共同生活のススメ 9 肉食女子会
最初は普通に「女子会」のタイトルのつもりでしたが、書き上がったら「肉食」が頭につきました。
そんな話です。
6/21 ラスト付近のサツキの台詞、変更しました。
共同生活のススメ 9 肉食女子会
「父さん、今日は二階の小部屋は私が使うからね」
冒険者の宿「銀葉亭」の看板娘レベッカは、冒険者達を送り出した後の食堂を片付けながら父親に向かって宣言した。
「昼過ぎから夕方までは冒険者に貸し出さないでよ」
「何に使うんだ?」
宿泊客のパーティーが他の冒険者に聞かれたくない打ち合わせをしたり、宿外からの来客と面談したりするために用意している小部屋だ。宿屋の娘がその部屋で何をするというのか。
「前に言ってたでしょ。友達とお茶会するのよ」
「お茶、会?」
「父さんの手は煩わせないから、顔出したりしないでよね」
「誰が集まるんだ?」
「肉屋のケイトと、針子のシャロンと、ランプ商会のアリエルと冒険者のコズエとサツキよ」
「なんだ、女ばかりか」
「悪い?」
明るいブラウンのポニーテールが振り返り、青い目がギロリと睨みつける。
「悪いな。女ばかりで集まってないで、早いとこ婿を連れて来い。そろそろ嫁ぎ遅れって言われる歳だぞレベッカ」
「うるさいっ、私はまだ二十歳よ」
「俺は十八歳の母さんと結婚したぞ」
十二歳で成人、十五歳で法律上の婚姻が許可される基準だと、二十歳はそろそろ婚期を逃したといわれる頃合だ。
「私より強くて清潔な男じゃなきゃ嫌なの」
「それなら山ほどいるじゃねぇか」
ギルド登録もしているレベッカはそれなりに経験を積んだ冒険者だが、父親から見れば娘より実力も経験もある冒険者はそこらじゅうにいた。
「宿の常連客にも何人もいるだろうが。エドはお前がすすめた料理を選ぶし」
レベッカにすすめられ食堂の高いメニューばかり注文してくれるお得意様だ。
「ワイリーは高級宿に移ったくせに飯だけはウチに食いに来る」
レベッカに給仕された安い煮込みを食うためだけに。
「セスが寝坊してパーティーリーダーに叱られ続けてんのは、レベッカのモーニングコールを期待してるからだぞ」
父親の把握しているだけでも、レベッカに好意を寄せている強い冒険者はこれだけいる。さっさと選んでしまえと言う父親の言葉を鼻で笑った。
「エドは食事の前に手を洗わないし、ワイリーは煮込みのスープに髭が浸かっても平気だし、セスのシーツはいつも土埃だらけじゃない」
魔獣の血がついている手で平気でパンをちぎり口に運ぶ様子にはぞっとするし、まともに洗顔もしていないような髭の浸かった煮込みを平気で食べる姿には嫌悪しかわかないし、洗い場で手足も洗わずにベッドに上がる男なんて言語道断だ。
「清潔な男じゃなきゃダメよ」
もちろん顔の良い男がいいし好みもあるのだが、それよりも強くて清潔、これだけは譲れない。
宿に集まるむさ苦しい冒険者を見慣れたレベッカには、強さと清潔さを併せ持つ男などこの世にはいないと思っていた。
そう、過去形だ。
「今日は情報収集も兼ねてるんだから、絶対に邪魔しないでよね!」
食堂の片づけを終わらせると、レベッカは小部屋の掃除に向かった。
+++
昼下がり、六の鐘が鳴るとほぼ同時に「銀葉亭」の前に馬車が止まった。
「いらっしゃい、アリエル」
馬車から降りたのは街で三番目に大きな商家の末娘アリエルだ。丁寧に梳られた真っ直ぐな黒髪は彼女の背でサラサラと流れる。
「ごきげんよう、レベッカ。他の方はまだ?」
「アリエルが一番よ。さあ、どうぞ」
侍女から籠を受け取ったアリエルは、八の鐘の頃に迎えに来てくださいと言付けてからレベッカの後を追った。
