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サガストの町 7

サガストの町 7



「討伐隊?」


 魔猪の皮と肉、角ウサギの角と皮と肉をまとめて卸した二人は、報酬受取り窓口で勧誘を受けていた。


「ハリハルタの西にある生魔の森で多数のゴブリンの巣が発見されて、緊急に討伐することになったんです。こちらのギルドにも応援の依頼が入ってるんですが、コウメイさんたちも参加しませんか?」


 本日の報酬は九百ダル。そこから宿代とアキラが使った矢の不足分の補充に必要経費として出費した残りが六百五十ダルほどになった。


「俺らじゃ魔物は無理だぜ」


 二人に魔物の討伐経験はない。それなのにいきなり緊急討伐なんて無理に決まっている。


「ゴブリンの討伐報酬は一体三百ダルですが、討伐隊員なら二割増で支払われますよ。魔石の買取価格も色がつきますし。魔猪を定期的に狩れるくらいの力量があるんです、ゴブリンも難しくないと思うんですけどねぇ」

 

 魔法が使えるようになってからは狩りの精度も上がり、金銭的にも困っていない二人は報酬アップにもなびく事は無かった。


「ハリハルタというのは、北の町だろう?」

「そうです。受けますか?」

「いや受けない。北の町はここよりも熟練の冒険者が多いのに、わざわざ応援を出す必要があるのか?」


 サガストは魔物のレベルも低いし出没頻度も多くはない、腕に自信がある者はハリハルタを拠点に魔物狩りで稼いでいる。サガストに残っている冒険者でゴブリン狩りの経験者は少ないだろうに、そんな面々をかき集めた応援部隊など送っても足手まといじゃないかとコウメイが突っ込むと、ギルド職員は深々とため息をついた。


「生魔の森で魔物が溢れた場合、ほとんどが北上せずに南下するんです」


 ハリハルタから北は険しい山脈だ、魔物が大挙して押し寄せても天然の要塞が北上を阻む。逆に南側は平原が続くため、魔物は自然に南下してくる。ハリハルタの直南の町はサガストだ。


「サガストはハリハルタと協定を結んでいましてね、魔物の討伐時には応援部隊を出さなくてはならないんですよ」


 最前線のハリハルタにだけ負担を押し付け、サガストの冒険者ギルドが何もしないのではメンツが立たないらしい。物質的支援と同時に人員的支援を求められているのだそうだ。


「最低でも二部隊は出さないといけないんです。お二人ともそこそこ経験積んでますし、助けると思って受けてくださいよ」

「だから無理だって。俺らも死にたくねぇしな」


 魔物討伐経験のない小隊など前線では盾にもならない。どう考えても死に行くようなものだ。

 それでもとコウメイに泣き落としをかける職員をアキラが遮った。


「資料室を使用したい」

「使用料五十ダルです。持ち出しは禁止ですよ」


 何度も資料室を使っている二人には聞きなれたお決まりの台詞だ。


 サガストのギルドは木造の二階建てだ。ギルド役員の部屋や大広間の奥に小さな資料室がある。そこではサガストを中心にした地理と、魔動物や魔物の分布に関する資料が有料で閲覧できるようになっている。冒険者らが持ち込む情報や、ギルド職員が調査した検証結果が定期的に記録更新されているので、二人は必要に応じて閲覧にきていた。


「相変わらず、誰も居ないんだな」


 職員に鍵を開けてもらい、使用料を支払って利用者名簿に日付と名前を記入する。


「九の鐘でギルドの営業は終了ですから、戻る時は声をかけてくださいね」


 利用者名簿をさかのぼってみるが、二人以外の名前は極端に少ない。


「最近二人ほど利用しているようだが、後は俺たちの名前しかないな」

「ほとんどの冒険者は窓口で職員から聞き出そうとしてるぜ。あんな誰が聞いてるかもわからない場所で、重要情報が無料で教えてもらえるはずねぇんだけどな」


 この世界の識字率は微妙だ。簡単な計算と名前や地名、品名などの読み書きはできるが、読解力についてはかなり酷い。本を読むのはそれを必要とする職種の人間だけで、専門用語が並ぶ難解な専門書ばかり。つまり最低限の読み書きだけしかできない層と、文脈を読み、思いを書き記し、過去の記録から学べる層の差がとても大きいということだった。


 ギルド職員たちはそれなりに識字力があり、仕事として様々な情報を記録している。冒険者は究極の自由業だ、資質もピンキリ、サガストに居る冒険者で高度な識字能力を持つのはおそらくコウメイとアキラくらいだろう。


