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新しい人生のはじめ方~無特典で異世界転移させられました~  作者: HAL
第2部 冒険者生活の楽しみ方

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共同生活のススメ 1 ミーティング

共同生活のススメ 1 ミーティング


 宿に戻った五人は、食事を持って部屋に集まり、食べながら話し合いを続けた。

 ギルドで借りた家に住めるのは三日後からだ。それまでに生活必需品の買い出しや、そのための資金調達をしに行かなくてはならない。金ならコウメイもアキラもたんまり持っているのでそれを使えばいいと言われたが、三人はそれをきっぱりと断った。


「遠慮しなくていいんだよ?」

「遠慮じゃありません。それはコウメイさんたちが稼いだお金ですよ。ゴブリン討伐隊で死にそうになりながら頑張った対価でしょ。私たちだって冒険者としてそれなりの稼ぎはあります」

「お兄ちゃんのお金はお兄ちゃんのために使って」

「初回の家賃を出してもらってます。それだけで十分すぎるくらいです」


 家賃や生活費を大雑把に把握するため、それぞれが意見を出し合った際に、コズエたち三人の手持ち資金で初回家賃を支払うと、生活に必要な細々とした物を買うだけのお金が残らないことが分かった。そのため潤沢な資金を持つコウメイらが初回家賃を負担し、以降はパーティーで得た収入で家賃をまかなうことに決めたのだ。


「引越しに際して購入する生活備品は、私たちから千ダル、コウメイさんとアキラさんから五百ダルずつの二千ダル以内で購入します」


 食器にカトラリー、鍋にフライパンに調味料、寝具、洗濯用品。宿屋生活では自分たちで所有する必要の無かった物を沢山買い揃えなくてはならない。


「とりあえず必要最低限だけそろえて、足らないものは追加していくのでいいですか?」

「いいと思うよ。ついでに役割分担とかのルールを決めておかないか?」


 他人が共同で生活するのだ、最低限のルールを作っておく必要がある。


「掃除当番とか料理当番とかですよね。ちゃんと順番を決めて交代にした方がいいですよね」

「いや、出来れば俺は台所専任にしてほしい」

「そういえば作りたいって言ってましたね」


 サツキは兄を見て尋ねた。


「お兄ちゃんはコウメイさんの料理を食べたことあるの? 美味しい?」

「食える」

「そこは食えるじゃなくて、美味いって褒めるところだろアキ!」


 証明してやるとコウメイはカバンから木筒を取り出し、三人の手の平に少しずつ乗せた。


「これはアキに協力してもらって作ったハーブソルト。味見してくれ」


 細かく刻まれた乾燥した植物と粉状に砕かれた岩塩、ぺろりと舐めてみたら。


「わぁ、美味しい」

「マジックソルトみたい」

「これを自分で作ったんですか?」

「こっちの人たちが雑草だと思ってる植物の中に、使えるハーブがあるってアキが教えてくれたからさ、暇を見つけて作ってたんだ。これで食べた魔猪の焼肉は美味いぞ」


 ごくりとヒロの喉が鳴った。

 コズエの顔も「食べたい」と書いてあるように期待に輝いている。


「貸家の台所なら色々とメニュー研究も出来るし、俺は台所専任になりたい」


 ハリハルタで激マズ配給料理を食って以来、コウメイは美食探求に傾倒しかかっている。特に自分で狩った魔獣の廃棄部位がもったいないと常々思っていたのだ。ギルドが買い取ってくれない部位でも、美味く利用すれば良い出汁のでる素材は山のようにある。魔猪骨スープ、作りたい。


「あ、でも流石に毎日三食全部ってのはキツイから、誰か手伝ってくれると嬉しい」

「それなら私がお手伝いします」


 そう言って手をあげたのはサツキだった。


「私もずっとお菓子が作りたいって思ってて。この世界で何処までできるかわからないけど、色々作ってみたかったんです」

「サツキちゃんはお菓子作りが趣味なのか?」

「甘い物が好きなので、向こうでは結構作ってました。こっちのお菓子は甘さ控えめで、美味しいんですけど数も少ないし、何より高いんですよね」


 塩や砂糖と言った調味料は産出地からの輸入に頼りきりのため値段が高い。特に砂糖の産出地は限られているため、菓子などに使われるのは花蜜や蜂蜜が主流だ。蜜もそれなりの値段がするので、庶民の食べる菓子は果物などの甘みを活かした素朴な物が多かった。


