共同生活のススメ 11 ゴブリンの巣
共同生活のススメ 11 ゴブリンの巣
夜明け前の街道を西に進んだ。
五人は休みを挟みながらも小走りに移動していた。ゴブリン討伐は証明部位と魔石だけを回収すればよいので、武器以外の荷物はほとんど持っていない。身軽なせいか移動の疲労もほとんどなかったし、常に動いているため朝方の低い気温に身体が冷えることもなかった。
空が明るくなり始めた頃に、街道の北側にゴブリンの襲撃を受けた村が見えてきた。堀や垣根は破壊された状態のままで、まだ補修されていないようだ。
「夜の襲撃はなかったようだな」
村人が見回りをしているのか、いくつかの松明が移動しているのが見える。
「ゴブリンの巣はおそらく村から南の森の、西の端のあたりだ」
五人は村に寄らずに街道を南にそれ、森の入り口を目指した。
「止まれ」
先頭を走っていたアキラが雑木の連なりを前に足を止め、脇差を抜いて片手をあげた。コウメイ、ヒロと続いて剣を構え、コズエが柄を両手で握りなおし、サツキが自動弓に矢をセットした。
「森を出て来るぞ、五体以上はいる」
「村に向かってんのか。先手必勝だ、森の入り口で片付けるぞっ」
気配を消しながらアキラの指示する方向へ向かうと、森の中からゲヘゲヘという獣じみた声と周囲の木を叩いているような音が聞こえた。
サツキが自動弓を構えた。
ガササ、ガサッ。
茂みをかき分けて現れたゴブリンの集団に向け引き金を引く。
「ウゴォッ!」
「ガ、カォオー」
「ゲ、ゲゥ」
頭部に矢を受けて倒れたゴブリンにコズエの槍がとどめを刺した。
「八体いるぞっ」
アキラの脇差がゴブリンの喉を切り裂く。
「コズエちゃんはコウメイを援護!」
「はいっ」
ヒロは倒れ掛かる死体の腕をすくいあげ、棍棒を振り回すゴブリンに投げつけた。横倒しになったゴブリンに飛び掛り、短剣で心臓を突く。
「あと五つ!」
コズエが足元を払い斬ったゴブリンにコウメイの剣が振り下ろされる。
その背後から二体のゴブリンが棍棒で殴りかかろうとしていた。
気づいたサツキが叫んだ。
「コズエちゃんっ!」
乱戦では弓は使えない。
「水!!」
サツキは魔法で作った水を、コズエに襲い掛かろうとしていたゴブリンの顔に投げつけた。
「ハガ……ゥっ」
突然顔を抑えて苦しみだしたゴブリンの腹にコズエが槍を突き刺さす。
「ナイス! サツキ」
「成功ね!」
振り返ったコズエの笑顔に、サツキは親指を立てた手を突き出した。ヒロは「何やったんだ?」と驚き問うた。
「昨日夜、こっそり練習してたヤツです」
「練習って」
「話は後にしろ、最後まで気を抜くな!」
コウメイは横から襲ってきた棍棒を剣を盾にして防ぎ、ヒロを真似てゴブリンの懐に踏み込むと、剣の柄で頭部を殴りつけた。ヒロは自分に向かって転がってきたゴブリンを捕らえ絞めて息を止めた。
「残り、ひとつ!」
アキラが相手をしていたゴブリンの背後に回りこんだコウメイが、その腹を斬り捨てる。それで終わりだった。
全員の息は乱れてはいるが、まだまだ余裕のある状態だ。
「急いで討伐部位と魔石を回収しろ。次が来るぞっ」
「どれくらいだ?」
「音は遠い、五分は余裕があると思う」
ゴブリンの右耳を削ぎ落として集め、体内から魔石を掘り出してから、血に汚れた武器と手を水魔法で洗い流した。
「そういやさっきのサツキちゃんは何やったんだ?」
「昨夜コズエと練習してたとか言ってたよな」
コズエとサツキがにっこりと顔を合わせてから、悪戯が成功したときのような笑みを浮かべた。
