共同生活のススメ 2 初めての魔獣狩り
共同生活のススメ2 初めての魔獣狩り
「とりあえずは、いつもの感じで角ウサギを狩ってみようか」
コウメイの指示で「いつも通りに」三人は薬草採取をしながら森を進んでいく。薬草の採取場所へはサツキが先導して進んだ。アキラは妹が得ている知識を聞き、目に映る薬草や樹木を見て満足げに頷いた。
「薬草の群生場所が多くていい森だな」
「コウメイさんの調味料に使ってるハーブはこの森でも採れるかな?」
「いくつか見かけたから、今度教えよう」
いくつかの採取ポイントを回り、回復薬と解毒薬用の薬草を摘み取った。
「いつもはこのあたりで……あ、あのトラント草のところに角ウサギの群れがいました」
薬草を夢中で食べている角ウサギは十羽はいるだろうか。どれも身体の大きな個体ばかりだ。
「じゃあ三人でいつもの狩りをやってみてくれるか?」
コウメイとアキラが数歩下がって距離をあける。
サツキはヒロが手招きをする場所に移動して弓を構えた。連続して射る事を想定し、二射目三射目の矢も用意する。
少し傾斜のある場所の、コズエは下方に、ヒロは高い位置へと移動して武器を構えた。
角ウサギたちは耳をひくひくと動かしつつも、トラント草に夢中だ。
ヒロが合図をおくり、サツキが矢を射た。
サツキが狙ったのは群れの奥にいる個体だ。
「……っ!」
命中。
傾斜を滑るように跳んだ角ウサギたちは、コズエの槍に下から払い斬られ、二羽同時に地に落ちた。
ヒロは角ウサギの跳躍の前に飛び出し一羽をしとめ、サツキの射程外にいる角ウサギを追った。
二射目がわずかに外れ地面に刺さる。
三射目は見事ウサギの足を弾いた。
「まかせろ」
足を折られた角ウサギにヒロがとどめを刺した。
サツキが四本目の矢を構えたときには、角ウサギの群れは逃げ散った後だった。
コズエが二羽のウサギを引きずりながら傾斜を登ってきた。
サツキはばらけて転がっている角ウサギの死体を拾い集める。ついでに地面に刺さった矢も回収するのを忘れない。
「これで全部だな」
ヒロが三羽の角ウサギを抱えて二人の元に戻ってきた。地面に並べられているウサギの数は七羽だ。
「もしかして三人の新記録じゃない?」
「前は確か五羽だったか?」
「箱台車借りてきてよかったですね」
これは解体が忙しいぞとナイフを取り出して作業に取り掛かった。
「あ、見ててくれましたか?」
戻ってきた二人に気づいたコズエが顔を上げた。解体の手を止め顔をあげたサツキも兄の姿を見て安心した、が。
「それ……銀狼、ですか?」
コウメイとアキラが二人がかりで運んできた銀の毛皮の動物をみてヒロが呆れたように言った。
「ちょうど一頭だけだったから狩ってみた」
「すごく簡単そうに言ってますけど、銀狼ってもの凄く早いし、噛まれたら腕千切られるヤツですよね?」
「詳しいな」
「ギルド講師に教わりました」
どさりと、銀狼の死体が角ウサギの側におろされた。
「んじゃ追加で覚えとけよ。銀狼は肉食だ、捕食対象に角ウサギも入ってる」
「それって」
「銀狼が狙っていた角ウサギをお前たちが横取りしたみたいだな」
「……」
三人は浮かれていた気持ちを引き締めて、銀狼の死体を見つめた。
コズエたちは角ウサギにしか意識を向けていなかったが、コウメイらが銀狼を屠ってくれなければ、解体作業に気を取られ警戒を忘れた三人は襲われていたかもしれなかったのだ。
「一度にこれだけ狩れるなら上等だ。けど森にいるのは角ウサギだけじゃない。銀狼も魔猪も魔羊も、大百足や大蜘蛛だっている。戦闘が終わったからといって気を抜けば、たった一頭の銀狼に襲われて全滅の可能性だってある。解体中も誰か一人は周囲を警戒しておくこと、狙う獲物以外の敵の存在も意識すること、そんなトコだな」
指折り数えながら注意点を並べていたコウメイは、沈み込んでしまったコズエたちに「解体はできるのか」とたずねた。
「角ウサギの解体をギルドで習いました」
ヒロは銀狼の皮を剥ぎはじめたコウメイの手元を、決して見逃すまいと凝視している。
「ならウサギくらいしか練習させてもらえなかっただろ?」
「失敗されると困るし、基本は同じだからウサギで十分だ、でしたね」
「じゃあ銀狼の解体、やってみろ」
「いいんですか?」
