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新しい人生のはじめ方~無特典で異世界転移させられました~  作者: HAL
第2部 冒険者生活の楽しみ方

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共同生活のススメ 15 年越し蕎麦

共同生活のススメ 15 年越し蕎麦



 暖炉前の食卓机の周辺は、まるで日本の炬燵のように、自分の手の届く範囲に様々な物が積み上げられていた。

 アキラの背後には数冊の本が積まれており、コズエの席の近くには作業途中の作品や裁縫道具の入った籠が置いてある。ヒロやサツキは私物を持ち込んではいないが、いつでも武器を手入れできるように砥ぎ石や磨き粉は手を伸ばせば届く場所に置いてあったし、茶やお菓子がすぐに食べられるように、サツキ作のクッキー箱とポットやカップの置き場は二歩の距離の位置にある。

 暖炉の前はとても居心地がよく、それぞれが好きに過ごしていて、一言の会話すらなくても孤独を感じない。

 コズエは暖炉の前で布に針を刺していた。サツキは帳面に記録したお菓子のレシピを検証しているし、その側ではアキラが植物図鑑を読みふけっている。コウメイから借りた動物図鑑を読んでいたヒロは、くうぅ、と小さく鳴った腹を押さえた。


「クッキー、一枚だけ食べちゃダメか?」

「コウメイさんが『期待して待っててくれ』って言ってたので、我慢した方がいいと思いますよ」


 いつもなら既に夕食の終わっている時間だ、空腹を堪えるのもそろそろ辛くなっているのはヒロだけではない。コズエもパッチワークに集中し切れなくなっていたし、待てと言うサツキ自身も落ち着かない様子だ。


「あいつは何を作っているんだ?」

「教えてもらえなかったけど、材料を見たから、たぶんあれかなって」


 一体どんな豪華メニューなのだと気になったが、サツキは意味深に微笑むだけで教えてはくれなかった。


「そろそろ出来上がるから、その辺片付けてくれよ」


 コウメイがチラッとだけ顔を出し四人に声をかけ、四人の返事を待たずに台所に戻ってしまう。

 それを合図に四人は自分の周囲を片付け始めた。サツキは手伝うために台所へ向かい、コズエは食事の邪魔にならないようにと食卓机周辺の床を片付け、アキラは暖炉用の五徳を用意する。ヒロが卓上を拭いてカトラリー置き場から五人分のカトラリーや皿を用意して並べた。


「お待たせ、遅くなってゴメンな」


 コウメイが鍋を、サツキがスープボウルを持って暖炉の前に陣取った。


「今日は年越し蕎麦にしてみた」

「年越し?」


 目の前に置かれたスープボウルには、少し細めの麺の上に野菜のかきあげっぽい物がのっている。


「今日は十二月三十日だろ。明日は一月一日」

「そういえば、でしたね。こっちには大晦日がないんでした」

「明日は正月か、なんか変な感じがする」

「それで年越し蕎麦か」

「この前にクリスマスやった時に、年越しにも何か食べたいと思ってさ」


 暖炉で暖められた透き通ったスープを注ぎいれると、見た目は普通のかけ蕎麦(天ぷらのせ)だった。


「「「「「いただきますっ」」」」」


 最初に蕎麦を食べるのはコズエとサツキ、天ぷらをかじったのはヒロ、アキラはスープを最初に飲んだ。


「お蕎麦の味がする、お蕎麦っ!」

「……和風出汁じゃない、が、美味い」

「天ぷらがサクサクしてて美味いです」

「蕎麦粉が手に入ったんですね」


 それぞれの驚きの顔を見てコウメイは満足そうに自分の蕎麦に箸をつけた。百パーセントの再現には至らなかったが、限られた材料で工夫して作った蕎麦に、美味いと言ってもらえたのだ、今はそれで満足だ。


