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サガストの町 5

サガストの町 5


「お、目が覚めたか」

「……宿、?」

「そう、サガストの定宿。そろそろ夕方だ。具合はどうだ?」

「身体が重い」


 起き上がるのも辛いのだろう。アキラは枕元に座っているコウメイに顔だけを向けて「説明」と短く呟いた。


「盗賊にとどめは刺した。アキの左腕はくっついたけど、傷跡は残ってる。薬草ブレンド汁で応急処置してからサガストに戻ってきた。ギルドで回復薬と治療薬を買って使ったが、効いてるか?」


 ギルドで販売している治療薬はたちどころに傷を治し、回復薬は疲労や貧血から回復する錬金技術の液体薬だ。


「七割ってところかな。毒もそうだけど、エルフは薬草全般に耐性があるらしい」


 手や足を軽く動かして状態を把握したアキラは、コウメイの予想していない事実を告げた。


「なんだそれ」

「あの男が使った眠り薬も完全には効かなかった。そのおかげで反撃できたが」

「俺は即落ちだったな……おい、薬草全般ってことは、回復薬とか治療薬の効きも悪いってことか?」


 ヤバイだろそれはと顔をしかめるコウメイ。


「錬金技術の治癒薬が俺にとっては完全薬じゃないってことだ。深手は極力避けるしかない」

「あほ。極力じゃなくて完全に避けるぞ。俺も、アキもだ。この世界は、簡単に死ねるんだ」


 狩りや魔物討伐だけではない、法の及ばない町の外では人間すらも脅威なのだと今回の事で思い知らされた。


「俺は死にたくないし、アキを死なせるのも嫌だからな」

「ああ、俺もだ」


 今回は運がよかった。アキラは眠り薬に抵抗できたし、なんとか反撃することもできた。深手を負ったが、盗賊が錬金技術の治療薬を持っていたから腕を失わずに済んだ。だが次に同じような幸運を期待はできない。


