魔術都市アレ・テタル 見知らぬ転移者
それを見た二人は、無言で目を合わせた。
『探し人 当方は三C八番・体育委員』
「なあ、ヒロ」
「なんですかコウメイさん」
「あれ暗号だと思うか?」
「分かる人は限られると思いますから……暗号と言えば暗号なんだと思います」
こちらの世界の人には意味の分からない数字と文字。だが日本からの転移者なら、その意味を想像するのは難しくない。
「三階C棟八号室の住人、だな」
「三年C組の出席番号八番の体育委員さんでしょう」
「三丁目八番地だろ」
「それ、ちょっと強引です……往生際悪いですよコウメイさん」
高校なのか中学なのかは分からないが、三C組の出席番号八番と読むのが一番自然だろう。しかも体育委員、だ。知っていれば確実に特定できる。
コウメイは目立たないように小さく息を吐いて、受付カウンターに引き返した。空いているタイミングでマシューを捕まえ探りを入れる。
「あの妙な探し人の掲示はいつからあるんだ?」
「五日前に張り出したものです。あの暗号が分かるということは、コウメイさんも依頼主の探し人の可能性があるんですね」
「いや、どうだろうな……ん、俺も?」
あれを見てコウメイたちの他にも申し出た人物がいるのか?
そう問うとマシューは張り出した初日に二人、昨日一人、今日も一人が問い合わせてきたらしかった。
「順番に面談に行ってるらしいですね。コウメイさんのこともお伝えしておきましょうか?」
「いや、俺の事は知らせなくていい。ちょっと珍しいものだから気になっただけだから」
絶対に知らせるんじゃないぞとマシューに念押しして、コウメイはギルド会館を出た。逃げるような足取りでアパートに向かうコウメイに追いついたヒロが、困りきった顔で横に並んだ。
「いいんですか?」
「いいんだよ。まずは全員で情報共有。その後に対策を決める……この街に、俺ら以外にも転移者が最低四人はいるなんてはじめて知ったぜ」
コウメイたちのように街を出ていた者も含めれば、あの暗号に反応する人数はもっと増えるかもしれない。
「多いのか少ないのか、分かりませんね」
「敵なのか、味方なのかもな」
重く鋭い言葉に驚いて振り返ったヒロは、コウメイが魔物に対峙する時のように厳しい目をしていることに気づいたのだった。
+
「俺の高校は数字だったな。三年二組二十六番」
「私の高校は漢数字です。二年参組って書くの」
「アルファベットは俺の学校だけか」
アパートに戻り、コレ豆茶を煎れて一息ついてから、ようやくコウメイは「探し人」の暗号めいた内容を話していた。
「あの探し人は、コウメイさんの銀板に出てた人でしょうか?」
「わからねぇよ。クラスと出席番号だけなら余所の学校の可能性もあるだろ」
「体育委員が誰だったか覚えてれば、出席番号とすり合わせできるんじゃないですか?」
「誰が何の委員をやってたかなんて、覚えてねぇよ」
アパートに戻って銀板の電源を入れたコウメイは、赤い印がアレ・テタルに存在すること確認した。王都にいると思っていた転移者がいつの間にかこちらへ移動してきていたのだ、これは向こうもコウメイを捜していると考えて間違いない。
「誰なんでしょう。心当たりはないんですか?」
コンビニに居た学生らはあちこちの学校から集まった塾生達だった。その中にアルファベットのクラス表記をする学校がコウメイとは別にあったかもしれない。
「コウメイさんは三年C組なんですか?」
「三Cの三十二番」
「八番の人が誰か、覚えてます?」
「小川か片岡か、木吉あたりが八番前後だったかなぁ」
コウメイは思いつく名前をあげたが、その誰もあのコンビニ付近にはいなかったはずで、転移事故に巻き込まれた可能性は考えられない。三人の中で体育委員は誰だったか。
「その三人の誰が元カノさんなんですか?」
