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新しい人生のはじめ方~無特典で異世界転移させられました~  作者: HAL
第2部 冒険者生活の楽しみ方

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共同生活のススメ 14 スウィーツ・マジック

作中は冬です。


6/27誤字訂正しました。報告ありがとうございます。

共同生活のススメ 14 スウィーツ・マジック


 冒険者ギルドのロビーには様々な物が張り出されている。

 採取や狩猟、討伐に関する情報や、街の住人からの依頼、国や街からの通達事項。そしてカレンダー。

 偶然なのか、意図があったのかは分からないが、コズエたちがこの世界に移転してきた日は日本と同じ八月二十七日だった。

 こちらの暦では、一週間は六日、一月は五週でちょうど三十日。これが十二ヶ月間で一年ではなく、終わりの日と始まりの日の二日間を足して三百六十二日で一年間だ。

 地方によって異なるが概ね四季があり、ナモルタタルは高地ということもあり近隣の街に比べれば冬は厳しかった。


「今日は十二月十五日か」


 五人は珍しく狩りに出かける前にギルドの掲示板を確認しにきていた。


「日本はもうすぐクリスマスとお正月なんですね」

「こっちの世界はそーいうの無いみたいだけど」

「一年の始まりが三月からというのが、学校みたいですよね」

「学期制だと四月からなんだけど、まあ春から一年がスタートすると考えたらそっちの方がのみ込みやすいかもな」


 日本では、今頃は街の至る所が電球で飾り付けられ、クリスマスに向けて気分を盛り上げる音楽が流れているだろう。


「何か、物足りなく感じるんですよね」


 こちらの世界にはクリスマスも正月も無い。信仰とは全く別物になったケーキとチキンを食べるイベントが懐かしい。


「十二月だと本当なら俺たちは受験のラストスパートの時期か」

「思い出させんなよ」


 受験勉強の追い詰められっぷりは思い出したくない。期限が迫る焦りと、勉強しても払拭できない不安。夏休みの集中講座ですらストレスを抱えて何とか乗り切ったのに、受験本番の迫る年末なんて想像したくない。


「あー、なんかケーキが食べたくなってきた。サツキ、スポンジケーキって作るの難しいの?」

「そうね、メレンゲで何処までふんわりさせられるかなんだけど。それに薪オーブンの管理も難しいし、ハギ粉の質の問題もあるの」

「こっちの小麦粉(ハギ粉)は製粉がイマイチなんだよ」

「クリームも今の時期はなかなか手に入らないし」


 市場で売られている牛乳は、牛を飼っている農家がその朝搾った物を売りにきていた。乳牛用に数頭を飼育しているが、どうしても冬場は搾乳量が減る。そして吹雪になれば村から出ることも難しく、街まで牛乳を運ぶこともできないのだ。


「市場じゃなく食料品店に行けば手に入るんじゃないか?」

「鮮度と値段の折り合いがつかないんです。市場の牛乳は新鮮で美味しくて安かったから」

「保存の効く食材は店でもいいけど、鮮度を優先したい食材はどうしても市場に頼りっきりになるんだよな」


 しかし冬場は天候のため市場に店を出す農家の数は少なくなった。


「そっか、難しいのかぁ」

「ゴメンね」

「こら、コズエ。サツキさんにワガママ言うんじゃない」


 目に見えてガッカリした様子のコズエにサツキが申し訳なさそうに謝った。見かねたヒロがコズエの頭をツンと小突いた。


「サツキさんはお菓子作りのために色々頑張ってくれてるだろ」

「わかってるよ。ごめんねサツキ。無理しなくていいから。でもできる限り頑張ってスポンジケーキ完成させて欲しい、かな?」

「……コズエ」

「ふふ、私もみんなに食べて欲しいから、頑張ってみるわ」


 その日の活動は最寄の森での討伐に専念した。天候が崩れるのを警戒して、近場で証明部位だけを持ち帰ればよいゴブリンと、獲物を探していた銀狼を狩り、昼下がりには街に戻ってきた。