「アキはあの男が錬金技術の治療薬を持っているのを知ってたのか?」

「それらしいことを言っていたから」

「どんな?」

「無傷でなくてもいい、とか。薬草を試せる、とか、だったかな」

「なんだそりゃ」


 不穏な言葉にコウメイの顔が険しく歪む。


「非合法な人身売買をやってたんだろうと思う。多少の負傷は治療薬で治してしまえば商品になる……そんなニュアンスがあったから、多分持ってるだろうなと」

「あの状況で良く気がついたな」


 自分では無理だとコウメイはアキラの冷静さと行動に感嘆した。


「死にたくなかったし……」

「アキ?」


 萎んだ声の先が気になったが、アキラは続きを言葉にしなかった。


「明日も休養だ」


 コウメイは起き上がろうとするアキラをベッドに押し戻した。


「金は足りるのか?」

「肉は捨てたが皮は売った、今まで貯めてたクズ魔石も換金した。俺の剣も」

「せっかく買った武器だろ」

「盗賊の剣の方が質もよかったし斬れもいいからこっちを使う」


 アキラの腕の切断面を見れば、切れ味は確かめるまでも無かった。


「……いい根性しているな」

「背に腹は代えられないってやつだよ。アキの着替えも買う必要あるだろ。それぞれ回復薬と治療薬は一瓶ずつ持っておきたいし」


 コウメイはベッドサイドの小さなテーブルから銀板を取ってアキラに手渡した。


「アキの、壊れてた」


 表面についた傷を撫でたアキラは納得した顔で目を閉じた。これが命を守った。その代わりに妹との唯一の繋がりを失ったのだ。


「乗合馬車の運賃は一人分ならある。先に咲月ちゃんのところに行けよ」

「……行かない」

「アキ」

「咲月は大丈夫」

「けどよ」

「咲月と合流できても、今の俺じゃ守れないだろ」


 妹をみすみす死なせたくないとアキラは言った。


「最初に決めたように、二人分の武器と防具を揃えて、軍資金もたっぷり貯まってからゆっくり行こう」


 武器と防具が揃う頃には自分たちの腕も上がっているだろうから、道中で何かがあっても生存確率は上がる。


「咲月ちゃんに怒られないか?」

「傷だらけで行くほうが怒られる」


 それに、せっかく合流してもズタボロで一文無しなんてカッコ悪い。兄としての威厳くらい取り繕わせてくれとアキラは笑っていた。


   +


 翌日も完全休養日にして、アキラは宿で寝ていた。

 情報収集と無難な仕事を求めてギルドに顔を出したコウメイは、あらためて掲示板を隅から隅まで読んでいく。


「配達仕事なんてのもあるのか。農村での手伝いに、大工の手伝い、林業の手伝い、給仕の仕事に、色々あるな」


 日当の良い仕事は毎朝受付順に決まってゆくらしいが、配達と農村の仕事はかなり安いため競争率は低いらしかった。


「日当八十ダルは安いけど、拘束されるのは四日間で寝床と朝夕の飯付なら十分じゃないか?」


 泊り込みなので宿代はかからないし、二食分の飯もついている、美味いかどうかはわからないが。昼は魔獣狩りをしている時だって自分たちで調達していたから問題はない。


 コウメイは暇そうにしていたギルド職員に声をかけた。


「この農村の仕事も明日の朝の受付か?」

「受けてくださるんですかっ?」

「ああ、そのつもりだけど」


 驚いたような顔で聞き返され逆に驚いた。


「安すぎて誰も受けてくれなかったんですよ。そろそろ収穫時期なのにって依頼主からせっつかれてて」

「じゃあ今受けても大丈夫か?」

「はい、もう一週間以上も希望者がいないんです、すぐ受付ます。絶対に逃げないでくださいね」

「逃げねぇって。ペナルティあるんだろ」


 特別な討伐依頼や、労働提供のような仕事を一度受けておきながら、止むを得ない理由以外で放棄した場合は罰金が科せられる。それが数回続くと冒険者証の賞罰欄に登録されてしまう。ただでさえ社会的信用の低い傾向にある冒険者にとって、罰を受けたという記録はその後の仕事にも大きく影響するらしい。


「では依頼を受けるのは二人ですね。ついでに配達仕事も頼んでかまいませんか? 丁度その村の村長に頼まれていた物を届ける仕事もあるんです」


 歩いて二時間ほどかかる村への配達仕事は三〇ダル。町の外に出る危険性を考えればかなり安く誰も引き受けてくれないので困っていたという。

 ついで仕事ならとそれも受け、コウメイは必要な情報を確認してギルドを出た。


 町の古着屋で駄目になってしまったアキラの服を買い、革製の胸当ても購入した。少し値が張ったが、フード付きのマントも買った。アキラの耳と顔を隠すのにちょうど良さそうだ。

 宿の部屋に戻ると、丁度アキラが洗い場から戻ったところだった。血と土で汚れた服を捨て、コウメイが買ってきた服に着替える。新しい薄い皮膚の傷跡を見てコウメイは顔をしかめた。


「痕、残ったのか」

「薬草汁も治療薬も、効き目は六から七割ってところだからな」


 皮膚が再生され、傷は間違いなくふさがっているのだが、アキラの左腕には切断の線が残っていたし、全身にあった傷も深いものほどはっきりとした痕があった。


「農村の手伝い仕事を受けてきた。明日の朝からだ」

「農村?」

「穀物畑の収穫の手伝いだってよ。二食寝床付、安いけど気分転換には丁度いいだろ」

「気を使わなくてもいいのに」

「俺が気分転換したいんだからいいんだよ」


 宿屋の部屋は返した。五日後には戻る予定なので、戻ってきたときに空いていればまた借りるつもりだとは伝えてある。

 二人は開門の二の鐘と同時に町を出た。


   +++


 農村は町から南西の平地にあった。

 雑草や野生植物の草原から、明らかに人の手の入っていると分かる畑が見えはじめ、近づくと林の付近に数軒の家が建つ村が見えた。

 農家の集まりで村長宅を教えてもらい配達を終わらせると、雇い主である農家の指示で二人は穀物畑に出た。麦に似たハギという穀物は黄金色でさわさわと風に揺れている。二人に出された仕事は、支給された鎌を手にひたすら麦もどきを刈り取ることだ。


「腰がいてぇ」

「休む暇はないぞ。四日で畑全部刈り取らなきゃいけないんだ」

「ギルドで売れ残ってた理由がわかったわ。こりゃキツイ」


 二人の感覚でいうとサッカー場が五、六面分はありそうな畑でのハギ刈り作業。単調な重労働が延々と続くのと、メリハリのある森での狩りや討伐。危険はあれど自分のペースで働ける方が良いに決まっている。

