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新しい人生のはじめ方~無特典で異世界転移させられました~  作者: HAL
第2部 冒険者生活の楽しみ方

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共同生活のススメ 6 休養日

共同生活のススメ 6 休養日


 休養日の朝は遅い。

 普段より鐘一つ分遅くまで睡眠を貪ったコウメイは、ゆっくりと起きて身支度を整えると簡単な朝食を用意する。買い置きのパンと、すぐに食べられる蒸し肉に野菜のスープ。食卓テーブルで一人朝食を摂っていると、まずはコズエとサツキが起きてくる。


「おはようございます」

「おはよう。朝飯はセルフで頼むぜ」


 普段は全員揃って食事をとるが休養日だけはバラバラだ。女子二人はサイドテーブルに載せてあるパンと蒸し肉を皿に取り、スープを椀に注いで席につく。


「今日の買い出しはどんな予定?」

「市場で野菜と卵と牛乳を買うつもりです」

「ついでに胡椒と砂糖を少し買い足してもらっていいか?」

「いつものお店の胡椒ですよね、いいですよ。コウメイさんはどこかに出かけるんですか?」

「俺は頼んでた金型を受け取ってから、ケイトの肉屋でソーセージ作りだ」

「わぁ、じゃあウチでもソーセージ作りですね!」


 やっと食べ慣れた食料が手に入るのだ、コズエは満面の笑みだし、サツキも嬉しそうだ。


「戻ってきたらすぐに作業にかかるから、アキを叩き起こしといてくれよ」


 魔法フードプロセッサーには働いてもらわなくてはならない。そういって二階を見上げたコウメイにサツキが頷いた。


「私はお留守番ですね。コズエちゃん、卵は少し多めに買ってきてもらえるかな?」

「何か作るの?」

「卵と牛乳があるなら、プリンを作れるかなって」

「プリン!!」


 コズエの笑顔は爆発しそうだ。


「バニラエッセンスがないし、お砂糖も控えめになるから味は保証しないけど、そろそろお菓子作りを始めてみたいなって思うの」

「薪オーブンは難しいぞ」


 台所に備え付けの薪オーブンは火力の調節が難しく、コウメイでも失敗することが多い難物だ。


「焼きプリンじゃなくて蒸しプリンを作ろうと思ってます。薪オーブンに慣れたら、クッキーとかパイを焼いてみたいですね」

「新鮮な卵たっぷり買ってくる、まかせてっ!」


 プリンの材料は当然パーティー会計から出す。全員が食べるものは共同会計からの支出に決まっている。コウメイの発注した金型の代金もだ。


「おはようございます。早いですね」


 少し眠そうに目をこすりながらヒロがダイニングに現れた。


「ヒロくん、今日の予定が特に無いなら、買い物の荷物持ち頼んでいいかな?」

「昼ぐらいからソーセージ作りだから、魔法フードプロセッサーで粗挽き肉を作ってくれると助かる」

「予定なんて何もないですから手伝いますけど、それならアキラさんの方がいいんじゃ?」

「お兄ちゃんは私が責任もって起こしますから大丈夫です」


 休養日のアキラは起こさなければ午後まで寝ていることもある。流石に寝すぎだといつもはコウメイが四の鐘の頃に起こすのだが、今日のコウメイは忙しい。


「サツキちゃんなら蹴られることはないと思うけど、寝起きのアキは凶暴だから気をつけろよ」


 朝食を終えたコウメイは、コズエに作ってもらった搾り袋を持って肉屋へと出かけていった。

 コズエとヒロも市場へ買出しに出かける。

 サツキは食器を洗って片付け、台所の食材をチェックした。


「ハギ粉があるから、蒸しパンも作ってみようかな」


 コクのあるプリンにしたいので、全卵ではなく卵黄を多めに使って作ろうと考える。あまった卵白がもったいないので、芋を混ぜて蒸しパンにしよう。ドライイーストがないので膨らむかどうか不安だが、卵白を泡立ててメレンゲにしておけば何とかなるような気がする。


