魔術都市アレ・テタル 魔術師からの依頼
アレ・テタルの冒険者は魔道具や魔武具を使っている者も多い。汚水を浄化する水筒は五人に一人の冒険者が持っていたし、コズエとサツキが「成金デザイン」と一蹴した指輪を着けているマッチョな冒険者も見かけた。
「製作者も不明、設計図も残ってない魔道具の修理ねぇ」
冒険者ギルドで魔道具の修理と魔法使いギルドについて情報を求めたら、専任担当者がいるからと五人は別室に放り込まれた。冒険者ギルドにとって魔法使いギルドは悪質クレーマー並みに扱いの面倒な相手らしく、コウメイたちの話を聞いて専任だと紹介されたブレナンは難しそうな顔をして顎を掻いた。
「あっちの受付の魔術師は渋るだろうな」
「既に渋られた後だ。買った店に持って行けって断られたぜ」
「その魔道具が何なのかは知らんが、買い換えればいいんじゃねぇか?」
ブレナンも素人ではない、壊れた魔道具を見せてもらえれば、どの魔術師につなぎをつければ良いか判断できると持ちかけたのだが、コウメイたちは決して魔道具を見せようとしなかった。
「買い換えできるような物じゃねぇんだよ。それに俺らの故郷の形見だから、壊れたままにしておきたくない」
「形見ねぇ。壊れた物ってのは、魔道具じゃなくて魔武具か?」
コウメイだけでない、パーティーの四人も同じように強い意思のこもった目を、無言で中年の専任職員に向けていた。
「……どんだけ金がかかってもいいのなら、腕のいい錬金魔術師を紹介するぜ?」
「あんたにいくら払えばいいんだ?」
「俺じゃねぇよ、錬金魔術師への依頼料がバカ高いってだけだ。魔武具の発注料は最低五万ダルからだが、払えるのか?」
コウメイとアキラの個人財産をはたけば払える額だ。だがそれ以上の額が提示されれば諦めるしかなくなる。
「頼んでみて、値段が折り合わなかったら諦めるから、その腕のいい人を紹介してくれ」
「いいぜ、ただし俺に紹介料を払ってもらう」
「ぼったくるなよ」
「簡単なものだぜ。この依頼を受けて欲しいだけだ」
「……魔術師の、護衛?」
長らく掲示板に貼られたまま引き受け手の居なかった依頼票を手渡された。
依頼内容 魔物の魔石採取の護衛兼手伝い 羽蜥蜴の中魔石を五個採取する
報酬 羽蜥蜴の討伐報酬及び素材
依頼主 アレ・テタル魔法使いギルド所属 ジョイス
「羽蜥蜴?」
依頼票を見て、どこかで聞いた魔物の名前だなとコズエの顔に疑問符が浮いた。
「リザさんが言ってた奴じゃないか?」
確か「北の羽蜥蜴に南の凶鳥と竜鳥」だとヒロが思い出した。
「羽蜥蜴は屠ったことないんだがな」
「魔術師の援護がありゃそんなに難しい魔物じゃねぇよ」
「討伐報酬はいくらなんだ?」
「一体につき三百ダル。牙と皮は素材として買取るし、肉も美味い」
「美味いのか?」
「美味いぞ。火を入れるとプリッとした食感になるから、濃い味付けの料理があう」
食う気満々な様子のコウメイの脚をアキラが蹴った。
羽蜥蜴の牙は百三十ダル、皮は五百ダル、肉は時価だが街の肉屋では五十ラル(約五百グラム)の肉が八十ダルで売られているらしい。
「いい値がついてるじゃねぇか。五体分っつったら五千ダル近くになるのに、何でこの依頼が売れ残ってんだ?」
「依頼主がなぁ、少々問題ありの奴なんだよ」
「難あり物件を引き受けるのが紹介料か」
「魔法使いギルドからも早く終わらせろってせっつかれてんだ。これを達成してくれたら、この都市で一番腕のいい錬金魔術師を紹介してやるよ。代金値引きの口ぞえもしてやらあ」
じっくり考えて返事をくれとブレナンは言ったが、コウメイたちが断れるはずも無かった。
「昨日みたいに魔法使いギルドで嫌々対応されるよりは、紹介状で面倒ごとをすっ飛ばしたほうが楽ですよね」
「お兄ちゃんは魔法使いギルドにできるだけ関わりたくないんでしょ? ショートカットできるならすればいいと思うわ」
「アキラさんがいいなら俺も引き受けていいと思います」
「まだ食わせたこと無いよな、羽蜥蜴の肉」
料理してみたい、と言い出す前にアキラが再び膝を蹴りつけた。