「新しく入荷した発酵茶を持ってきたの。味見してもらおうと思って」
「わあ、うれしい。でもいいの? 発酵茶って高いんでしょ?」
「だから味見よ。商会で売り出すときに、お客様に説明できるようにみんなの感想を聞きたいって理由で提供してもらったの」
「それじゃあ責任重大ね」
いつもは殺風景な小部屋は、明るい布地を壁に飾り、テーブルにも刺繍で縁取りされたクロスがかけられ、色鮮やかな造花が飾られている。
「まあ、このお花、布でできているの?」
「コズエが作ってくれたのよ。胸に飾れるようになってるんだけど、今日はテーブルに置いてみたの」
「素敵ね。髪飾りにもできないかしら?」
「落としてなくしたら嫌だから、私は胸ポケットに飾ってるわ」
コンコン。扉がノックされ現れたのは針子見習いのシャロンだった。
「いらっしゃい。入り口でお迎えできなくてごめんね」
「こんにちは。今日はお招きありがとう」
今日集まる六人の中で一番年下のシャロンは、はにかみながらの笑顔を見せた。ソバカスまでが笑っているような可愛らしい笑顔だ。
「こっちこそ、テーブルクロスをキレイに仕上げてくれてありがとう」
レベッカは裁縫は得意ではない。せっかくのお茶会なのに、傷のあるテーブルでは台無しだとシャロンに相談し、急遽テーブルクロスを作ってもらったのだ。
二人に席を勧めてレベッカは階下の厨房に下りた。お湯を沸かし、カップとポットを用意する。
「こんにちは~」
「お邪魔します」
コズエとサツキが宿の入り口に現れた。二人はきれいな赤い布の包みを持っている。
「いらっしゃい。もうみんな揃ってるわよ」
「これみんなで食べようと思って作ってきたの」
サツキの差し出した包みを受け取ったレベッカの笑顔がはじけた。
「サツキのお菓子をみんな楽しみにしてたのよ!」
「スプーンとお皿を借りられるかしら?」
「もちろんよ。後で持っていくわ」
「そのポットとカップも持っていくんでしょ。私達も運ぶよ」
今日のお茶会は作法のある「お茶会」ではない。女だけで集まってお菓子を食べ茶を飲みながら会話を楽しむ「女子会」だ。
コズエとサツキも手伝って食器やカトラリーを運び二階の小部屋に集まった。
+++
「それでは、女子会をはじめます」
レベッカはアリエルの持参した発酵茶のカップを掲げた。
「お茶に輝きがあるわ」
「香りは少し控えめなのかしら」
「渋みがなくて、口当たりがいいのね」
庶民の口には滅多に入らない発酵茶だ。一杯分の茶葉の値段はいくらなのだろう、なんて下世話なことを考えつつも、全員がその味と香りを堪能した。
「サツキのお菓子も美味しいわよ」
「パンとドライフルーツが入ってるのね。これは何というお菓子なの?」
皿に取り分けられたのはパンプディングだ。
菓子と言えばフルーツと砂糖を煮込んだジャムのような物が中心で、それを薄くスライスしたパンにつけたり、牛乳の脂肪を固めて作ったものにかけて食べるのだ。レベッカらはサツキの持参したような焼き菓子を見るのも食べるのも初めてだった。
「ほんのりと甘くて美味しいっ」
「サツキは珍しいお菓子をたくさん知ってるのね。レシピ教えてもらえる?」
「喜んでもらえて嬉しいわ。やっとオーブンに慣れてきて、みんなに食べてもらえる出来の物が作れるようになったの」
コズエ以外の四人は板紙を取り出し、サツキから聞き出したレシピを書き取っている。材料はありきたりで手順も難しくはない。さっそく自宅で作ってみようと四人は心に決めた。
「私はこの布の花の作り方を教えて欲しいの。これコズエさんでしょ?」