「失敗したら自分で食べればいいし、試してみるしかないわね」


 お菓子作りで材料の不足は致命的だが、サツキはあるもので工夫して少しでもそれっぽいものを作れるようになりたかった。コウメイが料理を担当するようになって食生活の水準は上がった。だがコウメイはお菓子や甘味は作らない。甘いものは嫌いではないようだが、お菓子を作る方に情熱は向かわないようだ。

 コウメイが作らないのなら自分で作る、そう決意を固めたサツキは、空き時間にこちらの世界の食材と菓子について調べ、自分の知っているレシピから再現できそうな簡単なものから挑戦することに決めた。

 美味しい食事は生きる張り合いだけど、美味しいお菓子だって人生の楽しみになるのだ。

 材料を確かめたサツキは、そろそろ兄を起こしておこうと二階に上がった。


「お兄ちゃん、起きて」


 ノックしてもどうせ返事はないのだからとサツキは寝室に入り枕元で声をかけた。頭まで毛布を被ったアキラは、サツキの声に反応して小さく動くがそのままだ。


「みんなもう起きて出かけちゃったわよ。お兄ちゃんも起きて」

「……」

「今日はソーセージを作るってコウメイさんが言ってたわ。お兄ちゃんの魔法が必要でしょ?」

「……わかってる」


 やっと声が返ってきたが、毛布を被ったままだ。


「お兄ちゃんっ」


 サツキはえいっとばかりに毛布を剥ぎ取った。シャツ一枚で寝ていたアキラが眩しそうに目を開けてサツキを睨んでいた。


「……サツキ」

「おはよう、お兄ちゃん」

「……はぁ、おはよう」


 アキラはのっそりと身体を起こしてベッドに腰をかけたが、眠いのか目が据わっている。


「すぐに下りてきてね。スープを温めなおしておくから。コウメイさんが今日はソーセージ作りをするって言ってたから、ミンチ作り頑張ってね」


 剥ぎ取った毛布を畳んでベッドに置きアキラを振り返った。


「コズエちゃんに頼んで材料費出してもらえたから、私もプリンを作るの」

「っ!」


 プリンと聞いてようやくアキラの目が覚めたようだった。

 サツキは仕方ないなぁと微笑んだ。アキラはこう見えて甘い物が好きなのだ。こちらの世界の甘味はフルーツや蜂蜜が中心で、それはそれで悪くは無いけれど、日本で食べていたような甘味が食べられるようになったら喜んでくれるだろう。だからサツキはできるものから順番に作っていこうと決めたのだ。


「お兄ちゃんの好きな和菓子が作れるようになるにはまだ時間かかると思うけど、少しずつ頑張るから。お兄ちゃんもみんなの美味しいご飯のためにコウメイさんのお手伝い頑張ってね」

「わかってる」


 小さくこぼれたアキラの笑みは、妹だけに見せる穏やかでやさしい特別な笑顔だ。


「あ」

「どうした?」


 部屋を出ようとしたところでサツキは前々から尋ねたいと思っていたことを思い出した。


「あのね、コウメイさんがお兄ちゃんを起こすと蹴られるって言ってたけど、覚えてる?」

「……っ」

「寝ぼけてるのかもしれないけど、起こしてくれる人を蹴るのはよくないと思うの」


 アキラは額を押さえて顔を伏せた。


「ちゃんとコウメイさんに謝ってね?」


 視線を反らせ不貞腐れたように頷いたアキラを確認してから寝室を出て行ったサツキには「あいつの起こし方が悪いんだ」という呟きは聞こえていなかった。


   +++


 休養日のアキラの朝食は皆の残り物だ。朝食は少なくていい、コーヒーがあるならそれだけで十分だというアキラには、パンとスープだけでも多いくらいだ。サツキの温めなおしたスープを飲んでいるところに市場での買い物を終えたコズエとヒロが戻ってきた。


