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新しい人生のはじめ方~無特典で異世界転移させられました~  作者: HAL
第4部 それぞれの選択

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王都 さかな、魚、サカナ



 冒険者ギルドから通りを東に二つ入ったところに、小ぢんまりとした食堂があった。通り沿いの引き戸の扉は全て開け放たれており、テーブルは路地にはみ出して置かれている。昼食時のピークが過ぎたせいか、客の数は多くはない。


「デイジー、六人で座れる席はある?」


 シュウはテラス席のテーブルを片付けていた給仕係の女の子に声をかけた。


「お久しぶりですシュウさん。そちらの方達はお友達ですか?」

「こいつら王都は初めてなんだよ。魚料理の店に行きたいって言うからさ」

「ウチをお勧めしてくれたんですね、ありがとうございますっ。ウチの料理は港町から毎日運ばれてくる新鮮なお魚を使ってますから、美味しいですよ」


 栗毛の髪を首の後ろでお団子にしたデイジーは、二つのテーブルをくっつけ素早く六人席を作った。


「お昼のランチは終わってしまったので、単品注文をお願いしますね」


 メニューに書かれている魚の名称が分からないので、コズエたちは適当にいくつかを選んでシェアすることにした。注文を任せられたコウメイは、味の違う煮魚料理を三つと、焼き魚料理は種類を変えて四つ、芋のサラダと葉野菜のサラダをオーダーした。

 料理が揃うまでの間にとコウメイは板紙をテーブルに並べた。


「王都の賃貸物件もかなり高いぜ」

「それに狭いんですよ」


 これまでの経験からいくつか抽出した物件情報で希望に近いものは三つ。一件目は個室が四部屋の一戸建て、二件目も一戸建てだがこちらは個室が三部屋、三件目は集合住宅の家族向けの部屋で寝室が二つだ。


「俺らはいつも一戸建てを借りてるんだが、シュウはどうする?」

「どうすっかなー」


 コウメイに問われてシュウは迷った。アレ・テタルからの三泊四日留置所付きの旅で寝食を共にして、五人とのコミュニケーションは問題なさそうだとの感触を得ている。だが共同生活の前に、シュウには王都に義理立てしている様々な伝手がある。それを事前に挨拶もなく断ち切ってしまうのは躊躇われた。


「家を借りるってことは、ここに定住するつもりなんだよな?」

「いや、まだ決めてねぇよ」


 コウメイが即答した。アキラも小さく頷いて同意している。


「しばらく暮らしてみないと、ずっと住むかどうかは決められませんよ」

「シュウさんはいろんなところに行ってみたくないの?」


 サツキは苦笑して、コズエは不思議そうに首を傾げる。


「この人数で宿屋は金がかかり過ぎるからな。二、三日なら宿でもいいが、俺らには目的地があるわけじゃないし、しばらく王都周辺で狩りをするなら、短期間でも一戸建てを借りた方が安いんだ」

「そのしばらくって、どれくらいの予定だ?」

「そうですね、大体一ヵ月くらいかなって考えてます。長くても二ヵ月かなぁ?」


 問いかけるようにコズエが皆の表情ををうかがうと、何人かが同意して頷いた。一週間程度で結論を出すほど急いでないと知りシュウは安堵した。


「俺は宿に残る事にするわ。狩りには一緒に行くつもりだけど、それでいいか?」

「いいですよ、後でスケジュールも決めたいのでいろいろ教えてくださいね」


 王都を離れるつもりのないシュウとしては、お試し期間にコウメイたちが王都を気に入り定住する気になることを願うしかない。

 コズエたちは物件情報の板紙に目を戻した。即日入居可能な物件から候補を見繕ってきたのだが、魅力的な貸家は少なかった。


「集合住宅は×だな」

「部屋数が少ないし、狭い。それにこの建物は冒険者以外の住人もいるんだろう?」

「ご近所トラブルの可能性を考えたら外した方がいいですね」


 残るはどちらも一軒家だが、書かれている条件だけでは判断が難しい。夕方までに内覧してから考えようと決まったところに、デイジーが料理を運んできた。


「魚のさっぱり煮はこちらで、こってり煮が白い皿、青いお皿のはすっきり煮よ」


 大皿に尾頭付きの魚が乗せられており、様々な野菜が添えられている。食材はあまり変わらないようだが、スープの色がそれぞれ微妙に違う。


「さっぱり煮は魚の表面に焼きが入ってるが、他の二つはないんだな。こってり煮はバターの香りがするのと野菜が崩れるまで煮込んである。すっきり煮は酸味のある香りが強いな」


 続いて運ばれてきた焼き魚の皿には、薄切りの黒パンがそれぞれ二枚添えられている。


「焼き魚は全部塩焼きだけど、魚の種類が違うから、それをよく味わってみてね」

「これは赤身の魚で、そっちのは白身? 青魚か?」

「どこの料理人だよ、コウメイは」


 クラスメイト時代のコウメイにはそんな特技なかったよな? とシュウが驚きに目を見開いている。目で見て分かる範囲とはいえ、味見もせずに香りだけでそこまで違いを指摘できるなんて、一体どこの料理人だ。


