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新しい人生のはじめ方~無特典で異世界転移させられました~  作者: HAL
第4部 それぞれの選択

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69/197

物騒な冒険者たち

第4部です。


申し訳ありませんが、第4部からは月・水・金の投稿になります。

ご了承ください。



「狭いな」

「そりゃ独房ってのは定員一名が普通だからな」


 畳三畳ほどの狭い部屋に、一人用の堅い寝台。天井に近い位置に明り取りの小さな窓が一つ、窓と向かい合う側は鉄格子。壁にある小さな扉の向こうは窓のないトイレだ。


「カビ臭い」

「半地下だから仕方ねぇよ」


 ベッドにはコズエとサツキが腰を下ろし、コウメイとアキラは壁にもたれ、ヒロとシュウは鉄格子に腰を引っ掛けていた。独房に六人は窮屈すぎる。


「ここの役人、露骨でしたよね」

「盗品でないというなら証拠を出せ、証拠がなければ罰金で済ませてやろう、だっけ?」


 国境ほどではないが、王都へ入る街道に設けられた関所では簡単な審査を受ける必要がある。長時間並んで待った後に通された部屋の役人は、六人を見渡してアキラに目を付けた。事前に提出された書類も読まず、アキラの耳の飾りを「それは盗品だ」と決めつけた後は、兵士を呼び六人を留置所に入れた。


「賄賂を要求して私服を肥やしてるなんて、時代劇の下っ端悪役みたいですね」

「証拠があるつってんのに、問答無用で押し込めやがって」


 相手は腐っても役人だ、強行突破は控えようと下手に出ていた結果がこの過密な現状だ。


「どうする? 状況が変わらないようなら、強行突破するか?」

「おまえら物騒なこと考えんなよ!」


 シュウが慌てて会話に割って入った。


「牢破りは重罪なんだ、俺は腕輪つきに落ちたくねーぞ」

「冤罪に対する抗議ってことにならねぇかな?」

「それはそれ、コレはコレ、だろ」

「私たちずっと牢屋は嫌ですよ」

「ここ関所の留置独房だから、これから取り調べあるはずだから、早まんな!」


 関所役人には交代がある。賄賂要求役人は交代時にコウメイらを申し送りして次の当番役人に引き継がなくてはならないし、一晩拘留した後は取調官に引き渡さなければならないと決まっていた。留置独房に入れたという記録が残っている限り、一連の手順は省略できない。遠からず冤罪の証明はできるのだから早まるなとシュウがコウメイを止める。


「えらく詳しいなシュウ。もしかして捕まった経験あんのか?」

「捕まったことはねーけど、獣人ってだけで色々あったんだよ、色々……」


 コウメイの突っ込みにシュウは嫌そうに顔を歪め息を吐いた。


「とにかく、ムカつくのはわかるけど大人しく一晩我慢してくれよなー」


 頼むよ、とシュウは疲れ切った声で懇願した。


   +++


 少し時間をさかのぼり、六人が街を出た初日のこと。

 アレ・テタルから街道を半刻ほど西に進むと、隣国国境へ伸びた北街道と、王都に向かう南西街道への分かれ道につく。コズエらの幌馬車は南西に進路をとり、ゆったりとしたペースで王都に向け馬車を進めた。


「王都ってくらいだから王様いるんだよな?」

「いるけど城には近づけねーよ」


 アキラが広げた地図を見ながらシュウが王都周辺の地理を説明していった。


「王城はここ、街の北にある山を背負うような感じで建てられてて、その周辺に貴族の館が集まってる。その外が平民の街だな」

「へー、きっちり線引きされてるんですね」

「王城と貴族街の間に城壁があって、貴族街と平民街の間にも壁がある。それぞれに門があって、二十四時間、警備兵が常駐で監視してるぜ」


 王城と倍ほどの広さの土地に貴族街があり、その数倍の平民街が広がっている。面積で言えば平民の街が圧倒的に広く、王都の都市壁と街に出入りする門は北東、西、南西、南、東と五箇所あるようだ。


「街の中を川が通っているんだな」


 アキラの指先が地図を斜めになぞった。王城が背負う山の東端から生まれた川が、貴族街と平民街の一部を横切っている。川は南西門の近くを通過し、農村と平原を隔てて海へと続いていた。


