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ナモルタタルの街 1

女の子二人と幼馴染男子のターン。

ナモルタタルの街 1


 彼らがいたの場所にあったのは、ジリジリと真夏の太陽だった。

 噴き出た汗が、耳の後ろを伝って首の後ろに流れ落ちる。足元の土と雑草が、照り返す熱を和らげてくれていた。風が草を揺らし、汗で濡れた肌がひんやりとする。目の前には数本の木、その先の少し遠くに壁が見えていた。


「……お兄ちゃんが、消えた」

「なんだ、これは」

「わぁ、ほんとに異世界だよ!」


 不安と戸惑いの声に続いたのは歓声だった。


 神様っぽい変な声の説明の後、周囲の人たちが次々と消え、慌てて探した兄が視線が合った瞬間に目の前から消えた。そのショックもあって咲月の声は刺々しく、顔色もよくない。

 永洋は目の前に起きた事を理解し飲み込む前に、次々と未知の事象を押し付けられてフリーズしていた。歓喜のまじった幼馴染の声で我に返って、呆れ顔で梢を見た。


「梢?」

「梢ちゃん!」


 独り目を輝かせていた梢は、二人の非難するような視線を受けて興奮を押さえ込んだ。


「ごめん。ちょっと興奮が抑えられなかった。えーと、彰良さんって?」

「さっきの白い所に、お兄ちゃんも居たの」

「神様っぽい声のしていた場所に?」


 あの場所で梢が確認できたのは永洋と咲月だけだ。その他の人たちは、ぼやけた影がいくつも立っているようにしか見えなかった。


「お兄ちゃんの後ろ姿が見えて、呼んだら振り返ったから間違いないわ。でも、消えちゃった……」

「だ、大丈夫だと思うよ。ほら、私たちみたいにこの世界の何処かにいるわよ、きっと、ね?」 

「本当に、そう思う……?」


 自分に保証できるわけない。わかっていても頷くしかないと梢が覚悟を決める前に、ようやく現実を飲み込んだ永洋が割って入った。


「ここは暑い。あの木の下に行こう」


 雑草だらけの平らな土地に、踏み固められてできたような土むき出しの道。どこか外国の田舎なのか、それとも梢が叫んだように異世界なのか。


「異世界、だな」


 永洋は改めて自分や二人の服装を見て納得した。学生服がファンタジー的なデザインのシャツにズボンにベスト、ナイロン製のボストンバッグは粗い布目の大きな斜め掛けカバンに変わっている。


「このチュニックワンピース、生地が粗いね」


 二人の服装も膝丈のワンピースにベスト、薄地のズボン姿だった。


「カバンの中も確かめたか? ペットボトルがアルミ(?)水筒になってるぞ」

「スマホがない」

「知らない本が入ってる……」


 カバンの中身を全部出して照らし合わせてみた。

 スポーツタオルやハンドタオルなどは、柔らかい素材の手ぬぐいに変化していた。

 共通して持っていたのは筆記用具と小さな巾着袋、銀色の手の平サイズの板と、小指の爪ほどに小さな石が数個だ。巾着袋にはコインがジャラジャラと入っていたが、全員が違う種類と枚数のコインを持っていた。


「たぶんこの銀色の板がスマホなんだと思うよ」


 梢が手のひらに乗せて操作するように指先を動かすが、銀板に変化は無かった。


「この小石は何だと思う?」


 小指の爪くらいの石には薄く色がついている。永洋は二十個ほど、梢と咲月はそれぞれ十個程度か。


「水晶かな」


 摘んで日にかざすとキラキラと輝く小石には、どれにもほんのりと色がついていた。薄い緑や青、黄色や赤や紫や。


「持ち物がこちらの世界の物に変換されたのはわかるけど、この小石って元は何なんだろうね」


 ビーズやアクセサリーは持ち歩いていなかったので、何が小石になったのかわからない。


「洋くんのは着替えが入ってるのね」

「柔道着を入れてたのが、着替えのシャツに変わったみたいだ」

「私の裁縫セットは裁縫セットのままね。ペットボトルは水筒になってる。咲月はなにかある?」

「飴玉入れてたポーチが木の実の入った袋に変わってます。それと参考書がなくなって、知らない本が入ってるの」


 そう言って咲月が取り出したのはハードカバーの立派な本だった。


「知識の書……?」


 受け取った梢は自然に本をあけて読み始めた。


「うわぁ、ラッキーだ、文字が読める。それにこれ、取扱説明書っぽいよ」


 パラパラとめくっただけで梢はすぐに理解した。日本語じゃない文字が読めるということは、言葉の方も大丈夫だきっと。


「お金の種類と単位とか、時間の知り方とか書いてある。門のある町に入るときには税金を払わなくてはいけないとか、門のある町には必ず冒険者ギルドがあるとか」


 冒険者だよ、冒険者!


