ハリハルタの町 3
ブートキャンプ本番。
5/29台詞修正しました。誤字修正しました。
ハリハルタの町 3
今回のスタンピードの発生源は町に近い森に生じた。
だからこそ早期に発見できて対策も取れ、大規模な多種魔物の大発生に進化する前に抑えられたのだ。単一魔物の大発生は対処がとりやすいが、あらゆる魔物の混在する大発生は沈静化には困難を極める。
早期発見の時点でも幸運だったが、大陸でも有名なパーティー冒険者がたまたまハリハルタに滞在していたこと、そして攻撃魔術を使える者が討伐隊の中に見つかったこともまた幸運だった。それまでのスタンピード攻略では、冒険者たちの力押しで沈静化までに一~二ヶ月ほどを見込んでいたものが、一ヶ月で片がつきそうだというのだ。ハリハルタのギルドは胸を撫で下ろし、会計職員は歓喜に沸いた。なにしろスタンピードのために組んだ予算が大幅に削減できるのだ。
+
九の鐘と同時に森に入った第一部隊は、発生源で第二部隊と交代した。
「死ぬ前に回復薬を使えよ。余らせても勿体無いからな」
マイルズはそうアキラに発破をかけてゴブリンキングに向かっていった。
スタンピード中の発生源は上位種が次々と発生する。ゴブリンキングやホブゴブリンが連続して湧き、熟練や名のある冒険者は上位種を相手にするのでいっぱいだった。
発生源近くに陣取ったのはマイルズの信頼する冒険者たちだ。彼らが上位種と戦う隙間から、アキラが灼熱の球体を発生源に向け撃ってゆく。最初は自身で球数を数えていたアキラだが、激しくなる戦闘にその余裕もなくなり、早々に魔法を打ち込むことだけに集中してカウントはコウメイに任せた。
コウメイが持たされた魔力回復薬は十本。ダコタも同じ本数を持ち、アキラの近くでゴブリンを屠りながら魔法の数を数えている。
「アキ、飲め」
コウメイは十を数えてすぐに回復薬をアキラに手渡した。小さな小瓶の液体薬を勢いよく飲み干したアキラは、マイルズと組み合ったホブゴブリンに向けて魔法を放った。灼熱の球体はホブゴブリンを貫き発生源に落ちて弾ける。
コウメイとダコタで交代しながら回復薬を供給し続けた。何本目の回復薬を飲んだ時だったろうか、アキラが小瓶を投げ捨てながら言った。
「カウントは十二回だ」
魔力は限界近くまで使えば使うほど最大量が成長する。わずかな時間の戦闘でアキラの魔力量は飛躍的に増えたらしい。いや、この短期間で増えるほどに酷使されているのだろう、疲労も濃く表情も険しい。
コウメイはダコタに球数が増えたことを伝え、少しでもアキラの負担を減らせるようにゴブリンを屠り続けた。
発生源から生まれるゴブリンの種類に変化が見えてきた。上位種の発生頻度が下がっている。現在ゴブリンキングの姿は無いし、ホブゴブリンも十体に一体の割合に減ってきた。
「核の魔力が減った証拠だ。畳み掛けるぞ!」
残り少なくなった魔力回復薬の全てを渡されたアキラは、完全回復を確認してから威力を高めるためこれまでより大きく魔力を込めた。
発生源の周囲はゴブリンよりも冒険者の数が多くなっている。じりじりと包囲の輪が小さくなってゆく。
「アキラ、一番デカイのを一発だ!」
マイルズの声に応えたアキラは、残っている魔力を根こそぎかき集める。
コウメイから魔力回復薬を奪い取って飲み干し、さらに魔力を積み上げて、灼熱の球に込め放った。
眩しい光が辺りを包んだ。
湧きだそうとするゴブリンの頭や手ごと発生地が白く燃える。
炎は数秒で消えた。
「仕上げだ!」
合図と同時に、彼らは焦げ窪んだ地面へ一斉に剣を突き立てた。
「……止まった?」
魔力の枯渇で気絶したアキラを抱えながらコウメイは何も湧き上がらない発生源を見ていた。
あれほどゴブリンが湧いて生まれていたというのに、数本の剣が突き刺さったままの地面からはもう何も生まれてこない。
「四班は監視にあたれ。五班は死体から討伐部位と魔石の回収だ。残りは陣を張って交代で休息に入れ。夜明けまでに新しい個体が湧かなければスタンピードは終わりだ」
