嘘つきな二人
嘘つきな二人
「……疲れたね」
「うん」
コウメイが突拍子もないことを言い出したときは、何の芝居を始めたのかと驚いたコズエたちだった。同じように驚いていたアキラが止めなかったこともあり、訳ありだろうとなりゆきをハラハラしながら見ていたのだ。コウメイがエドナとやり取りする口調は酷く芝居がかっていて、とても口を挟んだり、あの場所でアキラに尋ねることもできなかった。
サツキは少しばかり不安そうに兄を見上げた。
「お兄ちゃん、大丈夫なの?」
「エルフというのは、隠さないといけないものなんですか?」
ヒロも思うところがあるのか探るようにコウメイに視線をやった。
五人は屋台で買ったサンドイッチを持って街の外に出ていた。街壁から少し離れたところにある木の陰で遅い昼食だ。街の門も、街道も見える開けたその場所は、盗み聞きをされたくない話題を出すには丁度いい場所だった。
「サツキちゃんたちはこっちに転移してから、人族以外の人間を見たことはあるか?」
「そういえば、見たことないですね」
ファンタジー的な種族に詳しいコズエが断言した。
「冒険者ギルドがあって、魔物がいて、魔石とかもあるのに、人間しか見たこと無いです」
「でも冒険者ギルドの登録項目に『亜人』があるってことは、居るはずですよね?」
「そう、どこかに存在するけど、実際に見るのは稀なのが亜人族らしい」
存在しないならあんな項目があるはずないと言うヒロに頷いて見せ、コウメイらはベテランから学んだ忠告まじりのエルフや亜人についての話をはじめた。
「この世界は圧倒的に人族が多い。人族が六から七割、亜人族が三から四割だそうだ」
「三割もいるなら街中で見かけてもおかしくないですよ?」
ゲームのキャラメイクで獣人やエルフが溢れかえっていることから、この世界に獣人やエルフやドワーフが居るのなら出会ってみたいとコズエは思っていた。でもナモルタタルの街の住民にも、冒険者にも、亜人族らしい人は見当たらない。
「この世界の亜人族ってのは、種族ごとに固まって隠れ住んでいるんだと。割と閉鎖的らしい。たまに交易のために人族の町にやってきたりするけど、たいていは変装しているし、決まった町にしか現れないってさ」
亜人族で最も多いのが獣人族だ。獣の種類は多種多様だが、毛皮と尾を持つ獣人は全て獣人族となる。
「猫耳も、犬耳も、ウサギ耳も、全部まとめて『獣人族』なのね」
「人族か、それ以外かで分けてるのか」
それぞれがギルドの種族申告が人族と亜人族の二択だったことを思い出した。
「獣人族は頻繁に人族と交易をするから、冒険者登録や商人登録をするんだってさ。んで、たまに好奇心旺盛なのが居て、人族と一緒に魔物討伐したりしてるらしいぜ。そういう獣人は十数年に一人くらいみたいだけどな」
ギルドの種族申告欄は、人族にまじって冒険者生活をおくりたい獣人族のためにあるといってもいい。
「十数年に一人で頻繁なの?」
「おう、エルフに比べりゃ珍しくも無いらしいぞ」
「じゃあエルフは何年に一人なの?」
「マイルズのおっさんが言うには、数十年に一人いるかいないか、だそうだ。下手したら百年かもしれねぇって事だから、普通の人間は生きてる間にエルフに会うことはほぼないらしい」
「そんなにっ?」
エルフを基準にすれば獣人は確かに「頻繁」なのだと納得できる。
「それくらい珍しいから、普通の人はエルフ族の存在すら忘れてるし、普通に冒険者やってる輩も獣人のことは知ってても、エルフの存在には気づかない。知識として『エルフ族ってのがいたらしい』くらいは知ってても、出会うことは無いって思い込んでるから、多少耳の尖った人間がいても、突然変異の獣人族だって主張すれば誤魔化せる」
コウメイがギルドで突き通した主張はマイルズの入れ知恵だった。
「だからウサギの獣人なんですね」
「耳の長い動物はウサギくらいしか思いつかなかったしな」
コウメイの解説を止めなかったが、アキラの表情は不本意だと主張していた。
