王都 孤児院のマユ
マユが「死」を目の当たりにしたのは、ジョンが動かなくなった時が初めてだった。
「どうしてジョンいなくなったの?」
「ジョンはとってもおじいちゃんだったの。身体が痛くて息ができなくなってここにいられなくなったから、苦しくない天国に行ってしまったのよ」
母親が独身時代から飼っていたハスキー犬は、マユが生まれた頃は既に老犬だった。老犬の穏やかさで赤ん坊の面倒を良くみていた愛犬は、とうとう力尽き眠るように亡くなった。
「てんごくにいけば、あえるのね」
「真由はまだ行けないのよ」
「どうして? ジョンにあいたいよ。おみみをなでてたら、ジョンはげんきになるもん」
「天国に行くためには、真由も痛くて苦しくなるのよ? それに帰って来れないから、ママともパパとも会えなくなっちゃうよ?」
彼女の母親は三歳児にも分かる言葉で「死」を教えようとした。
「てんごくはあえなくなるの?」
「真由がおばあちゃんになって、身体が動かなくなって、苦しくなったら、ジョンが迎えに来てくれるわ。それまでは天国に行けないの」
「どうしても?」
「真由が天国に行っちゃったら、ママは悲しいわ。泣いてしまう」
「ジョンがかわいそうよ。ひとりぼっちでてんごくにいるのはさびしくないの?」
「大丈夫よ。ジョンには兄弟がいたの。先に天国に行っているから、今頃は弟達と一緒に走り回っていると思うわ」
「ジョンはさびしくないのね?」
「そうよ」
「マユはさびしいよ。ジョンがいないの、ないちゃうよ」
「泣いちゃうけど、ちゃんとジョンにさよならって言ってあげようね」
三歳児に死を理解させることは難しい。だが彼女は愛娘に理解させておかなければならないと追い詰められていた。
「……ジョンが私のために、先に逝ってくれたのかしらね」
突然、説明もなく失って突きつけられるよりも、愛犬をみとることで死を学ぶ機会とせよとでも言うように、愛犬は彼女が宣告を受けた後に亡くなった。
「真由。大切な人が死ぬのは悲しいわね、さびしいわね。でも、いつか天国で会えるんだから、それまではちゃんと生きなきゃだめよ」
「だいじょぶもん。いいこにしていたらてんごくにいけるんでしょ。マユはジョンにあいたいから、いいこでがんばるもん」
「そうね、いい子でいてね。でも頑張りすぎないでね」
そう言って彼女は愛娘の柔らかい髪をなで続けた。
+++
孤児院の院長室に招き入れられた三人は、簡素なテーブル席に着き灰色の中年女性と向き合っていた。コズエとヒロの顔には「なんでこうなった」という困惑が浮かんでいた。遭遇してしまった状況に、好奇心が湧かないといえば嘘になる。だがこの深刻で重い空気のなかに身を置くことは望んでいなかった。
「お二人にご挨拶しておりませんでしたね。シェラストラル王立孤児院の院長をしております、私グロリアと申します」
灰色のロングスカートに白いエプロン、長い黒髪は首の後ろで一つにまとめられており、キリリとした硬質な印象があった。どう返していいものかわからず、コズエとヒロは短く名乗って軽く頭を下げた。
院長室に居るのは四人、幼女はシュウから引き剥がされ、職員によって連れて行かれここにはいない。本来ならばマユは教室で文字を習っている時間だったのだが、窓からシュウを見つけて教室を飛び出したのだ。
「シュウさん、改めて確認させてください。あなたはマユを引き取るつもりはないのですね?」
「それは……」
孤児を引き取る。そう聞いたコズエとヒロは硬く口を閉じて驚きを飲み込み、グロリアと向かい合うシュウの返事を待った。
「まだ結論は出ませんか? いつまでも中途半端なままでは、マユに悪影響を与え続けるだけですよ。矯正が間に合わなければ、あの子は孤児院を出てすぐに行き詰まるでしょう。成人した役に立たない元孤児を助けようとする者はいないでしょう。そうなれば彼女の行く末は知れています」
