魔術都市アレ・テタル 後遺症
三日後、アキラたちの証言を聞き取りに来たのは、冒険者ギルド幹部職員のブレナンだった。
一連の事件の主犯が魔術師であるため、関係者への聞き取りから魔法使いギルドは外されている。客観的かつ公正な証言を得るために冒険者はブレナンが、商人や一般市民には警備兵が聞き取りを行うことになったのだ。
「あっさり自白したのかよ。何人も攫って殺してるわりに諦めの早い罪人だな」
「傀儡の魔術だよ。今回は主犯の野郎が上級魔術師だったからな、ギルド長が直々に傀儡にして全部喋らせたんだ」
アレ・テタルでは時間短縮のために、取調べには魔術が使われる。魔法使いギルドの上級魔術師によって傀儡魔術を施し、犯罪の洗い浚いを自白させるのだ。もちろん自白の裏づけは取る。ブレナンがアキラたちから聞き取りをするのも、自白内容の整合性を確認する意味合いが強かった。
「公正にというなら、冒険者に冒険者ギルドの職員を充てるのは後で問題になりませんか?」
ヒロの疑問にブレナンは苦々しげに答えた。
「お前らの事情に配慮してこうなったんだよ。警備兵に素顔晒しちまったら、アキラがエルフ族なのは領主に筒抜けだぞ」
今回の事でミシェルやブレナンといった一部の関係者には、アキラがエルフ族であることを隠し切れなかった。稀少な亜人であることは極力隠したいと言ったアキラたちの意思を、ブレナンもミシェルも尊重すると約束した。
「ウチの領主は目を背けたくなるような性癖の変態だ、権力を笠に問答無用で囲われたいか?」
アレ・テタルの領主様の収集癖は、家臣が目を逸らすほど悪趣味なものだ。希少種族が街にいると知れば、非常に面倒くさく厄介な後始末に奔走することになると、ブレナンは経験上知っている。
「どーいう性癖だよ」
「知りたいだろ?」
領主様の悪癖は暗黙の了解として周知されている。知らないというなら教えてやろうと笑顔を見せるブレナンを、アキラは醒めた目で睨みつけ、コウメイは嫌そうに首を振った。サツキとヒロに袖を引っ張られたコズエは、好奇心を押さえつけて唇を尖らせた。
アキラとコズエは求められるままに地下室に囚われる前からの行動を時系列で話した。途中に挟まれる質問に答えながらも聞き取りは順調に進んだ。
「コズエが横穴から井戸に出る時に、地下室から持ち出した魔石を落としたんだな? その魔石にアキラの魔力は残っていたか?」
「うっすらと色がついていたので、まだ残ってたと思います」
「それが見つかりゃ唯一の証拠品だ。井戸をさらうように指示ださねぇとな」
「おい、唯一ってどういうことだ。他の証拠品は?」
唯一の証拠と聞いてコウメイがブレナンを見据えた。魔術陣と転がっていた魔石、地下室の隅に転がっていた複数の死体。証拠品は山ほどあったことはコウメイも知っている。
「エルトンの奴が自害ついでに証拠隠滅はかって壊しちまったんだよ。自害はギリギリで防いだが、魔術陣も他の魔石も地下室ごと粉々だ」
被害者の遺体だけは事前に運び出していたが、魔術陣が破壊されたのは魔法使いギルドにとってかなりの痛手だった。今後の悪用は防げたが、研究対象が失われてしまったのだ。
「そもそもあの地下の部屋は、何のために作られたんだ?」
「魔力を集めるためだ。あの地下が作られたのは五百年以上も昔だ。その頃から魔力を奪うために使われていたらしいぜ。もっともここ二、三百年ほどはまともに動いていなかったらしいがな」
「他人から魔力を盗んで、一体何してやがるんだよあのギルドは」
怒りのこもったコウメイの声に、ブレナンは顎を掻きながら息を吐いた。
「魔法使いギルドってのは魔力の消費がもの凄く大きなところなんだよ。行った事あるならわかるだろ」
そう言われてコズエもサツキも頷いた。
