お酒は成人してから
第3部開始します。
「こっちの三体、終わりましたっ」
ゴブリンの腹を刺し貫いた槍を引き抜いてから、コズエは別の四体を相手にしているコウメイたちを振り返った。
アキラは振り下ろされる棍棒をかわして背後に回りこみ、勢いのまま後ろ頸を叩き斬ったところだった。
「お疲れ、こっちもこれで終わりだ」
コウメイの長剣がゴブリンの頭部を叩いた。地面に倒れた最後の一体に念押しのとどめを刺し、戦闘は終わった。
「魔石が七つに、右耳も七つ。よし、取りこぼしは無いな」
草原に転がるゴブリンの死体から魔石と討伐部位を切り取りそれぞれを袋に詰めた。
「コズエちゃん、こっちを手伝ってくれ」
「あ、穴掘りですね」
「もう少し南に、街道から離れたところがいいだろう」
アキラとともに草むらを歩いて街道から離れ、辺りを確認してしゃがみこんだコズエは両手を地面についた。
「深い大穴っ!」
コズエの土属性の魔力は、魔物の死体処理に有効活用されていた。戦闘時に魔法が使えれば良いのだが、魔物の動きに合わせて落とし穴を掘ったり、土壁で進路を妨害したりといった使い方はタイミングが難しい。コズエの掘った穴にヒロが落ち、足止めに作った土壁にコウメイが頭を打ち付けてからは、戦闘に魔力は使っていない。
コズエの魔力が大地に注がれると、見る見るうちに二メートルほどの深さの穴が開いた。
「これでいいですか?」
「十分だ。コウメイ、運んでくれ」
アキラが振り返ると、既にコウメイとヒロがゴブリンの死体を引きずってすぐ側まで来ていた。
「これが最後だ」
コウメイが投げ入れた七体目が穴に落ちると、今度はアキラが地面に手を突いて魔力を使う。
「埋れ。そして隠せ」
コズエが魔力で掘った土が被せられ、固まり、さらに草が生えて周囲との違和感がなくなるまで成長する。土を掘り返したとは思えない自然さだ。
「街を出て半日も経ってないのに、これでゴブリン戦は三回目ですよ」
「何でこんなに湧いてるんですかね?」
「スタンピードの前兆、とかじゃないですよね?」
街道の側に戻った五人は、汚れを落としてから馬車に乗り込んだ。不安がるコズエに、御者席のコウメイが森を指差しながら否定した。
「前に巣を討伐したのって、あの森だろ。冬の間にあの巣が復活したのかもな」
「俺達もだが、吹雪の日に討伐に出る冒険者はいなかった。冬の間に間引かれなかった魔物の個体数が増えていて当然だ。雪がなくなって移動しやすくなったから、獲物を求めて人里に現れたのかもな」
「春になって移動しやすくなったから森を出てきた、ですか」
「虫みたいですね」
街道は魔物が生まれにくい土地を選んで敷かれていると聞いていたが、コズエたちは半日で十四体ものゴブリンと遭遇している。
「このペースだと今日は予定の半分も進めそうにないな」
ナモルタタルから王都までは町が七つに都市が一つ。その間にも多くの村がある。コウメイたちの計画では、最初の町で宿を取るつもりだったのだが、たどり着く前に日が暮れそうだった。
「初日から野宿は避けたいです」
「そりゃ俺だってベッドで寝たいけど、遭遇する魔物を全部討伐してるからなぁ」
ゴブリンや魔物が襲ってこないならば無視して進めばよいのだが、稼げるときに稼いでおく精神が染み付いてしまっている五人には、確実に換金できる魔物を見逃すことができなかった。魔物を見つけるたびに馬車を止め討伐を繰り返していれば、予定通りに進めないのも当然だ。
「これだけ魔物の個体数が増えている時期に野営は危険すぎる。どこかの村で納屋でも借りるしかないだろうな」
