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ナモルタタルの街 2

荷物検査。

いろいろ変換されてて謎。

ナモルタタルの街 2


「異世界って、思ってたのとかなり違うのね」


 三人はエドナに紹介された街の宿屋に寝場所を確保した。二段ベッドに腰を下ろしたコズエは、疲れのこもった息を吐いていた。


「もう少し楽に異世界生活が始められると思ってたなぁ」

「十分に異世界で未知の体験ばかりだけど?」

「神様みたいなのが『お詫びに新しい世界で』なんていうパターンなら、もっと優遇されてるかなって期待してたんだよね、私」


 コズエが好んで読んでいた小説では、大半の主人公は特別な技術や魔法を持っていたり、向こうから幸運がいくつも転がってきていた。


「まあ、小説と現実は違うってことなんだろうけど」


 ちょっとガッカリかな、とコズエは苦笑している。


「現実を見る気になってくれて助かるな。コズエ、残金はどれくらいなんだ?」

「今日支払ったのが、税金で三十ダル、冒険者登録料が三十ダルに受講料が三十ダル」


 当面は三人の現金を合算しコズエが管理することにしたが、今日だけで現金は半分に減っていた。


「この宿の料金が一人三十ダル、三人分で九十ダル」

「安いのか高いのか分からないな」


 ギルドで紹介してもらった宿は、二段ベッドが二つ置かれた四人部屋だった。こちらの宿屋は寝台に対して料金が発生するシステムのようで、四人部屋を三人で使おうと五人で使おうと使用するベッドの料金だけ払えば良いらしい。もちろん立派なベッドの個室もあるのだが、快適なベッドの料金はお高いのである。ちなみに最も宿泊料の安い部屋は、毛布一枚の雑魚寝大部屋だ。ギルドに屯していたような荒くれどもの中にまじって毛布に包まるなら一泊十五ダル。


「他の冒険者と雑魚寝は嫌、絶対に嫌だよ」


 コズエとサツキからは生理的な拒否感が真っ先にでた。

 宿に風呂はなく、汚れを落とすのは中庭の井戸を使うように言われている。雑魚寝部屋に泊まるような冒険者達は「清潔」という言葉を知らないようで、せいぜい手を洗うくらいしかしていない。そんな男たちに挟まれての雑魚寝なんてとんでもない。


 ナガヒロには雑魚寝への抵抗感は少なかったが、いくら経済的にピンチだとしても、女の子二人をあの冒険者達と同じ部屋においておくことはできない。

 だが。


「俺も同室でいいのか?」


 自分だけでも雑魚寝で節約できると言ったのだが、そういう節約は良くないとコズエに一喝された。


「十ダルが千円だとしたら一泊二食付で三千円なら安いのかな」

「食事にもよるんじゃないか?」

「さっき八の鐘が鳴ったから、そろそろ夕食ね。行ってみようか」


 個室と言ってもドアに鍵はかからない。コズエのリュックに三人分の貴重品を入れて持ち一階の食堂に下りていった。


   +


 湯気をたてるスープと黒いパン、焼いた肉には肉汁を使ったソースがかかっている。


「スープの味が濃いな」

「うん、食べられないことはないんだけど、塩辛い気がする」

「パンはドイツパンみたい」

「酸味があるから好みが分かれるかも。私は嫌いじゃないよ」

「肉は結構硬いぞ、気をつけろよ」

「噛み切れない……」

「ソースをつけたらパンも食べやすくなった」


 特別美味しくもないけれど、食べられないわけではない、そんな味だった。


「顎が疲れた」


 宿泊料金に含まれている料理としてはまあまあのレベルだと評価した。


 食後に部屋に戻った三人は、昼間確認できなかった荷物を調べなおしていた。コズエの持っていた文庫本は無くなっているし、サツキの持っていた塾用のノートは端を糸で綴じた無地の帳面に変わっていた。


