新しい人生のはじまり
新しい人生のはじまり
「俺は三木浩明。コウメイって呼んでくれ。アキの塾友だ」
親友の兄の友人だという彼は、人当たりのいい笑顔の線の太い優男風、という第一印象だった。けれど冒険者生活で鍛えられた身体つきは決して弱々しくないし、むしろ歴戦のイメージが漂っていた。
「萩森彰良、高三。コウメイの友人で、サツキの兄です」
「大井梢です。サツキとは中学入ってからの友達。彰良さんとは何回か会った事ありますよね」
サツキのお兄さんは驚いたことにエルフだった。転移前の短い時間にエルフを選択してるなんて、趣味が合うかもしれないとコズエは少し嬉しくなった。
「サツキがお世話になったみたいだね、本当にありがとう」
しがみついたまま離れないサツキを宥めるように優しく撫でている。アキラは黙っていると硬質だが、サツキが居ると気が弛むのか雰囲気が優しくなる。
「お世話になったのは私の方ですよ。お互い様です。それでこっちがヒロくんです」
主にアキラに向けてコズエはナガヒロを紹介した。
「澤谷永洋、高二です。コズエとは家が隣で」
「幼馴染です」
柔道選手らしいがっちりとした体格のナガヒロを観察したアキラは、目を細めて礼を言った。
「二人がサツキの側にいてくれて本当によかった。ありがとう」
ナモルタタルに来たばかりだというコウメイとアキラを誘い宿に移動していた。再会からずっと泣きっ放しのサツキは、腫らした目を隠すように兄にしがみついたままだ。
「ほら、咲月」
「萩森咲月、です」
兄に促されてようやく顔をあげ、異世界に転移させられてから五十七日目の自己紹介を終わらせた。
+
コズエたちと同じ宿に部屋を押さえたコウメイらは、コズエたちの部屋に夕食を持って集まった。暴牛肉の煮込みとパン、コズエたちが森から持ち帰った果実のデザート、それらを食べながら互いの情報を交換したのだが、それぞれの経験話は尽きることがない。
「銀の板も衝撃が強いと壊れちゃうのね。これ修理はできないのかな」
「角ウサギに毒攻撃があるなんて驚きでしょ。ギルドの資料に載ってなかったんですよっ」
「へぇ、ナガヒロって全国レベルの柔道選手か。凄いな」
「コウメイさんの剣道はこちらに来て役に立ちましたか?」
「薬草自体に効能があるから、金のないときは薬草汁でケガを治していたよ」
お互いに語るべきことは多いが、語れないこともまた多かった。
「みんな結構な苦労をしてるんだな」
「ファンタジーな世界なのに、もの凄く地に足の着いたファンタジーなんですよ、ここって」
ゲームやラノベの世界を期待していたのにとコズエが笑う。
「文明レベルは中世のヨーロッパみたいな世界だと思います」
「魔物はいるのに魔法はないんですよ」
がっかりですと肩を落としたコズエに、コウメイがにやりと笑って応えた。
「いや、魔法はあるぞ」
「あるんですか?!」
ああ、と頷いてコウメイはアキラを振り返った。
「アキは攻撃魔法が使える」
「そういえばアキラさんって、エルフ族ですよね?」
コズエはアキラの顔をまじまじと見つめた。もともと萩森兄妹は美形だったが、この世界でのアキラには独特の雰囲気があった。エルフ族特有の長い耳というだけでなく、全体的に線が細くなっているが弱々しさはない。妙な艶というか、目を離せない色気のようなものがにじみ出ている。目を伏せた時にできる睫毛の陰は思わずぞくりとさせられるし、微笑みの表情にはため息が出そうになるくらい綺麗だった。美形度が上がっていて眼福だが、もっと表情が柔らかかったらいいのにという思いは口には出さなかった。
「お兄ちゃんゲームとか詳しかった?」