「卵と牛乳はいつもの倍を買ってきたよ」


 コズエから受け取った食材を手にサツキは台所に引っ込んだ。


「コウメイさんはまだ帰ってないんですか?」

「みたいだな」

「じゃあ私は製作に集中してますね。ソーセージを作るときには声かけてください」


 コズエは自室の作業机に戻っていった。休養日の彼女は趣味のハンクラに多くの時間を割いている。この前はコズエとサツキのチュニックを仕立て直していた。

 街で売られている布は無地が基本だ。プリント技術がないのかもしれないが、一番安いのが生成りで、染料で染めた布地は値段が高い。コズエは生成り生地で服を作り、染め布の端切れを安く買ってパッチワークやリボンに加工して、狩りには邪魔にならないおしゃれを楽しんでいた。先日は男三人の上着を作るのだと張り切るコズエに、全身の採寸に付き合わされた。


「……どんな服を着せられるんだろうな」

「すみません」


 アキラのため息まじりの呟きにヒロが謝る。

 事前にコズエがアキラたちに見せたデザインは、一言で言うと「スチームパンク」だった。ラノベやゲームにこんな服着たキャラクターいるよな、という、コスプレ衣装だろこれ、なデザインだ。


「絶対に似合います!」


 コズエは力説したがコウメイは苦笑いだし、アキラは頬を引きつらせ、暴言にならないように抑え言葉を選ぶのに苦慮していた。

 街の住民や冒険者が皆コズエのデザインしたような服を着ているのなら我慢するが、違うのだ。明らかに異質で浮くことが分かりきっているデザインなど却下するしかない。

 その場をおさめたのはヒロだった。幼馴染の強みでコズエのデザインにダメ出しをしたのだが、説得しきれていない気がしている。


「二階から洗濯物を回収するついでに、コズエのデザインをチェックしておきます」


 ダイニングの食器やスープ鍋を片付けたアキラは、洗い場で洗濯用のタライを構えヒロが運んできたシーツを洗う。洗濯機など無いので手洗いが基本だが、大物は中世ヨーロッパを見習って踏み洗いにしている。

 洗濯タライに水を入れシーツを放り込んでから、固形石鹸をナイフで削って粉状にしたものを振り掛ける。後はひたすら足で踏み洗いだ。


「手伝います」


 ヒロが濯ぎ用の水を運んできた。二人で数回たらいの水を換え、水気を絞って中庭に乾す。シーツ五枚分の作業を終えたら、今度は男三人の衣服だ。


「サツキたちは自分で洗濯しているんだな」

「まあ、俺達が洗うと力任せで服が傷むって言われましたからね」


 女の子としては自分の服を男子に洗わせる事に心理的な抵抗もあるのだろう。それに男どもの洗濯はズボンとシャツをまとめてタライで踏み洗いだ。コズエが刺繍したシャツや上着も同じような扱いをされてはたまらない。


「天気が崩れそうだな」


 シャツを乾しながら空を見たアキラはヒロに言った。


「風の魔法の練習だ。乾してある洗濯物に風を当てて乾かしてみろ」

「ドライヤーみたいな感じですか?」

「風に熱を加えられるか?」

「やってみます」


 ヒロは魔力を制御し、手の平の上に風の渦を作った。衣類を切り刻まないように威力をコントロールし、ぶら下がったシャツやズボンに向けて放つのだが、全体に風を送るにはどうすればいいか悩んだ。ヒロのイメージしたドライヤーでは限られた部分にしか風を送れない。