学を身につけられなかったり手に職をつけることができなかった者は、生活するだけの稼ぎを得られない。食事にも困るようになれば犯罪に手を染めるかもしれないし、他者に堂々と名のれない仕事に従事するしかなくなる未来が、たくさんの孤児たちを見送ってきたグロリアには見えていた。
「マユはまだ五歳になったばかりだし、両親とも死に別れて辛い思いをしてるんだ。もう少し時間を」
「もう五歳なのですよ」
成人年齢が十二歳のこの世界では、五歳といえば半人前の労働力として扱われる年齢だ。
「親族と死に別れたのは他の子供たちも同じです。マユだけが特別ではありません」
「マユの育った国の成人年齢は二十歳で」
「この国では違います。彼女の祖国の基準で育てろという要求にはお応えできません」
シュウとグロリアの主張は平行線だ。
聞いているコズエとヒロは二人を交互に見ながら、口から出そうになる言葉を呑み込んでいた。マユという幼女はおそらく転移者で、両親とはぐれて王都に落とされたのだろうと思った。シュウがマユに深く係わっている理由は分からないが、この話し合いに同席させたのは、二人の意見が欲しかったのだろうか。心情的にはコズエもヒロもシュウの気持ちが良くわかるが、部外者が軽々しく口を挟める内容ではない。
「マユに祖国の基準での養育を望むのであれば、ご自身で責任を持ってください。できないのであれば、我々の教育方針に逆らって面会になど来ないで頂きたい」
「それは……」
「われわれには孤児たちを真っ当な民として生きられるように育てる使命があるのです」
自身の力で食い扶持を稼げるように最低限の教育をほどこす、そのためにはシュウの存在は邪魔でしかないとグロリアははっきりと言った。
「シュウさんが甘やかし続けるかぎり、マユは読み書きも身につけようとしないし、最低限の算術も覚えようとしません。このままではどんな職にも就けませんよ」
グロリアの厳しい言葉に、シュウは一言も返すことができない。彼女のいうことは正しい。だがシュウは決断できないのだ。
「シュウさん、お一人で決められないのでしたら、お仲間の方々と話し合ってください」
グロリアはコズエとヒロに視線を移し、よろしくお願いしますね、とでもいうように微笑んだ。
「マユのために、正しい結論を期待しています」
シュウがコズエたちに同席を願ったのは味方を求めたからだが、グロリアがシュウの説得役として二人を招いたのだとコズエは気づいた。
+
その場での説得や結論を求められなかった三人は、重い足取りで孤児院から離れた。無言で歩く三人の足は、自然とコズエたちの貸家に向いていた。
大通りに戻り治安のよくない南区へ近づく前に、コズエは巾着袋をシュウに手渡した。
「……とりあえずシュウさん、これエンダンでの報酬の取り分です」
「おう。なんか、悪いな」
何がですか、と。問いたいことは山ほどあったが、歩きながらする話ではない。シュウも覚悟を決めたのか、難しい顔をしつつも目線は定まっており迷いはないようだった。
「あ、買い物忘れてた」
「急ぎの物じゃないし、また後でもいい……と思う」
貸家が見えるところまで戻ってきたコズエたちは、自分たちの外出の目的をやっと思い出していた。コウメイとサツキに頼まれた品を何一つ購入できていないが、あの展開では仕方なかったと思いたい。
「お昼ごはん食べながら、みんなで事情を聞いてもいいですか?」
「そのつもりだよ。ズルイかも知れねーけど、みんなの意見にすがりたいんだ」
「すがる、って」
重い、重すぎる、と二人は息を詰めた。
「愚痴聞いて欲しいだけだからそんなに緊張するなって」