「そうまでして隠そうとしたのは、お兄ちゃんがエルフ族だと何かよくないことがあるからなんですか?」
兄を心配して表情を曇らせたサツキに、アキラが笑みを見せて安心させた。
「大丈夫だ。前に居た町でエルフなのを理由に少し絡まれたことがあったんだ。余計なトラブルを避けるために、誤魔化しておきたいだけだから」
「絡まれたって、アキラさんもですか?」
「も、ということは、君たちも何かトラブルに巻き込まれたのか?」
コズエの言葉を聞き逃さなかったアキラが、コズエと妹を交互に見て「正直に話せ」と迫った。
「えーと、下品な冒険者にナンパされて、乱闘になりかけたところをヒロくんが投げ飛ばして一件落着、みたいな?」
面白がっているような顔でコウメイがヒロをつついた。
「街中で乱闘やったのかよ。相手も丸腰だったのか?」
「相手は剣を抜いたけど、まあ、素早く懐に入って投げ飛ばしたんで」
「ヒロくんの投げ技は凄かったんだよ」
「私が見たのは二人が憲兵に連れて行かれるところだったの。ヒロさんの勇姿を見損ねました」
あれは憲兵の詰所で事情聴取という小言を聞くという滅多にできない経験だった。
「それでアキラさんの経験したトラブルってどんなのですか?」
「大変だった?」
目の前に居るのだから無事に切り抜けたのだろうとは思うが、どんなトラブルでどうやって切り抜けたのか好奇心が湧いた。
「コズエちゃんと同じ悪質なナンパみたいなものだったよ。アキを引き抜くための強引な勧誘だったから断るのに苦労したぜ」
コウメイはおどけるような口調でそう説明した。
「冒険者の勧誘なんてあるんだ……それって凄く強いからですよね?」
「いや、そいつを追い払った時は俺らも弱かったぜ。まだ武器を買えてなくて、アキはナイフだし俺は木刀だけだった。そいつの目的はエルフの特性だったんだと思う」
「特性?」
「俺らが魔力と魔法について知ったのはゴタゴタがあった後だったんだけど、エルフってのはほぼ全ての属性の魔法が使えるらしいんだよ」
コウメイは自分たちが農村で教えられたこの世界の魔力と魔法について要約して解説した。
「エルフが全属性魔法が使えるってのを知ってた冒険者に絡まれて苦労したんだよ。あの頃の俺らは魔力について何も知らなかったし、魔法だって使えなかったのにな。しかもあんまり性質のいい冒険者じゃなかったから……迷惑極まりないヤツだった」
そう言ったときのコウメイの目が、一瞬だけ鋭く流れた。
「ハリハルタで世話になったおっさんに、エルフってだけでも余計な注目を集めるし、冒険者として有名になるつもりがないなら、魔法が使える事も隠しておけってアドバイスもらってな。だからアキは魔力の無い獣人族だってことにしたんだ」
犬や猫系動物の足の速さ、大型動物の筋力や攻撃力、獣と同じ嗅覚に聴覚。そういった優れた身体能力を持つかわりに、獣人族には魔力がない。
「ええっ! じゃあ猫耳の魔法使いとか、いないんですか?」
「いないらしいぜ。獣人族は完全に前衛戦士系ばかりだそうだ」
「ムキムキで、もふもふか……」
何を想像しているのかコズエは唇を尖らせて唸っている。
そういう理由ならアキラをウサギ獣人だと言い張って通すのも納得できた。
「この街に魔法職っぽい冒険者って見たことあるか?」
コウメイの問いに三人はそろって首を振った。
「私は無いかな」
「俺も、見た記憶は無いです」
「私も」
「じゃあ魔法が使えるようになっても隠したほうがいいな」
コウメイの言葉を聴いてサツキが不安そうにアキラを見た。
「魔法使いって、そんなに危ないんですか?」
「危ないというよりも、利用されやすいってところだな。スタンピードには強制的に徴兵されるし、街中のナンパより面倒な勧誘とかもありそうだし」
それだけ稀少で珍しいのだ、エルフも、魔法使いも。
「せっかく魔法を使えるようになっても、おおっぴらに出来ないのかぁ。あ、魔法って、私にも使えると思いますか?」
期待に満ちたコズエの鼻息が荒い。
