魔術都市アレ・テタル 脱出と救出
石壁は分厚く、硬かった。
森の狩りでは魔物の廃棄部位を埋めるため穴を掘っているコズエだが、土と石では力加減が全く異なる。いつものようにスコップで掘るイメージで魔力を放ったが、結果は石壁の表面をガリガリと削り取っただけだった。
「削るんじゃなくて、割るイメージの方がいいかな」
コズエに思いつくのはヒロの家にあった大工道具の金槌、釘を叩く平らな方ではなく、釘抜きの尖った方だ。尖った鉄なら石を叩いて砕くことができる、少なくともスコップで石に穴を開けるよりは石を割るイメージが作りやすかった。
「よし、ガンガン叩いていくよっ」
ミリ単位の作業が、センチ単位になった。普段穴を掘る速度の数十分の一以下の速度だが、石壁には確実に穴が開きはじめている。結構な時間をかけ、石壁に自分の身体が通り抜けられる程度の大きさの穴をあけた。貫通した先は湿った土だ。
「ここからスピードあげなきゃね」
石壁の厚さは三十センチほどもあった。その先の土に魔力を向け、コズエは慣れた要領で穴を掘っていった。
穴に頭を入れ、石壁の向こうに大きめの空間が出来あがったことを確認して、コズエはアキラを振り返った。魔術陣の光が少し暗くなっているように思えた。アキラが魔力流出を抑え込んでいるからなのか、それとも。
「急がなきゃ」
コズエは石壁の穴をくぐり抜け、ギリギリ座れるほどの大きさの穴に滑り込んだ。
「まるでモグラね」
ポケットから魔石を取り出し、照明代わりにかざした。穴は湿っぽく、四つん這いで進むほどの高さしかない。進行方向に手を当て、微量の魔力を流して確かめる。正確な距離はわからないが、今いる程度の穴をあと五つか六つ掘り進めば空洞にたどり着けそうだ。
穴の先端に片手を当てて魔力で掘る。掘り出した土がもぞもぞと動いてコズエの後方に移動し、来た道を塞ぐ。自ら退路を断つのは仕方ないと諦めた。後戻りするつもりはない。前に進んで、脱出して、助けを求める。それが自分のやらなければならないことだ。
「……あ、切れそう」
めまいを感じてコズエは穴掘りを中断した。魔力枯渇が近い。照明代わりの魔石を両手で包むようにして持った。
「魔力を注ぎ入れることができるんだから、取り出すこともできるはずよね」
預かった魔力を取りだして使えなければ、自分はここで生き埋めだ。
「穴を掘る時は、手のひらから魔力をゆっくりと押し出す感じにしてるから、吸収するイメージでいいのかな」
コズエは包み込んだ手のひらに魔力を吸い寄せるイメージを重ねて試してみたが、魔石から魔力を取りだせた感触はなかった。
「手のひらで吸うってのも変か。ストローで吸うみたいな……?」
人差し指だけで魔石に触れ、ストローを上ってゆくジュースのイメージで試したが、やはり魔力はコズエの中に入ってこない。
「リアルに吸ってみるのが一番かも」
コズエは土に汚れた魔石をシャツの裾で拭いた。
魔石に唇を当て、ゆっくりと水を飲むように吸い上げた。
「……っ!!」
何かが喉を流れ、体内に入ってくる。
枯渇からのめまいが消えた。
だがコズエの魔力が満ちるにつれて、頭痛と嘔吐感に襲われる。
「うぅ、げほ、げほっ」
堪えきれずに、込み上げてきたものを吐いた。
魔石が地に転がる。
コズエは胸を押さえてぐったりと穴壁にもたれた。
「なに、これ……気持ち悪い」
魔力回復薬を使ったのと同じ感覚があり、自分の魔力が満ちている状態なのはわかる。だがこの急激な頭痛と吐き気はどういう事だろう。逆流した胃液で口も喉もキリキリと痛むし、少しでも意識を集中させようとすると頭の奥で激痛がする。
「なんで……」
何が原因だと考えるだけでも頭痛が増してくる。
コズエは魔石を掴んで、そのまま穴を這った。片手をあげ、穴を掘り進めるようにと魔力を放出する。考えずにできる事をする。それが一番楽だった。
穴を掘る。
這い進んで、穴を掘る。
頭痛と嘔吐感が薄れると、めまいがよみがえった。
魔石を吸って魔力を満たし、頭痛と嘔吐を堪えながら穴を掘る。
「……魔力の燃費、落ちてる?」
