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新しい人生のはじめ方~無特典で異世界転移させられました~  作者: HAL
第2部 冒険者生活の楽しみ方

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共同生活のススメ 8 冬支度

作中は冬です。

共同生活のススメ 8 冬支度


「寒くなったね」


 晴れているので平原にいれば寒いと感じることはないが、森に入り太陽が遮られると途端に肌寒く感じはじめるようになってきた。


「そろそろ暖かい上着を作らなくちゃいけないかな」


 薪を拾いながら新しい服のデザインを考えていたコズエの声は弾んでいる。


「マントを冬用の厚いものに買い換えればいいだけだろ」

「ギルドに冒険者用の保温性に優れた奴が売っていた」


 ギルドの二階には冒険者向けの定番アイテムを販売する売り場がある。錬金製の回復薬や治療薬、背負い袋に解体用のナイフや武器を下げる専用のベルト、折りたたみのテントに火おこし道具といった実用的な商品の他に、丈夫で破れにくい衣服やマントなどが販売されている。街の古着屋でも防寒具は買えるが、冬の森で一日活動する冒険者の防寒具としては少し薄い。


「ギルドのマントは暖かいけど、かわいくないでしょ!」


 実用第一で着飾るということを全く意識しないコウメイとアキラの返事にコズエは本気で腹を立てているようだ。


「二人とも素材がいいんだから、ちょっとオシャレすれば凄く見栄えも良くなるのに。なんで地味で目立たない格好ばかりするのかなぁ」


 コズエが用意したロングベストも、こだわったシャツも、全部くすんだ色のマントで覆い隠してしまっている。


「目立ちたくないのは分かるけど、せめて部屋着くらいはオシャレしたっていいのに!」


 家の中にいるのに見栄えを気にしてどうするのだと言いかけたアキラの脇腹に、コウメイは肘を入れて物理で止めた。


「五人分の防寒具を一から作るのはコズエちゃんが大変でしょ。ギルドで買ったのに刺繍とか、そういうのでアレンジすればきっと可愛くなるわよ?」

「刺繍は当然するつもりだけどさ、マントの色がね~。暗くて地味で、味気ないんだもの」

「獲物に気づかれないように、迷彩効果を考えてあの色なんだろうと思うから、そこは我慢してくれよ」


 サツキに宥められ、ヒロに現実をやんわりと示されて渋々納得したコズエだ。せっかくファンタジーなのに、オシャレと実用が一致しないなんてつまらない、とブツブツ言っている。

 そんな会話をしながら集める薪は既に箱台車に山積みになっている。暖炉に火を入れるようになってから薪の消費が増えた。素材を狙った狩りに重きを置くようになってからは、魔猪よりも銀狼を狙って狩っていた。


「これだけ薪があれば、お風呂のお湯もたっぷり沸かせるわね」


 寒くなってからは湯船のありがたさが身に染みる。


「肉を預けられるようになったのが良かったよな」


 暴牛を週に一頭狩るようになってからの五人の狩猟は少し変化した。現金収入が増えたのと、暴牛を卸す肉屋と交渉して、大型冷蔵庫に肉を預けて保管してもらうようになったのだ。必要なときに必要な量を受け取れるようになると、食糧確保のための狩猟の頻度が減った。増えたのは皮や牙といった素材を目的とした狩猟と、魔物討伐だ。


 この日の狩りで既に銀狼を二頭と角ウサギ三羽をしとめている。薪も大量に集まったことだし、少し早いが街に戻ろうとしていた。

 銀狼の皮と牙はヒロが、角ウサギはコズエとサツキが分担して背負っている。先行していたコウメイが木の影に身を隠すのを見たアキラが足を止めた。


「……止まれ」


 アキラが三人を制止し、コウメイの様子をうかがっている。三人は武器に手をかけながら、警戒の体勢をとった。


「ゴブリンだ」


 ハリハルタで散々屠った魔物がこの先にもいる、と戻ってきたコウメイが言った。

 ナモルタタル周辺には魔物の数は少ないといわれているが、ゼロではない。多いのは虫系の魔物だが、冬場は虫系魔物の発生は激減する。そのかわりに増えるのが、人型の魔物だ。