「はい、これで全部よ」


 芋のサラダは数種類の蒸し芋を香草と塩で和えただけのシンプルなもの、葉野菜のサラダはピリ菜やエレ菜に細かく砕いたチーズが振りかけられていた。サービスだと籠に入った黒パンまである。


「「「「「いただきます!」」」」」


 それぞれ食べたい魚料理を取り分けてゆく。コズエとサツキはサラダと煮魚を、コウメイは全種類を少しずつ味見し、アキラは焼き魚を中心に、ヒロは魚のこってり煮が気に入ったようだった。


「料理名はアレだが、味はいい」

「港町まで行かなくても魚が買えるなら、ちょっとスパイシーなのとか作ってみてぇな」

「お魚の出汁が出てるスープ、美味しいですっ」

「さっぱり煮のスープに麺を絡めたらぴったりだと思いませんか?」


 メニューを確認したコウメイはシュウに尋ねた。


「他の魚料理の店で、揚げ物食えるところはあるのか?」

「そういえばフライは食ったことねーな」

「やっぱりか。この世界は揚げ物料理ってメジャーじゃねぇんだよな」


 食用の油が貴重な世界で、食材を泳がせるほどの量の油を一度に使う料理は不経済だ。それが理由で広まっていないのかもしれない。


「台所に魔道コンロのある家が借りられたらいいんだがなぁ」

「厨房の設備、凄かったですよね。魔道オーブンもあればクッキーもケーキも失敗しないんですけど」


 元クラスメイトの料理の腕は野営で味わいつくしたと思っていたが、どうやら設備の整った台所ではもっと美味い料理が味わえそうだと、シュウは楽しみが増えたことを嬉しく思った。


「な、なあコウメイ。メシは俺も食わせてもらえるよな?」


   +++


 魚三昧の昼食を終えると、六人はギルドに戻って早速内覧を申し込んだ。

 案内係として現れたのは、胸に「管理部」と書かれた名札をつけたラッセルという名の中年男性だった。ギルドが冒険者達に貸し出すありとあらゆるものを管理記録する部門の責任者だそうだ。箱台車を頻繁に借りる予定のコズエたちは、今後も顔を合わせる機会は多いだろう。


「まずはギルドに近い物件ですね。こちらは二週間の家賃が四千二百ダル。個室は二階に四部屋、台所と洗い場は一階の奥で、手前が居間兼食堂。裏庭は広いですよ」


 ラッセルに案内された一件目は、ギルドの建物からほんのわずかの距離にあった。


「部屋数のわりには小さい家だな」

「王都は人口も多いですし、庭付きの一軒家はなかなか空きが出ないのですよ」


 見上げた一軒家は小ぢんまりとしていた。路地に面した玄関から中に入ると正面に階段。二階に寝室用の部屋が四つあったが、どの部屋もシングルベッドが床の大部分を占めており、相部屋にするためにベッドを運び込む余地は無かった。


「台所はまあまあだが、居間が狭いな」

「リビングダイニングにしては窮屈な感じがします」

「洗い場は広いぞ」

「トイレがちょっと狭い気がしませんか?」


 とりあえず保留にしてもう一つの物件に移動した。二件目はギルドから南門の方角に下ったところにあった。


「こちらは玄関が通りに面していないんですよ」


 そう言いながらラッセルは建物脇の細庭を進み、側面にある玄関扉を開けた。

 玄関から入った正面が居間、その隣が食堂だ。台所と洗い場は右手の奥にコンパクトにまとまっている。二階には個室が三部屋。南の端と北の端の部屋は二人部屋で、挟まれた小さな部屋は一人用の個室になっている。階段から上がってすぐには納戸もあった。


「ベッドの数は丁度だな」

「台所が少し狭いが、工夫すれば何とかなるか」

「薪オーブンなんですね」

「コンロも薪か。ここの設備が古いのか、アレ・テタルが特別だったのか」


 コウメイとサツキの呟きを聞いたラッセルは少し気分を害したようだ。


「この家の設備は王都では標準よりも上の物が揃っています。魔道具の調理器具など備え付けられる一般家庭など存在しませんよ」


 アレ・テタルで使っていたのは家庭用の台所ではなく食堂の厨房だった。一般家庭での魔道調理器具の普及率がどのくらいなのかは分からないが、王都が劣っているとは考えづらいので、あれは特別だったのだろう。コウメイはいつか定住を決意し家を買うことになれば、魔道調理器具は必ずそろえようと強く決意した。