「こいつは毛皮にしか値がつかない魔獣だが、上手く処理できてれば三百ダルにはなるぜ。肉じゃなくて皮が必要な魔獣はだいたい同じだから練習しといて損はないぞ」
解体の練習はヒロだけでなくコズエやサツキもやりたがった。コウメイが手本を見せ、三人が順番に銀狼の毛皮を剥いでゆく。
その間のアキラは見張りを兼ねて薬草採取をしていた。たまに魔獣も見かけたが、近づいてこない限りは放置だ。向かってくる場合は、自動弓で屠れる魔獣は倒し、そうでないものは魔法で追い払っていた。
「これも練習に使え」
練習を兼ねた皮剥ぎを終えた四人のところに、アキラが双尾狐を持ち帰った。
「おー、双尾狐か。コイツも毛皮は高く売れるぞ」
双尾狐の毛皮は特に尾の部分が重要だ、とコウメイの解説が始まり解体講習の二時限目が始まったのだった。
+++
角ウサギ十二羽、銀狼三頭、双尾狐一頭、魔猪一頭。
その日コズエたちが屠った獲物の数である。
「……信じられない」
「一日でこんなにたくさん」
箱台車に積み上げられた獲物は幻かもしれない、と目を疑いながらコズエたちは何度も瞬きを繰り返していた。
「やっぱりコウメイさんやアキラさんは凄い」
「俺たちだけじゃ銀狼や魔猪はとても無理だな」
いつもよりも格段に重い箱台車を押すヒロの眉間には、焦りの深いシワがあった。
「何言ってんだ、今日の成果はコズエちゃんたちが頑張った結果だろ」
「でも、それはコウメイさんたちが譲ってくれたからです」
動きの速い銀狼の攻撃を防ぎ、逸らされ続けるコズエたちの攻撃が当たるように足止めしたのも、魔猪の注意を引き囮役を務めたのも、すべてコウメイとアキラだ。
「一番危険なところを二人に押しつけて、私たちだけがいいトコ取りしたみたいで、なんか、嫌です」
経験の差を思い知らされたが、それ以上にお膳立てされないと一人前に狩りもできないのかと不甲斐ない自分に腹が立っていた。それはコズエだけでなくヒロもサツキも同じ気持ちのようだった。獲物の山を前に複雑な表情を誤魔化しきれていない。
「いいトコ取りなんかじゃなかったけどなぁ」
コウメイもアキラも三人のフォローに徹していたが、決して手柄を譲るとかそういった考えはなかった。
「手柄なんて思考になるとは思わなかったぜ、なぁ?」
アキラはコウメイに肩を寄せ、三人に聞こえないほどの小声で言った。
「早めにすり合わせしといたほうがいいぞ」
「……だ、な」
よし、と気合を入れたコウメイが弾んだような声を作った。
「ナモルタタルのギルドはコズエちゃん達の方が慣れてるんだから、早めに査定してもらって換金しようぜ。たっぷり稼げたんだから今日くらいは贅沢な飯を食べたいんだけど、美味しい店は知らないか?」
「え、どう、かな?」
「俺達は宿の食堂以外で食べたことないので」
「なら二人が査定してもらっている間に、サツキがギルド職員に聞いてきたらどうだ?」
「私が?」
背中を軽く押され、サツキは驚いて兄を振り返った。
「サツキたちが懇意にしているあのギルド職員なら、宿屋よりも美味しい料理屋くらいは知ってるんじゃないか?」
「できたら個室のあるお店がいいから、そーいうお店を紹介してもらってくれると助かる。頼んだよサツキちゃん」
「あ、はいっ」
コズエとヒロはコンテナを押して査定受付カウンターへ、サツキはいつもの定位置に座っているエドナの元へと歩き出した。
「エドナさん、教えていただきたいことがあるんですが」
街の飲食店の情報、特にエドナの個人的なお勧めもあれば聞きたいと尋ねたサツキに、エドナは珍しく笑みを浮かべてから、ギルドの紹介があれば割引もあるという個室のある飲食店を三つ紹介した。一つは値段のわりに量の多さで冒険者に人気の店だ、もちろん味はエドナが保証しているから心配はない。二つ目は繊細な料理で少しばかり値段の高い店。三つ目は味も量も普通に満足できるが、デザートに珍しい菓子が出て来るという店だ。
サツキは持ち歩いている板紙に店の名前と場所をメモしてから礼を言い、兄の元へ戻ろうとして足が止まってしまった。
コウメイとアキラはロビーの片隅で、真剣な顔で話をしているようだった。
「……もしかして」
それぞれを指定して仕事を割り振ったのは、自分達に聞かれたくない話があったのだろうか。
