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ナモルタタルの街 3

受けてて良かった、初心者講習。

そして初仕事。

ナモルタタルの街 3


 この世界の人々の生活は、およそ二時間おきに鳴らされる鐘の音を基本にしている。

 まだ日の登っていない午前四時頃に一の鐘が鳴り、門兵たちが開門の準備を始める。二の鐘が鳴るころに平民たちが朝の準備を始め、仕事に出かけるのもこの時間帯だ。冒険者たちが寝泊まりする宿屋も二の鐘の頃に朝食を出す。ゆっくりと食う者もいれば、慌てて口に詰め込みギルドへ向かう者もいる。

 コズエたち三人も二の鐘に合わせて食堂でスープとパンだけの朝食を食べ、冒険者ギルドに向かった。


「凄い行列だな」

「三十人くらいかな」

「仕事の競争率って高いみたいですね」


 冒険者ギルドの前には長い列ができていた。報酬の良い日雇い仕事は先着順に決まってゆくため、森で魔獣や魔物を狩らない冒険者たちは、仕事を求めてギルドが開く前からこうやって並ぶのが常だった。


 午前八時頃に三の鐘が鳴り、ギルドが業務を開始する。

 行列を作っていた冒険者たちは日雇い仕事の受付窓口に殺到していた。討伐や採取の依頼、期限を定め無いような仕事は壁に貼り出されており、そちらでも新しい依頼を探して冒険者たちが集まっている。


「初心者講習を受けに来ました」


 コズエたちは受付カウンターの奥へと進み、エドナに声をかけた。業務開始と同時にやってくると思っていなかったのだろう、少し驚いたようだったがすぐに三人を二階の小さな部屋に案内した。


「凄いな」

「本だらけですね」

「これ何の本ですか?」


 部屋の壁が隙間なく詰まった本棚で占められていた。部屋の中央には大きなテーブルが置かれ、周囲に椅子が並んでいる。


「ここはギルドの資料室です。ナモルタタルの街と周辺地域の資料が納められています。近隣に出現する魔物の資料ですとか、植物分布とその詳細、過去の大規模討伐などの報告書などもありますね」