「いつもの食料品店の倉庫に売れ残ってる蕎麦っぽいのがあったんだよ。試しに仕入れたけどハギ粉より高いし、味も値段ほど美味くないからって売れ残ってたから買い占めた」

「もしかしてカドバ(蕎麦)粉でパンを焼いたんでしょうか?」

「多分ね。やり方しだいだと思うけど、ドイツパンみたいな酸味のあるパンが好きなら、カドバ粉のパンは口に合わないかもしれないなぁ」


 おかげで不良在庫として残っていたカドバ(蕎麦)を格安で買い占めることができたのだ。

 ヒロはあっという間に完食し、スープまで全部飲みきっていた。ふぅ、と満足そうに息をついた姿を見て、コウメイは料理人冥利に尽きると顔をほころばせた。


「天ぷらはないけど、蕎麦のお代わりはできるよ」

「お願いします」


 即座に空のスープボウルを差し出したヒロだ。今は肉体労働の高校生男子にとって、ラーメン丼より一回り小さな器の蕎麦が一杯では物足りない。


「このスープ、コンソメベースみたいですけど、それだけじゃないですよね?」

「乾燥椎茸っぽいものも手に入ったから、それを使ってみたんだ。椎茸の出汁だけだと弱いから、コンソメをちょっとアレンジしてみた」


 昆布や鰹節があればちゃんとした和風出汁になっただろうし、醤油があれば風味もつけられたのだが、見つけられていないので今は諦めるしかない。


「ちゃんと和風っぽくなってます。お蕎麦にもあってて美味しいです」


 そう言ってもらえて嬉しいよと言いながら、コウメイは差し出された器にお代わりを作ってサツキに返した。お蕎麦多めでとリクエストのあったコズエには少し多めに盛り、無言で器を差し出してくるアキラにもお代わりを作って渡す。


「かき揚げは人参みたいな芋と、ゴボウみたいなヤツと玉葱みたいなヤツで作った。年越しなんだから海老天作りたかったけど流石に売ってなかったからな」


 大陸の内陸部にあるナモルタタルでは海の幸はほとんど流通していない。たまに干物のような物が売られているが、それも気候の良い時期にほんの数回見かけた程度だ。


「そういえばこの街で魚料理を食べたことはないです」

「街の料理屋でも魚料理はないらしいしな」

「川魚とか捕れそうなのに?」

「調理方法が肉と同じじゃ、美味い魚料理にはならないと思うぜ」


 この街の庶民の料理は、良くも悪くも単純なのだ。旨味を抽出するのが下手で、分かりやすい味を好む傾向が強い。釣りたての川魚を塩焼きにして食べたいが、川魚も滅多に市場に出ない。

 お代わりした蕎麦を食べ終わったサツキが少し嬉しそうに言った。


「普通の年越し蕎麦は初めてです」

「あれ、サツキちゃんとこはザル蕎麦なんだ?」

「いいえ、実はウチの年越し蕎麦は鴨南蛮蕎麦なんです、珍しいですよね? コウメイさんのお家の年越し蕎麦って、やっぱり海老天のせの蕎麦だったんですか?」


 サツキとアキラの家は、ご近所の蕎麦屋さんで年越し蕎麦を食べていた。何故か小さな子供の頃から一家全員で鴨南蛮蕎麦だったらしい。


「俺の家もご近所の蕎麦屋さんから出前とってたな。普通の天ぷら蕎麦だけど」

「え、コウメイさんが作ったんじゃなくて?」


 自分達の胃袋を支える料理の腕が、日本で活かされてなかったなんてと驚くコズエにコウメイは苦笑いだ。


「あっちでは俺が料理すると嫌がられたからなぁ。男子厨房に立たず、を地で行く家だったから、料理なんてしてたら非難轟々でね」


 そのくせ母親も仕事が忙しくてほとんど料理をしていなかった。食事は家政婦さんの作り置きか、自分でこっそり作った料理を食べていたコウメイだ。


「俺のところは海老天と竹輪天ぷらがのってました」

「ヒロくんのところは毎年海老+αの天ぷらだったよね」

「それは……かなり油っこくならないか?」


 想像したらしいアキラが胃のあたりを押さえている。


「うちは男ばかりの三人兄弟なので、年越し蕎麦と海老天だけじゃ物足りなくてお代わりしまくったんです。そしたら母親がキレて、俺達兄弟の蕎麦にだけ+αの天ぷらがつくようになりました」


 自宅で天ぷらを揚げるのも大変だし、年末の海老は高い。安あがりで腹持ちが良いものを天ぷらにして追加で乗せていたらしかった。


「蕎麦のお代わりもさせてもらえなくなったので、大晦日の夕食の主食はご飯で、年越し蕎麦がおかずでした」


 ラーメンライスとか、そういう感じなのだろうか。


「体育会系っぽい年越し蕎麦だな」

「……三人とも、格闘技やってましたから」


 兄は空手、弟はボクシング、ヒロは柔道という格闘技三兄弟だ。


「コズエちゃんのところは?」

「うちも普通の海老天のせの年越し蕎麦でした。あ、お母さんが関西出身なので、お出汁は色が薄かったんですよ。このスープの色に似てます」

「関西風ってやっぱり薄味なのか?」

「どうでしょう。色は薄いけど、薄味って感じではなかったですよ」

「年越し蕎麦でも各家で随分違うんだな」


 関西風は醤油を香り付け程度に使って、出汁と塩で味を調えるんだったかな、とおぼろげな記憶をなぞったコウメイは、昆布や鰹節のような出汁の取れる食材と醤油を発見したら試してみようと思った。