「扇風機とか、サーキュレーターのイメージでやってみろ」


 ドライヤーよりは洗濯物全体に風を送るイメージが近い。頭の中で切り替えると風が放出される範囲が広がった。


「あとは熱……」


 温かい風を作り出すイメージはやはりドライヤーだが、切換えてみても風は起こせても風に熱を乗せることはできない。


「ドライヤーのイメージでも、温かい風は難しいですね」

「風魔法に熱量を乗せるのは無理だったか」


 アキラは難しい顔で魔力と魔法について考えているようだった。ヒロは風の放出範囲を更に広げて、中庭の洗濯物全体に広がるように魔力を調整した。


「アキラさんは温かい風を吹かせることができるんですか?」

「ああ、できる。無意識にやっていることだから、風魔法なのか火魔法なのか、両方なのか分からないんだ。だからヒロに試してもらったんだが」


 アキラが魔法で出す水も、冷たかったり温かかったりと温度調整が可能だ。これも水魔法と火魔法を同時に使っているからなのかは分からないらしい。


「コウメイさんに水魔法でお湯を出してもらうことはできたんですか?」

「ぬるま湯なら出せた。サツキは冷たい水なら出せるが、温かいものはダメだった」

「魔法って、よくわかりませんね」

「全くだ」


 どこかの街に魔術師のギルドがあるらしいが、機会があればそのギルドで魔法について学ぶか、独学の助けになるような本を手に入れたいものだとアキラはぼんやりと考えていた。


   +++


 五の鐘が鳴ってもコウメイは戻ってこなかった。


「お昼ごはんは私の作った蒸しパンでいいですか?」


 サツキがテーブルに並べたのは幅の広い笹のような葉で包まれた円錐状の蒸しパンだ。葉を円錐状に組んで耐熱容器に入れ、生地を流しいれてそのまま蒸したものだそうだ。朝の野菜スープに豆と牛乳を足してリメイクしたスープに、市場で買ったばかりの野菜を使ったサラダ。植物油のおかげでドレッシングは食べ慣れたイタリアンドレッシング風だ。ここにソーセージがあれば完璧だが、コウメイが戻ってこないのだから仕方ない。塩漬けの魔猪肉を薄くスライスして軽く炙ったものがサラダに添えられていた。


「わぁ、この蒸しパン美味しいっ」

「中に入っているのは、芋か?」

「よくできている、美味しいよ」


 三人の反応にひとまず安堵したサツキだ。


「膨らみが足りないので心配だったんですけど、安心しました」


 こちらの世界で小麦粉と同等の物はハギ粉といって全粒粉だ、膨らみにくいのに加えてドライイーストもないため思ったようにふわっと柔らかくならなかったのだ。味も砂糖を控えめにしたので物足りないのではないかと心配だったが、中に混ぜ込んだ甘芋が味のアクセントになってくれたようだ。


