ナモルタタルの街 7
心理的にこっちの3人もハードモード。
ナモルタタルの街 7
「サツキ、彰良さんがどうしたの?」
「お、お兄ちゃんの反応が、消えてる、の」
震える手で銀板を差し出したサツキの目からは涙が溢れかけていた。
「なにか、何かあったのかもしれないっ」
サガストの町は魔の森に近くて魔物も多く出没すると聞いている。もしかして兄の身に何かがあったのではと、サツキには悪い予想ばかりが次々に浮かんでいた。
「怪我したのかもっ。サガストのあたりは魔物が強いって」
「悪い方にばかり考えちゃ駄目だよサツキ。電池切れかもしれないでしょ」
三人が魔石の交換方法や、魔力切れで印が消えると知るのに何日もかかっている。彰良が一人でいるとしたら、魔石交換に気づいていないだけかもしれない。魔力が切れて銀板が動かなくなっただけで、彰良には何も起きていない可能性は高いというコズエの言い分はわかる。
でも。
「私、サガストに行かなきゃ」
「サツキ!」
「お兄ちゃんを助けに行く。一緒に行ってコズエちゃん」
コズエの手を振り払いサツキはバッグに荷物を詰め込んだ。
「落ち着いてよサツキ。無茶なこと言わないで。今の私たちじゃ渓谷から南はとても無理だよ」
「でもお兄ちゃんがっ」
「今のサツキじゃ死にに行くようなものだよ、絶対にダメ」
「お願いコズエちゃん」
「ダメ。私たちは行かないよ」
サツキの腕を掴んで、真正面から見つめて、コズエははっきりと言った。
「私は死にたくないし、ヒロくんもサツキも死なせたくないから」
言いながらサツキの手からカバンを奪い取った。衝動のまま宿を飛び出し、街を出て行ってしまわないようにと、コズエはサツキを捕まえる手に力をこめていた。
「お兄ちゃんを見捨てろって言うの? 酷いわ」
「酷いのはアンタだろ」
サツキを見るヒロの目は侮蔑に染まっていた。
「コズエに何を言ったのかわかってるのか? 死ねって言ってるのと同じだぞ」
「っ! そんな、つもりじゃ……っ」
ヒロの厳しい声にパニックから覚めたのか、サツキは血の気の引いた顔で首を振り逃げ出した。
「サツキっ!」
「放っておけよ」
ヒロは飛び出していった親友を追いかけようとするコズエを止めた。閉門後だから街からは出られないし、荷物も装備もここにある。
「ヒロくん、言いすぎだよ」
どこがだ、というヒロの呟きを否定するようにコズエは首を振った。
「だってサツキの気持ち、凄くわかるもの。私だってヒロくんとはぐれて、スマホから反応が消えたら今すぐサガストに行こうって思うよ。サツキと同じこと言ったと思う」
冒険者登録をして、薬草を集めて、角ウサギを狩って。そんな生活を頑張っていたのは不安を忘れたかったからだ。コズエもヒロも、サツキも。
「私は運が良かったから、ヒロくんと離れ離れにならなかったし、サツキだって一緒に転移できて、協力してやっと生活できるようになった。でも彰良さんは一人かもしれないんだよ。サツキが心配するのは当たり前だし、最悪の想像をしちゃうのだって仕方ないよ」
サツキの混乱と興奮にコズエも引きずられているようだ。ヒロの手を振り払い、サツキを追って部屋を出るコズエの後を追いかけた。
「探しに行くのか?」
「うん。街からは出られないけど、夜の街は危険だもの」
夜は一日の稼ぎを持った冒険者らが酒と花を目当てに街中を歩いている。酒に酔った冒険者に理性は期待できないだろう。
「わかった。俺も行く」
宿の食堂は既に営業を終えていた。机とテーブルの間を進み、出口まで来て二人は足を止めた。
「……サツキ」
引き戸の前に、サツキが一人立っていた。
「良かった、街に出たかと思って心配したよ」
「……ごめんなさい。私、いつも二人にワガママばかり言ってるね」
呼ばれて振り返ったサツキは、目を伏せコズエの視線から逃げた。
「コズエちゃんを危険に巻き込むつもりは無いの。ここはそういう世界なんだって、私、認めたくなかったみたい。危険じゃないからお兄ちゃんは大丈夫、危なくないから今すぐ出かけても大丈夫だって……」
サツキの声は必死に自身に言い聞かせているようだった。
「でも扉まで来て、外に出ようとしたら表で声がして……ケンカしてる声だったの。酔っ払ってて、怒鳴ってて。開けるのが怖かった」