「見たところ一体だけのようだ」

「一体か、なら巣から離れた偵察だな」


 増援のくる可能性は低いとコウメイに確認したアキラが三人を振り返った。


「ヒロたちは人型の魔物は経験なかったな?」

「はい。虫はありますけど」


 どうするつもりだろうとヒロは二人を見た。森での狩りや討伐はコウメイとアキラが中心だ。二人が回避するといえばこのままルートを変えて森を出ることになるのだろう。だがヒロは戦ってみたいと思っていた。ひとつ年上の二人に何もかも任せてしまっている現状に、自分の不甲斐なさに情けなくなるからだ。


「ゴブリンと戦いたいです」


 そう言ったヒロに二人の鋭い目が向いた。しばし見つめ、意志が変わらないとわかると、コウメイはアキラと頷きあった。


「そうか……じゃあ練習がてら、三人でやってみようか」

「え、私たちもですか?」

「これから先の事を考えても、今のうちに試しておく必要はあるだろう?」


 三人でとコウメイに言われ、コズエやサツキの武器を持つ手に力が入った。


「ゴブリンは暴牛ほど力は強くないが、皮膚は硬いし、武器を使う、愚鈍だが思考する魔物だ。魔獣相手とは勝手が違うから油断はするなよ」

「魔獣のときほど殺傷箇所を気にする必要はないのが救いだぜ。ゴブリンはギルドへ提出する証明部位だけ残ってればいいんだ、確実に息の根を止めれれば、何処を狙ってもいい」


 コウメイのアドバイスを聞き、三人は簡単に作戦を決めた。サツキが射るのと同時にヒロとコズエでゴブリンを挟み攻撃する。ゴブリンがどういう動きをするのか分からないので、急所を狙っての短期決戦を決めた。

 コウメイがゴブリンの姿を確認できた地点まで進むが、移動したのか姿は見えなかった。アキラの耳が聞き取った物音で方向を決め、慎重に進んでいくと先ほどのゴブリンを発見した。うまい具合にゴブリンの背後につけている。