硬い石壁を削るより土を掘る方が簡単なはずなのに、魔力消費が激しい気がする。
「自分の魔力じゃないから、かなぁ」
うまく制御できないのも、頭痛と吐き気も、アキラの魔力を取りこんだのが原因かもしれない、とコズエはぼんやりと考えた。血液型が合わないと輸血できないように、異なる魔力を取りこんだから拒絶反応が出ているのかもしれない。
「全部終わったら、ジョイスさんに聞いてみよう」
赤いローブの魔術師なら、コズエの疑問の答えを教えてくれそうだ。
めまいを消すために魔石を吸った。
コズエが魔力を吸い取るたびに、魔石の色は薄くなり、輝きも萎んでいる。
「うぅ……もう、ドカーンと掘っちゃって!」
魔力を込めた右手で土壁を叩いた。
苦痛から、トンネルから、すべてから抜け出したいという思いのこもった平手で、一気に穴が伸びた。
バコッ、ガラガラ、ボトボトボトッ。
壊され、崩れ、落ちる音と同時に、冷たい空気がトンネルに入ってきた。
「そと?」
新鮮な空気を吸って身体が少し楽になった。トンネルの先に目を凝らすが、暗闇ではっきりとしない。新鮮な空気を目指し、コズエは泥で汚れた両手で身体を引っ張るようにして這い進んだ。
右手、左手、右手、左手っ!
「わあっ」
左手が突くはずの場所に、土が無かった。
乗り出した身体が落ちかけたのを、手と足で突っ張りギリギリで支えた。
ポトン……。
「魔石がっ」
身体を支えた拍子に落ちた魔石が、一メートルほど下の水面に落ち、ゆらりゆらりと沈んでいく。
「井戸だったのね」
ほのかに光を放っていた魔石が見えなくなった。底はかなり深そうだ。井戸の口はというと、ギリギリまで身を乗り出して見上げれば、小さな星の夜空が見えた。
「水汲みの桶とか、ロープとか、ないかぁ」
脇差であたりを探ると、意外に狭い井戸だというのが分かった。井戸の直径は二メートルもないだろう。
穴掘りが終わったと思ったら、今度は壁登りのようだ。
「魔力で足場を作りながらなら、登っていけそうかな」
だがそれも明かりがあれば、の話だ。唯一の光源は井戸の底だし、月のない夜は暗い。
「ちょっとだけ休憩しよう。自分の魔力を貯めるのと、空が明るくなるまで」
コズエはトンネルに横になって目を閉じた。
+
空がうっすらと明るくなって、井戸の中も視界が利くようになってきた。
魔力も回復しているし、頭痛や吐き気も無い。
「よし、いける」
井戸の石組みに手を置き、魔力を伝えて足場を作った。階段には程遠いが、片足を乗せるには十分な大きさの出っ張りが、三十センチおきほどの間隔で交互に、出口に向けていくつも連なっている。
コズエはゆっくりと横穴から這い出し、最初の突起に足を置いた。
「うう、結構高いなぁ」
見あげたゴールまでは十メートルはありそうだ。突起を掴んで身体をひき上げ、足を置いて伸び上がる。
「クライミングだっけ? ボルダリング?」
手と足だけで壁を登っていくスポーツをテレビで見たときは、自分には出来ない種類のスポーツだと思ったのに、今は似たような壁を登っている。狩猟生活で鍛えた二の腕がこんなところで大活躍だとコズエは自分を励ました。
何度かバランスを崩し焦りもしたが、コズエは井戸の縁に手をかけることに成功した。足を踏ん張り、両手で身体を引き寄せて、井戸からの脱出を果たした。
「どこかの中庭かな」
井戸のある庭は、建物に取り囲まれていた。井戸に近い建物の扉に鍵はかかっていない。洗い場のようだ。人の気配は無い。コズエは忍び足で中に入り、短い廊下をゆっくりと進んだ。厨房の横を通り過ぎた先の開けたフロアには椅子やテーブルが並んでいる。どこかの宿屋か食堂かもしれない。コズエは静かに出口に向かい、内鍵がかかっている戸を開け表通りへと忍び出た。
自分の出てきた建物を振り返って、コズエは声を漏らしそうになった。
白い壁の塔が、別棟を挟んだ隣に建っていた。
コズエ達が閉じ込められたあの場所は、魔法使いギルドの地下に間違いなかった。
+++