「ふふ」
「あれはですね、サツキの水魔法でゴブリンの呼吸を止めたんですよ!」
「はい。お兄ちゃんが魔法を使うって言ってたから、私の魔法も戦闘で使えないか考えたんです」
コズエに水を刃物のような武器にすることを勧められたがイメージできなかったサツキは、何をすれば水でダメージを与えられるかを考えた。
「ヒロさんもコウメイさんもゴブリンの喉を狙いますよね。それで呼吸ができなかったらゴブリンの動きを止められるんじゃないかと思って、水でゴブリンの口と鼻を塞いでみたんです」
「大成功だったよ。苦しそうに喉とか口とか押さえてて私を襲う余裕なかったから、ぶさっとやっちゃった」
小さなハイタッチをしてはしゃぐ二人は嬉しそうだ。
「はぁ、凄いな」
「攻撃魔法じゃないのに、思い切ったもんだね」
理論としては間違っていない。あらゆる生き物は呼吸を必要としている。人型の魔物は当然人間と同じように口と鼻を封じれば息ができず苦しむし、最終的には死に至る。
「サツキ、魔力の量はどれくらい残っている?」
「大丈夫よお兄ちゃん。水筒を水でいっぱいにするのと同じくらいの魔力しか使ってないわ」
「体内の魔力残量を意識して、枯渇状態にならないようにしなさい」
アキラは自分の上着の胸ポケットから魔力回復薬を取り出してサツキに手渡した。
「魔力が枯渇する前に、必ず飲むんだ」
「それはお兄ちゃんに必要な薬でしょ」
アキラは返そうとするサツキの手をやんわりと押し戻した。
「俺の魔力量は、ゴブリンの巣ひとつを殲滅するくらいで使い切るほど少なくないから、心配するな」
「そうそう、アキの魔力はサツキちゃんに比べたら底なしだからな。その薬は必要なときにちゃんと使うんだよ。魔力がゼロになったら気絶は確実だ。ゴブリンとの戦闘中に気絶しても、俺たちは助けられねぇんだ」
軽い口調だが重い言葉に、サツキは魔力回復薬をしっかりと握り締めて頷いた。
「サツキはコズエちゃんと組んで動くんだ。自動弓も使えるときは使っていけよ」
「はい」
アキラの言葉にしっかりと頷いてサツキは回復薬を胸ポケットにしまった。
ゴブリンの耳を入れたズタ袋をベルトに括りつけたコウメイが、既に刀を抜き構えるアキラを振り返って頷き、死体の向こうを顎で指し示した。
「来たようだぞ」
複数の荒っぽい足音がコズエたちの耳にもはっきりと聞こえてきた。
「十はいるな……もっとか?」
第二ラウンドが始まった。
+++
コウメイは剣を換えた。木が狭い間隔で生えている場所では長剣は扱いが難しい。長剣を背負い予備の短剣を手に、木幹を盾がわりに利用しながらゴブリンをしとめていく。
アキラはサツキに倣い、水魔法でゴブリンの呼吸を止めながら次々と喉を斬り、腹と喉を割いてゆく。
ゴブリンにとって獲物が懐に入ってくる戦闘経験はないのだろう。懐に入られたと思った次の瞬間には後ろから首を固められ、喉を切り裂かれる、あるいは棍棒を振り上げた腕をつかまれて投げ倒され、ヒロの短刀に心臓を一突きされて絶命してゆく。
コズエとサツキの連携も見事で、槍でコズエが間合いを取りサツキが至近距離から自動弓を射る。サツキは周りがよく見えていて、ヒロの背後から襲おうとするゴブリンに水魔法を放って援護し、コズエの背後を守って自動弓を牽制にも使っている。
「はぁはぁ、全部で十二体、だな?」
「十三だ」
腐葉土に重なるようにしてゴブリンの死体があちこちに転がっていた。先に倒した八体と、次の十三体。息を整えながら死体から討伐部位と魔石を回収してゆく。
