パーティー名はN629
第2部始まります。
パーティー名はN629
「いま、何とおっしゃいました?」
エドナは驚きにぽかんと開いた口をきゅっと引き締めて、メガネの縁をくいっと押し上げた。ご冗談ですわよね? と唇の端を上げ笑みをつくるが、彼を見る眼は笑っていない。
コウメイは満面の笑顔のまま繰り返した。
「ウサギの獣人なんです」
嘘だ。
アキラはそっと視線を逸らし、サツキは兄の背に顔を埋めて笑いを堪え、ヒロは伸びた爪を手の平に食い込ませて何とか表情を取り繕い、コズエは堪えきれずブハっと噴き出してしまい、慌てて両手で口を押さえ回れ右をした。
「れっきとした、ウサギの獣人なんです」
+++
それは今後の生活についての打ち合わせからはじまった。
五人が宿に滞在する費用は一日二百ダル。一週間で千二百ダル、一ヶ月だと六千ダルだ。一泊二食つきとはいえ割高だ。
「一日二百ダルは稼げない額じゃないが、もったいないと思わないか?」
「でも食事つきなんです、朝と夜の食事代込みの値段としては安いんですよ」
食事なしの宿もあるが、外食だともっとコスト高になるとコズエは強く主張する。
しばらくはナモルタタルの街で冒険者として活動しようと意見の固まった五人だが、いざ定住するとなると解決しなければならない問題が山のようにあった。
「俺さ、料理したいんだよ」
コウメイはハリハルタのテント生活のことを語った。
「日本でも受験勉強の気分転換に自分で料理してたし、美味い物を食いたいってすげー思うわけ」
宿屋の食事は不味くはないが美味しいともいえない。日本人である自分たちの舌にあう食事をしたいと思うのは当然だ。
皆は美味い飯が食いたい、そして作りたいのがコウメイだ。
「宿屋生活じゃ料理はできねぇ」
「わかります。私もお菓子が作りたいです」
サツキがコウメイに同意して訴えた。
「果樹園の仕事で色々な果物を見たじゃないですか。あれをジャムにしたり、パイにしたり。多分酵母も作れると思うので、やわらかいパンも焼けると思うんです」
お菓子作りもパン焼きも宿屋生活では絶対にできない。
「五人で狩りをすれば食うに困ることはないと思うし、家を借りても問題ないくらいに稼げると思うんだ。コズエちゃんだって狭い宿の部屋じゃなくて、広いスペースでやりたいことできる方がいいだろ?」
そう言われると、服を作るために布を広げるスペースが欲しくなってきた。作業専用の部屋なんて贅沢は言わないけれど、寝室の片隅に作業スペースが取れるといいなぁと賃貸に意見が傾いてくる。
ヒロも遠慮がちに。
「俺は、訓練できる場所があれば」
「ヒロは剣を買ったばかりだって言ってたよな。魔猪相手にいきなり実戦やるより、俺らと訓練しといたほうがいいだろ。でアキの希望は?」
「風呂が欲しい」
「お風呂、お風呂っ!」
「それは俺も欲しいけど、なぁ?」
この世界において彼らのいう「風呂」は一般的ではない。こちらでの風呂は経済的に裕福なお屋敷には備え付けられているが、一般家庭や宿屋には無い。しかもこちらのは湯船ではなく、焼いた石に水をかけ立ちのぼる湯気で汗をかくサウナ風呂だ。
「湯船つき物件は絶対に無いだろうなぁ」
「洗い場に大きな桶を入れて湯船にしたらどうかな? お湯を沸かして運べばいいでしょ」
「特注になりそうだが、それしかねぇな」
宿屋を出るか、賃貸物件に引っ越すかと話し合っていたはずが、すでに全員の意見は「賃貸で台所と風呂付物件を探す」に固まってしまっていた。
「じゃあ予算は週に千ダル以内が理想、台所と洗い場の広い物件で、寝室は個室がいいよな?」
防犯と予算の都合で男女同じ部屋で寝泊りしてきたが、可能ならば男女で寝室は分けたいし、さらに許されるなら個室だとありがたい。
「私たちは一緒でもいいよね、サツキ?」