もちろんアキラもこの好条件を逃すのはもったいないと思っている。好条件過ぎるのが引っかかりはするが、パーティーにおいて多数決はゆるがせない決定だ。
「……引き受けますので、紹介状と値引きの件、お願いします」
羽蜥蜴は都市の北山岳の麓に多く生息しているらしく、翌日の三の鐘に北門で合流することを決めた。魔術師には中年職員から連絡を入れておくとのことだ。
「ああ、忘れるトコだった」
部屋を出てそのままギルド出口に向かおうとした五人を呼び止めたブレナンは、受付カウンターの後ろにある鍵つきの棚から小さな巾着袋を取り出してコウメイに渡した。
「そいつがねぇと困るだろうから貸し出ししとく。紛失は弁償だ」
コウメイの冒険者証が奪い取られ、貸し出し契約が結ばれていた。
「何ですか、これ」
「魔武具だ」
巾着袋の中には、見覚えのある緑の魔石のついた成金趣味の指輪が一つ。
「中古品だが、二万ダル以上の価値はあるからな」
聴力を強化する効果のある指輪だった。
+++
宿に戻ったコウメイは、魔物図鑑から羽蜥蜴の項目を探しその特徴を調べた。絵図にはワニに蝙蝠の翼のようなものが生えた絵が描かれていた。皮膚が硬いのと、空からの攻撃は厄介だし、飛んで逃げるので捕獲も難しい、だそうだ。
「魔術師が援護してくれるらしいから、そんなに難しくはなさそうだな」
翌日、待ち合わせた北門に現れたのは、スライム捕獲でコウメイたちの班のリーダーだった魔術師の男だった。濃赤のローブに木製の杖、日中でも青白い顔色は変わらない。
「ジョイスさんですか?」
「…………」
「あの、依頼主の魔術師さんですよね?」
「…………っ」
俯き、口が小さくもごもごと動いているが、聞こえない。
「……指輪、使うしかないだろ」
「コウメイさん、お願いします」
体術を使って戦うヒロに指輪は都合が悪いし、女の子二人は成金指輪は嫌だと拒否、アキラの指には輪が大きくすっぽ抜けて紛失の可能性がある。消去法でコウメイが渋々指輪をはめた。
「ああ、俺たちがあんたの依頼を受けた。俺達は羽蜥蜴と戦った経験はないがいいのか?」
依頼主に向き直って、改めて自己紹介と依頼内容について確認をする。
「……」
「あんたが魔術で片付けるから問題ないのか。あー、狩場までの護衛ね、うんうん、魔猪とか銀狼とか、ゴブリンもたまに出るのか。その辺のは屠った経験あるから任せとけ」
「……」
「いや、俺らも羽蜥蜴と戦ってみてぇから、弱点とか教えてもらえたら助かる」
傍目には独り言をいいながら歩いているようにしか見えないコウメイと魔術師を先頭に北門を出た。都市壁の北に広がる畑の間を進み、森に入って細い道を北上する。途中で魔猪と遭遇したが、襲ってこなかったのでスルー。農村を偵察している様子のゴブリンを発見したときは、手早く屠って終わらせた。
「ギルドが魔石を買い集めているのに、わざわざ自分で魔石を採取に行くなんて、羽蜥蜴の魔石って特別な魔石なんですか?」
「…………」
「へー、そんな仕組みなのか」
コズエの問いに、か細いながらもきちんと答えを返すジョイスは、プライドが高く非魔術師を見下すような魔術師ではなかった。
「魔法使いギルドに登録した魔術師は、三ヶ月ごとに中魔石を五つ納めるって決まりなんだと」
「……」
「冒険者から買い取って納めてもいいし、自分で採取して納めてもいいらしい。ジョイスは買取る資金が無いから、毎回冒険者を雇って採取に行ってるそうだぜ」
「年に二十個の中魔石は、結構な暴利じゃないか?」
冒険者ギルドも登録時に費用はかかるが、固定の年会費のようなものは無い。もっとも依頼報酬や素材の買取で中抜きされているので、利用するたびに使用料を払っているようなものなのだが。
魔法使いギルドは金銭ではなく魔石で会費の支払いを求めているらしい。
「……」
「ふーん、ギルドの塔を維持するのに必要な魔力だから仕方ないのか」
「あの不思議な扉の他にも、いろんな仕掛けがありそうだよね」