「無理ですよ、イキナリあんな内容の話を聞かされて、院長さんは正論で攻撃してきたし」
「こっちは事情なんて何も分からないのに、反論の余地なしなのはハッキリしててモヤモヤしてるんですよ」
それもこれもシュウに引きずり込まれたせいだ。
「うー、ごめん。悪かった。全部話すから意見聞かせてください」
玄関先で深々と頭を下げたシュウを、二人は家の中へ引っ張り込んだ。
+++
休養日の昼食時に六人が揃うのは珍しかった。
コウメイが手早く用意した昼食を囲んで席に着くと、すぐにでも話し出そうとしたシュウをアキラが制止した。
「長くなりそうな話なら食後に」
「シュウの様子だと、消化の悪くなりそうな話みてぇだしな。食後に甘いもの食いながらの方がいいんじゃねぇの?」
コウメイの指摘にコズエとヒロが小さく頷いて、満腹で気持ちが穏やかな状態でないと、判断を誤りそうな内容だと保証した。
「ならシュウは飯食いながら話の要点まとめとけ。お前って思いつくままポンポン口にするところあるからな」
「俺がバカだって言いてーのか?」
「単純だって話だ」
同級生の気安さで応酬しながらの食事が終わり、冷たいコレ豆茶とともにサツキが試しに作ったという芋餡蜜が出された。
「小豆がないので、甘芋を餡子代わりにしてみました。黒蜜はまだ作れていないので、蜂蜜がけになりますけど」
寒天スイーツを味わいながら、コズエが孤児院でシュウに遭遇したところから簡単に皆に説明し、シュウに肝心なことを尋ねた。
「マユちゃんは転移者なんですね?」
「そうだ」
芋餡の甘さでは解れないほどの渋面のシュウは、自分が転移してきたときのことを語りはじめた。
「俺がバスに乗ってて爆発に巻き込まれたのは言ってたよな?」
シュウが乗っていたバスには十名程度の乗客がいた。駅と病院を往復する路線のためか、全員が国立病院から乗車した客だった。杖をついた老夫婦に、顔色の良くない老人たち、その中に佐々岡真由は母親と一緒にバスに乗ってきた。そしてあの転移事故が起きたのだ。
「バスに十人も乗ってたのに、他の人たちは転移してないのか?」
「俺が転移した時に一緒に飛ばされたのは、運転手のマサカズさんとマユの三人だった」
コウメイの当然の疑問に答えるシュウは複雑そうに顔をしかめた。
「近くにいなかったから、別の場所に飛ばされたのか?」
「俺が座ってたのは後部座席に近いシートで、マユが母親と座ってたのは一番前のシートだった」
近くにいる者をまとめて転移させたのだとしたら、シュウは老人たちと転移していなければおかしいのだ。運転手はマユ母子と一緒になったはずだ。
「後になって思い出したんだけどな、転移前の白いところで『終わるべきでない命を継続させる』って言ってた、あれってあの事故がなくても近いうちに死ぬやつは転移させねーよって意味かなって思ったんだよな」
「そういえば、そんな事を言っていたな」
白い空間で聞いた言葉をしっかりと覚えているアキラが、たどり着いた結論に目を伏せた。
「それじゃあマユちゃんのお母さんは……」
「重い病気があって通院してたんだろうな、たぶん、余命宣告とか、されてるくらいの病気だったんじゃねーかと思う」
数年以内に死ぬ予定の命が隕石事故で絶命するのは誤差範囲と判断され、継続させる対象にならなかった、と考えられる。
「バスの中にいた人たちで、カミサマの選別基準で転移させるのが、俺とマサカズさんとマユだけだったのかなーって」
そうして王都の噴水に転移してきた赤の他人。シュウは狼獣人の姿だし、マユは母親を求めて泣き、唯一の成人であるマサカズさんも異世界では子供以下の生活力しかなかった。だからといって四歳児を放置できずに保護したが、転移後しばらくは彼らにも保護が必要な有様だった。