「背後は山で守って、前は城壁と川で守りを固めてんのか。城攻めは難しそうだな」

「城攻めって、なに物騒なこと言ってんだよコウメイ。お前らそーいう事やってきてんの?」

「戦略シミュレーションくらいするだろ?」

「するよな?」

「しねーよ。城攻めとか普通考えねえって!」


 愛読書が歴史小説だったアキラは地図を見て戦略を立てるのは常識だという顔をしているし、有効な移動ルートは頭に入れておくとイザというときに役に立つぞとコウメイも頷いている。


「コウメイの言うそれ、かなり物騒な時のことを想定してねーか?」

「シュウだって慣れない異世界で一度や二度くらい危険な目にあったことあるだろ。生き延びるためには安全確実な逃走ルートの確保は重要だぜ」

「……おまえら、やばい事やって追われてるとかじゃねーよな?」


 シュウは半信半疑の目でコウメイらの顔を見た。


「俺たちが犯罪者に見えるか?」

「見えねーし、コウメイの性格も知ってるけど……発想が物騒なんだよ!」

「物騒かな?」

「初心者講習で安全確保は必須だって習いましたよね」

「少しでも危険だと思ったら近づかないこと、危ないと思ったらとにかく逃げろ、でしたよね、確か」

「俺らはそれを実行しているだけだぜ」


 女の子二人にまでそう言われてしまうとシュウにはなんとも答えようがない。精神的疲労を何とかやり過ごしたシュウは、もっと平和な話題を探した。


「港町までは徒歩で半日の距離だから、王都には魚料理の店が多いぞ」

「どんな魚料理だ? 美味いか?」


 シュウの話題転換にコウメイが食いついた。


「肉と同じで煮込み料理がメインだ。煮込みつっても日本の煮魚みてーなのじゃなくて、魚と貝とを水煮にしたみてーなやつ。外国の料理にそんなのあったんだけど」

「アクアパッツァか?」

「そうそんな感じの料理だ。あとは焼き魚だな」

「味付けは? 塩焼きか? タレか何かあるのか?」

「俺が食った店のは辛いソースみたいなのがかかってたな」


 他にはバター焼きに、香辛料の効いたものもある。日本の焼き魚と言うよりも、洋食のソテーっぽいものがメインだ。シュウが今まで食べた魚料理を順番にあげていくと、コウメイが羨ましいと拗ねたように言った。


「俺ら転移してから魚食ってねぇんだよ、一度も」

「内陸部でしたし、川もありましたけどお魚は殆ど流通してなかったですよね」

「煮込みに焼き魚か。魚の種類はどんなのがある? 赤身と白身はありそうだが、青魚とかどうだ?」

「魚の種類なんて考えたことねーよ。コウメイ、もしかして料理すんのか?」

「コウメイさんはパーティーの台所番長ですよ!」

「煮込みハンバーグは絶品でした」

「俺は鳥唐揚げがまた食べたいです」

「コロッケも美味しかったです」

「エビチリ」

「お前ら結構な贅沢してんだな!」


 シュウの口からよだれがこぼれそうだった。ぐうぐうと腹が美味しい料理を要求して鳴った。

 朝早く街を出てきたし、そろそろ時間もいい頃だ。コズエたちは幌馬車を止め、草原に降りて昼食の準備を始めた。


「シュウさん、お昼ご飯を狩りに行きましょう」


 槍を手にしたコズエがシュウを誘う。ヒロは剣、アキラは自動弓を手に狩りの準備を終えている。


「このあたりの魔動物の種類とか教えてください。それとシュウさんがどういう狩りをするのかも見せてほしいなって」


 せっかくのお試し期間だ、食料調達のついでにお互いの腕を確認したい。そういうとシュウも嬉しそうに立ち上がった。


「この辺の獲物は草原モグラがおすすめだぜ。丸々太ってて美味いんだ」

「モグラということは、土の中か?」

「そうそう。草原をよーく見てみろ、ぼこって盛り上がってるとこあるだろ?」

「草が邪魔で良く見えないです」

「んじゃ俺が案内するよ」


 コウメイとサツキを幌馬車の側に残し、四人は草原に踏み込んだ。


「モグラつってもずっと土の中にいるんじゃなくて、穴掘って住処にしてるだけなんだけどよ」


 シュウがそっと草をかき分けると、こんもりと盛り上がった土の山が現れた。土山の側面にバレーボールほどの大きさの穴がある。膝を落として地面に手を突き、シュウは穴に顔を寄せた。


