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ナモルタタルの街 4

初めての戦闘。

ナモルタタルの街 4


 低木の茂る浅い森での薬草採取を続け、少しずつ蓄えを増やしていく生活はある意味単調だ。


「なんかこう、冒険者らしいワクワク感がないのよねぇ」


 毎日少額だが確実にお金は貯まっている。だがあまりにも堅実すぎだ。剣と魔法の冒険譚を期待したのに、現実はコツコツ地道に薬草採取。


「せっかく冒険者ギルドに登録したのに、物足りないって言うか、夢がないのよ」

「夢じゃなくて現実だから仕方ないだろ」


 コズエが語っていたラノベ的異世界転移生活と、三人の冒険者生活はあまりにも乖離していた。チート能力はあった方がいいけど、なくてもいいからもう少しロマンが欲しかった、と薬草を採取する手を止めることなく会話は続く。


「ゲームだって最初はスライム退治からだろ」


 サフサフ草の根を傷めずに抜き採るのにもずいぶん慣れてきたヒロだ。


「そういえばスライム見かけたことある?」

「無いな」

「私たちには武器もないし、いきなり魔物退治なんて無理よ。あ、コズエちゃん、ユーク草はあと四株採って」


 サツキは二人の採取した薬草を分類して買取単位で束に整えている。


「私だっていきなりモンスター退治なんて無謀は考えてないわよ。角ウサギあたりなら何とかなるんじゃないかなって」


 ギルドの書庫で調べた魔物辞典によれば、魔獣でもっとも初心者向けなのが角ウサギだと紹介されていた。


「まあ角ウサギなら蹴り殺される心配はないだろうけど」

「森の奥まで巣を探しに行かなきゃいけないのに、迷うんじゃない?」


 角ウサギは三人が薬草採取をするあたりよりも、更に奥へと進まなければ見つけられない。整備された道路と建物、道路標識の世界に育ったコズエたちには、人の手の入っていない樹林はハードルが高かった。目印をつけて進んだとしてもすぐに迷いそうだ。


「その辺から一羽だけ現れたりしないかなぁ」

「角ウサギは群れるウサギよ、一羽だけなんて都合のいいことないと思うわ」

「だよね~」


 ガサガサ、ガサッ。


「ウサギ、いた」


 噂をすれば影なのか、五メートルほど離れた草むらに茶色のウサギが現れた。眉間に白い角があるので間違いなく角ウサギだ。


「一羽だけ、みたいよ?」


 これはチャンスじゃないか、とコズエは薬草採取の動きを止め角ウサギの周囲をうかがった。まだ若い角ウサギは人間を警戒する様子もなく縁の黒い草を食べている。


 コズエは薬草を切るために持っていたナイフを強く握りしめた。ヒロに視線を投げて、やってみるよと合図を送る。サフサフの根から手を放してナイフを取り出し構えたヒロも頷いて応えた。武器のないサツキは手早く薬草をカバンに詰め込み、棒のようなものは無いかとあたりを探す。


「い……いくわよ」


 最初に覚悟を決めたのはコズエだった。ナイフを握った手を振りかぶって角ウサギに襲いかかるも、ピョンとひと跳ねで一メートル程も距離をあけられた。跳ねる先を先読みしていたヒロが、回り込んで手を伸ばすが寸前でかわされる。


「逃げたっ」


 跳んで逃げる角ウサギを躊躇することなく追ってコズエは森の奥へと走っていった。


「コズエ、待て」

「コズエちゃんっ」


 その後をヒロが慌てて追いかける。

 角ウサギは低い若木の茂みに逃げ込む。同じようにこんもりとした若木を掻き分け飛び込んだコズエは、十本の角に囲まれていた。


「きゃあっ!!」


 角を突き出し飛び掛ってくるウサギを辛うじて避けたが、落ち葉で足を滑らせ尻を突いた。それを見逃す角ウサギではない。一斉に飛び掛ってきた。


「コズエ!」


 ヒロの蹴りで数羽が地面に叩きつけられたが、二羽はコズエに飛び乗り角を突き刺していた。


「痛っ」

「コズエちゃん!」


 追いついたサツキが拾ってきた木を角ウサギに投げつけた。

 ヒロがナイフで何体かを切りつけたあたりで、角ウサギの群れは散り散りに跳び逃げ姿を消した。


「大丈夫かコズエ?」

「コズエちゃん、怪我は?」

「……大したことないと思うんだけど」


 刺された左足の脛あたりのズボンに、小さな血の染みがあった。サツキがズボンをめくって血のにじむ刺し痕を確認する。水筒の水で洗い流すと虫刺され程の大きさの傷が現われたが、もう出血は止まっているようだ。