 刈り取った麦もどきは、一抱え分ごとに藁縄で束ねられてゆく。それを乾燥場に運ぶのも二人の仕事だ。

 昼食は林で狩った野ウサギを解体して肉を焼いた。


「ここの林は森になかった薬草があった。町に帰る前に採取したい」

「ついでに換金できそうな獲物も狩って帰ろうぜ」


 日が暮れる頃に一日の仕事が終わる。農家へ帰って夕食がすんだ頃はもう真っ暗だ。二人にあてがわれた寝床は納屋の二階だった。一階部分は農耕具、二階には乾草が積まれている。


「乾草のベッドか」

「野宿じゃないなら十分だよ」


 乾草のベッドなので火気厳禁。暗闇の中で長々と話をする気力も体力もない二人は、乾草に倒れこむようにして包まれすぐに眠りに落ちた。


 二日目もひたすらハギの刈り取り作業が続いた。

 農家で出してもらう食事は、正直二人には物足りない。パンと刻んだ野菜が具のスープと、卵料理が一品だ。町では卵料理を食べたことがなかったのでその点だけは満足なのだが、とにかく量が足りない。育ち盛り食べ盛りの十八歳男子だ、一日中肉体労働をした後の食事量としては少なすぎて、夜中に空腹で目が覚めてしまった。


 二人は昼の休憩時間を使って積極的に野ウサギを狩った。角ウサギよりも格段に狩りやすい野ウサギが五羽、とりあえず肉はまとめて焼いておき、夕食後にも納屋で食べることにする。それでも余るので農家の主に二羽を譲渡した。


「これはありがたい」


 そう言いながら雇い主は即席の竈に集めた細針葉に指を突っ込んで。


「点火」


 短く呟いたら火がついた。

 パチパチと火は燃え上がり、薪をくべるとすぐに大きな炎になった。


「……それは、魔法?」


 こちらに転移して随分たつのに、初めて魔法らしきものを直に目撃した。しかもこんな日常風景の中で。

 こんなんアリか? と二人が顔を見合わせている。


「わしは火の属性だから火付けは得意だよ」

「属性?」

「あんたら、知らんのかね」


 雇い主は驚きで固まっている二人を不思議なものを見るような目で見た。


「巡回神殿で洗礼を受けた時に教わるだろう?」

「俺たちはよそから来たんだ、この国のことはあんまり詳しくない」

「ああ、冒険者だったな」


 よその国なら知らないかもしれないと雇い主は納得し、無知な冒険者に話して聞かせた。


 この国では六歳になった年に神殿で洗礼を受ける決まりがある。洗礼を受けて初めて国民として認められ、村の人簿帳に名前が記され身分証が発行されるのだそうだ。サガストのような田舎には神殿が存在しないが、年に二度やってくる巡回神殿で六歳になった子供たちがまとめて洗礼を受けていた。


「洗礼時に魔力を持っている者は属性を教えられる。わしは火の属性があったから火付けの魔法が使えるんじゃ」

「魔力を持つ人はどれくらい居るんだ?」

「魔力持ちは十人に三人くらいらしいの」


 人口の三割が魔法を使えるというのは思っていたよりも多い。


「隣の畑の持ち主は風の属性があるから、収穫したハギの乾燥で風を使っている」

「生活レベルで魔法使うのかよ」

「まあ、便利だろうし……」


 魔法といえば攻撃魔法、という認識の二人には目から鱗だ。

 火を見ながら考えていたアキラが、ふと雇い主に尋ねた。


「六歳の洗礼前に魔法は使えないんですか?」

「使える者もいるらしいが、滅多におらんよ。ワシらのような小さな魔力持ちは、洗礼式で蓋を開けてもらうまで魔法は使えん。魔法使いギルドに登録するような大魔術師は、蓋を開けてもらわずとも凄い魔法を使えるようだがね」


 魔力を持つ三割のうち、戦闘などで不自由なく魔法を使えるほどの魔力を持つものは半分ほど、魔術師としてギルドに登録するのはさらに半分ほどらしい。戦闘で魔法を使う冒険者となるとさらに数は減るのだそうだ。