「いねーみたいだな。他の巣穴かも」

「わかるんですか?」

「獣人族の耳は凄いんだぜ、遠くの足音とかも聞こえるから、魔物に先手取られることは殆どねーよ」

「聞こえすぎて頭痛がすることはなかったのか?」

「あー、最初の頃はキツかったけど、すぐに慣れたし、コントロールできるようになってからは頭痛はねーな」


 二人のやり取りを聞いたコズエとヒロは、エルフの耳も獣人並に様々な音を聞き取っていたなと思いだした。アキラのおかげで森での狩りは随分と楽をさせてもらっていたが、もしかしたら聴力の使い過ぎで頭痛を感じていたのかもしれない。


「コズエちゃんはここで待機しててくれっか? 俺らがモグラを追いこむから、巣穴に逃げ込む前にしとめてくれ」


 狼獣人のシュウは草原をうろつくモグラの気配を追っているようだった。アキラとヒロを引き連れて巣穴から離れ、巣より北にアキラを、東にヒロを立たせ、シュウは南側からモグラを追い込んだ。

 シュウの動きに反応して草が不自然にざわめいた。

 アキラが自動弓を構えた。

 剣を抜き、もぞもぞと動く草原に集中するヒロ。


「行ったぞ!」


 コズエの待つ巣穴に向け、複数の草むらが乱れる。

 気配に合わせ槍を突き出した。


「手ごたえあったのに」


 槍に血がついているのでモグラに傷を負わせたのは間違いないが、巣穴に逃げ込まれてしまったようだ。コズエはダメ元で巣穴の奥へと槍を突き込んでみた。


「結構浅い穴みたいね……よし」


 コズエは巣穴に向けて魔力を放った。モグラの位置を魔力で探り、狙いを定めて槍を突き刺した。槍先で獣が暴れ、やがて動かなくなった。槍刃ごと獲物を持ち上げるようにしてゆっくりと穴から取り出した。


「モグラというよりも、ネズミっぽいなぁ」


 槍がしとめたモグラの顔や体型は、冬場に温泉に入るでっかいネズミによく似ていた。


「カピバラにしか見えないな」

「やっぱり、そう思いますよね?」


 振り返ってみると片手に一頭ずつカピバラを引きずったアキラが立っていた。カピバラにはそれぞれ矢が刺さったままだ。


「アキラさんは二頭ですか」

「三頭目はシュウが短刀でしとめたぞ。あいつの素早さは獣人ならではだな」


 シュウは逃げるカピバラに追いつき短刀でぶすりと一撃だった、とアキラが狩りの様子を伝えた。


「草原モグラはそれほど足は速くねーし、追いつくのは難しくねーよ? それよりアキラの動体視力すげーよ。草むらがちょっと動いただけでばんばん撃って命中させてんだぜ」


 屠った四頭の中で一番大きなカピバラを担いだシュウは、アキラの足元に転がる二頭を見て肩をすくめている。


「シュウはこれを解体したことあるか?」

「無い。獲物はそのまんまギルドに持ち込んでたからなー」


 草原モグラの肉が食えることだけは知っていると胸を張るシュウに、戻ってから解体方法を調べることに決めた。手ぶらだったヒロがアキラとコズエからカピバラを受け取って担ぎ、幌馬車に向けて歩き出す。

 幌馬車の側に焚いた火では既にスープとパンが出来上がっていた。四人が屠ってきた獲物を見たコウメイとサツキもそれをモグラとは認識しなかった。


「カピバラって食えたか?」

「カピバラはモグラ科じゃなくてネズミ科ですよね?」


 魔物図鑑を取り出してきたコウメイは魔獣の項目を探した。


「やっぱりカピバラじゃなくて草原モグラか。えーと食用可だが内臓は避けること、と。皮は角ウサギと同じレベルで売れそうだ。解体も角ウサギと似たような感じでやってみようか」


 早く昼食にありつきたい面々は、手早く解体作業に入った。コズエやサツキまでが草原モグラの腹を割き肉を落としてゆく光景を見て、シュウが顔色を変えた。


「どんだけサバイバルに馴染んでるんだよ」

「教えてやるからシュウも解体は覚えとけ。役に立つから」


 及び腰のシュウを捕まえてナイフを持たせたコウメイは、手取り足取り解体をレクチャーしてゆく。こちらの世界で長く冒険者として暮らしているというのに、シュウは魔獣の腹を割き内臓を取り除く作業には吐き気を堪えていたし、耳はぺたりと萎れ、尻尾はくるりと足に巻きついていた。


