サガストの町 4
ハードモード、本番。
流血注意。
5/17 戦闘シーン、少し修正しました。
サガストの町 4
もう十日以上も雨が降っていないのに、細針木の枯れ葉が湿っているはずはない。焚き火からもうもうと煙があがるのをふと疑問に感じた時は、すでにその甘い煙を吸い込んだ後だった。バニラの匂いに似ているなと気づいたとき、隣にいたコウメイの身体が不自然なほど揺れてそのまま倒れた。
「コウメイ!」
仰向けに倒れたコウメイは完全に目を閉じていた。
アキラの頭も重くなり、強烈な眠気に襲われた。男の声がだんだんと聞こえなくなるし、瞼が意思に反して閉じてくる。
「起、きろ、コ……メ、イっ」
身体を保っていられなくなり、アキラもゆっくりと倒れた。
「……やっと、効い……か。エルフ、耐性……け捕、大儲、けだ」
意識を手放そうとする脳に抗えと命じながら、アキラは必死に耳を澄ませていた。不穏な単語をいくつか聞き取り、絶対に意識を失えないと踏ん張った。
男が立ち上がり、コウメイの身体を蹴った。完全に寝ているのを確かめ、今度はアキラに近づく。眠っていないと気づかれないように目を閉じた。
男の手がアキラの耳を触ってから離れていった。
『何か、武器は』
腰のナイフはダメだ。コウメイの剣も手の届く位置に無い。今の状態で手を伸ばせる範囲にあるのは……。
男の足音が止まり、籠の薪を捨てる音の後に、金属の武器の音がした。
『殺される、のか?』
生け捕り、と聞こえたが、あれは聞き間違いだったのか。
鞘から剣を抜く音。
地面に放り投げられた鞘。
近づく足音。
近づく、コウメイに。
『生け捕りは、俺か!』
男の意識がコウメイに向いているわずかな隙に、アキラは指先に引っかかった鉄串を握り締めた。
自分を通り過ぎ、コウメイの心臓に向け剣を刺そうとする男の足に、アキラは渾身の力で鉄串を突き刺した。
「ぐあっ、て、てめぇ」
男が突こうとした剣はコウメイを外れ地面に刺さった。
足から鉄串を強引に抜いた男は、剣を持ち直しアキラを向いた。
「眠薬が効いてなかったのかよ」
「効い、てる」
眠くてたまらないし、睡魔に引きずられて身体も思うように動かない。
「別に無傷で、とは言われてねぇし」
男はアキラの腹上に身を乗り上げ、剣を耳横の地面に刺して笑った。
嫌な笑い方だった。
「生きてればいいんだからな」
チクリと、痛みを感じた。
刃が触れた左頬を、血が流れる。
「へぇ、エルフの血も人間と同じ色なのか」
男の指が血をぬぐって、舐めた。
全身に走る悪寒に必死で耐えながら、アキラは男に気づかれないよう、もう一本の鉄串に手を伸ばしていた。
頬の切り傷の痛みで眠気からは逃れられていた。身体のコントロールもほぼ平常どおりに戻っている。だが腹に圧し掛かる男の体重を押しのけられなかった。
「こ、のっ、退け!」
「お、薬が切れてきたか。そっちのは寝てるのに、やはり早いか」
「くそっ」
鉄串を闇雲に振り回したアキラの抵抗が、男の肩に傷をつけた。
「てめぇ!」
男の剣がアキラの手を薙ぎ払った。
革籠手が裂け、腕に浅くはない刃傷が入った。
「薬も試してやるっ」
剣を逆手に持ち直し、アキラの心臓を突いた。
「うぁあっ」
鋭い痛みではなかった。
ただ鉄の棒で殴られたような痛みと圧迫だった。
キイィィン
金属がぶつかり合う耳に痛い音が響き、弾かれたように男が退く。
即座に身体を起こしたアキラは腰のナイフを抜いて構えた。
敵は、人間だ。
「……っ」
男の振り回す剣の間合いに踏み込めない。
「くそっ」
それ以上にアキラには躊躇いがあった。これまで魔動物は何頭も殺してきた。だが人を殺したことはない。この世界で自分たちが殺す相手は魔物だけだと思っていた、けれど。
「なんで俺たちを襲う?」