テーブルに飾られていた赤い花を手にとったシャロンの目が輝いている。仕事柄様々な縫い物をするが、布を立体的に細工する手法を見るのは初めてだ。
「端切れで作れるし、簡単だよ」
手振りを加えながら作り方を説明していたコズエは、花びらの作り方のところでシャロンにペンを渡されて板紙に図解を描きはじめた。
「手の込んだものじゃないから普段使いに丁度いいでしょ」
「花びらの色を変えてみたりしても良さそうね」
「こうやって重ねても面白いよ」
「まあ、花びらの数が増えると豪華になるわね。帰ったら自分で作ってみるわ」
針子見習いのシャロンの家には、練習用の端切れが山ほどある。どの布を使おうか、どんな色にしようかと楽しそうだ。
「アリエルのお家は輸入品も取り扱っているのよね。珍しい調味料なんかもあるの?」
カップを置いたサツキが、正面のアリエルに尋ねた。
「ええ、そんなに種類は多くないけど。どんな物が欲しいの?」
「液体の調味料なの。色は濃い茶色か黒で、塩味って言うのかしら?」
「黒い液体の調味料ね。トロミはあるの?」
「どちらかと言えば水のように流れるくらいにサラサラだと思うわ」
「名前は?」
「私達は醤油って呼んでいるけど」
「しょうゆ……」
アリエルの記憶している実家の取り扱い商品に、サツキのいうような調味料は見た覚えがない。
「ごめんなさい、思い当たるものはなさそうよ。その調味料はサツキのお菓子作りに使うの?」
「コウメイさんが探しているの。今日アリエルに会うって言ったら聞いておいて欲しいって頼まれて」
ケイトが納得したように頷いた。
「コウメイって料理上手だもんね。ウチで販売するようになったソーセージを最初に作ったのもコウメイだよ」
ソーセージは屋台商人に良く売れていた。調理の手間がほとんどなく、生肉よりも管理がしやすく屋台の簡易焜炉で扱うにはとても便利だからだ。他の肉料理のように冷めても不味くならないので、冒険者達が昼食用に買い求めるので屋台でも売れ筋だ。
「作る手間が大変なんだけど、クズ肉も利用できるようになったから助かってるのよ」
「ねえ、コウメイって強いの?」
ほんの数日だがコウメイは銀葉亭に泊まっていた。すぐに貸家に移ってしまったので彼の武勇に関してレベッカは直接見聞きしたことがない。
「コウメイは強いわよ」
同じパーティーのコズエたちではなく、ケイトがニヤリと笑って断言した。
「この前、依頼討伐で狩りに出てもらったときは凄かったわよ。向かってくる暴牛をくるっとかわして、そのままスパッと首を落としちゃったもの」
「暴牛って、あの暴牛よね?」
「でっかい角の、あの暴牛?」
「そうだよ。あんまり簡単に屠っちゃったから、最初は目を疑ったわ」
そのときの様子を身振りを交えて語るケイトの瞳がキラキラと輝いていた。
「コウメイって見た目は細いでしょ。でも筋肉は固くて締まってるし、着やせしてるから肩とか腕のたくましさに気づけないのよね~」
裸体を直に見て確かめたとしか思えない言いようにコズエとサツキが目を剥いた。
「ちょっとケイト、あんたまさか、コウメイを食った?」
いつの間に、さすが肉屋、跡継ぎ娘も肉食か、とレベッカが嫌味を放つ。
「酷い言いようねレベッカ。暴牛を運ぶときに偶然を装って触っただけよ」
それはセクハラでは。
「因みにアキラの筋肉は細くて柔らかかったわ。ヒロの胸板は厚くてがっしりしてて、うっとりしちゃうくらいよ」
「いつの間に……」