「部屋数で予算に合わなければ、コズエちゃんと相部屋でも大丈夫です」
女子二人は問題ないが、男三人は微妙だった。
「俺は同室でもいいけど、ヒロは居心地悪いだろ?」
日本でも面識はなかったし、ヒロには年下という遠慮があるように感じていた。
「いえ、そういうのはないです」
「俺は個室がいい」
遠慮しているように思えるヒロの言葉に、アキラが重ねるようにそう言った。
「コウメイの寝言はうるさいんだ。熟睡したいから個室を希望する」
「何言ってんだ、俺は寝言なんて言ってねぇぜ」
「熟睡してて気づいてないだけだ」
「何だよ、アキだって寝汚ねぇじゃねぇか。揺すっても毛布はいでも起きないし」
「だからって蹴ることはないだろう」
「蹴られても起きねぇくせに」
「休養日くらいゆっくり寝てて何が悪い」
「朝飯がもったいないから食ってから二度寝しろって言ってんだよ俺は!」
ケンカを始めた二人を放置してサツキがまとめた。
「寝室の数は予算が許す限り多い物件を探すということでいいですよね?」
「それでいいよ」
「だな」
問題なのは賃貸物件をどうやって探すかだ。
「困ったときに頼りになるのはエドナさんよね」
冒険者ギルドは街の他職ギルドや自治組織に伝手を持っているものだ。ナモルタタルには定住冒険者が多いと聞くし、ギルドが不動産屋を兼任していても不思議は無い。
「お昼ごはん食べたらギルドに顔を出してみましょ」
+
「ギルドが部屋を貸してくれるんですか?」
「はい、当ギルドでもいくつかの空き物件を所有しておりますので、条件に合うものがございましたら格安でお貸しできますよ」
賃貸物件を借りたいと相談したコズエに、エドナは微笑んでそう答えた。
「ナモルタタルには長期滞在の冒険者が多いので、街の空き物件をいくつか購入して冒険者の方々にお貸ししております。優良かつ優秀な冒険者には街に定住していただきたい、というのが当ギルドの方針ですから」
「ぜひ紹介をお願いします」
予算と条件を確認したエドナが席を外した。街にも不動産を取り扱う商人の店があるらしいが、やはり勝手知ったる冒険者ギルドが窓口の物件が安全だろう。冒険者独自の事情なども熟知しているので、住んだ後のトラブルは少ないと期待できる。
「お待たせしました。条件に近い物件はこの三件ですわ」
A四サイズの板紙が三枚、カウンターに並べられた。
「予算ぴったりの物件はこちら、部屋数のご希望に沿うものがこちら、三件目は予算も部屋数も少し条件から外れますが、妥協できる範囲ではないかと思いましてご紹介しました」
こちらでの賃貸契約は二週間単位。エドナによれば、どの物件も定期的に掃除し修繕しているのですぐにでも住める状態だという。
「内覧はできるか?」
コウメイが物件の板紙を見比べながら言った。
「文字だけで条件が書かれてても良くわからないだろ。部屋の数はあっても狭すぎたりするのは困るし、立地も重要だ」
こちらには女の子が二人いるのだ、あまり治安の悪い場所は避けたい。
「それでは順番に見ていただきましょうか」
エドナに連れられて五人は賃貸物件を巡った。部屋数が多く庭付きとなると一戸建ての物件に限られてくる。さらに家賃が二週間で二千ダル以内となると、おそらく街の商人の店では一つも見つからないだろうというのがエドナの意見だった。
「こちらが全ての条件を満たす物件ですわ」
外観はごく普通の二階建ての家だった。小さな中庭があるが、洗濯物を干すといっぱいになるような狭さだ。台所も洗い場もあるが、個室が狭かった。置いてあるベッドが床のほとんどを占めており、荷物や着替えを置く収納もないし、身動きもとりにくい。
「寝るだけの部屋って感じだな」
「収納があればコレでもいいけど、ちょっとねぇ」
とりあえず保留にして次の物件に移動した。