「向こうのお菓子に近いものを作りたいんです」

「俺はお菓子の方は分からないけど、協力できそうなところは一緒に研究してみようか?」

「はい、お願いします」


 台所担当食事係はコウメイとサツキに決まった。


「じゃあ掃除当番と洗濯当番は残り三人で交代でいいですか?」

「それでいいよ」

「問題はないが、掃除をする場合は各自の部屋はどうする?」



 アキラの提案は掃除当番の担当箇所は共有部分だけにして、各自の個室は自分たちで維持管理するべきだということだった。


「プライバシーもあるし、女の子たちは男に部屋に入られるのは嫌だろう?」

「そうですねぇ。見られて困るものは今のところ無いですけど、確かにプライバシーは重要です」

「その前に部屋割り、どうしますか?」


 五人の借りた一戸建ての寝室は三部屋しかなかった。


「兄妹で同室になるなら、俺はヒロと同室だな。コズエちゃんは個室になるけど大丈夫?」

「私はサツキと同室がいいですけど、兄妹で水入らずがいいならそれでも」


 そう言ったコズエに首を振って答えたサツキだった。いくら仲の良い兄妹でも、この年齢で同室はありえない。


「私もコズエちゃんと一緒がいいです。女子同士の方が気を使わなくていいもの」

「じゃあアキは俺と同室な。ヒロは個室の方が気が楽だろうし」


 ほとんど面識のない年上と寝起きするなんて、寛げないんじゃないかとコウメイがヒロを労わった。


「いいんですか?」

「いいって。寝汚いアキを個室にしといたら、何時になっても起きてこなさそうだからな」

「俺は休みの日以外はちゃんと起きているだろ」


 こうして部屋割りは決定した。


「掃除の範囲は決まったとして、洗濯はどうしますか?」

「こっちもプライバシーに関わるしなぁ」


 冒険者の衣服は汚れる。シャツやズボンならまとめて当番に洗濯してもらってもいいが、下着となると色々と問題が生じそうだ。


「そういえば皆さんは着替えを何着くらい持ってますか?」


 コズエが板紙にメモを取りながら各自に確認を取っている。


「私たちは同じ服を連続して着ないように最低三着の着替えを持ってます。コウメイさんたちは?」

「俺はシャツ三着と上着とズボンは二着ずつだな」

「シャツは三着、ズボンは二着、上着は一着」

「下着は?」

「それは二着ずつ、かな?」


 買い足す必要はあるが、移動生活で荷物を増やせなかったのだ。


「二人のシャツってかなり傷んでますよね。清潔なんだけど、破れてるところもあるし」

「ゴブリンに引っかかれまくったからなぁ」


 二人とも転移してきたときに着ていた最初の服は、既に用済みになって捨てている。


「この際だから、新しく買うか作るかしません?」


 コズエは二人をまっすぐに見つめ、期待を込めて言った。


「出来れば私に作らせてもらえると嬉しいな」

「え、作るの?」

「はい。せっかくの一戸建て生活だし、ハンクラするならまずは身近なところの必要にされるものを作りたいんです」

「洋服、作れるんだ?」

「複雑なデザインの物は無理だけど、アキラさんが今着ているようなシャツなら作れますよ。それと戦闘で破れたりしたときは言ってもらえたら繕いもします」


 作りがいがありそうなので楽しみです、と笑うコズエは、趣味を満喫するためなのでと言って作業代を受け取ろうとはしなかった。せめて材料費を多めに渡すことにして、二人はコズエに新しい服の製作を依頼したのだった。