暴牛狩りの場にはコズエやサツキも居たのだが、ケイトが男達にセクハラ行為を働いていたなど気づきもしなかった。当人たちは気づいているのだろうか。帰って確かめようにも、話題に出しづらい。どうしたものかと二人は唸った。
「ねえ、コズエたちって狩猟冒険者よね?」
冒険者ギルドに登録している者のうち、魔物の討伐を中心に生計を立てているのが討伐冒険者で、食用の魔獣を狩って生活しているのが狩猟冒険者だ。討伐冒険者は魔物を求めて街や狩場を移動するが、狩猟冒険者はひとつの街を拠点にしている。
ナモルタタルで冒険者登録をしたコズエたちは、五ヵ月以上もこの街に滞在していたし、宿屋を出て一軒家に長期滞在している。このままの流れだと貸家から持ち家に引っ越して定住になるだろうと誰もが思っていた。
「どう、なんだろう?」
「分からないわね」
コズエとサツキは困ったように顔を見合わせ首を傾げている。
「だってあなた達いつも魔猪ばかり狩ってたじゃない」
「それは自分たちの食糧確保のためだったし」
「最近は魔物の討伐もしているわ。この前はゴブリンを討伐したし」
「えー、定住しようよ~」
レベッカがコズエにすがりついた。
「コウメイみたいな強くて清潔な冒険者って貴重なのよ、分かる? 汚れたままベッドに寝たり、洗ってない汚い手でパンを手づかみしたり、何日も着たきりの臭いそうな服で食堂をうろうろしない冒険者なんて、何処を探してもコズエたちのパーティーくらいしか見当たらないの!」
うわぁ、と全員が嫌そうに顔をしかめた。
「あんなのから婿なんて選びたくないのっ!!」
テーブルに両手を突いてレベッカは叫んだ。おそらく階下にいる父親にも聞こえているに違いない。
「婿なら冒険者を選ばなくてもいいんじゃない?」
「うちは冒険者を対象にした宿だよ。荒くればかり集まってくるのに、ひ弱な宿屋の亭主なんて客が暴れたときに止めに入れないじゃない」
冒険者を制するのは冒険者だ。そこは諦めるし、納得しているレベッカだ。
「でもあんな汚いのから選びたくない。洗い場は無料開放してるんだから手足くらいは洗え! 髭も剃れ! 宿に戻ってくる前に外で衣服の汚れくらい叩き落して来いっ!!」
レベッカの心からの叫びだった。
「そうねぇ、流石に汚いのは嫌よね」
「その点、コウメイは冒険者なのに身奇麗だし」
「狩りで血脂に汚れてても、翌日にはキレイな服着て汚れも落としてるし」
「無精髭伸びてるところなんて見たこと無いわ」
「「「「見習って欲しいわよね~」」」」
コズエたちのパーティーは冒険者のなかでも群を抜いて清潔だというのはギルドでも街でも有名だ。
「アキラさんも清潔だし美形だけど、ケイトとレベッカはコウメイさんなんだ?」
「ヒロさんもいますけど」
「あー、アキラはウサギ獣人だからね」
ないないとケイトが首を振る。
「ヒロも悪くはないけど、三つ下はちょっとね」
コウメイとは二歳差。大して変わらないように思うがレベッカにはその一歳が重要なのだろう。
「あの先週から着ているおそろいの上着、あれはコズエさんが作ったの?」
針子のシャロンは特徴的な服が気になっていた。
「あ、うん。冬用の狩猟着が欲しくて。どうせならお揃いにしてみようかなって頑張った」
「素敵ですよね、統一されたデザインなのに、少しずつ違っていて、皆さん似合ってました。私もあんな素敵な服を作れるようになりたいわ。今度近くで見せてもらえませんか?」
「縫い目とか粗くて恥ずかしいよ。シャロンの丁寧な仕事に比べたら、私のは手抜きもしてるし、自己流の部分も多くてとても見せられないよ」
「アキラさんの上着はコートみたいに膝丈まで裾が長くて。足さばきがとても美しく見えましたわ」