アキラの躊躇を感じ取っている男は嬲るように切りつけ楽しんでいた。まともな防具など身につけていないアキラの身体には、容易に刃傷が増えていく。
「俺たちをどうする気だ」
アキラの問いかけに舌なめずりをして男は剣を構えなおした。
「エルフは売る」
どういう用途で売られるのか、男の顔を見て察した。
「そっちの男にゃ用はねぇよ」
つまりは殺す。
「……そうか」
手足に刻まれた傷が痛む。
剣の腹で殴られた跡が痺れたように熱い。
コウメイのように武道をかじっている訳ではないアキラには重すぎる相手だ。
だが、覚悟を決めるしかない。
「お?」
アキラの攻撃から躊躇いが消えた。
傷を受けることを覚悟して、目の前の男にナイフを突き刺すことだけを考えた。
脇腹の傷と引き換えに男の肩をナイフで傷つけた。
肩の骨を割られるような一撃と引き換えに、剣を持つ腕にナイフを突き刺せた。
「はあ、はぁ、はぁ」
次第に増す痛みと疲労はアキラの動きを鈍くする。
男にもアキラの体力が尽きかけていることが分かったのだろう、抵抗され反撃を受けた怒りをそのまま剣に乗せてきた。
大振りに迫る剣を辛うじてかわしたが、踏ん張りきれなかった。
ギリギリで手を突き、転倒を回避する。
だが男の剣から逃れられなかった。
心臓の真上を狙った剣先は、またも何かに阻まれていた。
キイィィ、ギギギューイン!
硬いものに阻まれた剣先が、横に滑り勢いよく流れた。
「くあぁっ!」
心臓の位置で阻まれた剣は、滑る勢いのままにアキラの左腕を切断していた。
男の嘲笑が迫る。
とっさに突き出したナイフが、男の左目を深く突いた。
「うがあぁぁぁぁぁー」
絶叫とともに男は両手で顔を覆い地面を転がり悶絶した。
「痛い、って、レベルじゃ、ないっ」
足元に転がる自分の腕。
その上にボタボタと流れ落ちる血。
「コウ、メイ」
助けを求めて友人を見た。まだ薬が効いているのか横たわったままだ。
アキラにはコウメイまでの二歩の距離を歩くだけの力は残っていない。
「起、きろ、コ……ウ、メイ」
何とか一歩だけ踏み出したアキラは、コウメイの腹の上に狙いを定め、身体の力を抜いた。
+++
「ぐほぅっ」
腹をもの凄い力で殴られた。
痛みと重さで星空が目に入る。
「……っ!!」
腹の上に目をやって、全てを思い出した。
「アキっ!」
焚き火を囲んでいて急に眠くなったのだ。
「おそ、い、あと……まか、せ、た……」
全身が血と傷だらけで。
アキラの左腕が、ない。
「うおぉぉぉぉぉーっ」
コウメイは視界の隅で悶絶している男に飛び掛った。
蹴り倒し、勢いのまま男の腹に剣を突き刺す。
ぴくぴくと足先が何度か跳ね、男は息絶えた。
「アキ、アキっ!」
夜盗に止めを刺し、駆け戻ってアキラの左腕を縛り止血するコウメイの手が震えていた。
「ちくしょう、なんでだっ」
出血を止められても、切断された腕はどうしようもない。ゲームのように魔法で腕が再生する奇跡も期待できない。
「……あい、つ、荷物……探せ」
「何言ってんだアキ、今手を離したら出血が止まらねぇだろっ」
「にも、つ……探、し」
アキラの右手が止血帯を握るコウメイの手に縋った。
爪が皮膚に刺さる程にこめられた力で、コウメイに冷静さが戻ってきた。
「男の荷物から、何かを探し出せばいいんだな?」
瀕死に近い状態でアキラが必死に繰り返すのには確信があるのだ。そう納得してコウメイは剣を刺したままの男の死体を漁った。衣服には何もない。背負い籠かとひっくり返して地面に散らばった物を探した。
「これか!」
小さな荷袋の中に見つけたのは、冒険者ギルドで見本として見せてもらったことのある治療薬。
治療薬の瓶を取り、左腕を拾ってアキラの側に戻った。
「どうやって使う?」
「う……で、つ、けて」
男の剣はよほど切れ味がよかったらしく、切断口はとてもキレイだった。
コウメイは腕の下に布を敷き、慎重に切断口を合わせた。