「魔法使いギルドは世界の学問のてっぺんだからの」


 たいていの魔術師は魔力と魔法の研究にはまり込むらしい。


「詳しいんですね」

「毎年の洗礼式で、巡回神官が魔力とは何かを長ったらしく喋るから覚えてしもうた」


 洗礼式を行うのは神官だが、子供たちの魔力を判定し、魔法を使えるように蓋を開けるのは巡回神殿に同行している魔法使いギルドの職員なのだそうだ。彼らは数も少なく貴重な魔術師の卵を見つけ出し、有望ならばギルドが買い取って立派な魔術師に育て上げるらしい。


「青田買いか」

「主人は魔法使いギルドには?」

「ワシのような一日に数回火をつけられる程度の魔力では魔術師にはなれんよ」


 個々の持つ魔力には限界値があるということか。


「点火の魔法のコツはありますか?」

「腹の中にある魔力を指先から出してやるだけだよ」

「でも今は『点火』と唱えましたよね?」

「あれは合図のようなもんじゃ。今から火をつけるぞ、と口に出してやることでワシが魔力を意識しやすいからだな」


 焚き火にかけた鍋がぐつぐつと煮えてきた。主人は無駄話をする時間は終わりだとばかりに食事をはじめた。昼飯を食ったら午後の作業がすぐに始まる。コウメイとアキラも少しばかり焼けすぎたウサギの肉を慌てて口に運んだ。


   +


「点火」


 アキラの声と同時に、灯りが点った。

 その日の夕食後、寝床に戻らず農家から少し離れた場所で魔法を使ってみたのだ。


「やっぱりアキは魔法が使えたな!」


 指先に生まれた炎は、バレーボールくらいの大きさの火の玉だ。しかもすぐ消えるでもなく燃え続けている。


「エルフだから絶対に魔力があると思ってたんだよ」


 コウメイは納得の顔で炎を見ている。

 昼間に見た点火の魔法を再現しようと二人で試したのだが、アキラは数回試しただけで大きな火の玉を生み出したが、コウメイは小さな火花や煙すら出せなかった。

 ふと思いついたコウメイは、足元の小枝をいくつか拾い束にして火の玉に近づけた。


「うん、ちゃんと燃えるな。その火の玉はどれくらい保てそうだ?」

「……腹の奥からどんどんと、何かが吸い取られていく感じがするから、そんなに長くは無理そうだ」

「魔力が燃料なのかコレ。もう少し小さい火の玉にならないか?」

「小さく、か」


 むむっと眉間に力を入れたアキラが火の玉を凝視した。

 すぐに小さく縮んでゆく火の玉は、バレーボールからソフトボールくらいまで小さくなった後、ぷしゅっと音を立てて火が消えた。


「結構難しいな」

「どんな風にやった?」

「ガスの量を調節するイメージでやってみた。指先に流れる魔力を絞っていった感じかな」

「無意識に作る火の玉がバレーボールサイズなのか。アキラの魔力量ってかなりありそうな感じか?」


 コウメイに問われアキラは両手で腹を押さえ魔力を探る。


「今ので半分くらい残ってるような、そんな感じだ。比較対象が雇主なら多いが、一般的な魔術師と比較してどうなのかは分からないな」

「魔術師なんて会ったことねぇしなぁ」


 サガストには魔法使いギルドは存在しないし、冒険者ギルドでも魔術師らしい存在は見かけたことはなかった。


「魔術師は存在するけど、この世界じゃかなりのレア職業ってことか」

「ここの仕事が終わったら、ギルドの資料室で魔法に関する資料を探してみよう。コントロールする方法が知りたい」

「あのギルドの資料室じゃたいした情報はなさそうだけどな」


 アキラをエルフと見破ったギルド職員なら、魔法について一定の知識を持っていそうだ、声をかけてみるかなと考えて、コウメイはすぐにその考えを打ち消した。これ以上興味を持たれるのは避けた方が安全だ。


「魔法が使えるって分かったのは大収穫だぜ。これからの狩りも戦闘もかなり楽になる」


 ゲーム的な攻撃魔法が使えるようになれば、危険回避も容易になると期待するコウメイに、アキラは苦笑するしかなかった。


「コントロールできるようになるまでの猶予はもらいたいな」

「そりゃ練習は必要だろ、何事もな」


 納屋の入り口で松明代わりの火を消した。暗闇の中で梯子を上るのも、乾草に体を埋めて眠るのにも簡単に慣れた。魔法を使う事にもすぐに慣れるだろうとコウメイは思っている。


「はやく町に戻りたいな」

「そうだな」


 労働契約はあと二日残っていた。



魔法の発見の回でした。


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