「内臓と骨は埋めときますね」

「洗った肉はまとめて詰めておいてくれ」

「新しいお水ありますから、手を洗ってから食事にしましょう」


 本日の昼食は、乾燥野菜を戻したものをハギ粉で練って焼いたお好み焼き風のパンと、干し肉と乾燥野菜のスープ、草原モグラの肉は薄く削ぎ切られ串に刺してバーベキューだ。


「「「「「いただきます」」」」」


 野外とは思えない美味しそうな料理を前に、食欲が湧いてこないシュウは呆れたように呟いた。


「……グロの直後に良く食えるよな?」

「食えるときに食っておくのが基本だからな」

「解体も慣れればどうってことないですよ」

「俺たちと狩りをするなら解体の腕はあげてもらうからな。毎回ゲロってちゃ仕事にならねぇぞ」


 廃棄部位を捨てればもう一頭魔獣を狩れる。頭数が多ければ収入も増える。荷物を運ぶ人間が一人増えたのだ、これまでよりも最低でも二頭、シュウの腕力次第で三頭は獲物を多く狩れるだろうとコズエたちは期待していた。


「……あんた達、逞しすぎ」


 シュウはやさしい味付けのスープに癒しを求めたのだった。


   +


 街道に戻り移動を開始した幌馬車の荷台で、シュウは魔物図鑑を夢中になって読んでいた。


「こんな便利なものが初期装備だったのかよ」


 羨ましい、魔物の弱点まで書いてあるじゃねーかよ、戦闘攻略本だろこれ、とシュウは興奮気味だ。


「元は塾の参考書だぞ。シュウだって何か役に立つものはあったんじゃないか?」

「液体の入った瓶が三本あった。ギルドで調べたら錬金薬ってやつだったけど、あれって全員もらってる初期装備だと思ってたわ」


 運転手は持っていなかったが、同時に転移したもう一人は十本近くの錬金薬を持っていたから、転移したグループに一定数のポーションが初期装備として配られたのだと思っていたとシュウは言った。


「処方薬が錬金薬に変じたんだろうな」


 病院帰りに転移事故に遭ったシュウは、病院で処方された薬を持っていたし、バスの乗客のほとんどは患者だ。錬金薬の保持率が高くても不思議ではない。


「植物図鑑もありますよ。薬草関係とか食べられる木の実や果物も載ってます」


 市場で売っている果物は高いのでいつも森で採取するんですよ、とサツキが兄の本を自慢する。その笑顔は可憐で微笑ましいが、台詞の内容はたくましい。

 地図で地理のおさらいをしていたアキラが顔をあげた。


「シュウ、この渓谷は町なのか?」

「ああそりゃ関所だよ。王都に入る人間の審査がすげー厳しくて時間かかるから、簡易の宿屋とかができちゃってんの」


 王都はその名の通り国王の直轄地であり国の首都だ。犯罪者を王都に入れないように、人にも荷物にも厳しい検査が実施されているのだという。


「運が良けりゃ半日、待ち時間が長いと二日もかかる時もあるらしいぜ」


 冒険者達は野営をして関所待ちをする。宿を使うのは駅馬車の客か金のある商人だ。


「アキラのその耳飾り、外せねーの?」


 シュウはアキラを見て困りきったように言った。ピアスがアキラの身体的不利を補う魔道具だと聞いていた。それを外せとは言いにくいが、懸念ははっきりと説明しておいた方がいいだろう。


「目立つんだよ、それ。俺が獣人だから仕方ねーけど、アキラも同じくらい目をつけられそうな気がするんだ」


 王都から離れる場合の関所の審査はゆるい。待たされても数時間程度だ。だがシュウは獣人であったため半日近く審査された。王都に向かおうとする今回はもっと執拗に取調べを受けると予想できる。そこにアキラのピアスだ。


