ナモルタタルの街 6
ナモルタタルの街 6
「昨日の件で、よろしいですか?」
翌朝早朝、ギルドに顔を出した三人は、配達仕事を請け負う前にエドナに呼び止められた。
「憲兵からの報告を読みました。あの二人については街の住人からも苦情が入っていて頭を悩ませていたんです」
二階の小さな個室に移動し、テーブルを挟んで向かい合うように座った。
冒険者同士の私闘はいかなる理由があっても厳禁だ。やはり何らかの処罰はあるのだろうかと覚悟した三人だったが、エドナは深々と息を吐いて。
「今回の件ではあなた方は被害者ですので、ギルドからの処罰はありません」
「あの二人には?」
「街の法への違反に対して罰金が科せられました」
コズエが挑発した事実には小言を言われたが、そもそもはあの二人の素行が普段からよろしくないのが原因だ。ギルドへ届けられていた様々な苦情も加味され、少しばかり罰金額が増えたらしい。
「街へ支払われる罰金のうち、半分は被害者へ支払われることになっています」
そう言ってエドナが小さな包みを取り出した。
「迷惑行為を受けていた女性数人にも支払われています。こちらはあなた方への賠償金です」
「……貰っちゃっていいんでしょうか?」
「そういう法律ですので、遠慮なくお受け取りください」
コズエが受け取った額は六百ダル。およそ三日分の収入に相当する。
「少なくて申し訳ありません」
「いや、少ないとか思ってませんし。ホントにいいのかなぁ」
あの汚い男たちから巻き上げた金だと思うと複雑だ。
「俺としては賠償金よりもあいつらの逆恨みが心配なんだが」
「それに関してはご安心ください。彼らはナモルタタルの冒険者ギルドは出入り禁止となりましたから」
冒険者同士の揉め事だけならギルドは関与しないが、街の住民に対しての迷惑行為には厳しく処罰している。
「当ギルドでは彼らの持ち込む素材は買取しませんし、依頼も回しません。これは商業ギルドや職人ギルドも同様ですね。ただでさえ放浪冒険者は憲兵の監視対象なのに、今回の事で要注意人物として目をつけられてしまいましたから、街中での生活もかなり不自由になるでしょう」
あの二人は罰金を支払った後、すぐに街を引き払っているという事だった。
「放浪冒険者って、なんですか?」
聞き慣れない名称だ。
「各地を旅してまわる冒険者の事です。ギルド登録の八割ほどは放浪冒険者ですね」
あなた達もですよ、とエドナが言った。
「冒険者の殆どは大陸各地を移動していますが、拠点を決めて活動する冒険者もいます。家族や仲間と住む住居を構え、その街を拠点にギルドからの依頼を受けたり、周辺の魔物を討伐したりといった活動をする冒険者を定住冒険者といいます」
拠点の街ではご近所付き合いが密接になるし、ギルドに出入り禁止になると困るため迷惑行為は控えるし法律は守る。そのため定住冒険者は何処の街でも悪い評判は聞かない。
「ナモルタタルは定住冒険者の多い街ですので、冒険者たちも行儀が良いんですけどね」
たまに勘違いした熟練が流れてきてトラブルを起こすので、その度に街との調整に苦労しているのだとエドナの溜息は深かった。
「ところでヒロさん、現場にいたギルド職員から、あなたの体術を見てぜひ教わりたいという者がいるのですが、いかがでしょう、希望者に指導していただけませんか」
「指導ですか?」
予想もしない提案にヒロはまじまじとエドナを見返した。
「ええ、ヒロさんのような特殊な体術を習得した冒険者は見たことありません。ぜひ武術講師に基礎だけでも教えていただければと思いまして」
「教えるといっても、俺のアレは動物や魔物を相手にしたら全く役立たずですよ」
「そうなのですか?」
柔道は組み手あらそいから相手をどう掴んで投げるかが重要なのだ。動物や魔物に掴めるほど近づくのは危険すぎる。対人戦にしたって一対複数では分が悪すぎる。
「もちろん無料でとは言いません、それなりの講師料をお支払いいたします」
エドナが提示したのは賠償金と同じ額だった。
「護身術にはなるかもしれないが、魔物相手には剣術や弓術の方が有効だと思います」
少し考えたヒロは、やんわりと断りを入れた。