「攻略本かよ」

「基礎情報だけみたいだよ。でも今の私たちには凄く助かるよね」

「梢ちゃん、凄く生き生きしてる……異世界転生モノの恋愛小説ばかり読んでたものね」


 期待感に声が弾んでいる梢とは逆に、永洋には呆れが、咲月の声には諦めの色があった。


「私たちは転生じゃなくて転移みたいだけど。異世界転移モノだとステータス見れたり、特殊なスキルが備わってたりするんだけどなぁ」


 ラノベの知識では。


「どうやって確かめるの?」

「ステータス・オープン! ……って、何も起きないなぁ」


 知識の書を探しても、レベルやステータスの確認に関する項目は見つけられない。


「魔法は使えないのかな……ファイヤーボール!」


 火の玉よ出てこい、と念じながら手をかざしたが何も起きなかった。

 はあぁ、と梢はとても残念そうに息を吐く。種族選択のポップアップがあったから、ゲーム的なアレコレを多少は期待していたが、ここはそういう異世界ではなさそうだ。


「とにかくこの本があればごく初期の疑問は解決しそうだよ」


   +


 梢はリュックタイプのカバンに荷物を入れなおし、咲月も手提げバッグに知識の書以外の荷物をしまいこむ。永洋のバッグには水筒が二本あったので一本を咲月に渡した。


「じゃあお金を出してみようか」


 梢の提案で巾着袋を逆さにした。


「この小さいのが銅片で一枚一ダル。ああ、ダルっていうのがこの世界でのお金のことね。銅片十枚で銅貨一枚の十ダル」


 知識の書を見ながらそれぞれの硬貨を指差してゆく。


「銅貨十枚で小銀貨一枚の百ダル、小銀貨十枚で銀貨一枚の千ダル」

「それだと一ダルが百円ね。私のお財布六千七百円ぐらい入ってたの。銅片が百円玉って考えたら金額がぴったりになるもの」


 咲月が言うようにそれぞれの所持金を当てはめて数えれば、巾着袋に入っている硬貨とぴったり一致する。


「結構シビアな感じねぇ」


 梢は百五ダル、永洋は現金の手持ちは少なかったのだが、コンビニカードにチャージしていた額も変換されて百七十五ダル。所持金丸々をこちらへ持ち越しのようだ。


「初心者ボーナス付けてくれても良かったのに」

「無一文で放り出されなかっただけマシなんじゃないか?」


 問題はこちらでの一ダルが自分たちの百円と同じ価値なのかどうかだ。こればかりは実際に買い物をして様子をみるしかないだろう。


「梢ちゃん、何か聞こえない?」

「ん?」


 咲月に指摘されて三人とも口を閉じた。

 耳を澄ませば遠くに鐘の音が聞こえる。


「六回?」

「七回、だと思う」


 最初から鐘の音を聞き取っていた咲月が正しいのなら、鐘の回数は七回。


「えーと、時間については……あった。二時間おきに鐘が鳴らされるのね。七回だと七の鐘で午後四時くらい」


 季節が夏だとしてこの太陽の位置なら午後四時というのは間違いなさそうだ。


「鐘が聞こえたってことは、人が住んでる場所があるって事よね」


 パタンと攻略本を閉じた梢は微笑んで言った。


「明るいうちに人里に入ろう!」


 三人は道に戻り、鐘の音の聞こえた方向へ歩きはじめた。


   +


 一時間ほど歩くと石造りの壁が見えてきた。長く続く壁が途切れたところに門があり、兵士が二人立っていてこちらを見ている。