サツキの声の合間にも、表の騒ぎが聞こえてくる。酔っ払いの下品な叫びと、制止しようとする仲間の声と、女性のものらしい悲鳴。
「ケンカでもこんなに怖いのに、私はコズエちゃんに魔物の出るところへ一緒に行こうって迫った。ここは私の常識が通用しない世界で、ウサギが毒の攻撃をしてくるようなところで。ヒロさんの言うとおりです、私のワガママのために死んでくれって言うのと同じです」
ゆっくりと顔を上げたサツキは、今度は真っ直ぐにコズエの目を見た。
「本当にごめんなさい。私は」
「三人だから生き残れたんだからね!」
決意をこめて、ヒロにも同じように謝罪をしたサツキを見て、コズエは慌ててその先を言わせなかった。
「私とヒロくんの二人じゃなくて、サツキも居る三人だったから今日までこの世界で生き延びることができたんだから! 一人で彰良さんを探しに行くなんて絶対にダメ。私たちと別行動するなんて許さないから」
「コズエちゃん……私、お兄ちゃんが心配なの」
だから朝になったら一人で探しに行きたい。そう言おうとした言葉を、コズエはサツキに抱き着いて遮った。
「見捨てるの?」
「え?」
「サツキは私たちを見捨てるの?」
「何を、言ってるの」
「だってそうでしょ、角ウサギの毒にやられたときだって、サツキがいなかったらあの日の収入はゼロだった。汚い冒険者に絡まれたときだって、私とヒロくんの仕事を代わりに全部やってくれたのはサツキだった。薬草を効率よく採取できるのだって、角ウサギを追い込むのだって、サツキがいなかったら上手くいってない」
サツキは助けを求めるようにヒロを見た。コズエの後ろに立って成り行きを見守っていたヒロはサツキの視線を受け、考えるように眉間に力を入れただけだった。
「私たちは三人だから今日まで無事に生き延びられたのに、サツキは私たちを見捨てるの?」
「コズエちゃん……」
「彰良さんが心配なのはわかってるけど、私はサツキの方が心配なの。サツキがサガストに行くなら私も行くよ」
「ま、まって」
「だって一人じゃ死んじゃうかもしれないでしょ。二人なら生存確率は高くなるわ」
「……私のワガママでコズエちゃんが死ぬのは嫌よ」
「私だってサツキが彰良さんを探して死ぬのはイヤ」
二人のやり取りを見ていたヒロは、着地点の存在しない言い争いだと思った。サツキの主張もコズエの言い分も感情に走りすぎで、どちらも現実的ではない。
「ひとまず現実逃避は部屋に戻ってからにしないか?」
「げんじつとうひ」
「ヒロくん、それは」
絶句して言い争いを止めた二人を促し部屋に戻った。
三人が借りているのは二段ベッドが二つ置かれている個室だ。片方のベッドにコズエとサツキが並んで座り、向かいのベッドにヒロが腰を降ろした。
「まずは、サツキさん」
「はいっ」
「さっきは怒鳴って悪かった。それは謝っておく」
「あ……いえ、怒鳴られて当然でしたから」
「冷静になれてるなら、これからのことを話し合うのでいいな?」
並んだ二人の表情を見てこちらの話を聞く余裕ができていることを確かめた。
「サツキさんがお兄さんを心配してサガストへ向かいたいという気持ちは俺もコズエもわかっている。でもそれはできない」
「……はい」
「お兄さんが危険な状態だとはっきり分かったわけじゃないからだ。銀板の魔力切れの可能性は高いし、落として壊れたことも考えられる。サツキさんの銀板に表示されなくなる何かがあったのは間違いないけど、それがお兄さんの生命に関する何かとは限らない」
理解をしているとサツキはゆっくりと頷いたが、唇は堪えるように噛みしめられていた。
「そこで提案がある」
心配そうにサツキを見ていたコズエが、ヒロの言葉に顔を上げた。
「提案?」
「そうだ。まずは全員で戦闘訓練を受けたい」
「それはギルドの講習ってこと?」
「ああ。受講料を払えば魔物との戦い方や武器の使い方の基本を教えてもらえるらしい。俺たちは弱い。この世界で生き残るために魔物と戦える力をつける必要があると思う」
角ウサギ以上の魔獣や、もっと凶暴で危険な魔物を屠る力はいずれ必要になる。
「それからできるだけ早く武器を買いたい。全員が何らかの武器を持って、ちゃんと使いこなせるようになる。一体でいいから三人で魔物を倒せるようになる」
護衛の付く乗合馬車が百パーセント安全とは限らない。