「これは紙よね?」

「ギルドで見た感じだと、紙は存在してても日常的に使われてないみたいだから、サツキのノートは隠しておいたほうがいいと思う」


 身奇麗にしていて、丁寧な言葉遣いを心がけただけで「貴族だ」なんて誤解されたのだ。


「たぶん紙は高級品なんだと思う。そんなのを持ってたら面倒になりそうだしね」

「でもこれを売ったらお金になるんじゃないかな?」


 資金難だからこそ売ってお金になるものがあれば売ったらいいとサツキは言うが、コズエはその案に賛成できなかった。


「ギリギリまで困って、もうどうしようも無いってなったら考えようよ」


 売り方を間違えたら身の危険を招くかもしれない。


「俺のハンドソープが、固形石鹸になってるぞ」

「実用的で助かるけど、ヒロくんの持ち物っぽくないよね?」


 ハンドソープを持ち歩く男子高校生なんて聞いたことない。


「コンビニのところに行く前にドラッグストアに寄っただろ。ハンドソープが切れてるから詰め替え用を買って帰れって言われてたから、たまたま買って持ってただけだ」


 お買い得商品だったし、何度も買いに行かされるよりはと四つほど買っていたのだ。石鹸は四つある。一人に一個ずつ分けることにした。


「ヒロくんの石鹸、ありがたく使わせてもらいます」


 コズエは渡された大きめの固形石鹸を拝むようにして受け取った。

 冒険者は様々な理由で汚れる仕事なのだと覚悟している。お風呂というものが一般的に普及していない世界で、汚れを落とし清潔を保つというのは命に関わることだ。


「ナイフなんて持ってなかったはずなのに」


 十センチほどの刃の小さなナイフがサツキのバッグに入っていた。カバンに手を入れたときに怪我をしなくてよかった。


「サツキってシャーペンじゃなくて鉛筆使ってたよね? ペンケースに鉛筆削りいれてなかった?」

「ちっちゃなカミソリがついた物だけど。それがナイフになったのかしら」


 なるほど、とナガヒロが二十センチほどの刃のナイフを見て頷いた。


「俺は鉛筆をカッターナイフで削ってるから、大きめのナイフなのかもしれないな」


 どちらのナイフも切れ味がよさそうで、そのままカバンに入れるのは危険だろう。手ぬぐいを刃に巻いてからカバンに戻した。


「スマホの電源が入った!」


 銀色の板を手に触っていたサツキが悲鳴に近い歓声をあげた。


「ほら、何か映ってるわ」


 サツキの銀板を覗き込むと、青い点と赤い点がひとつずつ映し出されていた。


「どうやったの?」

「隅っこに丸いでっぱりがあるでしょ。これを押したら電源が入ったの」


 二人も自分の銀板を取り出して電源を入れてみた。


「本当だ、私のにも青と赤の点が出た」

「俺のもだ」

「あれ? ヒロくんのは赤と青が一個ずつなのに、私とサツキのは赤が二つに青が一つ」

「コズエちゃんのは二つの赤い印が重なってるみたいに見えるわ。私のは二つが凄く離れてるのに」


 三人の銀板を並べて見比べれば、表面には見たことの無い模様のようなものも映っていた。


「……これは、地図かもな。この青い点が自分で、赤い点はコズエか?」

「あ、じゃあ私の赤丸二つはヒロくんとサツキってことだ」

「私のはコズエちゃんと……もう一つの離れてるのは、お兄ちゃん?」


 期待にすがるような目でサツキがコズエを見た。


「私は彰良さんのアドレスを知らないけど、サツキとヒロくんは登録してた」

「俺もコズエは登録している」

「コズエちゃんとお兄ちゃんはアドレス登録してる……あのコンビニにアドレス登録してる人、他に居なかったよね?」


 この遠く離れた赤い点は、アドレス登録されていた他人じゃなくて、兄の彰良で間違いないよねと、サツキの瞳は希望を見つけて力を取り戻していた。


「サツキは最初の白いあの場所で彰良さんを見たんでしょ。だったら彰良さんで決まりだと思うよ。良かったね」

「うん、うんっ」


 サツキは自分の銀板を両手で包み込むようにして持った。


 この銀板がスマホだというなら、他にも何か便利な遣い方はできないかとそれぞれ調べたり叩いたりと色々試してみた。


「拡大と縮小ができるくらいか」


 地図らしき絵に指を置いてスマホで拡大縮小していたときのように指を動かすと、自分の青印を中心にして縮尺が変化した。


「これが地図で合ってるのか、何かと照らし合わせたいな」

「ギルドなら周辺地図くらいはあるんじゃない?」

「でもコレを見せるのは危険だろ」


 特別仕様の不思議なアイテムを人目に晒して身の危険を招く気にはなれない。


「地図をメモできたらいいけど、サツキのノートは隠しておくって決めたし」


 紙の代わりに板紙が使われているのだ、上質な薄くて白い紙を出して地図を書き写しなどしたら、身元への疑いが再燃しかねない。


「頑張って覚えることにするわ」


 サツキは青の印と遠く離れた赤い印の映る地図らしき模様を脳に焼き付けるつもりで凝視した。詳細を全て覚える必要はない、大まかな配置をしっかりと覚えておけば、地図を見て場所の特定ができるだろう。


「……探しに行きたい」


 しっかりと顔を上げたサツキは二人を見つめて言った。


「私、お兄ちゃんを探しに行きたい」

「サツキ」

「無理だ」


 コズエの声には労わりがあったが、ナガヒロは冷たく切り捨てていた。


「わかってます。今は無理だって、わかってます……でも、私はこの世界に慣れたら、お兄ちゃんを探しに行きます」


 異世界に放り出されて明日の食事も宿もどうなるのかわからない。野宿になって、食べるものがなくなって飢えるかもしれない。ナガヒロが甘えるな、巻き込むなと言いたげにサツキを睨みつけるのはもっともな事だ。けれど希望は持ちたい、目標を決めてそれを追いかけなければ、この世界を生き延びる力を得られないとサツキは感じていた。