 椅子に座った三人を確認すると、エドナはすぐに初心者講習を開始した。


「冒険者は依頼情報を求めて早朝から列を作りますが、初心者は常時依頼である薬草採取から始めることをおすすめします」


 薬草の採取は危険度も少ないため初心者向きだが稼ぎは少ない。それを不満に危険な狩猟依頼へと切換える冒険者は多いが、準備不足ではすぐに詰む。


「冒険者という職を選ぶ方々は興奮と大金を強く求めますが、それらを手にできるのは準備のできている冒険者だけですね」

「準備とはどんな物ですか?」

「装備と覚悟と情報です」


 覚悟はできていると思うが、装備と情報は確かに不足していると三人は顔を見合わせて頷いていた。


「薬草の種類とか採取方法とか、教えてもらえるんですか?」

「分布情報とか買取価格も教えてください」

「こちらの本が参考になります」


 エドナは本棚から一冊の本を選び出し開いて三人に見せた。薬草と思われる植物の絵図と、薬草調合師が必要とする部分の説明などが詳細に書き込まれている。


「この本、欲しいなぁ」

「この部屋の中でしたら閲覧できます。持ち出しは禁止していますし、破損させた場合は弁済していただきますので」

「ちなみにこの本のお値段はいくらですか?」

「千ダルです」


 日本円にして十万円ほどの金額だった。コズエは気軽に触っていた本から思わず手を引いていた。汚れでもつけてしまっては弁償できない。

 限られた時間で教えなければならないことは沢山あるのだ、エドナは講義を先に進めてゆく。


「防具や武器に関しては街にある防具店や武器店で買えます。武器は中古を選ぶとしても、防具は中古品を避けたほうが無難です」

「武器が良くて防具が駄目なのは何故ですか?」

「中古として流れてくる防具は一見問題ないように見えますが、所詮は使い古しですよ。強度の落ちた防具で命を守れると思いますか?」


 街が壁で囲われ、夜に門を閉ざす理由を考えれば分かるだろう。街の外は命が危険に晒される世界だ。


「狩猟依頼や討伐依頼の違いですが、屠る対象が異なりますので注意が必要です。狩猟依頼は魔力を持たない動物、討伐依頼は魔力を持つ動物や魔物が対象です」

「魔力を持つ動物と魔物は違うんですか?」


 ファンタジーな世界だから、冒険者が倒すのはモンスターだろうと三人は単純に思い込んでいた。


「動物は動物です。野生に居るものや家畜として人間に飼われているものとありますが、基本は魔石を持たない生き物が動物です」

「魔石!」


 思わず声をこぼしたコズエの瞳はキラキラと輝いていた。


「魔石について教えてくださいっ」

「……順番に説明します」


 エドナは屠る対象についての説明を続けた。

 動物の中に突然変異で魔石を持つものが生まれ、繁殖し増えた。これが魔動物や魔獣といわれ、防具や武器の素材になるため普通の動物よりも買取価格は高い。魔獣は多少増えすぎても人類を脅かすことはない。しかし魔物は動物ではなく世界が生み出した人類の敵であり、討伐を疎かにすれば人類以上の繁殖能力と攻撃力で人間など簡単に滅ぼされてしまう。


「魔獣と魔物は体内に魔石を持っています。魔獣の持つ魔石は魔力量も少ないため、クズ魔石と呼んでいます。魔物の持つ魔石はサイズも大きく魔力含有量も高いため査定額は高めです」

「魔石に含まれている魔力の量って、見たら分かりますか?」

「色の濃いものは含有量が高い傾向にありますね。あとは石の大きさと色の違いでしょう」


 説明が面倒になったのか、エドナは別の本棚から選んだ本をテーブルに置く。後で読んでおけ、ということだろう。


「これ、魔石ですよね?」


 もしかして、とコズエはリュックから取り出した巾着袋の中から、薄い黄色の水晶を摘み出しエドナに見せた。


「クズ魔石ですね。色からして角ウサギのものでしょう」


 やっぱり。

 コズエたちの荷物に何故か紛れ込んでいた水晶の破片がこの世界での魔石だった。何故そんなものが荷物の中にあったのかはわからないが、怪しまれることなく換金できるアイテムと分かって経済的な危機感が少し薄れた。


「魔獣は攻撃力が強いとか、特別に危険だとか、そういった特徴はありますか?」

「所詮は魔石を持つだけの動物ですから、普通の動物と変わりはありませんが、魔物は凶暴で人間よりも筋力もあります。屠るのはかなりの技量が必要です」


 エドナは本棚の一角を指差してヒロに教えた。


「その棚の本は魔獣物や魔物に関する事典ですので活用してください」


 ずらりと並ぶ同じ装丁の本は一から八までの巻数がふられている。この世界には相当な種類の魔物が存在していそうだ。


「地図を見せてもらえますか?」


 サツキが手を上げて尋ねた。


「この街だけじゃなくて、近隣の地形も分かるような地図を見たいんです」

「ナモルタタルと隣接する町や村、その近辺のものでしたらありますよ」


 エドナは棚の引き出しから巻物を取り出しテーブルの上で開いた。


「ここがナモルタタルです。北には山脈があり、街道は東西と南へ。西の街道の先にはアレ・テタルという大都市、東には山越えの国境門があります。南に下ったころにある町はハリハルタ、魔物の沸く森が近くにあるため、経験のある冒険者はこちらに長期滞在するようです」


 ハリハルタの街をさらに南下すると川があるが、地図にその先はなかった。


「地図の、この川の先の地図は無いんですか?」


 サツキの問いにエドナは別の巻物を取り出して開いた。二つの地図を並べると、川の先の地形がはっきりと分かる。川を渡り南に下った先にある小さな町の名前はサガストだ。サツキは身を乗り出し、細部まで覚えこもうと地図を凝視していた。