ナモルタタルで買った旅人用の地図には、冒険者ギルドのある町だけでなく、街道沿いの村の位置まで詳細に記されていた。アキラはおおよその現在位置を確かめ、地図を畳んだ。
「魔物を狩りながらでも、日暮れ前にはどこかの村にたどり着けそうだ」
+++
日が暮れる少し前に、コウメイたちは小さな村で馬車を止めた。
村は木の柵で囲われているが、防衛のためというよりも農耕馬や家畜が逃げないための囲いのようだ。入り口に立っている見張り役も村人たちが交代で立っているらしかった。
「あんたたちは、冒険者か?」
「そうです。町に着く前に日が暮れたので、今夜はこの村で寝床を借りたいんだが」
「証明する物は持っているか?」
「ああ、これだ」
警戒を解かない若い村人に冒険者証を渡した。男は難しい顔でコウメイの冒険者証を見ている。
「何人だ?」
「五人」
「全員冒険者か?」
そうだと応えると、男は「ここで待っていろ」と言ってコウメイのカードを持ったまま村の中に入ってしまった。
「追いかけなくていいんですか? 冒険者証を返してもらえなかったら困りませんか?」
「大丈夫だろ、たぶん。それにあの人、字が読めてなかったみたいだ」
「ええ、そんなことあるんですか?」
「この世界の識字率は日本とは違うからな。自分の名前と生まれた土地の名前が書けて、数字を読んで書ければ生活には困らない」
町で暮らすならある程度の読み書きができなければ仕事を得られないが、農村ならばその程度で十分なのだ。
コウメイの冒険者証が本物かどうかを、文字を読める誰かに確認してもらいに行ったのだろうという予想は当たりだった。すぐに年配の男と一緒に戻ってきた見張り役からは、先ほどまでの警戒がなくなっていた。
「お待たせして申し訳ない。村に宿は無いが、集会用の小屋がある。そこで構わないだろうか」
「ありがたい、一晩お世話になります」
年配の男の手から冒険者証を返されたコウメイは「案内するのでついてきなさい」と歩き出した見張り役の男を追って馬を歩かせた。
案内されたのは小さな平屋だった。扉を開けて中に入ると、狭い土間があり、その先に十畳ほどの板の間がある。壁際にはいくつかの壷が並んでいた。
「あの壷は?」
「畑に蒔く穀物の種だ。畑の準備ができるまではここに保管しているものだ」
「この村はどんな作物を育てているんですか?」
「主なものはハギだな。あとは芋とレトが多いか」
コズエたちは馬車からその日に使う荷物だけを降ろし平屋に運び入れた。
「そこで火を起こしても大丈夫ですか?」
居住用の建物でない平屋には、竈や洗い場の設備がなかった。玄関先で火を起こして料理をすることと、井戸を使わせてもらう許可をもらった。
「あ、そうだ。オーク肉いりませんか?」
案内と説明を終えて立ち去ろうとする見張り役をコウメイが呼び止めた。
「村に着く前に遭遇したので倒したんですが、俺達だけでは食べきれないので」
「お、オークだと?」
「三体分の肉は流石に多すぎるんですよ。旅の途中だと保存も出来ないし」
コウメイの合図に、ヒロが荷台から大きな包みを三つ運び出して土間に置いた。オーク一体からとれる可食部位はだいたい五十キロほどになる。いくら肉好きでも腐る前に食べきれる量ではない。
「腐らせるのももったいないので、村の皆さんで食べてください」
「いいのか?」
買取り価格が千ダルにもなりそうな肉をぽんと提供する太っ腹な冒険者達に、村人達の警戒心が弛んだようだ。
「これはあんた達が狩ったのか?」
「どの辺りにいた? 村の近くか?」
「他に魔物はいなかったか?」
「ゴブリンも数体うろついてましたね」
オーク肉と聞いて集まってきた村人たちの間に緊張が走った。