思い出してうっとりと頬を染めるアリエル。
「コウメイとヒロの上着も素敵だったわよ。あの腰丈って凄く絶妙だったわ」
ケイトは身振りで、このあたりなのよ、と自分の腰を指で示した。
「コズエとサツキのは腿くらいの長さよね。それとゆったり気味だわ」
「アキラさんとヒロさんの服は細身に作ってあるのね」
引き締まった腰のラインに見とれたとアリエルが溜息をつき、レベッカは背中と肩が色っぽかったと盛り上がっている。
「コウメイさんの上着は少し余裕があるけど、コズエたちの程はゆとりがない感じで」
「よく見てるわね……」
四人の食いつきっぷりに少しばかり引いているコズエだ。好評なのは嬉しいが、思っていたのと方向がずれた感想が多くて驚きだ。
「だって似合ってるもの」
「目立ってたしね」
「眼福よ!」
「どうして全員違う形にしたの?」
「似合うから。それと本人の希望を聞いてああなった、かな」
コズエは服を作る前に着る側の希望を聞いて取り入れたのだと言った。
「コウメイさんは締め付けないのがよくて、内側にポケットがたくさん欲しいってリクエストだったの」
「アキラさんは?」
「身体にフィットした動きやすい物がいいって。メインの武器が自動弓だから、あまり走り回ることもないと思ったから、裾の長さは私の趣味を優先してデザインしたの」
「じゃあヒロさんのデザインはどんな希望が活かされているの?」
「ヒロくんは体術を使って戦うから、身体にぴったりしたもので、特に肩のあたりの自由度が高いのがいいって。あと足回りに邪魔な物がないほうが良いって言うから」
「じゃあコズエやサツキのは?」
「私たちのは胸当てとかの防具を内側に着込めるものが良かったの」
「暖かくしたかったから丈も長めにしてね」
実は内側に取り外しできる中綿入りのインナーがつけてあった。防寒を重視したため、自然とゆったりしたものになったのだ。
「何だか、服よりも着てる中身の方に興味あるみたいだね」
一応服も褒めてもらっているのだが、彼女達の熱意は着ている人物の方にあるようで不思議だとコズエがこぼすと、ゴブリンを見るような視線が一斉に向けられた。
「ねぇ、コズエにサツキ。前々から聞きたいと思ってたんだけど、あなた達あの三人の誰かとお付き合いしてるの?」
「は?」
「ええっ?」
ガチャン、とカップを取り落としたコズエ。スプーンを皿にぶつけたサツキ。
「この様子じゃ、誰かと出来上がってるってことはなさそうだね」
「じゃあ私がコウメイに申し込んでいいよね」
「も、申し込むって、何を?」
「婿入り」
「むむむむむ、婿?」
過程をすっ飛ばし、まさかの最終ゴールが初っ端に来た。
声が震えるコズエの動揺を放置して、ケイトとレベッカが激しく睨みあった。
「ちょっとレベッカ、コウメイに申し込むのは私が先だからねっ」
「肉屋の婿は冒険者である必要ないでしょ。どっかの次男坊はどうしたのよ」
「レベッカの言ってる肉屋の次男坊が私の知ってるヤツだとしたら、あいつ、婿入り先が決まったらしいわ」
「あんたんトコでしょ」
「……ウチじゃない」
「嘘でしょ!?」
レベッカにアリエル、シャロンまでが「まさか」という驚愕の顔でケイトを見ていた。
「だって、肉屋同士で話ついてたんじゃないの?」
「余所に婿入りするなら、とっくに修行に入ってるはずでしょう?」
コズエとサツキにはピンとこなかったのだが、商家や商店の婿入りは家同士の契約でもあり、成人と同時に婿入り先に修行に入るのが普通だった。肉屋次男が成人後も実家の家業を手伝っていたのは、跡取り長男の健康問題で婿入りが延び延びになっていただけだという認識がレベッカたちにはあった。