「冒険者に怪我はつきものですが、毒には慎重になってください。毒の種類によっては街に戻るまでもたない場合も多いのです。それぞれが一回分の解毒薬は携帯しておくことをおすすめします」


 解毒薬の値段を聞いてみれば、調合師の解毒薬は一回分三十ダル、薬魔術師の作った解毒薬は三百ダルもするらしい。宿屋に十日も泊まれる値段では今の三人ではとても手は出せない。


「調合師と薬魔術師で値段が違うのはどうしてなの?」

「回復スピードですね。回復薬にしても治療薬にしても、薬魔術師の薬は即効性が高いので」


 普通の薬とポーションの違いってところだろうかと納得したコズエ。


「治療薬や解毒薬は我々冒険者だけでなく、街に暮らす人々の全てが必要としています。調合師も薬魔術師も、冒険者が採取した薬草がなければ薬を作成できません。薬草採取は安い仕事ですが欠かせない仕事でもあります。あなた方が経験を積み実力をつけ、魔物討伐を主な稼ぎにするようになっても、薬草採取の必要性を忘れないで居てほしいものです」


 エドナの真摯な訴えは真っ直ぐに三人の胸を打っていた。


   +


 初心者講習は四の鐘を合図に終了した。エドナに頼み込んで板紙を一枚もらい、薬草採取に役立つ内容を事典から書き写してゆく。街の周辺で採取できる薬草とその採取方法をメモし、三人は階下の掲示板を確かめてからギルドを出た。


「薬草は種類ごとに買取してもらえるのね」

「回復薬の材料が一番分かりやすくて採取しやすいみたいだから、今日はそれに集中しよう」


 街から南へ伸びる街道を進むと森が見えてくる。三人は森の出口付近で薬草を探した。最も買取価格の低いユーク草は群生する性質があり、一度見つけると次々と採取できた。サフサフ草も特徴のある葉色が目立つので発見は難しくはなかったが、こちらは一定以上の太さに成長した根が求められている。目に付く端から引っこ抜こうとしたコズエをサツキが止めた。