「こちらは個室の部屋数がご希望の数ですが、その他は少々条件から外れておりまして」
二番目の物件は三階建てだ。広い台所と洗い場、庭は無い代わりに約十畳ほどの室内訓練場が備わっていた。そして個室はやはり狭い。申し訳程度の小さなクローゼットがあるだけ一件目よりはマシだったが、立地が問題になった。
「この辺りって花街に近いんだな……」
「冒険者の殿方は花街に近い物件を好みますので」
花街に近い空き家が売りに出た場合は、ギルドでも積極的に購入して冒険者に紹介しているらしい。
パーティーを組む冒険者はたいてい同性で集まる傾向にあるという。もちろん男女混合のパーティーも無くはないが、様々な事情で短期で解散する例が多いとエドナがひっそりと説明した。
「お兄ちゃんは花街に近いほうがいいの?」
「コウメイはどうだ?」
「なんで俺に振るんだっ」
「ヒロくんはどう?」
「……治安のいい物件がいいだろ」
三件目はギルドから少し遠いが市場に近い二階建てだった。
「部屋数が三部屋と少ないのですが、台所は広いですし、リビングには暖炉があります。ナモルタタルの冬は積雪もありますから暖炉のある物件は人気なんです」
玄関を入って右手に二階への階段。左手にはリビングがあり、壁の真ん中に大きくて立派な暖炉があった。リビングの奥の部屋は台所と食糧貯蔵庫で、廊下を挟んで向かいに広めの洗い場がある。廊下の突き当りには小さな扉があり、裏庭に出られるようになっていた。
「結構広い庭だな」
洗濯物を干す場所を確保したとしても、コウメイとヒロが訓練に打ち合う程度の広さは十分にあった。ヒロが満足そうに見回している。
「部屋数は三だったっけ?」
「ええ、寝室は二階ですわ」
洗い場と階段の間にトイレがあった。階段を昇る前に確認したが清潔に管理されているようで安堵した。
回り階段を登った二階には扉が三つ。階段の近くに一つと、奥に二つ。
「いい感じに広いな」
「収納は無いけど、これだけ広いと問題なさそうですね」
「ベッドの数が足りないのはどうする?」
階段前の部屋は広いがベッドは一つしかなかった。正面奥の部屋はベッドが二つに、書机が一つ。残る狭い部屋にはベッドが一つと少し大きめのクローゼットがある。
「この部屋にもう一台ベッドを入れてもらうことは出来るのか?」
「……そうですね、可能ですが家賃が少し割高になるかと」
コウメイらの予算は二週間二千ダル以内。もともとこの物件は立地の良さから二千二百ダルの家賃だった。
「どれくらい割高になりそうなの?」
「家具は新規購入になりますから、それを賃貸期間で分割払いにする感じですね」
ベッドのオーダー料金は三千ダルだという。一ヶ月借りるなら(家賃+千五百ダル)×二回の支払いだ。
「それじゃ俺らがベッドを購入するのと同じだ。街を出るときはベッドなんて持って行けないんだぞ。どうせこの家に置いていくことになるのに全額俺らが支払うのはバカバカしい話だ」
「不要になりましたらギルドが買取りもいたしますよ?」
「だったら中古のベッドを買えばいいんじゃない?」
「……意匠の異なる家具はあまり」
「じゃあ狭い部屋のベッドをこっちに運んで、新しく買う中古のベッドを狭い部屋に置けばいいんじゃない? 家全体で同じデザインじゃないと駄目なの? 冒険者ってそんなところまで気にしないと思うけど」
「この物件は女性パーティー向けに整えられているんです。殿方は家具やカーテンの意匠に気づきませんが、女性は敏感ですので」
一戸建てを借りようとするレベルの女性冒険者なら、確かにその辺りは気になるかもしれないが。
「他にここを借りたいパーティーがいるの?」
「いいえ。現在街に女性パーティーはいません……わかりました。状態の良い中古のベッドを探しましょう。その費用の半額を家賃に上乗せしていただくということでよろしいですか?」