 ゴブリン二体、銀狼三頭で収入は千八百八十ダル。


   +++


「俺は調理器具じゃないんだぞ」


 少し早めに夕食の支度を始めたコウメイに文句を言いながらも、アキラは指示通りに魔猪肉をミンチにし、葉野菜を魔法プロセッサーでみじん切りにする。


「次はこっちのパンを、パン粉にしてくれ」

「それくらいは自分でやれ」


 いつもは硬くなったパンをナイフで削って細かくしパン粉を作っているのに、この日はボウルとパンを渡された。


「練習だよ、練習。サツキちゃんの手伝いできるようになりたいんだろ」


 サツキのお菓子作り、特にメレンゲを作る作業は労力のかかる工程だ。それをアキラは風魔法で手伝えないかと考えたのだが、最初に手伝ったときには、貴重な卵白が部屋中に飛び散った。風刃で肉を切り刻むのと、卵白を泡立てるのでは要領が全く違ったのだ。


「少し大きめのパン粉に仕上げてくれよ」

「……」


 結果、練習と称してコウメイの食事作りを手伝わされているアキラだ。

 コウメイは手際よく作業を進めていった。ひき肉と刻み野菜をこねて味をつけ、薄いコロッケのように形を整えてから水溶きしたハギ粉にくぐらせ、パン粉をつけてゆく。今日の夕食のメインはメンチカツだ。


「どうせならコロッケも作ればよかったんじゃないか」

「あー、そっか。まとめて揚げれば植物油の節約にもなるな」


 今からでも間に合うからとコウメイはアキラを手足のようにこき使う。調理寸前までならアキラに任せても大丈夫な工程はいくつかある。


「貯蔵室から芋取ってきてくれ。そうだな、丸くて大きめのを六つ。洗って土汚れを落としたら、半分に切って茹でてくれ」


 この街で入手できる芋は三種類あった。ジャガイモに似た丸くて大きな芋、サツマイモのような甘みの強い瓜の形をした芋、地元の人たちは芋と言っているがコウメイたちには人参にしか見えない赤くて細い芋だ。マッシュポテトやポテトサラダには丸芋を使っている。人参みたいな赤芋は煮込んでも形が崩れないので煮込み料理に向いていた。甘みの強い甘芋はサツキが菓子に使うことが多い。


「まず水を入れてから、芋を入れて、それから釜にかける」


 コウメイは自分の作業をこなしながら、アキラに細かく指示を出していく。アキラに料理をさせる場合は「芋を茹でて」だけでは失敗確実だ。工程を順番に細かく指示しないといけない。


「芋を鍋に入れ終わったら、次はもう一回ひき肉作りな」

「肉の量は?」

「暴牛の肉をこぶし大サイズだな。ちょっと粗めのひき肉にしてくれ」


 メンチカツの形成とパン粉付けを終えたコウメイは芋の茹で具合を確認してから、フライパンを取り出した。アキラに作らせた暴牛のひき肉を炒めて塩と香辛料で濃く味付けをしておく。


「芋の皮むくから、火傷しないように気をつけろよ」

「水をかけて冷ましたら」

「熱い方が簡単に皮がむけるんだよ」


 あち、あちっと指先を跳ねさせながら芋の皮をむいた。


「ほれ、コレも魔法フードプロセッサーで潰してくれ」


 マッシュポテトのようにクリーム状になった芋に炒めたひき肉を肉汁ごと加えて混ぜ合わせる。


「これを冷やしてくれ。凍らせるんじゃないぞ」


 ふわふわと固まりにくいポテトをアキラの魔法で冷やして固め、ヘラで切り分けてから形成してゆく。パン粉付けまでの作業を終わらせ、後は揚げるだけの状態でアキラに半分を凍らせてもらった。凍らせたメンチカツとコロッケの種は、冷凍専用に新たに増設した寸胴鍋冷凍庫にしまいこまれた。


「アキの魔法は便利だよな~」


 汚れた調理器具を洗いながらコウメイがしみじみと言った。


「料理にしか使ってないけどな」

「ギルドの連中が知ったら絶叫するぜ」


 攻撃魔法が使えるレベルの魔力を持ちながら、狩りや討伐ではほとんど使わずに料理で便利に乱用しているのだ。白目むいた後、血管を浮き上がらせて「使い方が違う」と叫ぶに違いない。


