終わりの日
終わりの日
二月二十九日。
五人は箱詰めした荷物とともに宿屋に移った。
「泊まるならウチにして!」
というレベッカの強い勧めで銀葉亭に宿を取った。祭りを控えて宿は客でいっぱいだったが、レベッカの手腕で二人部屋を二つ確保し、男部屋には予備の簡易ベッドを入れて三人で泊まれるようにしてもらった。
「まだ街にいたのかよコウメイ」
「随分のんびりしてるじゃねぇか」
「てめーなんかさっさとどっかへ行っちまえっ」
夜の食堂ではエディのパーティーがエールを飲みながら騒いでいる。言葉は悪いが彼らなりに別れを惜しんでくれていた。エディたちによって追加注文された暴牛の串焼きがコウメイの前に置かれ、空いたカップに新しい酒が注がれる。
「お前達がいなくなると狩場が広がって助かるぜ」
「ゴブリンを独り占めにしやがって、儲かってんだから奢れよ」
「餞別だ、俺達に酒を奢ってくれ」
レベッカに「コウメイの払いで」と新しい酒をどんどん注文しはじめた。
「餞別もらうのはこっちだろ!」
酔っ払いに常識は通用しない。
コウメイ一人を人身御供にした四人は、少し離れたテーブルで静かに夕食をとっていた。久しぶりの宿の料理が懐かしく感じられる。コズエたちは長くこの宿に滞在し、朝と夜はかかさず女将さんの料理を食べていたのだ。
「こっちに来た頃は舌に慣れない味だなって思ってたけど、懐かしいね」
「最近はコウメイさんの料理に慣れたからな。最初に食べたときは塩辛く感じたけど、仕事して帰ってきたら丁度良かったんだよな」
「いつもお昼ごはん抜きだったから、がっついて食べてましたよね」
今日の夕食は暴牛と根菜のシチューと、蒸した芋を香草で和えたものだ。素朴な味わいが心地よかった。
レベッカは忙しく働きながら、コズエたちに声をかけたり、コウメイに絡む冒険者達を注意したりと楽しそうに働いている。
女子会で「コウメイを婿に」と言っていたが、今でもその気なのかコズエには分からなかった。
+++
二月三十日。
朝食後、五人は昨日まで住んでいた家に向かった。コズエの作品販売会の準備のためだ。
「一階のリビングに一つだけベッドを下ろしてきてください」
コズエの指示に男達が二階に向かう。コズエはサツキと二人で玄関とリビングの床を掃除してから、考えてきた配置やディスプレイでいいのか検討を始めた。
「窓側にベッドを置く予定だから、こっちには縫いぐるみを飾りつけよう」
暖炉の前に置いてあった卓を移動させ、その上に縫いぐるみたちを並べてゆく。ハンガーラックには古着を掛けて置いてあるし、ハイテーブルには巾着袋やウエストポーチといった小物を見栄えよく並べる。
「ベッドは何処に置くんだ?」
「窓際にお願いします。頭を奥の壁にぴったりくっつけて……はい、そんな感じです」
ヒロが使っていた中古のベッドが指定の場所に置かれ、コズエがベッドカバーを広げて見栄えよく整えた。
「ありがとう、重かったでしょ?」
「三人いたから大したことないよ。それより他のベッドカバーはどうやって飾るんだ?」
「ベッドの足元あたりに、模様の入ってる部分だけを見せるように畳んで並べようかと思うんですけど」
「それだと広げたり捲ったりしてグチャグチャになりそうだけど。洗濯物を乾していたロープがあるから、それに引っ掛けて飾ったらどうだろう」
「壁が寂しい感じだからその方が華やかになりそうだわ。試してみましょうよ」
壁のフックにロープを掛け、そこに色違いのベッドカバーを重なるようにして掛けていった。
「クッションはどこ?」
「暖炉の前あたりがいいかなと思うんですけど」
「ベッドにもいくつか置いたらそれっぽくなりそうだ」
「だったら小さな縫いぐるみを一つ置くのもいいと思うわ」
「ウエストポーチは古着の近くの方がいいんじゃないか?」
「クッションカバーも壁に飾ってみよう」
「この椅子に一番大きな縫いぐるみを座らせておこう」
わいわいと意見を出し合いながらコズエの作品をディスプレイしてゆく。どの作品にも値札がつけられていた。コズエたちが使っていた物には安めの値段を、販売会のために新しく製作した物にはアリエルとシャロンに教わった基準で値段を設定していた。
「鍋と食器類は玄関ロビーに並べておくか?」
「そっちは中古道具だから、布でも敷いて置いておけばいいだろう」
本来の目的である不用品のガレージセールも同時に開くつもりだ。ただしコズエの作品とは別物として分けて取り扱う事になっている。
「できた、か?」
「完成ですね」
最初にアリエルと販売方法について話し合ったとき、商品を単に並べるのではなく、実際に使っているように再現して見せたいと提案したら不思議がられた。コズエとサツキの寝室にあった縫いぐるみやベッドカバーに値札がついているような展示の仕方だというと、アリエルは斬新で素晴らしいと目を輝かせ、商会にも参考にさせてもらいたいと褒めた。
「……お客さん、来なかったらどうしよう」
コズエが泣きそうな顔で飾り付けられたリビングを見ている。今日に向けて作品を作ることに集中していたコズエは、完成した満足感を味わうのと同時に、最悪の結果を想像して恐怖にも襲われていた。