コズエの言葉に魔術師は頷いた。ギルドの塔にほどこされた様々な術を教えることはできないが、一般人の目に見えている部分以外にも多くの魔術が組み込まれていて、維持するためには膨大な魔力が必要なのだそうだ。
「ジョイスさんも魔術学校を卒業したんですよね?」
コミュ症こじらせていると思っていた魔術師は、尋ねたコズエをちゃんと見て返事をした。声は聞こえないが、内に籠もる様子はない。
「……」
「へ、中退なのか?」
「卒業しなくても魔術師になれるんですか?」
「…………」
「師匠について修行していたから学校は中退したらしい。あー、寮生活がダメだったのか。うん? 同級生とコミュニケーション取れなくて、生活学科で落第した、のか……」
魔術教科では主席に近い成績だったらしいが、現在コミュニケーションを取るのに苦労している現状を思えば、落第理由も仕方がない。
「聴力を上げる魔武具は高いから、学生時代は誰とも会話での意思疎通ができなかった……うん、それはしょーがねぇよなぁ」
ジョイスは決して喋れないわけでもないし、意思を伝えられないわけでもない。とんでもなく臆病で小心なために、どうしても大きな声が出せないのだ。コミュニケーションが取れないので余計に自信が失われ声が小さくなってゆく悪循環だ。
「魔法使いギルドの中では、同僚が聴力強化の魔術を使ってくれるから、今は困ってないってさ。仲間内ではそうかもしれねぇけど、外部とコミュニケーションとるときは不便だろ?」
「……」
「冒険者を雇ってもこれが理由で依頼を避けられる、と。自覚はあったんだな」
しゅん、と項垂れてジョイスは目を伏せた。
「この指輪はなぁ……確かにあんたの声が良く聞こえるんだけど、俺にしか聞こえてないからな」
パーティーメンバーへの通訳作業はかなり面倒ではある。ジョイスの依頼が冒険者たちに敬遠されるのも仕方ないかもしれない。
「思うんだが、聴力を強化するのではなく、声を増幅する指輪を作ってあんたが身につければ解決するんじゃないか?」
「……っ!」
それだ! とアキラの言葉を聞いたジョイスは弾かれたように顔をあげた。
「いままで思いつかなかったのかよ」
「……」
「売店には声の増幅の指輪は売ってないから、思いつかなかったってさ」
「自分で魔石に魔術を組み込めば簡単じゃないの?」
ジョイスは残念そうに首を振る。
「魔道具や魔武具は錬金術を学んでないとできねぇんだってさ。ジョイスは魔術のコントロールで引っかかってるのか」
「じゃあ作れる人に頼んで作ってもらえばいいよね。魔術師同士、割引とか利きそうじゃない?」
「……」
「へー、師匠が錬金魔術師で、魔武具のオーダーを受けるくらいの有名人らしい。その師匠に頼んでみるってさ」
気持ちが前向きになった魔術師の青白かった顔に血の気がさし、ほんのりと表情が明るくなるとかなり若く見えた。痩せていて髪もぼさぼさの魔術師は二十代後半くらいだろうと思っていたが、もしかしてもっと若いのかもしれない。二十代……コウメイらと大して年齢差はないのかもしれない。
話しながら魔術師のペースにあわせて森を抜け、山村へと続く岩山にたどり着いた。
「道なりに進むと村があるが、ジョイスの目的の羽蜥蜴は、反対側の絶壁にへばりついてるんだな?」
こくこくと頷く魔術師。歩きながらの会話で警戒が薄れたのか、ジョイスのリアクションも表情も少しずつ大きく分かりやすくなってきた。
「…………」
「羽蜥蜴の背側の皮は岩並に硬くて矢も跳ね返すが、腹側は剣が刺さる。そりゃ助かるな。んで、刺激を与えなければ攻撃してくることはない、と」
コズエの槍で雑草を切り分けながら進んだ先に、クライマーが喜びそうな断崖絶壁が現れた。頂上を見上げると首が痛くなりそうな高く真っ直ぐな岩壁が、山脈に向かって続いている。
「……羽蜥蜴、見えるか?」
「んー?」
「ゴツゴツした岩ばっかりですよね?」
「……」
「岩に擬態してるから見つけにくいんだってよ。適当に石投げたら当たるかねぇ」
コウメイは足元に転がっている手ごろな石を拾って断崖絶壁に向け投げつけた。
「お、いくつか動いたな」