 違うと言えば、と箸を置いたサツキがコズエに尋ねた。


「お雑煮も関東風とは違うんでしょ?」

「普通だと思うけどなぁ。あ、お餅は丸いです。ヒロくんとこのお雑煮が四角いお餅だったよね」

「関西風の雑煮は白みそだって聞いたことあるけど」


 白みそと餅の組み合わせの味がコウメイには想像できない。


「ウチのは違いました、すまし汁に丸餅」

「関東と関西が混じったのかな?」

「どうなんだろう……今までは出汁が違うとか、形が違うとか考えたこともなかったんですよね」


 コズエは俯き、両手でスープボウルを包み込むようにしてコウメイ作の年越し蕎麦を見つめた。当たり前に食べていた味が、どうやって作られていたのかをコズエは覚えていない。出汁の違いとか、調味料の違いとか、考えたこともなかった。


「……お母さんの年越し蕎麦、食べたいなぁ」


 ポトン、と小さな滴がスープに落ちた。

 こぼれた小さな声が、深く、痛々しく響いた。

 無我夢中で異世界を生き抜いてきたが、懐かしい味を思い出してしまうと、駄目だった。どうしても望郷の思いが溢れてしまう。


「……コズエちゃん」

「ごめん」


 サツキに差し出されたハンカチを受け取ったコズエは涙を拭き顏をあげた。


「年越し蕎麦の出汁の味をこんなに懐かしいって思ったのは初めてで、お母さんのお蕎麦はもう食べられないんだなあって思ったら、つい」


 ヒロの手がコズエの頭をぽんぽんと慰めるように撫でた。


「私だけじゃなくて、ヒロくんもサツキも、アキラさんもコウメイさんも同じなのに。私だけ泣いちゃって……みっともないなぁ」

「違うわよ、私はコズエちゃんと違ってお兄ちゃんが一緒だもの」


 もしも兄と合流できなかったら、いや自分だけがこちらに転移していたら、コズエと同じように日本を思って泣くかもしれないとサツキは親友を慰めた。


   +++


 明日は一月一日。

 コズエたちにとっては新年なのに、この世界の人たちにとってはごく普通の冬の一日に過ぎない。それが不思議な気がした。


「俺から提案というか、今後の事について話しておきたいことがあるんだ」


 年越し蕎麦を食べ終わり、食卓を片付けて食後のお茶が行き渡ったところでコウメイが言った。改まった様子に三人の背筋が伸びた。


「春になったら、俺はこの街を出ようと思う」

「他の街に移動するという事ですか?」

「そうだ」


 理由を問われる前にコウメイは自分の銀板を皆の前に出した。トントンと操作すると、地図と青い印が映し出される。


「これの青いのが俺で……」


 スワイプすると青の点が地図ごと画面から消え、見知らぬ土地の地図上に赤い印が現れた。


「これって……」

「コウメイさんのお友達!?」

「ここ、何処ですか?」

「ナモルタタルからだとずっと西の方だな。この赤いのが塾友かクラスメイトか担任か家族か、正直なところ分からない」


 コンビニ近くに居て巻き込まれたとしたら塾友の可能性が高いが、アキラの他にアドレスを登録していた塾友の三人は、あの時見える範囲には居なかった。


「これが誰なのか、確かめてこようと思ってる」


 家族や担任である可能性は低いだろうとコウメイは考えていた。クラスメイトやSNSだけでつながっている知り合いの可能性もあるが、少なくともクラスメイトで塾近辺に住んでいる奴はいなかった。


「なんでもっと早く言ってくれなかったんですか?!」


 コズエの両手が卓を叩いた。


「雪が振る前に言ってくれたら、もっと早く探しに行けたのに!」

「俺たちが足手まといだったからですか?」


 合流した頃の三人はコウメイたちに頼り切りで随分足を引っ張っていた。そのせいで友達探しを後回しにしていたなんて申し訳ないとヒロが頭を下げようとした。


「違うよ。サガストに居た時は自分の事で精一杯で、後回しにしたまますっかり忘れてたんだ」

「……忘れてたんですか!?」


 ヒロの謝罪を制止して言ったコウメイの台詞に、三人は信じられないと目を見開いた。


「アキラがサツキちゃんを探すのと違って、俺の場合はコレが誰なのかハッキリしてないだろ。その状態で無理はできないと思ってたし、実際それどころじゃなかったしね。こっちに移って生活基盤も確立できたし、そろそろかなぁと」