「まあ下手にこっちの手札を見せて強引に鎖つけられるのは困るけど」

「ああ、ハニートラップだったか」


 先日の男子会(笑)の話を聞いていたアキラが笑った。


「確かに、ゴブリンにも有効なレベルの魔法が使えるなんて知られたら、身に覚えの無い赤ん坊の責任を取らされかねないな」

「笑ってる場合じゃないだろ。俺たちは全員がそれなりに魔法が使えるけど、アキのが一番凄いんだ。バレてみろよ……ギルドの息のかかったお姉さん達が襲い掛かってくるぞ」

「……考えたくないな」

「だろ?」


 さて、あとは食事の直前に揚げるだけだ。


   +++


「んー?」


 コズエは補正を入れるためにヒロに試着させた服のあちこちを摘みながら首を傾げた。


「どうした?」

「腕のところがキツクなってない?」


 コズエに指摘されたヒロは、肩をぐるりと回して腕を動かしてみた。そういわれてみれば引っ張られる感じがするし、脇のあたりも窮屈さを感じた。それを正直に伝えると。


「やっぱり。ヒロくん太ってる?」

「ふ……っ!」

「コズエちゃん、違うわ。太ったんじゃなくて、筋肉がついたんですよ、筋肉」


 太ったと言われて絶句したヒロを慌てて慰めたサツキの言葉は真実で、もともと筋肉質で厚みのあった身体は、肉体労働と高たんぱくな食事にたっぷりの睡眠、そして成長期の加速もあって効率よく筋肉が成長していた。


「お兄ちゃんもちょっと背が伸びてたし、コウメイさんも太もものところがキツイって言ってましたから。ほら、私達だってムキムキになったって言ってたよね?」

「あー、確かに。二の腕に力瘤できちゃったもんね」


 むんっ、と見せ付けるように腕に力を入れてコズエは筋肉を披露した。運動は体育の授業くらいで、放課後は趣味のハンクラとゲームを楽しんでいたコズエに力瘤なんて無かった。それがこちらの世界では、一日に何時間も移動し、重い荷物を持ち運び、槍を振り回して戦闘をしている。


「見てよ、私もムキムキ!」


 嬉しそうに力瘤を自慢するコズエの様子を微笑ましく思いながらヒロは上着を脱いだ。サツキがシャツ一枚になったヒロの身体つきを見て感心したように言った。


「最近はあんまり狩りに出れてないのに、衰えてないなんて凄いですね」

「休養日が増えたから逆に訓練を増やしたんだ。身体が鈍ったり、動けなくなったら死活問題だからな」


 パーティーの前衛を努めるヒロとコウメイは、常に戦うことを意識して身体を動かしていた。二人とも部活で武道をしていた経験がこちらの世界では活きていた。冒険者は強くなることで確実に選択肢が増えるし、身体を動かし鍛えることはもともと好きなのだ、今の生活は手間がかかるが嫌いじゃない。


「これからもムキムキのレベルが上がっていくとしたら、服の方も考えないといけないなぁ」

「作り直しになるのか?」


 申し訳なさそうにヒロが問うと、コズエは違うのだと首を振った。


「この服は縫いしろを多めにとってあったから、調整は難しくないの。ただ身体にフィットしたものだと微調整できないこともあるからね。こっちの布地は伸縮性の無いものばかりなんだもん」

「そういえばジャージみたいな布地はお店になかったわね」

「そうなんだよね、あればもっと動きやすい服が作れるんだけど。どこかに柔らかくて伸縮性のある布地って売ってないのかなぁ」


 デザインも大事だが実用はあって当然と考えるコズエには、自分の技術ではカバーしきれない素材の重要性に落ち込むのだった。


   +++


 サツキは朝から薪オーブンの前で苦戦していた。薪オーブンには癖があり、ケーキ種を置いた場所がほんの少しずれただけで思うように焼けなかったり、逆に焼けすぎて焦げてしまう。