「九の鐘まで時間がない。ハリハルタ周辺の魔物情報と出没データだけでいいからな」

「了解」


 二人は手分けしていくつかの資料から必要な情報を得たのだった。


   +++


 コウメイが預かっている共同財布の資金は二千八百ダル。乗合馬車の代金分は余裕で出せる金額だ。だが二人は乗合馬車を移動手段から外していた。理由は単純、不特定多数の見知らぬ人間と、何日も馬車に揺られる危険性を無視できないからだ。


 今日まで生き抜いて思い知ったのは、この世界での敵は魔物だけではないという事だった。町の中は比較的安全だ。冒険者は町中で武器を抜いてはいけないという法があり、町兵も巡回してケンカや犯罪を防いだり違反者を取り締まったりしている。だが町の外は別だ。魔物から身を守るため、町の外に出るときは農民ですら武器を持っていた。護衛を雇う商人も短刀ぐらいは身に着けている。


 また冒険者にも色々いる。狩猟を主に活動するもの、魔物討伐を主にするもの、護衛として雇われ仕事を主にしているもの。町から町へ、ギルドからギルドへと渡り歩いているもの。その誰もが生き延びるために武器を持ち、あらゆる隙を狙い、警戒の薄い弱者を襲う。町の外に法は無い。命を守るのは自分の力だけだ。


   +


 ギルドから戻り部屋にあがる前に夕食を済ませた二人は、部屋でハリハルタ近辺の最新情勢を確認し合った。


「ゴブリンの討伐隊が結成されたせいか、護衛任務の報酬が上がっていたな」

「他の魔物の出没も増えているみたいだ。オークは食用部位があるから比較的狩られているみたいだ。それと虫が森の外まで出てきているらしい」


 魔物にも可食部分のあるものと無いものがある。ゴブリンは無い方の魔物だ。ゴブリンの発生が増えるのに比例してワームも増えているのだろう、窮屈な森から平原へと徐々に移動しているらしい。


「サガストの西の森にもワームが増えたらしいぜ。あとはゴブリンの目撃情報もあるみたいだ」


 数は少ないが、この数日間で二組の冒険者が、単独で行動するゴブリンを目撃したという情報もあった。


「これって間違いなくスタンピードだな」

「スタンピード?」

「魔物の大発生、もしくは大暴走。原因はわかってないらしいが、周期的に魔物が大量に出現する現象らしい」


 そして縄張りが手狭になり外へ外へと勢いよく吹き出してくる。


「どう考えても自力で北を目指すのは難しくなってるよな?」


 街道を逸れることなく移動するのであれば警戒するのは人間だけで良かった。だが今は魔物も警戒しなければならない。


「どうする?」

「いっそ討伐隊に参加してみるのもいいかもな。ハリハルタまでは運んでくれるんだろう?」

「そりゃ移動手段は確保できるだろうけど、疲れないか?」


 ギルドや食堂などの他の冒険者のいる場所でアキラは警戒を解けない。それを知っているコウメイは難色を示した。討伐隊に参加すれば四六時中警戒しっぱなしになり、疲労が溜まり続ける。それでは戦闘にも影響する。


「逆に討伐隊にいる間はギルドの監視があるから、警戒もそれほど負担にならないと思う。それに……」

「それに?」


 アキラは不愉快そうに顔を歪めて吐き出した。


「他の冒険者からの視線が煩わしくなってきた」


 少し前からアキラが謎の亜人族ではなく、エルフ族であると知れてしまったらしい。エルフの特性を聞きかじった冒険者たちから、ぶしつけな視線を向けられることが増えた。純粋な興味による視線程度なら無視できるが、思惑を隠して接触しようとする者もいる。


「ああ、確かに落ち着かなくなったよな」


 興味本位で近づいてくる輩や勧誘ならばまだいい。エルフを捕獲して人身売買組織に売り払おうという冒険者がいないとは限らない。二人ともあの時よりは随分と腕を上げたし、魔法も使えるようになっている。簡単に捕えられたり害されたりしない自信はあるが、集団で襲われた場合に確実に勝てるかというと微妙だ。