一睡もせずに二人の帰りを待っていたコウメイは、明るくなる空を見て立ち上がった。魔物討伐用の上着に袖を通し、胸当てと籠手を身につけ、長剣と短刀を装備した。治療薬と魔力回復薬をそれぞれ二つずつ胸ポケットにねじ込む。
「コウメイさん、その格好は……」
寝不足の顔で寝室から出てきたヒロは、コウメイの静かな闘志を感じ、ぞくりと肌が泡立つのを感じた。
「サツキちゃんを頼むな」
「一人で探しに行くんですか? 無茶ですよ。何処にいるのかもわからないのに」
「手がかりは聞き出せばいい。一番偉い魔術師に伝手があるんだ、利用するしかねぇだろ」
唇の端だけで笑ったコウメイの表情は、何をしでかすのか分からない怖さがあった。これを一人で行かせてはいけない、と眠気が一瞬で飛んだヒロが慌てて言った。
「それなら俺も行きます」
二人を心配しているのは自分も同じだ、すぐに準備をするからと寝室に戻った。討伐用の服を着て防具を身に着ける。
ヒロが慌ててリビングに戻ると、コウメイはサツキにしがみつかれ足止めされていた。
「私を置いて行かないでくださいね」
サツキも討伐スタイルに身を包み、自動弓の代わりにコズエの槍を持っている。
「……下手したら、強盗犯になるかもしれねぇんだぞ」
「お兄ちゃんとコズエちゃんのためだもの、前科者なんて怖くないです」
「コウメイさんは強盗犯にならないように上手くやるつもりなんですよね?」
だったら自分達が同行しても問題ないだろうとヒロが言った。
「サツキちゃんは病み上がりだし、危険だ」
「体調は完全に戻りました。寝てないコウメイさんよりずっとコンディションはいいですよ」
「危険なのはコウメイさんも同じでしょう。一人で行くより、三人で協力した方が安全だと思います」
押し問答している時間がもったいない。コウメイは大げさにため息をついて見せ、二人に念押した。
「何が起きても救出優先だ。自分の身は自分で守れ」
もちろんだと二人は力強く返しコウメイの後を追った。
+
一の鐘の鳴る前の街に人の姿はほとんどない。
「何処へ向かってるんですか?」
「魔法使いギルド長の家だ」
銀板の判定結果はギルドではなく、ミシェル・サットンの自宅へ聞きに来いと言われていた。東町二区画のサットン邸。コウメイたちのアパートから北、広場と東門を結ぶ大通りを越えてさらに北へ通りを二つほど入った高級住宅街だ。
「この時間なら自宅で捕まえられるだろ」
おそらくまだ寝ているだろうが、コウメイは扉を破ってでも乗り込むつもりだった。
「昨日の調査結果も聞き出してぇしな」
「お兄ちゃん達が帰ってこないのも、私達を襲撃したのと同じ犯人の仕業だと思いますか?」
「このタイミングだ、全く無関係だって言うほうが不自然だろ」
同じ日に冒険者が被害にあう。片方は逃げ延び、片方は捕まった。そう考えたほうが納得できる。
「犯人側に魔術師が関わっているのに、協力してくれると思いますか?」
「させるんだよ、どんな手を使ってでも」
コウメイはミシェルに自分の銀板を提供しその交換条件に協力を取り付けるつもりだったが、無理ならば身内を人質にするなり剣を突きつけてでも協力させる気でいた。
「なんだか押し込み強盗みたいですね」
「だから言ったろ、強盗犯になるって」
今からでもアパートに戻って待機してろと言いたげなコウメイに、サツキは持ってきたコズエの槍を突き出して見せた。
「覚悟はできてます。後衛は任せてください、ブスっとやりますから」
「室内戦ならコウメイさんの長剣よりも、俺の体術のほうが有利ですから任せてください」
「……五人で逃亡生活することになりそうだな」
苦々しげにコウメイは息を吐いた。
思い詰めたようなコウメイの緊張を解こうと、ヒロはことさら明るい声を出した。
「逃亡生活、結構ですね。狩りさえできれば食料調達には困りませんし、どこかに隠れ家作りますか?」
「秘密基地っぽいですね。木の上にお家を作るのはどうですか?」
「俺は洞窟がいいと思う。年中気温が安定していて過ごしやすいだろう」
「洞窟はコウモリいるんじゃないですか? ペットにするなら角ウサギの方がいいですよ」
ヒロとサツキの声は明るく緊迫感のない会話に、コウメイから力みがとれた。