 ごくりと、固唾を呑んだのは誰だろうか。


「……いくぞ」


 ヒロが合図を出した。

 身体で最も大きな胴を狙い、サツキが矢を射る。

 矢が放たれるのと同時にヒロとコズエが飛び出した。


「ゲボッ」


 脇腹に刺さった矢をゴブリンは振り向きざまに抜き捨てた。痛みを感じていないのか、激しく棍棒を振り回し向かってくる。


「やあっ」


 コズエの突き出した槍は棍棒で叩き返された。

 攻撃をかわされたヒロの鼻先を、鋭い爪がかすっていった。

 魔獣とは勝手が違うと、ヒロは焦りを感じていた。

 頭を狙う上段からの一撃も、足を狙った低い攻撃も、ゴブリンはヒロの動きを見て避けるのだ。

 大きく横に振り払った剣。ヒロの左に生じた隙へ、棍棒が叩きつけられようとしていた。


「ヒロくんっ」


 コズエの突いた槍がゴブリンの腕を傷をつけ、その手から棍棒が落ちた。


「っ!!」


 ヒロは剣を投げ捨てる。

 裂傷のあるゴブリンの腕を掴み、懐に入り込んで腰をひねりゴブリンの足を蹴り払った。

 背中から地面に投げ落とされたゴブリンが起きあがる前に、ヒロは腰のナイフを抜きその胸に突き刺した。


「ヒロさん!」


 サツキの声を聞き、ヒロはすぐに立ち上がってゴブリンから離れた。

 矢を番え、いつでも射れるように構えたサツキがすぐ横に立っていた。


「大丈夫? 怪我はない?」


 コズエも槍をゴブリンに向けたまま近寄ってくる。

 胸を刺されたゴブリンは絶命していた。


「なんとか、倒せた……」


 乱れていた息を整える。剣に振り回されていたな、と呟いてヒロは汗を拭いた。

 コウメイはゴブリンの死体からナイフを抜き、そのまま両耳を削ぎ切り魔石を回収した。血を拭い、ナイフをヒロに返しながら尋ねた。


「お疲れ。ゴブリン相手はどうだった?」

「魔獣とは勝手が違ってて、人間を相手にしているような感覚でした」


 ヒロは先ほどの戦闘を思い出しながら、何かを掴み取るように手の平を何度も握りなおした。


「攻撃は避けられるし、魔法を使う余裕も無かったです」

「剣を捨てた後のアレ、柔道の技だったよな?」

「はい……とっさに身体が動いてました」


 魔獣にはほとんど役に立たなかった柔道の経験が、ゴブリン相手ではしっくりとはまった。


「ヒロは大丈夫そうだな」

「何がですか?」


 何でもねぇよと笑ったコウメイは、剣に慣れる必要があるなと呟いた。


「もしくは、ヒロは人型の魔物を相手にするときは武器を変えたほうがいいかもしれない」

「……そうですね、剣に振り回された感じで、思うように動けなかったし。敵を掴めたらどの体勢からでも投げられると思うので」


 ゴブリンとの自分なりの戦い方を掴めた気がして、ヒロはぐっと拳を握り締めた。


「懐に入っていくならサブの武器で短刀あたりを見繕ったほうがいいんでしょうか。軽くて切れ味のいい物を探してみます」

「その戦い方だと、一対一は強いが、乱戦だと危険だぜ」

「柔道の試合みたいに、揉み合うつもりはありません。掴んだら即座に投げるか……そういえば、絞め技は効くんでしょうか?」

「それは次回に試せばいいんじゃないか? 誰かが援護に入るように練習しとくか」


 とりあえずゴブリンの死体から離れることにして、五人はアキラの先導で箱台車の場所まで戻った。


 街に向かう帰路。

 初めて人型の魔物と戦ったコズエとサツキの顔色はあまり良くない。アキラは寄り添うようにして歩いている妹に静かに尋ねた。


「サツキはゴブリンと戦ってみてどうだった?」


 ビクッと身体が跳ねたサツキは、兄の問いかけに少し考えてポツリポツリと答えた。


「背中に矢を射るときは何とも思わなかったのに、ゴブリンは岩みたいな皮膚で、魔物なのは分かってたけど……振り返ったときの顔が、魔物の顔なのに、目と鼻と口があって……人間じゃないのに、人間みたいに見えて、怖かった」


 ヒロの動きを警戒し、攻撃を避け、隙を狙って棍棒を振るう行動が、人間に見えてしまった、とサツキが目を伏せた。

 アキラは妹の頭を宥めるように優しく撫でた。


「私も、躊躇っちゃった」


 コズエは箱台車を押す腕に力を込め、沈んだ気持ちを引き上げるように明るめの声を作った。


「刺さった矢を抜いたとき、ゴブリンが痛みを堪えてるみたいな顔したんだよね。それで、あれってなって、攻撃が軽くなっちゃった」

「棍棒に振り払われた時のか?」

「そう……暴牛に向かっていくときみたいな、えいっていうのが無くて、簡単に跳ね返されちゃった」


 あそこでゴブリンにダメージを与えられていたら、その後の戦い方も変わったかもしれないとコズエは思っていた。


「それでヒロくんが危なくなって、吹っ切れたけど」


 人型の魔物に対する躊躇いとか、恐れとか、そんなものは仲間のピンチで吹っ飛んだとコズエは笑った。


 ゴブリンとの初戦闘は予想していたよりも三人の心に影響を及ぼしているようだ、とコウメイとアキラは視線を交わした。


「俺らは問答無用だったもんなぁ」

「死にたくなかったら躊躇いなく反撃するしかなかった。考えずに済んだのは楽だったけどな」 


 どちらが健全なのかは分からないが、冒険者生活を続けるならいつかは経験することだ。今日ゴブリンに遭遇しなくても、近いうちに同じことは起きていただろう。


「パニックにならなかったし、この程度で済んで良かったんじゃねぇか? ここで躓いたら、一生狩猟冒険者だ」


 それが悪いとは言わない。

 だが図太く生き残るためにも、先に進めるだけの力は必要だと二人は思っていた。


   +++


 雨音で目が覚めた。


「今日は無理だな」


 窓にぶつかる大粒の雨を見てコウメイはゆっくりと起き上がった。毛布から出ると寒さに肌が波立つ。手早く服を着て寝室を出た。

 顔を洗い、台所でかまどに火をいれて湯を沸かし始めた。冷蔵庫として使っている寸胴鍋の蓋を開け中身を確認する。


「卵はあと三つか。この雨じゃ市場も立ってないだろうし、全部使っちまおう」


 ハギ粉と水で練って手早く生地を作った。貯蔵室からキャベツもどきの野菜を選び、みじん切りにしてゆく。寸胴冷蔵庫から昨夜のうちにアキラに作らせていたひき肉を取り出し、混ぜて練り下味をつける。