「俺達で始末してきたんで、襲撃される心配はないですよ」
「本当か!?」
ゴブリンの耳の詰まった袋を見せると、村人たちは歓声をあげた。
「助かった。これで畑開きにとりかかれるぞ」
毎年はじまりの日から数日間は、ゴブリン襲撃に備えて村人総出で守りを固めているのだそうだ。冬の間に増えた魔物が森から出て村を襲い、毎年少なくない家畜が被害にあう。運の悪いときには人が犠牲になることもあるのだと集まった村人たちは口々に礼を言った。
「あんたたちのおかげで今年は安心して畑に集中できるよ、ありがとう」
「良かったらこのパンを食べてくれないか、今朝焼いたパンだ」
「芋は保存が効く、ぜひ持っていってくれ」
「村で醸造した酒だ、美味いぞ」
コズエやサツキの手に村人たちがささやかなお礼だと食料品や酒を積み上げていく。ありがたく受け取って早速食事の支度を始めた。他にもコウメイたちが馬の扱いに慣れていないと知った村人が、代わりに世話を引き受けてくれた。飼葉も快く分けてもらえるそうだ。
「ゴブリンを退治してもらい、オーク肉までいただけるとはありがたいことです」
先ほどの年配の男は村の村長だった。一晩の宿を求めてやってきた冒険者たちが、村を襲いに現れたゴブリンを退治したと聞き、わざわざ礼を言いに小屋までやってきた。
「数日も耐えれば町の冒険者が退治してくれるのだが、その数日が村には地獄の日々なのだ」
村長が深々と頭を下げて礼を言い立ち去ると、今度は村の女達が食事の支度を手伝いたいとやってきた。料理はもう済んでいるからと礼を言って帰ってもらうと、次は男たちがそれぞれ酒を持ってやってくる。
「気持ちはありがたいが、俺達は昼間の討伐で疲れているので、そろそろ休ませてください」
何とか一杯ずつ酒を注いでもらってから追い返すことに成功した。
植物油のランプを囲んで座っている五人は、村人達から注がれた酒を捨てるわけにもゆかずに舐めていた。
「……お兄ちゃん、あげる」
サツキの器に注がれていたのは、かなり酒精の強い酒だったらしい。舌先で舐めただけで顔をしかめ、そのままアキラに押し付けている。
「これは甘いから飲みやすいぞ」
ヒロに差し出された酒に恐る恐る口をつけると、果実の甘みが気に入ったのかサツキはこくこくと飲んだ。
「甘くて、美味しい」
「果実を漬け込んだお酒だって言ってたよ」
コズエも自分の器を傾け、美味しそうに飲んでいた。
「……感謝されるのって嬉しいんですけど」
「ちょっと重い、かな」
「それだけ毎年苦しんできたって事なんだろうな」
自分達は稼ぐチャンスだとしか考えていなかったのに、魔物数体の存在にこれだけ苦しめられている人たちがいるのだ。サツキはぐいっと果実の酒を飲み干した。
「ゴブリンなんて食えない魔物だし、ゴブリン魔石だってそれほど貴重ってワケじゃないのに報酬が高いのは、領主や国が討伐に奨励金を出してるからだろうな」
コウメイはナモルタタルのギルド職員が「国からの補償」とかなんとか言っていた事を思い出した。
「私たちが頑張って魔物退治すれば村の人たちが助かるんだもん、明日もゴブリン見つけたらやっつけるよ!」
「やっつけるよーっ」
顔を赤くしたコズエが握りこぶしを雄雄しく突き出して宣言した。つられてこぶしを突き上げるサツキの顔も赤い。これは酔っ払っているなと、二人の手から果実酒を取りあげようとしたが遅かった。
「私の魔法でいっぱい窒息させますっ!」
「私だって魔法使っていっぱいやっつけるもん。おっきな穴に、どーんって!」
「じゃあ私もお水をどーんっ」
陽気に声をあげたサツキが両手をかざすと大量の水が現れた。
「おわっ!!」
「凍れ!」