「無人島で完全自給生活に挑戦するものいいかもな」
そんな企画の番組を楽しんでいた頃が懐かしい。半年間の冒険者生活を振り返れば、今の自分達は無人島生活も楽しめるにちがいない。
大通りに出た三人は、西に方向を変える。先頭を行くコウメイが商人ギルドの建物の手前で北に折れた。サツキが続き、しんがりのヒロが角を曲がろうとした一瞬に、視界の端でコズエの姿が横切ったように見えた。
「……コズエ?!」
ヒロは大通りに戻って目にした者を探した。
「コズエ!」
ヒロの声で走っていた薄汚れた冒険者の足が止まった。
髪も顔も服も手足も、全身が泥まみれのコズエがヒロに突進した。
「ヒロくんっ!」
呻き声のような嗚咽を漏らしてしがみつくコズエを、ヒロは宥めるようになでた。髪にこびりついた泥を撫で落とし、怪我が無いかを確かめていく。
「怪我は? 痛いところは無いか?」
「……大丈夫。私は、大丈夫だけど、アキラさんがっ」
唇を噛みしめて俯くコズエの肩に、サツキがそっと手を置いた。
「無事でよかったわコズエちゃん」
「サツキ……ごめん、サツキ。アキラさんが、アキラさんが」
いたわるような親友の顔を見たコズエの目から涙が溢れた。
「泣いている暇はない、何があったか教えてくれ」
堪えるように握りこぶしを作っているコウメイを見られなくて、思わず目を伏せた。アキラを残して一人逃れてきた後ろめたさに負けそうだった。コズエは泥で汚れた袖で涙を拭いて、大きく息を吸った。
「アキラさんは、魔法使いギルドの地下室にいます」
一刻も早く助け出すために、コズエは古書店から脱出までの全てを語った。
+
「ありがとうコズエちゃん、これだけ材料があれば脅さなくても協力を得られる」
コウメイはコズエとサツキにアパートでの待機を指示して走り出した。ヒロは物騒なことを言いながら走り出すコウメイの後を追いかけた。目的地はミシェル・サットン邸だ。
高級住宅街の、装飾柵に囲まれた白壁の邸宅に二人は乗り込んだ。門を乗り越え、玄関扉をノッカーと拳で激しく叩く。
「どなたです、こんな早朝に非常識な!」
しばらく扉を叩き続けていると、召使と思われる男が扉の向こうで応じた。
「ギルド長に緊急に話がある、開けてくれ」
「三の鐘が鳴ってから出直してください」
「ギルドの存亡に係わることなんだ」
「ならばギルドへどうぞ」
召使には主人の安眠を脅かす来客を招き入れる気などなかった。
「責任者に直接話さなきゃならない情報なんだよ」
「重要な事こそしかるべき手順にて伝えられるべきです。このような無礼な訪問で、真に重要な情報がもたらされた例は過去にございません」
「開けろよ!」
「お引取りを」
扉を破るしかない。コウメイが柄を握った。
長剣を半分ほど抜いたところで、扉の向こうの気配が変わった。
「ご、ご主人様?」
召使の慌てた声の後、玄関扉が開いた。
「あなたたち、昨日の追加情報にしたってちょっと乱暴よ」
夜着にガウンを羽織った姿のミシェル自らが扉を開け、コウメイらを玄関に招きいれた。召使は忌々しげに二人を睨みつけるも、主人の行動を止めることはできない。コウメイとヒロが館内に入るとすぐに扉を閉めた。
「ギルド存亡に係わる話とは大きく出たわね、何事かしら?」
「北区の魔術書専門の店にいる青ローブの魔術師が、仲間二人をハメて攫った。脱出した一人が魔法使いギルドの地下に閉じ込められたと証言している。もう一人は今も地下に囚われたままだ」
畳み掛けたコウメイの言葉にミシェルは眉をひそめた。
「街に魔術専門の書店は無いわ」
「北大通りから西に入った路地裏だ。一見は普通の民家。開店って札があったから入った、中は魔術書の本棚が並んでた。二人が店を出ようと扉を開けたら、転移魔術で飛ばされたそうだ」
「あのあたりで青ローブなら……エルトン」
思い当たる名前にミシェルの顔色が変わった。
「ジェイムズ、今すぐジョイスを呼んできてちょうだい!」
「ご主人様?」
「早く!!」
ミシェルは二人についてくるように言って階段を上った。ヒロは、寝室の扉を開けガウンと夜着を脱ぎ捨てながら歩くミシェルから視線を逸らした。