「ラノベ展開に馴染むのは俺が一番早かったし、マサカズさんもRPGは遊んだことあったからそのうち慣れたけど、マユは駄目だった。母親がいなくなって代わりに知らないおっさんや俺がいて、しかも見たことない場所だろ、すげーパニック起こしてたんだ」
当時を思い出したのか、シュウは深々と息を吐いた。王都のど真ん中でずぶ濡れの男と獣人がいたいけな幼児を虐待している、そんな通報を受けた憲兵は駆けつけるし、善良な市民や冒険者にまで取り囲まれて大変だったのだ。
「シュウはケモ耳だしな。マユちゃんはケモ耳を怖がったんじゃねぇか?」
「いや、逆だった。俺の耳と尻尾の毛並みが、飼ってた犬にそっくりなんだってよ。俺のことを少し前に死んだ犬だと思い込んだ。ジョンがいるならここは天国だね、だってさ。それでやっと泣くのをやめたんだ」
マユのその行動のおかげで自分たちが幼児誘拐犯でも、虐待でもないと疑いを晴らすことが出来たのだと言うと、シュウに労わりの視線が集まった。
「もしかして、マユちゃんは今もこの世界は天国で、シュウさんを飼い犬のジョンだと思ってるの?」
「……他になんて説明すりゃいいのかわからなかったんだ」
それに、転移した直後はその方がシュウにもマサカズにも都合が良かった。所持金がほとんどない状態で寝起きする場所を確保し、食うために稼がなくてはならなかった。四歳の幼女をおとなしくさせておくためには、飼い犬のジョンが天国の決まりだと騙して言い聞かせる以外の方法を思いつかなかったのだ。
「俺たち二人で稼いでたけど、四歳児を育てるなんてどうやっていいかわかんねーし、宿屋に残して森に出たら子捨てだって通報されてさ。またギルドを巻き込んだ騒ぎになって、結局は面倒見きれないだろうってマサカズさんと話し合って、孤児院に預けたんだ」
この世界に疎い二人に孤児院を仲介したのは冒険者ギルドだった。片方は獣人、片方は日々食いつなぐ程度しか稼げない冒険者、その二人に幼い子供を育てるのは無理だと判断を下し、身寄りのない子供にとって最も良い環境を選ぶようにとマサカズを説得したのだ。
「俺もマサカズさんも疲れてたし、なんもできねーってわかってたから、孤児院に預けるのが一番いいって思ったけど、なんか割り切れねーっていうか……楽になったなぁってホッとしたのが、キツくてさ」
「罪悪感か」
「マユを犠牲にした事で、俺もマサカズさんもすげー楽になったんだよ」
けれど心は晴れなかった。マサカズはすっぱりと切り替え、この世界で生きるために前に進み始めた。だがシュウは今でも「マユの飼い犬のジョン」を続けていた。マユを切り捨てられなかったのだ。
「小さな女の子を孤児院に引き渡すなんて、ひでー奴だろ?」
「酷くなんかありませんよ。この世界の人たちが、それが一番だってすすめてくれたんでしょう?」
転移直後の手探りで生きていた頃なら仕方ないというサツキの慰めにも、シュウの気持ちは晴れない。ネガティブな感情しか持てない「孤児院」に自分の手で押し込んでしまったという罪悪感から、シュウは様々な理由をつけて孤児院へ向かってしまう。コウメイたちと夕食を食べるようになった時、手土産を買うという名目ができて助かったのだと言った。
「けどそれがグロリアさんを怒らせちまったんだ」
「孤児院って子供と面会しちゃダメなの?」
「あそこにいるのは天涯孤独の子どもたちだから、親や親せきの面会なんてありえねーんだってさ。他の孤児の方がかわいそうだからって言われると反論できねーし。けど気になるだろ」
そう言えばマユは窓からシュウを見つけて教室を飛び出したのを連れ戻されていったのだった。教室の窓から、寝室の窓から、マユはいつもシュウの姿を探して待ち続けているのだという。
「シュウが王都を出たがらなかった理由はその子だったんだな」