コズエが振り返ると、四人はそれぞれ頷いた。
「ここ、借ります!」
商談成立だ。
+
ギルドに戻ったコズエらは、早速賃貸契約の手続きに入ろうとした。
「ところで、皆さんはパーティー登録はされないのですか?」
家を借りるにあたっての注意事項や設備の使用方法などの説明を受けた後、賃貸契約を結ぶ段になってエドナが問うた。
「パーティー登録?」
「現状ですと住まわれる五名の方と個別に賃貸契約を結ばなくてはならないのです。パーティーであれば契約手続きは一回で終わります」
誰かが代表して借りて、四人が同居するのじゃダメなんだろうか。
「皆様はご一緒に冒険者として活動されるんですよね? コズエさんたちは報酬も三人分を合算して管理されていたようですし」
配達仕事や採取した薬草、角ウサギの買取などで得た報酬は、どれが誰の分だと分けて考えたことはなかった。コズエが一括して受け取り、宿代や食事代、着替えや武器にお金を支払ってきた。
「ギルドとしては誰にいくらの報酬を支払ったのか、全て記録する必要があるのですが、現在はコズエさんに報酬を支払っている形になっておりまして」
「何か問題あるんですか?」
「納税ですわ」
「税、金?」
賃貸契約に来てパーティー登録をすすめられたのに、話の終着点は税金だった。何故だ?
「冒険者登録の際に説明があったはずなのですが」
さっぱり分かっていない顔の五人を見て、覚えておられないのですね、と呆れて首を振ったエドナ。
「冒険者には半年ごとに納税の義務があります。ギルドでは誰にいくら支払ったのかが記録されていますので、半年間の所得に応じて税金支払いを求められるんですよ」
「それだと、コズエちゃんにだけ収入があるから、税金を支払うのもコズエちゃんだけってことですか?」
「そうなりますわね」
食い詰めている冒険者にまで納税の義務が生じるわけではない。半年で三万ダル以下の収入しかない冒険者は非課税だそうだ。
「やべぇ……」
エドナの説明を聞いたコウメイが呻いた。アキラは冷や汗をかいている。ゴブリン討伐に参加した二人は確実に納税義務が生じていた。ちなみに税率は収入の一割だ。
「パーティー登録をしている場合は、全てパーティーの収入としてカウントできます。三名以上のパーティーの場合は五万ダルの基礎控除を使えますし、その上で課税枠は人数を掛けた額になりますので……五名でしたら、二十万ダルまでは非課税になりますね」
コズエが指を折りながら桁数を数えた。
「……日本円で、二千万円」
「わ、私たちはそんなに稼げませんよ、ね?」
サツキが恐る恐るエドナを覗ったが、彼女はコウメイとアキラに視線を送った。ギルド職員である彼女はゴブリン討伐で二人が得た報酬額を知っている。
「パーティーで納税する場合は、宿代や武器購入費用の一部、薬代なども必要経費として控除できますので、個人で報酬を管理するよりも色々お得ですよ」
「宿代が経費になるって事は、家賃もか?」
「もちろんです」
日本では高校生だった五人が支払ったことのある税金なんて消費税くらいだ。まさか異世界で税金対策に頭を悩ませることになるとは思わなかった。
「パーティーとして賃貸契約をすれば、家賃の七割が必要経費にできますわ。ギルドとの契約ですから、必要経費としてこちらで算入します。納税時の計算も随分楽になると思います」
賃貸契約とパーティー登録がようやく繋がった。
「パーティー登録します」
即答だった。
「それでは登録料の百ダルをお支払いください」
エドナのメガネがきらりと光ったような気がした。
「パーティー名はどうなさいますか?」
「名前、ねぇ」