「エルトンってのはどういう奴だ?」
「優秀な魔術師よ。優秀すぎて、境界線を越えてしまった魔術師」
手早く男物の服を身につけ、その上から紫のローブを被ったミシェルは、コウメイに問うた。
「あなたの仲間が見たのは青ローブ一人なの?」
「茶のローブの男も二人いたらしいぜ」
「ギルドの色に茶色は無いわ。黄色かしら」
「地下室の光源は魔術陣だけだったらしいからな、茶色く見えたのかもしれねぇ。仲間が魔術陣に拘束されている。空の魔石に魔力を吸わせてた」
コウメイの言う魔術陣に心当たりがあるミシェルは頭を振った。
「……あれを修復したのね。一体どうやって」
「そっちの事情はどうでもいい。俺達は仲間を救出したいだけだ。魔力の枯渇がどれだけ危険か、あんたなら知ってるだろう」
「もちろんよ。ギルドが今日の活動を始める前に救出しましょう」
ミシェルは執務室に移り、魔術師の杖を手に取った。
「し、師匠っ、お呼びでしょうかっ」
ローブの裾をはだけながらジョイスが息を切らして飛び込んできた。
「今度こそ証拠を掴みに行くわよ」
そう言って彼女は杖で扉を叩いた。
カツン、と硬く鳴ると同時に魔術陣が扉の表面に浮かび上がる。
扉を開けた先は、魔法使いギルドのロビーだった。駆け込む二人をコウメイとヒロも追う。ミシェルはロビーを横切り、階段の影に隠されていた扉から狭い廊下を進んだ。突き当たりの薄汚い扉を開ける。
「物置ですね」
三畳程度の小さな部屋にはガラクタが押し込まれていた。壊れた椅子、丸めた絨毯、廃棄予定の古いカーテン。積み重ねられた木箱には製作に失敗した魔道具や金属クズが詰め込まれて置かれていた。
「荷物を出してちょうだい、床下を確かめたいの」
コウメイとヒロはガラクタを部屋の外に運び出し、ミシェルの指示で床板を破った。床板の下にある空間を見てミシェルの顔色が変わった。
「石で埋めておいたはずなのに……」
「師匠、魔術陣があります」
ジョイスが魔力の火を点し床下を照らすと、石壁に囲まれた部屋の床に魔術陣が見えた。
「あれは転移陣ですよ」
「石を取り除いて、外部からここを経由して地下へ出入りしていたのね」
これほどの大仕掛けは一朝一夕にできるものではない。かなり前から秘密裏に小細工をされていたに違いなかった。
「降りるぞ」
二人を押しのけたコウメイが魔術陣の上に飛び降りた。魔力持ちが立ったくらいでは転移魔術陣は発動しないようだ。ヒロとミシェルも床下へと降りた。ジョイスは梯子を取りに部屋を出て行く。
地下の小部屋は三方を石壁で囲んだ空間だった。開いている一方の先には、さらに下へと降りる階段がある。ミシェルの作り出す灯りを頼りに三人は階段を降りた。
「行き止まりか?」
「いいえ、この先があるわ」
巨大な一枚岩の扉にも魔術式が掘り込まれていた。ミシェルが何かを呟き術式に触れると、石扉がゆっくりと動きだす。人が通れるだけの隙間ができるのをじりじりと待ち、最初にコウメイが滑り込んだ。
広く暗い地下空間のほぼ中央に、ぼんやりと発光する巨大な魔術陣が見えた。
「アキ!」
魔術陣の上に横たわるアキラに駆け寄ろうとするコウメイをミシェルの声が制止した。
「駄目です、魔術陣に触れてはいけません」
「痛てぇっ」
魔術陣の端を踏んだコウメイの足に、釘を打ちつけられたような痛みが走った。飛び退いて痛みを感じた足を見るが、出血や傷跡はなかった。
「アキ、起きろアキ!」
必死に呼びかけるがアキラからの反応は無い。薄暗く距離もあるせいで、生きているのかどうかも確かめられない。
「この魔術陣も消したはずなのに……」
「なんなんだこの魔術陣はっ」
「紐みたいな、鎖みたいな、そんなものがコウメイさんの足に絡んでいるように見えましたよ」
「術式を経由して魔力を奪うのよ。わずかでも魔力を持っている者が触れたら、楔で捕らえてつなぎとめ、死ぬまで魔力を奪い続けるわ」
「この魔術陣を壊せ!」
「できないわ」
「やれよ!」
「無理よ、彼をあそこに残したままじゃ、命に関わるわ」