正面玄関の自動ドアに、扉を介した転移魔術、他にもコズエたちの知らない様々な魔術がいたるところに組み込まれており、それらを正常に稼動させるためには莫大な魔力が必要になるらしい。
「魔石の査定室へ転移とか、入り口の自動扉とか、そういうの凄いとは思いますけど、別に魔術を使わなくてもいいのにとは思いました」
初めて魔法使いギルドに踏み込んだときの事を思い出しながらサツキはそう指摘した。不自然なほどに並んだ扉の数と、建築物としてありえない間取り、さすが魔法使いギルドだと感心したものだが、ブレナンの話では相当な魔力を消費しなければ維持できないらしい。
「あの日、久しぶりにギルドに行きましたけど、もの凄く変わっていて驚きました」
「今のギルドの方が居心地はよかったよな」
久しぶりの魔法使いギルドは、扉の数も間隔も建築物として不自然ではない数に減っていたし、なによりロビーに階段が作られ、二階はほとんど魔術が使われていない空間に変わっていた。見慣れている冒険者ギルドの雰囲気があって、警戒する気は起きなかったとヒロが付け加えた。
「少し前まではもっと酷かったんだぜ。扉に仕込まれた術式が魔力のある来客だけを選別してたし、ロビーは無人。置かれてる石版に魔力を流さねぇと誰も反応しない仕組みだ。魔力の無い俺はまともな手段で踏み込めたことはなかったよ」
魔石の換金に行くのにも人を選ぶほどの閉鎖的な場所だったのだとブレナンは嘆いた。
「あの地下室はギルドのシステムを維持するために作られたのか」
「逆だ、逆。地下室があったから、あんな燃費の悪い塔が建ったんだよ。今では考えられねぇが、大昔の魔術師たちには、竜や幻獣を生け捕りにできるくらい力があったんだ。その頃にあの地下室が作られて、竜や幻獣から奪った魔力を贅沢に使う塔が誕生したわけだ」
「竜に幻獣って、もの凄く強いですよね?」
ファンタジー小説やゲームならラスボス級だ。物語の終盤に出てきて、敵だったり条件によって味方になったり、魔王を倒すためのアイテムを得られたりする、あの竜なのかとコズエが興奮に前のめりになった。
「竜も幻獣も魔法を使うし、頑丈で体力は相当ある。脂ののった熟練冒険者が百人がかりでも討伐は無理だろうぜ」
それほどの相手を生け捕りできる魔術師がごろごろしていた時代があったのだとブレナンは言った。
「魔物を生け捕りできてる頃は良かったが、竜から蜥蜴、オークにゴブリンと生け捕りできる魔物のレベルが下がり、今じゃ魔術師たちは魔石を回収するので精一杯だ、ギルドの塔も変わらざるを得ないだろ」
数年前までは過去の蓄積でなんとか塔を維持できていた。しかし魔力のたくわえが尽き、新たに集めさせた魔石を湯水のごとく使っても、塔のシステムを維持するには足りなかった。
「ミシェルは何とかして魔力に依存しない塔に作り変えようとしたんだが、急激な変化は魔術師たちから反発を受けるし、塔に埋め込まれた術式に狂いが生じ暴走する危険性もあった。少しずつ段階を踏んでやっと今の状態に落ち着いたんだ」
そこにこの事件だ。率先して同僚を捕らえ、取調べにかかわり、ギルドが受ける損害が少なくなるようにとミシェルは奔走しているらしい。
「結局エルトンって奴は、何がしたかったんだ?」
ギルドの塔を維持したいがための行動にしては度が過ぎている。理解できないとコウメイが呟いた。
「師匠の研究を続けるとか言ってたような……」
コズエは地下室で聞いた魔術師たちの会話をふいに思い出した。
「一年足らずの間にまたエルフを捕まえられたから、研究を続けられるって言ってたんですけど、もしかして冬に犠牲になった人たちの中にエルフもいたんですか?」
コズエの問いにブレナンは重々しく頷いた。