そういったことは詳しい奴に任せようと、アキラもサツキもヒロも無言を選択したのだが、二人が楽しそうにあげる候補名を聞いたアキラがストップをかけた。どれもこれも黒歴史になりそうな名称ばかりで採用されては困る。
「絶対に名前は必要ですか?」
アキラはコウメイを押しのけ登録手続きを先に進めることにした。
「名称無しでも登録できますよ。N629、ナモルタタル登録六百二十九番目という記号だけになりますが」
「それでいいな?」
「はい」
「もちろん」
「えー、つまんないよ」
「胸アツなヤツが楽しいだろ」
「楽しくなくていいし、つまらないくらいが丁度いいんだ」
サツキもヒロも即座に同意した。コズエとコウメイは不満そうだが多数決だ、文句は言わせない。
「こほん。では冒険者カードをお願いします」
パーティー登録のためにとメンバー全員の冒険者証をエドナに渡す。一人ひとりを確認しながらパーティー証に必要な項目を刻印してゆく。
「コズエさん、人族、ナモルタタル登録。これまでの受け取り報酬はパーティー報酬に移行してよろしいですか?」
「お願いします」
パーティー証にコズエの情報が記録され、個人の冒険者証にもパーティー名のN629が刻印される。サツキとヒロも問題なく手続きが終わった。
「コウメイさん、人族、サガスト登録。申し訳ありませんが、ゴブリン討伐の報酬はパーティー収入に移行できません」
「あー、やっぱり?」
「冒険者登録がナモルタタルであれば、一番最後の登録者に合わせた日付で精算できるのですが」
サガストでパーティー登録をすればコウメイやアキラの収入もパーティー収入として合算できるが、今からサガストに戻るわけにもゆかない。
「アキラさん、亜人族……エルフ族に登録を改めましょうか?」
カードとアキラを交互に見たエドナの発言に、まずコウメイが反応した。
「そいつ、エルフじゃねぇからっ」
「は?」
「……コウメイ、声が大きい」
ギルドには職員も冒険者もいる。アキラとしては周囲に余計な情報をばら撒きたくなかったが、コウメイには何か考えがあるようだった。
「虚偽の登録は許されません。正確な種族を記録する必要があるのです」
サガストのギルドは節穴ですか、とエドナは内心の怒りを取り繕って語った。
「何と言おうと、アキはエルフじゃない」
ナモルタタルの冒険者ギルドでは上級管理職であり、資料室の管理責任を負う知識の権化であるエドナが、たとえエルフ族との邂逅が人生初の出来事ではあっても見間違うはずは無いのだ。
亜人族としか記録されていないが、冒険者アキラは間違いなくエルフ族だ。
「では、何の種族だとおっしゃるのですか?」
頬が引きつり、口角が上がっている。流石のエドナも表情を取り繕えなくなってきた。
「ウサギの獣人族だ」
「は……?」
業務中は感情を抑え常に沈着冷静なギルド職員が、ぽかんと口を開けてコウメイを見た。すぐに開いた口をきゅっと引き締めて、メガネの縁をくいっと押し上げる。
「いま、何とおっしゃいました?」
ご冗談ですわよね? と唇の端を上げ笑みをつくるが、コウメイを見る眼は笑っていない。
コウメイは満面の笑顔のまま繰り返した。
「アキはウサギの獣人なんです」
コウメイとアキラは打ち合わせていたわけではなかった。ただ、こういった場面でどう誤魔化すのかを考えなくてはならないと、相談を始めていたのは事実だ。アキラはコウメイを止めるべきかどうか悩んだ。悩んでいる間に、止められないところまで話が展開していた。
「……ウサギの獣人って、実在するの?」
「ラノベでは結構いるかなぁ」
声をひそめてサツキに問われ、こっちの世界では獣人を見たこと無いからわからないけど、とコズエは答える。
「コウメイさん、かなり強引に話を持っていったなぁ」
ウサギの獣人とエルフ、どっちも耳の長い亜人だけど、多分、全く違う。