「クソッ」
コウメイは外した剣帯ベルトで手首を絞め、ベルトの端をヒロに渡した。
「動けなくなったら、引っ張ってくれ」
「俺のも使ってください」
ヒロは自分のベルトも外し剣帯ベルトの端と結びつけた。
「止めなさい、魔力の無い者を呼んでくるから、それまで待ってちょうだい」
「待てねぇよ」
アキラは一晩中あの痛みの中で魔力を奪われ続けているのだ。コズエの機転で急激な強奪は避けられたようだが、呼びかけに反応も無いのだ、長く持たない。
コウメイは魔術陣の中央に向けて大きく一歩を踏み出した。歩くたびに感じる痛みは、まるで針の太い剣山の上を歩いているようだった。
アキラの側までたどり着いたコウメイは、片手を腹の下に入れて力のない身体を持ち上げる。重みがかかると、魔力の楔の痛みが強くなったような気がした。それほど多くないコウメイの魔力が、ズキリ、ズキリという脈動に合わせて流れ出しているのが分かる。魔術陣の外へと向かうコウメイの足が重く鈍くなっていった。
「アキラさんを離さないでください!」
コウメイの足がよろめいた瞬間に、ヒロは勢いをつけてベルトを引いた。アキラを掴んだコウメイの両足が浮き、魔術陣の外へ引きずり出された。背中から床に落ちた痛みを堪え、コウメイは救出したアキラの身体を調べてゆく。
「大丈夫ですか?」
「背中と腰が痛てぇが、俺は生きてるよ。アキは……」
素早く起き上がってアキラの首筋に触れたコウメイは、指先に感じる脈動に安堵の息を吐いた。
「脈はある、呼吸も……浅いが、なんとか」
「身体が冷たいですね」
「ギリギリだったみてぇだな」
アキラの身体を抱えなおしたコウメイは、顎をつかんで口を開けさせ、回復薬と魔力回復薬を飲ませた。即効性の錬金薬はすぐに全身に行き渡り、ひんやりと冷たかったアキラの手足に体温が戻ってきた。
「意識は戻りませんか?」
「起きねぇな」
だが呼吸は安定してきたし、顔色も良くなったように見える。
「アキは寝汚ねぇからな、まあ、こんなもんだろ」
やっと軽口をたたけたコウメイの様子に、ヒロもほっと胸を撫で下ろした。
コウメイがアキラをつれて先に帰るというと、救出劇を傍観していたミシェルは慌てた。
「俺達の用事は終わった。あとはあんたたちの好きにしてくれ」
「待ってちょうだい。あなた達に証人になってもらわないと」
「この地下が何のためにあって、あんたらがどう関わってて誰と揉めてんのか、俺らには関係のない話だ」
「これを企てた魔術師を一人残らず処分するためには証言が必要だわ」
「証言の前に証拠固めだろうが」
魔術陣に、地下室の隅に転がっている死体にと、証拠は山ほどある。
「青ローブがアキの魔力が魔石に溜まるのに二日かかるって言ってたらしいぜ。早けりゃ今晩あたりに、のこのこ姿を現すんじゃねぇの?」
囮でも罠でも、準備する時間はあるのだ。一網打尽にするくらいの作戦はミシェルの方で考えてくれとコウメイが突き放した。
「今夜ね?」
「自力で脱出した仲間が聞いたのはそれくらいだ」
「助かるわ……全ての決着がついたら、お礼とお詫びに伺うわ」
二人はミシェルを地下室に残し、アキラを抱えて階段を上った。丁度ジョイスが梯子から降りてきたので、ギルドの裏口を教えてもらった。いくら営業前で人が少ないとはいえ、人目が無いとは限らない。犯人らにアキラの救出を知られればミシェルも困るだろう。
「ヒロ、そのカーテン取ってくれ」
埃臭いボロ布だが仕方ない。アキラの身体をボロカーテンで包んで抱きなおし、二人は魔法使いギルドの裏口から遁走したのだった。
+++
その日の夜。
魔法使いギルド近隣の住民の家では、テーブルの食器が跳ねるほどの大きな揺れを感じた。直後に物々しい雄たけびと多くの足音が行き交い、殺気だった警備兵が立ち並び騒然とした中を、魔術師のローブを着た五人と奴隷の腕輪をつけた冒険者三人が拘束された。
行方不明事件を担当していた冒険者ギルドと警備兵による合同チームが、魔法使いギルドの協力を得て殺人犯ら全員を捕らえたと発表したのは、翌日の昼過ぎだった。