攻撃に敏感であるというのは本当らしく、命中したわけでもないのにいくつかの岩が不自然に動いたのが見えた。
「これだけ遠いと槍も届きませんね。どうやって攻撃するの?」
「……!」
胸を張ったジョイスがおもむろに杖を掲げた。
「あ、バカ、やめろ!」
ジョイスの詠唱を聞き取っていたコウメイが止めに入るが、間に合わない。
杖先の魔石が赤く光り、空中に浮かび上がった魔方陣から大きな炎の矢が飛び出した。
赤色のフードを与えられた魔術師の炎の矢は、狙いを違うことなく羽蜥蜴に命中した。
「……っ」
やりましたよ! と振り返ったジョイスの表情は満面の笑みを浮かべていた。
「やりすぎだっての」
炎の矢は命中した狙った羽蜥蜴だけでなく、近隣に身を隠していた他の羽蜥蜴も巻き込んで爆発し、きれいに焼き消してしまった。
カン、カラン、カラン、ゴト。
削れ粉砕された岩がいくつも落ちてきた。転がる石の中に、濃青の石がいくつか混じっていた。
「魔石、かな」
ゴブリンの魔石よりも一回り大きく、色も濃い魔石が三つ。
「一撃で三体を……」
「凄い威力ですね」
「もう少し弱い魔術はないのかよ?」
「……」
「あれが、一番火力の低い魔術なのか……?」
苦虫を噛み潰したコウメイと、眉間を押さえて深い深い溜息をついたアキラ。
コズエやサツキも困ったように三つの魔石を見ているし、ヒロは崖上の羽蜥蜴を見あげて口を硬く引き締めていた。魔法の威力に驚いてはいるが褒められているようではない、むしろ咎めるような気配にジョイスが不安そうに視線を泳がせた。
「威力はあるが、ダメだろこれは」
「……?」
「あの、ジョイスさんの魔術が凄いのは分かったんですけど、依頼の内容、覚えていますか?」
もちろんだと頷いた魔術師は、岩肌を指差してから五と指の数を示した。
「羽蜥蜴の魔石を五つ採取することですが、私達への報酬は?」
「……!」
「思い出してもらえたようですね」
コウメイの通訳を挟まなくとも、サツキはジョイスが何と言ったのか想像できた。
魔石は魔術師が取り、討伐報酬と牙と皮と肉は冒険者が取る。そういう配分だったはずだが、ジョイスの魔術で牙も皮も肉も焼け消えている。残っているのは魔石だけだ。
「このやり方だと俺らの報酬はゼロだぜ」
コウメイに指摘され初めて気づいたらしいジョイスの顔から血の気が引いた。
「悪りぃけどその辺で焚き火作って待っててくれるか。俺らだけで羽蜥蜴を狩ってみるから」
がっくりと項垂れた魔術師は、コウメイに指示されたとおりに薪を集め火を焚いてその前に座り込んだのだった。
+
「ジョイスの依頼が放置されてたのって、コミュニケーションだけじゃなくてあの調節できねぇ火力が主原因だろうな」
「一撃必殺は楽だけど、魔石以外が残らないんじゃ、冒険者は引き受けませんよね」
「あの威力の魔術があるなら、羽蜥蜴の魔石だけなら冒険者に依頼しなくても集められそうだよなぁ」
「なんで依頼出したんでしょうね」
「さあな。けど俺らはきっちり報酬もらわねぇとな」
ジョイスの魔術攻撃で低い場所にいた羽蜥蜴たちは、かなり高い岩場へと逃げてしまっていた。
「もう少し奥に行けば、まだ矢の届く位置に何体かいるな」
「じゃ作戦の確認な。まずはサツキちゃんが矢で牽制する」
自動弓に矢を装填して岩場を見上げたサツキは、狙う羽蜥蜴を見定めた。
「ほとんど動かないみたいなので、大丈夫です」
「羽蜥蜴の攻撃は毒爪と尖った尾先だ。あの高さから滑空してくるからスピードはかなりあると思う。コズエちゃんは腹の真ん中を狙って突き刺すことだけ考えてくれ」
「お腹側の皮は刃が刺さるんでしたよね」
コズエは槍を握りなおして太陽の光の反射する刃先を見あげた。
「アキとヒロは安全確保しつつ、斬れるようならガンガンやっちまってくれ」
コウメイとヒロは長剣、アキラは脇差を抜いて構える。
「サツキちゃん、頼む」
コウメイの合図で放たれた矢は、射程距離ギリギリにいた羽蜥蜴の背に当たって跳ね返された。
「刺さりもしねぇのか」
「硬いです」
「来ましたっ!」