「アキの両親は人間でした。ところが曽祖父がウサギ獣人のハーフだったせいで、アキにウサギ獣人の特徴がほんの少しだけ出てしまったんです」
耳は長い、が。
「だからエルフじゃないんですよ。ウサギ獣人の血を引く謎の亜人族なんです」
「……」
アキラは頭痛を堪え視線をそらした。可能な限りエルフ族であることを誤魔化す方向で同意はしたが、これはない、酷すぎる。
ふと見れば、ギルドホールにいる職員や冒険者たちがアキラたちに注目していた。半信半疑の者、なるほどと納得している者、コウメイの作り話は妙な説得力があった。
コウメイはカウンターに身を乗り出し、エドナにだけ聞こえる声で言った。
「俺たちはエルフを人身売買しようとした奴に殺されかけた。登録証に虚偽記載できないのは仕方ないが、表向きは獣人の血を引いた亜人って事で通したい」
エドナの表情が一気に凍りついた。
「それは……サガストのギルドに被害の報告はしましたか?」
コウメイに問うエドナの声も、聞き耳を立てる周囲に配慮して低く抑えられていた。
「してねぇ。あそこで余計な情報を広めると、新しい犯罪者に狙われると思ったからな。獣人は数年に一度の割合で見かけることもあるが、人族より強いから狙われない。けどエルフは獣人より弱くて捕まえやすいし、利用価値が高い……そう赤鉄のおっさんに教わった」
「赤鉄……赤鉄の双璧ですか?」
「マイルズっておっさん」
「副団長が討伐に参加していたのですか。どうりで……」
スタンピードが異例の速さで終結したのにも納得したエドナだった。そしてエルフの存在が彼女が認識している以上に危うい事も。
稀な存在は害意の無い者にとっては物珍しいだけの存在だ。だが利用価値を知るものにとっては、チャンスさえあれば手に入れる努力をしたい存在だ。どんな手段を講じてでも、と考える輩は必ず存在する。この街にも居るだろう。
「この街で揉め事は困るだろ? 俺らは地味に暮らしたいだけだが、売られたケンカは買うつもりだぜ。死にたくないからな」
「……」
ゴブリン討伐での成績が正しいなら、この二人はそれなりの実力を持った熟練だ。エルフは人族の魔術師よりも強力で強大な魔法を使うという。その二人がケンカを買うというのだから、徹底的に買い叩くだろう。田舎の交易都市のギルドでは後始末も出来ないレベルで。
ごくりと、エドナの喉が鳴った。
それを見たコウメイはニヤリと笑って身体を起こした。
「だからな、あいつはウサギ獣人の血を引いてるだけの亜人なんだよ」
少しばかり声量を上げてコウメイは繰り返した。
「ほら、耳も長いだろ。ウサギ族の特徴はそこにしか出てないから、たまに別の種族と間違えられるけどな」
駆け引きだ。エドナはギルド職員として様々な冒険者を相手にしてきた。だからこそコウメイの意図を受け入れるかどうか真剣に考えた。
「……私はギルド職員として、正しい情報を記録するだけです」
「そりゃ良かった。アキは間違いなくウサギ獣人だからな」
エドナはアキラの冒険者証の記録を書き直した。
『アキラ、亜人族』
「どうぞ……正しい情報に修正してあります」
そう言ってエドナが差し出したアキラの冒険者証を受け取ったコウメイは、表示を確認して読み上げた。
「アキラ、種族は亜人でウサギ族獣人、サガスト登録。うん、間違いない」
「私は正しい情報を記録しただけですので」
「いやいや、職務に忠実なのは立派だと思いますよ?」
見え見えの茶番だ。だが効果抜群の茶番だった。ギルドホールにいた冒険者たちは興味を失っていたし、他のギルド職員らも自分たちの仕事に戻っている。
エドナは眉間を大きく揉み解して息を吐いた。
「さて、賃貸契約を済ませてしまいましょうか……」
パーティー登録を終え、当初の目的を済ませてギルドを出たのは六の鐘の鳴る少し前だった。
ないわー。
ウサギ獣人はないわー。