「今も見つかっていない五人の中に、エルフの女性がいる……こういう言い方は良くないんだが、もしもエルフが現れなかったら、テレンスも狂うことはなかっただろうな」
「狂うって」
「生まれて初めて目にした稀少な存在に夢中になったんだ。塔に魔力を供給するなんてのは建前で、本音はエルフを知り尽くしたかったんだろうぜ。全てを調べ、味わって……ゆきすぎた探究心は狂気だぜ?」
ぞくりと冷たいものが背中を走ったような気がした。
「テレンスってのは誰だ?」
「エルトンの師匠で前ギルド長……ミシェルの実兄だ」
「おっさん、俺達にそんなことまで喋っていいのかよ」
被害者の権利を盾にブレナンから様々な情報を聞きだしたが、流石にこれは聞きたくなかった。魔法使いギルド長にとって瑕疵になりかねない情報だ。これを餌にハメられたのかもしれないとコウメイは警戒を向ける。
「ミシェルには許可もらってきてるぜ。聞かれたことには全部答えていいってな」
「……恐ろしくて聞けねぇよ」
コウメイたちにここまで曝け出すのだ、狙いがあるに違いない。知らなくてもいい情報を知ったことで足かせをはめられるのはごめんだ、とコウメイは刺々しく返した。
「二つだけ確認しとくぜ。今回俺たちが巻き込まれたのは偶然か? それとも標的になるだけの何かがあったのか?」
「自白によれば偶然だ。あいつらは魔力のありそうな人間を転移陣に誘い出して、魔力持ちだけを攫っていた」
奴隷冒険者を使って人攫いの真似事をしたり、古書店の店主を抱きこんで見所のある者を罠に向かわせたりして何人もが犠牲になった。
「んじゃ二つ目。同じような事件が次に起きる可能性は?」
「地下遺跡の魔術陣は復元不可能な状態まで壊されている。塔の改築も八割方は終わった。今の魔法使いギルドには、あの魔術陣を復元できるだけの実力の持ち主も、懐古思想の魔術師もいねぇよ」
証言の聞き取りも終わった。他に聞きたい事が無いなら仕事に戻るといってブレナンはアパートを出て行った。
+
「あのおっさん、性格悪ぃ」
「コウメイほどじゃないと思うが」
「それどういう意味ですかね?」
「前にコウメイが喧嘩ふっかけたことがあっただろう、あれのささやかな復讐だと思えば納得できるが」
コウメイは首を傾げた。
「喧嘩……俺、なんかやったか?」
「鍋に魔道具の罠を仕掛けたときのアレだ」
散々ブレナンを挑発してこちらに有利なように仲裁を押し付けたのだ。恨みを引きずるほど陰湿ではないだろうが、些細な嫌がらせくらいは今後も覚悟する必要がありそうだ。
「あの、この街での用事が終わったらすぐに出て行きませんか?」
サツキは思い詰めたような顔で皆を順に見た。
「このままこの街にいると、また何かのトラブルに巻き込まれそうな気がするんです」
「確かに。暮らすには便利な街だけど、妙に落ち着かないというか」
事件は解決した、同じようなことは起きないとブレナンからは言われたが、どうにも安心しきれない。ヒロもサツキの意見に同意し、コズエはどうなのかと横を振り返った。
「私も街を出るのには賛成、かな」
「コズエちゃんなら魔術学校の見学をするまでは居たいって言うかと思った」
「そりゃ魔術学校に興味はあるし、見学できるならしたいけど、この街にいるとどうしても魔法使いギルドの塔が見えちゃうじゃない。あれ見ると穴掘り思い出すのがね……息苦しくなる気がして嫌なんだ」
狩りや討伐に出てもしばらく穴は掘りたくないとコズエが力なく笑う。
「それじゃあ、最後の用件を終わらせてこよう」
そう言ってアキラは銅製のプレートを出して見せた。ミシェルから渡されていた預かり票がキラキラと虹色に光っていた。
「修理の結果が出たんだろう、ちょっと行ってくる」
銅プレートを懐に入れて玄関に向かうアキラをコウメイとサツキが慌てて止めた。