「おお、いいもの食ってんな」


 蒸しパンの昼食中にコウメイが帰宅した。持ち帰った小さな壷は羊の腸の塩漬けだ。


「この蒸しパン、サツキちゃんが作ったのか? 美味いよ。これはプリンの方も楽しみだな」

「ですよねっ。プリン、プリ~ン♪」


 おやつの時間が待ち遠しいとコズエは創作プリンの歌を歌っている。


「プリンの前にソーセージだ。アキとヒロは手伝ってくれよ」

「私も手伝います」

「私も、私もっ。手作りソーセージなんて初めてだもん、面白そうっ」


   +


 台所に移動してソーセージ作りが始まった。

 アキラとヒロは魔猪肉を風魔法で切り刻んでミンチ肉を作る係りだ。


「ヒロはこの前みたいに粗挽きの仕上げで、アキは細かめに仕上げてくれ」


 コズエとサツキは塩漬けの腸を水で洗う。塩を落とすだけでなく、腸膜以外の肉片などを丁寧に取り除く作業だ。


「洗い終わったら一メートルくらいで切って、こっちの水に漬け置きだ」


 コウメイは大きめのボウルに出来上がったひき肉を入れ、塩と砂糖を振りいれて練りの作業に入った。


「アキ、ボウルを冷やす魔法ってかけれるか?」

「冷却か、試してみる」


 アキラはコウメイが肉を練るボウルに手を添え魔力を注ぎいれる。ほんのりとボウルの外側が白く凍りついた。


「冷たっ。まあ、このまま練ってれば丁度良くなるかな」


 ミンチ肉に粘りが出て白っぽくなってきた頃に、コウメイは肉を二つに分けた。


「そっちのには胡椒をスプーン一杯分入れて。こっちのはアキの乾燥ハーブを入れて練る」

「味を変えるんですね」

「ケイトのところでも二種類作ったの?」

「肉屋でやったのは胡椒の方だけだ。やっぱりひき肉を作るのに時間がかかって大変だった」

「ケイトはソーセージを商品化するのかな」

「どうだろうな。ひき肉作りに手間がかかるけど、出来上がりの試食でかなり興奮してたから、何とか商売にするんじゃないかと思うぜ」


 採算が取れるのかは分からないが、ソーセージで儲けられるなら勝手にやってくれと思っている。コウメイとしては塩漬けの腸膜を入手できるツテを得られただけで十分だった。

 特注品の搾り口の金型をコズエに作ってもらった搾り袋にはめ、塩抜きした腸膜を口先にはめ込んだ。叩いて空気を抜いた肉を入れ、羊腸に絞りいれてゆく。


「わっ!」

「面白いな」

「ソーセージっぽいですね」

「こうやるともっとソーセージになるぜ」


 クルクルとコウメイの手が器用にねじりを入れてゆくと、懐かしいソーセージが出来上がった。


「……ソーセージだ」

「うん、ソーセージだよ」


 コズエたちの声は感動に震えていた。少しずつ改善してきた食生活が、また一つ日本で食べなれたものに近づいてゆくのは嬉しいことだ。自分達の手で、工夫と努力で手に入れる食べ物ほど美味しい物はない。


「ほらほら、まだタネも腸膜もあるんだ。どんどん作っていくぞ」

「私も搾り出すのやりたいですっ」


 コウメイに指導されながらコズエも絞り袋を手にとってソーセージを作ってゆく。胡椒入りとハーブ入りの連なったままのソーセージが十本ずつ出来上がった。

 大鍋で茹で、試食に食べてみた。


「ジューシー!!」

「胡椒が利いてて、美味しいです」

「何もつけなくても丁度いいな」

「美味い。何本でも食べれますよ」


 試食とは思えない勢いでパクパクと食べ続けていた。


「作りすぎたかと思ったけど、大丈夫そうかな」


 保存食として作ったソーセージだが、冷蔵庫もない環境ではせいぜい二、三日以内に食べてしまわなくてはいけないが、この様子だと食べきれそうだった。


「冷蔵庫がほしいな」


 コウメイは肉屋の貯蔵庫を思い出した。

 木製の大きな戸棚の内側に、鉄の板を貼り付けて熱伝導を良くし、冷却用の魔道具を取り付けた冷凍庫もどきの貯蔵庫は、冷凍庫と冷蔵庫の中間のような温度で、大量の食肉が保管されていた。


「ケイトのお店には冷蔵庫があったんですか?」

「でっかい業務用みたいな奴があったよ。よく冷えてたから、あれなら肉も卵も牛乳も日持ちするだろうなぁ」

「冷蔵庫かぁ、欲しいですよね」

「バカ高いらしいけどな」


 肉屋にある冷蔵貯蔵庫は、代々伝わる魔道具なのだそうだ。古くても大切に使ってきたものだが、冷却装置の部分が安定して動かなくなりつつあり、買い替えのために市場で中古品を探しているところらしい。