「貴重な卵を使ってるんだから、絶対に成功させたいの。お願いよ、オーブン」


 冬場は鶏が卵を産む数も減るため、市場や食料品店でも値段が上がっている。そんな貴重な卵を沢山買ったのだ、失敗に終わるわけにはゆかない。

 朝から二回焼いたスポンジケーキは、どれも失敗作だった。食べられないわけではないが、コズエが望んでいるようなふんわりとしたスポンジケーキにはならなかった。硬くなってしまったり、焼けすぎて焦げパサパサになってしまった。

 残っている材料はあと一回分だけだ。


「手順は間違っていないはず。だから火力さえ……温度さえうまくいけば」


 円柱型のケーキ型は売っていなかった。パウンドケーキ型に似た焼き型があったので、それでスポンジケーキを焼いてみることにしたのだ。バターを使うのではなく、植物油を使うシフォンケーキのレシピで生地を作ってみた。卵白を泡立て続けた腕は既に何度も痙攣を起こしている。


「ハンドミキサーって偉大だわ」


 兄に頼ってみたけれど、肉をミンチにすることは出来ても、卵白をきめ細やかに程よく泡立てることはできなかった。魔法のコントロールには性格も影響しているのだろうなと諦めて、サツキはひたすら卵白を泡立てた。

 ケーキ型の準備はできている。薪オーブンの火力、温度は目と肌で確かめなければならない。火の魔法の応用なら可能性はあるとコウメイにアドバイスを貰い兄に頼ることも考えたが、メレンゲ作りができなかったのだ、微妙で繊細な温度管理ができるとは思えなくて諦めた。

 この世界の料理人や菓子職人はオーブンを熟知し使いこなしているのだ、毎日のように使ってきたのだから自分にだって出来るはず。そう信じてサツキは目と肌で温度を測り、二回の失敗を元にケーキ型の置き場を慎重に決めた。

 オーブンの蓋を閉め、サツキは台所に持ち込んだ椅子に座った。焼き上がりのタイミングを誤らないように待つのだ。


   +++


「おう、無事に帰ったか」


 街門の兵士がアキラとヒロを見て破顔した。

 吹雪の日のようなほとんど人の出入りが無い日でも、門は二の鐘から八の鐘までは開けておくのが街の法律だ。主に入ってくる旅人のための措置で、街から人が出て行くことはほとんど無い。それがこの日はアキラとヒロが箱台車を押しながら街を出ていった。注目株の冒険者二人が遭難してしまうのではないかと門兵たちは心配していたのだ。


「お疲れさまです。今は何時くらいですか?」

「もうすぐ七の鐘が鳴る頃だ。こんな吹雪も日に狩りか? 獲物は?」

「今日は北東の村に買い出しです」


 二人が押す箱台車には大きな壷が五つも縛り付けられていた。木蓋の上から皮で覆い厳重に縛って封をしてある。


「酒か?」

「牛乳ですよ」


 市場で懇意にしている農家の夫婦に、直接村まで来てくれたら牛乳は売ると約束を貰っていた。冬場に搾乳量は減るが自分達だけで消費するには多すぎて捨てているのだという。街に流通しないのは運搬の問題があるだけで、運んでもらえるのなら卸価格で大量に分けてもらえるのだ。


「知り合いの農家から直接買ってきたんです」

「この吹雪の中をか?」


 酔狂な、と驚き呆れる門兵たちを笑顔で誤魔化して二人は街の中に入った。


「ありがとうヒロ。手伝ってもらって助かった。一人だったら遭難していたよ」

「雪の中の移動も訓練みたいなものですから。アキラさんの魔法も凄かったですよ。俺達の周囲だけ無風状態だったし、あれで除雪がかなり楽になりました」


 二人は除雪しながら街道を進んだ。吹雪をアキラの風魔法で無効化し、街道に積もった雪を除雪しながら移動したのだ。帰りも除雪に時間を取られるのは嫌だったので、熱を閉じ込めた魔石を地中に埋めておいた。魔石の効果で村からの帰路は雪の積もっていない道を辿るだけで楽に帰ってくることができた。


「思ってた以上に除雪作業はきつかったな」

「俺にはいい運動でしたよ」


 最初は魔法で雪を溶かすつもりだったアキラだが、予想以上に魔力消費が激しかった。なので風さえなければ雪を掻き分けるのはそんなに難しくないというヒロの言葉に甘え除雪をお願いしたのだ。スコップを使いながら街道を進むため、往きは四時間近くかかったが、復りは一時間もかからずに戻ってこれた。