頭上に現れた水の塊が落ちてくる前にアキラが凍らせ、コウメイが剣で叩き砕いた。ぱらぱらと氷が部屋中に散乱する。
「あぶねぇ」
「びしょ濡れになるところでしたね」
氷の塊を集めて土間に捨て、雑巾で拭き終わった場所へコズエとサツキを移動させた。ふたりはぐっすりと眠っていた。
「二人とも酔っ払うと陽気で大胆になるんだな」
「酔うたびに魔力を暴走されたらたまらないぞ」
アキラは溜息をつきながら二人の容態を確認した。
コズエは酒が原因で、サツキは魔力枯渇が原因で昏倒しているようだった。二人を座布団を枕にして寝かし、マントをかけてそのまま寝かすことにした。この様子だと朝まで起きることはないだろう。
「この酒、どうする?」
サツキが兄に押し付けた酒の臭いをかいだコウメイは、思わず顔をしかめていた。かなり度数の高い酒だ。臭いだけで酔っ払いそうなこの酒を村人たちはストレートで飲んでいた。
「飲みたきゃ飲め」
「もの凄く強いぜこれ。二日酔い確実だ、やめとけ」
調理用にもらっておこう、とコウメイは調味料用の空き瓶に酒を移し変えた。村人達にとっては貴重な酒だ。飲めないからと捨てるのは申し訳なかった。
「魔物を殺して、討伐部位と魔石を剥ぎ取って、ギルドで換金してるだけじゃ、見えなかったよなぁ、こういうの」
「はい、冒険者という仕事が誰かに感謝される仕事だって思ってなかったです」
街ではガラのよくない冒険者も多かったし、多くの街の人たちはそんな冒険者達と一線を引いていた。だからこんなにも篤く感謝を向けられると、戸惑ってしまう。
「金以外の遣り甲斐があるってのも、いいもんだよな」
「そうだな」
三人はほろ酔いのまま気持ちよく眠りに着いた。
+++
「…………気持ち、悪い、です」
「あたま、痛い……」
完璧な二日酔いの二人は、朝食のスープだけをようやく飲み干して旅支度を整えた。
「荷台に座って揺られてるよりも、御者台座ってる方が楽だと思うよ」
そう言われて二人は御者台に並んで座った。コズエが手綱を握ってはいるが、馬達は自分達で勝手に街道を進んでくれる。馬の耳がぴくぴくと動く様子や、鬣が風に吹かれる様子を見ていると気持ち悪さが薄れてきたようだ。
早朝に村を発ったが、村長をはじめ村人達がコウメイたちをわざわざ見送ってくれた。魔物の襲撃のないはじまりの日の夜を過ごしたのは初めてだったと何度も礼を言いながら。
「今日は最初の町のギルドでゴブリンの報酬を受け取らないとな」
最終目的地まで血の滴る討伐部位を持ち歩きたくはない。
「途中で魔物が出たら討伐しますよね?」
「もちろん。でもコズエちゃんたちは見学だから」
「何でですか」
「二日酔い状態じゃいつもの動きは取れないだろ。万全の体調でかからないと、下手したら死ぬからね」
「……そんなに強いお酒だったんですね」
「甘くて美味しかったのに」
女性に好まれる甘く飲みやすい酒だが、アルコール度数を果実と蜂蜜で誤魔化した、そうとうに強い酒だったらしい。
「こっちの世界の人たちって、子供の頃から普通にお酒飲んでるから、強いよね」
「シャロンも全然酔わなかったわね」
終わりの日に屋台で買った酒を水のように飲んでいた年下の友人を思い出した。
「私、お酒は飲まなくてもいいかな」
「そうよね、果汁ジュースでいいよね」
御者台の二人は顔を寄せ合って決意を固めたのだった。
この世界の成人(飲酒OK)は12歳です。
酒癖。
コズエは陽気な笑い上戸で記憶あり。
サツキは大胆になる。記憶なし。
ヒロは饒舌になるが突然寝落ちする。記憶なし。
アキラはスキンシップの甘えん坊に。記憶あり。
コウメイはワク。後始末係。