「俺が王都をうろうろしているのはマユのためにならないって言われてもな、どうしても出て行けねーんだよ」
今ではシュウも孤児院が最悪の環境ではない事はわかっている。教育を受けることができ、個々の適性にあわせて職業斡旋をしてもらえる。だが今のままではマユは成人しても社会で独り立ちできない。彼女のためを思うなら、突き放すべきだというグロリアの言葉は正しい。正しいが、シュウにはできないのだ。
「シュウさんの気持ちも分かります。でも院長さんがマユちゃんのためだって言うのも、分かるんですよね」
コズエの心情はシュウ寄りだが、現実的なのはグロリアの方だと理解していた。幼児が成人まで安全に保護され、きちんとした教育を受けられる機会など、この世界で他には見つけることは不可能に近いだろう。
「シュウが一人でぐるぐるしてても仕方ねぇし、マユちゃんの意思を確認してみたらどうだ?」
「まだ五歳だぜ」
「五歳なら自我も確立してるし、自分の事は自分で決めさせるのも手だと思うぞ?」
「……っ」
コウメイの言葉に口ごもったシュウは、誤魔化すように寒天を続けざまに口に放り込んだ。口の中でほぐれる寒天では間がもたない。そんなシュウにコウメイは「しょうのない奴だ」とでも言うような視線を向け息を吐いた。
「シュウと一緒に行く、と言い出しそうなんだろ? だから怖くて聞けねぇんだ?」
「……そうだよ。孤児院は嫌だって言いそうなんだよ。けど俺はマユの親代わりになれねーし、子育てなんて俺には無理だ」
ふざけたような口調ながら鋭いコウメイの指摘はシュウにグサグサと刺さっていた。
「なら答えは出ているじゃないか。マユは孤児院に託すしかない。自分の罪悪感を軽くするためにマユに不利益を与え続けているほうがよっぽど悪質だ」
「キツイな」
「事実だ」
甘芋の餡を舌に乗せとろりとした甘みを味わっても、シュウの眉間のシワは深くなるばかりだ。
「なあ、もしもだけどさ、俺がマユを引き取ったら、パーティーに入る話はどうなる?」
「っ!」
「ズルイですよシュウさん」
「パーティー加入とマユを育てるのは別の話だ」
顔色をうかがうようにして言ったシュウの言葉にはヒロとアキラもカチンときたようだ。
厳しい即答に怯んだシュウは、救いを求めるようにコウメイを向いて恐る恐るに尋ねてみた。
「俺が手伝ってくれって頼んだら、コウメイはどうする……?」
「夜逃げする」
「はぁ?」
「シュウができねぇことが俺にできるわけねぇだろ。俺はその子を直接知ってるわけじゃねぇから罪悪感もない、シュウごと縁切るつもりで夜逃げ一択だ」
見知らぬ幼児を引き取って育てることなどできるわけがない。ついでに自分に出来ないことを他人に強いる奴は友人ではない。そう言い切ったコウメイに、シュウは何も返せなかった。女の子ならマユのために手伝ってくれるのではないかと、ほのかな期待を持って二人に視線を移したが、冷たい視線を返されるだけだった。
「シュウさんはマユちゃんを見捨てるのが嫌だって言ってましたけど、孤児院に託すのは見捨てることとは違いますよね?」
「この世界にはネグレクトとか虐待とかってあるのかな?」
「方針を聞く限りは、孤児院ではその手の心配はなさそうだと思うけどな」
「私たちにとって『孤児院』って名前の印象が良くないから、そこに残すのはかわいそうだって感じちゃうけど、マユちゃんは凄く清潔で健康そうだったし、店番していた子供も賢くてしっかりしてて、店番を嫌がってるように見えなかったよ」
昼間の様子を思い出しながら説明するコズエにヒロも調子を合わせた。
「コズエに二個買ったら一ダル安くなるからもう一個買えってすすめてたよな」
「うん、すごいよね。小学生が大人の商売人みたいな事言うんだもの」