エドナによれば、魔物に襲われた乗合馬車の捜索依頼が数カ月に一度の頻度で貼り出されるという。三人の乗った乗合馬車が魔物に襲われた時、命運を護衛の働きに委ねるのではなく、自分でも身を守れるようになっていなければ、命の保証はないのだ。
「それがこの街を出て行ける最低条件だと俺は考えている」
驚いたように目を見開いたコズエが、嬉しそうに笑った。
「じゃあいっぱい稼がなきゃね。武器買って、経験値積んで、早くレベルアップしなきゃ!」
ここはファンタジーな世界なのに、レベルや経験値の概念もシステムもない。けれど、自分たちで学び経験したことは確かに身についている。
「魔物を倒せるようになるのかな……ううん、ならなきゃいけない、のね」
格闘技どころか学校での体育の授業くらいしかスポーツ経験のないサツキだ。けれど戦えるようにならなければサツキの望みは叶えられないのだ。
部屋を飛び出すときにも握ったままだった銀板を見つめて、サツキはこちらに転移して何度目かの覚悟を決めていた。
+++
その朝の配達は七件。三人で手分けして片付けた後にエドナに武術の講習を申し込んだ。
「全く武術経験のない場合は、何回か受講していただくことが望ましいのですが」
一回の受講料が三十ダル、今のコズエたちには高い金額だ。
「初回の講座は適性を知るために使えばよいでしょう。武器が決まれば基本的な使い方を学び、あとは実地で鍛錬すれば最低限の出費ですみます」
農村の子供は成人前から農民として働いている。だが稀に成人と同時に街に来て冒険者として働きはじめる者も居るのだとか。農具や調理道具しか使ったことの無い素人のために、ギルドではその人に向いている武器を選ぶ手助けをしているらしい。
「最初の初心者講習の時に教えて欲しかったです」
「……そうでしたわね」
エドナの視線が逸れた。
講師の手配の都合があるため、明日の三の鐘からの講習予約を取り、その日はいつも通りに配達と薬草採取で一日を終えた。
+
武術講習はギルドの鍛錬場で行われた。ずらりと並べられた武器を前に、引退した冒険者がそれぞれの使い方を説明してゆく。
「適性なんてのは持って、使ってみなきゃわからねぇもんだ。一通り試してからこれだってのに決めりゃいい」
刃物は種類が多く、短剣から長剣に大剣、日本刀に似た片刃の脇差に打刀、槍もあった。遠距離用の武器としては弓、打撃用の鉄球のついた棍棒や槌などもあった。
「なんだ、アンタは体術使いだろう、こっちの鉄爪の方がいいんじゃねえか?」
両刃の剣を選んだヒロに元冒険者の講師は手にはめて使う武器をすすめた。鉄の指輪がいくつも連なった形状のものに鋭い爪のついた武器だった。
「俺の体術は相手と組みあうことが前提の体術なんだ。魔物を相手にするなら剣の方がいい」
いくつかの剣で講師を相手に何度か打ち合って、ヒロは片手剣が自分にあっているようだと確認した。
コズエやサツキも短剣から順番に試していった。細剣までは何とか持てたが、打ち合いにはならなかった。筋力不足もだが、間合いを測れない二人には剣は危険すぎた。敵と距離をとったうえでの攻撃となれば槍や弓になる。
コズエは長槍が使いやすくて丁度いいと言った。突くことも斬ることもできるし、敵を牽制することもできる。
サツキも槍を試したがコズエほど上手く扱えなかった。元冒険者に「前で攻撃するやつと後ろから攻撃する奴が他にいるんだから、アンタは遠距離の弓にすればいい」とすすめられて弓を手に取った。的に向かっての試し撃ちはすべて外れてしまったが、こればかりは練習するしかないだろう。
「全部の武器を中古で買うとしても、剣が四千ダル、槍は千三百ダル、弓は五百ダルか」
武器屋での価格を確認して三人はため息をつくしかなかった。
「まずは短弓と矢を買おう。剣や槍よりも練習が必要だろう」
「予算的にはそうなるわね」
「私は一番高い剣を買う方がいいと思います。一番攻撃力が高くて確実な武器です」
意見が分かれ結局武器は買わなかった。
「お金が足りない、それに尽きるわよね」
ギルドの掲示板で自分たちに向いた依頼仕事を探した。武器を持たない三人に薬草採取以外での仕事となると数は限られてくる。
「農村での仕事しかないのね」