討伐部位の右耳を詰め込んだ袋からは血がぽたぽたと滴り落ちそうだった。アキラが魔法の水で血を洗い流し、そのまま冷凍の魔法をかけた。ゴブリンの魔石は魔獣のクズ魔石よりも一回り大きく、袋の中でジャラジャラと音を立てている。
「次が来るまで時間がある、休憩するぞ」
「少し先を偵察してくる」
「無理はするなよ」
アキラを見送ったのち、コウメイの誘導で死体の山から少し距離をとり、適当な倒木の側に腰を降ろして休憩にはいった。
「全員、怪我はないな?」
「大丈夫です」
打撲や擦過傷、小さな切り傷などは沢山あるが、錬金製の治療薬を必要とするような怪我をした者はいない。
「アキ、こっちだ」
偵察から戻ったアキラに水筒を手渡した。
「ゴブリンの通り道ができている、辿って進めば巣に着くのは間違いなさそうだ」
「村を襲うために巣を出ているのはこいつらで全部だよな。あとは巣の周辺と偵察に出てるのがどれくらいいるかだが……」
コウメイは自分達がやってきた方向を見て、アキラに尋ねた。
「最初のゴブリンと戦ってからどれくらい時間が経ってるか分かるか?」
「分からないな。時間の感覚があやふやだ」
倒木に腰を降ろしていたコズエも分からないと答えた。
「ずいぶん長く戦ってたような気もするし、あっという間に終わったような気もしてるし」
いつ終わるかも分からない、しかも一瞬も気のぬけない戦闘が連続したのだ、肉体的な疲労よりも精神的な疲労の方が大きい。
「ここから巣までの距離がハッキリしねぇから、先陣のゴブリンが村を襲って巣まで戻る時間が読めねぇんだよな」
目的を持って巣を出た仲間が戻ってこなければ、巣に残ったゴブリンたちも動き出す。問題はどれくらいの時間的余裕があるのか、だ。
「エネルギー補給もしたいが、肉は食う気になれねぇなぁ」
「返り血を浴びないように工夫したけど、臭いが身体に染みつきそうですね」
服の臭いをかいだヒロは、返り血とゴブリンの体臭に顔をしかめた。懐に飛び込んで掴んだり投げたり絞めたりとゴブリンと接触する戦い方をするヒロは、すえたようなゴブリンの体臭に辟易としていた。
「次、ヒロだ。頭から水かぶるか?」
コウメイの魔法で出す水で順番に手を洗っていく。ヒロは顔も洗わせて貰い、少しだけ悪臭から逃れられ呼吸が楽になったような気がした。
「クッキー持ってきました。補給にどうぞ」
サツキに丸いクッキーを手渡された。一人に三枚と数は少ないが、ほのかに香るハギと柑橘の香りにホッとさせられる。
「ドライフルーツと、柑橘の皮の砂糖煮も刻んで入れてます。バターの量が少ないので、あんまり出来は良くないんですけど」
「いや、美味しいよ」
「うんうん、硬いくらいが今はちょうどいいよ」
固めのクッキーを噛んでいる間に、ドライフルーツや柑橘の皮のほのかな甘みと、ハギ粉の香ばしさが口の中に広がる。アキラはひとつのクッキーを三口ほどにわけて丁寧に食べ、コウメイはぽいっと口に放り込んでガリガリと音を立てて噛み砕く。ヒロはクッキーを手で割ってから口に運び、コズエはドライフルーツを探り当てるようにもぐもぐと口を動かしていた。
口の中に残る粉っぽさをミント水と一緒に飲み込んで、休憩は終わった。
「ここからはしばらく移動だけになると思うが、警戒は解くなよ」
「偵察のゴブリンを見つけたら、仲間を呼ばれる前に全滅させるぞ」
ゴブリンは人型とはいえ魔物だ。聴覚や臭覚は人間よりも獣に近く、獲物の存在を察知する能力は人よりもわずかに上だ。だがアキラの優れた聴覚はゴブリンよりも先にその存在を察知する。