「……全員違う」
ずいぶん前の戯言をしっかり覚えていたらしいコズエの容赦ない突っ込みに、コウメイの肩の力が抜けた。
「その掲示物に四人も反応したというのは驚きだな」
「俺達以外に四人、こいつも入れたら五人も転移者がいるのか」
見た目でだけでは転移者とこの世界の住人の区別はつかない。アキラのように亜人族なら、転移者の可能性もゼロではないと想像できるが。
「八番さんは転移者を集めてどうするつもりなんだろうね」
「パーティーを組むつもりなんでしょうか?」
コズエたちが転移者だけでパーティーを組んでいるのは、自然の成行きのようなものだった。だが相性も悪くないし、それぞれが上手くかみ合って良いパーティーになっていると思う。今さら解散して別の冒険者とパーティーを組むなど考えられないし、この五人に新しい冒険者が加わる事を想像すると、複雑な気持ちになる。
もしもコウメイやアキラと合流できなければ、もしも自分が一人でこの世界に転移していたら、コズエは同じ転移者を探しただろうと思うのだ。
「集めてるんじゃねぇと思うけどな」
「八番さんに会わないんですか?」
コウメイは乗り気ではないらしいが、八番は同郷の友人に会いたくてたまらないから探し人の張り紙を出したのだ。自分ならそうするとコズエは思った。
「会うよ。明日、マシューに頼んで八番に連絡とってもらう。ああ、会いに行くのは俺一人だからな」
「えー、私達以外の転移者に会ってみたいのに」
「安全確認済ませたら会わせるから」
「コウメイさんのお友達って、そんなに危険人物なんですか?」
不思議そうに尋ねるコズエを、コウメイは曖昧に笑って誤魔化したのだった。
+
翌日、コウメイは狩りに出る前にギルドに寄り、マシューに三C八番への伝言を頼んだ。二日後の五の鐘の頃にギルドロビーで、と。
+++
朝食はボイルしたソーセージとオムレツ、コンソメベースの野菜入りスープにパン。テーブルを囲みながらその日のスケジュールを確認するのがN629の日課だ。
「そろそろミシェルとの約束の期限が近いが」
アキラが食後のコレ豆茶をひと口飲んでから、四人の表情を覗いながら切り出した。
「本当に修理費をパーティー資金で出していいのか?」
「もちろんです。私達の銀板が壊れた時のことも考えて決めたじゃないですか。そのために頑張ってお金貯めてたんですよ」
ではどれくらい貯まっているかと帳簿を確認してみれば……。
「ちょっと、厳しいかも、です」
十日間の飯屋営業ではほとんど利益は出なかった。食材調達は自分達でやったし、可食部位以外の素材を売って多少の収入はあったが、冒険者として十日間をフルに働くのとでは格段に収入の差がある。その後の小鬼討伐も報酬は格安だった。
「魔石、換金しましょうか?」
アレ・テタルに来てから得た報酬のほとんどは、討伐報酬や魔石以外の素材を卸して得たものだ。飯屋を営業していた頃からの魔石は全て換金せずに貯めていたのだが、それが結構な量になっている。これを換金できれば五万ダルに手が届く。
「魔猪や小鬼のクズ魔石が五百個くらいあります。小魔石が二百八十個、羽蜥蜴の中魔石が十六個。これを冒険者ギルドで換金すれば三万ダルくらいになりますが、魔法使いギルドなら二割り増しです」
修理費に必要な最低額の五万ダルを貯めるためには、冒険者ギルドではなく魔法使いギルドでの換金が必須だ。
「誰が行きます?」
魔力を吸い取る罠があるので、魔力量の多いアキラは論外だし、コウメイは三C八番との約束がある。魔術書にはまっているコズエは魔法使いギルドに行きたかったが、換金だけで帰ってくる自信がなかった。
「どうしても売店の魔道具とか気になるし、魔術書は無いのかとか、学校の見学をしたいとか、余計なこと言っちゃいそうなんですよね」