「じゃあ明日は西の森で腕試ししてみるか。単体のゴブリンを相手にしてみて、その手ごたえを見て討伐に参加するかどうか決めようぜ」

「討伐隊での待遇とか確認したうえで、な」


 二人にとって重要なのは報酬ではない。


「そこは当然だろ」


   +++


 サガストの西に位置する森は深魔の森に近いため、まれに魔物が発生する。今はハリハルタのスタンピードに引きずられてか、普段は見ない魔物を発見した。


「ありゃ何だ?」

「魔物図鑑はコウメイの担当だろ」

「どう見ても魔物じゃなくて昆虫だぜ、あれ」


 ムカデだった。


「昆虫のサイズじゃないけどな」


 全長五メートル近くはありそうだ。


「虫系の魔物だろうなぁ……どうする?」

「一匹だけのようだし、腕試しするんだろう?」

「図鑑持ってこなかったんだよなぁ」


 流石に図鑑の内容全てを記憶はできない。予習なしの魔物との遭遇なんてこの先いくらでもあるのだ、練習だと思って倒すしかない。幸いにもコウメイたちはムカデの後方にいる。

 素早く木の上にのぼったアキラの手を借りてコウメイも木の上に立つ。


「動きは早いぞ。足止めしたいが多すぎるんだよ」


 百足どころじゃなさそうだ。

「俺の弓は役に立ちそうに無いな」


 足は細いし数も多い。黒光りする胴体は硬そうだ。


「アキの魔法で何とかならねぇか?」

「これだけ広範囲だと難しい。風刃で斬れるだけやってみるけど、効率を考えたら右側足はコウメイがやってくれ。俺は左だけを狙う」

「硬そうだな。節足動物だから狙いさえ外れなきゃ何とかなるけど……多すぎるぜ」


 巨大ムカデは野ウサギを狙っているのか後方に位置どる二人には気づいていない。

 アキラは自動弓に矢をセットして構えながら、空いた手に風の渦を作り出した。


「行くぜ」


 コウメイが剣を構えたまま飛び降り、巨大ムカデの右側に向かって突っ込んでいった。

 同時にアキラは風の渦を左側の足に向けて投げつける。

 コウメイの剣よりも先に風刃が巨大ムカデの足を切落してゆく。


「おらぁっ!」


 節を狙った剣が叩き斬ってゆく。

 反り返るように動いたムカデは頭部を翻してあっという間に方向を変えた。


「くそっ」


 後ろ足の数本しか切落せていないのにとコウメイが一旦引いた。

 アキラの射た矢はムカデの頭部に命中するも全て跳ね返された。


「硬い!」

「コウメイ逃げろっ」


 ムカデの顎肢がコウメイの首を狙っている。

 屈んでギリギリで避けた。

 顎肢が幹を噛む。


「いける!」


 頭部との節に下から剣を刺し、渾身の力で押し込んだ。

 巨大ムカデの全身がザワワと震え、百もの足が足掻くように激しく動いた。剣を持つコウメイが揺さぶられバランスを崩す。


「重ぇっ」

「そのまま動くなよ」


 アキラの声と同時にムカデの胴体が半分に分かれた。

 特大の風刃を刀のように振り下ろして斬ったのだ。


「うえぇ、まだ動いてやがる」

 頭部はコウメイの剣からぶら下がり、切り離された胴から尾節部分はピチピチと跳ねるように動きながら離れ、数メートルほど先で力尽きて動きを止めた。


「コウメイ、怪我は?」

「かすり傷ってところだ」

「念のため解毒薬飲んでおいたほうがいい。ムカデなら毒くらいありそうだ」


 巨大ムカデの頭部から剣を抜いたコウメイは、毒消しの丸薬を飲み込んだ。


「ムカデの討伐報酬っていくらだったっけ?」

「さぁ?」

「証明部位もわかんねぇしなぁ。とりあえず魔石だけでも取っておくか」


 頭部か尾節だろうと当たりをつけて解体し、顎肢の奥に魔石を見つけた。


「お、ちょっと色が濃いぞ」


 指先でほじり出した魔石はムカデの体液に濡れていた。


「小魔石だな。コウメイ、指先洗っておけよ。魔石のあった場所は多分毒袋だ」


 小さな傷でもあればそこから毒は体内に入る。コウメイは素早く水を作り出しそこへ両手を突っ込んで魔石ごと毒液を洗い流した。


「複数の巨大ムカデに遭遇したら逃げるしかないな」

「矢が刺さらなかったし、風刃の最大威力でやっと切断できる硬さだ。二人がかりの不意打ちでなんとか無傷で勝てるくらいか」

「巣なんて絶対に近づきたくねぇな」


 二人は巨大ムカデの死骸から離れて森を進んだ。西の森で試したいのはゴブリンとの戦闘だ。

 ゴブリンは人型の魔物だ。ゲームなどでは初期のザコ扱いされているが、現実のものとして戦うには脅威の魔物だ。人間よりも高い身体能力、道具を使う器用さ、集団で戦う知性、死を恐れない獰猛さ。