「二体発見。まだ気づかれていない」
「サツキちゃん、水魔法でやってくれ。ヒロは手前のヤツ頼む。俺は奥のをやる」
「はいっ」
突然水に顔を覆われ呼吸できなくなったゴブリンの反応は二つだ。武器の棍棒を手放し喉や顔をかいて水から逃れようとするか、魔法を放った者への怒りをこめ、呼吸が止まるまでのわずかな時間を暴れ続けるか、だ。
手前のゴブリンは後者だった。ヒロはゴブリンの動きが鈍くなるまで牽制を続け、窒息寸前で動きが鈍ったところでとどめを刺した。コウメイの担当したゴブリンは早々に棍棒を手放して喉を掻き毟っており、容易くしとめられた。
五人はゴブリンの作った道を辿って進み、発見するたびに屠ってはまた先へと進んでいった。
+++
腐葉土の道が、次第に踏み固められしっかりとしたものに変わっていった。巣が近く多くのゴブリンたちが頻繁に使っているのだろう。
少しばかり急な傾斜の先に光が見える。腐葉土に脚を滑らせながら登ってゆくと、木々が途切れ開けた空間が現れた。草は踏み潰され、伐採した木で作った簡素な小屋があり、周囲では多数のゴブリンが魔猪の死肉を割いていた。
「……多い、な」
魔猪一頭に群がるゴブリンの数は十五、いや小屋の中にもいるとしたら二十以上は確実だろう。
「上位種の姿が見えないな」
「小屋の中じゃねぇのか?」
上位種は下位種を使役する。小屋の中でふんぞり返っていても不思議はない。
「一気に魔法で焼き尽くしても構わないが、あとでギルドの調査が入るだろうからな」
不自然な火力の痕跡は残したくない。
「けどアキの魔法抜きじゃこいつらを殲滅させんのは無理だ。最初に大量の風刃をぶっ放して、残りを物理で倒していこう」
アキラは魔力を複数個に分散し、いくつもの風刃を作り出した。巨大な風刃を放つよりも、小さな風刃を一気に放つほうが魔力消費は少ない。コントロールは後者の方が難しいのだが、このゴブリンの密集具合なら大雑把な制御でも十分だ。
風刃の数を増やすことだけに集中し、ひとつ、またひとつとアキラの周囲に小さな風の渦が増えてゆく。
その間にコウメイは武器を短剣から長剣に戻した。これだけ広ければ扱い慣れた長剣の方が楽に戦える。ヒロは皮の籠手の紐を締め、コズエは深呼吸をして柄を握りなおした。自動弓に三本の矢をセットしたサツキは、いつでも引き金を引けるようにと両脇を引き締め構えている。
「ギギッ」
「グ、ギュッ」
ゴブリンが異変に気づいた。
「やれ、アキ!」
コウメイの合図で渦は風刃となり、密集するゴブリンを襲った。
直撃を受けて絶命する個体、足を斬られ呻き、手を落とされて逆上する個体。半分ほどは無傷だ。
ゴブリンたちは混乱から覚めコウメイたちに向かってきた。
「いくぞっ!!」
コウメイとヒロが飛び出してゆく。その背から前方のゴブリン向けてサツキの矢が放たれる。
「えいっ、えいっっ」
コズエは手負いのゴブリンたちを狙って槍を突く。ゴブリンの腹に深く突き刺さった槍を抜くのに手間取り、右手から殴りかかるゴブリンを避けられなかった。
「いだぁぁぃっ!」
右腕が棍棒に打たれた。
ピシリ、と衝撃が脳天まで一気に走る。
歯を食いしばり、涙を堪えた。
「こっのおぉーっ」
激痛を抱えたまま力任せに槍を引き抜き、柄でゴブリンを殴りつける。
「治療薬を使え!」
コズエを襲ったゴブリンを斬ったアキラが、うずくまるコズエに叫んだ。