「服の上からで良かった。傷口は小さいわよ」

「あのね……」


 コズエは自分の左足を見つめながら半泣きの声で言った。


「刺された足の、感覚が、ぼやって、してるの」

「!!」

「毒か?」


 ヒロが自分の手ぬぐいでコズエの足をきつく縛った。


「分からない、けど、正座して痺れた時みたいな、感じなんだ」


 傷口を中心に膝下の足の感覚がはっきりしない。足の指先を動かそうとするのに、上手く動いてくれない。


「街に戻るぞ」


 ヒロは有無を言わせずコズエを背負い歩き出した。


「先に行って。すぐに追いかけるから」


 サツキの声を背中に聞きながらヒロは森の外を目指した。角ウサギを追って予想よりも森の奥にいたようだ、コズエを背負って走っても街までどれくらい時間がかかるだろう。毒なら時間との勝負だ、急ぐしかない。


「待ってヒロくん」


 森を抜け草地を駆けるヒロを、コズエは首に回した腕で絞めて止めた。


「痺れがなくなってきたから、急がなくて大丈夫だと思う」

「そんなわけあるか」

「本当だって。降ろして、歩けるから」


 強引にヒロの背から下りたコズエは両足で地面に立って見せ、スキップを踏んで異常がなくなったことを主張した。


「ほらね。もうなんともないから。サツキが追いつくのを待とうよ」

「……本当に大丈夫なのか?」

「うん。自分の体のことは自分が一番分かるよ。傷も小さいし、痛みもないし、痺れもなくなった」

「あんまり突っ走るなよ……」


 本当に大丈夫なのだと納得したヒロは安堵の息を吐いてしゃがみ込んだ。医療技術がどの程度なのかも分からない世界で、不用意な行動で取り返しのつかない怪我をしたらどうすればいいのか。


「ごめんヒロくん。つい夢中で追いかけちゃって」

「冒険者らしさに憧れるのもいいけど、現実なんだからな」

「うん、本当にゴメン」


 角ウサギが群れる習性である事は調べて知っていた。なのに一羽だけしか居ないと都合よく思い込んで追いかけた。攻撃力はあってないような弱い魔獣だと侮っていて、集団で襲われた場合に自分たちでは無傷で屠れない可能性など考えもしなかった。


「サツキ、遅いなぁ」


 森に近いところまで戻りサツキを待っていたが出てくる気配はない。あの場所からは何キロもの距離があるわけじゃないし、サツキの足でも追いつける程度の時間は経っている。


「見てくる。コズエはここで待ってろ」


 私もいくよ、と言い出すコズエに釘を刺してヒロは荷物を預けた。コズエは軽症とはいっても怪我人だ。サツキが角ウサギに襲われていたら、コズエのように痺れて動けなくなっているかもしれないし、最悪の場合に二人を背負って逃げることはヒロにはできない。

 ナイフを握りなおしてヒロが森に向き直ったとき、黒髪が枝葉の間から現われた。


「どうして街に帰ってないの? コズエちゃんの怪我は?」


 コズエの落としたナイフと薬草の詰まった手提げ袋を抱え、そして二羽の角ウサギの死体を引きずりながらサツキが二人の前に歩み出た。


「遅いよサツキ。何やってたのっ」

「コズエちゃんが落としたナイフを拾って、ヒロさんが倒したウサギが結構重くて走れなかったの」

「馬鹿か!!」


 ヒロはサツキを怒鳴りつけていた。


「さっさと逃げてくればいいだろ、なに考えてんだ!」

「心配したんだからね。サツキを置き去りにしちゃって、角ウサギに襲われてたらどうしようって怖かったんだから」


 コズエはサツキの肩をがしっと掴んで揺すった。


「心配かけてごめんなさい。でもコズエちゃんの怪我はどうなの?」


 早く街で治療しないと危険なのでは? と案じるサツキの声。


「大丈夫だよ。痺れは完全になくなってるし、傷も凄く小さいものだから」

「どうして真っ直ぐ逃げてこなかったんだ、サツキさん」


 危険なのはわかってただろうとヒロはサツキを睨みつけている。


「コズエちゃんの治療費がかかると思ったから……」

「そんな事で?」

「だって解毒薬は高いじゃない。街に病院があるのか知らないし。ヒロさんがコズエちゃんを連れて帰ったら、ギルドで解毒薬を買うと思ったから……解毒薬と、回復薬も必要だとしたらお財布空っぽになるんじゃない?」


 サツキの指摘どおりだった。コズエの治療のためにそれらの薬を買えば、今夜の宿代も残るかどうか分からない。


「怪我してるコズエちゃんに野宿なんてさせられないと思ったから」

「……サツキ」

「だからって、一人で危ないことはするな」


 眉間に深いシワを刻んだヒロがため息をついた。コズエの衝動的な行動も、サツキの冷静なようで無謀な行動も、どちらも頭が痛い。思わず叱りつけてしまったが、コズエを優先して女の子をひとり危険な森に残してしまった後ろめたさのあるヒロは、気持ちを落ち着けるために大きく息を吸ってから言った。