「中古品に買い換えたら、またすぐ壊れるんじゃないの?」

「程度のいい中古品を探すんだってさ。新品の値段を聞いてみたらさ、とても手が出ないと思ったね」


 業務用冷蔵庫の冷却装置の中古品が三万ダルだ。新品だとその十倍の値段がする。


「三万ダルは買えない値段じゃないぞ」


 確かにアキラやコウメイの個人財産があれば買えない値段ではないが。


「買っても持ち歩けないだろ。ナモルタタルに定住するなら検討するけど、その場合は先に家を買うことを考えないといけねぇし」


 当面はこの街で暮らすとしても、冒険者として街を出るときに持ち運べない大きな家財道具は買わないほうがいいとアキラの意見に首を振った。


「でも冷蔵庫欲しいですよねっ」

「牛乳と卵を冷蔵したいです」

「肉もなぁ、冷蔵できたら楽なんだけど」


 無言で考え込んでいたヒロが、そろりとアイデアを出してきた。


「さっきボウルを凍らせたみたいに、魔法で冷蔵庫もどきは作れませんか?」


 コウメイがひき肉をこねていたときにアキラがボウルに冷却の魔法をかけていた、あれを応用して似たようなものは作れないだろうかとヒロが言った。

 だが五人の中で魔力魔法担当のアキラは短く首を振った。


「長時間冷やし続けるのはおそらく無理だと思う」

「んー、長くて何時間くらい冷やせる? 凍る寸前くらいの冷たさで、どのくらいの大きさの容器まで冷やせそうだ?」


 ヒロの提案にコウメイも何か思いついたのか、かなり具体的にアキラに尋ねる。


「具体的な時間となると、やってみないことには分からないな」

「そうか……じゃあ、これで実験してみようぜ」


 コウメイが取り出してきたのは寸胴鍋だった。台所で使っている一番大きな鍋で、ガラスープを作るために買ったものだ。


「この鍋を凍る寸前まで冷やして、保存したいものを中に入れて蓋をすれば、冷蔵庫みたいに使えるんじゃないか?」

「魔法の効力がどれくらいで切れるのか、観察するんですね?」

「最長で何時間保てるのかがわかれば、切れる前に魔法をかけ直しすればいいだろ」

「……一時間しか持たなかったらどうする?」


 一時間ごとに魔法のかけなおしなんてできるわけがない。


「そのときは諦めるしかないな。アキの魔法で、そうだな八時間くらい冷却状態が保てるなら実用化できそうだよな?」

「十時間だ。夜中に起きて魔法のかけ直しなんてやりたくない」


 食糧貯蔵庫の隅に寸胴鍋を置いて、その中に今朝買った牛乳と卵を入れた。茹で上がったソーセージも冷めていたので、紐で括って鍋の内側にぶら下げてみた。アキラが蓋をした状態の鍋を冷却する魔法をかける。


「これは……無理だな。鍋に魔力を溜めておけない」

「どういうことだ?」


 寸胴に魔法をかけ終わったアキラは、経過を観察するまでもなく無理だと断言していた。


「鍋を冷やすことはできるが、冷えた状態を保つための魔力を鍋に付与できないんだ。魔道具の冷却装置みたいに、魔力を溜め供給する装置が必要だ」

「あー、今の状態はどれくらい保てそうなんだ?」

「多分だが、二時間くらいだと思う」 


 魔法をかけた本人が言うのだ、多少の誤差はあっても大きな違いはなさそうだ。


「残念。いいアイデアだと思ったんだけどなぁ」

「魔法は万能じゃないということだ」


 アキラはヒロを呼んで洗濯物の取り入れに向かった。コウメイとサツキは台所の片付け、コズエは製作に戻ってゆく。


   +


 七の鐘が鳴った。もう少ししたら森に出ていた冒険者達が街に帰ってきはじめる頃だ。


「ちょっと出て来る」


 アキラはリビングで剣の手入れをしているコウメイに声をかけた。


「どこ行くんだ?」

「古本屋」


 本は高価で、古本であっても相当の値段がするが、必要な情報が得られるのなら手に入れたい。幸いにも個人的な資金は潤沢だ。ナモルタタルには小さな古本屋が一軒だけ営業している。この前に見たときは欲しい本は見つけられなかったが、そろそろ新しく仕入れがあったかもしれない。


