに巣を移動している。
「エグイなぁ」
「少なくとも大蜘蛛は飢えとは無縁だな。刺激しなければ襲われることはなさそうだ」
「やりやすくて助かるね」
セーフゾーンに戻った二人は、食事をしながら討伐方針を練った。
「まずは入り口の大蜘蛛退治だ。坑道の狭さと巣の数から五匹くらいだろう、確実にしとめて出入り口を確保する」
「広場までの通路を確保できたら、次はゴブリンだな」
「総数がハッキリしねぇからな。昼間出払っているときに侵入して洞窟を探索。残ってるゴブリンがいたら討伐」
スープのお代わりを注ぎながらサツキが尋ねた。
「他の魔物がいる可能性はありそうですか?」
「ゼロではないと思うが、はっきりとは分からない。朝までは出入りがないかを交代で監視するけど、いいかな?」
「大丈夫です」
「頑張りますね」
二人組みで監視番のローテーションを作った。
「明日はゴブリンたちが洞窟を出払った頃合を見て、大蜘蛛討伐だ」