ナモルタタルの北西にある村は果樹栽培が盛んだ。収穫シーズンには臨時の労働者を雇い入れるのだが、その依頼が冒険者ギルドにも来ていた。
「一日百ダルは結構いい額だと思わない? 泊まりこみで一週間、寝床と食事がついてこの額はお得だと思うよ」
「その間の宿代もかからないわね」
「三人で二千百ダル」
魔獣を狩れる冒険者なら一日百ダルは余裕で稼げるため、熟練冒険者は農村の仕事は引き受けないらしい。
翌日から三人は農園で働いた。村長の家の納屋に寝床をもらい、その日必要な農家へと仕事に向かう。
一日目と二日目は刺の実拾いの仕事だった。イガ栗のようなトゲトゲの実を拾い集める作業と、イガの中から実を取り出す作業に分かれたが、革手袋をしていてもイガが刺さって痛い思いをする仕事だった。イガは捨てるのではなく、乾燥させておき冬場の薪代わりに使うらしい。
三日目は背の高い果樹の紫色の実を収穫する作業だった。
「これはフルーツなの? 桃っぽいけど紫色だし」
「皮が硬いし、ちょっと小ぶりだよね」
昼食時に一つずつピアンという果実貰ったので食べてみた。酸味が強いが、ほんのりとした甘みがあった。
四日目は前日に収穫したピアンの加工作業だった。簡易のかまどに大鍋がいくつも並び、その中に洗った果実を入れて茹でる。茹で上がった果実を枠簾にひろげ、スプーンで押しつぶして種を取り、その後は枠簾ごと天日に干される。ヒロは果実と鍋を運ぶ労働を、コズエとサツキは種取りと枠簾干しの作業を一日中繰り返した。
「これ、ドライフルーツ作りなんだわ」
作業工程の途中でサツキが気づいた。酸味の強い果実も加熱すれば甘みが増す。そして乾燥させれば長期保存が効くのだ。
五日目と六日目はリンゴに似た赤いレギルという果実の収穫だ。衝撃に弱いので丁寧に扱う必要があり、収穫には細心の注意を払わねばならなかった。
七日目は柑橘の収穫だ。青くて硬い拳サイズのピナという柑橘は、レモンに似た香りをしていた。樹木には棘があり、あちこちを引っ掛けて細かな傷を作りながら収穫した。長期保存の可能な柑橘らしく、集められた果実は木箱に詰められ倉庫に積み上げられていった。
七日間の労働を終え街に戻ってきた三人は、ギルドで報酬を受け取るとすぐに武器屋へ向かった。農村で働いている間に話し合って、やはりサツキの弓を先に買うことに決めたのだ。
「短弓も色々あるのね。どれがいいんだろう」
コンパクトで扱いやすい短弓は、飛距離は短いが森のような障害物の多い場所で使うには向いている。
「矢は消耗品なのね」
十二本で一セットで百ダル。お金を撃ち込むのだと思えば上達も早そうだ。
+
街に戻った三人は配達仕事を再開し、日中は森での採取に加えて武器の練習をするようになった。森の木を的に練習を重ねたサツキは、数日で動かない的ならば真ん中に命中するほど上達した。ただし動く物に対して命中率は下がる。
「角ウサギだ」
弓の射程距離に一羽の角ウサギを発見した。コズエらには気づかずトラント草を食んでいる。以前なら回りこんで追いたて跳んだところをヒロが殴り仕留めていたが、今はサツキが矢を射ることから攻撃が始まる。
小さな獲物は狙いが難しいが、角ウサギは飛ぶ前なら動かない的でしかない。
キリキリ、キリ。
矢を番え、狙いを定める。
当てることだけを考えるのだ。
毛皮を傷つけることは気にしなくていい。
「……っ」
角ウサギの尻がピクリと震えた。
跳ぶ。
サツキは矢を射った。
角ウサギの後ろ足が地を蹴る前に、矢が刺さった。
「当たり!」
コズエの声を聞いてサツキはようやく身体の緊張を解いた。
「今日はこれで四羽目だ。必ず一撃で仕留められるようになったなんて凄いな」
「まだまだです。頭を狙えないので、どうしても毛皮の査定が下がりますから」
サツキの練習を兼ねた森での活動は区切りをつけ、明日からは再び農園に雇われることになっている。今度は一日九十ダルで五日間の畑仕事だ。その報酬が入ればヒロの長剣を買うだけの金が貯まる。
全員が武器を手に入れたら、訓練をかねて森の奥へと活動場所を変える予定だ。
「今度の農村は森に近いところだから、休憩時間にも練習ができそうです」
「肉の差し入れしたら村長さんは報酬にボーナス付けてくれるかなぁ?」
「食費分くらいは上乗せしてもらえるかもな」
「頑張りますね」