転移までの混乱したわずかな時間に、種族の選択をするだけの精神的余裕があったのかと不思議そうなサツキだ。アキラは友人を睨みつけて訂正した。
「……俺が選んだわけじゃない」
コウメイの悪戯をリセットする前に転移してしまった結果だ。
「それはもう謝っただろ。ケガの功名ってのもあったわけだしさ」
転移してから伸びたクセ毛をかきあげながら、コウメイは「もうそろそろ勘弁して」とアキラをのぞき込む。
「魔法を使えるのはアキだけじゃないぞ、俺もだ」
「コウメイさんも?」
俺のは戦闘には使えないけどなと言いながらも、コウメイはこちらの世界の魔法の定義や魔力について三人に簡単に教えた。
「じゃあ私も魔法を使えるかもしれないんだ!」
可能性を示されて最も喜んだのはコズエだった。
「これでこそ異世界転移よ!」
詳細は明日以降に、全員が魔法についてレクチャーを受けたいと希望した。特に水の魔法の便利さは全員が羨んでいた。
「俺たち、日本には帰れないんですね?」
目を伏せて呟いたヒロの声は、部屋に満ちていた浮かれた雰囲気を一気に固めた。
それは皆が目をそらしていた現実だったから。
「分からない」
おそらく帰れない。コウメイはコンビニで身体に受けた衝撃を覚えている。ヒロも思い出していた、自分の腹に大きなガラスがいくつも突き刺さっていたのを。
こちらの世界で生き物を殺して食べてきた。人間も同じ生き物だ、あれで生存できるはずがないと、頭では理解していた。
「俺らにはわからねぇよ。けど、諦めたくないだろ」
「帰れると思いますか?」
「だからそれはわからない。俺が……諦めないのは、生きることだ」
コウメイの決意にアキラが続けて語った。
「死ぬかもしれない瞬間に、死にたくないと思った。だから生き延びられたんだと思ってる」
スタンピードの前線に立ち、戦い生き抜いたからこその言葉だと、三人はその重みに息を呑んだ。
「この世界は死がとても身近にある。けど俺たちみたいな日本人が食いつなぐのもそんなに難しくない世界だと思うぜ。レベルアップもチート能力もねぇけど、経験を積めばそれなりにできることは増える。それは日本も同じだったろ?」
コウメイの言葉にヒロは納得して頷いた。目に見える指標はないけれど、冒険者としては確実に経験を積み、狩れる獲物も収入も増えている。
「なにより俺たちは生き抜いてここに居る」
放り出された異世界で二ヶ月近くの時間を、確かに切り抜けてきたのは自分たちの努力の成果だ。諦めるのは勿体無い。
「それに、こっちには食える魔物もいるんだ、食べてみたいと思わないか? 死んだら美味しいものも食べられないんだぞ」
重くなった空気をコウメイの明るい声が救った。
「せっかくの異世界、存分に楽しまないとつまらねぇだろ?」
「そ、そうですね!」
コズエは拳を握り締めた。
「異世界でしかできないこといっぱいあるんだから、全部やり尽くしたいですっ」
「たとえば何を?」
「魔法が使えるようになったらガンガン魔物狩りしたい」
「魔法の練習以前からはじめるんだからなコズエ」
ヒロは苦笑いだ。
「迷宮攻略とか」
「そもそも迷宮は存在するのか?」
「さぁ?」
その存在を誰も知らない。
「魔王討伐とかあるのかなぁ?」
「俺たちは勇者じゃねぇぞ」
ゴブリン相手がギリギリの冒険者だ。
「まあ、あんまり世界を救うとかに興味はないんですよね~」
「じゃあコズエちゃんは何をしたいの?」
サツキの問いかけにコズエは満面の笑顔で応えた。
「もちろん、この世界じゃないとできないことです」
「それって?」
「冒険者、でしょ!」
5人揃ったところで、ハードモードな第一部は終わりました。
第二部は5人のほのぼの定住冒険者生活(仮)になります。