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朝の配達を済ませた三人は、いつものように森で薬草を採取していた。賠償金という臨時収入はあるが、それを理由にサボる気になれないのは、この世界が完全自己責任だと思い知ったからだ。身体を壊しても仕事を失っても、誰も助けてくれない。この世界には相互扶助の仕組みは存在しない。
それに三人には目的がある。サツキの兄と合流するための準備を、できるだけ早く整える必要があるのだ。安全に街を移れるだけの身支度には随分と資金が必要だ。
「今日はセタン草とヤーク草を中心に採取しましょう」
サツキの主導で採取する薬草は決まる。
「どうしてその二つなの?」
「両方とも治療薬に必要な薬草なの。一緒に調合する薬草をまとめて納品するとちょっとおまけしてもらえるらしいって聞いたの」
「エドナさん?」
「ええ」
三人が冒険者登録したときから付き合いのあるギルド職員は、なにかと親切にしてくれるが謎も多い。
「あの人って、ギルドの上の方の人っぽくないか?」
「どうして? いつもカウンターで受付仕事してるよ?」
偉い人というのは後ろの方でふんぞり返ってたり、別室で書類仕事をしていたりするのではないだろうか。
「けど他のギルドとか街との調整とかって、普通は下っ端の仕事じゃないだろ」
「言葉遣いも他の職員さんと違ってすごく丁寧なのは間違いないですね」
「そう言われてみれば、確かに」
初日に三人を貴族だと疑ったが、コズエらにしてみればエドナの方がずっと丁寧で振舞いも上品で、彼女こそ貴族出身なんじゃないかと思うこともある。
「私たちみたいな新米冒険者相手に凄く親切だし、色々助けてもらってる」
こちらの常識に疎い三人にとって、頼れるありがたい存在だ。
「賠償金のおかげで二千ダルくらいは貯まったんじゃないか? そろそろ二人の防具を買わないか?」
赤い葉のセタン草を束ねてサツキに渡しながら、ヒロが提案した。
「革の腕当てあたりなら買えるだろ」
「買うなら武器が優先だと思いますけど」
凶暴な動物や魔物が現れたときサツキやコズエは逃げる一択だが、ヒロは間違いなく二人を庇って一度は魔物の前に出るだろうとサツキは言った。
「うん、ヒロくんの武器が優先だよね」
コズエもサツキの意見に賛成だ。
「俺としてはこの前みたいに角ウサギの毒の方が心配なんだが」
「あれは私が迂闊だっただけ。もう無謀なことはしないし、この辺りは凶暴な魔動物はいないってエドナさんも言ってたでしょ」
「狩りの効率を上げるならやっぱりヒロさんの武器は買うべきですよね」
「武器はなぁ。中古でも高いんだ」
この前見た中古の剣は三千二百ダルもした。前に確認したときより値が上がっていて驚いたが、在庫の量と剣の質から中古武器の値段は時によって変動すると言われてしまった。ヒロの身長や腕力からすれば長剣が欲しいがとても手が出ない。
「角ウサギなら今使ってるナイフで仕留められるから、やっぱり防具優先だな」
この前の角ウサギのときは運が良かっただけかもしれない。もしも怪我したり、体調を崩したらバカ高い治療薬を買わなくてはならなくなる。治療薬一つの値段で腕と膝下用の革防具が買えるのだから、予防策として防具の購入は譲れないというヒロの説得に負けた。
街に戻った三人は、ギルドで報酬を受け取った後に防具屋へ向かった。二人分の防具を買おうとしたヒロの先手を取って、コズエは三人分の防具を買った。中古の革防具だが品質もよく耐久性にも問題はなかった。
+++
クズ魔石の一個一個の買取価格はとても安いが、まとまった個数を売ればそれなりの額になる。いざというときは換金するつもりでいたのだが、クズ魔石の有効な使い方が分かった今はある程度の魔石は手元に残しておこうと話し合って決まった。
今日も薬草を採取しながら森を歩き、単体の角ウサギを探してゆく。
「そっちに行きました!」
「ヒロくんっ」
「まかせろ」
角ウサギを見つけたら、まずはコズエとサツキが回り込みヒロの方へ追い立てる。角ウサギの跳躍は高いが、空中で無防備になるのでヒロの体術とナイフで仕留めるのは難しくない。
「やった、今日は二羽目だよ」
「もう一羽いないかなぁ」
角ウサギの肉の買取最低量は三羽分からだ。
「深追いはダメだぞ」
「分かってます」
「はーい」