「俺も買い物があるから一緒に行くわ」

「何の本だ?」

「本じゃなくて、砥ぎ石」


 毎日の剣の手入れに使う砥ぎ石がそろそろ限界だったと言い、コウメイは剣を片付けてアキラを追った。


   +++


「魔力を溜めて放出する装置の代用品、思いついたんですっ!!」


 手ぶらで戻ってきたアキラを出迎えたのは鼻息の荒いコズエだった。


「冷蔵庫、できるかもですよ!」

「落ち着けコズエ」

「お兄ちゃん驚いてるから、ゆっくり説明しましょう、ね?」


 リビングに場所を移しコズエの考え付いた代用品の説明を聞いた。


「私たちが持ってる魔石、あれって魔力が溜まった石ですよね。魔石に冷却の魔法をかけてそれをお鍋の中に入れておいたら、魔石からお鍋に冷たいのが伝わって長く冷やすことができるんじゃありませんか?」

「へぇ、面白そうだな。魔道具のエネルギー源も魔石だって言うし、やってみる価値はありそうだな」


 コズエの発想にコウメイも興味を持った。イザという時の換金用としてかなりのクズ魔石を貯め込んでいるが、消費できるのなら面白い。


「そうだな、試してみるか」


 コズエが管理していたパーティーのクズ魔石は五十個以上もあった。アキラはその中から魔力の通りやすいものを三十個ほど選び、寸胴鍋の底に敷いた。


「どうだ?」

「……魔石に冷却の魔法を注ぎ込んだ。魔石本来の魔力とは質の違うものだから、魔石が魔法を押し出そうとしている、と感じるな。少しずつ押し出された魔法が鍋を冷やしている」


 これなら魔石の数で冷却時間が調整できそうだとアキラが言うと、コズエが歓声をあげた。


「やったぁ、これで冷たいプリンが食べられる!」

「プリンか……」

「プリンですよ、プリン。せっかくのプリンは冷たく冷やして食べたいじゃないですか」


 そういえばサツキの作ったプリンはまだ食べていない。


「コズエちゃんが魔石の利用を思いついたきっかけは何だったんだ?」

「銀板を触っていて思い出したんです。このスマホって電池切れするんですけど、魔石を交換すると電源が入るんですよ」


 そういえばそんなこともあったなとサツキとヒロは納得した。アキラは早々にスマホを破損させていたし、コウメイもほとんど触らなかったので電池切れを考えたこともなかった。


「魔石が充電池だとしたら、冷蔵庫のエネルギー源にも使えるんじゃないかって思ったんです」

「それが大当たりだったってことか」


 ともあれ冷蔵庫問題は無事解決した。明日にでも寸胴鍋を追加で買うことにして、冷蔵によって食材の寿命が延ばせるようになったし、料理の幅も広がりそうだった。


 その日の夕食は芋とソーセージの香料炒めに、魔猪肉のソテー、新鮮なサラダとパン。そしてサツキの作ったプリンがデザートについた。


「お砂糖が高くて、カラメルソースは作れなかったの」


 サツキは申し訳なさそうにそう言ったが、甘さは控えめでも舌触りの良いカスタードのプリンは、食べた全員の頬を弛ませ幸せにした。


   +++


 休息日最後の楽しみの風呂からあがったアキラは寝室に戻り、次のコウメイに声をかける。


「湯が冷める前に早く入って来い」

「あ、ああ」


 ベッドに座り銀板を凝視していたコウメイは、アキラの声に驚いて顔をあげた。部屋に入ってきたことに気づいていなかったようだった。


「どうかしたのか?」

「んー、スマホの電源が切れてて、コズエちゃんが言ってた方法で魔石を交換したんだよ」


 持て余しているのか、悩みが現れているのか、両手の間を銀板が移動している。


「そしたら赤い印のことを思い出してさ」

「コウメイの知り合いかもしれないアレか」

「そう。前に見たときと場所は大して動いてないんだけど、放置しとくのもちょっと後ろめたくなってきたなぁと」


 アキラは髪を拭きながらコウメイの向かいに腰を降ろした。


「探しに行きたいのなら、付き合うぞ」

「どうするかな……」


 コウメイは複雑な思いを押さえ込んで小さく笑った。



プリンは固めの焼きプリンが好きです。

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