「こんにちは。ここは何という所ですか?」


 梢が代表して人当たりの良さそうな方の兵士に話しかけた。

 異世界ファンタジーを楽しむ権利は渡さないとでもいうように、梢が率先して兵士から様々な情報を聞き出してゆく。


「ナモルタタルの街だ。身分を証明するものは持っているか?」

「証明する物ってどういう物ですか?」

「商人なら商業ギルドの登録証、農民なら村長の発行する村民証あたりだ。冒険者なら冒険者ギルドの登録証だが」

「私たち冒険者の登録をするために街に来たんです。証明できる物がないと入れませんか?」

「ならば入街税を一人十ダルだ」


 三人はそれぞれの財布から銅貨を一枚支払った。


「冒険者証を手に入れるまでは、街を出入りするたびに十ダルが徴収されるからな」


 門兵の説明を聞いた梢ははりきって歩き出した。


「冒険者ギルドに行くわよ!」

「梢ちゃん、ちょっと声落とそうか?」

「楽しそうだな」

「楽しいでしょ、楽しまなきゃ損でしょ!」


 異世界転移モノを実体験できるのだ、興奮しない方がおかしい。現実問題としても自分達が生活するために就ける職業なんて、冒険者くらいしかないだろうと梢は思っていた。

 スキップでもしそうな梢を先頭に、三人は冒険者ギルドに向かった。


 街の門が閉じられる時間が近いせいか、ギルドは報酬を受け取りに来た人々で混雑していた。獣の血に汚れた男たちや、大きな荷物を担ぐ集団、武器を誇示するように背負っていたり、負傷者を支えて待合席に座る者。髭は伸びっ放しだし、武器や防具は一応の手入れをされていても衣服はくたびれたままの、一目で荒事に慣れたと分かる男たちがごった返している。


「お忙しい時間にすみません。冒険者の登録をお願いできますか」


 そんなギルドに入ってきた三人は目立った。

 荒事には縁のなさそうな少女が二人と、それを守るように周りを警戒する男。衣服は冒険者たちとたいして変わりのないものだが、明らかに毛色が違う。しかも冒険者とは思えない丁寧な言葉遣い。


「は、はいぃっ」


 目の前で喧嘩が起きようとも、報酬に不満を持った冒険者に怒鳴りつけられようともびくともしない筈の受付担当の声が、真正面に立つ少女を見て裏返っていた。


「そそ、それでは、登録内容をこれに書いたら、奥の窓口で受付だ、です」


 A四用紙サイズほどの板を三枚受け取った。


「これ、板よね?」

「紙は使われてないのかな」


 ギルドの中を観察してみれば、依頼を貼り出している掲示板も、紙ではなく短冊形の板が釘に引っかけられてぶら下がっている。


 壁際に用意されている筆記机に移動した三人は、板に書かれている内容を書き埋めてゆく。名前、年齢、種族、出身地、職業、賞罰。


「出身地はどうする?」

「正直には書けないし、適当に書いて後で困るかもしれないよね」

「職業はこれから冒険者になるんだから空白でいい?」

「賞罰はなし。これは書ける」


 求められる記入項目が少ないこともあり、すぐに書き終わった板を持って指定された奥の受付へ行くと、ギルド職員とは思えない雰囲気の女性がいた。三十代くらいに見える彼女はひっつめ髪に細眼鏡、襟元までしっかりとボタンをとめており、きりっと引き締められた唇は厳格な雰囲気を醸し出している。三人の脳裏に「教頭先生」というイメージが浮かんだ。