すぐに兄の元に戻ってはいけないような気がして、サツキは依頼掲示板に寄り道して時間を稼ぎ、コズエたちが戻ってくるのを待った。
+
味と量を優先したいコウメイとヒロ。デザートに珍しい菓子があるという店がいいと主張するコズエとサツキ。
「サツキちゃんが居る方が有利になるのは仕方ねぇか」
妹に甘い兄は当然のように女子グループの店を推したため、五人は宿から通り三つほど離れた店の個室で夕食をとることになった。
他に聞かれたくない話をするのでと断って、デザート以外の全料理を先に運ぶように頼んだ。デザートが必要になったら呼ぶのでそれまでは給仕の出入りを断りたいというと、店側も慣れた注文なのだろう、料理を並べ終わると早々に個室を出て行った。
「「「「「お疲れさまでした!」」」」」
こっそり持ち込んだミント水を注いだグラスを掲げた。カチャ、カチン、と陶器のグラスが音を立てる。
「とりあえず、冷めないうちに食べようか」
「いただきますっ」
「わぁ、美味しそう」
「宿の食事とは違うな」
「そりゃ結構なお値段だもん、当然だよ」
宿代に含まれている食事と、お金を出して食べる食事では味に差があって当然だろう。ちなみに本日の夕食はお一人様八十ダル。日本円で八千円相当の夕食だ。コンビニやファーストフード、ファミレスの食事がスタンダードな高校生にとって、値段も味もかなりの贅沢と感じる夕食だ。
美味しい食事は人を幸せにする、というのはコウメイの持論だ。狩りの収獲を前に落ち込んでいた三人の表情には、食事が進むに連れ笑顔が戻ってきた。
そろそろ料理に伸びる手が疎らになってきた。コウメイはフォークを置いて全員を見回した。
「俺は割とやり込んでるゲーマーだったんだ。受験が本格的になってから休んでたけど、オンラインゲームはいくつかで遊んでた。アキは俺が誘ってゲーム始めたけど、ほとんどログインしてなかっただろ?」
「受験が終わってからコウメイに付き合おうかと思ってたからな」
並行して色々とこなせるほど器用じゃないとアキラは苦笑いだ。
「お兄ちゃん、オンラインゲームをしてたんだ」
妹の知らない兄の一面にサツキは少し戸惑いを覚えているようだ。
「コウメイさんもゲーマーだったんですね。私もオンラインゲームはやり込んでましたよ」
転移した瞬間から興奮しはしゃいでいたコズエだ。
「ヒロはどうなんだ? ゲームは遊んだことは?」
「コズエに誘われて最初の方を少しだけ」
面白さを感じる前にヒロは柔道の練習や大会で忙しくなり、ゲームはほとんど初心者だ。
「じゃあこっちの世界に来てどうだった? 俺はちょっとだけ『やった!』って思ったよ」
「あの時のコウメイは浮かれてたよな」
「アキは……怒ってたな」
そういえば土下座したんだったなと視線を逸らせたコウメイ。
ふふ、とサツキの思い出し笑いがこぼれた。
「コズエちゃんも凄く張り切ってました。門兵さんとの会話も、冒険者ギルドでの登録のときも、私とヒロさんは何していいかわからなくて流されてたのに」
「ああ、コズエの鼻息は荒かった」
「そ、そんなに酷くなかった、よ?」
全員の笑い声が個室に心地よく広がった。
「じゃあゲーマーなコズエちゃんの目から見て、今日の狩りはどうだった?」
突然話が飛んだことにコズエはグラスを持つ手が固まった。
「俺達は五人でパーティーだろ。熟練ゲーマーとして今日の狩りは『ズル』だって思うかな?」
「……思いません」
そういうことか、と、コズエはようやく納得した。
自分がやりこんでいるゲームにヒロを誘ったときも、一緒に楽しむためにヒロのレベル上げに協力して何度も戦闘をした。柔道に専念するためにヒロはログインしなくなったけれど、ゲーム内の友人達と協力してレベル上げのサポートをしたり、助けてもらったりしていた。
今日は魔獣狩りの経験の高いコウメイとアキラが、少しでも安全に狩りを行うためにコズエたちをサポートしてくれたのだ。勝ちを譲られたとか、お膳立てされた狩りを悔しいと思うのは間違っている。
「俺たちだってハリハルタでは冒険者歴二十年のベテランにかなり鍛えられたしな」
「周りに上級者が居てフォローをしてもらえたから、魔法を使う経験も積めた」
だから卑屈にならずに遠慮なくサポートされておきなさい。