「まずは安全が一番だろ。ウサギは俺が後から拾いに戻っても良かったんだから」

「次からは気をつけます」

「コズエもだ」

「はい。私が無鉄砲に突っ込んだのがダメでした。ごめん」


   +


 持ち帰った薬草はいつも通りの査定価格で買い取ってもらえたが、角ウサギは処理が悪いと注意を受けた。


「角ウサギの肉は三羽で八十ダルなんだよ。二羽だと値が下がる。それにコイツは血抜きしてねぇしな、三十ダルってとこだろうな」


 肉屋へ卸す際の規定量がウサギ類は三羽ごとなのだそうだ。


「角は状態がいいが、皮はここの切り傷の場所が悪い。初心者だから解体できねぇのは仕方ねぇが、魔石くらいは取り出せるようになっとけ。ああ、解体料金は買取額から引かせてもらうからな」


 冒険者ギルドの査定部屋に薬草と角ウサギを持ち込んだ三人は、元冒険者という厳つい風貌の査定職員から、説教交じりのレクチャーを受けた。解体の仕方を教えてくれと頼んだら、暇な時間に来いと言われて追い出された。


「解体料金が十五ダルも引かれてる」


 渡された買取明細の板紙を確認してコズエが小さく息を吐いた。


「自分たちで解体できるようにならないと利益が出なくなるなぁ」


 それでも角が一本三十ダル、皮は一枚十五ダルになった。明細板と交換に報酬を受け取り宿屋に向かう。


「薬草とあわせて二百六十五ダルか、まあまあか?」

「狩りが出来たら儲けも増えるけど、武器らしい武器も持ってない私たちにはまだ早いと思うの」

「武器と防具だよね」


 途中でギルドが提携している武器屋や防具屋をのぞいてみたが、中古の武器ですら手が出ない金額だった。


「ヒロくんは何の武器がいい?」

「普通に考えて剣だな」

「中古の長剣二千五百ダルもしたね」


 今日の全収入の十倍だ。とても手が出ない。


「コズエちゃん、お裁縫道具持ってたよね? 私のこのカバン、リュックサックに改造できないかな?」


 サツキの鞄はスクールバッグが一回り大きくなったサイズの手提げ袋だ。


「カバンが背負えたら両手が使えるでしょ。イザという時に木の枝でも何でも持って武器にできたらいいと思うの」

「それなら俺のカバンも頼む。背負えるようなったら助かる」


 ヒロのは斜め掛けの大きなカバンだ。両手は空けることができるが、走ったり戦ったりするときには邪魔になる。今後荷物が増えた時のことを考えても、カバンは背負えた方がいい。もちろん新しいリュックサックを買えば簡単だが、三人にはその金すら無いのが現状だ。雑貨屋に寄り道をして安くて丈夫な布を買い、コズエは夕食後にカバンの改造にとりかかった。


 サツキはギルドで調べた情報をノートから切り離した紙で作ったメモ帳に整理して書き写している。薬草に関する知識を大きな板紙で持ち運ぶのは重くてかさばるのだ。


「コズエちゃん、角ウサギが食べてた草の特徴って覚えてない?」

「んー? 普通の草じゃないの?」


 チクチクと手縫いで肩ベルトをカバンに縫い付けているコズエは半分上の空で返した。井戸端で身体を拭いて部屋に戻ってきたヒロも、詳細は覚えていないと言った。


「角ウサギの食べてた草の葉っぱが、このトラント草なんじゃないかと思うの」


 サツキは数日前に薬草辞典から描き写した麻痺薬の材料であるトラント草の絵を二人に見せた。日の当たりにくい場所に生える一年草で、葉の縁が黒いのが特徴とあった。確か角ウサギが食べていた草がトラント草だったように思うのだ。


「魔物辞典には角ウサギが毒攻撃をするなんて書いてなかったけど、もしかして薬草食ってるのが影響して、角に麻痺毒か何かがあったってことか?」

「餌にしている草によって角に何らかの毒効果が付与される、かな?」

「ファンタジーだよねぇ」


 今日の反省もあり、角ウサギは一羽なら頑張って狩る、深追いはしないし群れは避ける、むしろ麻痺薬用の薬草を積極的に採取に行こうと話し合って決めた。


「トラント草は買取額の高い薬草ですし」


 メモを手にそう言ったサツキの言葉に、明日も同じ場所へ行くとコズエが張り切って宣言した。


   +++


 毎晩、銀板で兄の所在を確認するのがサツキの習慣になっている。

 魔物の森を抜け出たらしい兄は、南に移動して小さな町にいるようだ。自分たちと同じように冒険者登録をしているのだろうか。

 一人で苦労しているのではなく、誰かと一緒に居てくれるといいなと思う。

 この世界は一人で生きるのは難しくて寂しい。

 赤い印を確認することで、サツキはようやく眠気に身を委ねられた。



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