リーダーの宣言に、疲れ切った冒険者たちから歓声が上がった。
+
マイルズの指示で少し離れた位置に簡易の陣が作られ、それぞれが休息に入ってゆく。コウメイもアキラを抱えて陣に入り、幕の近くに腰を下ろして緊張を解いた。
「お疲れさん」
アキラを寝かせマントを掛けてやっているところにマイルズが現れた。全身泥だらけ、服の破れや防具の破損、大小の傷に血を滲ませたコウメイを見て、マイルズは隣に腰を下ろし治療薬を差し出した。
「大分無理させたな」
一応謝罪らしい。
「……無理したのは俺じゃねぇよ」
コウメイはアキラを守りながら回復薬の管理をしていただけだ。魔力枯渇で気絶したアキラの顔色は青を通り越して白い。これはしばらく目を覚まさないだろう。マイルズから受け取った治療薬は遠慮なくアキラの傷に使用した。もっと寄越せと突き出されたコウメイの手に、苦笑とともに追加で数本が乗せられる。
「アキラの攻撃魔法がなければあと十日は討伐戦が続いていた。ギルドとしても俺個人としても助かった」
ゴブリン討伐の為に集めた冒険者たちへの報酬は莫大な金額になる。さらには冒険者たちの移動費や滞在費はギルド負担だ、十日も短縮できれば相当な経費が節約できたことになるらしい。
「俺も大陸中央へ向かう途中にここで足止め喰らってたんだよ。期限が迫ってるんで一日でも早く終わらせて町を出る必要があったからな。コウメイとアキラには無理をさせたが、その分報酬に色をつけるようギルド長には伝えておく」
そういえば討伐報酬はどうやって計算されるのだろう。討伐部位は誰かがまとめて回収していたようだが、コウメイは自分が何体のゴブリンを屠ったのかも、アキラの魔法攻撃がどう評価されるのかもわからなかった。いやそれよりも気になるのは「足止め」の方だ。
「スタンピードが終わったんなら、街道封鎖はとけるのか?」
コウメイらの目的は討伐ではなくてナモルタタルへの移動だ。マイルズらと同じく移動できないから留まっていただけだ。
「夜明けから魔石の掘り出し作業にかかる。それが終わればギルドが終結宣言を出すはずだ。後始末を含めても早ければ三日後には街道運輸も通常に戻るだろう」
街道封鎖が解かれた後の一番乗合馬車に乗れれば、五日後にはナモルタタルに着けるだろう。出発まで三日もあればゆっくりと休養できる。
「俺たちのパーティーは明日にでも町を出るが、お前たちは何処へ向かっている? 北か、南か?」
「それを聞いてどうする?」
「こき使った詫びだ、北へ進むなら俺たちが運んでやろう。乗合馬車より速くつけると思うがどうだ?」
コウメイは真意を探るべくマイルズを見たが、熟練冒険者の腹の底を読むのは簡単ではない。
「アキと相談してからでいいか?」
昏倒しているアキラが目を覚ますのは昼間になるだろう。明日の朝に発つというなら返事をする時間も準備の時間も余裕があるとマイルズは頷いた。
森の中にも朝日の光が届き始めていた。遠くに聞こえるのは二の鐘だろう。
「そろそろ核の掘り出し作業を始めるが、コウメイもどうだ、滅多に経験できるものじゃないぞ」
魔物の核が魔石であるように、スタンピードの核も魔石だ。それも魔力濃度も高ければ赤子よりも大きな特大の魔石は、冒険者には一生に一度お目にかかれるかどうかというほどの品だ。見ておいて損はないぞというマイルズにコウメイは首を振った。
「そんな力は残ってねぇよ。しばらく休んでから宿に戻る」
「わかった。六の鐘以降なら報酬が確認できるはずだ。返事はそっちを済ませてからでいい」
そう言ってマイルズは腰を上げ、疲れを見せない力強い足取りで陣を出て行った。一晩中ゴブリン上位種を屠り続け、陣営にも気を配って指示を飛ばし部隊の指揮を執っていたというのに、疲労の欠片も感じさせない平然とした姿には呆れるしかない。
「タフすぎるおっさんだ……」
この場で寝てしまいたい誘惑に抗いながら、コウメイは回復薬を飲んでから重い腰を上げ立ち上がった。