「それで洗濯だけど、シーツとかタオル、下着以外の服は当番がまとめて洗うのが効率いいと思います。下着は抵抗なければ洗濯係に託してくれればいいですよ」


 そうは言われても、おそらく女の子は女の子同士でまとめての洗濯になるだろうし、男たちは自分の下着は風呂ついでに自分で洗濯になりそうだった。


「さて、一番重要な風呂だが」


 一番かよ、というコウメイのツッコミを無視してアキラは続けた。


「これから冬になることを考えると、洗い場で水で汚れを落とすだけではキツくなってくると思う」

「分かります。お風呂、欲しいですよね~」

「あったかいお湯につかりたいです」


 女の子二人は揃ってため息をついた。男二人はそこまで風呂に執着はなかったが、確かに冬になったら水風呂は避けたい。

 だったら、とコウメイがさらりと言った。


「洗い場に湯船を作ればいけるんじゃないか?」

「どうやって?」

「ドラム缶……はこっちには無いだろうから、でっかい樽とか桶とか買ってきて、お湯を入れれば湯船になるだろ」


 子供の頃に林間合宿で経験したドラム缶風呂なら直接湯も沸かせるが、それが無理でも湯を溜められればいいわけだからとコウメイが言うと、皆の表情が明るく弾けた。


「それ、アリです!」

「桶とか樽は何処で買えるんでしょう?」

「エドナさんに聞いてみるか」


 冒険者ギルドの職員だが、彼女なら何でも知っていそうだ。


「いっぱい買わないといけない物があるのね」


 コズエが記録した買い物一覧の品目を見てサツキがため息をついた。予算の二千ダルで足りないかもしれないと気づいたのだ。


「引っ越し終わったらすぐに狩りに行かないと」

「その事なんだけど」


 コウメイはアキラと視線をかわし、前々から提案しようと思っていたことだと前置きして言った。


「これからはパーティーとして活動するわけだけど、収入の一部はそれぞれの個人資産になるように配分する気はないか?」

「個人資産、ですか?」

「そう。俺たちはゴブリン討伐で結構な報酬を受け取ってて財布に余裕がある。コズエちゃんたちは収入は全部合算してて、個人のお金は持ってないだろ? 拠点を決めたことで趣味を楽しむ機会も増えるだろうし、個人的な買い物をすることもあると思う。そのためにはパーティーの報酬のうち、共同生活の財布と個人の財布への分配率を決めておいたほうがいいと思う」


 確かに、とコズエは納得した。自分はハンクラの材料を買いたいと思っているし、サツキやヒロだって自分のために買い物をしたいはずだ。

 けれど。


「生活費がどれくらいになるかわからないんですよね。収入も不安定だし」


 冒険者家業は究極の自由業であり、不安定な職種だ。しかも自分たちはまだ駆け出しで、毎日決まった収入を確保できているわけではないとコズエは不安そうに眉を寄せた。


「サツキたちは一日にどれくらい収入があった?」


 兄に尋ねられてサツキはコズエと二人で活動していたときの額を言った。


「薬草採取でだいたい百二十ダルくらい、角ウサギは最近は毎日三羽くらいは狩れてたから、少ないときで全部で三百八十ダルくらい」

「狩りが上手くなってるじゃないか」


 自分のいない間にずいぶんと狩りの腕をあげているのだなと、ヒロは感嘆の声をあげた。コウメイも頷き、アキラも目を細めて妹を見ている。


「なかなか頑張ってるじゃないか。それなら心配ないだろ」


 褒められた二人は顔を見合わせ、照れくさそうに笑った。


「このあたりはもっと稼げる魔獣が生息しているようだし、そっちを中心に狩りをすれば収入は増える。魔物退治でギルドから討伐報酬をもらうことも考えれば、収入は心配しなくていいと思うぜ」


 魔物と聞いて、コズエとサツキの笑顔が見る見る間に萎んだ。


「魔物……私たちにできるかなぁ」

「足を引っ張りそうなんです、けど」

「角ウサギを相手にしてもケガしてないようだし、大丈夫だと思うけどなぁ」


 二人だけで魔猪を相手にしろとか、魔物を討伐しろとか言ってるわけじゃない、自分たちがサポートするから大丈夫だとコウメイが繰り返したが、それでも二人は不安を払拭できないようだった。


「そんなに不安なら、明日は魔猪狩りに行ってみようか」


 コウメイがにっこりと笑った。



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