「冒険者でアクセサリーつけてる男は珍しいから、色々言われそうな気がするんだよなー」

「たとえばどんな事だ?」

「本当に自分の持ち物なのか、とか?」

「盗品だと疑われるってことか」

「盗難届けの出ている品じゃないかって調べられる可能性は高いと思うぜ」


 犯罪者を排除するための関所だ、そのあたりははっきりとした結果が出るまで留め置かれる可能性は高い。


「それなら大丈夫だ。製作者から鑑定書と所有者証を貰っている」


 懐から取り出したポケット手帳サイズの証明書には、ピアスの所有者がアキラであることがはっきりと記されているし、それを保証するのはアレ・テタルの魔法使いギルド長だ。

 アキラに見せられた証明書を読んでシュウは力強く頷いた。


「これだけ立派な証明書があれば、何があっても大丈夫だな」


 懸念事項が一つ解消したと安堵したその二日後、六人は留置所に叩き込まれたのだった。


   +++


「二人とも、眠いのなら寝てていいぞ」


 こくり、こくりと頭が揺れているコズエとサツキを見て、アキラが仮眠をすすめた。


「しばらくはここから出られそうにないんだ、休めるときに休んでおきなさい」

「でも、私たちだけ寝るのは悪いです」

「ずっとベッドに座ってて楽してるから、交代しないと」

「眠いんだろう? そんな状態ではイザという場面で素早く動けない、仮眠をとってスッキリしなさい」


 イザという時って何する気なんだよ、とは口にしなかったシュウだ。好戦的なコウメイたちの行動を止めるのは、シュウ一人では難しい。


「そうですよね……ちょっとだけ、休ませてもらいますね」


 眠気を追い払えないコズエとサツキは申し訳なさそうにしながらも寄り添って目を閉じた。

 男達も交代で壁に背を預けて仮眠を取った。一時間足らずのわずかな睡眠でも、疲労はとれるし思考もハッキリする。

 全員が仮眠を取り終わった頃に、足音が近づいてくるのが聞こえた。

 コウメイが鉄格子の前に立ち足音の主を待ち構える。


「どうだ盗賊ども、罰金を支払う気になったか?」


 ニヤニヤとした下品な笑みが鉄格子越しに向けられた。優位と勝利を確信した下種な笑いは、とても関所という重要拠点の役人のものとは思えなかった。


「今ならこれだけで許してやるぞ」


 役人は手を大きく開いて見せた。指は五本。一本いくらのつもりなのだろう。随分と手馴れているようだ。これだけ時間をかけたのだ、五百ダルでは納得しないだろう。五千ダルの要求だとしたら賄賂にしてもなかなかの暴利だ。コウメイは愛想笑いで尋ねた。


「お役人さん、一本いくらなのか教えてもらえませんか」

「それはお前達の心がけ次第というものだろう」

「あいにく現金の持ち合わせがほとんどないんですよ」

「馬車と馬は関所で商売をしている連中が買い取ってくれるぞ」

「ギルドで貸し出してもらったものですからね、売るわけないですよ」

「ふん、では宝飾品を盗んだ罪で警吏に引き渡すぞ」

「よろしいのですか? こちらには耳飾の所有者証明があるんですよ」


 そう言ってコウメイは革で装飾されたカードをチラリと見せた。


「そ、それも盗んだ盗品だろう! いや偽造したのではないか? よこせ、ワシが確かめてやろう」


 鉄格子の間から手をのばす役人から逃れ、コウメイは不敵に笑った。


「やだなぁ、大切な切り札をあなたのような役人に渡すわけないでしょう? これを警吏官に見せて無実を証明してもらわないといけないんですからね?」


 捜査権と逮捕の権利は関所役人には無い。


「き、きさまらぁ」


 それを思い出した役人は顔を赤くして両手で格子を掴み、留置独房に詰め込んだ六人を睨みつけた。怒りにブルブルと震え唸っていたが、状況を変える手立てが思いつかなかったのだろう、腹立ちを鉄格子にぶつけて逃げるように立ち去った。


「絵に描いたような木っ端役人だったな」

「あれ、賄賂払ったほうが早かったんじゃねーか?」

「払う意思を見せたらどんどん釣り上げるタイプだぞ、あれは」


 狭苦しい持久戦だったが勝利は近いと言うコウメイに、シュウは苦笑いを返すしかなかった。


   +


 賄賂役人が立ち去ってしばらくした頃、勤務交代で現れた関所役人は留置独房を見て驚愕した。一人用の部屋に六人も詰め込まれていることにも驚いたが、それよりも。


「引継ぎには拘留者無しと書いてあったぞ!」


 どうやらコウメイらを拘留した事実すらなかった事にされていた。

 交代した今度の関所役人は真っ当な人物だった。コウメイらに事情を問い、アキラのピアスと所有者証を確認し、他の役人に確認を取ってくるからしばらく我慢してくれと詫びて立ち去った。

 関所の役人は五人一組の交代勤務だ。賄賂役人と同じ班の者に聞き取りをして戻ってきた役人は、改めて謝罪をして六人を留置所から出したのだった。


   +


「あー、肩こった」

「眠いです」

「お腹すきました」

「今回は随分と穏便に済ませたんだな?」

「賄賂役人を左遷まで追い込むのは時間かかるし、面倒だろ?」

「……おまえら、何でそんなに物騒なんだ」



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