+++
ハリハルタ北門に設置されたギルドの討伐窓口。まだ寝ているアキラを宿に残し、コウメイは二人分の報酬を受け取りに臨時窓口へやって来ていた。討伐参加証と冒険者証を職員に渡し報酬を確認する。
「討伐数はコウメイさんが五十四、アキラさんが五十ですね。第一部隊では出撃回数ごとに特別報酬が支払われますので、コウメイさんが三万二千ダル、アキラさんは特殊技能ボーナスがついて四万三千ダル、総額で五万七千九百二十ダルと六万七千ダルですね。受け取りはどうされますか?」
金額を聞いたコウメイは言葉を忘れた。
何日もかかってゴブリンを屠った報酬よりも、昨夜の一回の出撃報酬の方が高いのだ。しかもあわせると五万七千ダル越。一ダル百円換算だと。
「……ごひゃくななじゅうきゅうまんえん」
アキラに支払われる報酬も合わせると一千万円を軽く超えるのだ。驚きに声が出ないのも当然だ。
「現金での受け取り希望でしたら十日ほど待っていただく事になります。ギルド証書でよろしければすぐにでもお渡しできますよ」
「ギルド証書って、なんだ?」
「冒険者ギルドの発行する支払約束証書です。高額な報酬支払いは時間がかかりますので、約束証書をお渡しして、各自が拠点のギルドで支払いを受け取っていただけるようにしたものです」
「その証書は何処の町でも換金できるのか?」
「高額紙面の証書は現金調達に時間がかかりますけれど、基本的にどこの冒険者ギルドでも換金できますよ」
現金で受け取れば金貨で百枚を越える。防犯を考えればそんな現金は持ち歩きたくないし、十日も時間を浪費したくない。
「じゃあ五千ダルずつ現金で、あとはその約束証書ってやつで頼む」
+
宿に戻ると寝起きで至極機嫌の悪いアキラが出迎えた。
「……風呂に入りたい」
この世界では風呂は一般的ではない。宿にも風呂場は無く、洗い場として井戸に近い場所に小さな部屋があるだけだ。洗い場はその名のとおりに何でも洗う場所だ。野菜も洗うし、洗濯もする、人間が体を洗うのもそこだ。
「洗い場は……順番待ちか?」
真夜中の討伐最終戦に参加した冒険者は、宿に戻ってまず睡眠、次に飯、そのあとは洗い場の前に行列を作っていた。
「飯食ったのか?」
「飯より風呂だ。水を出せ、今すぐ!」
どこから調達してきたのか大きめのタライがコウメイの前に置かれた。魔法でタライに水を満たしたコウメイは、アキラが寝ていた間に収集した情報を説明してゆく。
「それなら同乗させてもらった方がいいだろう。道中の危険も心配しなくて良さそうだし」
「そりゃおっさんたちを襲う盗賊はいねぇだろうな」
魔物の心配も無用だ。
「やっと、だな」
「ああ、やっとだ」
こちらの世界に転移してから約五十日、アキラが銀板を破壊されてから三十六日が過ぎていた。
最後に確かめたときの赤い印の位置はナモルタタル。
一ヶ月以上もかかってしまった。
自分だったら街を出てしまうかもしれない。
「大丈夫だよ」
ピンポン玉ほどの水球を呼び出したコウメイは、それをアキラの顔にぶつけた。
水に濡れ、落ちる滴を拭いもせずにアキラはコウメイを見ている。
「咲月ちゃんは無謀なことをする子じゃないだろ。街道も閉鎖されていたし移動もできなかったはずだ。スタンピードには巻き込まれてねぇよ」
「他の町に、移動していたら?」
「アキならどうだ? 咲月ちゃんかもしれない目印が突然消えて、見知らぬ世界で頼れる人もない、金もない、移動手段もない、そういう状況で全く関係ない場所へ移動するか?」
コウメイが差し出した手ぬぐいを受け取り、アキラは顔を拭って首を振った。
「咲月ちゃんだって同じ事を考えると思うぜ。アキが来てくれるのを待つか、安全に移動できるようになるまで生き抜く努力をしてるはずだ」
妹だろ、信じてやれよとコウメイは小さく笑った。
ゲームなら経験値たんまり入ってレベルアップ通知がうるさいくらい鳴ったことでしょう。
誤字報告ありがとうございます。
表記ゆれも含め、訂正統一しました。