「食堂のテーブルを作業台に使えそうですね」

「裏庭が広くていいな」


 他に一戸建ての空き物件がないのならば、五人が寝泊りするならこちらを借りるしかないだろう。


「家賃はおいくらですか?」

「二週間で三千八百ダルです」

「さっきの家よりもかなり安いんですね」

「立地が少々よくありませんので。南門に近くなればなるほど、街の治安があまり……」


 王都には大部屋を提供する宿屋はほとんどなく、稼ぎの良くない冒険者たちが安く寝泊りする場所がない。そういう者たちが路上生活者にならないようにと、都市とギルドが共同で南門に近い広場を確保し、有料でテントを張るスペースを貸し出しているのだという。


「一日三十ダルという利用料は、薬草採取しかできない新人や、借金を抱えた冒険者でも支払える額です。当初は新人や事情があって食い詰めた冒険者を救済する目的で広場を確保したのですが、長く居座る不良冒険者が増えてしまいまして」


 ラッセルは「頭の痛い問題です」と眉間にシワを寄せていた。

 真面目に稼ぐ努力をした冒険者達は早々にテント広場を卒業して行くが、それほど熱心に働かない者たちはいつまでも広場に住み着いている。そんな冒険者達は夜間に酔っ払ってケンカをはじめたり近隣住民に絡んだりする。これにはギルドでも頭を痛めているらしく、近々対策を練ることになっているそうだ。そんなわけで南門近くの賃貸物件は安いのだという。


「柄の悪い冒険者達には毅然とした態度をとってください。夜間は決して一人で南門付近には近づかないほうが良いですよ」


 南門に近い物件を借りると決めたコズエたちに、ラッセルは心底心配そうに目を向けた。二人には何度も「夜間外出注意」を念押ししていたのだった。


   +


 ギルドに戻って賃貸契約を済ませた頃、八の鐘が鳴りはじめた。


「あ、そーだ。王都の場合、門によって閉門時間が違うから気をつけとけよ」

「そうなのか?」


 シュウに教えられて驚いた。閉門時間は国中どこでも共通だと思っていたのだ。


「閉門って八の鐘じゃないのか?」

「王都は西門と東門は九の鐘で閉門で、残りは八の鐘で閉まるんだよ」


 冒険者の出入りの多い東門と、オーガ相手に演習をする騎士団らが主に出入りに使う西門。使用頻度や利便性を考え、その二つの門は鐘一つ閉門時間が遅いのだという。


「狩りの時間に余裕ができそうだな」

「あと一頭って欲をかいて、結局門限に間に合わないって事になりそうな気がします」

「九の鐘の頃っつったら完全に日が暮れてて真っ暗だから、ギリギリまで森で粘るのは無理だろ。今まで通り安全第一でやっていこうぜ」


 コズエたちが借りた家に入居できるのは明後日からだ。それまではシュウと同じ宿に泊まり、必要な生活必需品を買いそろえたり、慣らし程度に討伐にも出る予定だ。

 シュウに案内されてやってきた白狼亭は、一階が受付と簡易食堂という作りで、他の街の宿屋とも大きな違いはない。


「おやっさん、帰ったぜ」

「おう、留守にしたと思ったら、仲間を連れに行ってたのか」

「今日からまた部屋を頼むぜ。こっちの五人は、二泊でいいんだよな?」


 コズエが髭の主人に希望を言った。


「二人部屋はありますか?」

「空きは一つだな。あいにく個室も二部屋しか空いてないが、どうする?」


 女の子二人が個室に入り、男三人で二人部屋を使うことにした。二人部屋はベッドとベッドの間に結構なすき間があり、ベッドを壁際にまで寄せてしまえば床に一人分の寝床を作る程度の広さはあった。


「そんなに狭い部屋じゃねぇし、二泊だから我慢できるだろ」

「毛布を三枚も無料で貸してもらえましたしね」

「問題は誰が床に寝るか、だが」


 ちらり、と。それぞれの視線がベッドと床と自分以外の二人に走る。


「……ぐー、でいいな?」

「おう」

「負けません」


 三人の拳が握りこまれた。


「最初は、……っ」


   +


 チェックインを済ませ部屋に手荷物を置いた五人は、夕食までの時間を街見物で潰した。


「武器ならドワーフの名匠の店、防具なら昨年の品評会で最優秀を取った店がおすすめだ」


 白狼亭の主人に勧められた店の場所を下見をし、コウメイのリクエストで食料品店の位置を確かめて回った。


「アレ・テタル程じゃねぇが、なかなか大きな店が多いな」


 普段使っている基本的な調味料は過不足なくそろいそうだと満足したようだ。

 店じまいをする露店市を冷やかしながら白狼亭に戻り、洗い場を順番に借りて身綺麗にしてから夕食だ。


「チーズをのせて焼いたパンに、これは魚のスープか?」


 煮くずれた身をスプーンですくいながら一口飲んでみると、シンプルな味付けだが魚の出汁が良く出ていて悪くはない。自分ならすり身にしてスープに入れるだろうなと考えたコウメイは、魚料理でもアキラの魔法フードプロセッサーを便利に使い倒そうと決めるのだった。


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