「可能性はゼロじゃないと思うよ。人族の俺だって魔法使えるんだし」
「コウメイさんも?!」
「攻撃には使えないんだけどな。冒険者生活にはすげー役に立ってるぜ」
「見せてくださいっ」
コズエだけでなくヒロやサツキの目も興味の色に輝いていた。
「じゃあ水筒を貸してくれ」
コウメイに促されて三人は自分の水筒を出した。昼食を食べながら水分を補給していたので、中身はほとんど残っていない。指示されるがままに蓋をあけて水筒を並べて置いた。
「俺の水筒の中身はこのとおり」
逆さに振っても一滴の水も落ちてこない。
「俺の魔法は水属性だ。攻撃魔法は無理だが、冒険者生活に俺の水魔法は随分と役に立ってると思うぜ」
そう言ってコウメイは自分の水筒を指先で軽く弾いた。
途端に水筒の口から水が流れ出す。
「わ、凄いっ」
「私の水筒が満タンになりましたよ?」
「俺のもだ。三本とも満タンになった……コウメイさんの水筒は俺らと同じサイズだし」
「魔法で水を出したんですね!」
「便利だろ?」
コウメイの水魔法があるおかげで、狩った獲物を水場まで運んで解体する手間が省ける。その場で血を洗うことができると効率も良くなるし、なにより飲み水の心配をしなくて言いのはとても助かるのだ。
もう一度水筒をノックすると水の流れは止まった。
「水筒からじゃないと水は出ないんですか?」
「いや、何処からでもできるけど、誰かに見られてたらまずいだろ」
水筒から水を流すのであれば、誰にどう見られても不自然ではない。
「私はお兄ちゃんの魔法を見てみたいな」
サツキが隣に座る兄を見上げた。その瞳は期待に満ちてほほ笑んでいたし、コズエもキラキラさせてアキラを見ている。
アキラは周囲を見回し、耳を澄ませ、わかる範囲に誰も居ないことを確認してから、右の手の平を上にして見せた。
「炎」
短くそう言っただけで、アキラの手の平に小さな火の玉が生まれた。
「ファイヤーボールっ!」
「凄い!」
流石に派手な魔法は興奮する。
「こういうことも出来るぞ」
火の玉を消し、コインを飛ばすように親指で何かを弾いた。
すぐに頭上でバキッと枝の折れる音がし、三十センチ程の長さの枝が三人の前に落ちてきた。
「今のは小さな風の刃を投げた。切れ味は抜群だろう?」
ヒロが打ち落とされた枝を手にとって切り口を見た。直径二センチほどの切り口は、まるで鋭い刃物で一刀したようにキレイな断面だった。
「細い枝だけど、普通に剣で切ってもこうはならないんじゃないですか?」
「居合い術の達人じゃないと無理だな」
「攻撃魔法の威力って凄いのね」
「もし魔法が使えるようになったとしても、魔力量の把握だけはきちんとしとけよ。魔力切れしたら一発で気絶だからな」
コウメイがしみじみと息を吐く。
「戦闘中に気絶したら戦力は一人じゃなくて、担いで逃げるヤツのもあわせて二人マイナスになる。魔物相手の戦闘なら全滅フラグだ」
その状態を想像した三人はぶるっと震えた。
「そんなわけだから俺らの戦闘スタイルって、どっちかというと魔法は補助的にしか使ってねぇんだ。銀狼を誘い出したり、背後からの攻撃されないように火の壁を作って牽制したりとかだな」
コウメイの語る戦闘スタイルは三人の角ウサギ狩りの何倍も難易度が高そうだった。
「アキラさん、コウメイさん、魔法教えてくださいっ!」
身を乗り出してコズエが二人に迫った。
「可能性があるなら魔法使ってみたいです。せっかくの異世界だもん、魔法くらい嗜みたいよね?」
嗜むのか、そうか。ヒロは興奮のままにコウメイの襟首を持って「さあ教えろ、今すぐ!」と揺さぶりかねないコズエを引き剥がして宥めた。
「慌てなくてもいいだろコズエ。いつでも教わる時間はあるんだ」
「教えるのはいいけど、とりあえず引っ越し終わって落ち着いてからだよ。おおっぴらで出来ることじゃないしね」
「わかりましたっ」
引越しが終わり、生活が落ち着いたらすぐにでも教えてもらおうと決めたコズエだった。
隠し事のある二人と、ない三人、でした。