「腕まくって、打撲箇所に治療薬をぶちまけるんだ」
アキラはコズエに向かおうとするゴブリンと戦っていた。
腕に心臓があるようだ、とコズエは涙をこらえて腕を押さえた。痛みが脈動にあわせてどんどんと大きくなってゆく。腕に力を入れられず、柄を握る手が動かない。コズエは右の袖を上腕までめくりあげた。
「折れ、てる」
前腕がわずかに歪んでいるのを見て、くらっと視界が真っ白になった。
「治療薬だ、早く!!」
アキラの声で我を取り戻したコズエは、片手で胸ポケットから治療薬を取り出し、歯で栓を抜いた。治療薬に濡れた部分が熱を持ち、ほのかに金色に輝くようになると痛みがすうっと引いていた。錬金製の治療薬は骨折も治るのか、と感心している暇はない。折れた骨が元に戻ったのを確認したコズエは立ち上がった。
「よくもやってくれたわねっ」
空になった薬瓶をゴブリンに投げつけ、手負いの数体の足元をまとめて薙ぎ払う。
「回復薬も飲んでおくんだ」
コズエの怪我の状態を確認したアキラは、サツキを呼んだ。
「治療薬の予備はあるか?」
「三本、だけっ」
「二本貰っていく」
サツキから治療薬を奪うようにして受け取ったアキラは、ゴブリンに囲まれているコウメイの元へと向かった。
三体に囲まれたコウメイは、辛うじてゴブリンの攻撃を避けていたが、反撃する隙を得られず苦戦していた。
「遅ぇよ、アキ」
コウメイの背後のゴブリンを蹴って囲みの内に入り、背中合わせに構えた。三体のうち二体のゴブリンは棍棒ではなく手斧を握っている。
「薬くれ」
コウメイの左のズボンは血でべったりと濡れている。アキラはゴブリンの攻撃をいなしながら背中越しに薬瓶を投げ渡した。
受け取った流れで服の上から治療薬を振りかけたコウメイは、薬の効果が表れる前に大きく踏み出して前面の二体をまとめて払い斬った。
「うわっ」
ズザザザ、とヒロの身体が地面を滑った。
「ヒロくんっ!」
「来るなっ!」
ヒロを打ち飛ばしたのはゴブリンよりも一回り大きな体躯のゴブリンだった。
「やっぱり居やがったか、上位種」
「あれはホブゴブリンだな」
「一体だけだと思うか?」
「小屋の中にいたのはあいつだけのようだ」
「じゃあ俺とアキラはホブに専念、ヒロは斧持ちのゴブリンを。コズエちゃんとサツキちゃんはヒロの援護を」
コウメイが素早く指示を出している時に、ホブゴブリンが大口を開けて天を向いた。
「ギャギャォーーーーーーーーーー!」
ホブゴブリンの咆哮。
「オオォーゥ」
それに応えるように森の方角から声が響いて届いた。
「なんなの?」
「やばっ、仲間を呼ばれたぞ」
「外に出ているグループがまだいたのか!」
ホブゴブリンの他に、十体ほどのゴブリンを相手にしている不利な現状だ。ここに援軍が増えれば勝ち目はない。
「くそっ。さっさとホブを倒すぞ!」
外に出ているゴブリンが戻ってくるまでどれくらいの猶予があるだろう。
ともかくは目の前の敵だと集中しようとした時だった。
「あったぞ、ゴブリンの巣だ!!」
コウメイたちが上がってきたのとは違う場所から冒険者グループが飛び出してきた。剣を手にした五、六人の男達だ。
転がるゴブリンの死体と、満身創痍でゴブリンたちと戦っているコウメイらを見て一瞬足が止まったが、即座に剣を抜いて戦う態勢を固める様子は熟練の討伐冒険者に見える。
男達はヒロたちを囲むゴブリンに向かって走り出した。
「オオォーゥ、ギャォ!」
「なんだっ」
「くそ、新手かよ!」