だから私はやめときます。そう言ったコズエの魔力量は五人の中で二番目に少ない。ギルドの妙な罠に引っかかるとは思えないが、好奇心は猫を殺すという諺もある。
「ならコズエちゃんは俺と古本屋を巡らないか?」
街の古書店めぐりなら危険もないしコズエの好奇心も満たせるとアキラが誘う。
「今日は研究古書の掘り出し物が無いか、探して回る予定なんだ」
「古書探しですか、いいですね! 宝探しっぽくて楽しそう」
魔法使いギルドへはサツキとヒロが行くことになった。
「俺も古本屋めぐりがしてぇなぁ」
「何言ってんですか、コウメイさんは八番さんとの約束があるでしょ」
二日も猶予をもらっておきながら往生際が悪いですよ、とコズエたちはコウメイをアパートから追い出した。
「友達との再会に緊張するって言うのなら、早めに行って準備すればいいんですよ」
「緊張なんかしてねぇよっ」
「グズグズしているなら俺たちが保護者代わりについていくぞ」
「やめてくれ……」
三の鐘が鳴った。厨房の後片付けを終わらせたコウメイは、ブツブツと文句を言いながらもアパートを出て行った。約束の時間まではまだ鐘二つも早かった。
+
「そういえば、昨日採取した薬草をギルドに卸し忘れていたな。古本屋巡りの前にちょっと冒険者ギルドに寄ってこよう」
そう言って立ち上がったアキラはフードを被り、用意してあったバッグを手に取った。脇差をベルトにかけるのも忘れていない。
「アキラさん、棒読みですよー」
ニヤニヤ笑いのコズエがアキラの後を追いかけた。
「コズエちゃんも行くのか?」
「街は行方不明事件とかあって危険じゃないですか、単独行動禁止って決めたのはアキラさんですよ」
今日は一日アキラと行動するのだ、デバガメじゃないと言い訳しているが、コズエの足取りは楽しそうに弾んでいる。
「ねえサツキも行こうよ。ヒロくんも」
「え、でも、のぞき見みたいなことは」
やらないほうがいい、と言いたいけれど兄は立派な口実を作って一番に動き出している。兄を止めることはできないし、自分も興味はある、だが。
サツキは意見を求めるようにヒロの顔を見た。
「……サツキさん」
至極真面目な表情で、ヒロはサツキを見返した。
「俺達は魔石を換金に行くことになっている」
「はい」
「魔法使いギルドは、冒険者ギルドの二割り増しで買取ってくれる」
「そうですね」
「冒険者ギルドでの魔石の買い取り価格を調べておく必要があるとは思わないか?」
「思います!」
立派な口実を得たサツキとヒロも、慌ただしく準備を整えてアキラとコズエの後を追った。
「俺達以外の転移者は初めてですね」
「コウメイさんの友達だといいですね」
「やっぱり元カノなのかなぁ。アキラさんは元カノさんを知ってますか?」
「面識はないな。あいつは塾生の女の子とは付き合うことはなかったから」
「八番さんは、小川さんと片岡さんと木吉さんの誰かでしたっけ?」
「よく覚えてるな」
「恋バナは聞き逃しません。女子高校生として当然のスキルです」
冒険者ギルドの査定窓口でアキラは薬草の束を卸した。相変わらず品質も分類も量も文句の出ない納品だった。ヒロとサツキは羽蜥蜴の中魔石の買い取り価格を確認した。冒険者ギルドでは一個二百ダルで買取しているということだった。
表向きの用事を終えた四人は二階のカフェに上がり、飲み物を手に窓際のカウンター席に落ち着いた。換気用に開けられた窓からギルドロビーを見下ろした。
「約束は五の鐘の頃でしたっけ?」
「食事のためにこっちに上がってきたりしませんよね?」
「コウメイなら、美味くてボリュームのある飯屋だろうな」
「元カノさんを連れて行くんですからオシャレな店ですよきっと」
アレ・テタルには商人が接待用に使う高級料理店から、街の女性が贔屓にしている庶民的だが特別感を楽しめる食事店まで幅広い飲食店が営業している。彼女が途切れたことの無いというコウメイなら、元カノとのランチは女性好みのお店に決まっていると言ったコズエに、アキラは苦笑するしかなかった。