「しかしコレは買いすぎじゃないですか?」


 ヒロは牛乳で重みの増した五つの壷を見てアキラに問うた。


「サツキさんが使う量だとこんなに大量の牛乳は必要ないと思うんですが」


 壷のサイズはおそらくひとつが二十リットル程はあるだろう。それが五つもあるのだ、とても普通の家庭での消費量ではない。


「食料品店に卸すんだよ。街でも品薄で値が上がっているから、壷単位で買い取ってもらえるように話はつけてある」


 アキラの言葉通り、食料品店で牛乳がひと壷三千ダルで買い取ってもらえた。壷は四つあったので一万二千ダルだ。


「……牛乳って、そんなに高かったんですか?」


 前にヒロがサツキの荷物持ちをした時は、市場で買った牛乳は一リットル百ダル程度だったと記憶している。農家からは壷一つ分の牛乳を百ダルで購入していた。市場での販売価格から単純計算しても二十リットルで二千ダルじゃないのかとアキラに疑問をぶつけた。


「それは需要と供給の差が理由だ。今は供給量が少なすぎて需要に追いついていないから、小売価格は五百ダルまで上がっている」

「五倍ですか!」

「それでも必要としている層がいるんだろうな。だからひと壷三千ダルで仕入れても店は儲けは出るんだよ」


 百ダルで仕入れた牛乳の壷が三十倍の値段で売れる。暴利だがこういう稼ぎ方ができるのは冬場の一時期だけだ。気候が回復すれば農家から直接卸が再開するだろうし、市場にも品がそろいはじめれば値は崩れてくる、というアキラの説明を聞いたヒロは溜息をついた。


「こういう稼ぎ方もあるんですね……冒険者っぽくないですけど」

「どっちかと言えば商人だな。定期的に繰り返すなら商業ギルドに登録しないと面倒なことになりそうだが、まあ次の予定はないし」

「もうやらないんですか?」


 せっかく稼げるのにとヒロが言うと、アキラは嫌そうに眉間にシワを寄せた。


「吹雪の中を雪かきしながら四時間も歩きたくない」


 サツキがどうしてもクリームを手に入れたがっていたから、どうせならと一石二鳥を狙っただけで、せっかくの休養日に筋肉痛になりそうなことはしたくない。そう言って顔を反らせたアキラの顔が赤らんでいるように見えた。

 なるほど、これがシスコンのツンデレか。

 コウメイから聞いていた当人にとっては不名誉な名称を思い出したヒロだった。


   +++


 その夜、コウメイが張り切って作ったローストチキンがテーブルの真ん中に置かれた。そういえばクリスマスだったなと騒ぎながらの楽しい夕食になった。

 食後にはふわふわのスポンジケーキにたっぷりのクリームを飾りつけたクリスマスケーキが提供された。


「ありがとうサツキ! 大好きっ!!」


 白いクリームとドライフルーツで飾り付けられたシンプルすぎるものだが、それを目にした瞬間にコズエは親友に抱きついていた。


「こっちでケーキが食べられるようになるなんて思わなかったよ。サツキは凄いっ」

「ヒロさんやお兄ちゃんが手伝ってくれなかったら、ただのシフォンケーキになっちゃうところだったの」

「ありがとうヒロくん、アキラさん」


 コズエは満面の笑みで一切れを口に運んだ。


「美味しいっ!! ケーキだよ、ちゃんとしたケーキ」

「うん、スポンジはふわふわだし、クリームも美味しい」

「凄いな、あの薪のオーブンで焼いたのか」


 サツキはみなの感想を聞きながら、恐る恐るに自分も一切れを口に入れた。やさしい甘さのクリームと柔らかなスポンジ。悪くない出来上がりだが、兄はどう思っているのだろう。


「美味しいよ。ありがとう、サツキ」


 ひと口目をゆっくりと味わったアキラが、心配そうにうかがう妹にやさしい笑みを向けた。

 兄の控えめな笑顔を見て、サツキはようやく満足できたのだった。



作中はクリスマスでした…。

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