「その株は細いから、こっちの葉数の多い太い方を抜いてみて」


 サツキが選んだ株を抜こうとするがそう簡単に抜けはしない。コズエに代わってヒロが根元を両手で掴み、千切れないように時間をかけて抜いた。


「わ、太い根っこ」


 板紙につけてきた印に並べて比較し、買取サイズを確認する。


「抜くのは力が要るな。こっちは俺がやるよ」

「ありがとうヒロくん。ねえサツキ、この黄色い花のヤツも薬草じゃなかった?」

「それは実がついてから採取しないといけないから、今日はダメ。場所を覚えておいて」

「あの蔓の白い花、解毒薬の材料じゃなかったか?」

「ラッキー、高いやつだ」

「ダトン草は素手で触るとかぶれるらしいから注意して」

「どうやって採ればいいのよ」

「そっちの大きな葉っぱでくるんで引っ張ればいいだろ」


 手袋代わりに葉を使って蔓を掴んだ。引き千切れなかったのでナイフで切り取ってゆく。

 草地に近い場所と木々の生え茂る場所では自生している薬草の種類も違っている。目に付く薬草を夢中で採取している間に三人は森の中へと進んでいた。

 ガサ、ガササ。


「……!」


 背の高い茂みが音を立て揺れた。

 ハッとして顔を上げ、揺れる枝葉の影を見る。

 ヒロはナイフを取り出して構え、コズエを庇うように移動した。


「奥まで入りすぎたな」


 木々で遮られ影が多く薄暗い森。

 揺れる葉の影に恐怖を感じた。


「ヒロ、くん」

「戻ろう、ゆっくりでいい」


 促されてコズエは足音を立てないように気をつけながら後ずさった。視線が合ったサツキと頷きあってから、荷袋を拾い森の外を目指し走った。


「はあ、はあっ」

「怖かったぁ」


 薬草の詰まった荷袋を抱いて森を走り出た三人は、息を整えて腰をおろした。


「いつの間にあんなに奥まで進んでたのかしら」

「夢中で気づかなかったよね。ヒロくん、あれ何かの魔物だった?」

「さあな。動物だったとしても、今の俺たちじゃ蹴られて怪我するだろ」


 日本でも猪と衝突して怪我人が出たニュースが流れるくらいだ、魔物じゃないからって安全なわけはない。


「とりあえず、採取できた薬草を整理しようよ」


 それぞれのカバンから取り出した薬草を種類ごとに分類して数える。買取単位に足りないものは森の浅い場所で探して追加採取した。


「……お腹すいたね」


 くるくると鳴った腹を押さえたサツキが恥ずかしそうに頬を染めて言った。三人は節約を優先して昼食は買っていなかった。屋台で買える肉を挟んだパンの代金すら節約しなければ厳しい経済事情だ。


「ここまで来るのに一時間くらいかかったよね?」

「疲れてるし、帰りはもうすこし時間がかかるかもな」


 街から森まで約一時間を歩き、森での採取に二、三時間ほどかかっている。森の奥へ入り込んでしまったこと、緊張感と全力疾走というイレギュラーな運動と空腹もあって三人は疲れていた。街門が閉められるのが八の鐘だ、それまでに帰りつくことを考えれば、もうそろそろ戻らなくてはならない。


「少し早いけど、帰ろっか」


 閉門前に街に戻り、ギルドで薬草を査定に出した。カバンに詰め込んだ薬草は全部で百三十ダルになった。


「宿代が一日九十ダルだから、何とか黒字ってとこね」

「しばらくは昼食抜きだな」


 毎日これだけの薬草を採取できるという保証もない。屋台の軽食が一人前で五ダル程度と安いとはいえ、購入をためらうほどの低収入だ。三人で協力してもこの程度の利益しか出せないのだ、もし一人で生活しようとしたら大部屋雑魚寝で精一杯になる。


「初心者が焦って魔動物狩りにシフトチェンジするのも当然よね」

「着替えとか必要なもの買うことを考えたら仕方ないのね」

「防具や武器を揃えるには時間かかりそうだ」


 自分たちには武器も経験も足りていない、今はこつこつと薬草採取で資金を貯めるしかないと分かっていても焦りは消せない。

 宿屋に戻った三人は、井戸水を汲んで部屋に運び込み一日の汚れを落とした。風呂に入れない代わりに丁寧に身体を拭き、服についた土汚れを落としてゆく。

 夕食はメインの肉料理が鶏肉に変わっていたが、スープとパンは昨日と同じものだった。


「あれ……スープが丁度良い?」

「昨日は塩辛かったのにね」

「運動量だろうな。一日中歩いてたんだ、身体が塩分を欲しがってるんだろう」


 なるほど、冒険者にはぴったりの味付けなのか。

 昨日よりも美味しく感じた夕食の後、部屋に戻ったサツキは銀板の電源を入れた。映し出される地図と赤い印を見ながら、ギルドで覚えた地図との相違を探してゆく。


「お兄ちゃん移動しているみたい」

「ほんと?」

「昨日は印がここにあって……今はこっちに動いてる」


 赤い印の位置と地図を照合しながら安堵の息を吐いていた。エドナが教えてくれた魔物の沸く森の奥にあった赤い印は、川をなぞるようにして町の方へと移動している。危険な森に居る兄が心配で怖くなるが、移動しているということは安全なところへ向かっているということだ。


「彰良さんもスマホ持ってるだろうし、これに気づいたらサツキのところに来てくれるかもしれないね」

「そうだといいなぁ」


 兄に危険な事はしてほしくないが、あちらから移動してくれたら再会できる日は早くなりそうだとサツキは笑みをこぼした。




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