「角ウサギのガラスープは朝飯で終わるか」


 本来の役目を果たしている寸胴鍋の方の中身は残り少なくなっていた。暖炉で使えるサイズの鍋にスープを移し変える。念のため味見をしてみると、煮詰まって濃くなっていたので湯を足して調整し、白と朱の二種類の根野菜を千切りにして入れる。

 寝かせてあった生地を小さく千切って伸ばしていると、階段を下りてくる足音が聞こえた。


「おはようございます。雨なのに早いですね」

「おはよう。サツキちゃんこそゆっくり寝てればいいのに」


 冬が近づいてくると雨の日が増えてきた。小雨程度なら狩りに出るのだが、これだけの雨量の日は臨時の休養日に変更だ。


「雨の日は朝食の時に全員でお休みだって確認することになってますから」


 週に一日の休養日の他に、雨の降った日は朝食の席で全員揃ってその日をどうするか確認しあうと決めていた。今日のような激しい雨なら確認するまでもなく臨時休養日に決まっているが、みな律儀にいつもの時間に起きてくる。


「お手伝いします。これは、餃子ですか?」

「そう。寒くなってきたし、温かいものがいいかなと思ってね。俺が皮を作るから、サツキちゃんはタネを包んでくれる?」


 コウメイが伸ばした皮にサツキがタネを包む流れ作業が淡々と進んでいく。


「水餃子ですか?」

「そう。スープ餃子にしようと思って」

「私達は十分だけど、コウメイさんやヒロさんは、これだけだと物足りないんじゃないですか?」

「そうかな? 餃子の数が多けりゃ俺は大丈夫だけど、ヒロはもっとがっつり食いたいかもなぁ」


 すぐに作れそうなものは何があるかと考え、角ウサギの蒸し肉があったことを思い出したコウメイは、餃子をサツキに任せ、食料庫から赤い根菜とキャベツもどきを取り出した。どちらの野菜も生食できるものだ。千切りにして軽く混ぜ、皿に敷いてから蒸し肉を手でほぐしてその上に置く。森で採取した胡桃をすり潰し植物油でのばして味付けした胡麻ダレ風のソースをかけて一品完成だ。


「コウメイさん、おはようございますっ」


 コズエが台所に顔を出した。コウメイを手伝っているサツキを見てぷうっと頬を膨らませる。


「起きるなら私も起こしてよサツキ」

「今日は臨時のお休みになると思ったから、ゆっくり寝ていてもよかったのに。昨日も遅くまで作業してたんでしょ?」

「それはそれ、コレはコレでしょ」


 コズエは冬物の衣類や布団カバーなどを作っている。凝らなくてもいいと皆で言っているのだが、楽しんでいるのだからとコズエは毎晩遅くまで作業をしているらしかった。


「コズエちゃん、暖炉に火を起こしてきてくれるか? そんでスープ鍋を暖炉で温めてくれ」

「わかりました」


 コズエはかまどの近くに積み上げられている薪から数本を抱えてリビングへ向かった。


「餃子、包み終わりました」

「それじゃこっちの鍋で茹でてくれるか?」


 鍋の湯はぐらぐらと沸騰している。


「全部茹でて、ザルにあげておいてくれ。俺はアキを起こしに行ってくる」


 そう言って台所を出て行ったコウメイと入れ違いにヒロが顔を出した。


「おはよう。手伝えることはあるか?」

「おはようございます。ええと、器とカトラリーを運んでもらえますか? それとコズエちゃんが暖炉で作業してるので手伝ってあげてください」


 沸騰した湯の中に餃子を投入し、湯で加減を確認してザルにあげてゆく。餃子の数は五十個ほどはあるだろう。


「こっちに移したらいいんじゃないか?」


 台所に戻ってきたヒロが茹で上がった餃子を大皿に移し変え始めた。


「コズエちゃんの方はいいの?」

「暖炉はちゃんと火が入っていたし、コズエはスープ鍋をかき混ぜるのに忙しそうだった」


 器とカトラリーを並べ終わったら俺の仕事は終わった、とヒロはサツキの手から網杓子を取り上げた。


「浮き上がってきたらすくえばいいんだな?」

「あ、はい」

「飲み水がなかったから、そっちを頼む」


 五人の食事での飲料はサツキの作るミント水だ。


「そろそろミント水も辛くなってきましたよね?」


 美味しい水になれ、と魔力をこめて作るミント水は程よく冷えた物が出来上がる。夏場や屋外で喉を潤すには冷たいほうが美味しいが、これだけ寒くなってくるとそろそろ辛いのではないかとサツキは心配そうだ。