「俺たちはパーティーだろ。今日は役割を分担しただけだよ。今日の俺たちの仕事は、コズエちゃん達に狩りのコツを教えるための下準備、コズエちゃん達の仕事は獲物を屠ってその感触を覚えて次に活かせるようにすることだ。無理して怪我したり死んでしまったら意味がない。だから安全第一だし、安全を確保した範囲で少しずつ狩りのコツを身につければいいんだよ」
「コウメイさんやアキラさんに負担にはなりませんか?」
「大丈夫。むしろ楽になってる」
「ゲームみたいに、とどめ刺した奴にしか経験値の入らないような世界じゃないんだよ。逃げることも、警戒することも、仲間の攻撃を観察するだけでも十分に経験になる。柔道やってたヒロならわかるよな」
「はい、相手をよく見て観察する事は重要です」
手本になる動きを何度も繰り返し見て、それを自分の身体で再現してゆく、それが柔道の技を学ぶ基本だった。
「俺たち、今のままじゃダメだな」
「ええ、怖いからって角ウサギで満足したけど」
「もっと強い魔獣を倒せるようにならないと、ゴブリンを相手に出来ないね」
ため息をついたコズエにコウメイが尋ねた。
「コズエちゃんはゴブリン退治をしたいんだ?」
「え、いいえ。そういうつもりはないですけど……」
「けど?」
「コウメイさんたちはもっと強い魔物を討伐したいんじゃないですか? 私たちはゴブリンすらまだまだです。ギルドの資料にはオークとかサラマンダーとか飛竜とか、凄いモンスターもいるって書いてあって、そういうのを倒すためにはもっと強くならないといけませんよね?」
コウメイとアキラは驚いたように顔を見合わせてから、苦笑した。
「俺らってそんな風に見えてたんだ?」
あれ? とコズエは不安になった。二人が落胆しているような、困っているような、そんな風に見えたからだ。
「そもそも、何のために冒険者をしているのか、そこを考えないといけないと俺は思う」
アキラの静かな言葉は、声の穏やかさに反してコズエたちの胸に刺さった。
「俺達はこの世界で手っ取り早く金を稼ぐために冒険者を選んだ。俺は最初は少し浮かれてて、冒険者生活を楽しみたいと思ったけど、主な目的は金だった。じゃあ今は何のために狩りをしているんだと思う?」
コウメイが尋ねた、今日五人で狩りをした理由、それは。
「効率よくお金を稼ぐため、ですよね?」
答えたサツキにうんうんと頷いてコウメイは続けた。
「それじゃ、お金を稼ぐ理由は?」
「お家賃……」
「それもあるけど、俺たちがこの世界で安全で快適に暮らせる環境を手に入れるため、じゃないのか?」
あっ、と三人は顔を見合わせた。冒険者になったのは自分たちでもお金を稼ぐ事のできるただ一つの手段だったからだ。最初は宿代と食事代の為に、サツキが兄に合流したいと言った頃からは、移動のための旅費と身を守る武器や防具を買うためだった。
今自分たちが冒険者として狩りをしているのは、新しい住まいとそこでの生活のため。
「この世界で生きるのはそんなに難しくないと思う。けど生き延びるのはもの凄く難しいことだと俺達は思ってる」
二人の言葉にはスタンピードを戦い生き抜いた実績の深みと強みがあった。
「だって死んじゃったら終わりなんだぜ」
この世界はファンタジーだけど、現実だ。ケガは錬金の治療薬であっという間に治るけれど、薬が間に合わなければ最悪死んでしまう可能性は高い。
「俺もアキも竜殺しの称号……なんてのがあるのかどうか知らないけど、そういう強さを証明する物は欲しくない。でも強くなりたいとは思っている。死にたくないから」
まるで死か、それに近い経験をしてきたような言いようではないかと、サツキは息を呑んだ。恐る恐るに兄の袖を掴み、ぎゅっと握り締めて唇を噛む。アキラはサツキの手に手を重ね、宥めるように優しく叩いた。
コズエは改めてコウメイとアキラを尊敬の目で見た。転移の条件は自分達と同じだ。いや、最初にナモルタタル近くに振り分けられた自分達は恵まれている。自分達より厳しい境遇から、コウメイたちは生きてナモルタタルまでたどり着いてくれたのだ。
「堅苦しい話になっちゃったけど難しく考えなくていいから。とりあえず死なないことと、あとは好きなことを楽しむために冒険者を続けるって事でいいと思うよ。コズエちゃんはハンクラってのをやりたいんだよな?」