「俺は銀板を受け取りに行くだけだぞ」
「今朝ベッドから出られたばかりの癖になに無茶言ってんだ」
「お兄ちゃんは病み上がりなのよ」
地下室から救出されたのち丸一日昏睡が続き、目が覚めても手足に力が入らずベッドで安静の一日を過ごし、今朝になってやっと起きて動けるようになったのだ。そんなアキラを一人で敵陣に乗り込ませるわけにはゆかない。
「私だってまだ本調子じゃないからって外出止められてるんですよ、アキラさんが出かけるのだって駄目に決まってます」
「アキラさんが外出したらコズエも外に出たがるので、お願いですから部屋で休んでてください」
自分の身体は正常な状態に戻っていると言い切れるアキラだったが、自分の行動でコズエが療養を抜け出すと言われてしまえば無理に出かけることはできない。
「……」
「諦めて寝てろ」
寝室にアキラを追い立てたコウメイは、コズエにも釘を刺すことは忘れない。
「コズエちゃんも部屋で休んでなさい。刺繍も裁縫も駄目だし、読書も禁止だ」
「そんなぁ」
「サツキちゃん、コズエちゃんを見張っててくれるか?」
「分かりました。お兄ちゃんの見張りはコウメイさんにお任せしますね」
コウメイは一階の厨房で甘めの温かな飲み物を作り、サツキの作り置きのクッキーを添えて女の子の寝室に差し入れした。
ヒロには麦茶を、自分とアキラにはコレ豆茶を煎れた。ポットごと持って上がり寝室をノックしたが、反応は無い。寝ているのかとドアを開け様子を覗ったコウメイは、寝室を見て大きな溜息をついた。
「逃げられた」
ベッドには寝た痕跡すらなかった。
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魔法使いギルドの通常業務に加え、魔術師らのおこした犯罪の後始末という厄介な仕事を抱えたミシェルには、息抜きをする余裕もなかった。作りかけの魔道具を完成させたいし、魔武具の設計書を読み込みたかった。好きなことをする時間も無いなんて、責任者になんて就くものじゃないとミシェルは今日何度目かの溜息をついていた。
書類の山が半分ほど片付き、そろそろ飲み物が欲しいとベルに手を伸ばしたミシェルは、ピリリと弾くような痛みを感じて魔術師の杖を掴み立ち上がった。
「部屋の防壁魔術が、歪んだ?」
執務室の扉にほどこされた魔術陣が、ミシェル以外の魔力に反応して光り、転移陣が彼を招き入れていた。朝一番にミシェルが合図を送った預り証の持ち主だった。
「訪問は玄関からきて欲しかったわ」
「部屋を抜け出す方法が他になかった、申し訳ない」
武器も持たず、裸足で現れたアキラは虹色に輝く預り証をミシェルに手渡した。
「あなたが一人で来るとは思わなかったわ」
「いくつか、聞きたいことがあったので」
「仲間には聞かれたくない事かしら?」
目を伏せたアキラを応接スペースへ導いたミシェルは、執務机から取り出した銀板をアキラの前に置いた。
「こちらをお返ししておくわ。残念だけれど、わたくしには修理は不可能でした」
表面がひび割れたままの銀板がアキラの手元に返ってきた。撫でた指に引っかかるひび割れを懐かしく感じ、アキラは小さく微笑んで懐にしまった。
ミシェルは執務机に戻ってベルを鳴らした。
別室に控えていたジェイムズがティーポットと菓子を載せた台車をついて現れた。案内した覚えの無い来客に動揺したが、即座に立て直して主人のために二人分の茶を煎れる。
「先にたずねてもよろしいかしら? あなたはいつ転移魔術陣の鍵を手に入れたの?」
二人きりになった途端、彼女は厳しい目でアキラを見据えた。
アレ・テタル内で使用されている転移魔術陣は、ギルドの最上級魔術の一つだ。魔術学校では教えないし、ギルドに所属する魔術師の中でも、赤を纏えるようになって初めて術式の存在を知ることが許される。そして秘匿された鍵を扱えるのはごく一部の者だけ。