「……私も十九歳だし、キースも二十一になるからね、そろそろこっちに来てもらわないとって焦るじゃない。だから聞いてみたのよ、婿入り先は決まってるのよねって」
俯いたケイトの表情は前髪に隠れて見えなかった。
「そしたら、もう決まってるって言うのよ」
「ケイトのところでしょ」
「ウチだって言わなかったもの。あっちの家からも正式な話は来ないし。だからウチじゃないところに婿入り決まったんだなぁって」
「ケイト……」
きりっと顔をあげたケイトは、うっすらと浮かんだ涙を必死に堪えているように見えた。同じ家業同士の取り決めとはいえ、子供の頃からの幼馴染だ、好意はあった。同じ肉屋同士の結びつき以上に仲良くやっていけると思っていた。だがそれは自分だけの思い込みだったのだと、思い知らされたとケイトが悲しげに笑う。
「だから私は新しい婿を見つけなきゃいけないの。コウメイが婿に来てくれたら、暴牛をいつでも仕入れられるし、新しい肉料理も手に入れられて店も大繁盛間違いなしだわ!」
「幼馴染の強みで新しい婿入り先から奪っちゃえばいいじゃない」
「争ってる余裕ないのよ、私は一人娘だから早く婿を決めないと。奪い返すより新しいの捕まえるほうが早いもの」
「だからってコウメイはやめてよ、私が狙ってるんだからね」
「先に知り合ったのは私よ。狩猟冒険者と肉屋、ぴったりじゃない」
「冒険者だからこそ宿屋の娘でしょっ」
「どちらにしても、いきなりプロポーズなんて、はしたないと思われましてよ?」
アリエルの鋭い一言に二人の争いが止まった。冒険者として男勝りに狩りもする女傑らにも、好意を向けている相手に悪く思われたくない乙女心は残っている。
「まずは交際のお申し込みからはじめなさいな」
まっとうなアドバイスを受けたレベッカとケイトは、情報収集だとコズエとサツキに詰め寄った。
「コウメイの好みのタイプを教えてコズエ」
「市場で買い物してるときにコウメイが声をかける女の傾向とか」
「脚派なの? 胸派? それとも尻派?」
「花街でどんな娘と遊んでるのかとか、知らない?」
肉食過ぎる追及にコズエは息を呑み、サツキは身を引いた。矢継ぎ早の質問に答えを返せるほど二人はコウメイを知らないし、聞きたくても恥ずかしくて聞けない内容ばかりだ。
「まったく、あなた達ときたら……」
「自分に正直なのは良いことだと思います」
「正直すぎるわよ」
女しかいない場所では遠慮などあったものではない。
ほらほら落ち着きなさいな、とアリエルが新しい茶を煎れ直した。
「コウメイさんってモテるんですね」
「知らなかった」
二人がそうこぼすと、何を今さらと四人は呆れ顔になった。
「コウメイだけじゃなくて、ヒロも結構人気あるわよ?」
「街中で暴漢を体術であっという間にやっつけてしまった姿、かっこよかったです!」
シャロンの瞳が潤み、頬が赤く染まっている。
「シャロンはヒロに憧れてるんだよね?」
「私は冒険者じゃないし、なかなか姿を見る機会もないけど。時々コズエさんと一緒に布屋さんに来てて、私はそのとき会えるだけで十分です」
声をかけるのも恥ずかしく、ひっそりと見つめて溜息をついている片思いの奥ゆかしさ、これを肉食二人に見習って欲しいものだ。
「見てるだけじゃ押し倒せないわよ?」
「スカートの裾踏んで転んだフリして抱きついちゃえばいいのよ。それをきっかけにして約束取り付ければいいじゃない」
行動なくして成就なしよ、と肉食二人がシャロンをけしかける。
「アリエルはアキラさんが好きなの?」