「がぶ飲みするものじゃないし、いいんじゃないか?」

「でも温かいお茶とか、欲しくないですか?」

「欲しいけど、茶葉は高いんだろ?」

「ティーパック一個分の茶葉が、百ダルくらいでした」


 カップ一杯一万円の高級茶を食事のたびに飲むわけにもゆかない。


「お兄ちゃんも森には茶の葉っぽい植物は生えてなかったって言ってたし」


 植物油のように自分達で作れるものなら作りたかったが、材料になるものがなければどうにもならない。


「ぜんぶ茹で上がったが、後はどうするんだ?」

「あとは食べるときにスープに入れるんだと思います。コウメイさんが仕上げるので」


 湯気をたてる水餃子の皿と、角ウサギ肉の皿を持って二人は台所を出た。

 暖炉の炎がリビング全体をやさしく温めていた。暖炉の前には厚手の絨毯が敷かれ、大きなローテーブルが置かれている。前の休養日にヒロが中心になって作ったものだ。テーブルカバーはコズエが選んだ布だし、その周囲に散らばっている座布団もコズエが端切れのパッチワークで作ったものだ。洋風の部屋と暖炉に、日本的なローテーブルと色とりどりの座布団という統一感のない部屋だが、不思議と落ちついてリラックスできる空間になっていた。


「遅くなってゴメンな。もう全部出来上がったのか」

「おはよう」


 アキラを連れてコウメイが暖炉の前にやってきた。コウメイの定位置は暖炉のすぐ側、アキラはその斜め横だ。


「お兄ちゃん、全然早くないわよ」


 アキラの隣がサツキの席だ。コズエはその隣、ヒロはアキラの真向かいの座布団に座る。

 遠くで二の鐘が鳴った。


「鐘には間に合ってるだろ」


 休養日以外の朝食は二の鐘の時間、確かに時間どおりだがアキラ以外はもっと早く起きて仕度を手伝っている。


「そういう問題じゃないの」

「……悪かった」


 妹に叱られてしょげるアキラの姿を笑いたいコウメイだが、なんとか堪えきって水餃子を器によそった。


「とりあえず五つずつ入れておくけど、お代わりはあるから言ってくれ」


 湯気をたてるスープ餃子を囲んで、全員で。


「「「「「いただきます」」」」」


「今日は臨時の休養日、でいいですよね?」


 窓の外は激しく降る雨のせいで向かいの家の姿も見えない。

 コズエの確認に全員が頷く。


「それじゃあ冬支度についていくつか確認したいんだが、薪が足りなくなりそうだから、購入して欲しいんだ」

「森で集めるんじゃ間に合わないんですか?」

「濡れた薪は乾かさないといけないからな。冬場は雨も多いって聞くし、雨が降った後に拾った木材はすぐに使えないことを考えると、街で買う方がいいと思う」


 今のパーティーの経済状態ならそれほど負担になる額ではないので薪は購入することにした。もちろん晴れ間が続いたときは積極的に森で調達もする。


「冬支度についてなら私からも。みんなの冬服なんだけど、やっと出来上がったから試着して欲しいの。狩り用の服は細かな調整とかもしたいから、今日は一日付き合ってね」


 張り切るコズエだが、コウメイとアキラは複雑そうに視線を逸らした。


「大丈夫です、常識の範囲内のデザインでしたから」


 製作途中に何度か様子をうかがっていたヒロがこっそりと二人を安心させた。


「この先、雨で休養日も増えるだろうから、狩りに出た日はできるだけ報酬の高い魔物の討伐を中心にしたいと思う」


 アキラの提案に女子二人の表情が硬くなった。


「魔物というと、この前のようなゴブリンですか?」

「ナモルタタル周辺に出没するのは、ゴブリンとオークとコボルドだな。虫系の魔物はほとんどいなくなるからな」

「どれも人型だけど、オークは二足歩行の豚だと考えればいいよ。コボルドも犬頭の小人だ、ゴブリンほど抵抗は感じないと思うぜ」

「魔物討伐に抵抗を感じるか?」


 アキラの問いに女子二人は曖昧に首を振った。


「抵抗じゃなくて、何ていうんだろう……慣れちゃうのが怖いかなって」

「慣れるのが、怖いのか?」


 ヒロはコズエの言った意味が理解できなかった。慣れた方が効率よく倒せるじゃないか、と。


「最初に角ウサギを殺したとき、罪悪感があったの。でも狩り続けるうちにそんなことは感じなくなって。食べるためにやってることだからって納得して、今はそれが当たり前になってるでしょ。今は角ウサギも魔猪も、食べ物にしか見えなくなっちゃった。それは悪いことじゃないよ。でも魔物は違うでしょ?」