「最初に見たのはこの部屋ですよ。覚えたのは、あの地下です」
「一体どうやって?」
「魔力を奪われないように制御していたら、魔術陣に組み込まれた術式が読み取れるようになっていました。いくつもの術が組み合わさっている中から、この部屋に書かれている魔術陣に似たものがあって、それを書けるように必死になって覚えました」
もっとも転移陣を書いて逃げ出す前に力突きて意識を失ってしまったが。
「さすがエルフ、なのかしらね」
人間の魔術師にはとてもできないことだと言ったミシェルの感嘆の呟きを聞き、アキラは嫌悪を浮かべた。
「……過去に亜人族の研究をしていた魔術師がいたと、あの青ローブが言っていたが、本当か?」
「ええ、三百年ほど前のギルド長ですわ」
「研究記録が残っているなら……読ませてもらえないだろうか」
「残念ながら、残っておりませんわ。自分が死ぬときに、研究記録と共に逝ってしまいました」
生涯を研究対象に捧げた魔術師だったという記録だけが残っている。己の魔力や研究を世に知らしめるため弟子に記録を引き継がせる魔術師がほとんどの中で、彼だけは自分の研究を全て隠滅してこの世を去っていた。
「そう、か」
「あなたが知りたいのは、本当に亜人族の事?」
アキラの落胆が意外で、ミシェルはふと思いついて尋ねていた。
「エルフ族の事なら、あなた自身が一番知っているのではなくて?」
「俺は何も知らない。あなたの方がエルフについては詳しいと思いますよ」
アキラはミシェルを正面から見据えた。
「信じてもらえないと思いますが、俺は人間です」
ミシェルは眉をひそめた。
「その魔力で? その姿で?」
「あなただって魔力を持っているでしょう」
「人の身体には耐えられないほどの魔力を持ち育てられるのはエルフ族だけよ。自分を捕らえた高度な魔術式を読み解いて、必要な部分を抽出して独立した魔術式をあんな短時間で作り出すなんて、人の魔術師にはできないことよ」
魔力との融和性の高いエルフでなければありえない事だとミシェルに断言され、アキラは嫌そうに唇を噛んだ。
「俺はエルフが何であるかを知りません。知らないのに俺はエルフなんですか? 魔力が増えるたびに、人間ではなくなっていくようで……」
アキラは耐えるように膝の上で拳を硬く握り締めた。
「あなたはエルフでしょう?」
「人間になりたいと言ったら、どうしますか?」
アキラの渇望の声を聞き、ミシェルは驚きと同時に呆れた。
「多くの魔術師に恨まれるでしょうね。エルフのような魔力を得たいと羨望する魔術師は多いもの。もしもエルフ族になれる秘術が見つかれば、我先にと手を出すに違いないわ」
「ミシェルさんもですか?」
「……いいえ。エルフに魅了された者の末路は良く知っているわ。わたくしには同じ道を進むほどの度胸も覚悟もないの」
一瞬、ミシェルの瞳に影が落ちた。
「アキラはエルフの何が嫌いなの?」
「嫌うほどの知識はありません。ただ、自分が変わっていくことが嫌なんです」
自分に魔力がある、魔法が使える、それを知ったときは生き延びるための武器を得たと嬉しかった。だが魔力が使い切れぬほどまで増大し、コントロールに神経をすり減らすようになると、恐れるようになった。これほどの魔力を内包する自分は、いつまで自分で居られるのだろうか、と。
「エルフと人間にはそれほど大きな違いはありませんわ。エルフの耳が長く尖っているくらいで、身体的特徴はそれほど変わりませんし。エルフと人間を異なるものにしているのは、魔力と寿命くらいかしら」
その二つがアキラにとっては重要なのだ。
「魔力はなくても困らないし、寿命は……エルフはどれくらい生きるかご存知ですか?」