彼女の発言はアキラがらみが多かったことを思い出してコズエが聞いた。
「そうねぇ、恋愛感情ではなくて、観賞用の好意かしら」
「観賞、用……?」
「だってアキラさんはウサギ獣人でしょう、結婚を考える相手にはならないわ。でもあれだけ見た目がよくて美しいんですもの、ずっと眺めていたいって思うのよ」
アリエルはアリエルで極論を突っ走っていた。
「ねえサツキ、本当にアキラと兄妹なの? あなたは人族でしょ」
「はい、間違いなく兄です」
サツキは少し考えながら兄と自分の「設定上」の違いを説明した。
「曽祖父がウサギ獣人のハーフで、私達の祖父母も両親も人族なのに、お兄ちゃんにだけ祖先の血が濃く出てしまったらしいです」
「まあ、それは運が悪かったわね」
「運が悪いの?」
祖先の血が濃く出ることが不幸だと言う意味がわからなかった二人は首を傾げた。
「獣人は人族の倍以上の寿命があるのは知ってるでしょ」
知らなかった、と二人の表情に出ていた。
「まあ。冒険者なんだし、知ってると思ってたわ。もしかして、アキラさんに配慮してあえて教えなかったのかもしれないわね」
アリエルが困ったわと頬に手をやって溜息をついた。
「人族の寿命はだいたい七十年くらいだけど、獣人族は二百年近く生きるらしいわよ」
「獣人の血が濃く出たということは、おそらくアキラも私達人族よりずっと長く生きると思うわ。純血の獣人よりは短いでしょうけど、百二十年くらいは確実に」
冒険者でもあるレベッカとケイトは当然知っていたし、実家の取引先に獣人族とかかわりのある商家もいるため、アリエルも必要な情報は把握している。
「結婚相手として考えられないというのはそれが理由なの。私が老いてもだんな様は若々しいままの姿なんて辛いもの」
「だからコズエも好きになるなら、アキラはやめた方がいいわ」
「できればヒロさんは避けてもらえると嬉しいです」
「コウメイはダメよ。私が婿にするんだから」
「コウメイは私の婿なの、一緒に暴牛を狩るんだからね」
「まずは好意を持ってもらうところから始めなさいな……」
頭痛がするわと眉間をもんでアリエルが溜息をついた。
+++
一杯分の茶葉が百ダル以上もする高級茶と、サツキ手作りのパンプディングのお茶会は、八の鐘を聞くのと同時に終了した。
アリエルは迎えの馬車に乗って去り、シャロンはまた布屋で会いましょうねと期待のこもった笑みで帰っていった。ケイトとレベッカはサツキとコズエに次の約束までの宿題を一方的に課した。
「コウメイのタイプ、調べておいてね!」
「ははは……」
コズエもサツキも、力なく笑うことしかできなかった。
「コウメイさんって、モテるんだね」
「日本でもお付き合いしてる人が途切れたことなかったって、お兄ちゃんが言ってた」
彼女と別れても、一週間後には新しい彼女ができていたらしい。
「アキラさんの方がイケメンだし、モテると思ったんだけど」
「寿命が理由で対象外というのはびっくりでした」
妹としては兄がモテると嬉しい半面、複雑な気持ちにもなる。だから対象外といわれれば、少し安心してしまうのは妹のワガママだという自覚がサツキにはあった。
「……シャロン、本気かなぁ?」
「ヒロさん、カッコイイですからね……」
ぽそりと零れた声を聞いて、互いに横目で親友をうかがった。
「……ははっ」
「……ふふ」
視線が合って、微笑み合う。
銀葉亭を去り、貸家に戻る二人の足取りは重かった。
おっぱいを嫌いな男は存在しない。
その上で、同じおっぱいが三つ並んでいるときにどれを選ぶかの選択基準として、コウメイは脚派、ヒロは尻派、アキラは鎖骨派。