「わかりました。行きましょう」


 コズエは誰に確認するでもなく即答した。


「いや、俺一人で行くよ」

「ダメです。私たちはパーティーなんですよ」


 そうだよね、とサツキやヒロを振り返る。


「でもコズエちゃんたちはこの街が気に入ってるだろ? 友達もできたみたいだし」

「確かに友達はいますけど、日本からこっちに来てる人を見捨てられませんよ」


 サツキが兄を探しに行こうとした時も三人で行くつもりだった。アキラが妹を探しに来たときだってコウメイが協力していた。だからコウメイが友達を探しに行くのなら自分たちが協力するのは当然だ。コズエがそう言うとヒロもサツキも頷いて同意したのだった。

 しまったなぁ、とコウメイはコズエの熱弁を聞きながら言葉をのみ込んだ。

 コウメイは赤印が知り合いだったとしても、都合の悪い奴だったら存在だけ確認してスルーするつもりだった。ウマの合わない奴に煩わされたり、協力を強要されるのは避けるべきだ、パーティーに不和を持ち込みたくない。もしも知人が転移生活に苦労していたとしても、スタートの条件は同じなのだから自力で頑張ってもらえばいいと割り切っていた。

 だがコズエたちは迎え入れる気満々のようだ。

 コウメイは助けを求めてアキラを見た。

 少し引いた位置でやり取りを聞いていたアキラは、コウメイの視線を受けて嫌そうに眉をしかめてから言った。


「俺は全員で探しに行くコズエちゃんの意見に賛成だ」

「アキっ」


 コウメイなら一人で大丈夫だ、という援護を頼んだつもりが、後ろから撃たれたと焦った。


「探しに行くのは、だ。仲間に迎え入れるかどうかは今決めることじゃないだろう」

「え?」


 きょとんとしたコズエたちにアキラの静かな声が指摘する。


「コウメイは誰が転移してきているかを確かめるだけのつもりだ。仲間に入れるつもりはない、そうだろ?」

「まあ、様子見だな」

「コズエちゃんはコウメイの知人を無条件でパーティーに入れるつもりか?」


 アキラの非難するような声色にコズエは戸惑った。


「見ず知らずの初対面の人間を信用できるのか?」

「コウメイさんのお友達なら……いいと思うんですけど」

「今回探しに行く相手が友達とは限らない。もしコズエちゃんの銀板に心当たりのない赤印があって、誰なのか分からないとしたらどうする?」

「困ります、ね」


 転移仲間が増えたら嬉しい、としか考えていなかったとコズエは大きく息を吐いた。


「とりあえず探しに行くかもしれないけど、それから先はその時になってみないと分からないです。信用できない人だったら一緒に冒険者はできないし」


 この前のゴブリン討伐で骨が折られたときの痛みをコズエは覚えている。他のパーティーに不意打ちされたことも忘れられない。あの窮地を切り抜けられたのはこの五人だからだ。


「だから俺が一人で確かめに行ってくるよ」


 決まりだ、と話を終わらせようとしたコウメイをヒロが拒否した。


「戻ってきて、また全員で移動なんて二度手間ですよ。全員で移動して、全員で見極めたらいいんじゃないですか? コウメイさんの友達だったとしても、俺たちに合わない人だったらパーティーは組めないんです」