「大丈夫よ、集客はアリエルがやってくれる事になってるでしょう。お家の仕事で宣伝は得意だって言ってたんだから、ね」
サツキの励ましの言葉もコズエには響かなかった。
誰も来なかったらどうしよう。
人が来ても、誰も買ってくれなかったら。
販売会の準備を確認しに来たアリエルが太鼓判を押しても、コズエは不安を拭いさることができなかった。
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終わりの日。
八の鐘が鳴る頃に宿を出た五人は、すっかりお祭りの準備が整った広場を通って会場に向かった。普段よりも多くの店が出ている屋台からは美味しそうな匂いが漂っているのに、コズエの表情は緊張と不安で硬く強張っている。
ガチガチのコズエを宥めながら屋台の前を通り過ぎてゆく。串焼きの店、煮込み料理の店、酒を出す屋台に、子供向けの菓子を出す店まである。
「気になるなら買ったらどうだ?」
お菓子の店が気になるのか、サツキはチラチラと視線を向けている。庶民向けの屋台だ、値段も子供の小遣いで買える程度のようだから、砂糖はほとんど使われていないだろう。サツキは思い切って屋台の菓子を買ってみた。
「厚めのクッキーのような感じですね」
砕いた木の実の入ったクッキーに見える。表面に茶色い何かが塗ってあるが見た目では正体がわからない。
「サツキの作ってたクッキーはジャムが乗せてあったよね」
「これはジャムでなさそう……木の実、かしら?」
臭いをかいでからひと口食べてみた。
「……ピーナッツバターみたい」
甘みはほとんどないが、濃厚なナッツの旨味が素朴で美味しかった。
「本当だ、木の実を炒ってすり潰したものだな」
「美味いな」
「口の中の水分がなくなるけど、味はいい」
「私なら蜂蜜を少し足して、植物油で滑らかさを出します」
サツキの菓子作りの情熱に火がついたようだった。
「もっと早く思いつけばよかった。コズエちゃんの販売会の横でお菓子の試食会もできればよかったのに」
「それ! いいよね、それ」
サツキの呟きにコズエが飛びついていた。
「今からじゃ無理だけど、次のチャンスがあったら一緒にやろうよサツキ!」
緊張と不安で笑顔のなくなっていたコズエに笑顔が戻っていた。
心配したコズエの作品販売会は、予想以上の人が訪れ、品物はどんどんと売れていった。
販売はサツキとヒロが中心になってこなし、コズエは作品についての質問に答えたり、小物の使い方などを説明したりと休憩をとる暇もないようだ。
ケイトやレベッカはそれぞれ友達を引き連れて開店早々にやってきたし、シャロンは針子仲間に宣伝してくれたらしく、縫いぐるみの作り方やパッチワークの手法について質問をする女性達も多かった。ギルド以外では会うことのなかったエドナが訪れたのは驚きだった。彼女は展示された作品を丁寧に見て回ってから、草色と青のグラデーションのデザインが入ったベッドカバーを買っていった。
中古の鍋と食器のそばで暇そうに座っているコウメイとアキラは、冷やかしの客と適当な会話をしながらコズエたちの奮闘を眺めていた。
「なんか、カップル客が多くないか?」
見るからに初々しい男女がベッドカバーを買っていったり、女性がねだって男性が縫いぐるみやクッションカバーを買ったりという客が多いのだ。もちろん若い女性の一人客や、子供を連れた女性もいるのだが、不自然なほどカップルが目に付いた。
「知らないのか、終わりの日は成婚の日ともいわれているらしいぞ」
「せいこん?」
「結婚が成立する、の成婚。こちらの世界で法的な結婚ができるのは十五歳からだが、これは満年齢じゃなくて、十五歳になる年が来たら結婚できるということらしい」
「詳しいなぁ、アキ」
「本で読んだ」
誕生日がくるまではまだ十四歳だが、結婚に関してだけははじまりの日に十五歳になったと見なすのだ。そういえば日本にも似たような年齢の数え方をしていた時代があったなとコウメイが呟いた。
「つまり正月に一斉に歳をとるようなものか」
終わりの日にプロポーズをし、はじまりの日に入籍をする。年齢が障害になって正式に結婚できなかったカップル達が一斉に届を出すために、はじまりの日の役所はとても忙しいらしい。
「十四歳で結婚か……考えらんねぇな」
受験に忙しかった日本でも、冒険者生活でのびのびと暮らしているこちらでも、自分が結婚する未来が一ミリも想像できないコウメイだ。
「今夜は素面でいたほうがいいぞ」
意味深に笑んだアキラの口が、不穏な色の言葉を吐いていた。
「……なんかあるのか?」
「酒に薬を混ぜて飲ませ、昏倒したところを襲撃する計画が聞こえてきた」
「俺らに恨みを持つ奴らといったら、ゴブリンのときのあいつらか?」
「いや、肉屋と宿屋」
「は?」
「泥酔させて既成事実作ったもの勝ちだ、だと」
「なにそれ、怖いっ」
悪意のある冒険者の襲撃よりも恐ろしい計画を知り、コウメイの背に悪寒が走ったのだった。
襲撃計画(笑)。