 サツキが頷いてコズエの言葉を引き継いで続けた。


「魔物を討伐するのもお仕事です。怪我をしたくないし、死にたくないから、ゴブリンを倒すことを否定しません。そのうち慣れると思いますし……でも、人型の魔物を殺すことに慣れてしまうのは、怖いなって思いませんか?」

「それは……」


 ヒロは返す言葉に詰まった。彼はゴブリンを倒すことに抵抗を感じなかったし、どうやって倒すか、どんな戦い方が自分に向いているか、そんなことしか考えなかったからだ。


「人を殺すことに抵抗を感じなくなるかもしれない、それが怖い?」


 ずばりと言ったコウメイの言葉に、三人の背筋が伸びた。


「二人が怖がるのは当たり前だと思うよ。けど魔物と人間は違う。魔物には言葉は通じないし、本能と欲望のまま人に危害を加えてくる。でも人間は違うからな、言葉も通じるし、法律もある。狂った殺人鬼や犯罪者に出くわさない限り、人を相手に戦闘なんて起きねぇから心配しなくても大丈夫」


 コウメイの「大丈夫」にコズエとサツキから緊張が取れた。


「せっかくの臨時休養日なんだ、やること片付けてゆっくりしようぜ」

「あ、それじゃ試着の服を持ってきます。サツキ手伝って」

「片付けは俺がやろう」


 コズエはサツキと一緒に二階に上がり、アキラは積み重ねた食器を持って台所に入った。手伝います、とヒロが洗い桶に汲んできた水を入れる。


「どうした?」


 ヒロの表情は硬く、鍋を洗う手に力がこもりすぎていた。先ほどの話題の何かに、思いつめているのだろう。


「……俺、ゴブリンをどうやって倒すかとか、効率よく殺すにはどうしたらいいかとか、そんなことしか考えなかったんです」

「それで?」

「コズエたちの話を聞いてると、俺はヤバイのかなって気がして」

「何がヤバイのか分からないな。人型の魔物を殺すのと、人を殺すのは違うだろう」

「……違いますか?」

「ヒロは同じだと思うのか?」


 問いに問いで返されて、ヒロの手が止まった。想像しているのか、鍋の底を睨みつけたまま動かなくなった。そんなヒロを横目で観察しながら、アキラは食器を洗ってゆく。椀と皿を洗い終え、布巾で水気を拭き取ってゆく。食器を棚に戻し終わってもヒロは鍋をつかんだままだった。


「そんなに悩むことか?」


 アキラのため息にびくりとヒロの肩が跳ねた。


「何を心配しているのか分からないが、もしヒロが人を殺しそうになってもサツキやコズエちゃんが止めるだろう」

「アキラさん……」

「俺もコウメイもいるんだ、思い詰めずもっと気楽にしてろ」

「そうそう、ヒロは考えすぎるところが良くないな」


 台所の入り口でコウメイがニヤニヤと笑っていた。


「聞いていたのか。趣味が悪い」

「深刻そうだったから邪魔しちゃ悪いかな~って思ってさ」


 コウメイはヒロの手から鍋を奪って洗った。


「ヒロは大丈夫だよ」


 その一言に、ヒロは気持ちが静まってゆくのを感じた。


「対人戦なんて俺達だってしたくない。そんな場面にはならないように立ち回ってるんだ、余計な心配してる暇があるなら、コズエちゃんの着せ替え人形やってこいよ」


 リビングから女子二人の弾んだ声が聞こえている。


「俺は想像の対人戦より、今日の着せ替えの方が怖ぇよ」


 一体どんな服を着せられるんだろうな、とコウメイは苦笑いだし、アキラも諦めの境地なのか眉間にしわを刻んでいる。


「そんなに変な服じゃなかったので、心配しなくてもいいと思いますよ」


 コウメイたちとは一歳しか違わないのに、この差は何だろう。だが二人にはかなわないという悔しさよりも、ヒロには頼りになる存在がいてくれて良かったという安堵の方が大きかった。


   +++


 コズエ作の冬の冒険者服の試着は、コウメイが昼食の仕度に逃げ出すまで続いた。



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