「目撃情報があったのはこの辺りなんだが……」


 アキラが耳を澄まし、気配を探る。虫系の魔物がいくつかいるらしい。


「足が多いのと、足の無いのと、かな」

「ムカデとイモムシ? 虫はもういいよ」


 二人は虫を避けて森を奥へと進んだ。周囲を警戒しつつ薬草を採取しながらゆっくりと進んでいく。落ち葉でできた腐葉土のような地面から、石と岩が目立つ堅い地面へと変わるころに、アキラが足を止めて合図を出した。

 手近な木に登り、枝の上から確認する。


「ゴブリンっぽいな」


 一五メートルほど先の木の影から小さな身体が現れた。二本足で立つ人型の魔物。頭が大きく身体は小さいが、筋肉で盛り上がった身体つき。迷彩色とでもいえばいいのか、緑と土と岩の混じったような肌をしていた。


「一体だけか、他にはいないな?」


 単独行動中のゴブリンすら倒せないようでは討伐隊に参加は無理だ。


「俺は自動弓だけでやってみる」


 アキラが矢をセットした時だった。自動弓の射程よりも距離のあったゴブリンがこちらに気づいた。

 ニタァと口が動き、こちらに向かってくる。


「思ったより速い」


 射程に入ってすぐ狙いを定め引き金を引く。

 ゴブリンの足は止められない。


「全部ハズレた!」


 コウメイは剣を振り下ろしながらゴブリンに向け飛び降りた。


「援護よろしく」


 頭を狙った剣は棍棒で叩き払われた。

 剣ごとコウメイの身体が飛ばされる。


「コウメイ!」


 起き上がる前にゴブリンの棍棒が見えた。


「やべっ」


 剣を盾代わりに構える。


 トス、トス、トス、と三連続の音とともにゴブリンの身体が揺れ、振り上げられた棍棒が動きを止めた。

 僅かの隙に体勢を戻したコウメイは、ゴブリンの腹を切りつけると、脇を抜けて背後を取った。

 矢の刺さった背中に、体重を乗せた剣を振り下ろす。

 長剣は切る武器ではなく殴り潰す武器だと思い知った。堅いもの、ゴブリンの背骨を叩き折った感触だ。


「危なかったー」

「怪我は?」


 木から降りてきたアキラにコウメイは笑顔で返した。


「軽い打ち身だけだ、助かった。援護がなかったら頭割られてたぜ」


 さてこの戦果をどう評価すべきだろうかとコウメイは悩んだ。魔法なしでも戦えるが、乱戦が予想できるスタンピードを想定するとかなり危なっかしい。

 ゴブリンの討伐を証明する右耳を切り取り、腹の魔石を取り出す。


「飛び降りたのがまずかったかもな。踏ん張り利く状態でもう一戦試してみたい」

「さすがに他にはいないんじゃないか?」


 サガスト近くでの目撃情報は今屠ったばかりのゴブリンで間違いないだろう。他のゴブリンが存在するとしたら、ハリハルタのスタンピードはとんでもない規模になっている可能性がある。

 耳を澄ませ気配を探るが、ゴブリンと思われる存在は確認できないとアキラが断言した。


「魔猪か銀狼でも狩りながら戻るか」


 サガスト西の森には銀狼の群れが多い。二人は群れを分断させ、最後尾の二頭を狩って早めに町に戻った。


   +++


ハリハルタへの支援討伐部隊員募集要項。

・サガストギルドの推薦を受けた冒険者を対象とする。

・期間 ハリハルタでの討伐終了宣言までの間の任意の期間。義務を果たせば脱隊も可能。

・義務 ハリハルタギルド指揮下において所定の討伐成果を上げること。

    ゴブリン討伐義務、一名につき十体以上とする。

・報酬 討伐ゴブリン一体につき三五〇ダル(討伐部位にて確認)。魔石買取価格八〇ダル。

・経費 ハリハルタへの移動はサガストギルドが責任を持つ。現地滞在費はハリハルタギルドが負担する。



スタンピードの定義は色々あると思いますが、本作品ではそういう設定です。

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