「そうだよね、コウメイさんは強いけど、一人旅は危険だと思うし。友達と一緒に戻ってきても、私たちが駄目な人だったら気まずいって言うか、良くないよね」


 友達のためにコウメイがパーティーから抜ける可能性もあるのだと気づき、サツキは不安そうに兄を見た。


「コウメイさんは一人で行くつもりみたいですけど、お兄ちゃんも一緒に行く気なんでしょ? だったら私もついて行くわ」

「サツキが行くなら私も」

「二人がコウメイさんに同行して、俺だけ留守番はないです」

「いや、アキは行かないだろ、誘ってないし。それに俺のワガママにコズエちゃんたちを巻き込むわけにはゆかないから」

「俺達はそんなに邪魔ですか? 腕も上がったと思うんですが」

「みんな一緒の方が絶対に安全ですよ」


 はっきりとしないコウメイの様子を怪訝に思ったサツキがたずねた。


「コウメイさんは一人で行くことに拘ってますけど、何かあるんですか?」


 何もないからみんなで行こう、そう答えていれば良かったのに。往生際悪くも再びアキラに助けを求めたコウメイだ。人の悪い顔をしたアキラがあっさりと暴露した。


「転移した人物が、別れた彼女かもしれないから一人で行きたかったんだろ?」

「バラすなよ!」


 元カノのアドレスはすぐに消去してきたが、直近の元カノだけは消去する前に転移事故が起きたのだ。


「……彼女さんもこっちに来てる可能性があるんですか?」

「それを半年近くも無視してたの?」


 ありえない、とコズエが非難の目でコウメイを見た。


「彼女じゃなくて元、だから!それに転移してるのが有希とは決まってないからなっ」

「彼女さんは有希さんて言うんですね」

「別れたって、どうして?」

「お兄ちゃん知ってる?」


 避けていたわけではないが、今まで五人の中で恋バナ的な話題が上がったことは一度もなかった。それが突然のディープな情報提供だ、好奇心を抑えられなくても仕方ない。


「振った、とは聞いてる」

「黙れアキっ」


 パーティーの料理番で、戦闘面での頼りになる指揮官で、気遣いと人当たりと面倒見が良くて優しい男が狼狽える様子に、ついつい突っ込んで聞きたくなる。


「理由は? やっぱり受験に集中するため?」


 コズエとサツキは前のめりにコウメイに迫ったが、返事をしたのはアキラだった。


「浮気された、だそうだ」

「……コウメイさんが浮気したんじゃなくて?」

「俺ってみんなにそんな風に思われてんの?」


 誠実に大切にお付き合いをするのに、何故か相手が浮気をするのだ。バレた後に「好きなのは浩明で、あいつのことは好きじゃない」と言い訳するのもいつも同じ。好きなら浮気なんかしないはずだろ、と別れを切り出すのもいつもコウメイだった。


「俺の知っているのは三人だが、全員に浮気されていたな」

「お願い、アキ、もうやめて……」


 いくら親友でもそれ以上の暴露は許さないと睨みつけるコウメイだが、声はただの懇願だった。


「コウメイさんってモテモテだと思ってた」

「モテてると思うけど。彼女が三人なのは」

「でも全員に浮気さ……ごめんなさい」


 同郷の誰かを探しに行くという話が、何故自分が浮気されて別れた話に流れ着いたんだろうか。動揺を抑えつつ覚えている限りの会話を検証しはじめたコウメイに、励ますつもりなのかことさら明るい声でコズエが言った。


「こちらの世界でもコウメイさんはモテますよね。この前の女子会でも、婿にしたいって凄かったですよ」

「飲み屋で囲まれたときもそんな話がありました。コウメイさんを定住させるために結婚させろ、みたいな」


 ヒロも男子会の時の凄さを思い出して心配そうにコウメイをうかがった。


「……俺は浮気はしないし、モテないし、婿入りの予定もない」

「既成事実つくられる前に何とかした方がいいぞ?」


 先ほどからアキラの言葉に刺がありすぎて痛かった。俺何か恨まれる様な事したか? した……かもなぁと、ピクピクと小刻みに揺れるエルフの耳を横目に見ながらため息をついたコウメイだった。


「この街は好きだけど、友達がコウメイさんを罠にかけるのは見たくないから、みんなで元カノさんを探しに行くことにしましょう。うん、決定」


 パーティーリーダーの一声で旅立ちが決まった。


   +++


 念のためにコズエたちの銀板も見せて欲しいとアキラが言うので、三人は懐から取り出して卓上に置いた。


「触っていいか?」


 許可を得てサツキの銀板で指先を動かし、映っている地図を縮小した。


「もしかして、私達の友達を探してるんですか?」

「同じ方向にいるなら、ついでに探して確認できれば手間が省ける」


 縮小された地図に書かれていたのは菱形の島だった。サツキの銀板にコズエ以外の印は映らなかった。

 アキラの操作を見てコズエは自分でサツキとヒロ以外の赤印を探したが見つからなかった。ヒロも適度に縮小表示して確認し、知人がこちらに転移していないことを確信した。


「お兄ちゃんは……」


 コウメイ以外の友達がこちらに転移している可能性はないのか、と聞こうとしてアキラの銀板が壊れていることを思い出した。


「なんだ、サツキ?」

「お兄ちゃんの友達がこっちに来ている可能性はあるの?」


 アキラは表面にひび割れの入った銀板をそっと撫でた。


「これが直れば、分かるかもしれないな」


 直す手段は見つかっていない。

作中は年末……。

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