手早くナイフを入れながら女子二人は魔石、角、皮、肉と解体をすすめてゆく。
「……荷物になるけど、お鍋かフライパン、買いませんか?」
サツキが骨についた肉をこそげ落としながら言った。
「森で料理するのか?」
「買取してもらうのもいいですけど、自分たちの昼食にできたらいいなって」
かたまり肉は売って現金に換えるけど、骨に残っているくず肉を捨てるのは勿体無い。こそげ落として料理したら自分たちの食事にもなる。
「街で買ってきたパンと干し肉のお昼ご飯はもう飽きたし、私は賛成」
「毎日鍋を持ち歩くのか?」
重量のある獲物や荷物はヒロが持つことになっている。街中ならまだしも森で獲物以外の余計な荷物は戦うときに邪魔になる。
「そうですね、確かにヒロさんが身動き取れなくなるのは危険です」
提案したサツキだが、ヒロの主張に納得していた。現状、三人の中で攻撃を担当しているのはヒロなのだ、安全な活動のためにはヒロの意見は重要だ。
「料理ができるようになるのってどれくらい先になるかなぁ」
コズエは角ウサギの骨を土に埋めながら「もったいない」と呟いた。
「宿屋にいる間は無理ね。調理場は貸してもらえないと思うし」
「いい出汁のとれそうな骨なのになぁ。台所つきのアパートは高いのよね」
アパートや一軒家を借りる場合、二週間分の家賃を前払いしなくてはならない。台所つきで複数の部屋数のあるアパートの家賃は、立地にもよるが六百~千ダルもする。二週間分の宿屋料金よりは安いが、前払いというのがネックだった。払えない額ではないが、サツキの兄探しのために街を出る予定だから、荷物も増やせないし余分な費用もかけられない。
「今は彰良さんと合流するのが先ね。四人になったらどこかの町で腰をすえて冒険者やればいいんだよ。そのときは料理できるから、頑張ろうねサツキ」
「ありがとうコズエちゃん」
宿屋ではなくアパートならばコズエだって好きな刺繍や裁縫、色々な物づくりができるのだ。けれど今はサツキの願いを優先してくれる事が嬉しかった。
この日の成果は角ウサギ二羽と数種類の薬草。肉はギルドではなく宿屋の主に買い取ってもらった。その際に少しばかり愚痴ったら、元冒険者である主は「その辺の木の枝を削って肉刺して焼いちまえばいいじゃねぇか」とあっさりとしたアドバイスをもらった。
「ワイルド」
「串焼き、ですね。それなら調味料が少しあれば」
「明日、塩とスパイス買いに行こうか」
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夕食後。
ヒロはナイフの手入れを、コズエは防具になんとか刺繍ができないかを探り、サツキは銀板に映し出される兄の存在を確かめるのが日課だ。
ベッドに腰をかけ、サツキは銀板をカバンから取り出した。スイッチを入れたが、沈黙のままだ。
「私のも電池切れしたみたい」
サツキは魔石を取り出しながら兄のことを思った。
兄を示すと思われる赤い印は、この十日間ほど一つの町から動いていない。ギルドの地図で確認した町の名前はサガスト。街道を南に下れば五日ほどで辿りつける小さな町だ。町の名前を知ると距離が縮まったような気がした。
いつでもどこでも、銀板で兄の存在を確かめて縋りたい。けれど赤い印を見てしまうと、すぐにでも旅立ちたい思いが膨れ上がって辛くなる。兄が町を移動していないのは、サツキたちがナモルタタルから移動できないのと同じような理由だろう。二つの町の中間に位置する町と魔の森は、今のサツキたちでは生きて通過できない。
だからサツキは自制して、寝る前にだけ銀板で兄の存在を確かめることにしていた。
巾着袋から取り出した小さなクズ魔石。スイッチのあたりに軽く押し付けると、抵抗なく吸い込まれてゆき、魔力を失った石がぽこりと弾き出される。
サツキの指は石を押し込んだそのままにスイッチに触れていた。軽く押すと銀板の表面が明るくなり、ゆっくりと地図が浮かび上がってくる。地図が全て表示されてから、サツキを示す青い印、続いて赤い印が現われた。
「……どう、して?」
青の近くに一つの赤。サガストの位置にあるはずの赤い印。
「お兄ちゃんが、お兄ちゃんがっ」
「サツキ?」
「どうしよう、お兄ちゃんの印が、消えたの!」