「あ、はい。ハンドクラフトっていって、モノ作りです。ゲームでも素材集めてアイテム作るのをメインにやってたし。ここでは何が作れるのはわからないけど、自分にしか作れないものを作りたいかな」
「サツキは何をしたい?」
「今は考え付かないけど、お菓子が作れたらいいなって思う」
「ヒロはどうだ?」
「俺は……柔道は相手がいないとできないし」
「強くなりたいのなら、柔道じゃないけど俺らが鍛えてやれるぞ?」
「お願いします」
雰囲気を変えるためにコウメイは給仕を呼んでデザートを出してもらった。
器に盛られていた白いもこもこした物の上には、細かく砕いた木の実と紫色のソースがかかっていた。
「これ、チーズっぽい?」
「リコッタチーズに似てます」
「この紫色のソース、甘くて美味しい」
「ブドウかな、ベリーかな、甘みは少ないけど濃厚で美味しいな」
この世界に来て初めて食べる甘味に、五人の表情がゆるく崩れた。
やはり美味しい食事は、幸せになれる一番簡単な手段だとコウメイは思うのだった。
+
「最後にパーティー資金の話だけど」
もともと今日五人で狩りに出たのは生活費に目星を付ける為だった。
本日の収入は二千五百四十ダル。
「毎日これだけの収入があるとは約束できないけど、目安にはなると思う。不安はなくなっただろ?」
「はい。一日置きにこれくらいの収入を得られるなら安心です」
「その日の収入の七割をパーティー会計に入れて、三割を五等分して個人の財布に入れるのはどうかな?」
「三割は多くないですか?」
「でも今日の額だと一人あたり百五十ダルだよ。ハンクラの材料買うのも、お菓子作りの材料費を買うのにも足らないんじゃないかな?」
コズエはサツキと小声で確認し、ヒロとも同じように何かを話してから改めて答えた。
「趣味に手を付けるのはもう少し先になると思いますし、今は生活基盤を整える方が優先されると思うので、パーティーに九割くらいでもいいと思います。あ、コウメイさんたちが足りないというなら、私はしばらくお小遣いなくても大丈夫なので」
「俺たちの財布は心配しなくていいよ。じゃあ当面は九割にしようか」
共同生活の要である家計の収支についても大雑把に話し合い、衣食住に武器や防具や回復薬などはパーティーの会計が負担することになった。
「冒険者は身体が資本だ。休養日は設定するべきだと思う」
「そうだな、疲労が溜まった状態で魔獣を相手にするのは危険だ。三日働いて一日休むくらいがいいと思うけど」
転移して以降、休みなしに採取や狩りを続けてきた。そろそろ体を休めることも必要だろう。そう提案した二人に、休養日をつくるのは賛成しながらも、ヒロが別の提案をした。
「この世界のカレンダーに合わせて、五日活動して一日休日にする方が分かりやすくないですか?」
一週間は六日間、一ヶ月が三十日、一年は十二ヶ月間。これに始まりの日と終わりの日を加えた三百六十二日がこの世界の一年だ。
「休みが多いと身体が鈍りそうな気がして」
「そうね、今日の狩りくらいの感じなら、ヒロさんのスケジュールの方がいいです」
「やってみて身体がキツイならまた話し合うことにしませんか?」
森に出て稼ぎのない日はあっても、自分たちで稼がない日を作るのは不安になるのだとコズエたちは言った。ある程度生活に余裕が出てきて、貯金ができるまでは仕方がないかと、コウメイとアキラは三人の気持ちを優先した。
「俺達はそれでもいいよ」
+
夕食とミーティングを終えて五人は夜の街を宿に向かう。
明日からの買い物について話しながら歩く三人から少し遅れ、アキラとサツキが並んで歩いていた。
ミーティングでのアキラとコウメイの言葉から、生死の分かれる窮地を経験したのだと悟った。何も話してくれないのは妹を心配させたくないからだとわかっている。
でも。
「どうしたサツキ?」
突然腕に抱きついてきたサツキに、アキラは不思議そうに足を止めた。
「無茶だけはしないでね。私も安全第一で頑張るから」
兄は妹に甘い。自分が危険に陥ればアキラが無理をして救おうとするのは間違いないとサツキは知っていた。だからアキラが危険に踏み込まないように、ブレーキになろうと決めた。
「心配するな」
アキラは愛しむようにサツキを見つめ、優しくその髪を撫でた。
説教臭い話になってしまいました。