自分が小学生の時、社会体験学習の一環でバザーの出店を経験した事があった。地元商店街の空き店舗を使うフリーマーケットの一角に場所を借りて、クラスで集めた品物を売ったのだ。フリマにやってくる客は当然のように値切ってくる。小学生だったコズエは値切り交渉を仕掛ける大人にまともに対応できなかった。値札があるのにその値段で買おうとしない大人をとても怖いものだと感じていた。それに比べればあの孤児はとても大人びていて自信に輝いていたとコズエが断言すると、シュウは意外だとでも言うように目を見開いた。
「シュウさんはマユちゃん以外の孤児に会ったことはありますか?」
「何人かは、ある。確かにすげー大人びてるって言うか、しっかりしてた、かな?」
正直なところ孤児院の事で印象に残っているのは泣くマユと、唇の端を引きつらせている院長のグロリアしかない。他の孤児たちがどんな様子で、どんな風に暮らしているのか、シュウは全く見ていなかった。
「ちゃんと見て確かめてください」
「孤児院に任せれば、マユちゃんをきちんと育ててくれると思いますよ」
穏やかな声でそう諭され、シュウは皆の視線から逃れるように目を伏せた。コウメイたちの意見を聞いていると、自分の視野の狭さと優柔不断さ、浅慮が恥ずかしくなってくる。
「自分が満足したいだけ、だったんだな……」
シュウは深々と頭を下げた。
「ありがとうなコズエちゃん。コウメイもヒロもアキラも、サツキちゃんにも謝る。嫌なこと言わせてごめん」
顔をあげて迷惑をかけた友人たちの目を見て、シュウははっきりと決断した。
「明日、院長にマユの事を頼んでくる」
コウメイは励ますようにシュウの肩を叩いた。重苦しい空気を変えるためにもとサツキが冷たいピナ水を作る。ほのかに香る柑橘と微かな酸味が気持ちよかった。
新しいグラスに注がれたピナ水を一気に飲み干したシュウは、吹っ切るように笑った。
「ラノベだとすっげー簡単そうに子育てしてんだよなー。だからできるかも、って簡単に考えそうになるんだ」
「ラノベじゃねぇのは転移初日で思い知らされてなかったのかよ」
「嫌と言うほど分かってるって。けど俺が獣人だからさ、都合のいい展開とかあるかもなーってたまに期待したくなるんだよ」
自嘲気味に言ったシュウの言葉は、コウメイたちの胸にも少しばかりチクリと刺さった。
+++
翌日。
一人で孤児院に向かったシュウは、薄く笑むグロリアに迎え入れられ、一枚の書面を突きつけられた。
「これは貴方がマユの保護者として不適格だという決定通知証です」
「は?」
「これまでの経緯をまとめ、治安庁と商人ギルド、冒険者ギルドにも報告し判断をお願いしておりました。一人の孤児を甘やかすだけで一向に責任を果たそうとしない貴方は、マユを養育するには不適格だという判断が下されたのです」
目の前に突きつけられた羊皮紙にはシュウに対し、この決定通知書を受け取ったときから一年間は孤児院及びマユに近づくことを禁止する、と書かれていた。文書の最後に上級役人と各ギルド長の署名が入っている。
グロリアは呆然としているシュウの手に羊皮紙を押し付けた。
「貴方がマユを心配するのは当然です。けれど貴方の愛情はマユを腐らせる愛情ですわ。育て成長させることはできません」
シュウに向けられたグロリアの笑顔は見慣れた薄い笑みだというのに、不思議とやさしく感じられた。手渡された羊皮紙に改めて目を通し、シュウは小さく折りたたんでポケットにしまい込んだ。
グロリアが罪悪感に縛られて覚悟を決められないシュウのために、悪役となりマユを奪う手段を用意したのだと分かった。シュウが後ろめたさや後悔を感じなくて済むような荒っぽく強制力のある方法だ。
「マユをよろしくお願いします」
シュウは改めてグロリアに頭を下げた。
今回、とても難しかったです。