「……わたくしの知るエルフは、あなたの他には一人なのだけれど、彼はわたくしより二百年以上も長く生きているのに、姿はわたくしよりもずっと若いのよ」
「ずいぶん長生きしそうですね」
うんざりだとでも言うようにアキラは眉をしかめた。
「獣人族でも種族によって寿命に差があります。熊族は三百年を越えるようですが、犬系と猫系は短く二百年ほどだと聞いたことがありますわ」
短いといっても人族の倍の寿命がある獣人。ではエルフの寿命はどれくらいかと想像しかけ、アキラは途中で思考を止めた。
「人族の寿命は魔力で変わってくるのはご存知かしら?」
「いいえ、初耳です」
「魔力を持たない人間の寿命はおよそ七十年。魔力量が多いと寿命は伸びますから、魔術師は百年を越して生きている方もいらっしゃるわ。わたくしの師匠は百歳を越えましたし、エルフを研究していた三百年前のギルド長は、百三十歳まで生きたといわれているわ。彼ならエルフの寿命を知っていたかもしれないわね」
「人の寿命に魔力量が関係するというなら、エルフも同じだという可能性はあると思いませんか?」
「……あなた、本気なのね」
人がエルフになる術、獣人が人になる術、エルフが人になる術。そんな魔術をミシェルは知らない。だがアキラは本気で探そうとしていると知って、寒気がした。
「魔力を捨てることはできますか?」
「できないわ。魔力は二つ目の命でもあるの。魔力を捨て去った結末は死よ。あなたは死を望んではいないのでしょう?」
もちろんだとアキラは頷いた。生きるために武器をとり魔力を増やしてきた。だがそれが自分の望まない存在へ変えてしまうなんて皮肉がすぎる。
「あなたたちはまだ暫くアレ・テタルにいるのかしら?」
「銀板を受け取ったので、準備が整えば出て行くつもりです」
「三日……いえ、二日待ってくれないかしら。わたくしが師匠から引き継いだ研究資料を探してみます。あなたが探しているものの手がかりがあるかもしれません」
「俺はいくらでも待てますが、忙しいのではありませんか?」
執務机に山積みの書類を見たアキラは遠慮がちに尋ねた。
「魔術師を束ねる者として、被害者への賠償は書類仕事よりも優先されるべきですわ。金銭での賠償も当然準備しているけれど、あなたにはもっと他の物が良いでしょう?」
アキラの望む資料が見つかると確約はできないが、エルフ族に関する資料を探してみるとミシェルは約束し、転移術を使って帰ろうとしたアキラを、玄関へと導いた。
「帰るなら玄関からにしてくださいね。迎えも来ているようですもの」
扉の外に控えていたジェイムズに案内されたアキラは、玄関先に立つ仏頂面のコウメイに睨みつけられた。
「黙って出かけんな」
「……よくわかったな」
「ここ以外の何処に行くってんだ?」
裸足のアキラに向けて、コウメイは靴を投げ渡した。
「どうやって抜け出した?」
「転移魔術」
「……いつ覚えたんだよ」
「地下で」
「おまえ……人間離れしてきたな」
「エルフだからな」
「そうじゃねぇよ!」
コウメイは手を伸ばし、アキラの肩を掴んだ。
「そういう意味じゃねぇよ」
諸悪の根源は自分だが、とコウメイは深く息を吐いた。もしも戻れるのなら、転移直前まで戻り、アキラのスクロールバーにした悪戯をキャンセルしたい。いや、戻れるのならば事故の前のコンビニに戻りたいと、コウメイは転移して初めて思った。
「なあ、アキ、人間やめるなよ?」
「当たり前だ」
アキラは靴を履き、ジェイムズに礼を言ってサットン邸を後にした。
+++
玄関から帰ってきたアキラを見て、サツキは兄を正座させ説教をした。病み上がりに対する配慮などなかった。
「こっそり抜け出せるんだから、体調は理由になりません!」