「次はコイツか?」
治療薬の瓶を見せると、アキラが小さく頷いた。
コウメイは瓶の栓を歯で開け、薄紫色をした液体治療薬を接合部分に振り掛けた。
傷口に染み込んだ治療薬は淡く金色に光り、その色が消えると傷口も見えなくなった。コウメイは敷いていた布を替えてアキラの腕をそっと下ろした。添えていた手を恐る恐るに離すと、腕が間違いなく接合されていた。
安堵の息がこぼれた。
「よかった……本当に、よかった」
コウメイが眠ってしまった後、相当に厳しい戦闘だったのだろう。最も重傷だった腕の切断以外にも、アキラの身体のいたるところに浅くはない傷があった。もしもアキラの腕の接合が間に合わなければ、もしも出血多量で死んでしまったら、そう考えると身が震えた。
「……眠い、から……あと、は」
「ああ、ゆっくり寝てくれ。今度は俺が守る番だ」
「おや、す……」
アキラの目が静かに閉じた。
あまりにも穏やかに眠りに落ちたので不安になり、コウメイは顔を近づけて呼吸を確かめた。浅く小さいが、確かに息をしている。
焚き火が小さくなっていた。コウメイは散らばっていた薪を火にくべてから、アキラの傍らに座りなおして血の滲む傷口を丁寧に拭っていった。
顔に二ヶ所、コウメイが譲った革籠手は切られ腕にも一ヶ所、脇腹は少し派手に出血していたが内臓などに達するほどの傷ではなかった。太ももに三ヶ所、刃物による傷はこのくらいだが他にもどこか深刻な負傷があるかもしれない。
「上着が切れてるけど……ああ、これが入ってたのか」
スッパリと切れているのに血の痕のない胸に手を伸ばして、コウメイは銀板を取り出した。上着の内ポケットに入れていた元スマホがアキラの心臓を守っていたのだろう。
銀板の表面には剣を受けたひび割れと、斜めに太い線が彫り込まれていた。電源を入れようとしたが反応はない。
「……壊れたか。ありがとう、な」
アキラの心臓の盾になってくれた銀板には感謝しかない。
だがアキラの妹と繋がりを持つ、唯一の品だ。
「ごめんな、咲月ちゃん」
コウメイは銀板を胸ポケットへ戻し入れてから、焚き火の明かりが辛うじて届く位置に放置していた死体に近づいた。
見下ろす死体は人間に間違いはない。剣を腹に突き刺す時の感触も残っている。だがコウメイには何の感情も湧いてこなかった。
死体に刺さったままの剣を無造作に抜き、死体の服で血を拭いてから鞘に戻した。死体の目に深々と刺さっているナイフはアキラの物だ、こちらも抜いて回収した。
「ほかに治療薬とか回復薬とか持ってねぇかな」
火のついた枝を松明代わりにして、地面に撒き散らしたものを確認していった。
「結構いい剣を使ってるなぁ」
アキラの腕の断面が、この剣の切れ味を保証しているようなものだ。他には毒薬のような薬草と、ロープと大きな布袋と、銅製の胸当てにナイフ。
「アキの治療に使えそうな物はなんもねぇのか」
この男は犯罪行為に手を染めた冒険者だったようだ。転がっていた男の剣も拾い鞘ごと回収した。
アキラの側に戻ったコウメイは採取した薬草を取り出して少し考え込んだ。
「ベストな配合はわからないけど、何もしないよりはマシだ」
治療薬の材料である薬草を細かく千切ってガーゼで包み、揉んで汁を滴らせてからアキラの傷に順番にあてがっていった。
遠くで鐘が鳴った。
町の一の鐘だろう。門が開くまで二時間、そろそろ空も明るくなってくる頃だ。
コウメイは切断されたばかりのアキラの腕に即席の包帯をまいて固定した。いくら治療薬が効いていてもそのままにしておくのは気分的に出来なかった。アキラを荷物ごと背負い、布袋に奪った装備や自分たちの荷物を入れて引きずることにした。重量もありかさ張る魔猪の肉はその場に捨てた。
宿に戻り、まずはアキラを休ませる。
コウメイは町に向かってゆっくりと歩きだした。