「冒険者の新規登録ですね」


 胸に着けられた名札にはエドナとあった。エドナは提出された板に目を落とし、すぐに三人を観察するように見た。


「……あなた方を冒険者として登録することはできません」

「どうしてですか?」

「冒険者ギルドは取り決めにより貴族の方を冒険者として登録できないのです」

「貴族? 違いますよっ」


 梢が即座に否定していた。咲月は予想外の話の流れにぽかんと口を開けて固まっているし、永洋は警戒を強めてエドナを睨みつけた。


「姓を持つのは貴族の方だけですよ」


 そう言いながらエドナは記入された名前の欄を指で示した。

 大井梢、萩森咲月、澤谷永洋。普通に名前を書いただけで誤解された。


「間違いですっ。書き直しさせてください」

「……虚偽は困ります」

「嘘じゃありません。本当に!」

「貴族を騙った罪は重いですよ」

「信じてください、私たちは貴族じゃありませんっ」

「あの、どうして誤解されたのか、教えてもらえますか?」


 カウンターに身を乗り出している梢の肩を宥めるように叩いてから、咲月はことさら丁寧にエドナに尋ねていた。

 エドナは三人を順番に見た後、報酬受け取り窓口に集まっている冒険者たちに視線をやった。


「あなた方を貴族だと判断したのは……あちらの」


 とエドナが見るように促したのは、全身が汗と草土と血脂とで汚れた冒険者たち。戦いの興奮で鼻息も荒いし、報酬に不満なのか職員に乱暴な怒りを向ける者もいる。


「一般の冒険者とは、ああいう方々をいいます。お分かりいただけましたか?」


 つまり粗野ではなく、清潔で臭くなくて小奇麗すぎて言葉遣いが丁寧すぎた、という事だ。さらに苗字を持つというのだから、貴族だと判断されても仕方がなかった。


「あなた方が貴族ではなく平民なのでしたら、冒険者として登録いただけます」


 どうしますか、と。


「私たちは平民です。登録します」


 梢の即答に応じて、エドナは鉋のようなものを取り出した。登録情報の記載された板の名前の部分を削りとって空欄に戻し、改めて記入するようにと板を返す。

 三人はその場で名前だけを書きこんだ。コズエ、サツキ、ナガヒロ、と。


「身分証の発行ですが、黒なら登録料は十ダル、証明内容は名前・種族・登録ギルドのみです」

「黒が一番低ランクという事ですね」

「冒険者証はあくまでも身分証明をする物です。ギルドは冒険者の評価付けは行っていませんよ」


 あれ、とコズエが首を傾げた。


「それじゃあ初心者が難しい依頼を引き受けて失敗したり、怪我したらどうするんですか?」

「己の実力を見極めることもできない冒険者は長生きできませんね」


 つまりは完全な自己責任。


「……他の色の冒険者カードについても教えてください」


 エドナの説明をまとめれば、ギルドに登録されてもらえる冒険者カードは身元保証以上の物ではなかった。色の違いは単なるカードの素材の違いだ。


「換金性の高い素材で作成されたカードは、その冒険者の財産になります。何かしらの不幸な事故で資産を失った場合でも、身分証明に使用された素材を売却することで、当面の資金を作ることができます」


 例えば発行手数料に五百ダル必要な紫カードは、冒険者ギルドに売却すれば五百ダルで買い取ってもらえる。万が一の時のために、ギルドに現金を預け入れておくようなシステムだった。


「黒カード、でいいよね?」


 というかそれ以上は出せない。サツキもナガヒロも短く頷いた。


「申し訳ございませんが、身元調査をいたしますので今回は仮登録です。十日ほどで調査が終わるので、それまではこの街を出ないでください」


 カード発行料を支払い、刻印の入った黒い金属のプレートと虹色の大きな宝石に血を一滴ずつ垂らせば冒険者登録は完了だった。


「なんか、想像していた冒険者と違うなぁ」


 と小さくこぼした梢の声を聞き取ったのか、エドナは黒カードを差し出しながら「初心者向けの講習を受けてみませんか?」と壁に貼り出している案内を示して見せた。


『職歴のないあなた、出戻りでない未経験のあなたに冒険者の基礎をわかりやすく教えます。受講料一人十ダル、随時受付中』


 ずいぶん長く掲げられているのだろう、表面は薄汚れているし文字も見えにくく消えかかっている部分もある。


「…………」


 手持ちの資金は少ない。今晩泊まる宿代、食事代、明日以降の生活費。早く現金を稼がなければ三人は簡単に路上生活者になってしまう。


「死にますよ」


 またの機会にします、とお断りを言おうと口を開く前に、エドナが微笑んで物騒な一言を言い放っていた。


「登録初日に命を失う冒険者がどのくらい存在すると思いますか?」


 これまで険しい表情で淡々と手続きを行ってきたエドナが初めて見せた笑顔は、お断りを許さない迫力のある笑みだった。




20200613 通貨単位と冒険者カードの設定を修正しました。

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