「私は頑張ってここでの生き方を覚えます。だから協力してください」

「……何の協力だ? 一緒に探しに行ってくれ、か?」

「ヒロくんっ!!」


 コズエは刺々しい露骨な態度のナガヒロを咎めた。これからの異世界生活は協力しなくては生き抜けそうにないのに、イライラをぶつけあって仲違いをしている余裕などない。


「コズエちゃんやサワタニさんが得意なことで役に立ちそうなことを、私に教えてください」


 異世界転移を柔軟に受け入れて楽しむことのできるコズエも、高校柔道で全国大会に出場するレベルのナガヒロの格闘能力も、この世界で生きる力だ。


「お兄ちゃんを探しにいけるようになるために、今できることは力をつけることだと思うの」


 サツキの決意は強い。痛々しいほどに強かった。


「私は一緒に行くよ!」

「コズエ!?」

「一人より二人で頑張るほうが、少しでも早く探しに行けるようになれるでしょ」


 幼馴染から守るようにサツキに抱きついたコズエは、キッとナガヒロを睨みつけた。


「異世界で何かやりたい事があるわけじゃないなら、目的持ってた方が良いに決まってるよ。ヒロくんだってそうでしょ。イライラしてサツキにあたってる暇があったら、みんなでレベル上げて彰良さん救出できるくらいになろうよ。勇者にならなくてもいいけど、サツキに意地悪してるヒロくんはカッコ悪すぎ。サツキに恩を売ってやるくらいに前向きになったほうがずっと良いよ!」


 女の子に八つ当たりをした自覚があるのか、ナガヒロはそっと視線を逸らした。


「ありがとう、コズエちゃん。足を引っ張らないように頑張るので、よろしくお願いしますサワタニさん」


 バツが悪そうに視線をさまよわせていたナガヒロは、気持ちを切換え真っ直ぐにサツキに向いた。


「……ヒロでいい。八つ当たりして悪かったハギモリさん」


 異世界に放り出され、暴走気味のコズエに比べて自分は冷静だと思っていたヒロだ。


「年下の女の子に何をしてたんだろうな。全国レベルになった事で強くなったと思いあがってたみたいだ」


 身体や技は上達したかもしれないが、精神的には全然駄目だとヒロは自嘲した。


「私もサツキでお願いします。私だって同じです。パニック状態でコズエちゃんみたいに積極的に世界を広げることもできてないし、ヒロさんはどっしりと構えてて盾の役割を果たしてくれてますし、役立たずなのが悔しいです」

「何言ってるの! ギルド職員さんとの間に入ってフォローしてくれたのはサツキだよ。私すっごく助けられたんだから」


 一人ではダメだったのだとコズエは主張した。


「私一人だったら街にたどり着けてなかったと思うし、たぶん頑張ろうって気力もわかなかったと思う。サツキとヒロくんがいたから無事にご飯食べることができて、明日のことを考えられるんだから」

「そう、だな」


 ヒロが深く頷いてコズエの髪を撫でた。


「コズエが暴走するからしっかりしなきゃいけないって俺は思えた」

「えー、私そんなに酷かった?」

「街を歩いてたときコズエちゃんスキップしてたわよ」

「ええ、そうなの?」


 ハードモードの異世界でお気楽スキップ。サツキに教えられた無意識の自分の行動にコズエはがっくりと項垂れた。


「コズエはそれでいいよ、昔みたいで」

「……大人の女を目指して頑張ってたのに」


 拗ねて落ち込むコズエと、今さら取り繕うなと呆れるヒロの二人を見ていると自然に笑みが零れていた。好奇心で暴走気味だったコズエも、見知らぬ世界で緊張していたのだとサツキは初めて気づいた。無理やり前向きにはしゃいでいないと、平静でいられないほどに不安だったのだと。


「今日はいろんな事があったね」


 爆発事故で飛ばされて、神様らしき存在の声を聞いて、心構えする余裕もなく異世界だ。たった一日の出来事にしては波乱万丈すぎる。

 しみじみとしたサツキの一言にコズエがうんうんと頷いて。


「今日の異世界チュートリアルは、不親切で分からない事ばかりだったね。明日からゲーム開始だし、頑張ろうね」


 冗談なのか本気なのか分からないコズエの宣言に、「ゲームじゃないだろ」「ゲームにしないで」と笑いながらそう返せた二人だった。




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― 新着の感想 ―
[良い点] なんか面白そうです。 [気になる点] 「みんなでレベル上げて彰良さん救出できるくらいになろうよ。」 [一言] 読み始めたばかりなんですが、とりあえずここはなんでいきなり救出なの?相手の状…
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