背に感じた衝撃に反応した羽蜥蜴が地上の五人に向かって落ちてきた。羽を持つくせに羽ばたくことなく、自重に任せて落ちてくる。大きく開いた羽は狙い定めた場所に落ちるためのコントロールにしか使っていない。
「どいて、サツキ!」
羽蜥蜴には知能があるようだ。
矢を射た人物に向けて滑空してきた。
サツキの前に回りこんだコズエが、構えた槍を羽蜥蜴に向けて突き出す。
羽蜥蜴のスピードが速すぎた。
そして重かった。
「きゃあっ」
「コズエ!」
腹に刺さったかと思った槍は、羽蜥蜴の体重と落下の勢いを支えきれず、コズエの身体ごと弾かれた。
地面に転がった羽蜥蜴は予想以上に素早く起き上がり、羽を広げて飛びあがる。
「このっ」
ヒロの剣が斬りつけるが、かすり傷すら与えられない。
槍の届かない高さまで上昇し、今度はヒロを目指して落ちてくる。
まるで魔猪が突進してくるみたいだ、と思いながらヒロは狙いを定め羽蜥蜴の頭に剣を叩きつけた。
落ちた羽蜥蜴が起きる前に頭を踏みつける。
飛んで逃げられないように羽を破ってから、蹴ってひっくり返した。
もがく蜥蜴を押さえつけるヒロの横から、アキラが脇差を腹に突き刺す。
「これで柔らかいのか?」
突いただけでは皮に傷が入っただけだ。
ぐっと体重を乗せ、切先を蜥蜴の腹へと埋め込んでいく。
暴れ足掻いていた羽蜥蜴が、ぱたりと動きを止めた。
「腹側もかなり硬いぞ、俺の脇差が折れるかと思った」
「コズエ、怪我は?」
「私は大丈夫。ヒロくんこそ、手の甲が切れてるよ」
「毒爪ですか?」
「いや、尾先の方だな。ヒロの血が蜥蜴の尻尾の先についてる」
何とか羽蜥蜴一匹を屠ったが、予想以上に危なかった。初見の魔物を倒すのは難しいとそれぞれが噛みしめたのだった。
コウメイが羽蜥蜴の尻尾を掴んで持ち上げた。蜥蜴というが、尻尾が切れることはなかった。
「蜥蜴というよりも、ワニだよな?」
「コウモリみたいなでっかい羽のついてるワニだな」
見た目もサイズ感も皮の表面も、ワニにしか見えない。
「とりあえず、肉を味見してみるか」
五人は長軸が一メートル以上もある羽蜥蜴を担いで魔術師の焚き火へと戻った。
+++
「……美味い」
焼いて白くなった肉を噛んだアキラが、何だこれはと肉を見つめて呟いた。
羽蜥蜴の肉は、美味かった。
「プリプリしてますよ、プリプリ!」
「柔らかくて、お肉とは違う食感ですね」
「海老、みたいですよこれ」
「それだよ、それ。エビチリにしたらすげー美味いぞ、この蜥蜴」
ジョイスの助言を聞きながら羽蜥蜴を解体し、可食部位の肉をぶつ切りにして串に刺し焼いただけの昼食だったが、その食感に皆が感嘆の声をあげていた。塩とスパイスだけの串焼きだが、まるで海老のようにプリプリとしていて甘い。串焼きはあっという間になくなり、今は第二段を焼いている最中だ。
「こりゃ本腰入れて狩りたいな」
「肉を売るのはもったいないですね」
コウメイがどう料理するのか楽しみだが、宿屋に泊まっている間は難しい。
「フリッターにしても良さそうだよな。餃子の具をこの肉で作ったら、海老餃子っぽくなるな」
「……海老餃子、作れ」
「エビチリ……エビマヨでも」
「根菜と一緒に酒蒸しにしても」
「やめてくださいっ。食べられないのに、聞きたくないです!!」
料理名の呟きを聞くまいと、サツキは両手で耳を塞いだ。
「………」
「聞いたことのない料理名? ああ、俺達の故郷の料理だからな。半分くらいは作りたくても調味料がねぇから作れないだろうな」
「……」
「へぇ、輸入食材の店があるのか?」
魔法使いギルドには国内外から多くの魔術師たちが集まっている。故郷の味を欲して様々な食材を買い入れるため、アレ・テタルには国内外から取り寄せた食材や調味料を扱う食材店があるらしい。ジョイスから食材店の名前を教えられたコウメイは、醤油や唐辛子を探しに行ってみようと心に決めた。
「さて、肉が美味いとわかったところで、きっちり狩って帰ろうぜ」
作戦を練り直し、五人は絶壁の岩場へと向かった。
火力調節のできない魔術師は留守番だ。