ゴブリン小屋の背後の森から咆哮と、十五体ばかりのゴブリンが姿をあらわした。後から来た男達はそちらへと向きを変えた。
「もう戻ってきたのかよっ」
コウメイが対峙しているホブゴブリンは右手に棍棒、左手に手斧を持っている。二刀流の魔物なんてズルイだろ、と悪態をつきながら、ヒロを呼んだ。
「こっちを手伝ってくれ」
今相手をしているゴブリンも、新手のゴブリンも、全部あっちの男達に押し付けてしまえ。
コズエとサツキはヒロの援護と防戦に徹しており、ゴブリンが向かってこなければ手を出していない状態だった。
眼前のゴブリンを投げ倒してコズエに預けたヒロは、ホブゴブリン目指して走り出す。
コズエは転がったゴブリンにとどめを刺し、サツキとともに安全地帯を探し避難した。
ホブゴブリンの手斧を長剣で受け止めて流す。
アキラが下から斜めに斬りつけた。脇腹に鮮血が散ったが、硬い筋肉はダメージを受けているように見えない。
コウメイが棍棒を避けて屈み、その手を追って長剣を叩きつける。
「よし、折った」
「あまり痛がってないぞ」
「脚を狙ってくださいっ」
目の前のゴブリンを屠ってコウメイたちの元へ駆け寄ったヒロの声に、コウメイは重心を低く構え脚を払った。
「硬てぇ」
腕よりも足の骨が太くて硬い。折ることも倒すこともできなかったが、ゆらりと身体が揺れた瞬間をヒロは逃さなかった。バランスを崩したホブゴブリンの懐に入って腕を掴み、コウメイが斬りつけた足を払って投げた。
ホブゴブリンが重く、引きつける力が足りなかった。
中途半端な投げになったが、ホブゴブリンの尻を地面に着かせた。
すかさずアキラが顎を蹴りつけ、完全に仰向けになったところにヒロの短刀が一刀を入れた。
だが噴出す血をものともせず、ホブゴブリンは跳ね起きて手斧を振り回す。
「くそ、浅かったか」
「避けろ!」
振り下ろされた手斧が地面をえぐる。
「もうすぐ動きは止まる」
アキラの声に二人は防戦に徹した。
「ウ、ウグゥ……っ」
すぐにホブゴブリンは苦しげに口を開けた。
天を向いて、よだれを垂らしながらパクパクと、溺れているように口を開け閉めしている。
ホブゴブリンの足が完全に止まった。
「うりゃぁっ!!」
コウメイは反動をつけ、長剣とともに身体ごとホブゴブリンに突進した。
ズドン、と重い音をたててホブゴブリンが倒れた。
「よっと、な」
ホブゴブリンの腹に刺さっている剣に足を置いて、体重を乗せて念入りに腹を割いていく。アキラも残った首の動脈部分に刀をあて、ギリギリと切りつけた。
それで終わりだった。
「マイルズのおっさん、こいつを一刀両断にしやがったんだよな……」
自分達は三人がかりでやっと屠ったというのに、赤鉄の副リーダーは片手剣で軽々と切り倒していた。バケモノだろ、と零されたコウメイの呟きにアキラも「まったくだ」と深く頷いていた。
ホブゴブリンを屠ったことで緊張が緩んでいた。
背後の静かさが気になり、後から加わった冒険者集団の戦闘はどうなったのかと、振り返ろうとしたコウメイの肩が押された。
「コウメイっ」
アキラに突き飛ばされよろめいたその耳横を、風切る音が走って抜けた。
トス、トス、と二本の矢がホブゴブリンの死体に刺さり、三本目がアキラの左手を貫いていた。
「アキっ!!」
素早くアキラを背に庇った。
剣を構え、三メートルほど離れた場所でゴブリンの死体を踏みつけている男達と対峙する。
「お兄ちゃん!」
「てめぇら、どういうつもりだ!」
巣の殲滅にあとから加わった男達が、武器を構えてこちらを向いていた。