「途切れたことはなくても、短いスパンで入れ替わっていたのには理由があると思わないか?」
「それはコウメイさんがモテるからでは?」
「入れ替わりはあるが、二股三股はなかったぞ」
友人の名誉のためにそれだけは断言したアキラだ。
「あいつは付き合う前と後で、良くも悪くも変わらない」
三人は疑問符を浮かべて首を傾げていた。裏表が無いというのは良い事ではないだろうか、と。
「コウメイは優しいだろう? けれど仲間や友達への優しさと、恋人への優しさが同じだったらどう感じる?」
「それはちょっと嫌、かな」
「特別感が何もないじゃないですか」
「だから振られる」
なるほど、とコズエとサツキは納得したが、ヒロは納得しきれないようだった。
「女の子は彼氏から特別扱いしてもらいたいんだよ。友達の時と同じじゃ、付き合ってる意味ないもん」
「少しだけでいいんです、私のことを考えて選んでくれたんだなぁっていうのを実感したいですよね」
「コウメイはちゃんと特別扱いしてるんだが、それがとても分かりにくい。そして浮気される」
『私のこと本当に好きなの?』『こんなの付き合ってるって言わないよ』『○○くんの方が浩明よりも私を好きでいてくれるもの』『浩明は私と同じくらい好きになってくれないんだね』塾の休憩時間に何度愚痴を聞かされたことか、とアキラが薄ら寒い笑みを浮かべた。
「……」
ヒロはそっと視線を逸らした。コウメイは女性経験というか、そっちの方のスキルが高いと思っていたのだが、もしかして本当に高スキルなのはアキラなのではないだろうか。どちらにしても自分には荷が重いなと思いながらギルド・ロビーを眺めていたヒロは、まさかと入ってきた冒険者を二度見した。
「今入ってきた人、見てください」
ロビーにいる冒険者達に広がる驚きと興奮。
「獣人……ですか?」
「本物の獣人」
「ケモ耳だ」
十年に一度出会うだろう頻度の獣人だった。
小窓に覆いかぶさるようにして四人は本物の獣人を眺めた。
「犬の耳っぽいですね」
「尻尾あるのかな? あるよね?」
「上着の裾が長くて分からないわね」
ぴくぴくと動く犬耳の獣人は、カウンターの職員に声をかけてからロビーの待合席に腰を降ろした。
「待ち合わせっぽいですけど……あの獣人さんが八番さんなんでしょうか」
「彼女じゃなくてケモ耳だった!」
「転移者なんでしょうか?」
五の鐘が鳴ったのとほぼ同時にコウメイがロビーに姿を現した。
「あ、獣人さんが動きます」
「驚いてますねコウメイさん」
「八番さんで間違いないみたいですよ」
小窓をサツキとコズエに譲ったアキラのために詳細な実況が続けられた。
「獣人さんがコウメイさんの背中をバンバン叩いてますね」
「やり返しましたよ。左脇腹に一発入りました」
「仲良さそうですね」
「あ、ギルドを出て行くみたいです」
「出ていっちゃいました」
「元カノじゃなかったですね」
「けどケモ耳だったよ!」
転移直前に獣人を選択した八番さんはファンタジー好きに違いない、とコズエは嬉しそうだ。
「どうしますか?」
元カノではなかったが同じくらい興味深い存在の出現にコズエは興奮している。このまま二人を尾行しかねない勢いがあった。
アキラはコレ豆茶のグラスを置いて席を立った。
「野菜料理が美味しい店を見つけてある、そこで昼食にしよう」
「えー、コウメイさんたちの方はどうするんですか」
「これ以上はダメだ。流石のコウメイも怒る」
気になります、とそわそわするコズエをアキラはきっぱりと制止した。
四人は街の女性に人気の野菜料理店でランチをとり、朝の打ち合わせで決めた予定に向かって別れたのだった。




